【完結】どうやら悪の組織に怪人改造されたらしいが、そんなことより俺には〆切がある。   作:家葉 テイク

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第四話「描きたいものは」

「進捗ダメですー!!」

 

 

 ──先輩の『ナーサリーテイル』の助けにより社会復帰を果たしてから二日後。

 昼休みの文芸部部室。そこには、無様に土下座を敢行する俺の姿があった。

 

 

 まず、社会復帰については恙なく達成できたことを此処に注釈しておこう。

 家族は俺が一週間も失踪していたことなど全く認識していないし、学校も平常に出席し、平常に授業を受けていたことになっていた。もちろん俺に授業を受けた記憶など存在しないという特大の問題はあるにはあるが、そこについては先輩が放課後に勉強に付き合ってくれると約束してくれたので大した問題ではない。

 問題は──俺の執筆が、この二日間全く進んでいないということにあった。

 

 

「何でですか」

 

 

 土下座を敢行した俺の前には、セーラー服の上にペンギンパーカーを羽織った俺の後輩──坂城ユズハが仁王立ちしている。まさに仁王とばかりの険しい形相で俺を見下ろしているこの女は、これ以上言動を間違えれば容赦なく雷を堕とすのに疑いの余地などなかった。

 

 

「ええと……そのう……」

 

 

 だが──俺には言えなかった。

 何故なら、理由なんてないのである。

 一週間も家を空けていたものだから動画配信サイトでは新着の動画がいっぱいあり俺が推している配信者の配信動画も大量にあるものだからその消化だけで時間が湯水のように消えて行ってしまったとか、失踪していた間の授業がどれだけ進んでいたか先輩に頼んで確認していたとか、『ナーサリーテイル』の本部に連れて行ってもらって色々と今後について話をしていたとか──やっていたことならいっぱいある。だが、別に小説を書く時間がなかったわけではなかったのだ。

 実際にパソコンの前に座って小説を書く時間も、もちろんあった。にも拘らず──俺は書けていなかった。

 

 

「まぁまぁユズハちゃん~。そのくらいに~」

 

「ドロシー先輩は黙っていてください」

 

 

 助け船を出そうとしたクラッターバック先輩が、バッサリと切り捨てられてしまう。『あら~』と情けない声を出した先輩は、それ以上ユズハを刺激するのを避ける為にスルーする方向へ舵を切ってしまったようだった。

 答えるほかない。

 そう判断した俺は、瞬時に思考を巡らせた。書く時間はあった。実生活の諸々は言い訳にならない。ならば俺は、何故小説を書くことができなかったのか? ただの一文字も進捗が進まなかったのか? それは────

 

 

「……て、」

 

「て?」

 

「テーマが思いつかないんすよ……」

 

 

 極限状態。

 絞り出した俺の答えは、そこに終着した。そして、苦し紛れに絞り出したその答えは、思いのほか俺の腑に落ちるものだった。そう。まさしくそれこそが俺の進捗が詰まる理由だったのだと、遅れて確信するほどに。

 

 

「テーマぁ?」

 

「ああ。そうだ。……おれ、小説を書くときは基本的にテーマから考えるんだよ。小説のテーマを決めて、書きたいテーマを表現できるストーリーを考えて、そのストーリーにあったキャラを作って、そのキャラをもとにストーリーを肉付けしてプロットを作る。それがおれの書き方なんだけど」

 

「めんどくさいやり方してますね」

 

「書きたいテーマが見つからないんだよ。だから進まないんだと思う」

 

「なんでこの時期までテーマが見つかってねぇんだよクソボケがよ」

 

「あっすみません、ハイ……」

 

 

 青筋を立ててツッコミを入れたユズハに、俺は平身低頭するしかなかった。

 だが俺とて! 俺とて此処まで何も考えていなかったわけではない! 色々なテーマは考えていた……。だが、なんというか……実際に書き始めようとすると、なんかどれもピンと来なくなってしまったというか。

 何故ピンと来なくなってしまったのかも分からないので、どう進めばいいか分からない──それが、今の俺の状況だったっぽい。俺も言葉にして初めて気付いたけど。

 

 

「別にキャラから作ったって良い訳でしょう? テーマから始める必要なくないですか」

 

「そりゃ長編を書くならそうだけど、部誌に載せるとなると短編尺だろ。そしたらテーマありきになるじゃん」

 

 

 長編を書く場合は、許容できる文字数が多い分『書けるもの』は多く用意できる。キャラクターであったり、ストーリーの伏線であったり、仕込めるものが多い分自由度も高い。

 だが、今回の場合は部誌に載せるせいぜい二万~三万字、多くても五万字程度の短編だ。そうすると書きたいものを適当に書き連ねていったらとっ散らかってなんだかよく分からないものが出来上がってしまうのは想像に難くない。

 

 

「別に短編だってキャラありきでもいいでしょう! こういう主人公の話をやりたいみたいな短編とか」

 

「だからおれはそういう書き方じゃないんだよぉ~」

 

「面倒臭せェ……」

 

 

 ひでぇ! 確かに一文字も進んでいない分際で書き方をどうこう言っていられないのは分かってるが……。この後輩、ちょいちょい言葉遣いが酷いですよ。

 

 

「でも、スグル君はもともと色々テーマ用意してたよね~? アレはどうしたのかしら~?」

 

 

 と、そこでクラッターバック先輩が俺のことを後ろから抱きすくめつつ話に入ってくる。

 ……クラッターバック先輩には『ナーサリーテイル』の認識阻害が効いていないから小動物を愛でる感覚なんだろうけど、傍から見たら男子高校生を後ろから抱きしめる構図になるので大変よろしくないと思うのですが。ですが!

 というか、端的に言ってクラッターバック先輩の豊満なお胸が背中にダイレクトにアタックしているので緊張するんですが。ですが!!

 

 

「スグル先輩。ボクの目から見たら男子高校生がえっちな先輩にドギマギしてる死ぬほどつまらない絵面になってるんですけど、認識阻害とかいうの解除してくれませんか?」

 

「いやぁそれはおれに言われても困る……」

 

「不思議ね~なんでわたしには効かないのかしらね~」

 

 

 ちなみに、認識阻害のことはユズハにも説明しているし、彼女は俺の見た目が美少女になったこともしっかり覚えている。認識阻害はともかく記憶の改竄は、俺が直接接触をとった相手には効果が効きづらいのだという。

 予想通りユズハは『TSしたのにすぐに見た目は通常通りにする!? ナメてんのかクソボケ!!』と大層お怒りになったのだが、クラッターバック先輩には何故か効かないと分かってかなり渋々矛を収めてくれた。

 クラッターバック先輩に認識阻害が効かないことについてはこの通り『不思議ね~』でゴリ押ししたのだが、クラッターバック先輩に対する尊敬ゆえか、あるいは何らかの術でもかけられてるのか、ユズハは『不思議ですね~』とそこについてはあんまり掘り下げないようだった。

 

 

「……話を戻しますけど。スグル先輩、テーマはちゃんと用意してたんですよね? ならそのテーマを使えばいいんじゃないです?」

 

「う~ん、なんかどれもピンと来なくなってきちゃって……」

 

「進捗ゼロにそんな上等な文句を言う資格があると思ってるんですか?」

 

「進捗と人権を直結させるな! 大量の人死にが出るぞ!」

 

 

 世の物書きがどれだけ進捗で苦しんでいると思っているんだ……!

 いや、俺はそういうコミュニティに入ってないから身の回りの物書きの事情しか知らないけど。多分きっと世の中には俺と同じ苦しみを背負っている人も大勢いるはずだと思うんだ。

 ……まぁ、冗談はさておき。

 

 

「確かに、ストックしておいたテーマで無理やり書けば良いとはおれも思うよ。でもさ……先輩と作る最後の部誌なんだ。おれだって納得できるものを書き上げたい。そう思うと、自分でしっくり来ないテーマで無理やり書き始めるのが嫌でな……」

 

 

 まぁ、ワガママだってのは分かってるよ。

 せっかく社会復帰して、きちんと〆切を守れそうな目が出て来たんだ。書き始めるうちにテーマにしっくり来るってこともあるだろうし、書く前からあれこれ悩んでても仕方ない。ここらで一つ、決断しないといけないよな。

 

 

「……じゃあ、」

 

「ハァ、仕方ないですね」

 

 

 言いかけたところで、ユズハはわざとらしく大きなため息をついて見せた。

 

 

「ボクだって鬼じゃありません。……というか、クラッターバック先輩と一緒に作れる最後の部誌をすばらしいものにしたいって思いには強く共感するところですし。それなら、変にテーマを決めて納得できないものを作る方がダメですからね」

 

 

 ユズハはちらりと視線を横に向けながら、

 

 

「だから、ボクもテーマ探しに協力しますよ。今日の放課後とかどうですか。ドロシー先輩も一緒に」

 

「あ、いいわね~! スグル君、どう~? 何でテーマがしっくり来なくなっちゃったのかも、誰かと一緒なら気付きやすいかもだし~」

 

「そう……っすね。願ってもないです」

 

 

 少し照れを隠しながらのユズハの提案に、俺はちょっぴり戸惑いながら頷いた。

 ……いや、ユズハがそういう提案をしてくれるとは正直思っていなかった。基本的にユズハの役割は俺のケツを叩いて小説を書かせることだと思っていたから……。

 

 

「でも、いいんですか? ユズハは大丈夫として、クラッターバック先輩の原稿とか……」

 

「あ、わたしはもう完成してるわ~」

 

「参りましたァ!!」

 

「受験勉強もあるから早めに終わらせておいたのよね~」

 

 

 くっ……! 『ナーサリーテイル』のエージェントでもあるジェラルド=ガードナーが箔付けの為に利用した魔女の『正体』だっていうのに、俺よりよっぽどしっかりと高校生ライフを計画的に過ごしていらっしゃる……!! 大学受験の用意までしっかり進めてるとは思っていなかった……!

 俺が心配なんて、すること自体がおこがましかったんだ……!

 

 

「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきやす」

 

「女の子二人を侍らせて放課後デートなんて。スグル先輩ってばラノベの主人公みたいな境遇ですね」

 

「今はそういうメタ的な冷やかしを入れてくるヒロインもまぁまぁいるしなぁ」

 

「ことあるごとに進捗を聞いてくるヒロインは新しいわよね~」

 

 

 そんなことを話しながら、お昼休みの時間は過ぎ去っていった。

 なんかこう、全員文芸部だとメタ認知が進みすぎててラブコメみたいな雰囲気に全然ならないね……。

 

 

 


 

 

 

 昼休み終わり。俺は教室に戻ることなく──学校の外に出ていた。

 学ランは学校に置いてきてある。これからの用事には邪魔なものだからな。

 

 

「……なんでこのタイミングで来るかなぁ」

 

 

 といっても、別にサボりというわけではなく──俺の日常を守る為にも必要なことだった。

 

 『ナーサリーテイル』は、別に無償で俺の日常を取り戻してくれたわけじゃない。

 それと引き換えに、俺は『ナーサリーテイル』に協力しないといけなくなった。たとえば俺の肉体の一部(皮膚とか)を提供して解析に役立ててみたり、《性質》を実際に使ってみせてどんな技術が使われているか調べてみたり──実際に『UAN』が侵略行為に出た時に、武力として派遣されてみたり。

 

 

『お勉強はドロシーさんが教えてくれるから、いいでしょ?』

 

 

 耳に着けた耐熱性インカムから、メリーさんの声が聞こえてくる。

 オペレーター役のメリーさんとあの場で面識が持てたのは、実は俺にとってはけっこうな幸運だったのかもしれない。クラッターバック先輩の次に話す機会が多い人だから、ああいう形ででも親近感が湧いたのは接しやすさの面でかなりプラスだった。

 俺はワイシャツの袖を捲れるだけ捲りながら、

 

 

「まぁそうなんだが……。でもやっぱ、授業受けときたいよ。放課後の時間がなくなったら、その分小説を書く時間が減るし」

 

『そういうものかしら……。ところでスグル、なんでワタシにはタメ口なの? ワタシこれでも人間で言ったらまぁまぁな年齢なのよ?』

 

「おばさんってことか?」

 

『呪い殺すわよこのガキャア!!』

 

 

 年齢ネタでキレるなら年上ぶらなきゃいいのに……。

 俺は内心で呆れつつ、

 

 

「でもメリーさんって、話しててなんかこう……年下っぽいんだよな」

 

『……それどういう意味よ』

 

「お人形さんみたいというか」

 

『あっ……そう。……それなら別にいいけど……』

 

 

 それっきりメリーさんは怒っていたのも忘れたみたいに矛を収めてくれた。分かりやすッ!! メリーさん、【怪異】とかでけっこう不気味なところもあるけど、こういうところが話しやすいというか、親しみやすいんだよなー。

 

 

『……さて。気を取り直して、今回現れた敵の話をするけど』

 

 

 こほんと咳ばらいを一つして、メリーさんは話を切り替えた。

 ……そう。

 今回俺がメリーさんのオペレーティングを受けて急行しているのは──『UAN』の怪人が出没した現場だった。

 

 

『今回現れた怪人は、《Spider104》と呼称される個体よ。その名の通り蜘蛛をモチーフにした《適応型》ね』

 

「適応型ってなんだ?」

 

『あー……まぁ説明してあげるわ』

 

 

 メリーさんはちょっとだけ面倒くさそうにしながら、

 

 

『「UAN」の怪人には、幾つかのタイプがあるわ。というより、当初から戦略を変えて来たっていうのが正しいけど』

 

「ふむ」

 

『「UAN」が侵略当初に派遣してきた怪人は、《侵略型》とこちらでは分類されてるの。こちらの星を《向こう側》の環境に作り替える──この世のものではない性質を適用してくるタイプで、ぶっちゃけこっちの方がワタシ達にとっては脅威だった』

 

 

 あー、言うなれば、地球外の惑星をテラフォーミングするような役割の怪人ってこと……かな?

 確かに、今出てきてる怪人よりもなんだか大がかりなような気はするけど……。

 

 

『ただ、おそらく向こうの製造コストもその分重かったのね。ワタシ達に怪人を倒すだけの戦力があると分かると、向こうは《侵略型》を出し惜しむようになった。そしてそれと入れ替わるように登場したのが、《適応型》ね』

 

 

 メリーさんは簡単に言って、

 

 

『《適応型》は、その名の通り地球の環境に適応したタイプの怪人よ。こっちの生物を模倣強化した《性質》を持つ怪人が多いのが特徴ね。ヌレガラスの撥水性を強化したタイプだったりとか……今回の《Spider104》も十中八九その系譜よ』

 

「なるほどなー。……ちなみに《性質》は分かんないのか?」

 

『そりゃね。名前だって、怪人の体表に書かれてる文字を名前にしてるだけだし』

 

「異世界から来てるのになんで英語で名付けてんだろうな~……」

 

『知らないわよ。こっちはそっちの言語も使いこなしてるぞって煽り目的なんじゃないの?』

 

 

 そんな単純な話なのだろうか。まぁ、今更『UAN』の正体が地球のなんかでしたというオチもないだろうからそのへんは考えてもしょうがないのかもしれないけれども。

 

 なんてことを話していると、何やら白い糸に包まれた街の一角が視界に飛び込んできた。なんだあれは……。

 

 

『街の住民の避難は完了しているけど、気を付けてね。戦闘で街が壊滅したら、アナタの評価が下がるわよ』

 

「う~ん、頑張る……」

 

 

 まだ、微妙に感覚が掴めないんだよなぁ……。一応事前に『まぁ怪人を始末するのが優先だから、最悪街を壊してもいいのよ~』とクラッターバック先輩からは言われているけど……。

 

 

『おそらく蜘蛛糸ね。向こうの怪人の《性質》によるものと見て間違いないわ』

 

「了解。まぁそりゃそうだわな」

 

 

 メリーさんの通信に頷きながら、俺は両手で互いの腕をがりがりとひっかいて皮を剥き始める。

 爪を立てたところから紙を破くみたいにあっさりと皮が剥がれ、その下からドロドロと赤熱した怪人としての皮膚が隆起していく。それに押し流されるように周囲の皮も焼けただれめくれ始めた。……うお、いつ見てもグロい。でもスクラッチカードみたいに削り残しがないのはちょっと気持ちいい。

 

 

「おっ、敵影発見」

 

 

 糸をかき分けかき分け(焼き切り)進んでいくと、すぐに怪人の姿が見えた。

 それは人型──というよりは、二足歩行になった蜘蛛のようなシルエットだった。体の大きさは、たぶん二・五メートルくらい。一般人よりは大きいけど、全開の俺よりは小さい。

 体のつくりは胴体が筋肉質で肥大化しているという点を除けば節足動物のそれに近いし、足もどうしてあの巨体を支えられているのかと思うくらいに細く鋭い。立つというよりも、地面に足を突き刺しているような恰好だ。

 三対の腕も同様に鋭く……これ日常生活とか送れんの? という素朴な疑問が生まれてしまったが、まぁ『UAN』の侵略用怪人に日常生活とかないか、とすぐに思い直した。

 

 

「よぉ」

 

 

 赤熱した両腕でワイシャツが発火しないように少しだけ両手を横合いに伸ばしながら、俺は《Spider104》だかなんだかに呼びかける。

 蜘蛛糸を伸ばして町の一角を真っ白に染め上げていた怪人は、その声に反応して振り返った。

 

 

『《Dragon009》カ? まじデあっち側ニツイテタンダナ』

 

「はた迷惑なことしてんなよ。これ撤去するのにどんだけ手間かかると思ってんだ」

 

『心配スンナ。撤去ナンカサセネェカラヨ。今日カラ此処ハ《帝国》領ダ』

 

「ばかじゃねぇの?」

 

 

 ビッ、と。

 そこで俺は対話を打ち切って、手の中に握っていた小石を指で弾いた。

 圧倒的な膂力で弾かれた小石はライフルよりも速く空を裂き、そして《Spider104》の脇腹を貫通する。

 ……ほんとは体の中心を狙ったんだけどな。やっぱそんな精密な狙いは定められないらしい。

 

 

『ウゴオッ……!? テメッ、問答無用カヨ!? 洗脳サレテネエンナラモウチョイ戦闘ニ及ビ腰ナノガ普通ナンジャネェノ!?』

 

「なに都合の良いこと言ってんだよ。こちとら日常をぶち壊されかけた恨みがあるんだっつの」

 

 

 いやまぁ、今はもうほぼ取り戻せているのでそこまで恨みらしい恨みはないんだけども。

 でも、だからといって怪人に対して容赦が生まれるかと言ったらそれはNOだよね。

 

 

『チッ……! アテガ外レタゼ……』

 

 

 言葉と同時に、脇腹に空いた穴に白い糸が寄り集まって塞がっていく。……あの糸、吐き出した後も動かせるのか。

 っていうか、糸を腹に詰めたくらいで傷治したことになんのか? なんかズルくない?

 

 

「……まぁいいや。治すってことはそれが糸で作った分身とかじゃないってことだろ? なら直接倒せばいい」

 

『ウワッ、コッチガ想定シテネェ応用方法ヲ出ス前カラ看破スルノヤメロヤ』

 

 

 向こうの語りには取り合わない。

 俺は怪人の膂力でもって地面を踏みしめ、一気に《Spider104》に肉薄する。そのまま、赤熱した右腕を振りかぶって──

 

 

 ゴッ!! と。

 

 

 直後、天地が逆転した。

 ごりっ──という感触で、どうやら自分の頭が地面にめり込んでいるらしいことは分かった。だが分からないのは、何故そうなったか、だ。

 《Spider104》の顔面がめり込むならともかく、なんで俺が道路にめり込んでいるのだろう? 多分何かしらの強い衝撃を受けたんだと思うが──

 

 

『ウエ……グロイモン見チマッタゼ』

 

『アア? ……アァそウカ。顔面カ』

 

 

 身体を起こすと、()()()と顔の左側から何かが垂れている感覚があった。多分、顔の皮が頬のあたりまで剥がれて、そこから垂れているんだろう。右側の方はもう完全に皮が剥がれてる感覚があるから、多分攻撃は右側から来たんだろうな。

 

 ……蜘蛛糸で重量物を引っ張って、それをぶつけて来たか? いや、にしては風を切るような音がなかったし、第一俺の感覚ならそのくらいは流石に事前に察知(ワカ)る。

 見た感じで何かが俺の顔面に向かってくるようなものはなかったし、少なくとも俺が気付けない程度にカモフラージュはされていたはずだ。

 …………。

 

 

『ッツカ、ソノ身体……オレノ糸モ焼ケルノカヨ。クソッ、フザケヤガッテコレジャア《怪人態》ニナッタ時点デ捕縛トカ無理ジャネエカ』

 

『ヘエ。オ前ノ目的、捕縛ダッたノカ』

 

 

 クラッターバック先輩の言う通りだったな。

 連中は俺のことを捕まえて、再度洗脳を施そうとしてる。だからしばらくは俺のことを捕縛できるような性能の怪人が表に出てくるだろう──って話だったけれども。

 

 

『ジャアドウスル? 諦メテ尻尾巻いテ帰ルカ?』

 

『冗談ダロ。焼ケテモ問題ナイクライぐるぐる巻キニスリャア良イ話ジャネエカ!!』

 

 

 言葉と同時に、《Spider104》が両手を広げる。

 俺がその場で跳躍すると同時に、すぐ真下で凄まじい衝撃音が響き渡った。──白一色の背景では俺の視覚を以てしても分かりづらいが、大量の蜘蛛糸が四方八方から衝突していたようだ。

 とすると──

 

 

 ぐりん!! と。

 横合いから放たれた蜘蛛糸の一撃で、俺の身体はまるで車に撥ねられたみたいに面白いくらい回転する。

 ただ、これは計算外の事態ではなかった。水平方向からの全方位攻撃。敵は明らかに俺が空中に逃げるのを誘ってきていたからな。前以て攻撃が来るのは分かっていたので、俺は攻撃に合わせて自分で回転することで攻撃の威力を逃がしたのだ。

 

 そして──攻撃の威力を逃がせたお陰で、行動選択の余地も生まれた。

 

 

『気サクナたいぷダカラ正直気ガ引ケルトコロはアルガ……』

 

 

 回転に制動をかけた俺は、自分の真下にある糸の束を掴み取る。

 灼熱の両腕に掴まれた糸はボオ!! と勢いよく燃え上がり、一気に火の手は糸を伝っていく。だが、それも長くは続かなかった。

 他の糸が先ほどと同じように四方八方から飛び掛かってきて、無理やりに鎮火したのだ。あっさりと対処された形だが──俺の目には、いや正確にはメリーさんの目には十分だった。

 

 

『人工筋肉ね』

 

 

 インカム越しに、メリーさんが告げて来た。

 地面に降り立つと同時に、メリーさんが敵の能力の解析結果を伝えてきてくれる。

 

 

『蜘蛛型の怪人は色々タイプがあるから、種類も豊富なのよ。それだけ技術としての蜘蛛糸の伸びしろを「UAN」が感じてるってことなんだろうけど……この怪人の糸は、人工筋肉みたいに自由に伸縮できるみたい』

 

『ナルホド』

 

 

 俺は短く答えた。

 さっきの攻撃も、重量物を糸でぐるぐる回してブラックジャックみたいに攻撃していたわけじゃなくて、人工筋肉の糸を束ねて糸そのものでぶん殴ってたって訳だ。

 白一色の景色の中では全体が真っ白な攻撃は見つかりづらいし、一本一本の糸は細いから集積するのが攻撃直前だったら風を切る音でも把握がしづらい。うまいことやったもんだ。

 

 だが、タネが割れてしまえばどうってことはない。

 

 おそらく、本来は人工筋肉で民間人を無理やり操ったり、敵対者を操ったりする戦法を得意としてたんだろうが……今回は『ナーサリーテイル』の手が早かったから助かった。

 ここから民間人とか出てきたら、流石に誰も殺さずに終わらせるのは厳しかっただろうし。

 

 

『ジゃ、死ネ』

 

 

 短く伝えて、俺は再度地面を強く蹴る。

 《Spider104》は周りの糸を迎撃に使いながら、自分は逃げの一手を打つつもりみたいだが──糸は見づらいとは言っても見えない訳じゃない。見えてる以上、殴り返せばさっきみたいに地面にめり込むことはないし、回避する必要もない。

 

 ボゴア!! と迎撃の糸を殴り飛ばして、飛び上がった《Spider104》を見上げる。

 そして一歩踏み込もうとして──足を止めた。

 

 ……一面、白一色。当然、地面も同様に白一色だ。

 なら、落とし穴だって仕掛けられるんじゃ? だって、このへんは先ほど《Spider104》が足を突き立てていたところだけど足跡がない。わざわざ足跡を隠蔽するってことは、地面に何か細工をした可能性がある。

 

 

『ウワッ、何デ気付クンダ怖ッ……。デモマァ、遠距離攻撃ノ手段ガネェアンタジャドウシヨウモネェダロ? 流石ニ分ガ悪スギルミタイダシ今日ノトコロハ撤退サセテモラウワ』

 

 

 糸に引っ張られながら、《Spider104》は俺を見下ろして言う。

 なるほど、確かにさっきの小石弾きを見ても俺の遠距離攻撃は精密さに欠けるしな。彼我の距離はもう二〇メートルはある。ここから狙い撃ちは、流石に厳しいだろう。

 

 ……俺は顔面の鱗みたいな皮膚を剥ぎ取って、

 

 

「ナメんなよ、ボケが」

 

 

 そのまま、剥ぎ取った抜け殻に向かって力いっぱい拳を振るった。

 

 音が、吹き飛んだ。

 あまりの爆裂音に鼓膜が破れて、耳の奥が《怪人化》を始めたのが分かる。ただ──効果はてきめんだった。

 

 二〇メートル離れた程度で、散弾銃から逃げられるだろうか?

 答えは、NOだ。

 

 

『ウソ、ダロ……』

 

 

 俺が見上げた先には、体中に大量の皮膚片……というとちょっといやだな。鱗と呼ぼう。鱗片をめりこませた、《Spider104》の姿があった。

 人工筋肉の役割を果たすから傷跡を糸で埋めれば治療できるというのなら──灼熱の破片を体内にめり込ませてしまえば、糸での治療はできなくなる。

 しかも大量の散弾は外れたとしても、ヤツを牽引していた移動用の糸自体も焼き切ってくれる。逃亡の手を奪いつつダメージを与える、一挙両得の作戦というわけだ。

 

 移動用の糸を失って足元に落下してきた《Spider104》は、俺の予想通りに仕掛けられた落とし穴に自分でハマる。──深さは大体《怪人化》前の俺の膝下くらいか。《Spider104》は尻もちをついた状態なので、胸から下が穴に埋もれているような格好だ。

 

 

「応用が単調すぎ。もっと糸人形を作って攪乱するとかしろよ」

 

『人間性ドッカニ捨テタカ?』

 

 

 辞世の句を聞き届けた俺は、そのまま低軌道のアッパーで《Spider104》の頭蓋を粉々にしたのだった。

 ……うーん、《性質》の原理的に糸人形は難しかったか?

 

 

 


 

 

 

第四話「描きたいものは」

いわゆる、心境の変化

 

 

 




■今回の怪人紹介
《Spider104》:蜘蛛糸の《性質》。糸の一本一本が人工筋肉の繊維のような働きをする。伸縮だけでなく『ねじり』の動きも一本で再現できるので、現実の人工筋肉を遥かに超えた挙動も可能。束ねた一発は戦車の装甲も容易に突き破る。スグルの推測通り他者を大量操作することも可能だった。


そして柴猫侍さん(@Shibaneko_SS)よりまたもやスタンプとしても使えるイラストをいただきました。
主人公の柏原スグルです。可愛いですね。はよ書け。
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