…一度目の死は、もう思い出せない。
病死だったのかもしれない。
事故死だったかもしれない。
自殺・他殺等かもしれない。
自ら望んだものなのか、それともただの不幸な事故なのか。記憶はおろか記録もないからもう確かめようはないが。
二度目の死は、しっかりと思い出せる。
生涯に渡る目標を果たし。
別れ難い仲間を手に入れ。
命を分け合う伴侶がいた。
『…世界からまた一つ炎が消えるだけだ。命の価値に貴賎はない、俺の命も小さな灯火に過ぎないからさ――泣くなよ』
一声出すだけでも干からび咳き込みそうになる喉を動かし、最後にそう言った。
『泣いてませんよ。笑顔が似合うと言ったのは貴方じゃないですか――ありがとう』
俺と同じくらいしわくちゃになった最愛の人がそう言った。
『お前は世界を照らした聖火だ。それが灯火だと?ふざけるな――元気でな』
出会った時から変わらない若い姿のまま、いつもの軽口を叩いた悪友は最後の最後にデレた。
『ハハハ!まっボクたちはこれからも元気だからさ!!精々長生きして、お前の事を語り継いでいくよ――じゃあね』
空気がギスギスしたこともあったパーティを何回も救ってくれた、小さな背の。しかし大きな心を持った彼女はそう微笑んだ。
『あなたに助けられた』
『一生忘れない』
『これまでありがとう』
色んな人が、俺に…聴いてるこっちが恥ずかしくなるような言葉を沢山送ってもらいながら俺は目を閉じた。
――自分で言うのもなんだが、最良に近い終わり方だったと思う。
「お久しぶりです」
「え、あぁ…はい?」
なのになんで俺はここにいるんだろう。
白一面の空間に、白一色の神殿?祭壇?みたいなところ。その神殿にも飾り気はなく、極々簡素なもの…なのだが。
「おや?私のことを忘れてしまったのですか――まぁ無理はありませんね」
目の前にいる女性だけは、この白一色の世界を更に強く。より白く染め上げてしまうのではないか…そう思わずにはいられない美貌を持っていた。
機械的であり自然的、超然としていながらも動作の一つから親しみが見て取れる。
氷のような表情だが、その声からは自分と同じくほぼ一世紀分あっていないのに。まるで親しい友人と会ったような温かみを感じる。
五感が俺に対して伝えてくる情報はどれも正反対同士の筈なのに、それを処理する脳と魂はそれらが“反発”しているとは決して認めない。
明らかに異常だが、その前で成立している以上。彼女が正に完璧な存在であると認めざるを得ない――そんな存在が俺の前に立っていた
「いえいえ!覚えていますよ、
「あら嬉しい――とまぁ、再会の挨拶はこのぐらいにしましょう。お久しぶりですアガレス・ヴェルネンシス、それとも。■■■■の方がいいですか?」
――懐かしい。その名で呼ばれたのも一世紀ぶりだ
「いえ、アガレスの方で」
「良いのですか?」
「元々前世に後悔はあれど、執着はしていません。それに今の名前の方が俺を構成している割合が高い」
「なるほど、ではそのように――アガレス」
「はい」
自然と膝をつく。
「まずは二度目の生を終え、このまま次こそは輪廻の輪へ組み込まれる筈だった貴方を引き留めたことに謝罪を」
そうして彼女――自分を先程生を全うした世界へ送り出してくれた女神様が軽く頭を下げた。
顔を上げてもらいたいと思ったが、ここは耐える。おそらくアチラはしなくてはならない、そしてコチラが受け取らなければならない類のものなんだろう。
「謝罪を受け取ります。ですのでどうかお顔を上げてください」
「ありがとうございます」
感謝の言葉と共に上げられた女神の顔には、慈愛に満ちた微笑みがあった。
…………ヤバイな。これは破壊力がありすぎる。見惚れないようにするだけで精一杯だ――あぁいや違うんだエミーリア、これは浮気じゃなくて、って…何考えてるんだ俺は。
「そして重ねて謝罪を――貴方に再び剣を取ってもらいたい」
その言葉と共に女神様は何もない虚空に手を伸ばすと、彼女の手の先に光の粒子が集う。集まった光は徐々に形を作り、その形は…前の前ならともかく、前の人生では食器よりも慣れ親しんだ物のように見える。
(あれは、まさか……)
やがて粒子は一際強い輝きを発し、その眩しさに目を瞑り開けた時には。女神様の手に一本の剣が握られていた。
「懐かしいですか?」
「…えぇ、オリジナルは既に孫へ譲り渡したもので」
「息子ではないのですね」
「あの子は特別戦いを嫌う子なので…」
鈍い金に輝く特殊な金属で形作られた柄に、炎をそのまま閉じ込めたような真っ赤な刀身。
見間違える筈も無い。俺がかつて愛用していた武器だ。
「この剣を、再び振るってもらいたいのです」
「…理由を聞いてもよろしいでしょうか」
「再び。世界に危機が迫っています」
「っ!」
驚愕に目を丸める。
「驚くのも無理はありません。本来であれば、一度危機を脱した世界に危機はもう二度と来ることはない筈はない…しかし事実、危機は起きてしまいました。貴方が命を懸けて救った世界が滅びようとしている」
「……その“危機”とは?」
思わず目に力が籠る。
「ディアボロス教団…
「…そして?」
いや、“ディアボロス教団のシャドウ”なら分かるが“ディアボロス教団そしてシャドウ”とは???
「――ここからは正直、かなり頭の痛い話となります」
女神様がそう言い再び光の粒子を束ね、今度はアンティーク調の机と椅子を生み出した。
「そして、立ち話をするには長い話でもあります。座って…そうですね、お茶でも飲みながら説明させてください」
いつの間にかティーセットを持って微笑む女神様。にこやかに手をふりこちらへ招く様子には、蛾に対する誘蛾灯の数百倍の吸引力を秘めていることは想像に難くなかった。
「……なる、ほど?」
「混乱するのも無理はありません…が、残念ながらこれが真実です」
女神様が鎮痛な表情で顔を軽く俯かせる。
つまり…俺が死んだ数十年後にディアボロスなる存在が誕生し世の中を混沌に陥れた。
ディアボロス自体は英雄オリヴィエとその仲間、そして多数の戦士たちによって撃退された。
しかし、問題はその後。
ディアボロスの強大な力に目をつけた集団――現にオリヴィエの出自にも彼らは関係しているそうだ――は、撃退された際にかの魔人から切り離されたディアボロスの左腕から強大な力を持つ魔人の細胞【ディアボロス細胞】を大量に獲得。
その力により人智を超えた様々な恩恵を独占した彼らは、表では有力貴様や機関を札束でビンタで黙らせ利用し、裏では力の源から【ディアボロス教団】という名前を取り活動、世界を裏から支配しているそうだ。
これだけならまぁ、その内世界の自浄作用が働きなんやかんやあって平和になる算段が高い。
女神様もその時は「不憫ではあるが放置していても問題はない」と判断していたそうだ。
しかし、ディアボロス教団の発足から約1000が経った頃。問題が発生した――というかすることが未来で確定した
突如として発生したその問題とは“シャドウ”。ディアボロス教団に対抗する新生勢力“シャドウガーデン”の首魁にして規格外の力を持つイレギュラー。
彼と教団との衝突により、世界の崩壊が引き起こされる。または崩壊が速まる可能性が高いらしい。
流石にそれは御免被りたい女神様。しかし管理者以上の力は持たない彼女が直接介入することは出来ない。
そこで見出したのが――俺だった。
世界を一度救った勇者
生命だけではなく、時すらも凍らせる永遠の魔王を倒した炎の使者。
俺ならば、もう一度世界を救ってれる。そんな期待を込めて、女神様は輪廻転生のため魂を漂白されようとした俺の魂を呼び寄せたそうだ。
…改めて整理するとむず痒いな。
「で、俺は再び同じ世界に転生。教団とシャドウの激突に介入して被害を減らしたり、時には喧嘩両成敗をすればいいと?」
「時々で構いません。世界はそこまで脆くありませんから」
毅然とした態度で言う女神様に、俺は軽く頷く。
「貴方には、最盛期に近い肉体に。現在の魂で入ってもらいます」
「いいですね。慣れ親しんだ肉体の方がいいですし」
「名前に関しては今のままで構いません。伝説はともかく、貴方の実名はこの千年の間でほぼ失伝していますから」
「分かりました」
思えば、手足は枯れ枝のような真に細いものではなく。太過ぎない…しかしネコ科の如くしなやかさの中に力強さがあるまさに全盛期のものだ。
それを世界が平和になった後も振るい続けた剣技で運用できる――うん、中々にロマンがあるな。
うずうずとする血潮を抑えきれず、思わず右手を握る。
「ふふっ、大分世界に馴染んだ…いえ。毒された?と言った方が適切でしょうか」
「あ、ええと…すみません。つい」
「いえ――正直、ちゃんと二度目の生を全うしてくれたことに。少しだけホッとしています」
女神様は口元に手を当て軽く笑い、その後微かに安心したような表情を見せた。
「さて、名残惜しいですが時は金なりとも言います。そろそろ…」
「成る程…説明とお茶、ありがとうございます」
よし…景気付けにいつものやるか。
「じゃあもっかい世界、サクッと救ってきます」
そうして、魔力を一部の炎へと変換。翼のように左右へ広がる。
「――正義の剣と炎に誓って!」
こうして、一人の人間が。再び世界を救うために降り立った。
(やはり陰の実力者ムーブをするためにも、この世界の物語のマストも抑えないとね)
シド・カゲノーは転生者である。実力はもう割とある
彼は己の目指す理想の“陰の実力者”に近付くため、今日も今日とて己を磨いて――はいなかった。
未だ幼子の域を出ない彼が四六時中鍛錬するというのは、感心を通り越してもはや狂気の光景だろう。
そもそも自分の信念と、何よりフットワークの軽さを確保するため彼は普段は身分相応の立ち振る舞い――本人曰くモブムーブ――をしており、今現在は大人しく本を読むふりをしながらそんなことを考えていた。
(物語のジャンルによって理想的な陰の実力者像は異なる。剣メインのバトル漫画で急に銃持って登場しても白けるように…)
腐っても貴族であるカゲノー家にはそれなりの蔵書があり(大半は魔剣士の為の指南書や戦術書だが)、そこにはある程度の児童用の絵本も備えてあった。
シドは、まだ自らが届かない高さの蔵書にも目を凝らし背表紙からこの世界におけるヒーロー像のスタンダードが測れそうな本を探すが……それらしいのは見つからなかった。
「……ない」
「なにが無いのよ」
無意識的に呟かれた声に対して返答の少しだけど驚き、シドは体ごと声の方向へと体を向けた。
振り抜いた先にいたのは、やはりシドの実姉であるクレア・カゲノーがシドの顔を覗き込むように上から見下ろしていた。
「お姉ちゃん。おべんきょうは?」
「終わった。ヒマだからあんたの様子を見にきたの」
暗に暇つぶしの動画に使われているということに思うところがない訳では無いシドーだが、割と暴君適正か高い姉にいうだけ無意味だと断じ口をつぐんだ。
「あっそうだ。お姉ちゃん、ちょっと聞いてもいい?」
――それよりもと、彼は分からないなら聞けばいいという勉学における最善手を思い付き。
「なに?読めない字でもあった?」
「それはどうだろ…お姉ちゃんって、どの本がすき?」
「本?」
(割りかし男勝りな所もある姉さんなら、そうしたヒーロー――あわよくば陰の実力者的なキャラがいる本――にも造詣があるだろう)
かなり下らないことを内心考えているシドだったが、姉のクレアは露知らず。単純に「姉である自分が好きなものを知りたいなんて可愛い弟め」程度に考え、少し考え込んだ。
「そうね…あんたにはちょっと早いかもだけど、まぁいいわ」
歩き出したクレアはシドが見ていたのとは違う本棚へと近づき、ちょっとした辞書程の厚さのある本を取り出した。
「いろいろあるけど、やっぱりこれかしら」
シドに見せるように表紙を彼の方向へと向けるクレア。そこには、赤い刀身の剣を腰に携え、剣と同じ赤い髪の青年が長い一本道を歩いている絵が描かれていた。
「なぁに、これ」
「【紅炎の勇者】よ。これは戦ってる様子がすごく細かく書かれてるから、一部では戦術書としての面もある。あんたが見つけられなかったのも無理はないわ」
「へー」
確かに、本に描かれている青年は如何にもな好青年。よく見れば服装も兵士が着るような鎧であり帯剣をしている。オマケに勇者
(これだ――!)
「わぁお姉ちゃんありがと!ボクこれ読んでみたい!!」
「そう?でも、さっき言ったからあんたにはまだ早いし。読めない字も多いと思うのだけど…」
クレアは迷うように本を持ちながら考え込む。
「きっと読めないと思うけど…」
(読めない訳あるかい!慣用句すらマスター済みだぞ!!)
「でも多分私があんたぐらいの時は読めなかったわ。だからあんたも読めないはず…そうだわ!」
本を渡すのも渋るクレアは、何かを思いついたように手を叩き。部屋の中のソファへと向かっていった。
ソファに座り本を開いたクレアは、その横に一人分のスペースを空け。ポンポンと叩いた。
「お姉ちゃんが読んであげる!私もそろそろ読み返したいと思ってたし」
「えぇ…」
さしものシドも呆れたような声を出した。だが、既にやる気マンマンでニコニコしている姉相手に断るのは――とても困難だ。
「や、やったーお姉ちゃんの読み聞かせだ!ボク嬉しいな!!」
「そうでしょ!ふふん、お姉ちゃんの美声に酔いなさい!!」
半ばヤケクソで姉の命令に従う弟と、そんな弟の内面を知る由もなく年長者の責務を全うしようと猛る姉。
(あくまで表面上は)にこやかな二人は、一緒に本を読み進めていった。
主人公の見た目はダンまちのアリーゼ・ローヴェルを性転換させた感じです。すごいいいキャラしてるからみんなアストレア・レコード買おうな!