「次ハ何処デ曲ガル⁉︎」
「アッチダ‼︎」
ドタドタドタドタ‼︎ と。
慌ただしい足音がデパートに響く。
二人の男が廊下を走っていた。
男の片方は
そんな彼らこそ、
男達の顔は双子のようにそっくりであったが、彼らに血縁関係も何もない。彼らは整形して
そして、それは『類感』によって同一人物判定を誤魔化すためであった。この裏技による強制的な物量戦こそ、彼らが魔術世界の1%を占有するに至った理由である。
「気合イガ入ッテルナ」
「他ノヤツラニ先ヲ越サレルワケニハイカナイ!」
二人の男は
そこは人のいない寂れたゲームセンターだった。埃こそ被っていないが、人がいないのにも納得できるほど薄暗くて寒い。
しかし、男達は怪訝な顔でそのゲームセンターを除く。ゲームセンターの中には、誰もいなかった。
「本当ニココナノカ?」
「…………ソノ筈ダ。首領ノ魔術ハオ前モ知ッテイルダロウ?」
〈
そんな〈
今回の襲撃にもその魔術は使用されており、一時的に妨害されるも、視認によるマーキングと合わせて成功したはずだった。
周囲を警戒しながら、男達は一歩ずつ歩みを進める。
一歩、一歩。ゆっくり、ゆっくり。
やがて、
あと三歩、二歩、一歩。
そして───
「マサカ天井ニッ────⁉︎」
「────よお、待ちくたびれたぜ」
奇襲。
それも、こちらの魔術を完全に理解された上で、相手の戦術に取り込まれた。
いつの間にか、男の足は
いいや、いつの間にかではない。
雷光の正体は
魔術師を包む強力な加護さえ貫く、法規制を完全に無視した致死性たっぷりの改造品である。
男達がその一撃で沈むことはなかったが、後一撃食らえば終わる。そう確信するほどの威力だった。
男達の思考は止まった。
もう少しでも距離があれば、また違ったのかもしれない。だが、
突然の危機的状況と考える時間の無さ、二つが合わさって男達から冷静さは奪われた。
片方の男──股間丸出しの方──は何もできずに硬直した。いわゆる
もう片方の男──チンコ蝶ネクタイの方──は反射的に〈
チンコ蝶ネクタイ男の行動は、咄嗟の判断としては満点に近かった。
決闘空間を構築することで他者からの攻撃を無効化し、自身の魔術を底上げする。投げた瓶が即座に割れるように、最短距離の真下を狙って投げたことも、いつもならば最適だった。
ただし、一つだけ減点箇所があるとするならば。
「────ア?」
「まずは、一人」
◆規則の四。制限時間は使用した
瞬間。
蝶ネクタイが床に落ちた。
男は全身に気怠さを覚え、何故だろうと落ちた蝶ネクタイを目で追う。
しかし、床を見るまでもない。即座に視界に入った
そして、彼は少し遅れて現実を理解した。
つまり、
もはや、彼をチンコ蝶ネクタイ男と呼ぶことはできない。
即ち、
男は雌奴隷へと
「ナッッッ⁉︎⁉︎⁉︎ 何ヲシタ……⁉︎」
「たった一滴の〈
「挑戦者ヲ押シ付ケッ、
「カタコトで喋んな、聞き取りづれーよッ‼︎」
そんな相方の醜態を見て、股間丸出し男は硬直から解放される。
同時、
しかし、股間丸出し男の行動はそれよりも速かった。
目の前で起こった失態を反面教師にし、後方へ〈
「聞ケッ、我ガ目ヲ────、────ッッッ⁉︎」
「声が出ねぇだろう?」
◆規則の一。決闘空間は挑戦者の宣誓と、
「ッ──、────ッッッ⁉︎」
「声ってのは声帯を震わせて出すモノだからよ。それを相殺するような逆位相の音波をぶつければ、テメェの
地面に転がっている音楽プレイヤーと、それと有線で繋がった指向性スピーカー。
天井に設置されたプロジェクターやスタンガンと共に、
宣誓できなければ、決闘は始められない。
「とっとと
「────ッ‼︎」
バチィッ‼︎ と電撃が弾ける。
…………しかし。
これこそは魔除けの術式。
虫除けの術式と同じく、意識せずとも常時展開される不随意魔術の一種。
股間丸出し男は魔力の大半を注ぎ込むことで、その無意識の
(
股間丸出し男は右腕に全ての魔力を込め、力一杯振りかぶり──
──パシャッ、と。
股間丸出し男は頭から透明の薬品を被った。
「────ッッッ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ⁉︎⁉︎⁉︎」
「うわー、えぐ……」
薬品を投げたのはヴィルゴだった。
股間丸出し男はこの戦いが一対一ではなく、一対二だという事を失念していた。そもそも、〈
「うえッ、視界をズームしたらカビが生えてねぇかコイツ⁉︎」
「虫除けの術式の応用ですわ。腸内細菌や皮膚の常在細菌のような、人間にとって必要な微生物を死滅させる術式ですわよ」
(ソンナモノジャネエ‼︎)
股間丸出し男は心の中でそう叫んだ。
必要な微生物が死滅したとしても、不随意魔術である虫除けの術式がカビを防ぐ。そもそも、こんな一瞬でカビが繁殖するわけがない。
つまり、この薬品は不随意魔術の働きを阻害した上で、人間に利益のある微生物を死滅させ、人間に害を与える微生物を繁殖させる魔術だ。
(コレガ〈
意識を失う最後まで、股間丸出し男は
「アア、麗しき乙女ヨ。〈
Tシャツにジーパンという魔術師とは思えないラフな格好でビルの屋上に佇む男は、チンポジを微調整しながら呟いた。
「
◆
◆源流は魔女のハーブにあるが、現代の形に整えたのは神働術師である『白の賢者』。材料は希少であり、精製法には手間がかかる。
◆完成の際に使用者の体液を混ぜる為、個々人によって成分が異なる。その為、
「……二人撃破。素晴らしい手際ですわ」
「天才のオレにかかれば、こんなもんチョチョイのちょいだぜ」
まあ、それもこれもヴィルゴの協力があってこそなのだが。
ヴィルゴの功績は多岐に渡る。敵の魔術の解析、位置情報の把握、ハーブによる判断能力の鈍化。そして、何よりも…………。
「この
「落としてはいけませんわよ。それが貴方の
〈
つまり、初めから
その対策としてオレに与えられたのが、この
一つ、魔術師の魔力が篭っていること。
二つ、棒状であること。
この二つだけらしい。
「むっ」
「どうした?」
右眼で周囲を警戒していたヴィルゴが何かに気づく。
それは、もちろん吉兆であるはずもなく。
「実働隊の二組……四人全員がこちらに集まってきていますわ」
「四人か……さっきの初見殺しが決まっても、まだ二人残るな」
「いえ、〈
「…………りょーかい」
(となると、プロジェクターと音楽プレイヤーはもう警戒されているか……。なら他の──)
直後。
ゴッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
天井をブチ破って一人の魔術師が落ちた。
「見ツケタゾ‼︎」
「なッ⁉︎
「クハハハハハハハハハハハハハハハ‼︎ 我コソハ貴様ヲ殺ス
その男は全裸にローブ一枚だけを身に纏っていた。
その服からは吐き気がするような甘ったるい匂いがした。
「テメェ‼︎ 〈
オレ達を見つけてから瓶を割るのではない。
オレ達と遭遇する直前に、その身と服に〈
「コレナラバ貴様ナンゾニ手出シハデキマイ‼︎」
「そんな────」
そんな、まさか。
「──まさか、本気でそう思ってんのか?」
「エ」
◆規則の四。制限時間は使用した
持っているスプレーを全裸ローブ男にぶっかけた。
多分、これも一度使えば次からは警戒されるのだろう。ならば、ここで全てを使い切る。
「キッ、貴様ァ‼︎ 何ヲ……‼︎」
「完全消臭スプレー。既に〈
ヴィルゴの眼を掻い潜った実力者が呆気なく倒れた。
転がる女体に脇目もふらず、オレはヴィルゴに呼びかけた。
「ヴィルゴ‼︎」
「分かっていますわ!」
左右、そして穴の空いた天井。
残りの三人の魔術師が同時に現れる。
恐らく、全員が既に〈
しかし、完全消臭スプレーを振りかけるには距離が遠く、一人なら打ち消せても三方向には対処できない。そして、口の動きから宣誓もすぐに終わることを観測する。
決闘空間の構築まであと1秒。
魔術師達の眼がオレに集まる。
◆規則の二。対戦相手の指定は、挑戦者が決闘空間内にいる相手を宣誓時に視認することで決定される。
オレの手にあるのは古いカメラ。
そのフラッシュの光量をちょっとだけ弄った改造品である。
決闘空間を構築されたとしても、相手を視認できなければ対戦相手と見做すことはできない。
故に、失明した彼らがオレと対戦することはできない。
そして、打ち合わせ通り、ヴィルゴは彼らに掃除機を投げつけた。オレが改造し、空気中の臭いを密封することに特化した一品である。
ヴィルゴの魔術も手伝って、〈
◆規則の五。戦闘区域は地形によって決定され、制限時間終了か勝敗が決まるまで出ることはできない。
ギュオンッ‼︎ と。
三人の魔術師が掃除機の中へ引き摺り込まれて行く。
戦闘区域は地形によって決まるとあるが、アドゥルテルとの戦闘では室内全てが戦闘区域となった。つまり、オレは戦闘区域とは匂いが充満した部分だと考えた。
ならば、後は単純。匂いさえ密封すれば、
そして、彼らは出ることができない。
「…………終わっ、た……?」
「
魔術を使わない魔術戦。
決闘規則を悪用する決闘。
作戦には
そう油断していた時、ヴィルゴがあることに気がついた。
「空が暗くありませんこと?」
空は既に太陽が沈み、暗い夜になりかけていた。
オレ達がデパートで散策していたのがだいたい正午ごろ。太陽も真上にあった。そこからどれだけ多く見積もったとしても、三、四時間しか経過していない。
ここまで暗くなるはずがない、ヴィルゴはそう考えているのだろう。
「ヴィルゴ、お前もしかしてAIランド標準時間を信じてんのか?」
「え?」
「この島はさ、島というよりは船に近い。太平洋赤道域に位置してはいるけど、そこから動くことは出来るんだ。そうでもなけりゃ、宇宙エレベータはスペースデブリを避けられなくなるからな」
「…………つまり、AIランド標準時間にも振れ幅があるってことですの?」
「太平洋って言っても、最東端と最西端じゃ時差が10時間以上あるしな」
「だから今は……18時半くらいか?」
「…………マズイですわっ‼︎」
ぶわっ、と。
ヴィルゴが鳥肌を立てて慌て出す。
その雰囲気の豹変について行けない。
「なっ、何が……?」
「〈
「でっ、でも! 一対一ならお前が勝てるんだろ?」
「その前提は全員の顔が同一な時点で破綻していますわ‼︎」
ヴィルゴは心の底から焦っていた。
本来は、あと数時間はこちらが有利な状況の予定だった。だからこそ、
だが、ボーナスタイムはここで終わり。
「つまりッ、七人の合計でハーレム500を超えているのではありませんわ! 他の六人はお零れに預かっただけの代替可能な部品‼︎
──直後。
放物線を描いて〈
今まで撃破した六人の魔術師が投げていた瓶と同じデザイン。まるでオレに引き寄せられたかのようなその軌道を見て、反射的にキャッチしようと手を広げて──
「ダメ……‼︎」
──そして。
〈
「……………………………………は?」
煙のように舞う血飛沫。
弾け飛ぶ肉片、剥き出しの骨の断面。
吐き気を齎らす人体の生焼けの臭い。
あるはずの場所にあるはずのモノが無い違和感。
「なんで、なんでだよ」
だけど、オレは何の痛みを感じちゃいなかった。
オレの目の前で起こった爆発は、オレを傷つけることはなかった。
だから。血も、肉も、骨も、オレから見える全ての惨劇は目の前いる誰かの状況だった。
そう、つまり。
「
厳密に言えば、完全消滅したのは膝から先の両脚。
だけど、
手遅れ、そんな言葉が頭に思い浮かんでしまう。
それを信じたくなくて、オレは自分の頬を殴った。
「
「…………ッ‼︎」
そして、そいつは現れた。
Tシャツにジーパンという魔術師とは思えない格好を身に纏い、片手でずっとチンポジを調節している男。
髪も、目も、ゴツいアクセサリーも。様々なギラギラとした黄金に身を包み、何処か成金のような印象を受ける『黒』の刺客。
〈
「だガ、解せないナ。『黒』の俺様が
「…………借りをッ、……返しただけッ……、ですわ…………‼︎」
「ふム、誇り高いナ。やはリ貴様は美しイ、俺様の花嫁に相応しイ‼︎」
「………………………………あ?」
今、なんつったコイツ?
「はな、よめ?」
「アア。俺様の正統なル後継者を産むたメの
「キショいんだよ、
「足が吹き飛んデ気持ち悪イが仕方がなイ。顔と子宮ガ傷ついていナイだけ良しとしよウ」
「…………ッッッ‼︎‼︎‼︎」
チンポジを弄りながらそう言った男に、オレの頭が沸騰した。
強さなんざ関係ない。コイツの事情なんてどうでもいい。
最速最短でコイツをブチ殺してやる‼︎
「ヴィルゴはテメェには勿体ねぇよ、粗チン野郎‼︎」
「魔術も使えなイ
◆ハーレムとは、保有する雌奴隷の頭数を表す指標。同時に、
◆
◆
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