【完結】どうやら悪の組織に怪人改造されたらしいが、そんなことより俺には〆切がある。   作:家葉 テイク

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第六話「作品を作るとは」

 俺は壁から壁へ飛び移るような形で、不可視の敵に向かって接近していく。

 今までは服装なんて大して気にしていなかったが──どうやら、俺が思っていた以上に服装のサイズというのは重要だったらしい。

 ブカブカの学ランを強引に着ていた状態だと無意識に動きを抑えてしまっていたのが、ぴったりと身体にフィットした服装のお陰でだいぶ楽に動ける。身のこなしが明らかに改善したという実感があるのだ。

 もしも先輩がこのことを考えていたなら、大変ありがたい……いや考えてることあるかなぁ? 先輩、けっこう計算高いところあるから考えててもおかしくないけど……。

 

 そんなことを気にしているうちにも、俺と不可視の敵の距離はどんどん縮まっていく。

 相手は迷彩か何かを施しているのか、肉眼ではどこにいるか分からないが……嗅覚・聴覚・温覚……その他諸々の未分類知覚を総合した俺の感覚なら察知(ワカ)る。

 相手も、俺が迷いなく接近してくるものだから驚愕しているようだな。まあ、その躊躇が命取りになるのだが!

 

 

「ェアアアアアアッッ!!」

 

 

 雄叫びをあげて、俺は拳を振るう。相手の動きは……飛びのくような回避の挙動だ。俺の攻撃に合わせて何かしらの攻撃をしてきそうな気配はない。

 ただ、それでも一応警戒は忘れず、左手の指をこすり合わせるようにして皮を剥いでおく。

 たとえば相手の《性質》が透明化だとして……肉体全体が透明になっているということは、体液が透明化可能ということもありえる。もちろんこの一撃で絶命はさせるつもりだが、気配でしか位置を察知できない以上致命傷を負わせられる可能性はそう高くない。

 そうなると、敵を『物質を透明化させられる体液が分泌できる状態』にしてしまうわけだ。もちろんダメージは与えられるわけだが……利用される可能性があるのはまずい。だから今のうちに、やけどで傷口を強制的に塞ぐことができるように準備をしておいているのだ。

 

 そして。

 俺の拳が、不可視の敵の肉体をあっさりと貫いた。

 

 

「!?」

 

 

 しかしその瞬間、俺は極大の違和感に気付く。

 敵を貫いたにしては……感覚があっさりすぎるのだ。肉を抉った感覚がなさすぎる。これは……ハリボテだ!!

 直後、左斜め上から風切り音。

 攻撃直後の俺がそれに対して反応する間もなく、ゴギャ!! と頭蓋に響く音と共に、()()()()()()()()()()

 

 

「な……にィィいいいい!?」

 

 

 攻撃を受けたことそのものよりも俺の驚愕を誘ったのは、その『感覚の消失』だった。

 俺の《怪人化》は、粘膜系に対しても有効だ。

 たとえば舌を噛んだりすればそこから口内が《怪人化》するし、目にしたって同じだ。だから、目潰しをされたところで失明したりすることはない。

 だが……どういうわけか、俺の左目の視覚は確かに()()()()()()()

 

 

『奇妙カ? ソウダロウナ。ダガ、コチラガオ前ニ対スル対策ヲ打タナイママデイルト考エルノハ、油断ガ過ギナイカネ?』

 

 

 ……四メートル前方。

 目には見えないが、そこに敵がいるのが分かる。呼吸音や身動ぎの音、それから匂いで位置は正確に感じ取ることができるが……実際に敵の声を聞いて、俺は自分がどんな罠にハメられたのか全貌を理解していた。

 

 

「《脱皮》……か」

 

 

 異様に手応えの少ない感触。

 これは……『皮』だったんだ。不可視の状態から《脱皮》することで、『不可視の抜け殻』を生み出していた。おそらく、不可視を感覚機能で突破してくる俺をさらに欺くために。

 答えを示すように、敵は姿を現した。

 

 そこにいたのは、緑色の竜人──いや、二足歩行の爬虫類だ。大きく丸まった背に、鋭い鉤爪を伴った太い両腕に、長い尻尾。とさかのついた頭には、大きく出っ張った丸い眼が二つ備わっており、口からは絶えず細長い舌がちろちろと出入りを繰り返していた。

 端的に言えば──『カメレオン型の怪人』。

 その第一印象を裏付けるように、そいつのトサカには《Chameleon021》という刻印がされていた。

 

 こいつの《性質》は……《光学迷彩》。だがそれだけでなく、爬虫類としての性質で《脱皮》もできるんだ。

 とはいえ、俺が騙されたカラクリについては分かったものの、分からないのは何故俺が視覚を奪われたのか、だ。これが分からなければ、状況はどんどん不利になっていく。

 

 

『確カニ、私デハオ前ヲ倒スコトハ難シイダロウ。最強ノ肉体ヲ持チ、灼熱ノ体温デ敵ヲ焼キ尽クス《Dragon009》ニハ、《適応型》デハ分ガ悪イカラナ……。シカシソンナ私デモ、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そう言いながら、《Chameleon021》は俺に背を向ける。

 だが、それが俺の焦燥を煽るブラフであるということは既に分かっていた。ヤツの重心がそこまで前に行っていないからだ。おそらく……ここで俺が追撃を仕掛ければ、ヤツはカウンターを仕掛けてくるだろう。

 ……此処が、勝負所!!

 

 

「可能か? 俺もナメられたもんだ!」

 

 

 左手の赤熱は……既に収まっている! 指をこすり合わせて細かい《鱗片》を用意しつつ、俺は右手を振り上げながら《Chameleon021》に飛び掛かる。

 すると《Chameleon021》は予想通りに動きを止めてから、こちらの方へ()()()()()()()()()()()()

 俺はそれを待ち受けるように、《Chameleon021》と自分の間に《鱗片》をばら撒く。その直後。

 

 チュドッッ!! と、《Chameleon021》の口から高速で()()が放たれた。

 いや……これは『舌』だ。

 生物図鑑で見たことがある。カメレオンは獲物を捕食するときに舌を高速で伸ばして捉えることが可能だと。そして一説には、その速度はチーターの最高時速と同程度とも言われているらしい。

 その《性質》を継承している怪人ならば、突き出した舌の速度は音速すらも凌いでいるはずだ。先ほど攻撃を受けたのは、ヤツの舌。そして……。

 

 

『グオッ……!? コレハ……』

 

 

 攻撃の軌道上に鋭く尖った《鱗片》をばら撒いておいたことで、《Chameleon021》の舌に《鱗片》が突き刺さってくれる。想定外のダメージに怯んだ《Chameleon021》の動きが鈍るが……そのおかげで、俺は自分の左目の視覚が失われた理由を知ることができた。

 

 《Chameleon021》の舌に突き刺さったはずの《鱗片》は……()()()()()()()()

 

 

「やっぱり《性質》は《光学迷彩》。そしてそれだけじゃなく……体液にも《光学迷彩》を仕込めるわけだな」

 

 

 鏡がないから分からないが──おそらく今の俺の左目は、抉れたみたいに体内の様子が露出しているように見えるはずだ。ヤツの舌の攻撃を受けたということは、その部位が透明になるってことだからな。

 

 

「光学迷彩ってのは夢の技術だ。だが聞いたことがあるぞ。現実には、『完全に透明になる』ってのは想像するより厄介なもんだとな。たとえば視覚は光を『受け取る』ことでものを見ている。透明になれば光は通過してしまうから、視覚は機能しなくなっちまうってわけだ」

 

 

 SFとかを齧ったことがあるなら誰しも聞いたことがある話だ。

 つまりヤツは俺の目に《光学迷彩》を施すことで、視覚を奪って完璧に逃走しようって魂胆だったのだろう。

 おそらくコイツ自身は、嗅覚か何か──とにかく視覚以外の感覚で周囲の状況を把握して、完全な透明状態でも問題なく移動ができるはずだ。舌をちろちろさせているあたり、蛇のようなヤコブソン器官を備えている可能性もある。

 

 実際、いくら敵の位置が察知(ワカ)るからといって、視覚を奪われてしまったら目の前の道とか建物とかが分からなくなる関係で、追跡はほぼ不可能になっていたと思う。

 不可視の肉体に加え、高速の舌でピンポイントに体液をつけながら逃げ回っていればこちらは追跡不可能になる。《Chamelereon021》の自信のほどにも頷けるくらい、こっちにとっては不利な状況だ。ただし。

 

 

「体液ってことは、お前の《性質》はあくまでも有機物によって齎されているものでしかない」

 

 

 言いながら、俺は左手で以て自分の左目のあたりを()()()()()

 まだ鱗の残る指先は瞼とその内側の眼球をまとめて抉り──そしてすぐに、赤熱した内部組織が露出する。そう、有機物など一瞬で発火させてしまうほどの高温の内部組織が、だ。

 ボウ!! という音と共に、左目の視覚が蘇る。

 やはり想定通り、左目の視覚が失われていた原因はヤツの体液を浴びた個所に《光学迷彩》が施されていたことらしい。ということは、つまり。

 

 パッ、パッ、と俺は埃を払うみたいに両手を互いにすり合わせる。

 それだけで、両手の皮膚は全体がズタズタになって赤熱した鱗に覆われた『怪人の手』に早変わりだ。

 

 

「他対象の《光学迷彩》がお前の体液によって施されているなら話は簡単だ。こうやって常に高熱で攻撃を仕掛ければ、お前が体液を吐きかけてこようが高熱でタンパク質が破壊され、《光学迷彩》の効果は失われる」

 

『…………ッ』

 

 

 じんわりと《Chameleon021》の姿が薄らぐように透明になっていくが、もう遅い。

 右目はともかく赤熱している左目の視覚は今から数秒間は絶対に消えないし、《光学迷彩》に特化している《Chameleon021》のスピードがそこまで速くないのはこれまでの戦闘で把握している。

 あと注意すべきは《脱皮》によるこちらの感覚の欺瞞だが……こっちについても、既に対策はできていた。

 

 

「確かに、《性質》で透明になるだけじゃなく、《脱皮》で変わり身をされたら俺の感覚でもとらえきることは難しいだろう……。だが」

 

 

 虚空に浮かび上がるのは、注意しないと確認できないくらいの()()()()()()()()

 

 

「赤熱が終わったとはいえ、《鱗片》は高熱!! それを受けた舌の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 肉片は素早く左に移動したが、動き方からしてこれは回避運動ではなく舌をある程度ゆっくり伸ばすことによるブラフだ。

 匂いと音は……既に本体の位置を明確すぎるほどに伝えてくれている! この期に及んでブラフを打つ冷静さには驚いたが……、

 

 

「ッ、」

 

 

 即座に敵の懐に飛び込んだ俺は、相手が何かを言う間も与えずに右手の手刀でその首を速やかに切断した。

 

 

 


 

 

 

「おお~、はっや~い」

 

 

 そうして絶命によって《光学迷彩》が解除されたことで生まれた生首と首無し胴体の死体を前に『これどう始末しよっかな~』と思っていたところに(その間目撃者が出なかったのは奇跡である。いや『ナーサリーテイル』が細工してくれてたのかもしれないけど)クラッターバック先輩が顔を出してきた。

 背中にユズハをおぶっているので、ゆっくりとやってきたようだった。クラッターバック先輩は首を切断されている《Chameleon021》を一瞥して、

 

 

「本当に始末しちゃうとは~……」

 

「あっ先輩。気を付けてくださいよ。どこに耳があるか分からないんですから」

 

「あ~……。……う~んそうね~。今度から気を付けるわ~」

 

 

 俺が小言を言うと、先輩は気まずそうに苦笑する。まぁ、俺もまさか『UAN』の怪人がこっちを張り込んでいるとは思わなかったわけだけど……。

 ……っつか、こっちの素性がバレてるってことは大丈夫なんだろうか。ユズハはもちろん、俺の家族とかが『UAN』に狙われたら大分キツイんだけど……。

 

 

「先輩、『UAN』って思ったよりもこっちの行動を把握しているんですね」

 

 

 そんな不安への疑問につなげる為に、俺は先輩にそんな風に話を切り出す。先輩は頷いて、

 

 

「そうね~。でも安心してちょうだいな。スグル君の家族を含めて、こっちのアキレス腱になりうるところには組織の【認識阻害】を仕込んでいるから~。仮に『UAN』がスグル君の親類を探そうとしても、『UAN』は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そういう【異能】なのよ~」

 

 

 なるほど……。

 っていうか、よく考えたら『親しい人への攻撃』というリスクへの対処法がないならクラッターバック先輩がわざわざ高校生活を送れることもないか。

 『ナーサリーテイル』のエージェントが普通に高校に通っているってこと自体なんか見え見えの罠って感じがあるし。

 ……っていうか、今まで気にしてなかったけど、実年齢が多分数百歳レベルのクラッターバック先輩が何故わざわざ高校に通ってるんだろう? 俺が一年生の時には二年生だったし、多分普通に高校に入学して、それで卒業して大学受験とかの準備も整えてるんだよな、この人。なんで怪異の『正体』なのにそんなフツーの一般高校生の一生を送っているのだろうか……?

 

 

「ま、そういうわけだから心配しないでね~」

 

「ウッス」

 

 

 そんな感じでざっくり総括したクラッターバック先輩は、頷く俺を尻目に右耳に手を当ててどこかと話し出した。多分、『ナーサリーテイル』だろう。とすると──、

 

 するり、と。

 意識の間に滑り込むような形で、クラッターバック先輩の背後にメリーさんが現れた。

 クラッターバック先輩は突如背後に現れたメリーさんにも驚くことなく、くるりと向き直って拝むようにして笑った。

 

 

「ごめんなさいね~、メリーちゃん。()()、お願いしてもらってもいい?」

 

「また派手に殺したわね……。これ、スグルがやったの?」

 

「ん、そうだけど」

 

 

 頷くと、メリーさんは非常に嫌そうな顔で俺を見た。なんだ?

 

 

「多分今のアンタと戦ったら、ワタシ一瞬で殺されちゃうわね」

 

「人を怪物みたいに」

 

 

 いや、実際に怪物になっているわけなのだが……。

 っていうか、そうか。メリーさんは瞬間移動の【異能】を持っているから、こういう死体とかを回収してくれる仕事もしてるのか。なんというか……メリーさん、本当に便利な人だな。

 

 

「……何してるの?」

 

「いや、縁の下の力持ちって有難いよなぁと」

 

 

 そんな感じでメリー大明神を拝んだりしつつ。

 

 メリーさんに死体を持ち帰ってもらうと、程なくしてクラッターバック先輩に背負われていたユズハが目を覚ました。

 

 

「あ、おはようユズハちゃん~」

 

「あれ……? ボク、一体……?」

 

「ユズハちゃんはTSしたスグル君のお着替えシーンが見られないことへの絶望で気絶してしまったのよ~」

 

「あーなるほど……」

 

「あーなるほどで流しちゃ駄目だろ」

 

 

 いや、言い訳が雑!!!! でもこのバカならそれで本当に気絶しそうだから本人も納得しちゃってるし!!

 

 

「でも、けっこう似合ってるじゃないですか。久々に見たけど、スグル先輩とは思えないくらい可愛いですね……」

 

「あ、そ、そう?」

 

 

 なんかユズハに容姿を褒められると照れくさいな……。

 

 

 ………………。

 

 

 ()()()()()()()()()

 

 

「おまっ、お前、おれの姿が分かるのか!?」

 

「えっ、いやそりゃ分か……、……あれ、そういえば認識阻害とかなんとかがあるんじゃなかったでしたっけ?」

 

 

 やっぱりだ。

 ユズハに認識阻害が効かなくなってる……? どういうことだ……?

 

 

「先輩。なんでか知りませんか」

 

「えっ……。そんないきなり振られても~」

 

 

 目を覚ましたユズハを下ろしている先輩に問いかけると、先輩も困ったような顔になってしまった。

 『う~ん』と悩んでいた先輩だったが、やがてぽんと手を叩くと、

 

 

「そうだ~。スグル君、その手がいけないんじゃないかしら~?」

 

 

 と言って、俺の両手を両手人差し指でそれぞれ指差した。なんかラッパーみたいなポーズで面白いな……。……で、俺の手?

 …………あ~。

 

 見てみると、俺の両手はさっきの戦闘から、《怪人化》したままになっていた。

 そういえば、さっきクラッターバック先輩が【認識阻害】はあまり派手な動きをしすぎると剥がれてしまうとか言ってたっけ。だとすると、《怪人化》した状態だとあまりにも姿が人間離れしすぎているから【認識阻害】が効かないとかあるのかもしれない。生命の危機を掻き立てられると認識が阻害されづらくなるみたいな? 【異能】だから詳しい原理なんて想像もつかないが……。

 

 ともあれ、原因はクラッターバック先輩の分析通りのような気がする。

 俺は手をぱっぱと払って鱗を剥ぎ取り《怪人化》を解除した。よし、これでOK。

 

 

「お~、手も細くて可愛いですね」

 

「……駄目じゃないですか!!」

 

 

 が、ユズハは平然と俺の手を眺めていた。何なんだよもう!

 

 

「……でもやっぱり、この指は怖いですね」

 

 

 と。

 憤慨して先輩に食って掛かろうとしたところで、ユズハの言葉に俺は動きを止める。

 ユズハの視線を追うと……そこには、赤熱し肥大化した──《怪人化》直後みたいな状態の俺の左手人差し指があった。

 

 《怪人化》が、解除されていない。

 

 いや、違う。

 これは……《怪人化》が、()()()()()()……!?

 

 

「これって……」

 

 

 クラッターバック先輩に視線を向けると、クラッターバック先輩はユズハと同じように俺の指先を眺めながら頷いた。

 

 

「どうやら……スグル君の《怪人化》は使い続けるたびに進行するみたいね~。そして、スグル君が体の一部でも《怪人化》していると、【認識阻害】は効かなくなってしまうっぽいわ~。傍から見たら戦闘態勢に入った瞬間美少女になるわけだから、変身ヒロインみたいでお得ね~」

 

「言ってる場合ですか! これって、このままだと進行していくってことですよね!? これヤバくないですか!?」

 

 

 言いながらも、俺は何となく腑に落ちたような感覚をおぼえていた。

 小説を書くときに感じていた、どことなくしっくりこない感じ……。多分、その原因はこれだ。

 『俺が俺でなくなっていくような予感』。多分俺は無意識に、それを感じていたんだ。だから、『今までの俺』が考えたテーマにしっくり来なくなっていったんだ。

 

 

「確かにヤバイかもですけど……。じゃあ、逆にこれをテーマにしちゃえばよくないです?」

 

 

 と。

 俺が自己同一性の危機におののいていると、《怪人化》した指を眺めていた後輩を自称するサイコパスがなんか言ってた。

 

 

「ちょっと待て。今おれはアイデンティティクライシスとなんとか向き合おうと頑張ってるところなので……」

 

「だから、それを小説のネタにすればよくないですか? 〆切まで日がないんですから、使えるものはなんでも使っちゃいましょうよ」

 

「アイデンティティクライシスがぁ!!」

 

「〆切」

 

「うぅ……はい……」

 

 

 圧が強すぎるよぉ……。

 

 

「まぁまぁスグル君」

 

 

 最強のサイコパスに屈した俺の肩を抱くようにして、クラッターバック先輩は俺に寄り添って、

 

 

「でも、たとえば私小説は自分の心と向き合って文章化して生まれるものでもあるじゃな~い? そんな風に、今のスグル君の悩みをテーマにして小説を書くことは、スグル君の不確かなアイデンティティを見つめ直すことにも繋がるんじゃないかな~」

 

「く、クラッターバック先輩……!」

 

 

 さ、流石は文学部部長……! 凄く文学的な励ましだ……! サイコパスとはえらい違いだ! ところでなんで怪異の『正体』の方が人間の心があるんだよ。

 そしてそう考えると、俺の心も気持ち平静さを取り戻すことができた。そうして平静さを取り戻してみると……ふと思ったのだが。

 

 

「でも、『自分が自分でなくなっていく不安感』ってなんかいかにも思春期の精神状態っぽくてありきたりなテーマじゃないか?」

 

「贅沢言ってんじゃねーですよ〆切がいつか忘れたか?」

 

「っす……」

 

 

 ──こうして。

 俺の部誌のテーマは『自分が自分でなくなっていく不安感』に決まったのであった。

 

 ちなみにこの後、【認識阻害】が解けたことで俺のことを美少女として認識できるようになったユズハによって、日が暮れるまで着せ替え人形にされたことは言うまでもない。

 正直、《怪人化》が進行してることに気付いた時よりも自分が自分でなくなっていく感じがして怖かったです。

 

 

 


 

 

 

第六話「作品を作るとは」

すなわち、人生の切り貼り

 

 

 




クラッターバック先輩の【捏造】を使えば肉体の《怪人化》の進行は抑えることができますが、ユズハの前なので黙っています。
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