12話に収まりそうにないので滅茶苦茶駆け足で進みます。
それでも12話は無理だが???
『射精魔術』、それは世界最先端の魔術。
即効性のある性魔術と数億単位の生贄を組み合わせた効率的かつ最強の術式。
その原理は単純な様に見えて、醜悪よ。
……ほんっと
『第一の魔術』は成功率が低い。
『第二の魔術』は効果が小さい。
だからこそ、それは編み出された。
滅茶苦茶な理論だわ。
お金が無いから銀行強盗をするようなものよ。
お金持ちがお金を貸すのを渋っただとか巫山戯た大義名分を掲げて、自分でお金を稼ぐのは諦めて、お金がある所からむしり取る。それが『第三の魔術』よ。
そんなの、赦せる訳ないわよね?
だから、
◆ま、今は関係ない話よ。
◆少年とクソジジイのバトルには関係ないわ。
◆…………あの子って、少年でいいのかしら?
フォッサマグナとの決戦が始まる。
絶望的な戦いだ。勝ち目なんてある筈もない。
故に、オレに出来ることは一つしかなかった。
「ああああああああああああああああああッ‼︎」
正面から突っ込む。
雄叫びをあげて、震える脚を誤魔化す。
そうでもしなければ、オレは走ることすら出来なかった。
正直、オレの身体は既に限界を超えている。
いつ倒れてもおかしくない所の話ではなく、今なお動けていることがおかしい。
骨が何本も折れている。内臓の修復は間に合っていない。閃光の余波で吹き飛ばされた時に左半身に大火傷を負った上、左目はほぼ間違いなく失明している。
足腰はまともに動かない。身体の動きを
加えて、地面と衝突した際に頭を打ったようで、額から流れる血が止まらない。そのせいか、オレの天才的な頭の回転力も7割減だ。
(不思議な気分だ……もはや痛みすらねぇ。ただ一歩踏み締める度に、体が剥がれていくみてぇな感覚がある。きっと、オレの体はあと3分も──)
余計な思考を振り払う。
後の事なんて知ったことか。
オレの余命が180秒だとしても、その全てをフォッサマグナをブチ殺すために使い尽くせ。
「殉死を選ぶであるか。或いは敵討ちであるか? いずれにせよ、戦うというのであればオナホを超えてみせるがよい‼︎」
ガガガガガガガガッ‼︎ と。
純白の雨が降り注ぐ。
ドローンオナホから射出される無数の閃光がオレを狙って世界を溶かす。
防ぐことすら出来ない馬鹿火力。余波だけで致命傷を負うレベル。その威力はオレの左半身が痛いほどに知っている。
「……射角から着弾位置を演算し、致死圏を予測したであるか⁉︎ この一瞬でッ⁉︎」
「テメェの攻撃は威力が強すぎて曲がる事がねぇ。真っ直ぐで逆に演算しやすいくらいだぜ」
「そんな訳があるか‼︎ 銃弾程度ならともかくッ、核兵器以上の威力を持つ魔術に対してそんなことできる訳が……⁉︎」
確かに、一撃でも食らえば死ぬ。
ほんの少し掠めただけでも死ぬ。
──
余波を受ければ致命傷を負う。
それはオレの左半身が証明している。
閃光の余熱が身体中を焼く。
衝撃波によって骨が粉砕骨折する。
様々な破片が肉の中へと食い込む。
それでも、足は止まらない。
それは無様な走りだった。
一歩前進したかと思えば、二歩下がり。
時に地面を転がって攻撃を避け。
服は泥と血に塗れて黒く染まり。
顔は汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃで。
たまに閃光の余波に乗ってショートカットを図る。
メチャクチャな足取りだった。
だけど、オレとフォッサマグナの距離は少しずつ縮まっていた。
「……埒が開かん。吾輩のペニスに呑まれて死ぬがよい」
ゴゴゴゴゴゴココゴッ‼︎ と。
世界に純黒の穴が開く。
喧しい掃除機のような音を立てて、足場の瓦礫ごと引き摺り込まれる。
今度こそ、避けられない。
ブラックホールチンコは大きさを自由自在に操れる広範囲攻撃。加えて、触れたあらゆるモノを吸い込んで塵に変える。防ぐことも出来ない。
闇が迫る。
閃光よりは遅く。
しかし、決して逃げられぬ速度で。
そして──
「なんっ、であるか⁉︎」
「簡単な事だ。
たとえ神の如き力を得たとしても、神そのものではないフォッサマグナは〈
◆規則の五。戦闘区域は地形によって決定され、制限時間終了か勝敗が決まるまで出ることはできない。
「いやッ、しかしッ‼︎ 決闘が開始されれば戦闘区域は固定のはずであろう⁉︎ 結界が移動するなどと聞いたことはないぞッ⁉︎」
「忘れたか? 戦闘区域は〈
思い出すのはバキューム・フェラチオンヌとの戦闘。
彼女は
「だがッ、矛盾しているのであるッ‼︎ 地面が傷ひとつ付かない無敵の防御であるならば、決闘空間の内側にいる汝がそれを動かせるのはあり得ないのではないかッ⁉︎」
「だったら、外から──
現在、海が干上がったことでAIランドは反重力装置を使って宙に浮いている。
その制御の一部に介入し、部分的に重力を逆方向に高めれば地面を浮き上がらせることなど容易い。
オレには
都市統括AIのハッキングも、上手く地面を操作する重力の演算も、コイツがあれば何とかしてくれる。
「だけど、どうやってである……⁉︎ 地面を操る術があるのだとしても、それは決闘空間の外側の装置であろう⁉︎ 決闘空間からは出られない筈なのに、どうやって外に連絡を──」
「『科学』には疎いのか、ジジイ? 決闘空間は外へ出るものを阻むが、音や光のような波の性質を持つものが内から外へ伝わるのは防げない」
「……まさか⁉︎」
「
電
言うまでもなく、波の性質を持つもの。
目の前の老いぼれが百年間見落とし続けていた〈
「
オレの口撃でフォッサマグナは動揺する。
その心の揺らぎは攻撃の手を緩める。ドローンオナホの閃光による弾幕は薄くなり、ブラックホールチンコのオレの足に追いつけない。
魔術とは、魔術師の精神状態によって左右される技法なのだから。
「ブッ飛べぇええええええええええええええ‼︎」
その一瞬の隙を突いて、地面を操る。
遠く離れていたフォッサマグナがオレのいる場所まで吹き飛ばされる。
交わる視線。
たった一秒にも満たない攻防。
オレは
しかし、フォッサマグナにはまだ余裕があった。
◆規則の三。決闘空間内では、決闘する両者は対戦相手以外からの外的要因での干渉を無効化する。
(
故に、フォッサマグナが狙ったのはカウンター。
オレの攻撃を防いだ後で、容赦なく一撃を喰らわせる溜め攻撃。
そして、
人間の神経をバグらせるに足る電撃がフォッサマグナを襲い──
(勝利したのである……‼︎)
──
ズドンッ‼︎ と。
それは落雷の音ように響いた。
(がア⁉︎ ……なっ……に、が……ッ⁉︎)
「油断したな? クソジジイ!」
『
『
それは間違いない。
だけど、そんな幻想を成り立たせていたナニかがある筈だ。
ヴィルゴとアドゥルテルの決闘には介入できた。
ヴィルゴとテスティスの決闘には介入できた。
ヴィルゴとクローンソーセージの決闘には介入できた。
フォッサマグナとその使い魔の決闘は介入できなかった。
そして、同時に思い出す。
規則の三を無視したモノはオレ以外にも存在した。
一つは〈
もう一つは
きっと、それと同じ。
『類感』か『感染』かは分からない。
だから、ヴィルゴの決闘には介入できた。
理由なんて分からない。
理屈なんてどうでもいい。
でも、分かることが一つある。
「もう一撃だァ‼︎」
「ッッッ⁉︎」
それさえ分かれば、後は何だっていい。
二度の雷撃はフォッサマグナの神経を灼き、チンコを覆っていたブラックホールが消滅する。
あるゆる攻撃を塵に帰す無敵の防御は無くなった。あと一撃喰らわせて、チンコを破壊すればオレの勝ちだ。
──なのに。
ぽろりっ、と。
右手から
どうにか拾おうとするも、握力は言うことを聞かない。左手に至っては、焦げた臭いが漂って使い物にならない。
そもそも、脚が震えて動かない。膝から崩れ落ち、オレの身体は道路上に投げ出された。
それは隙だった。
追い詰められていたフォッサマグナが仕切り直せる程度には、明確な。
そして、最強の魔術師は告げた。
「……
そう、つまり。
今までフォッサマグナは一切本気を出していなかった。
規則の三を悪用した外的要因の干渉無効も。
数多の天災を引き起こした純白の閃光も。
無数のスペースデブリを落とした暗闇も。
フォッサマグナはチンコをオナホに納める。
今、ブラックホールとホワイトホールが融合する。
「オナホは第一神ヌイト、ペニスは第二神ハディート。
ラー・ホール・クイト。
それはセレマ宇宙論における、女神ヌイトと男神ハディートが結合して生まれる子供。
この神が発生した時、全ての事象もまた発生するとされる。言い換えれば、
つまり──
「
避けられる訳がなかった。
それは一つの
決闘空間がなければ、地球どころか天の川銀河すら滅ぼしていたであろう超広域破壊魔術。
反応できる訳がなかった。
それは指数関数的な
宇宙の膨張速度は光速を上回り、視認することすら叶わない。
耐えられる訳がなかった。
それは史上最大の
文字通り、この
だから、オレにはやはり何も出来なかった。
だから、オレは死んだ。
◆それは、駄目。
◆だから、今回だけは力を貸してあげるわ。
深い、深い、海の底。
まるで深海で漂っている気分だった。
いいや、もっと正確に表現するならば。
羊水に包まれているような感覚。
光は遠く、音は弱く。
完全な虚無ではないものの。
淡い情動しかない静寂の世界。
そんな場所へ伝わってくる何かがあった。
『しょうがないわねぇ。今回だけよ?』
銀の糸が垂れる。
それは海上から放たれた釣り糸か、地獄へ伸ばされた蜘蛛の糸か。
あるいは肉体とアストラル体を繋ぐ
表現は何だっていい。
大切なことは一つだけ。
それはヴィルゴの魂を絡め取った。
『あなた、は……?』
『強いて言うなら、カミサマかしらね。自分で言うのは滑稽だけれど』
ヴィルゴの上半身は消し飛んだ。
だから、肉体的に見れば確実に死んでいる。
最先端の『科学』でも、彼女を救うことは出来ないだろう。
だけど、〈
ならば彼女の魂はまだそこにあり、魔術的に見ればまだ死んではいない。
『魔術の核は処女懐胎。聖母マリアが神の子を孕んだ方じゃなくて、女神イシスが処女のままホルスを産んだ神話の方よ?』
『女神イシス……
魔術の基点はヴィルゴの子宮。
彼女の子宮は魔女の大鍋と『類感』している。
そして、大鍋は死と再生を象徴する。
魔女の大鍋は秩序を溶かし、摂理を掻き混ぜ、新たな生命を育む。
『女神イシスは私とも相性がいい。同一視されてるくらいだものね? 加えて、母のイシスは人を蘇らせる権能を持ち、子のホルスは復活を象徴する神。だから、こんな屁理屈も罷り通る』
『まさか……
それは前代未聞の
裸の魂に服を着せるように、物質的な肉体が子宮の中で形成される。
『…………代償は? 無償の善意ではないのでしょう?』
『もちろん、何の代償もない訳じゃないわ。けれど、貴女ならそれを踏み倒せるし、今の状況ならかえって役に立つわ』
命は孵り、心は返り、肉は還り、魂は帰る。
意識が急速で浮上する。
蘇生、出産、転生。
呼び方は何だっていい。
新たなる生命が今、産まれ落ちた。
彼女の使命はただ一つだけ。
「フォッサマグナ……‼︎ 貴方にセージは殺させませんわッ‼︎」
◆女神イシスとは、エジプト神話における魔術を司る神。夫はオシリス、子供はホルス。
◆エジプト神話には、イシスが殺されてバラバラになってオシリスを復活させたエピソードがある。ただし、男根のみは見つからなかったとされる。
◆
だから、オレにはやはり何も出来なかった。
「────何?」
沈黙。
何も、起こらなかった。
フォッサマグナのビッグバン魔術は不発に終わった。
そして、驚愕は一つじゃない。
フォッサマグナは彼女を見て言葉を溢す。
「生きて、いたであるか」
「護衛対象を残しておちおちと死んでいられませんわ」
涙が込み上げる。
彼女が死んだ時には流れなかったものが。
今、暖かく頬をつたう。
「……何をした?」
「貴方は優れた魔術師ですが、それは『射精魔術』がありきのこと。〈
それこそが蘇生の代償。
女神イシスによって復活した夫オシリスが、しかし男根のみは見つからなかったように。
蘇生したヴィルゴもまた
本来なら、負けが確定する十分すぎる代償。
しかし、彼女はそれを踏み倒せる。
何故ならば、無数の細菌こそが彼女の
加えて、彼女はその代償を攻撃として用いた。
バキュームとの戦いがそうであったように、ヴィルゴの皮膚には無数の
故に、今回も対戦相手として指定されたのは細菌の一つで、それを代償として差し出したことで無理矢理に儀式は中断された。
「……確かに、驚愕したのである。ビッグバンが不発したことも、汝が蘇ったことも。だが、結局は初めに戻っただけであろう?」
「…………」
「汝等は苦労して吾輩を対戦相手に仕立て上げた。それを自身から捨てるとは、徒労であったな。吾輩が決闘空間を再構築すれば、規則の三によって汝等の干渉は無効化される」
「
フォッサマグナは反射的に下を見る。
ビッグバンの不発、ヴィルゴの蘇生。
様々な出来事が、
「オナ──」
「遅え‼︎」
地面からオレは飛びかかった。
右腕は痺れて使いものにならない。
左腕は焼け焦げて動かない。
フォッサマグナを倒す
「────ッ⁉︎」
ガブリッ‼︎ と。
オレは文字通りフォッサマグナに喰らい付く‼︎
「
側から見れば、それはフェラのようだった。
だけど、実際には奉仕の真逆。
チンコを噛み砕こうとするオレと、魔力でチンコを守ろうとするフォッサマグナの戦いだった。
「がああああああああああああああああああ‼︎」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼︎」
余りにも衝撃的な光景に、フォッサマグナの精神は完全に乱された。
打開策なんて思い浮かぶ筈もなく、魔力を込めた不随意魔術でそのチンコを守る。
(だがッ、ただの歯で吾輩の魔除けは貫けんッ‼︎ このまま耐え切れば……──ッ⁉︎)
フォッサマグナの視線が足元へ下がる。
その視線の先、オレの足は
「自分ごと感電させるつもりであるかッ⁉︎」
不随意魔術による魔除けの術式と、五感を狂わせる
顎に全力を込めて、オレは全力で叫んだ。
「とっとと
グチャッ‼︎ と、無慈悲な血の音が響く。
オレの歯によって、フォッサマグナのチンコは噛み砕かれた。
◆かくして、事件はおしまい。
◆めでたし、めでたし。
「聞くのである、〈最強〉を討ち果たした勝利者達よ」
これで全ての戦いは終わった。
そう思った時のことだった。
「事件はまだ終わっていないのである。吾輩が汝等を狙った理由を教えよう」
雌奴隷となったフォッサマグナは無慈悲な言葉を告げた。
「吾輩を倒したのならば、責任を取れ。
◆で──終わらないのが現実なのよねぇ?
「まずいッ‼︎ あと3時間もねぇぞ⁉︎」
「えっ? ですが……」
「説明は後だ! 急いでくれ!」
「わっ、分かりましたわ!
感動の再会を祝う暇もなく、オレとヴィルゴは箒に乗って高速で飛翔していた。嵐は既に去っている。
周りの目は気にならない。きっと、『科学』の街の住人は何かのプロモーションだと思って気にしないだろう。
オレ達がこんなにも急ぐのには理由があった。
「フォッサマグナの話……
最後の最後に残された爆弾。
一連の事件の
だが、この混乱に乗じて宇宙エレベータに細工をした魔術師がいた。
フォッサマグナの目的はその魔術の阻止だったらしい。
何でも、直接的に魔術を阻止することが不可能であるため術者候補をしらみ潰しに倒して回っていたようだ。
「彼の者は
「だったら本当に存在するのか、
その魔術こそが世界大戦誘発術式。
宇宙エレベータとバベルの塔に『類感』を働かせ、宇宙エレベータを順序正しく破壊することでバベルの塔の崩壊を再現する魔術。
神と同じ視点に立とうとした人を罰する為、神は人の言語をバラバラにして言葉が通じないようにした。同じように、世界大戦誘発術式が発動すると人々は他国の人間のことが理解できなくなり、あらゆる外交が不全となる。
それは結果として、人類が絶滅するまで終わらない第三次世界大戦を引き起こすだろう。
「ですが、まだ発動していないとなると特殊な条件が必要な筈ですわ。バベルの塔は同じ言語を使う者達が一箇所に集まっていました。
「…………ああ、それはフォッサマグナも言ってたな。だから、
3月26日に開催されるAIランド
開催式には国連に所属する全ての国家の官僚が招待されている。術式起動のタイミングは間違いなくここだ。
「
「いや、それがそうとも言えないんだ。空を見てくれ」
「?」
ヴィルゴは空を見上げた。
そこには一点の曇りもない青空が広がっている。
「ええと、これが何かありまして?」
「どう考えてもおかしいだろ。フォッサマグナとの戦いが始まってから一時間程度しか経ってない──
「…………ッ‼︎」
同時に、コンタクトレンズ型AR端末を操作する。
視界の右上は、今日が3月25日の21時であると示していた。
「これはオレの推測だが、決闘空間内と外界では時間の速度が違っていた」
「…………あり得ますの?」
「フォッサマグナはブラックホールを操ってただろう? 相対性理論では重力が強くなるほど時間の流れは周囲に比べて速くなるんだ。それを応用すれば、あいつは時間の流れも操れる」
「滅茶苦茶ですわ⁉︎」
ぐわんっ、と動揺で箒が大きく揺れる。
ヴィルゴの腰を掴んでいるオレの手がツルッと滑り、危うく地面の染みになりかけた。
「ちょっ危なッ⁉︎ 落ちますわよ⁉︎ もっと強く
「悪い……もう、握力が出ねぇんだ」
「…………貴方をここで降ろして、
強い口調はわざとだろう。
彼女はオレを気遣っている。
だけど、その心配を受け取るわけにはいかない。
「ダメだ。〈ネオアームストロング〉へ侵入することはできない。あそこは〈
最初から知っていたことだ。
魔術師は『科学』のセキュリティを掻い潜れない。
オレのマンションも、AIランド中央大学にも侵入できないヴィルゴが〈ネオアームストロング〉に入れるとは思えない。
「でしたら、どうやって──」
「
では、何故そんな場所に魔術が仕掛けられているのか。誰が、どうやって。
……胸に名状し難い不安が芽生える。だけど、それを言語化することができない。オレの直感が上手く働かない。
「…………ともかく、先を急ごう」
「ええ。魔術師からの妨害を警戒しつつ、ですわね?」
◆ 精神認証とは、
◆
◆あら、だったら魔術を仕掛けたのは一体誰なのかしらねぇ?
「……何もなかったな」
「……何もなかったですわね」
時速100キロで空へ駆け上がるエレベータに乗りながら、二人して呟いた。
魔術師による妨害。
或いは複雑怪奇な科学のセキュリティ。
そんな風に予想していたものは何なかった。
呆気ないほど簡単にオレ達はエレベータへ乗り込んだ。
「……管制室で敵が待ち構えている、とか?」
「ですがどうやって侵入するのですか? 貴方以外は〈
「そうなんだよなぁ」
最後の魔術師に関しては謎が多い。
時間が切迫していたため急いで宇宙エレベータへ向かったが、もう少しフォッサマグナから話を聞き出しておくべきだった。
というか、そもそもの話──
「──
それが、一番大きな疑問点だった。
「えーと? 彼は誰が犯人か分からない為、怪しい人物をしらみ潰しに襲っていたと仰っていましたわ。
「でもさ、フォッサマグナはこう言ったんだよ。
しらみ潰しなんかじゃない。
まるで、何かを確信しているかのような口振りだった。
ヴィルゴはオレの言葉を聞いて、考え込む。
彼女自身もその理由が分かっていないようだった。
(
チーン、と。
ヴィルゴの思考を中断するように、エレベータの音が鳴った。
管制室のある最上階へ到着したのだ。
ゆっくりと、
この辺りはもう宇宙空間の中だ。
無重力の中を泳ぐように、大きく一歩を踏み出した。
「────あ?」
そこでオレは目にした。
いや、目にしなかったと言うべきか。
ここに来る前、オレは大体の予想をしていた。
それはオレが創り出した
外から管制室に侵入できないのなら、魔術を仕掛けたのは中にいるものに違いない。そう考えたのだ。
〈
それでも、他の者には不可能な犯行だ。
そんな消去法による予想があった。
「…………魔術師は何処だ? 世界大戦誘発術式は⁉︎ 人類が絶滅してしまうような何かがあるんじゃないのか⁉︎ 何かッ、何かなかったのか⁉︎ 応えてくれッ、〈
『
「…………違う。お前は犯人じゃない。オレは分かる、〈
『魔術』の気配はない。
『科学』の暴走でもない。
訳が分からなかった。
判断を仰ごうと、ヴィルゴに声をかける。
その、一瞬前。
ヴィルゴは納得したように声を上げた。
「…………
「………………………………ぁ?」
「よくヤってくれましたわね……っと、この口調はもういいかしら。とにかく感謝しましょう、
「………………なん、で?」
「貴方、勘がいいのでしょう? もちろん分かっているわよね。……ああ、もしかして、信じたくないのかしら?」
戸惑いながら、オレの天才的な頭脳は答えを導き出してしまう。
全てはオレを自発的に管制室へ向かわせる為の罠。
「いやッ、けどッ、フォッサマグナは嘘をつけないはずだろう⁉︎」
「愚問ね。分かりきった答えを聞くのは止めなさい。否定して欲しいのだろうけど、現実はそう甘くないわ」
たった一言、魔女は述べる。
「規則の七」
◆規則の七。敗者は約一日間
それだけで、オレは理解してしまった。
フォッサマグナは嘘をつけないんじゃない。
命令を拒めない奴隷になったのだ。
「随分と
「嘘だ……‼︎ お前はヴィルゴなんかじゃない! ヴィルゴを乗っ取っただけの別人だッ‼︎」
雰囲気からしてヴィルゴとは違う。
顔や声が一緒でも、目の前の魔女とヴィルゴは似ても似つかない。
「あら、やっぱり勘がいいのね。でも残念、逆よ」
「……逆……?」
「ええ、逆。
「は?」
寄生、虫?
人間の脳に棲息して、人間を意のままに操る虫だった?
美貌に優れた外面はまやかしで、気色の悪いムシケラに過ぎなかったって言うのか?
「うそ、だ」
「これは本当よ。思い出してみなさい。
「…………………………」
何も言い返せない。
フォッサマグナはきっと分かっていた。
ヴィルゴの──その名を自称していた寄生虫の正体を。
「
「…………………………、」
「寄生虫を責めないであげてね。彼女は本気で自分がヴィルゴ本人だと思い込んでいたし、本気で貴方を救おうとしていたのだから」
「…………なら、彼女はどうなった」
「
呆気ない幕切れ。
オレは彼女にどんな感情を抱けばいいのか。
それすらも分からず、二度と会うことは叶わない。
「では、改めて自己紹介を」
喪服のような黒いドレスの裾を掴み、
「
緋色の女、
この魔女を表す名は幾つもある。
けれど、最も有名な名前が一つ。
「
3月25日、23時50分。
神と人による、人類の存亡を賭けた戦いが始まった。
◆
イメージソングは少女病の「metaphor」です。
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