クズな自分を愛してくれたあなたへ   作:サラメンス

7 / 9
7 肯定

 時間的にまだかと思っていたが、予想以上に時間が経っていたようだ。夜のとばりは既に降りている。普段ならば帰ってこようがそうでなくても部屋に籠っていればいいだけなのだが、今日はそうも言っていられない。寝たい。

 

あいつらが明莉に向ける感情が、俺へのものと同じ無関心であればそれがいい。いや、友好的に接してくれるのであればそれが一番いいのは当然だ。だが、そんなことがあるはずも無い。俺はよく知っている。外の人間では無い者への対応についてを。

 

「どうやら、帰って来たようですね。お兄様のような素晴らしい人を冷遇した人達が。ですがここの家主です。挨拶をしに行かなければいけません。すみませんが、また後で話をさせてください」

 

そう言う彼女は変わらぬ無表情ではあったが、若干多い瞬きや目元の震えが見られ、心なしか緊張しているような気がする。やっぱり、不安だ。本当は話したくなんか無いんだろうけど、俺が行くしかない。若干棘のある発言も一種の虚勢なのだろう。

 

「全然気にしてないってわけはないけど、大丈夫だから。一緒に行くよ。俺から紹介するから、明莉は俺の後ろにいて」

 

「ありがとうございます。しかし、失礼にならないでしょうか。お兄様にさせてしまって」

 

俺にも正解は正直よくわからないが、何にせよ早めに行った方が良いのは間違いないだろう。明莉にはもうこれ以上の悪意に晒されて欲しくない。しかし急がなければ。話す時間が惜しい。

 

「いいよ。大丈夫だから。ほら、早く」

 

その場から立ち上がり玄関まで進む。後ろから聞こえるぺタペタと言う足音からわかる通り、ちゃんと着いて来ているようだ。さて。そこまで広い家でも無いのですぐに目的の場所に着いた。居るのは母だけか。二人いたらまた喧嘩が始まったかもしれないから助かった。

 

母はどうやら玄関の掃除をしているようだった。幸いと言っていいのかわからないが、俺たちのことはまだ気づいていないようだった。

 

「母さん、おかえり。あのさ」

 

「後にしてくれない。今何してるか貴方ならわからない?あと、このきったない靴何?玄関が汚れてるから処理してるんだけど。邪魔するならさっさといなくなって」

 

しまった。すっかり忘れていた。時間があった時に掃除しておけばよかった。思い返せばボロボロの黒いローファーに泥とかが付いていた気がする。雨の日だったし。しかし、相変わらずの反応だ。俺の事を見向きもしない。

 

「汚してしまってすみません。いや、何というか土砂降りで雨に濡れちゃったから、家に入れて上げてたんだよね」

 

「あー、そう。見慣れない靴があると思ったら、そういうことだったの。紹介しなさいよ。女の子かな?隠れてないで出てきていいから」

 

振り向きこちらへ視線を這わせてくる。今明莉は俺の後ろに隠れてもらっている。今は外面モードになっているのでそこまで危惧しなくていいだろう。本人もそう言ってるし。

 

「もしかしたら知ってるかもしれないけど、うちに来ることになった、ほら、親戚の」

 

そこまで言って明莉にバトンを渡す。俺の横に身体を移動させる。明莉を見た母の反応は、うん?驚きだろうか。

 

「あ、あの。私、宮崎明莉と申します。週末からというお話だったはずなのにいきなり来てし」

 

「は?え?お前なんでいるの?死んだんじゃないの?てか死んだだろ?なんで?」

 

言い切る前に母はいきなり大きい声を出した。次いで明莉に詰め寄ってくる。危険を感じ俺は身体を抑え込む。明莉に何かがあってはいけない。どうしてこんな態度になったのだろうか。父の前でも見せない豹変に俺だけではなく明莉も立ちすくんで呆然としている。

 

しかし、母に向ける視線は異様に冷たい。それはそうだろう。こんなことを言われてヘラヘラ笑えるはずがない。何はともあれ止めなければいけない。

 

「おい、離せよ。悟!こんなアバズレを家に入れておいて、なんで私を抑えているんだよ!やるならあっちだろ、なあ」

 

「落ち着いてよ母さん!意味わからないって!明莉は何もしていないよ!とりあえず落ち着こう!」

 

そこから5、10分くらい経ってからだろうか。最初に比べてやや落ち着きを取り戻した母は口を開いた。空気は最悪だ。二人でどこかへ逃げ出したいほどには。

 

「もういいよ、離して。何もしないから。お前、母の名前はなんだ?」

 

光莉(ひかり)です。その、何か粗相をしてしまったでしょうか。本当に申し訳ございません」

 

何が起爆剤になるかわからないので、とりあえずいつでも動けるように明莉の近くに行く。彼女はすっかり怯えきったようでしきりに頭を下げ、土下座の体勢に移行しようとしている。流石にやめさせようか、そう思っていた時だった。

 

「あいつと同じ顔で、そんな態度されるとすごく気持ち悪いわ。顔ぐらいあげてもいいから、早く」

 

「わかりました。寛大なご対応に感謝申し上げます。ところで、何か私に出来ることはないでしょうか」

 

あいつ?明莉の母の話だろうか?なんのこっちゃよくわからない。雰囲気はすっかり冷え切っており俺が声を出せそうな感じは全くない。部外者だし。

 

「とりあえずアンタの対応については、旦那が帰ってきたら話すから。とりあえず私の目の前から消えて。イライラするから」

 

「は、はい。ええと、私は」

 

「明莉、俺の部屋に行こう。散らかってるけど」

 

手持ち無沙汰になりオロオロとする姿を見ているとこんな状況にしたのは俺母の言う通り、ここにずっといても空気が悪くなるだけだと思う。一緒に俺の部屋に行く方が良いだろう。事情もまだ全然聴けていなかったし。

 

「ああ、別にそいつと一緒に部屋に行くのは勝手だけどさ。その女に騙されるなよ?あいつと同じ血が流れてるんだ。何をするか、何を考えるかわからないから」

 

要領を得ないような母の言葉を聞き、反射的に明莉を見た。何となくわかって来たと思っていた。でも、今見た彼女は会った時と同じような何も瞳に映さない無表情だった。

 

*

 

無事部屋まで着いた。終始無言のままの時間が続いたため気まずさをやや覚えつつだったが。彼女は失礼します。何て言葉を言って扉を閉めていた。

 

「立ちっぱなしでもあれだし、とりあえずここでも座りなよ」

 

ベッドに腰掛けながら、横を手でポンポンと叩く。少しして視界がややブレる。重さは余り感じなかったが、誰かが横に座るとこんな感触なんだなとどうでも良いことを考えていた。

 

「お兄様、先ほどはありがとうございました。しかし、止めていただく必要はありませんでした。少し時間が経ってから無い頭で冷静になって考えてみると、私は何発か殴られても当然の人間だなと思いましたので」

 

俯きながらそんな寂しいことを言う明莉。彼女からは自己肯定感が欠片も見当たらない。何か言わなければいけないと思った。そんな風に自分を乏して良いはずがない。しかし俺は彼女の事は何も知らない。

 

薄っぺらい慰めにもならないような言葉だけしかかけることしか出来ない。それで気分が良くなるのは俺だけだ。そんなことを考えていると結局沈黙してしまった。

 

「優しいのですね、お兄様は。それを今日、出会った時から強く感じます。」

 

「そんなことはない。ないんだよ、俺が優しいなんてことは。今だって気の利いたことなんて一つも言えていない。明莉は苦しんでいるのに」

 

俺は対人関係が大きく不足している。コミュニケーション能力だってまるでありゃしない。だから友達だっていない。そりゃそうだ。それに言い訳をして自分を変える努力をしていないんだから。明莉みたいに頑張っている人はいっぱいいるのに。

 

「いいえ、違います。お兄様は私の事を第一に考えてくれています。先ほどだってそうです。自分に被害が出るかもしれないのに庇ってくれました。今だって、私に何かを言っても気休めにしかならない、そんなことを考えながらもどうにか慰めようとしてくれたのですよね」

 

じっと目を見て、そんなことを言ってくれた。真摯さを感じた。これは絶対逸らしてはいけない。俺の事を俺よりもずっと見てくれているな、そう思った。そしてそれを嬉しいなとも思った。

 

「ありがとう。俺みたいな何も知らない奴が、我が物顔で言っていいのかって思った。明莉は俺のことをよく見てくれてるんだなってそう思った」

 

「お兄様も私のことを見てくれていますから。当然です。それと、どうか自分を卑下しないで欲しいです。難しいとは思いますが、それでも。自分ではわからないとは思いますが、そういった類の事を言う度にすごく辛そうな顔をするんです。そんな顔をしてほしくないんです。」

 

そうなんだろうか。自覚していないのでよくわからない。だが、そんなような言葉は水野にも言われた。人にはよくそう思われるのだろうか。というか、大体な話。

 

「俺にそう言うけどさ、明莉だってそうだよね。俺はまだ全然昔の事とか知らないけど、それでも明莉が自分で言うような酷い娘には全然見えない。だからこれからもっと知りたいと思ってる。家族として教えて欲しい」

 

「うっ。お兄様はズルいです。そんなことを言われて私だって嬉しくなるに決まっているじゃないですか。安心してください。私にとっても家族とは貴方しかいません。貴方以外考えられません」

 

俺の顔はきっと人に見せていいような代物じゃない。間違いなくニヤついている。人からも、何からも選ばれなかった存在だった自分に価値が出来た。そんな風に思う事が出来た。

 

それは少し違うが明莉も一緒だ。口元を抑えながら品のある笑みを浮かべている。ああ、やっぱりどうしようもなく彼女は綺麗だ。

 

「すみません。やっぱり今度こそ話させてください。私のどうしようもない昔話です。本当は言いたくなんかありません。でも、貴方なら受け入れてくれるとそう思うから、私は言います。こんなこと口に出して重荷にさせてしまうのは私の悪い癖ですね」

 

「ああ、聞かせて欲しい」

 

そうして始まる。不快で、どうしようもなくて、明莉という人格を形成するに至った、そんな話が。

 

「私の母はしてはいけないことをしたのです。そして姉も。あの人が今何をしているのかはよくわかりませんけど」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。