【完結】どうやら悪の組織に怪人改造されたらしいが、そんなことより俺には〆切がある。 作:家葉 テイク
さて、ここでそもそもの問題があることにお気づきだろうか。
俺の《怪人化》が進行してしまっている。これ自体も非常にマズイはマズイのだが、一旦は良しとしよう。すぐさまどうにかなるという話でもないわけだし。
問題は……それに伴い、【認識阻害】が効かなくなってしまっているというところだ。
当然ながら【認識阻害】が使い物にならなくなれば俺は社会生活をまともに営むこともできなくなってしまうわけで、小説を書くどころの話ではなくなってしまうのだが──。
「いやー、良かったですねー」
呑気に笑うユズハの言葉に、俺は静かに頷くばかりだった。
──結論を言おう。
俺の社会生活は、なんとか平穏を保つことに成功していた。
普段着を含め、服を色々と調達した翌日の放課後。
委員会と文化祭準備の都合で俺とユズハとクラッターバック先輩しかいない文芸部の部室にて、俺はゆったりとした雑談に興じることができていた。もちろん女子の転校生として二重生活に突入したとかそういうわけではなく、柏原スグルとしての学校生活を継続した上で、だ。
──俺は
「怪人化した部位を隠せば【認識阻害】が復活するって昨日の時点で分かったのは、収穫だったな」
「着せ替え大会を開催したボクに感謝してくださいね」
「いや感謝するには精神的苦痛が大きすぎたんだが……?」
きっかけは昨日の着せ替え大会でのことだ。
着替えている最中にたまたま指が隠れるようなタイミングがあったのだが、《怪人化》部位が隠れたために【認識阻害】が復活したのである。着せ替え途中で突然美少女が平凡な学ラン男子高校生に変化するという怪現象を間近で受けてしまったユズハは、TSFショックで気絶してしまったが。
その時は何が起こったのか理解できなかったが、鏡に映る自分が学ラン姿の男の俺だったことに気付いたことで俺はすべてを悟った。そしてその後、色々と検証した結果──《怪人化》による【認識阻害】の無効化は、《怪人化》部位を完全に覆い隠して外気から遮断すれば解除されることが分かったのである。
まぁそんなドラマがあったりしたお陰で、何とか俺は平凡な日常を過ごせているのだった。いや〆切に追われているので全然平凡ではないのだが。
「でも、その後『ナーサリーテイル』に頼んで女子用の制服を着るようにしたんですよね? なら此処でくらい包帯をほどいてくれてもいいんじゃないですか?」
「いや、突然他の部員が部室に来たら困るだろ……」
ずずい、と迫ってくるユズハに対し、
一応包帯で《怪人化》部位は覆い隠しているが、いつほどけるか分かったものじゃないし、もしもほどけた時に男子用の学生服を着てたら悪目立ちってもんじゃないからな。昨日の戦いでサイズの合った服を着ることの重要性も学べたことだし、女子用の制服を取り寄せてもらって着ることにしたのだが……そのことを知ったユズハからの『制服姿を見せろ』コールが騒がしくなるのは想定外だった。
いや多少うるさくなるとは思ってたんだけども、いくらなんでもうるさすぎるんだもんコイツよ。お陰でスカートがすーすーするとかそういうありきたりな困惑については丸ごと吹っ飛んでしまった。
「……まぁ良いですけど」
ぶー、と唇を尖らせる姿はちっとも良くなさそうではあるが、少なくともこの件では矛を収めてくれたようだった。まぁまたすぐ再燃するか分かったもんじゃないけど……。
そんな風にTSF狂いの後輩に呆れていた俺は、すぐに気付くべきだった。
そうやって矛を収めたこの女が、次に出してくる話題が何であるかについて。
「で、進捗はどうなんですか?」
「あっ……」
そして訪れる沈黙。
俺にユズハに差し出せるような言葉は存在せず。そしてその沈黙がまた、俺の苦境を表す答えを示しており。
結果として、ユズハの視線はどんどん鋭くなるばかりで、俺はたまらず薄笑いを浮かべながら答える。
「……えっとー、そのー、確かにテーマは決まったんですけど…………今度はキャラが、ね?」
「この期に及んで何抜かしてんだボケ!!!!」
ギャア!! すみません!! 俺が悪かったです!! だから包帯を無理やり解こうとしないで!!
なんとか怒れるユズハを宥めた俺は、部室に並べられたパイプ椅子の上で正座しながら居住まいを正していた。これが反省の姿勢である。
「えーっとですね」
針の筵にいる心持とはこのことか──と思いながら、俺は弁解の為に口を開く。
「まずそのー……小説を書くためにはテーマに合ったキャラを作るわけじゃないですか」
他の人はどうか分からないが、俺の場合はテーマを決めたらそのテーマを上手く表現できるようなキャラを作るっていう手順を踏むことが多い。
このとき、キャラがテーマにした主張に対して賛成か反対かはあんまり重要じゃない。賛成にしろ反対にしろ、テーマを軸にした価値観や問題を持っていることが重要なのだ。たとえばダイエットがテーマの小説でスイーツ大好きなキャラを主人公にしたっていいけど、ダイエットがテーマなのに主人公が四六時中受験のことを考えてたらテーマがふわふわしちゃう……と言えば分かりやすいだろうか。この例で言えば、うまいことダイエットと受験が噛み合うような使い方をしてれば別だけどな。
そして今回の場合、テーマは『自分が自分でなくなっていく不安感』なわけだが……、
「テーマに合ったキャラを書こうとしても、なんかイマイチ良い感じのキャラクター像が思い浮かばなくてですね……。昨日家帰ってからパソコンに向き合ったんですけどね……」
「プロットの進みすらゼロってどういうことですか? 包帯解きますよ?」
「か、勘弁してください」
指を! 指を引っ張らないでください!
「いや俺も困ってるんだって! テーマも決まったし昨日はけっこう進むかなーと思ってたのに全然進んでないし! このままだとマジで〆切がやばいし!」
なんだかんだ、俺は自分の筆の速さには自信があったのだ。
これまでの部誌もなんだかんだで〆切には間に合ってたしね。だから、こんなにも自分が書けなくなるとは思ってもみなかった。怪人化の影響で脳の創作を司るなんかがおかしくなってんじゃないの? と不安になったりもしたのだが……。
「試しに書いたテキトーな一発ネタの短編の方は普通に書けたしなぁ……」
「部誌の原稿ほっぽって何テキトーな一発ネタの短編書いてんだボケコラッ」
「ヒイッすみません」
殴らないで! 殴らないで!
「まぁまぁ落ち着いて~」
と、暴虐に打ちひしがれていた俺をクラッターバック先輩が救い出してくれた。いつもありがとうございます。
クラッターバック先輩は頬に手を当てながら、
「思うんだけど~……スグル君はまだ、『自分が自分でなくなる不安感』をしっかりと自分の中で落とし込めてないんじゃないかしら~?」
と、何か核心めいたことを言った。
俺は思わず首をかしげる。
「自分の中で、落とし込めてない……?」
一応俺も文芸部員なので、クラッターバック先輩の言っている意味は分かっているつもりだ。
つまり、テーマとして『自分が自分でなくなる不安感』を扱うことを決めたはいいものの、それが具体的にどういう感情であるかが分かっていないんじゃないか……ということだと思うけども。
ただ、俺だってバカじゃない。そのへんについては考えてみたつもりではある。
「『自分が自分でなくなる』って、たとえば進学とか進級で今までの環境が変わることも大きな意味で言えば『自分が自分じゃなくなる』ってことですよね。そういう身近なテーマから拾っていけばいいってことは何となく想像できてるんですけど」
「それって全部『変化した先にいる自分』は何となく想像できるわよね~? でも、今のスグル君は
「………………、」
言われてみれば、その通りである。
新生活への不安と、何者になるかも分からない不安は別物だよな。もっとこう……将来自分はどんな仕事につくんだろうとか、社会問題はどうなっていくんだろうとか、そういう計り知れないものへの不安感だ。比較に挙げるべきは。
こうやって整理してみると、なんかキャラを考える為にテーマを一般化していく過程で主題を取り違えてたんだな……。そりゃあテーマとキャラが噛み合わなくなって悩む訳だ。
「……お恥ずかしい限りっす。けっこう初歩的っぽいとこにアドバイスしてもらう始末で」
「いいのよ~。先輩なんだから、思う存分頼ってちょうだいな~。……それに、スグル君がそういうとこで思い違いしちゃったのは……多分、
「イメージが……ですか?」
「そうね~」
クラッターバック先輩はのほほんと笑いながら、
「スグル君にしてみたら仕方がないことだけど……スグル君、自分がこの先どうなっていくのかについてはあんまり考えないようにしてるでしょ~?」
「そりゃあ……。……このまま行ったら完全に怪人になっちゃうかも、みたいなことは考えても気が滅入るんであんま考えないようにはしてますね」
「でも、不安について考えないようにするってことは、
あー……なるほど確かに。
私小説だって、自分の精神の恥ずかしい部分や見たくない部分を赤裸々に分析して書いているからこそ意義のあるものになるわけで、そこから目を背けたままじゃ良い作品は書けないよなぁ。反省だ。
「……まぁ、わたしにはそんなスグル君を責めることはできないし、無理をして見つめなくたっていいと、」
「いや、やっぱりそこはちゃんと考えないと駄目っすね。〆切まで時間ないんで」
「でもスグル先輩、不安について考えるって言っても具体的にどうするんです? こうやって顔を突き合わせてウンウン唸ってたところで、ボクたちは多分スグル先輩の不安について掘り下げることなんてできないと思いますけど……」
「おれはそうでもないと思うけど……ま、効率が悪いのはその通りだな」
ユズハもクラッターバック先輩も俺とは境遇が違うわけだが、文芸部の部員らしく想像力については人一倍だ。俺の境遇を想像して、不安を掘り下げることは可能だと思う……が、テーマの掘り下げなんて大事な作業を他の人に直接手伝ってもらうのも情けないしな。
何よりそこの作業は、しっかりと自分の手でやりたいという思いがある。
「『ナーサリーテイル』だよ」
そして俺は既に、自分の不安について考える為に必要なものを導き出していた。
「おれが『ナーサリーテイル』に保護してもらっていることは知ってるよな。あそこは、今おれが足を突っ込んでいる非日常の総本山みたいなとこだ。前に一回行ったことはあるけど……改めてそっちまで行ってみれば、色々と発見できることもあるんじゃないだろうかと思ってな」
「あ~、なるほどね~」
俺の説明に、クラッターバック先輩がぽん、と掌を叩いて納得した様子を見せる。
まぁ、実際には《怪人化》は『UAN』の技術で、完全に怪人になることへの不安には自分が『UAN』の手先になってしまうのではないかという恐怖も含まれていると思うので、一概に『ナーサリーテイル』に行って不安について理解を深められるかというと断言できないところではあるが……それでも、全く意味がないなんてことはないと思うし。
それに、クラッターバック先輩のリアクションからして『ナーサリーテイル』に行くって選択肢自体が選べないわけでもなさそうだしな。
「確かに、それは案外名案かも~。スグル君、じゃあこの後『ナーサリーテイル』に行ってみたら~?」
「ええ!! 確か今日はドロシー先輩も塾ですぐ帰るはずだから……じゃあボク一人で文化祭展示の準備ですか!? そんな~……」
大層テンションが低くなってしまったユズハを尻目に、俺は帰り支度を整える。
すまんな。あとでなんか穴埋めするから許してくれ。……いや、穴埋めなら昨日の着せ替え大会で十分済んでない? じゃあ別にいいか。
「悪いな。その代わり、しっかりとキャラ作成の糸口は掴んでみせるからよ」
「もちろんそこはちゃんと成果を出さないと許しませんのでそのつもりで」
「アッハイ頑張ります……」
というわけで、俺はメリーさんの【異能】を使って『ナーサリーテイル』の極東支部までやってきていた。
鬱蒼と生い茂った森林の中を、メリーさんの先導で歩いていく。此処に来たのは二回目だが……もちろん道順なんて分かるわけがないので、メリーさんの案内がなければ一生迷子になってしまうことだろう。
「しかし深い森だな」
「ねぇ、日本の森林面積が国土の何%か知ってる?」
あたりをキョロキョロ見渡しながら歩いていると、メリーさんが不意にそんなことを問いかけて来た。森林面積の割合……?
「いや……多分授業で出て来たかもしれないけど、覚えてはいないな。四〇%くらい?」
「ぶぶー。答えは六七%。もうちょっとちゃんとしなさいよ現役高校生」
メリーさんはからかうように笑って、
「分かる? 日本の国土の大半は森林の中なの。もし仮に極東支部が森林の中にあるって情報が外部に出回ったとしても、日本全土の中から七割に候補が縛られるだけ。見つけるのは至難の業なのよ。組織のメンバーも、ここで人探しをするとなったら一苦労でしょうね」
そりゃ確かに、メリーさんの【異能】がなきゃどうしようもないだろうな。
俺も、最初にやってきた時は『このままこの森林の中に置いて行かれたらどうしよう?』なんて不安に思ったもんだ。
でも、なんで急にそんな話を……?
「昨日ドロシーさんから聞いたわ。……アンタ、《怪人化》が治らなくなってるんだってね」
「ああ、今は左手の人差し指だけだから、包帯でぐるぐる巻きにしてなんとか凌いでるよ」
「
そのものズバリを。
メリーさんは単刀直入に問いかけて来た。今まさに、俺が不安に思っているところについて。
それは人間の基準でいえばあまりにも無遠慮で、配慮に欠けた言動だと言えるかもしれない。ただ……自分の中にある不安を見つめ直したい俺にとっては、いい機会でもあった。
俺が抱えている不安っていうのは、つまり
「……正直、分からない」
だから俺は、不安を吐き出すように素直に答えた。
「自分では、何も変わらないと思ってる。でも、スムーズに今の生活に順応できてるってこと自体が
素直に答えると、先導するメリーさんの背中から得体の知れない『何か』が溢れ出たかのようなプレッシャーを感じた。
これだ。
これも、俺が抱えている不安の一つ。……俺の《怪人化》が進むことで、今まで仲間だと思っていた人たちが敵に回るかもしれない。そして、俺自身がその理由に気付けないかもしれない。……ある日突然仲間だと思っていた人に襲い掛かられて、原因も分からない。そんな恐怖。
「
と。
そこで、 頭上から声が降り注いできた。
視線を上げると──木々の間から覗く空から、箒に乗ったクラッターバック先輩がまるで木漏れ日みたいに降りて来た。
「メリーちゃんも趣味が悪いな~。そんな風に釘を刺したって何にもならないでしょう~? それともスグル君があんまり可愛いからいじめたくなったのかしら~。駄目よ~?
「……悪かったわよ。スグル、ごめん」
「いや、いいんだけどさ……」
俺の不安を見つめ直す意味でも必要な問いだと思うし……。わざわざ詰問した意図は知りたいけども。やっぱり『ナーサリーテイル』内でも俺を受け入れるかどうかについてって意見が分かれてたりするのかな?
そういえば、思い返したらメリーさんは昨日も『戦えば殺されちゃう』とか言ってたし、意外と『UAN』に改造された俺を仲間に引き入れるのってけっこうな横紙破りなのかも。いや考えてみれば当然のことだが。
…………身の振り方には気を付けよう。ただでさえヘイト稼いでるのに迂闊な行動とったら囲んで呪いで叩かれたりしかねない。
んでもって、
「クラッターバック先輩はどうしてこっちに? 塾なんじゃなかったんでしたっけ?」
「ん~、塾に通ってるのはホントのことなんだけど、今日はお休みしてきたのよ~」
スウ、とクラッターバック先輩は箒から降りる。その出で立ちはさきほどまでの制服姿ではなく、かつての夜で見た魔女衣装のものだ。
……? 塾を休んだって、そりゃまたなんでだ? 何か『ナーサリーテイル』で用事ができたとか……?
「あっ、おれの『ナーサリーテイル』見学をサポートしてくれるとかですか?」
「それもあるけど~、本題はこっちの方かな~」
ぱっと手を叩いて問いかける俺に対し、ドロシー先輩はスッと手を横合いに伸ばして、のんびりとした口調でこう続けた。
「