【完結】どうやら悪の組織に怪人改造されたらしいが、そんなことより俺には〆切がある。 作:家葉 テイク
その日の放課後。
俺はユズハとクラッターバック先輩を伴って、街を散策していた。
といっても、街中を探索していたりしたとかではなくこう……
「ねぇースグル先輩、なんでこんなとこ歩いてるんですか?」
すたすたと歩く俺の後ろをついて行きながら、ユズハが早速不満げな声を上げた。
俺はブロック塀の上からユズハを見下ろして、
「気分転換だよ。普段行かない場所を歩いて発想をリセットして、テーマを探してんの。筆に詰まったらいつもやってるんだ」
「その塀の上を歩くのもですか?」
「これは怪人改造されて身体能力が上がったのが嬉しくてつい……」
「そのうち気分転換でスカイツリーに登りそうな勢いね~」
いやいや先輩、流石に俺もそこまでバカみたいに自分の身体能力を満喫したりは……うーんしないとも言い切れない気がしてきた。
「でも実際、『動ける身体』って新鮮だよ。ものの見え方や聞こえ方も変わるから、本当に世界が変わったみたいだし」
「ふーん、じゃあ今まで用意してたストックのテーマがしっくり来なくなったっていうのも、『世界が変わったみたい』っていうのが影響してるんですかね?」
「あー、それは意外とあるかもしれないな……」
環境が変われば書きたいものも変わるもんだ。怪人化によって世界の見え方が変わったことで、俺の心境にも色々変化が出てるのかも。それを除いても、拉致とか怪人改造とか女性化とかイベントは死ぬほどあったわけだしな……。
これまでの俺とは違う、今の俺だからこそ書きたくなるテーマっていうのがあると考えるのはけっこう正しい気がする。
「じゃあ、今のおれに相応しいテーマって何だろう」
「何かに追われる話とか」
「急に夢占いに寄せて来たな」
『何かに追われる夢を見るアナタは恐怖や不安を抱えているでしょう』じゃねぇんだよ! 確かに現在進行形で〆切という恐怖や不安を抱えてはいるけども! ボケがハイコンテクストすぎだろうが!
そんな風にユズハにツッコミを入れていると、視界の端でクラッターバック先輩がこっちを無言で見つめていることに気付いた。
「先輩、どうしましたか?」
「……ああいや、スグル君がスカートだったらこのアングル、パンツが見えてるかもな~って~」
「降ります」
そうだった。先輩からは今の俺は美少女に見えてるんだった。でも流れるようにセクハラをかますのはやめてほしいです。
すたっとブロック塀から降り立った俺に、クラッターバック先輩は首を傾げながら、
「というか、スグル君はどうしていつまでもブカブカの制服を着てるのかしら~?」
「どうしても何も、認識阻害のお陰で今のおれは男の姿にしか見えないんだから、当然じゃないですか?」
「いやいや~。認識阻害があるなら
えっ!! そうなの! それはシンプルに知らなかった……。
……いやでも。
「それでも女物の服を買う時は恥ずかしいですし、そもそも現状この服で不便してないんだからよくないですか?」
「ほんとに不便してないの~?」
そう言って、クラッターバック先輩はちょいと俺のズボンを引っ張った。その直後。
ずるっ!! と制服のズボンが勢いよくずり下がり、その下の真っ白くて細い脚があっさりと開陳した。
「ギャア!!」
俺は慌ててズボンを引き上げようとするが、咄嗟だったものでもたついてしまい、さらに体勢を崩してズボンが下がったまま盛大にスッ転ぶハメになった。
「あ~あ~あ~……まさかここまでとは~……。ちょっとごめんね~」
「ちょっとなんですか……」
倒れ込んだまま恨みがましくクラッターバック先輩を睨んでみるものの、先輩は気まずそうに苦笑するだけだった。
まぁ、先輩の言いたいことは分かった。俺は立ち上がりながらズボンを引き上げる。一連の流れを客観的に見ると、とんでもねぇセクハラだなこれ。まぁ全部認識阻害食らってるから傍から見たらただ躓いてるだけなんだけども。
「要は、こういう感じで行動に支障が出るから服を新調しろってことですよね」
「そうそう。スグル君ってば物分かりが良い上に寛容でなおかつ話が早くて助かる~」
「でも、おれの《性質》ってこう……服とかよく燃えやすいから、あんまり金かけてらんないっていうか……」
「そこは心配しなくていいの~。服の代金はわたしが持ってあげるからね~」
良いんスか!? いや正直めっちゃ有難いけど……。今までも制服で戦ってて、いつ服が駄目になるか分かったもんじゃなかったからね……。
服、ちゃんとしたものを買うと普通に高いんだよな。高校生の懐事情ではなんともならなさすぎる。一応俺も以前はバイトしてたんだが、流石にこの状況ではバイトなんてできないからやめちゃったし。
「ただし、服はレディース限定よ~」
「先輩、なんか今日凄い圧が強くないですか?」
そんなに俺に女物の服を着せたいのか……。いやまぁ、確かに美少女だから可愛く着飾ってる姿を見てみたいって気持ちは分からないでもないけどさ。
「今のスグル君可愛いからね~。でもそれとは別に、『女の子の恰好をして見る世界』っていうのも、いつもと違った感じがしてそれはそれでインスピレーションにもなるんじゃないかしら~?」
「あー、なるほど……」
その路線は確かに考えたことなかったな。
普段歩かない道を通ること──見慣れない世界を見ることが気分転換になるなら、当然女の子の恰好をしてみることだって見慣れない世界を見ることにもなるわけだ。先輩の言うことにも一理ある。
……女物の服を買うのは恥ずかしいけど、先輩とユズハに囲まれてたらまぁなんか言い訳は立つだろ。多分。
「(スグル君チョロ~)」
「先輩、今のおれ耳良いんで……」
口の中で呟くだけでも丸聞こえなんだよなぁ。まぁ、方針自体は賛成だから別にいいんだけどさ。
と、綺麗に話がまとまったところで、急に無言になったのを怪訝に思ったのか、先輩がユズハの方に視線を向ける。
「……ところで、ユズハちゃんのあれはどういうことなの~?」
「気にしないでください。持病の発作ですよ」
適当にあしらいながら、俺はクラッターバック先輩を伴ってブティックのある大通りへと進んでいく。
裏路地では、ユズハが蹲りながらこんなことを言っていた。
「お願いします……。認識阻害を解除してください……。TSっ
…………。
進捗云々の時から思ってたけど、アイツ実は怪人なんじゃねーの?
そういうわけで服屋にやってきた訳だが──此処で俺は一つの問題に直面した。
「そういえば、おれ自分の服のサイズ知らないんですけど」
そう、服のサイズが分からないのだ。
何せ今まで服はだぼだぼの男物の服で通してきたので、自分の身体の大きさをはかる必要もなかった。ただでさえ《怪人態》になるから体の大きさなんて変動するものみたいな認識もあったしな。
「そこは問題ないのよ~。サイズならもう把握してるから~」
「えっなんで……。……あっ、そういえば身体測定してたな……」
『ナーサリーテイル』の極東支部に行ったときに、色々測ってもらってたっけ。なんか良く分からない機械でスキャンされたのは内臓とかをチェックされてたのかと思ってたけど、普通に身体の輪郭をスキャンする意味とかもあったのかな。
ユズハもいるから、そのへんの事情を説明するわけにはいかないけど。……まぁ、もっとも当の本人は……、
「ねぇードロシー先輩、なんで先輩には認識阻害が効かないんですか……。目ですか? 目が違うんですか? その目をくれませんか?」
「良い感じに猟奇的になってきたわね~」
こんな感じでアホになっている真っ最中なので、そのへんの辻褄合わせを気にする必要はないだろうが。
アホになっているユズハを宥め(いや宥めてるかこれ?)、クラッターバック先輩はユズハの頭を撫でながら、
「でも、認識阻害の問題で今は試着ができないわね~、よく考えたら~」
「別にしなくてもよくないですか?」
試着なんてしなくても、服を一通り手に取って頭の中で組み合わせたらぼんやりとしたイメージくらいは見えるものだし、わざわざ認識阻害との兼ね合いを考えてまで問題視するほどのことでもない気がするけど。
「駄目よ~。生地の重さとか、服の作りとか、実際に着てみないと分からないことも多いもの~。それに、着てみたら意外と似合わなかったりとかもあるし~」
「う~ん、いまいちピンと来ないっすね……」
男だった頃から、服にはあんまりこだわってなかったからなぁ。
黒とか白とかの、誰が着ても良い感じになりそうな服を選んで着ていたというか……。
「……、
そんな俺を見て埒が明かないと思ったのか、クラッターバック先輩は諦めたように溜息を一つ吐く。
その瞬間、ズ……と、クラッターバック先輩から猛烈に
直後。
気付けば、俺はブティックの天井に指をめり込ませるような格好でクラッターバック先輩から距離をとっていた。
「も~、スグル君ってば、びっくりしすぎ~」
そして俺は、先輩が手に持っている
同時に、自分の今の格好にも気付く。
今の俺は──端的に言うと、お嬢様然とした清楚なファッションをしていた。
大量の白絵具にほんの少しだけ赤絵具を混ぜたみたいな具合の薄ピンクのブラウスに、黒の蝶ネクタイ。それと、お腹くらいの高さで穿いた膝下丈のロングスカート。
状況からして、おそらく先輩の【異能】で着替えさせられたのだろうが──もっとも奇妙なのは、
完全に知覚することもできないほどの一瞬で、《Dragon009》としての身体能力を持つ俺に全く悟られることなく着替えさせられる……。……いったいどれほどのスピードがあれば可能なんだ?
「一応まだ認識阻害は生きてるからごまかしは利くけど、あんまり派手な動きをしすぎちゃうと認識阻害が剥がれちゃうからね~」
「あっ……はい。すいません」
俺は天井から降り立ちながら、ぺこりと頭を下げる。
なんというか……ベタな感想だけど落ち着かないなぁ。足元がすーすーするというか、ダイレクトに股間がすーすーするし。スカートを穿くってこういう感じなのかぁ……。
……あ? これなんかパンツの穿き心地も違わねぇ?
「先輩!! パンツ! ライン越え!!」
「あ~あ~。そうよね、普通そう思うわよね~。ごめんね~勘違いさせちゃって」
思わず目を剥いて抗議した俺に対して、クラッターバック先輩は少し慌てた感じで弁解した。……勘違い? これ、クラッターバック先輩が何らかの【異能】で時間を止めるとかなんとかして俺を着替えさせたんだと思ったんだけど、違うのか?
「う~ん、ここはわたしの名誉を優先すべきかも~」
クラッターバック先輩は少し悩んだようだったが、最終的には説明することにしたようだった。こほんと咳払いすると、クラッターバック先輩は徐にユズハの方へ向き直り、
「悪いんだけど、ちょっと眠っててね~」
手を翳して、ユズハのことを寝かせてしまった。
倒れ込みそうになるユズハのことを抱きとめる先輩の方を睨みながら、俺は先輩の暴挙を咎める。
「……先輩」
思っていたよりずっと低い声が出たことに、自分でも驚いた。
しかし先輩はあまり気にしたそぶりも見せずに、
「わたし魔女だから~。眠り薬とか、そういうのも作れちゃうのよね~。ユズハちゃんに私の素性を教えるわけにもいかないじゃな~い? だからそんな顔しないで~」
先輩に窘められて、俺は自分の眉間にめっちゃしわが寄っていたことに気付いた。
「それにほら……。漏れちゃってるから、殺気が~」
言われて、俺は店内の様子が異様になっていることに気付いた。
別段騒ぎにはなっていないが……他のお客さんや店員さんが、妙に緊張しているようなのだ。どうやら俺が気を張っていたが為にそうなったらしいので、俺は慌てて肩から力を抜く。
……いや、殺気? 俺が? クラッターバック先輩に???
「あ~気にしなくていいわ~。スグル君はまだ戦闘に慣れてないもの。突然異常な現象を目の当たりにした後に神経を逆撫でしちゃったわたしが悪いの~」
思わず気まずい気持ちになりかけた俺の心を先回りするみたいに、クラッターバック先輩は特に気にした様子もなく笑いかけてくれた。
よかった……。咄嗟とはいえ、先輩に対して本気の戦闘モードになるとか、なんかこう……あまりにも、普通じゃないもんな。
「で、話を大幅に戻すけど~」
クラッターバック先輩はぬいぐるみでも抱くみたいに眠っているユズハを抱きすくめながら、
「わたしの【異能】ね~。ジェラルド=ガードナーが
……そうか。
つまり、さっき俺が一瞬にして着替えていたのは、『俺が女物の服に着替えた』という過去を捏造した結果ってわけか。だから、パンツとかも含めてこれは全部俺が俺の意思で穿いたものだと……。
だとすると俺にその記憶がないのが気になるけど……そのへんが『捏造』の特性って感じなのかな。
物理的な事実は変化するけど、記憶や認識までは変わらないみたいな。……正確には記憶だって電気信号という意味では立派な『物理的事実』なんだけど、まぁ【怪異】ってそういう『科学的な線引き』とは違う概念で線引きされることが多いし。
ただ、だとすると別の疑問も湧いてくる。
「それなら、ユズハが此処から離れるような条件を『捏造』すればよくないですか? わざわざ眠り薬なんか嗅がせる必要……」
「ん~、そのへんは、わたしの【異能】の条件が関係しててね~」
クラッターバック先輩は困ったように頬を掻きながら、
「一〇分以内に三回、互いに相手を認識した上で会話のやりとりを繰り返す。この条件を満たさないと、捏造の対象には指定できないのよ~。ほら、ブティックについてからのユズハちゃんは持病の発作で会話にならなかったから~……」
「確かに先輩、途中からユズハの呻き声無視してましたからね……」
それは仕方ない。無視されるユズハが悪い。
……っていうか、過去の捏造とかいう超ド級の【異能】だから無敵なんじゃないかと思ってたけど、意外と条件が厳しいな。【異能】のタネが割れてたら相手も会話をしてこないだろうし、そうしたら攻め手が一気になくなってしまう。『能力の原理を敵に知られていないこと』が超重要って感じの【異能】だ。
そんな風に感心していると、
「…………、……いや、今のはまずかったかもしれませんね」
背後で、透明な何かが蠢いたのが
俺は、後ろを振り返る。そこには何もいない。少なくとも視覚的には。だが、匂いや音を総合した『気配』で分かる。……ブティックの壁際付近。そこに、目には見えない何かがいる。
「ありゃ~、もしかして怪人に聞かれちゃった~?」
「おそらく」
……本当にまずいな。
先輩の【異能】は強力無比だが、それは原理が敵にバレていないからこそ。もしも今言った条件が敵にバレてしまえば対策を打たれてしまうし、そうすればいくら自分の過去を捏造することができたとしても、無敵とまでは言えなくなってしまう。
「……仕方ないですね」
俺は即断して、
「あの透明野郎、ちょっと始末してきます」
ドン!!!! と。
清楚系なスカートの裾をたなびかせながら、不可視の怪人へ躍りかかった。
「…………う~ん。順調に進んじゃってるなぁ~……。……
ちなみに、靴だけはサイズが合わないと歩くのもままならないので組織の金で買い替えてます。あとは丈を詰めて流用しているようです。
そして烏何故なくのさん(@gGg49zAKW7xxb9h)より主人公・柏原スグルのイラストを頂きました。
顔面が半分《怪人態》になっているのがグロかっこいいですね。ところでこの画像使う機会は果たして訪れるのだろうか。