【完結】どうやら悪の組織に怪人改造されたらしいが、そんなことより俺には〆切がある。 作:家葉 テイク
その後のことは、正直よく覚えていない。
クラッターバック先輩はなんだか笑いながら生返事をしていたような気がするし、俺自身も自分の言っちゃった台詞のインパクトの強さに当惑して乾いた笑いを垂れ流すくらいしかできなかった気がする。
実際、自分でもなんであんなこと言っちゃったのか分からないんだよ。
『貴女のことを書かせて下さい』ってさ。なんかスゴイ含みがあるというか、ありていに言ってプロポーズっぽい響きだろ? いくら俺だってそのくらいは分かる。女の人に『貴女のことを作品のモチーフにさせてください』って、そいつが真面目であればあるほど、なんかこう……精神的に大事にしている感じが出るじゃないか。
でもあの時の俺は、こう……完全に勢いで喋っていて。なので、あんなことを言っておきながら、俺は自分がどういう心情であの台詞を吐くに至ったのか、自分でもわかっていないのだった。
こういうときに俺が頼れる相談相手といえばユズハなのだが、クラッターバック先輩を敬愛するユズハにあんな台詞を吐いたことを知られれば……いや、あんな台詞を吐いた上で『なんで自分がそんなこと言ったのか分からない』なんてナメた口を叩いた日には、〆切関連でキレるとかなんて比じゃないくらいにマジのお叱りが来るのは想像に難くない。っつーか俺だって他人が同じこと言ってたらキレる……とまではいかなくても、真面目に説教をする自信がある。
ならばメリーさんか……とも思ったのだが、なんかこう、こういう相談をメリーさんにするのも地雷っぽい気がするんだよな。人間と怪異の浮ついた話とか、メリーさんなんとなくピリつきそうな話題だし……。なんだあの西洋人形。地雷まみれじゃないか。
そういうわけで、悶々としつつも俺は自分一人であの謎の台詞を吐くに至った自分の心境と向き合わなくてはならないのだった。
クラッターバック先輩もクラッターバック先輩でなんだか様子がおかしいし、そろそろ何とかしないとユズハあたりが異常を嗅ぎつけて動き始めるかもしれないし……くそ、自業自得とはいえこれ以上〆切以外に思考のリソースを割くのはご勘弁願いたい……。
「……ドロシー先輩とスグル先輩、喧嘩とかしてます?」
「ぶっっっ」
……意表を突かれすぎて「ぶっ」って言うの、本当に現実で起こるもんなんだな。自分の身体で実証することになるとは思わなかったが。
そんなわけで、一〇月も終わりが見えて来たある日の放課後。俺はユズハとクラッターバック先輩という最近お馴染みのメンツで執筆活動に励んでいた。まぁ、その最中にユズハに唐突な爆弾をぶち込まれて盛大に吹き出してしまったが。
「い、いや。喧嘩はしてない。喧嘩は」
「……ふーん、じゃあなんなんですか? 二人ともここのところずっとぎくしゃくしてますし、いい加減心配になってくるんですけど、ボク」
「ご、ごめん……」
うーん申し訳ない……。でも、なまじ喧嘩とかみたいな『改善しなくちゃいけないマイナスな関係』ではないから余計に触れづらいんだよな……。俺の方から下手に触れたら今より余計に悪化しそうだし……。俺がどう動くべきかをきちんと整理しないと動いちゃダメな気がするというか。
なのでどう答えたものかと考えていると、静かに本を読んでいたクラッターバック先輩が読んでいた本を閉じて、
「ごめんね~ユズハちゃん。スグル君は悪くないのよ~。わたしがちょっと……ね。受験とか色々で、ただでさえ複雑な乙女心がさらに複雑怪奇になっちゃってるの~」
「そうなんですか……? 何か悩みがあったら相談に乗りますよ」
「ありがとね~」
あろうことか、クラッターバック先輩に助け船を出してもらってしまった……。
「それじゃ、スグル先輩の方は進捗どうなんですか? もう月末も近づいてますけど」
「ああ、それについては安心してくれていい」
水を向けられた俺だったが、そこについては胸を張って答えることができた。
いつまでも今までの様に進捗なしでいる俺じゃない。この間の『ナーサリーテイル』極東支部での件で書きたいキャラも決まったことだし、順調に執筆は進んでいるのだ。
「フフフ……驚くなよ。主人公とヒロインのキャラ設定がまとまった。あと、どういう展開にするかも大体決まったぞ」
「おお! それはかなり進みましたね」
得意げに答えると、ユズハは素直なリアクションを返してくれる。そうだろうそうだろう。キャラ設定とプロットがまとまったのだ。あとはもう書くだけ。余裕のよっちゃんである。
と、
「で、本文はどのくらいまで進んだんです?」
「あっゼロ文字です」
そうして、本日も雷が落ちた。
「本文進んでねェ分際で調子こいてんじゃねェですよ!! 〆切いつか分かってるんですか!? 来週の月曜なんですよ今日木曜なんですよそこんとこちゃんと分かってんですかァ!?」
「ヒィすいません! すいません!! 頑張りますので許してください!!」
べしべしと頭を叩かれながら、俺は必死に許しを乞う。
「進んではいるんです……進んでは……! ただちょっとヒロインこれでいいのかな……みたいな確認をしているので本文に入れてないだけで……!」
「それは進んでるって言わねーんだよ!!」
「すいませんすいません!!」
だっ……だってしょうがないだろ! ヒロインのモチーフにクラッターバック先輩を使わせてもらうって決めちゃったから、滅多なこと書けなくなっちゃったんだもん! その件についてクラッターバック先輩と話したくても、クラッターバック先輩はクラッターバック先輩でなんだかちょっと様子がおかしいというか、なんかちょっと悩んでるっぽいし……!
せめてあの時俺がなんで咄嗟に『クラッターバック先輩をヒロインにしたい』なんて口に出してしまったのか、その理由くらい自覚しないと切り出せないな……って思ってたらいつの間にか木曜になってたんだって!
「スグル先輩が筆遅くなる時って、たいがいそれじゃないですか! 今回だってどうせヒロインの気持ちが分からないからウンウン唸ってるんでしょ!?」
「い、いや流石にどういう心情かは分かっていると……」
「分かってねェーんですよ!! 何故ならスグル先輩は乙女心が分からないから! 自分が乙女になったというのに何たる体たらく!」
「それは関係なくない?」
な、なんか雲行きが怪しくなってきてない!?
「だからほら、今日はいっぱい服を持ってきましたから、適当にちょっと包帯解いて着せ替えコーナーしましょうよ。女の子の服を着て女の子の気持ちが分かれば執筆なんかちょちょいのちょいですよ」
「い、いや……。というかおれ、もう指治ったし」
そう言って、俺はスッと左手の人差し指を見せる。
クラッターバック先輩に治してもらった──というか【捏造】してもらったからな。なのでもう包帯も巻いていない。まぁ、言ってなかったのでユズハは知らなくて当然だが……。
「あれ? 治ったんですか?」
「うん。あのあと『ナーサリーテイル』の人の【異能】を使ってもらってな。《怪人化》の進行は全部きれいさっぱりなくなったよ」
「なーんだ、じゃあいくら《怪人化》してももうリスクはないってことなんです?」
「だと思う」
今のところ、《怪人化》に伴う精神変化みたいなのもないっぽいしな。クラッターバック先輩もユズハも俺の様子がおかしいみたいな話は一回もしたことないし。
色々心配してたけど、《怪人化》のリスクがなくなったのは本当によかったよ。
「…………へー、リスク、ないんですかー」
と。
そんなことを呑気に考えていた俺は、いつの間にかユズハの視線が怪しくなっていることに気が付いた。……こ、これはまさか……。
「なら! 一旦体の一部を怪人化させて認識阻害を止めた上で着せ替え大会を開催してもいいってことですよねぇ!! この間のお出かけではまだまだ全然試せてませんでしたから、今日はその分目いっぱいやりましょう! ボクのお古をいっぱい持ってきたんですよ!」
「やめろー!! 書く時間がなくなっちゃうからー!! クラッターバック先輩ヘルプミ……、はっ!? いつの間にか離席しとる!!!!」
……クラッターバック先輩の助け舟なしに俺がユズハに逆らえるはずもなく。
その後は、下校時間までたっぷり着せ替え人形にされてしまったのだった。しかも女の子の気持ちは分からなかったし。何やねん。
学校終わりの下校の道すがら。
一〇月も下旬、ハロウィンの気配が色濃くなって来てすっかり冬の気配が身近になった空の下を、俺は一人で歩いていた。
……一応女子制服を着てるんだけど、スカートだから足がめちゃくちゃ寒いんだよな……。
流石に一日中スカートを穿いてると寒さにも慣れてくるものがあるんだけど、おそらく怪人改造を受けて寒さへの耐性が上がっている俺でもこの寒さなら、世の一般女子高生がどれほど寒さに耐えているかと考えると頭が下がる思いだ。
「……女の子の気持ち、ヒロインの気持ちか……」
ユズハの指摘は多分に私情も混じっていたと思うけど、しかし私情しかないと切り捨てるにはあまりにも示唆に富んでいる……と思った。確かに今筆が進まない理由は、ヒロインに
そしてそれは、翻ってモチーフにしているクラッターバック先輩の気持ちが分かっていないんじゃないかということにも繋がるわけで……。
……いや、確かにクラッターバック先輩の気持ちって分かんないよな。
だって、クラッターバック先輩は少なくとも数百年前から生きている怪異の『正体』で、人間の伝承によって
だから、俺は今までクラッターバック先輩の気持ちなんて考えたこともなかった。いや、正確には『何考えてるんだかわからない人』というカテゴリに放り込んでいた。クラッターバック先輩が人並みに受験や自分の将来について不安を持っていると知った時だって、俺はめちゃくちゃ意外だったのだ。『この人にそんな人間らしい心配事があったとは』とまで思ったほどには。
ぴたりと。
そこで俺は、歩みを止めた。
「……だから、なのか?」
俯いて、俺は思索を巡らせてみる。
なんだか、色々と腑に落ちたような気がしたのだ。
今までは底知れないと思っていた、良くも悪くも頼りにしていたクラッターバック先輩が、俺と同じように『これからどうなるか分からない未来』に対して不安を持っている。今までは全然分からなかったあの人の心の裡が、少しだけ分かった。その頼りなさに共感した。
だから……あのとき、俺は咄嗟にあんな言葉が口を突いて出たんじゃないだろうか。
だって共感できるってことは、力になれるってことだ。俺の心を解体して答えを見つけ出す作業が、クラッターバック先輩の心にも通用する答えを示せるかもしれないってことなんだから。
そういうことなら。
俺がやるべきことはシンプル。
クラッターバック先輩の人生と俺の不安とを照らし合わせて、感情を分解して、そして答えを見つけ出す。
そうすればクラッターバック先輩の助けになるかもしれないし、何より迷いなく文章を書くことができて〆切を守れる。
前を向いて歩き始めた時には、もう俺の頭の中に迷いはなかった。
書くべきことはたくさんある。あんだけ意味深な台詞を吐いてしまったんだ。もう、生半可な小説じゃクラッターバック先輩に顔向けできないからな。今日は木曜だから……〆切まで、あと四日しかない。あと四日で、なんとか書き切ってやるんだ。
そうして顔を上げたことで──俺は気付いた。
月の光が降り注ぐ空の中で、黒衣の魔女の姿が浮かんでいることに。
「あ、クラッターバック先輩」
まさに噂をすれば影、といったところか。
見上げた先には、月明かりを背にするようにしてクラッターバック先輩がいた。箒に横向きで腰かけたクラッターバック先輩は、そのままスウと地上に降りて来た。
何か最近気まずい感じだったけど……やることは決まったんだ。もう、クラッターバック先輩に対して気まずさを感じることもない。
「あら、スグル君、なんだか……迷いがなくなったような~? ……、……迷いというよりは、照れかしら~?」
「からかわないでくださいよ……」
それはそれとして、恥ずかしい台詞言ったなっていう自覚は消えないんだからさ……。
まぁその点についてはさておくとしよう。
「それで、どうしたんです? クラッターバック先輩。おれに何か用があるんですよね」
そう言って、俺はクラッターバック先輩を見上げた。
クラッターバック先輩自身も俺に対してちょっと接しづらそうにしていたし、その件か……いや、今は魔女の格好をしているから、『ナーサリーテイル』としての用事でもあるんだろうか。
「『侵攻』のね、日取りが決まったのよ~」
クラッターバック先輩は、世間話でもするような調子でそんなことを切り出した。
…………。
……?
しんこう……って、侵攻だよな? 多分。どこに?
「前に、メリーさんの【異能】でスグル君が改造された『UAN』の前線基地の座標を突き止めたことがあったでしょう~? そこよ、そこ~。『ナーサリーテイル』の準備が整ったから、じゃあ前線基地潰しに行きましょ~ってね~」
「あー……そういえば……」
確かに、言われてみれば、そもそも俺が『ナーサリーテイル』参加した時点で、メリーさんの【異能】のお陰で俺が改造されてた前線基地の座標は掴めてたんだっけ。
そこから一か月足らずで侵攻準備……組織の手際としてはかなり素早い部類なんじゃないだろうか。
そして、俺もそこに参加するわけか……。
「なるほど、つまり用件は作戦会議ってことですか? じゃあメリーさんも来るのかな」
「いえ~、メリーさんは支部で待機してるわ~。ちょうどわたしが近くにいたから、わたしがスグル君の回収役~」
「それはお世話になります」
お辞儀をすると、クラッターバック先輩は箒の後ろの方を指し示してくれた。箒で乗せてってくれるってことか。……何気に箒で空を飛ぶの初めてだな。どんな感じなんだろうか。めちゃくちゃ気になる。
「……、ところで、スグル君ってば急に調子を取り戻したみたいだけど、何かあったの~?」
「ああいや、別に大したことはなかったんですけどね」
箒のクラッターバック先輩の後ろの部分に座らせてもらいながら、
「何でクラッターバック先輩をモチーフにしてヒロインを書かせてもらいたいと思ったのか。そこをちょっと考えたんです。自分なりに答えも出たので……ご心配おかけしましたけど、これでもう筆に詰まることもないと思います」
「…………、あ~そうなの~……。……よかったわ~。なんだかちょっと照れくさくって、わたしから何も言ってあげられなかったから~」
そう言って、クラッターバック先輩は申し訳なさそうにしていた。
……いや、そもそも俺が突然妙なことを言い出したんだし、そのことについて先輩が申し訳なく思う必要はないんだけども。
「そんなんいいですよ。おれの方こそ、あんなこと言ったのになんか変な感じにしてすみませんでした。でも、もう迷いはないですから」
俺がそう言うと、クラッターバック先輩も安心できたらしい。
優しく微笑んで、俺の方へ視線を向けた。そして苦笑してから、
「う~ん……。あ~、やっぱり駄目ね~」
直後、だった。
考えるよりも早く、俺の両腕が動く。どっ!!!! という衝撃が顔の前でクロスさせた両腕にぶつかり、俺の身体は軽く一〇メートルは勢いよく吹っ飛ぶ。
空中で体勢を整え、一回転して足から着地する──そうして完全な防御を決めても、なお俺は自分の感覚が信じられなかった。
俺の感覚は言っている。
ドロシー=クラッターバックが、攻撃を繰り出してきた、と。
タネも割れている。箒を浮かせている【魔女の軟膏】を応用した攻撃だ。『空間』に【魔女の軟膏】を適用すれば、箒と同じように『浮遊操作』することができる。それを高速で叩きつければ、人の頭くらいは簡単に破裂させることができるだろう。
だから──分からないのは、
「……先輩…………」
両腕を交差させて。
赤熱し、二倍以上に膨れ上がった異形の
「……どうして……?」
「スグル君」
先輩はそんな俺の問いには答えずに、静かに笑った。
まるでいつも、学校で笑いかけてくれるときの笑み、そのままに。
「……やっぱりさ~。ここで人間、辞めとかない~?」
──怪異の顔で、そう言った。