【完結】どうやら悪の組織に怪人改造されたらしいが、そんなことより俺には〆切がある。 作:家葉 テイク
「『ナーサリーテイル』っていうのは、つまりは『御伽噺』」
先程までの異様な空気が嘘のように、宵闇に包まれた街並みはすっかり平穏な気配を取り戻していた。
横を歩くクラッターバック先輩は、金色の髪を夜風に靡かせながら軽い調子で世界の真実を話し始める。もっとも、このあたりは公に知られていることだが。
「全世界、全時代の人々の信仰……その『正体』。アナタも知っているわよね~? それが、わたし達『ナーサリーテイル』。ちなみにわたしは……
『ハぁ……』
気のない返事をしたのは、別に現実感に追いつけていないからという訳ではなかった。現実感という意味で言うなら、特大の隔絶は改造された時点で発生しているし。
では何故こんな気のない返事になってしまったのかと言えば──それは、クラッターバック先輩の恰好にあった。
普段は学生服をきっちりと着ているので分かりづらいが──今のこの服装。薄手のワンピースの上にケープを身に纏うだけのその姿は、分かりやすくそのボディラインを浮き上がらせていた。具体的には、その豊満なバストとか。
……っていうか、ケープとドレスグローブの隙間の二の腕にしたって、ワンピースのスリットとロングブーツの隙間の太腿にしたって、全体的に肌色が限定的なくせにいちいちこう……セクシーなんだよ! 憧れの先輩がこんな一歩間違えばコスプレみたいな恰好をめちゃくちゃ自然に着こなしてるんだから、気になっちゃうだろ! 俺は健康的な男子高校生なんだよ!!
……ふぅ、危ない危ない。
あんまりじろじろ見てたら流石に視線の意図とかバレそうだもんな。男の視線は女からしたら丸分かりって言うし。気持ちを切り替えないと……。
「……はは~ん~」
と、クラッターバック先輩が得心げな声色で頷いた。
「なるほど~。スグル君、先輩の肢体に思わずときめいちゃったのね~」
『ギャア!!』
もう手遅れだった!!
「ふ~ん、スグル君ってわたしのことそういう風に見てたんだ~」
『イヤアノ……違ッ……珍シイ服装だカラ目を惹イタダケナんデ!!』
「あはは~、分かってる分かってる~」
クラッターバック先輩は楽しそうに笑って、俺を宥める。本当に分かっているのか……? いやちょっといやらしい目で見ちゃったのは図星なんだけども、でもいつもというわけではなくてですね……。不可抗力っていうか……。
……いや、それよりも!
「あ、思考力が戻ってきた~」
『クラッターバック先輩、ヨク分カラナイけど……
「そうそう、ご名答よ~。実はこれでも数百年は生きてるの~。それでも何不自由なく今を時めくJKをやれちゃうんだから、これも『ナーサリーテイル』が擁する認識阻害術のお陰ね~」
そ……そんな凄い技術があるとは……。ん? 待てよ? 認識阻害術……なんてものがあるってことは!
『モシカシテ、ソレヲ使えレバオレのコノ見タ目モ元通リニ見セルコトガデキルっテコトナンジャなイデスカ!?』
「ん~またまたご名答~。正確には周囲の認識を変えているだけだからスグル君本人の身体は変わらないし、あくまでも構成員の子の【異能】で実現していることだから場合によっては無理が出ちゃうこともあるけどね~」
『アト、セッカクTSしタノニ見タ目だけでモ元通リに戻ッタラ各方面に怒ラレソウデスネ……』
「各方面って何?」
ユズハとか……。あいつ重度のTSFクラスタ*1で、性転換ものの話とかするとめっちゃ面倒くさいし……。
というのはユズハのやつの名誉の為にも言わないでおいてやるが。
「……ん~? そういえばスグル君、なんだか顔の表面が……崩れてないかしら~?」
『アッモウそンナ時間カ』
クラッターバック先輩に言われて気付いた俺は、そう言いながら手で顔を掴む。
既に人間のシルエットすらも逸脱して、完全に龍の顔になっていた俺の顔面だったが──ぐい、と引っ張ると、それは簡単に根本からへし折れてくれた。
「!?」
「──っぷは。このドラゴンの身体になるやつ……おれは『怪人化』って呼んでますけど、『怪人化』はしばらく経つと自然と解除されるんです。解除って言っても、こう……かさぶたが剥がれるみたいに『怪人化』した部分が取れて、元の人間形態が出てくるってだけなんですけど」
まぁ変わるのは見た目だけで、パワーもスピードも常に怪人基準だし──その後にすぐまた皮を剥くと特に問題なく『怪人化』するので、あんまり意味のない《性質》なんだけども。
「……オモシロ体質~」
「そうですか? まぁもうおれは慣れたもんですけど」
確かに、最初は俺もぎょっとしたけどな。そしてそれ以上にホッとした。流石に顔面ドラゴンのままじゃ社会生活なんて無理だと思ってたし。安心しすぎてちょっと泣いたくらいだ。
そして……今もかなり安心してる。認識阻害術があれば、俺も元の生活に戻れるわけだし!
「でもね~、今のスグル君には認識阻害術を使ってあげる訳にはいかないの~」
などと思っていたら、クラッターバック先輩はとんでもないことを言い始めた。
「ええ!? 何でですか!?」
「──それについては、ワタシが説明してあげる」
──唐突に、俺達の後ろから鈴が鳴るみたいに可愛らしい少女の声がした。
急いで振り返ってみると──そこにいたのは、西洋人形を人間サイズにしたみたいな可憐な少女。ふわふわの金髪に、赤を基調としたゴシックでロリータな感じの風貌だ。可愛らしいが──同時に、怪談に出てくる西洋人形みたいな不気味さも感じる。
小学生高学年くらいに見えるその少女は、俺のことを見上げながらこう名乗った。
「ワタシ、メリーさん。今アナタの目の前にいるの」
「このコはね~、メリーさん。『ナーサリーテイル』の管制官をやっている子なのよ~」
「はじめまして。アナタが柏原スグル……で良いのよね。よろしく」
「あ、ああ……。よろしく。メリーさん…………って、あのメリーさんでいいのか?」
俺はおずおずと返事をしてから、目の前の少女──メリーさんに問いかける。
メリーさん、そして『今、〇〇にいるの』って言い回しと来たら……真っ先に思い浮かぶのは都市伝説の『メリーさんの電話』だ。捨てたはずの人形から電話がかかってきて、それがどんどんと自分の現在地に近づいてくるっていう。
「流石に文芸部だけあってよくご存じね。アナタの考えている通りで正解だと思うわ」
「じゃあ背後を壁や空中にするっていう対処法が見つかったせいで、最近は色々と失敗してるっていうアレも……?」
「
ぎゃあ! 怒られた!
クラッターバック先輩に誘導される形で歩みを再開させながらも、メリーさんは恨めしそうに俺のことを見上げながら言い募る。
「受け入れがたい恐怖を笑い話にして流そうとするのが人間の防衛機序だっていうのは理解しているけれど、そうやって恐怖を零落させようとした結果こっちの名誉が傷つくっていうことくらい理解してほしいのよね! だいいち、怪異がそんなゲームみたいに単純な攻略法でどうにかできるわけないでしょ! こっちは科学じゃなくて恐怖を与えるっていうミームありきで干渉してるんだから! そもそもそこの考え自体が科学っていう一本の柱しか知らない現代人とは違うのよせっかくこっちが名乗り出たんだからいい加減パラダイムシフトを起こしてくれたっていいんじゃないのこれじゃわざわざ
「はいはい~。メリーちゃん、説明、してくれるのよね~」
「……あ、ああ。そうだったわ。ごめんなさいね」
クドクドという言葉が物質化して降り注いできそうな勢いでまくし立てていたメリーさんだったが、クラッターバック先輩に促されてようやく我に返ってくれた。よかった……。でも、『ナーサリーテイル』の人に怪談をコケにする系のネタを振るのはもうやめよう……。
「まず、ドロシーさんはともかく、『ナーサリーテイル』全体としてはアナタのことは信頼していないわ」
冷静になったメリーさんは、きっぱりと耳の痛い話を断言した。
「一応会話する理性はあるみたいだけど、理性を持った怪人は今までにも複数確認されているもの。今まで確認されたことはないけど、人間社会に溶け込んで破壊工作を試みることを目的とした《性質》の怪人かもしれないし」
「確かに、道理だな……」
俺が同じ立場でも、似たような判断をすると思う。
まぁでも、
「今、問答無用で捕獲とかしてないってことは……何かしらの『信頼する為の条件』があるんだろ?」
「……むぅ、説明のし甲斐がないわねぇ」
「スグル君は文芸部だからね~。メタ読みしちゃうのよ~」
面白くなさそうに唸るメリーさんに対して、クラッターバック先輩は朗らかに言う。なんだかこうして見ると、年の離れた姉妹みたいな微笑ましさがあるなぁ。
メリーさんは気を取り直して、
「そうね。結論から言うとその通り。具体的には──」
と、そこまで言いかけたところで俺のスマートフォンから着信音が流れ出した。
あれ? おかしいな……充電できないから電源切ってたはずなんだが。
「出ていいわよ」
「あっ、ごめん話の途中に……」
メリーさんに断ってから、俺はスマートフォンに出る。すると、全く同じタイミングで、
「『わたしメリーさん。今、アナタが失踪した街にいるの』」
スマートフォンとメリーさんの口、同時に同じ声が聞こえて来た。
電話の方は、それだけで通話が切れる。……やっぱりスマートフォンの電源は切れたままだ。
「あともう一回
すると、もう一度スマートフォンから着信音が流れ出す。……既に俺は、この時点で言い知れぬ不気味さを感じていた。
メリーさんはこの上なく友好的で、親しみやすい存在なのに。電源が切れているはずのスマートフォンから、それでもお構いなしに着信が流れるという、理不尽。……これが、都市伝説……メリーさんの電話の『正体』なのか。
どこか戦慄すら覚えていると、着信音は潮が引くみたいにすぐに収まった。
「ん、よし。
「……え? え?」
どういうことだ……? 今、電話かけただけだよな? それで何が分かったんだ???
「メリーさんの【異能】はね~。電話をかけるたびに、電話先の相手の『足取り』を追うことができるの~」
「足取り……? ……あ、そういうことか!」
最初に俺に電話をかけた時点では、『俺が失踪した街』……つまり過去に俺がいた位置と現在地が同じ場所だった。だから、電話した後も特に何もなかったが──本来は、電話をかけた時点でメリーさんは俺が過去にいた位置に移動するんだろう。
そうやって、徐々に現在地が過去から現在に近づき、位置的にも時間的にも追いついたら──電話相手を呪い殺す。それがメリーさんという怪談だ。
「分かったかしら。ちなみに、段階を踏むのは演出よ。ほんとは一発で後ろに行けるの」
「風情も何もあったもんじゃないな」
「だから演出してんのよバカっっ!!」
また怒られてしまった……。
「……で、実は瞬間移動しなくても、移動先の座標は分かるの。アナタはこの街から、『UAN』の前線基地に拉致されたわ。だからワタシの【異能】をアナタに使えば、『UAN』の前線基地の座標も分かるってわけ。電話に出られちゃうと、否応なしに指定した座標に瞬間移動しちゃうんだけどね」
「は~なるほど……」
対象に電話をかける→移動先の座標が分かる→電話に出る→瞬間移動する、ってメカニズムになってるのか。
なんか能力バトルみたいな応用の仕方でわくわくするな、『ナーサリーテイル』の人達の【異能】。
「……あれ。ちょっと気になったんだけど、電話を持ってない場合ってどうなるんだ?」
「その時持っている別の通信手段なりを代用するわよ。ドロシーさんならインカムに電話するし。でも、基本的には結論ありきよ。電池が切れてても通話だけは
「ウッス」
誇らしげに胸を張るメリーさんは可愛らしかったが、言っていることはとんでもない。因果律とかそういうのも簡単に捻じ曲げられるのに、それでいてやれることは『電話をかけること』に特化してるんだから、『ナーサリーテイル』の人達って不思議だ。
今は昔に比べて『ナーサリーテイル』の人達が表舞台に出ることもまぁまぁ多くなってきたから、ある程度怪異についての理解も進みつつあるけど……やっぱりこういう根本のところで、凄まじい存在なんだなって思う。
「……あっ、そうか」
そこで俺はふと、あることに気が付いた。
「ってことは、目的っていうのは俺から『UAN』の前線基地の場所を聞くってことだったのか。でも、それじゃあ俺は何もしてないけど……」
「ええ。だからこれからが本題ね」
メリーさんは可愛らしく頷いて、
「アナタには、対『UAN』の戦力になってもらうことになるわ」
そう言って、俺のことをじいっと見据えて来た。
「今のアナタは、UANの生物兵器《Dragon009》。討伐対象よ。でも、その戦力をこちらの為に使ってくれるというのなら話は別」
ふっと視線を逸らして微笑んでから、メリーさんは先に進んで俺の前を歩く。
吸い込まれるようだった瞳は見えなくなり、その後ろ姿だけが俺の目に映っていた。
「ドロシーさんは、スグルを探索するときにあえて『UAN』に尾行できるように隙を見せていたわ。アナタをカバーしに行った『UAN』の怪人も一網打尽にする為にね」
こちらに背を向けたまま、メリーさんはそんなことを言う。
言われてクラッターバック先輩の方へ視線をやると、先輩はいつも通りのうっすらとした微笑みをこちらに向けていた。……その笑みじゃ真意が分からないんですよ、先輩。
でもまぁ、思い当たる節はある。クラッターバック先輩は空から俺のことを攻撃してたけど、あれってよく考えなくてもかなり目立つしな。
「そのドロシーさんがアナタと行動を共にした以上、『UAN』は早急にアナタを捕獲あるいは始末しようとするでしょう。ワタシとドロシーさんは一旦身を隠すから、そこでアナタが現れたUANに敵対行動をとって撃退すればとりあえず合格ってことになるわね」
「…………なるほどな」
メリーさんの言葉に、俺は神妙な面持ちを作って頷いた。
正直、戦うことになるのは怖い。もしも負けてまた『UAN』に攫われたら、今度こそ洗脳されてしまいそうだし。だけどまぁ……それ以上に俺のことを改造してくれやがった『UAN』に一泡吹かせたいって気持ちもあるし、それに──
「……〆切もあるし、やるしかないか」
日常に戻れるまたとないチャンスなのだ。
今月末にある〆切を守る為にも、こんな状況で足踏みするわけにはいかない。
「〆切……?」
「わたし達、今月末に部誌の〆切があるんだ~」
「この際、そんなのどうでもよくない?」
よくないんだよ! 〆切破ったら俺がユズハに殺されるので……。
「……ま、まぁいいわ。ちょうどアナタが今ねぐらにしているっていう山にも着いたし……。ここなら邪魔も入らないでしょう。ワタシとドロシーさんは一旦身を隠すわよ。そしたら多分『UAN』の追手が湧いてくると思うから、そいつらを倒してね」
「了解っ」
そう言って、俺は軽く伸びをする。
さて、初めての戦いだけど……なんだか意外と緊張してないな。ひょっとして俺って案外そういうのに適性があるタイプだったりするんだろうか。主人公タイプ。……なんか中二病みたいで恥ずかしいな。これはなし。
「って、あれ!?」
なんか二人の気配を感じなくなったので横合いに視線を向けると、そこにいたはずのメリーさんとクラッターバック先輩がいなくなっていた。……身を隠すって言っても、早すぎだろ……。それに……、
「……こっちの方も、早速って感じだな!」
姿は見えない。
呼吸音も、身動ぎの音すらもない。だが、
やっこさん、かなりやる気のようだ。
「よっしゃ、かかってこい! この際だ、おれが全員相手をしてやる!!」
と、主人公みたいに宣言して振り返ると、
「……ぎゃ!?」
俺から数十メートル先、山林の領域の中。
そこには、一度に数えきれないほどの戦闘員が木々に埋もれるようにして構えていた。……これ、全部で数十人くらいいるんじゃないか……?
「……これ、本当に全員相手にするのぉ……?」
俺の乾いた声に応じるようにして、大量の戦闘員達も動き出す。
ガサガサという音共に山奥の茂みへと隠れてしまった敵を見て、正直そのまま街へ引き返したくなるが──日常と、〆切の為だ! 此処に来て退くわけにはいかぬ!!
「上等だ……」
俺は、肩を抱くようにして腕を交差させ、そして二の腕のあたりに爪を立てる。
そして、
「やってやろうじゃねぇかァ!!」
思い切り腕を振るって、両腕の皮を引き裂く。
然るのち。
──赤熱した溶岩のような龍の両腕が、夜の闇を喧しく照らした。