【完結】どうやら悪の組織に怪人改造されたらしいが、そんなことより俺には〆切がある。   作:家葉 テイク

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オーバーランなので前話にも更新があります。ご注意ください。







最終話「綴るは苦難の先」

 ──柏原スグルの音信不通。

 前線基地の崩壊直後に発生したその報告は、すぐさまエージェント・ドロシー=クラッターバックにも届けられた。

 そして────それから、瞬く間に三日の時が流れた。

 

 今日は、日曜日の夜。〆切である月曜を目前にして、ドロシーは一人、夜の街をゆったりと飛んでいた。

 

 

「………………」

 

 

 とはいえ、組織において状況を悲観視する声はそこまで多くない。メリーさんの【異能】は、どんな場所にスグルがいようと関係なく移動して回収することができるからだ。

 そのメリーさんの【異能】でも通信が不能になったということは、おそらく彼我の時間軸が断裂したと考えられるが──たとえ【竜宮城の姫君】のように時空を歪める類の環境に置かれていたとしても、向こうの時間とこちらの時間は離れていても最大で数百万倍や数千万倍だろう。メリーは音信不通が発覚してからすぐさま転移したので、おそらく向こうで経過する時間は数秒、長くとも数十秒といったところ。

 それなら、長くても一か月かそこら、最大でも半年以内にはこちらに戻って来れる計算だ。下手をしたら、ほんの数日で済む可能性だって大いにある。悠久の時を生きる怪異の『正体』達にとっては、誤差に過ぎない時間だ。スグルの社会生活にしても、【くねくね】の【認識阻害】を使えば問題なく修復可能である。何も、問題はない。

 ただし。

 

 

「………………それじゃあ、〆切は破っちゃうのよね~」

 

 

 怪異の力でどんなに綺麗に事後処理をしようと、取り繕えない部分はある。それがよりによって彼にとって一番大事な部分を守れないというのだから、因果な話だ。

 

 

「………………」

 

 

 スグルは、きっとドロシーのことを救うことができるけれど。

 でも、スグルはドロシーのことを救う代わりに、自分は救われない。〆切を守ることはできず、ドロシーが卒業する前の最後の部誌に穴を空けてしまう。その事実は、たとえ【くねくね】による記憶処理があろうと彼の心の中にずっと残り続けてしまうだろう。

 その心の穴は、たとえドロシーの【異能】でも【捏造】することはできない。

 

 

「……ごめんね、スグル君」

 

 

 スグルが文芸部にどれだけ情熱を傾けていたか、ドロシーは知っている。

 図書室にこもって人との交流を無視していた彼が友人のいる高校生活を送ることができたのは、文芸部の設立があったからだ。だから彼は、文芸部の活動を自身の高校生活の要としていた節があった。

 部誌へのモチベーションの高さは、卒業するドロシーへの恩義も勿論あっただろうが、それ以上に彼が文芸部というコミュニティに対して真剣だったことが関係しているのは間違いない。

 だからこそ。

 きっと、このギリギリの局面で〆切を破ることになってしまったスグルは、とても悲しむだろう。そのことを、ドロシーは申し訳なく思う。

 

 《Dragon009》は、いや柏原スグルは最強の怪人だった。

 彼には、()()()()()()()()()。敵の能力を瞬時に分析し、そして敵対者であれば容赦なく傷つけることができる才能。おそらく人間社会で生活していれば、一生気付くことなく過ごしていたであろう剣呑な才能だ。

 ドロシーは、それに早い段階で気付いていた。それこそ、最初に攻撃を仕掛けた後の反応からして、暴力慣れしていない一般人の反応としてはあまりにも冷静すぎた。冷静に目の前の現象を受け入れ、理解する力。その能力が、スグルはずば抜けていた。

 ……だから、心のどこかで期待してしまったのだ。彼なら自分のことも受け入れ、理解してくれるのでは、と。

 

 そして、巻き込んだ。

 

 本当なら『ナーサリーテイル』に報告する前に治療してしまったって、問題なかったのだ。たとえ精神が完全に怪人化していたとしても、怪人化手術をなかったことに【捏造】した上で【認識阻害】で記憶処理をしてしまえば『ナーサリーテイル』の情報は漏れないのだから。

 だから、本当に彼のことを想うならばそうするべきだった。でも、ドロシーは期待してしまった。このまま彼を非日常に引きずり込めば、自分の理解者になれるかもしれないと。

 ……そうして引きずり込んだ結果、彼はこうして大切なものを失おうとしている。

 人生の中で、それはちっぽけな損失でしかないだろう。たかが二年生の時の部活動に心残りができる程度。ただそれだけだ。たったそれだけの、些細な欠落でしかない。

 

 でもそれは、間違いなくドロシーの決断がスグルに与えた人生の傷だった。

 

 

「…………本当に、ごめんね」

 

 

 途方に暮れる、とはまさにこのことだろう。

 深夜の街を見下ろしながら、ドロシーは誰に言うでもなく呟いた。

 

 

 その直後、だった。

 

 

 ズズン…………!!!! と。

 空に浮かぶドロシーのすぐ真下に、一つの山が突然現れた。

 

 

 いや、それは山ではなかった。

 山の様に見えたのは──一体の巨竜だ。体高は一〇メートル、尻尾まで含めれば全長は二五メートルに及ぼうかという巨大なドラゴン。

 漆黒の鱗に覆われ、ひび割れた鱗の奥からドロドロのマグマを垂れ流したその化け物は、ドロシーも見たことのない怪物だ。

 ただし──それでも、ドロシーは見覚えがあった。冷え固まった溶岩のように漆黒の鱗の奥に輝く、真っ赤な瞳に。

 

 

「…………スグル、君?」

 

 

 茫然としながら、ドロシーは目の前の巨竜に呼びかける。

 その姿は、見る影もなくなってしまっていたが──

 

 ──巨竜は、目の前の魔女を一瞥するなり、穏やかな笑みと共にこんな声を上げた。

 ドロシーが抱いていた罪悪感なんてどうでもいいと言わんばかりに。

 

 

『早速デ悪インデスケド、身体戻シテクレマスカ? 小説、書カナイトナンデ』

 

 

 


 

 

 

 そうして、巨竜は柏原スグルに戻った。

 戻ったと言っても、肉体は少女の姿のままなので完全に怪人ではなくなったわけではないのだが。

 

 

「……でも……」

 

 

 元に戻したドロシーはしかし、辛そうに視線を落とす。

 ──現在時刻は、二五時一二分。〆切は明日の午前八時──つまり〆切までは七時間弱しかない。いや、推敲や入稿用の原稿データまとめの時間を考えれば、残り時間は五時間もあれば良いほうだろう。

 それまでに数万字の原稿を無から作成する。……果たしてそれが可能だろうか。

 速筆の人間ならば、十分可能だろう。しかし、それも万全であればの話だ。スグルは今の今まで敵組織の前線基地に乗り込み、そして大げさではなく世界を救う為の戦いに身を投じて来たのだ。

 そこから、休憩なしで数万字の原稿を作成する? ……そんなことは、どんな英雄にだって無理だろう。世界を救うだけならともかく、世界を守りながら〆切を守ることなんて誰にもできるはずがない。

 

 なのに。

 

 

「……あと五時間でしょう? プロットはできてるんです。テーマも、世界観も、キャラも、ストーリーも。それなら、なんも問題ないですよ」

 

 

 スグルは、屈託なく笑って見せた。

 あまりにも厳しい戦いなのは間違いないだろう。そして〆切を破ってしまえば、部誌に彼の小説は残らない。これまでの努力は、全て無に帰してしまう。それを理解していながら。

 

 

「大丈夫。ちゃんと書き切りますよ。世界を救ってたなんて、〆切破った理由にはなりませんからね」

 

「〆切の価値、重すぎないかしら~? ……ふふ」

 

 

 だから、ドロシーも笑うことができた。

 ──きっとそれが、『この物語』の結末としては一番相応しいだろう。

 

 

 


 

 

 

 だから、此処から先は()()()()だ。

 

 ドロシー=クラッターバックという一人の少女を、怪異という無限の地獄から救い出すための長い長い物語。

 きっとそれは、『UAN』の前線基地を壊滅させることなんかよりもよっぽど難しくて険しい道のりだ。それでも──。

 

 

「書きたいと思っちゃったんだから、しょうがねぇよなぁ」

 

「先輩。〆切ヤバイんだから無駄口叩かない」

 

「アッハイ」

 

 

 ──時の流れは目まぐるしく。

 気付けば、あの作戦から一年近くの月日が巡っていた。

 

 無事に(ギリギリで)〆切に間に合わせることができた俺は、とにかくユズハに怒られまくったが、なんとか()()()()が携わる最後の部誌に原稿を出すことができたわけだ。

 ──そして程なくして、俺の《怪人化》も【捏造】によって失われた。今の俺は、金髪赤目の少女でもドラゴンでもなく、平凡な黒髪黒目の男子高校生だ。ユズハは、当時大層残念そうにしていたが。

 

 

「まったく、部誌の刊行もあるのに小説の新人賞にも応募するっていうんだから、凄いですよね。一年前は〆切に追われて半べそになってたのに……」

 

「半べそにはなってねぇし! ……それに、俺の夢の為にも必要なことだからな」

 

「夢……ねぇ」

 

 

 ユズハはジト目で俺の執筆画面を見ながら、ため息交じりにそんなことを言った。な……なんだよその含みがある感じ。

 

 

「夢って、()()()()()をヒロインにした小説をベストセラーにすることですか?」

 

「うぐっ!!!!」

 

 

 そのものずばりを突かれて、俺は思わず声を上げてしまった。

 

 ……あのあとしばらくして、俺はドロシーと付き合うことになった。いやまぁ、俺としては別に恋人関係になるつもりとかは全くなく、それはそれってことで俺の夢に邁進するつもりだったんだけどね……。

 でも、ドロシーとしてはそういう感じではなかったらしく。卒業式の時に、告白された。まぁ小説とはあまり関係のないところなので此処は省略させてもらうが……。

 

 

「…………まぁ、そうだよ」

 

 

 俺の夢。

 俺の物語。

 

 それは──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 怪異の『正体』は、物語として語られることでその存在を歪められてしまう。怪異・ドロシー=クラッターバックは、別の何かからジェラルド=ガードナーの物語によって今の形に歪められてしまったのだから。

 だが……それなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺が、ドロシーのことをモチーフにした、ドロシーの物語を書き続ければ……ドロシーはやがて、()()()()()()に変わっていく。

 今のドロシーを消してしまうとか、そういう歪んだ形ではなく……ドロシーがドロシーとして、彼女が築き上げた人生を最期まで送れる形へと。

 

 ついでに言うと、俺の夢の対象はドロシーだけじゃない。

 メリーさんも、そのほかの『ナーサリーテイル』の怪異たちも……。みんなみんな、根本の願いは同じだ。『今とは違う形になりたい』。なら、文化の侵略なんて難しいことをしなくたって、俺が書いてやればいいじゃないかと思ったのだ。

 彼らが望む形に変われる物語を。そういう物語を書ける人間に、なればいいじゃないかと。

 

 それが──悪の組織に怪人改造されて、そして〆切を守り切った俺の辿り着いた結論だった。

 

 

「ノロケぇ~~~」

 

 

 ただ、ユズハとしては憧れの先輩を俺に取られてしまった格好になったのは面白くなかったらしい。

 この話題になると露骨に拗ねた表情を見せるのは困りものだ。……俺だって色々考えて、覚悟を決めた結果の決断なんだからね!

 

 

「いいですか、スグル先輩。〆切も大事ですけど、ドロシー先輩と付き合うんですから、絶対に幸せにしないと許しませんからね! 別れて泣かしましたとか、論外ですからね! 泣かしますからね!!」

 

「当たり前だろ……」

 

 

 何度目とも知れない念押しに、俺は苦笑しながら頷く。

 ユズハ、ドロシー先輩のこと本当に大好きだったからなぁ。〆切は守る、ドロシーは幸せにする、あと、東京の大学に合格する。このごろはやることがいっぱい増えていくが……まぁ、悪い気はしない。

 

 

「いつまでも、お前に半べそかかされるような俺じゃないよ」

 

 

「……かかされてたことは認めるんですね」

 

 

 あっ。

 

 

 


 

 

 

 そんなこんなもあり、帰宅した後で。

 

 

「ってことがあってさー。ドロシーもユズハにこまめに連絡とってあげてくれよ。アイツ寂しがりやなんだし」

 

 

 俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……いや、こんなに勿体つけて言うようなことでもなかったか。何せ、こっちにはメリーさんがいるのである。彼女の【異能】ならば、東京と支部を行ったり来たりすることくらいは余裕なのだ。

 お陰で、俺とドロシーは遠距離恋愛なのにも拘らず毎日のように会って話をすることができていた。いやーほんと、メリーさん様様であります。

 

 

「ん~、わたしの推測だと、それはスグル君に甘えてる部分もあるんだと思うな~。ユズハちゃん、スグル君にも懐いてたし~」

 

「………………、…………いや、いやいやいや、俺はドロシー一筋ですよ?」

 

「あははははは、そんなの気にしてないって~」

 

 

 ドロシーは笑うが……いや、俺にとってはそこが最重要だから! 彼女に後輩の横恋慕を疑われるのが! まぁ、気にしてないならいいけどさ……。

 

 

「……スグル君の覚悟を知ってるもの。そんなことを軽はずみに疑えるほど、わたしは恩知らずじゃないわ」

 

 

 真っすぐに、ドロシーは俺のことを見据える。

 ……俺の夢は、相当険しい道のりになるだろう。ドロシーの存在を変えることができる物語が、どれほどの人々に読まれる必要があるかは分からない。でも、少なくともアマチュアがネットで細々と小説を上げているレベルでは不可能だということは分かる。

 それこそ、ベストセラーとしてドロシーがモチーフのヒロインの小説を何本も出版できるくらいじゃないと無理だと思っておいた方が良い。

 

 ……その夢を達成できるのかも、正直まだ分からない。大学を卒業すれば俺は就職しなくちゃいけなくなるし、そうしたら小説を書く時間もそう多くは取れなくなるだろう。

 怪異・ドロシー=クラッターバックとドロシー=クラッターバックの人生が乖離するまでの時間は、そう長くない。三〇代、四〇代に差し掛かればボロは幾つも生じてくるだろう。

 それに…………、……俺は子どももほしいし……。そこはドロシーとはまだ相談してないけど……。

 

 

「……スグル君。わたしはね、もう既に救われてるのよ」

 

 

 ドロシーは、そんな俺の顔を見て優しくそう言った。

 

 

「スグル君の夢を聞かされた時、既にね。……わたしのことを本気で救おうとしてくれる。そんな夢の為に一生懸命努力してくれる。ただそれだけで……その思い出があるだけで、ドロシー=クラッターバックという存在のハッピーエンドはもう約束されたの。そう思えるだけのことを、スグル君はもうしてくれたんだから」

 

 

 だから、とドロシーは言って、

 

 

「あんまり根詰めすぎないでね? スグル君が頑張ってくれるのは嬉しいけど~、元気なスグル君が一番なの」

 

「……ナメんなよ」

 

 

 だから、俺は不敵に笑い返した。

 ドロシーが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「そんな心配、すぐにしないで済むようにしてやる。見てろ、目指せ在学中に大賞受賞! ドラマ化! 映画化だー!!」

 

「夢はおっきく壮大にね~。……ところで」

 

 

 拳を掲げる俺に、ドロシーはすっと笑みを引っ込めて、

 

 

()()()()()()()()()()()()()~?」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 洞窟文庫新人賞、〆切まで、あと三日。

 進捗は──五〇%。……まさに五分五分、といったところかな。

 

 

「あ……あのあの、怪人化手術をなかったことにした【捏造】、一旦消してもらえませんか……? 怪人スピードがないと、その、ちょっと……」

 

「駄目よ~、わたし、愛する人の人間の力でハッピーエンドを書いてもらいたいな~」

 

「…………うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお進捗駄目です!!!!」

 

 

 ──先行きは長く、道のりは険しい。

 ただしそれでも。

 

 俺には、〆切があるから、止まってはいられないのだっ!!!!!!

 

 

 


 

 

 

第一二話「綴るは苦難の先」

だからこそ、俺には〆切がある

 

 




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あとがき
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