【完結】どうやら悪の組織に怪人改造されたらしいが、そんなことより俺には〆切がある。 作:家葉 テイク
「この間説明した通り、わたしの【異能】は【捏造】」
クラッターバック先輩がそう嘯いた瞬間、その全身から得体の知れない『何か』が噴き出たのを感じる。
俺はもちろん、メリーさんすらも反射的に身構えるようなものを放ちながら、クラッターバック先輩はあくまで穏やかに笑っていた。
「自分や対象の他者の過去に、好きな事実を挟み込むことができるのよ~。そしてそれは、単純な出来事の追加だけでなく……出来事の
たとえば、チョコレートを食べたという事実を【捏造】するのがストレートな使用方法だとして、その場合、【捏造】すれば対象の体内にはチョコが突然現れるし、血糖値やらなんやらもチョコを食べた時相応に変化する。それは『過去を【捏造】する』って字面を見ただけですんなりイメージできる情景だ。
ただし……クラッターバック先輩の言葉の通りならば。
チョコレートを食べた人間に対して『チョコレートを
当然、胃の中からはチョコレートは消えるし、血糖値も下がることになる。食べなかったことになったチョコレートが復元されるかどうかまでは、この話を聞いただけじゃ分からないが……。
「さっすがスグル君~。もうわたしの【異能】の作用についてはイメージができているみたいね~。そう、スグル君が《怪人化》しなかったという事実を【捏造】してあげれば、《怪人化》の副作用として発生しているスグル君の今の異常も必然的に消えることになる……」
……でも、そうすると矛盾が生まれないか? 俺が《怪人化》してないことになったら、怪人を倒した要因もなくなるわけで……そこの辻褄合わせってどうなってるんだろう?
っていうか、《怪人化》しなかったら俺が殺されてた可能性もあるわけで、《怪人化》しなかったことになった代わりに死にましたみたいなことにはならないよな……?
「ただ、わたしの【異能】は別に世界の事実を変えているわけじゃないから~」
クラッターバック先輩はそう言って、
「わたしが【捏造】するのは、あくまでわたしや相手にとっての事実だけ。物理的な因果関係を変えているのではなくて、変えたいと思った部分を好き勝手に【捏造】するだけだから、影響とかそういうのはぜ~んぶ都合よくなんとかなるのよ~」
「あー、『【異能】に科学的な視点は通用しない』ってヤツですか……」
そっか。原因と結果はワンセットで、一つ一つの事象が影響し合っている──みたいな発想も考えてみれば科学的な発想なんだよな……。
…………うぐぅ!! どう考えても破綻してる気がする! 難しすぎる、オカルト! 全然現代人の科学倫理と親和性がない! こんなロジックを小説で使おうものなら多分書いてる途中で発狂してしまう!!
「そういうわけで、はい~」
ぱん、と。
懊悩する俺をよそに、クラッターバック先輩はのほほんと手を叩く。おっとりとした雰囲気なのでなんとなくぼけっとその様子を眺めていたが……やがて気付く。左手人差し指、その形状が《怪人態》のそれから人間のものに変わっていることに。
「あれ!? もう……っていうか全然変わった自覚が…………あっそういえば着替えの時もそうだったか……」
「そうね~。わたしの【異能】は、精神には影響を与えないから~」
「……やっぱり脳内物質の分泌と電気信号で成り立っている人間の精神だけ特殊な挙動するの納得いかねぇ……」
「職業病って怖いわね~いやこの場合は趣味病?」
頬に手を当てながらのんびりと言うクラッターバック先輩は、全然気にしてないようだった。
…………っていうか先輩もよくこのメンタリティで現代人と話を合わせられるね?
その後。
晴れて元通り(いや、美少女のままなので元通りではないが)の姿に戻れた俺は、『ナーサリーテイル』極東支部にいた。
極東支部──なんて言うと地下にある秘密基地みたいな物々しいイメージを連想するかもしれないが、実際のところは山奥の洞窟を拡張したけっこう前時代的な代物である。
まぁ、何らかの【異能】でも作用しているのか、明らかに洞窟とは思えない広さの空間が点在していたり、ある区画から突然鉄筋コンクリート造りの廃ビルみたいな風景になったり、かと思えば青空が広がる草原が出てきたりと、色々無茶苦茶だが……。
「思ったんすけど」
で、今は先ほどまでの同じようにメリーさんに先導してもらい、その後ろを俺とクラッターバック先輩がついていくような構図である。
先導するメリーさんの背中を眺めながら、俺は何の気なしにクラッターバック先輩に問いかけた。
「先輩が今日、極東支部に行くように誘導したのってこのためだったんですか?」
塾っていうのはユズハ向けの嘘だったらしいし。そう考えると俺が『ナーサリーテイル』の極東支部に行くって言った時に特に何も言わなかったのは、《怪人化》の進行を【捏造】で抑えたかったのかなって思ったり。
先輩はこっくりと頷いて、
「それもあるわね~。スグル君の協力を取り付ける条件に『日常生活の保障』があるでしょ~? いくらこっちの想定外の事象とはいえ、約定を違えるのはちょっとね~」
「あ、意外と契約に真摯だった……」
オカルトってそのへんの決めごとはしっかりしてる印象あるしな。同じくらい『嘘はついてない』みたいなハメ技も使ってくる印象あるけど。
ともあれ、そういうアフターケアもしっかりしているのは大変ありがたい。日常生活が送れないと原稿執筆どころじゃなくなっちゃうもんな。
「でも、ほんとに助かりましたよ。《怪人化》の進行を巻き戻せるってことは、このまま戦い続けても完全に怪人になるってことはないってことですもんね」
「まぁそうね~」
「……別に、完全に怪人になってもいいんじゃないの?」
と、そこで俺達を先導して歩いていたメリーさんがそんなことを言ってきた。
ん? どういう意味だ?
意図をはかりかねて首をかしげていると、メリーさんはさらに続けて、
「怪人になるデメリットって、社会生活を送れなくなるだけでしょう? そっちを完全に切って、
言われて、俺は咄嗟に何も言えなくなってしまった。
……あー、そういう考え方も、確かにあるにはある、のか。
俺にとっては日常生活を送ることは最優先事項になっているが……
「何なら
「……メリーちゃん、」
「いやー、でも完全に《怪人化》したら学校通えなくなっちゃうからな」
流石に、メリーさんのこの申し出に含みがあることに気付かないほど俺も鈍感じゃない。クラッターバック先輩が珍しくガチめの声を出してるあたり、このへんの話には先輩もなんか思うところがあるらしいことも察しがつく。
でもまぁ、俺はあえてあっさりした感じを意識して答えることにした。
「原稿間に合わなかったら、マジでユズハに殺されると思うし……。とりあえず今は《怪人化》が進行したら困るんだよ」
「……何よそれー……」
俺の答えに、メリーさんはどこか呆れた様子でぼやいていた。
いやまぁ、俺にとっては大事なことでね……。
「メリーちゃん、その話はもういいでしょ~? それよりも、スグル君に『ナーサリーテイル』の案内をしなくちゃ~」
「……分かってるわよ、もう」
クラッターバック先輩の小言に、ぶすーと唇を尖らせるメリーさん。拗ねている姿は歳の離れた妹みたいで可愛いんだよな。まぁ実年齢は普通に俺よりずっと年上らしいのだが……。
……ちょっと気になったんだけど、メリーさんの電話の『正体』ってことはメリーさんの電話っていう怪談
「
直後、だった。
廃ビルのような鉄筋コンクリート造りの室内から一変して、周辺を見たこともない花畑が埋め尽くす。
いや……違う。この説明は順序が逆だな。正確には、
……クラッターバック先輩は……いないな。置いて行かれたか。
「メリーさん、これはどういうことだ?」
「心配しないで。別にアンタとやり合おうって気はないわよ。こないだも言った通り、アンタと戦ったら多分ワタシはあっさり殺されちゃうだろうし」
そう答えるメリーさんからは、確かに殺気の類は感じない。『ナーサリーテイル』のメンバー……怪異の『正体』達が戦闘時に放つ得体の知れない『何か』の気配も、もうない。
「じゃあなんで?」
「フェアじゃないって思ったのよ」
ただ、メリーさんからは怒りにも似た感情が伝わってきた。
怪異の正体とか化け物とか、そういう日常からかけ離れた感覚ではなく……普通に怒ったり泣いたりする存在としての、当たり前の怒りが。
だから俺は、下手に口を挟まずにメリーさんの言葉を黙って待つことにした。
「ねぇ、知ってる? 『ナーサリーテイル』って別に、人間達を侵略者から守ってあげる正義の組織って訳じゃないのよ」
花畑の中で、御伽噺の女の子みたいに可憐な笑みでメリーさんは笑った。
「だって、そうでしょう? ワタシ──『メリーさんの電話』は、人間に恨みを持って恐怖を与えて呪い殺す逸話を持ってる。組織には『てけてけ』だとか、『青行灯』だとか、『ワーウルフ』だとか、遭遇したらその時点で命の危険すらある逸話の『正体』だっているくらいだし。どう考えても正義の味方って感じじゃないわよね?」
「まぁ……」
魔女だって、今でこそサブカルでは善悪のないただの属性として扱われているけど、原典を紐解けば『悪しき者』なわけだしな……。
そう考えると、怪異の『正体』って時点で人間社会から見れば正義の味方どころか、悪そのものと言えるかもしれない。
「要は、縄張り争いなのよ」
メリーさんは、暗い笑みを浮かべながらそう続けた。
「ワタシ達にとって、この人間社会は『餌場』。『UAN』の侵略は、ワタシ達の『餌場』を潰す行為よ。だからワタシ達は自分たちの獲物を守る為に仕方がなく戦っているだけ。『ナーサリーテイル』は正義の味方じゃなくて、本質的には『UAN』とは別種の悪なのよ、アナタ達人間からしたらね」
ショックかしら? と言うメリーさんは、罪を吐露するような雰囲気とは裏腹にどこかこちらを試すような雰囲気を纏っていた。
メリーさんがクラッターバック先輩を引き離してまでこの話をしようと思った理由はまだ分からないが……でも、一つだけ俺にも分かることがある。
「いや、別に」
それは、メリーさんが俺のことを傷つけたくてこの話をしているわけじゃないだろう……ということ。
確かに人類の救世主かと思われた組織が実は自分達も人間を食い物にする気満々ですよ──って話はショッキングかもしれないけど、そもそも『ナーサリーテイル』がいなければ『UAN』が出て来た時点で人類は詰んでいたわけで。
それに、『ナーサリーテイル』が悪の組織だよって言われてもあんまピンと来ないんだよね。
「大体、『ナーサリーテイル』って多分元々は互助組織だろ?」
『UAN』の侵略に呼応して『ナーサリーテイル』を結成したにしては、文化圏があまりにも違いすぎるし、動きが早すぎる。
クラッターバック先輩が高校生として人間社会に溶け込んでいる現状を考えても、おそらく『ナーサリーテイル』は『UAN』が侵略するよりずっと前から成立していて、活動を続けてきたはずだ。
もしも『ナーサリーテイル』がメリーさんの匂わせた『悪の組織』そのものの実態であるならば、その当時から人間を害する行動をとってなきゃおかしい。でも、実際にはそんな動きはないわけで。
そう考えると、自然と『ナーサリーテイル』の組織としての目的は『怪異たちが互いに助け合うこと』であると推測できるわけだ。
「……半分正解ね。ドロシーさんあたりは最初から互助組織としてウチを利用してたし」
メリーさんは俺の問いかけに微妙そうな顔をしながら、
「でも半分ハズレ。べつに悪ぶって言っているわけじゃなくて、『アナタ達人間にとっては別種の悪』っていうのはホントのことなのよ」
「どういうことだ?」
「不思議に思ったことはなかった? ワタシ達の自己紹介。ナントカっていう怪異の『正体』って言い回しがどういうことなのか……って」
……確かに、何か引っかかる言い回しだと思ったことはあるけど。
「怪異の『正体』っていうからには、今ワタシたちを表している怪異って記号は後付けってことよね。これ分かる?」
「えーと……雪男イエティという逸話と名前は、『雪山を歩いている登山者』という『正体』ありきで後から発生している……みたいなこと?」
「……まぁ雪男イエティの『正体』はウチに別口でいるけど、そういうことよ」
いるんだ、イエティ……。
「でも、たとえばワタシは『正体』が別にあるのにメリーさんって呼ばれてるし、ワタシ自身も自分のことをメリーさんだと思ってる。ドロシーさんも同じよ。数百年前から生きてて、『ドロシー=クラッターバック』の逸話が生まれるより前からいたはずなのに、あの人自身は『ドロシー=クラッターバック』に
「……あ」
言われて、初めて俺はそこの異常に気付いた。
いや、逸話とは別に『正体』があるんじゃないかとは思っていた。でも、そう呼ばれている現状が何故成立しているのかって部分には考えが至らなかった。……ってことは……もしかして……今の『ナーサリーテイル』にいる怪異の『正体』って……後天的に発生した逸話によって存在を歪められている……ってことか?
「いやでも……そんなことあり得るか? 後から生まれた言説によって存在が塗り替えられるって、それって因果が噛み合わないだろ」
「因果の逆転なんて、【異能】で散々見たでしょ?」
「…………、」
そう言われてしまうと、何も言えなかった。怪異にとっては因果の逆転も因果の破綻もいつものこと。根本的にそういう性質を持った存在なのだから、そこに疑問を差し挟むことに意味はない。
だとするならば……。
「つまり……『ナーサリーテイル』の目的ってのは、元々あったはずの『正体』を取り戻すこと……なのか?」
「流石文芸部。話が早くてホント助かるわ。……少なくとも、ワタシはそうね。それに、ワタシみたいに考えてる連中の方が多数派だと思うわ」
元々あったはずの『正体』を取り戻す為の組織。
……人々の言説によって後天的に姿を変えられてきたとすると……。
「……今とは違う、自分たちの望む言説を人々の間に浸透させることで、自分たちの在り方を
「その通り」
パチン、とメリーさんは指を弾いた。
「『UAN』の連中みたいに荒々しい形じゃないわ。殺しも拉致もしないしね。……でも、ある意味でそれよりも冒涜的で本質的な侵略よ。だって、
「それは……、」
確かに、その通りかもしれない。
国民的な御伽噺……桃太郎やら浦島太郎やらが誰かの好き勝手に物語を変えられてしまうと考えたら、それはもう立派な『侵略』だと言えるだろう。人並み以上に物語を愛する俺みたいな立場からしたら、その威圧感ははっきりと分かる。
でも。
でもそれ以上に、俺にとっては……。
「……怖くないのか……?」
その疑念の方が先に立った。
「だって、それってメリーさんが、メリーさんじゃない別の『何か』になるってことだろ? そして……もしかしたらそれを違和感に思うことすらできないってことだろ? そんなの、今俺が直面してる恐怖と同じじゃないか。なんでそんなものを組織の目的として掲げることができるんだ?」
「だから、ワタシからしたら、そこが謎なのよ」
メリーさんは俺の問いに被せるようにして断言した。
「なんで、変わることを畏れるの? 確かに今のワタシじゃなくなるかもしれない。でも、無理に押し込めてまで保っている『今のワタシ』よりは、どんな形かも分からない『あるべき形であるワタシ』の方がずっといい。……【認識阻害】で無理に押し留まろうとしている今のアナタより、何も気にせず自然なままでいられる怪人のアナタの方が良いとは思わないの?」
そう問いかけられて、俺はメリーさんのどこか怒っていたような雰囲気の理由が分かった気がした。
……そうか。
メリーさんにとっては、『変わること』は正しいことで、喜ばしいことなんだ。確かにどう変わるかは分からないし、自分が変わったことを自覚することすらできないかもしれない。でも、そうなることの方が自然で、今の方が不本意なんだ。
なのに、目の前にその『不本意な状態』を維持する為に必死こいているヤツが出てきてしまった。
……そりゃあ、見てて不安にもなるよな。
だって、自分とは全く正反対のことを言っているんだから。自分の正しいと思っていることを、正しくないと真正面から蹴飛ばしているんだから。
「…………でもやっぱり、おれは不自然でも『今の自分』でい続けたいよ」
そんなメリーさんの言葉を受け止めて──それでもなお、俺は断言することができていた。
「『今の自分』でやり残したことがいっぱいあるし……多分、そういうのを無視して違う自分になっても、ずっと後ろ髪をひかれたみたいに気にし続けちゃうだろうから」
「……そう」
俺が答えると、メリーさんはただ頷くだけだった。
まだ納得していないみたいだったけど、でも少なくともさっきまでみたいな怒りの雰囲気は消えていた。
それに、実際に自分で自分の気持ちを言葉にして……俺の中でテーマも定まってきたような気がするし。
そう思って俺はメリーさんに礼を言う。
「ありがとう、メリーさん。お陰で俺も『自分が変わっていく不安感』にどう向き合っていけばいいか、分かった気がするよ」
「別に感謝されるようなことはしてないわよ。ワタシが個人的に、なんか気に入らなかっただけだし……。……まだ納得はしてないし……」
そっぽ向きながら、メリーさんはこう続けた。
「…………それに、ドロシーさんは多分それじゃ納得してくれないと思うから。アナタもちゃんと答えを練っておきなさいよ、それまでに」
その言葉に俺が具体的なリアクションをする前に。
目の前の景色が歪み──