俺と勇者と英雄 作:英雄譚に魅入られた者
8月である。
合宿もひと月過ぎてもう残り半分といったところ。
燃え盛るような炎天下と灼熱の熱砂に慣れることはないが、日頃のトレーニングは慣れてきた。
「山へ行ってきます。探さないでください。
は流石にベタだったかなぁ、もう少しひねれば良かった」
そのため、砂浜なんて行ってられるか俺は山に籠るぞ!と山の中へ。
砂浜でクイズ大会とか言う、よくわからないかしこさトレーニングとかなんてやってられるかっていう。
まぁ、実際かしこさトレーニングじゃなくてただのレクリエーションだし、行かなくても良いんだけど。
可憐なる恋人に早咲きの少女に素敵な素質、ラーメン殿下が参加してる時点でもうレベルが高い。
友情トレーニングなら間違いなく踏みにいくところ。
残念ながら友情トレーニングは発動しないけど。絆不足、やむなし。
「やっぱり山頂は空気が気持ちいいし涼しいわ…。
すーはーすー…ん?」
なんだか視線を感じる…?
しかも妙に嫌な感じというか敵意というか…?
隠れて様子を伺おうにもここは山頂、視線を遮るようなものなど何一つない。
あ、いや看板があるけど。面積が足りない。残念。
「んー?なんか近づいてきてる気がするけど…こっち坂っ!?」
「うおぉぉぉぉぉっ!!」
「マジかよ、斜面を手足四つで駆け上って来てやがる。
ってかウマ娘じゃん。
良かったぁクマとかイノシシかと思ったわ」
視線を眼下の斜面に向ければ声をあげて駆け上ってくるウマ娘の姿。
野生動物だったらどう立ち回ったもんかと思ったけど、これなら一安心……なのか?
こちらに敵意のような視線を向けながら登山道を使わず斜面を手足四つで駆け上ってきているウマ娘は果たして安全なのだろうか?
言葉は通じるだろうけど、ここは山頂で監視カメラ等もなく生憎今は俺以外に誰もいない。
襲われても助けが呼べ…あ、ウマホがあるし電波も大丈夫そうだわ。
とりあえず何があったら困るしムービーで録画しとこう。
「おぉぉぉっ!!とうっ!ヒシアマ姉さんのお出ましだっ!」
「………」
「………」
うーん、なんかいけない所を映してしまった感。
こう、いい歳した大人がはっちゃけた所をたまたま目撃してしまった様な。
つまり気まずい。
こういう時どうすればいいの?笑えば良いの?
「えっと……お帰りはあちらですよ?」
「見なかったことにして帰そうとしないでおくれ。
アンタ、レギンレイヴだろ?アンタに興味があったんだ」
「えっ…いや、一人称は俺だけどそっちの趣味は……。
うーん?言われてみればどうだろう…?」
元が男と言うこともあってか別に嫌な気はしない件。
けどそっち趣味なのかと言われれば特に。
でもこうやってどストレートに求められるのは悪い気はしないかも。
というかさらっと貞操の危機?
いやー、このままだと禁断の花園が山頂に咲き誇っちまうな。
流石にそこまでは行く気ないです。ごめん。
「いや、興味ってそういう意味じゃないよ。
アンタのことをゼンノロブロイから聞いていたし、あの『灰の神』の娘でデビュー戦の大差勝ちもテレビで見てね、話がしたいって意味さ。
まぁ素直に言えば、あわよくばタイマンしたいところだねぇ?」
「タイ…マン…?」
タイマン(文字通り)かタイマン(意味深)どっちだ…?
というかやっぱり危険なウマ娘じゃないですか、やだー!
三十六計逃げるに如かず、ここは旅館に撤退しようそうしよう。
脱兎の如く逃げるんだ!じゃないとウマ娘が如くされる!黒沼トレーナーの役割だろそれ!
「あっ!?…下山でのタイマンだね!」
「ひぃっ!?普通に怖い!」
登山道の方に振り返って全力スタートダッシュを決めて駆け下りるも、後ろからドドドと足音がついてくるではないか。
しかもすでにトゥインクルシリーズを引退してドリームトロフィーリーグに移籍してるだけあってパワーが違うのか速い。
このまま山道の斜面をまっすぐに駆け降りても捕まるのは予想出来るし…。
仕方ない、ぶつかって怪我したら自己責任って事で。
「…っ!斜面の木々に飛び移って…面白いっ!」
「いや、マジ!?うそでしょ!!」
登山道からあえて逸れて木々の隙間を縫うように駆け下りたり、木から木へと飛び移ったりして下って見せたら諦めると思ったのに面白がって付いてくるじゃん。
化け物か?ヒシアマゾンです。
木々に飛び移るだけじゃなく手で木を掴んで回転するのはもはやウマじゃなくてゴリラなんよ。ゴリ娘?
「なんか失礼なこと考えてないかい!?っとぉ!!」
「ひぇっ!?」
回転して飛んだ先の木を殴り折って足止めしてきた!?
自然破壊は良くないと思います、切実に。
というか大木とまではいかずとも普通に生えてる木を殴りへし折るのはヤバいと思うんだけど。
でも、そのせいで反動があるようで空中で止まっているではないか。
これを機に一気に突き放して逃げようと思う。
野生本能に目覚めたウマ娘って怖いんだなって良くわかんだね。
横跳びしていた所を地面に急降下する様に木を蹴り、地面スレスレで再び横に蹴ってその勢いのまま駆ける。
旅館まで直線一気、全身全霊。
さあ、ここで問題です、ラストスパートで有効スキルは?
「根性ぉぉぉぉ!!」
うーん、賢さG。
スペちゃんに風評被害、あげませんっ!
「っち、逃げ切られちまったかい…」
後ろから聞こえる野生のヒシアマゾンの声が遠のいていくのを感じ、野生動物には喧嘩は売らない方が身のためだと身をもって体験した。
たとえそれが整備された登山道であっても出会うかもしれないという心構えは持っていた方がいいとも。
いや、喧嘩売ってないな?でも野生というは理不尽だから。
ゴール板の代わりに旅館の暖簾を潜り自分の部屋へ駆け込んで布団に籠る。
「ぜぇ……ぜぇ…。
いや、ほんと、きっつ…」
「ははっ、見事な脚だったね!
斜面に障害物もなんのその、直線での加速は見てて惚れ惚れしたねぇ!」
「うわぁぁぁぁ!?」
息切れしてるのを感じながら呟けば、部屋の扉が開かれて良い笑顔のヒシアマゾンが。
恐怖でしかないが?部屋の位置特定できるほど近くまで迫られてないよな!?
音か!うーん、野生って怖い。
全身の毛を逆立てて驚く猫よろしく、布団の中から飛び出て距離を離す様に部屋の角へ。
あれ、これ追い立てられてね?窓に行くまでに捕まるな?
「タイマンはアンタの勝ちだね。
『灰の神』のトレーニングメニューとか聞いてみたかったんだけど、ロブロイからはアンタが良いっていうならって条件を貰っててね。
タイマンで勝ったら許可をもらおうかと思ったんだけど、こりゃアテがはずれたね」
「いやあの?平然と入ってこられるとその困るというか。
トレーニングメニューぐらいなら普通に聞いてもらえれば良いというか?」
「まぁまぁ、聞こうとしたら逃げたのはアンタだろうに。
それに…トレーニングメニューは確かに興味あるけど、アンタのあの山の中での走りを見てたら何となく普通のメニューじゃない事は良くわかったよ。
アガネスデジタル然り、アンタたちはコース以外の場所を走るのも得意そうだね」
「まぁ…そうですね?
俺らがダートも走れるようになったのはそれが理由ですし」
スレイプニルのトレーニングメニュー、バ場編。
芝もダートも走る所には変わりないからとりあえず走れと、芝ダートのコースにに限らず公園だったり山だったりと色々と駆け巡った。
なお、後ろからハリセンを持った母上が追いかけてくるスパルタ付き。
しかも割とガチで叩いてくるから俺もデジタルも本気で逃げていたのは良い思い出。
でもロブロイがトレーニングに参加する時にはこのトレーニングやらなくなったんだよなぁ。
ロブロイがダートに興味がなかったのが理由だろうけど。
「それがわかっただけで充分さ。
今日は悪かったね、それじゃあまたね」
「……いっちまった。
やっぱり追込脚質なのは癖ものしかいねぇんだな…」
聞くだけ聞いて満足げに帰っていったヒシアマゾンの後ろ姿を見送って、窓の外を眺める。
黄金の不沈艦がシュノーケルつけて銛を構えて海岸線を見つめていたのを目撃してしまい、やる気が下がった。
ウマ娘というか、ニンジャ娘になりつつある。