【完結】どうやら悪の組織に怪人改造されたらしいが、そんなことより俺には〆切がある。 作:家葉 テイク
そこは、まさしく異空間といった風情だった。
材質の不明な黒とショッキングピンクのマーブル模様の大地と、黒とエメラルドブルーが不気味に入り混じった星空。黒と蛍光色に彩られた世界。
そしてそんな大地を少し進んだところに、これまた材質不明の真っ黒な建材で構築された城のような施設がある。──そこが、『UAN』の前線基地だった。
「……到着ね。なんだか不気味な景色だわ」
「メリーさん、ありがとな」
此処へは、もちろんメリーさんの【異能】によってやって来た。
おそらく俺達の世界で扱われるような座標情報では表現できない空間に存在する『UAN』の前線基地へは、メリーさんの【異能】なくしてやってくることはできなかった。多分、次元の狭間とかそんな感じの空間なんだろうけど──そういう隔絶した世界にも理屈を無視して問答無用で移動できるあたり、【異能】ってホント物理法則通用しねぇな……と思う。
「それじゃ、一応念の為、今回の作戦をもう一度説明するわね」
そんなことを話すメリーさんの他に、『UAN』のエージェントは存在しない。
クラッターバック先輩はその【異能】の性質上、複数人での戦闘みたいな『会話が発生しづらい戦い』では不向きだし、その圧倒的な力から本拠地防衛が期待されている戦力だからな。
そのほかの人員も、いることはいるのだが──その人たちは後発。まずは最強の俺が場を荒らしてグチャグチャにした後、後詰ということで投入されるらしい。『ナーサリーテイル』、実は直接戦闘タイプってそんなにいないからな。
「前線基地をただ破壊するだけなら、もっと前の段階でやれていた。ここまで作戦の実行時期が空いた理由は、スグルなら分かるわよね?」
「ただ前線基地を破壊するだけでは駄目だから。……だろ?」
「そ」
メリーさんは俺の答えに、簡潔に頷いた。
「『UAN』はワタシ達と違って、『科学』の力を操っている。ヤツらの扱う事象には必ず『原因』があって、『結果』に到達するまでの『理論』がある。つまり……ヤツらが『次元を超えて侵略してくる』っていう事象自体には、必ずその為の《装置》があるはずなのよ」
これは、俺も事前に予想していて──実際に作戦前にメリーさんから伝えられていた事柄だった。
つまり、たとえ前線基地に詰めている戦闘員や怪人を全員殺したとしても、どこかに隠されているであろう《装置》を破壊することができなければ、連中はまたすぐに人員を補充して侵略を再開できてしまう。少なくとも連中の《本国》に『これ以上の地球の侵略は割に合わない』と思わせる為には、最低でも《装置》の破壊は必須なのだ。
そして、どこにあるのか、どういう形をしているかも分からない《装置》を破壊する為には、それこそ前線基地全体を隈なく破壊してやる必要がある。
つまり──
「スグルの戦闘経験値を上げる必要があった。まぁ、有体に言えば今までの準備期間はそれに尽きるわね」
俺という、最強の怪人を育てる必要があった。
《怪人化》。どの怪人よりも膂力に長けて、再生能力をも持つ圧倒的な肉体。これを先陣として投入できれば、『ナーサリーテイル』の人員の損耗はおそらく最低限に抑えることができるからな。
…………まぁぶっちゃけ捨て駒スレスレの一番槍運用な訳だが、これについては正直そんなに異論もなかったりする。クラッターバック先輩やメリーさんはめっちゃ申し訳なさそうにしてたけど、そもそも俺って『UAN』の侵略兵器な訳だしな。本来は問答無用で討伐対象。死んでも別にいいくらいのポジションで使われているとしても、まだ生存の目が全然ある作戦に投入だけマシだ。それに俺、『UAN』と戦って負ける気しねぇし。
ただ、俺には一つ気になる点があった。
「それはいいんだけどさ。次元を移動する為の《装置》なんてもんを破壊しちゃったら、何か暴走して俺がどこかに飛ばされたりしちゃうんじゃないか? 時空の狭間的な場所とかさ」
色んな物語を見て来た俺からしたら、そういう展開は王道の一つだ。そして王道だからといって、自分がそういう目に遭うのを甘受したい訳ではない。他の人員も投入する以上、何かしらの回避方法はあると思うが……。
と、思っていたのだが。
「アナタ、ワタシの【異能】忘れたの? どこに飛ばされようが問題なく回収できるわよ」
メリーさんの言葉で、俺の懸念は一瞬で解消されることになる。
確かにそうだった。メリーさん、対象の追跡もセットでできるんだった。
「流石メリーさん! 超便利!! 不穏なフラグを事前に完璧排除してくれる親切設計!!」
「ちょっとやめてよ……照れるでしょ」
そしてこの褒め方で照れる驚きのチョロさ!!
……そんな風にメリーさんを愛でて緊張を解きつつ、俺はゆっくりと頭の中を戦闘モードに切り替えていく。
現在地は、『前線基地』から少し離れた大地。後ろを振り返ると──そこには大地はない。下を覗いてみれば、そこには星空と同じ漆黒とエメラルドグリーンが入り混じった不気味な空間が広がっている。……まさに異次元って感じだ。落ちたら一巻の終わりだな。いや、メリーさんがいるから案外大丈夫かもだけど。
「……スグル、大丈夫?」
「ああ、問題ない。メンタル的には至って良好だよ」
答えて、俺は前を──攻め込むべき前線基地を見据える。
気付けば大変な事態に踏み入ってしまったものだという感慨はあるが、それだけだ。何せ、これから始まることは俺にとっては余計な寄り道に過ぎない。
本当の問題は、これを乗り越えた後。あと三日で小説を書き上げられるかどうかにかかっているんだから。
移動役が戦闘に巻き込まれて負傷してしまっては大問題なので、メリーさんには一旦戻ってもらった。
早々に両腕の皮を剥ぎ取った俺は、クラッターバック先輩の戦闘によって編み出した応用を使って巨大化させた両腕でとにかく施設を破壊して回っている。簡潔で単純な手だが──それだけに、敵は豆鉄砲を食ったような騒ぎになっていた。
『蜃コ莨壹∴蜃コ莨壹∴ー!』
『謨オ隘イ、謨オ隘イー!!』
前線基地の壁をぶち抜いて突入した矢先。
まるでトンネルみたいなだだっぴろい廊下の中で、何を言っているのか分からないクローン戦闘員どもがワラワラと現れる。多分、『敵が来たぞ、戦えー!』みたいなことを言ってるんだと思うけども。
「遅っせぇよ」
呟きながら、俺は両腕を振る。
それだけで、長さ三メートル、横幅は一メートルくらいにまでなった俺の巨腕は一切を薙ぎ払った。流石に最強の怪人の膂力で巨大な腕を振れば、戦闘員程度はひとたまりもない。潰れたトマトみたいになって廊下の壁面にへばりつく戦闘員どもを一瞥しながら、俺はついでに廊下の壁も破壊してみせる。
未知の材質で作られているっぽい前線基地だったが、壁は割合簡単に破壊できた。なんというか、強度的には俺達の世界のコンクリートよりもちょっと硬いくらいのようだ。多分それだけでもかなり先進的なんだろうけど……まぁ俺からしたら、壊せるならどっちも同じかなって感想だ。
さて、それはともかく《装置》探し……だが、俺も全くアテもなく探索するつもりはない。ただでさえ〆切が近いのだ。無駄な時間は使う訳にはいかないからな。
というわけで……、
「オラぁ! 《装置》はどこだぁ!!」
と叫びながら、俺は前線基地の部屋に押し入っては、何やら機械的な設備をしらみつぶしに破壊していく。
俺は向こうの言語を知らないが、『科学』が発達している『UAN』がこちら側の言語を解析していないはずはないだろう。《適応型》の怪人はこっち側の人間を使っているわけだし。
つまり、俺がこうやって叫びながら装置っぽいものをしらみつぶしに破壊すれば、向こうは自ずと次元移動用装置が狙われていることを推測してくれるはずだ。
そして突然の襲撃で指揮系統が麻痺した状態で、その情報を知った組織がどう動くかといえば……。
「…………なるほどな。あっちか」
とにかく、『壊されたらマズイものの防備を固める』という方向性になるはずだ。
もちろん、平常時だったらそういう方に俺が誘導するのを考慮した上でブラフを張るとか、そういう作戦を練ったりもするんだろうけど。今回は前提として、メリーさんの【異能】という反則技による全く想定外の襲撃がある。どんなに科学力が発達していようと、そんな寝耳に水な状況でブラフを張ったりできるわけないもんな。
ハエがたかるみたいに鬱陶しく湧いてきていた戦闘員どもは、潮が引くような勢いで撤退を始めていく。俺はその方向を冷静に見定めると、一目散に飛び込んだ。
トンネルみたいな廊下を抜けた先にあったのは──
──古代のコロシアムみたいな、円形のだだっ広い空間だった。
「…………」
開けた地形。
広大な空間。
味方は俺一人。
状況から、俺は嫌な予感を感じ取った。この感じ、どう考えても待ち伏せされてない?
そして、その予感は直後に現実のものとなる。
『辟。莠九↓隱伜ー弱〒縺阪◆縺! 蜿悶j蝗イ繧!!』
四方八方から現れる、戦闘員ども。
その数は総勢……分からん。野球チーム二つ分くらいはあるんじゃないか?
「馬鹿みたいに突っ込んできやがって……前座の前座共が。高校野球でも始めるってのか?」
取り囲まれているが、多分これは俺が罠にかかったっていう訳でもないと思う。もしもここが単なる罠として機能している場所なら、それこそ落とし穴みたいなどうしようもない機能があって当然だしな。
っていうか、想定のしようがないのだ。メリーさんの【異能】のことなんて『UAN』が知るはずがないんだから。こうやって俺達が攻めて来たこと自体が想定外。そんな状況で無理やりに俺を押し殺す為の策。それがこのコロシアムでの袋叩きってわけなんだろう。……さながら、ミツバチの熱殺蜂球みたいなもんか。
「おれはスズメバチってか? 人を見くびるのも大概にしろよ!」
啖呵を切って、俺は敵の集団に突撃する。
目だけではなく、音で感じ取った結果、敵の集団の中に《適応型》の怪人も何人か混じっているのは明白だった。おそらく、クローン戦闘員の中に混じって遠距離系の《性質》で俺を少しずつ削り殺そうって魂胆なんだろうけど……それが分かっていればこっちから待ってやる義理もないからな。
空気の弾や小石、光が集団の中から撒き散らされていくが──この時の為に両手を拡大させておいた俺の敵じゃない。
左手を自分の身を守る盾にしながら突貫した俺は、右手で敵集団を一振りでなぎ倒していく。下手に集中して襲い掛かってきていたのが裏目に出た形だ。戦闘員どもは、その中に紛れ込んでいた怪人ともども呆気なく叩き潰されて無力化された。
それでも、幾らかの撃ち漏らしはどうしても出てしまう。左手を盾みたいにしている関係で視界も悪いし、残りの敵を叩き潰そうと両腕を振り回したタイミングで──
──俺は、視界の端に一人の男の姿を確認した。
直後。
「っっっ!!!!」
戦闘員集団の最後の一人を叩き潰したと同時に、俺は両手で思い切り地面を叩き、その反動でその場から逃れた。
すると俺が先ほどまでいた空間は、
「……いやはや、流石の判断力ですね」
その男は。
スーツを身に纏い、にこやかな笑みを口元に浮かべている男は、両手を腰の後ろに回したまま俺のことをじっと見ていた。
「初めまして、《Dragon009》。……いや、此処は貴方個人の人間性に敬意を表して、柏原スグルさんとお呼びした方がよろしいでしょうか」
「……どっちでも構わねえよ」
明らかな、敵。
にも拘らず馬鹿正直に応答してしまったのは、相手の態度があまりにも人間的で、こちらに対する敬意が明確にあったように感じられたからだ。
今までの怪人とは違う。
なんだかんだで知性や知能は持ちつつも、本質的には目的を遂行する為の自動人形めいていたアイツらとは違い、コイツにはプライドがある。プライドがあるからこそ、それに相応しい立ち振る舞いを意識するだけの余裕がある。
……クラッターバック先輩がいてほしいなぁ、こういうヤツ相手だと。
「自己紹介をしましょうか。私の名は《S包スpen趣ス?シ撰01》。貴方がたのような現地調達式怪人ではなく、《本国》で調整された怪人です。《侵略型》……といえば、貴方にもよく伝わるでしょうか?」
「…………!」
メリーさんが言っていた。
『UAN』の侵略は、初期こそ《侵略型》と呼ばれる相手の本国で製造された怪人が運用されていたが、やがてこちらにも相応の戦力があることが分かると、コストがかさむのを嫌ったのか現地調達の《適応型》怪人が大半を占めるようになった、と。
つまりコイツは……初期に運用されていた《侵略型》の生き残り……ってこと、か?
「いやはや……こうなってみると、地球への侵略は間違いだったと言わざるを得ませんね。『ナーサリーテイル』の存在はこちらとしても計算外でした。まさか、侵略先の世界に我々の常識でも説明できない法則の運用者がいるとは」
「そう思ってるんなら、さっさと尻尾巻いて撤退してくれりゃあ助かるんだがな」
「実際、その案もあるにはあったんですよ。ただ、貴方が『ナーサリーテイル』と行動を共にしたことで事情が変わって来ましてね」
《侵略型》は微笑みを毛ほどもブレさせずに言って、
「貴方の鹵獲に成功すれば、再洗脳ののち『ナーサリーテイル』の情報を手に入れることができる。この世界の人間でも『ナーサリーテイル』についての情報はほぼありませんでしたが、彼らの弱点を知ることができれば我々でも十分攻略は可能でしょうからね」
《侵略型》は笑みのままに、そう付け加えた。
……実際、それは事実だ。『ナーサリーテイル』は……怪異の『正体』は、物語によって存在を歪められる性質を持っている。それは個人レベルではなく、世の中全体に影響を及ぼすレベルの『物語』が求められるが……世界全体を侵略しようとするような連中だ。もしもそこに狙いを定められたら、『ナーサリーテイル』と戦わずにじっくりと『物語』を攻められて、やがては『UAN』に都合の良い存在に歪められてしまうという可能性だってある。
「無理だね。たとえお前らがおれの頭から情報を抜き取ったとして、アイツらを何とかするなんて少なくとも数十年はかかる。そのレベルで、『ナーサリーテイル』はどうしようもない存在だよ」
「なるほど、それは興味深い話を聞かせていただきました」
挑発には応じずに、俺は右手で左手の鱗を剥がす。
大きく変形させてしまった代償か、左手は元の人間の手には戻らずにまた赤熱した真皮を見せるに過ぎなかったが……まぁそれはいい。
大量の『鱗弾』を確保した俺は、それをサイドスローで《侵略型》にばら撒くが……これは、《侵略型》に届く前に呆気なく
……何かされた様子はなかった。本当に独りでに軌道がねじ曲がった感じだ。
「なるほど、シンプルですが《Dragon009》の膂力で行われれば十分な殺傷力でしょう。《適応型》相手であれば十分だったでしょうが……残念ながら、《侵略型》にはそのような力押しは通用しませんよ」
言いながら、《侵略型》は俺の方に手を翳す。
直後、だった。
ズドッ!! と、俺の肩に掌大の穴が空いた。
「グっ…………!?」
ダメージは、皆無に等しい。何故なら負傷部位はすぐにドロドロのマグマで穴埋めされて《怪人化》するからだ。代償として、クラッターバック先輩に買ってもらった女物の服に火が付くが……この状況でそんなことは気にしてはいられない。
……今の攻撃は……クラッターバック先輩の【魔女の軟膏】みたいな不可視の飛び道具か? にしても威力が段違いだ。一応これでも素の肉体の強度もかなり頑丈になってはいるはずなんだが、それでも貫通するくらいの威力。アレを連射されて肉体がコマ切れになったら、流石の俺の身体でも普通に死にそうだな……。
「おや、こちらは有効らしいですね。それは僥倖。では、このまま遠距離から削り切らせていただきましょうか」
「…………!!」
咄嗟に両手を構えて、敵の猛攻を受けきる。
直後、構えた両手に横殴りの雨のような勢いで不可視の弾丸が叩き込まれる。……やはりというべきか、『威力が高い代わりに連射はできない』というような都合の良い弱点はないようだ。
「勘違いしないでもらいたいのですが、我々は地球を殲滅して空き地になった星を運用したいというわけではないんですよ」
不可視の弾丸の豪雨を浴びせながら、《侵略型》は言う。
「むしろ、ご覧いただければ分かる通り、私の様に指導者層には地球の文化を愛好する者もいます。あくまで、侵略の目的は資産の獲得であり、植民地化ですよ。そちらの世界の頂点は驚天動地でしょうが、一般市民からすれば支配する存在が変わるだけ。大して暮らしも変化しないでしょう。そこまで意固地になって対抗するほどの事態ですか? これは」
「それは挑発のつもりかよ?」
問い返して、俺は考える。
一応俺にも遠距離攻撃の手段はあるが、隙が大きすぎる。これほど高威力の攻撃をしかも大量にぶつけられてしまうと、防戦一方になるのは避けられない。
なら、防戦一方のまま敵の遠距離攻撃を無力化する策を考えなくてはいけないのだが……。
「侵略ならこっちの世界の歴史でもごまんと繰り返されてきた。そして歴史が証明している。
たとえば、宗教。地球の歴史じゃあ、侵略によって宗教が変容してきた事例なんて枚挙に暇がない。それまでは神として崇められてきた存在や物語が、邪悪な何かとして歪められて……。
そしてそれは、物語によって歪められる『ナーサリーテイル』の連中からすれば致命的な事象だと言えるだろう。
そして、それだけは絶対に、俺は認める訳にはいかなかった。
……俺以外の誰かにクラッターバック先輩の存在を歪められるなんて、そんなことは絶対に許せない。
だから…………コイツらは、その為にも此処できっちりぶっ潰す。
「地球の文化が好きとか言ってたけど、そりゃ別にこっちの文化を尊重したいって話でもないだろ。あくまでも侵略対象の土地にある素敵なオプションってだけの話。……ふざけんな。完全に上から目線の『尊重ごっこ』だろうが、そりゃ」
「いや、これは耳が痛い。こちらの善性の裏に潜んでいた無自覚の傲慢を指摘されるのは、辛いものがありますね。ですが……それでも僥倖と捉えるべきなのが、現在の貴方がたの立場ではありませんか?」
《侵略型》の声色は揺るがない。
だからこその断絶が、そこにはあった。所詮相手は侵略者。こっちの事情を斟酌する義理なんてないし、その本質はあくまでも奪い取ることにしかない。
だから。
「そんなモンを僥倖だと思うわけにはいかねぇから、こうやっておれが暴れてるんだろうが」
ぎちぎち、と。
俺は、両手の内部を意識する。……《Dragon009》の身体構造は、ドロドロのマグマとそれが冷え固まった甲殻に分けられる。臓器みたいなものも存在はするんだろうが、多分ドロドロのマグマで出来ているから簡単に代替できてしまう。無理やり分類するなら、今の俺は外骨格生物みたいな感じなんだろうな。
だからあまり意識はしていなかったが……俺の体内にあるドロドロのマグマも、立派な俺の身体の一部ではあるんだ。なら、
「残念です。せっかく
「無理に決まってんだろ。勝手に拉致して改造した時点でよ。だから洗脳なんてやってんだから」
そして。
ボゴォ!! と、俺の両手からドロドロのマグマが噴き出した。外殻を呑み込むような形で溢れだした灼熱の体液は、そのまま両手を包み込む。……さて、これで。
「四〇〇〇度を超える高熱の両手だ。
ぐぐ、と。
両手越しの《侵略型》の姿が、ゆらゆらと揺らめく。巨大化した両手全体が灼熱と化したことで、広範囲の空気が熱によって膨張し、それによって光が歪んだのだ。
つまるところ、蜃気楼。こうすれば──遠距離攻撃の命中精度は大幅に下がる。
「……! これは……」
「そしてこっちの戦略はシンプル! 『近づいてぶん殴る!』、それだけだ!!」
雄叫びをあげながら、俺は《侵略型》に躍りかかる。
《侵略型》も掌を翳して不可視の弾丸を連射しているようだが……根本的に目測が歪められているからか、先ほどよりも被弾率は大幅に下がった。これなら、防戦一方でなくとも済む。多少のダメージは覚悟の上で──接近することができる!!
腹、足、胸、頬。
幾つかの被弾はあったが、このくらいなら全然痛くも痒くもない。即座に穴埋めして《怪人化》しながら、俺は《侵略型》まであと三メートルといったところまで接近する。
《侵略型》は弾丸の連射による俺の撃墜を諦めたのか、手を下ろす。
……これで観念したとは思えない。
何かあるはず……相手が『何か』を飛ばして攻撃していると仮定したら、それを『飛ばさないで扱う』こともできる可能性はないか? たとえば……近距離戦用の剣とか!!
インスピレーションに従って飛びのくと、《侵略型》は降ろした手を高速で振り上げる。
……目には見えなかったが、空気や音の感じから分かった。目には見えない『何か』が、俺の鼻先を通り過ぎて行ったのを。
「……流石、勘が鋭いですね。初撃で躱されたのは初めての経験です」
「生憎、こっちは経験豊富でね」
さっきの弾丸、剣みたいな形で扱うこともできるのか……。
形状自在、ではないだろうな。もしそうなら、わざわざ弾丸のように飛ばさなくたって、空間全体に『何か』を広げれば俺は逃げ場がなくなるわけだし。
多分、一定以上の大きさにはできないみたいな制約はあるのだろう。
そして、おそらく相手の《性質》は……、
「《空間の拡張》だな」
「……ほう」
《侵略型》は、興味深そうに声を漏らすだけにとどまった。
さっきの一撃、《侵略型》が不可視の剣を振った瞬間に、宙に舞った土埃が不自然に『逸れた』んだよな。かといって、空振りした後の気流の乱れみたいなものもなかった。
おそらくコイツは、空間を拡張することができる。そして拡張した空間を弾丸みたいに飛ばすこともできるんだ。
クラッターバック先輩のように空間そのものをぶつけているわけではないから、俺の身体がどれだけ硬くても『空間の拡張』に巻き込まれて破壊されてしまう。おそらく、この高い攻撃力のカラクリはそんなところだろう。
差し詰め、こちら側で名付けるならば──コードネームは『Suspend001』ってとこか。
蜘蛛糸を操るとか、透明にする体液だとか……そういうものに留まらない。『空間そのもの』を手玉に取る《性質》……まさに、《侵略型》というに相応しい《性質》だ。
まぁ……だからといって、能力のスケールで勝敗が決まるほど、戦闘は単純じゃないけどな。
「ご明察です。流石はこれまで何体もの怪人を倒してきただけのことはある。……しかし、分かったからといってどうしようもないのでは? いかに頑強・灼熱といえど、空間の拡張が可能な私にとっては大した問題ではありませんので」
「確かにな。たとえ俺が殴り掛かろうと、アンタが手を翳してしまえばそれだけで届かなくなる。それどころか、空間が拡張された時の慣性で俺の拳はバラバラにされちまうだろうな」
弾丸は手元から離れていたせいかそこまで威力はなかったが、ヤツの余裕からして剣の方は威力も段違いになっているはず。つまり、ヤツの剣を防御することはできないってことだ。
この至近距離じゃ、防御しようが構わず真っ二つにされてしまうだろう。……それならば。
「テメェが腕を振るより早く、おれが叩きのめしちまえばいいだけの話だろ!」
そう言って、俺は腕を振りかぶる。
──ただし、それは分が悪すぎる勝負だ。何せこちらは腕を巨大化した分、振りかぶるのに時間がかかってしまう。対する《侵略型》は、《空間の拡張》を剣の形にしているとはいえ、重量はゼロだ。腕を振るスピードが違いすぎる。
当然、俺が振りかぶって振り下ろすよりも敵の一撃は素早く──逆袈裟斬りで、俺の身体は斜めに切断された。
「……貴方の不死身具合は知っていますよ。切り裂かれても、再生しながら腕を振り下ろしてしまえばいいという魂胆でしょう? だから、私も対応させてもらいます」
しかし、それだけで《侵略型》は油断しない。
さらに俺の振りかぶった腕を切断し、完璧に追撃の芽を断ってくる。
ただし。
「残念だったな……本命はそっち
顔面が。
沸騰する。
体内のマグマを操作して表出させることができるということは、つまり全身で同じことができるってことだ。
腕だけじゃない。たとえば顔面でも……同じことができるのは当然の帰結だとは思わないか?
ドボア!! と。
龍の口から放たれたマグマの弾丸が、《侵略型》の両腕を呑み込んだ。
ヤツの弱点は、『掌』からしか空間の拡張を行えないところにある。わざわざ掌を翳して攻撃したあたりからしてその弱点は推測できたが──もしも無制限に《空間の拡張》ができるなら、身体全体を覆うように《空間の拡張》をすればいいだけの話だしな。
そうすれば、ただ俺に突進するだけで、俺は鞄の奥で潰れたコンビニおにぎりみたいになっていたことだろう。
……さて、これで無力化完了。
《性質》には腕のアクションが必須ということなら、そのもととなる両腕を消し炭にしちまえば何もできなくなるのは道理だ。
なんせ、ヤツが扱っているのは【異能】ではなくタネのある《性質》なんだから。
「がァァあああああああああああああああああ!?!?!?!?」
『……殺シハシネェヨ。アンタハナンカ人間ッポクテ気ガ引ケルシサ。マァ、《装置》ヲ破壊シタ結果死ンジマッタラ、ソレハ仕方ナイッテ諦メテホシイケド』
のたうち回る《侵略型》を尻目に、俺はコロシアムの奥にある通路へと入っていく。
《侵略型》まで出て来たんだ。多分、この先に《装置》か……あるいはそれに準ずる大事な施設があると思うんだけども。
そうして歩いていくと……やがて通路を抜けて、SF映画か何かで敵の黒幕が引きこもっていそうな、機械まみれの巨大な部屋が出て来た。
そしてその一番奥に、何やらひときわ巨大で複雑そうな装置が鎮座している。……これって多分《装置》…………いや、そうじゃなくても超重要な機械だよな、多分。
『……メリーサン』
耳に手を当てながら、俺はメリーさんに呼びかける。こうすると、たとえ次元を隔てても通話ができるようにセッティングしてもらっていた。改めて【異能】って何でもありである。
『はいはい……ってなんか声凄くない? 過去イチで怖いんだけど』
『怪異ガ怖ガルナヨ』
ツッコミを入れつつ、俺は顔面の鱗を剥いでみる……が、やはりもとに戻った感じがしない。顔の形が完全に変わっちゃったから、多分元に戻らなくなってしまったんだろう。クラッターバック先輩がいなかったら絶望しているところである。
『《装置》ッポイノ見ツケタ』
『マジ!? ……分かったわ。破壊したら連絡して。状況次第ではすぐに迎えに行くから』
『分カッタ』
会話して、通話を切る。
そして、俺は改めて目の前の機械を見る。なんだか……長い戦いだった気がする。でも、これを破壊してやれば問題のほとんどは解決するだろう。『UAN』は前線基地を完膚なきまでに壊滅させられる。そしてこちら側の被害は極めて小さいと言っていい。
全部終わったら……あとは、ようやく俺の物語に手を付けることができる。これさえ……これさえ終われば。
「ハァ……ハァ……ま、待て……!」
と。
そこで、炭になった両腕をぶらんと垂れさがらせた《侵略型》が現れた。
『……意外ト頑丈ダナ。モウ動キ回レルノカ』
感心して言う俺だったが、《侵略型》は取り合わない。
そのまま俺の方へ向けて、こんなことを言ってきた。
「やめなさい……そんなことをしたら、この座標領域全体が時空の狭間に呑み込まれることになりますよ! 空間と時間が歪みに歪んだ領域です! 『UAN』の科学力を以てしても、回収は不可能なんですよ!!」
『ソレガドウシタ』
しかし、聞かされたのはあまりにも既知の懸念。
そんなの、こちとら作戦の最初の段階で想定してんだっての。空間と時間が歪んだ世界だってことくらいはな。
…………空間と時間、ね。
…………ん???
『オイ、待テ。時間?』
「……え、ええ。空間はもちろん、時間も歪んでおりますが……」
『ソレ、ドノクライ?』
「……さぁ……。ただ、理論値だとこちら側の一秒が外の世界では数時間になるという研究も……」
ぶん、と俺は《侵略型》をぶん殴ってフッ飛ばした。
………………あのさぁ。
……よりにもよってさぁ。
『ドウシテ…………』
どうして、この局面で……。
『〆切ニ間ニ合ワナサソウナ状況ニナッテンダヨ、クソッタレガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!』
雄叫びと共に、俺の身体が巨大化していく。
先程までと、原理は同じだ。体内のマグマを操作すれば、わざわざ自分の身体を破壊しなくたってマグマを表出させて、身体を大きくすることはできる。
……もう……もう……どうしようもない。
それなら、あとは派手にやるしか……ないだろ。
五メートルくらいの巨大なドラゴンになった俺は、先ほどまでは大きかったちっぽけな《装置》を見下ろす。
多分、メリーさんはそう遠からず俺を回収してくれるだろう。永久に良く分からない空間を彷徨うようなことにはならない。それはいい。……でも、これを破壊すれば、俺は高確率で〆切に間に合わなくなる。クラッターバック先輩やユズハとの約束は、守れなくなる。……でも、これを破壊しなければ、多分いつまでも『UAN』の問題は解決できず……
『チクショウ……チクショウ……! …………ゴメン。先輩、ユズハ』
決断、するしかなかった。
俺は、口から血を吐くような心持で、拳を振り上げて……
『〆切、破ッチマッタ……!』
──そして、振り下ろした。
…………オーバーランです!!!!