あさおん☆魔術決闘ペニスフェンシング   作:大根ハツカ

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5/12 金玉十二宮

 

 

 

 敵をブン殴りたい気持ちを抑え、ヴィルゴを庇って立つ。

 下半身の重傷具合からして、今すぐに病院に行かなければ間に合わない。だが、ここでテスティスに背を向ければ、どうなるか分からない。

 もどかしい膠着状態(にらみあい)が続く。

 

 先にその沈黙を破ったのはテスティスであった。

 

「愚かナ貴様に見せてやろウ、本当の〈魔術決闘(ペニスフェンシング)〉というものヲ‼︎」

 

 プシュゥッ‼︎‼︎ と。

 デパートの配管を辿って、ありとあらゆる場所からピンク色の煙が漏れ出る。

 人々は煙の中に覆い隠され、地は淫蕩の香煙で満たされる。

 

「オイ、まさか……‼︎ これ全部が〈媚薬香水(チャームフェロモン)〉なのか⁉︎」

「聞ケ、我が目ヲ受けシ汝、魔法名ヴィルゴ(Virgo)なル者よ。我魔法名テスティス(Testis)は汝ニ決闘を挑ム……」

 

 返答は宣誓(まじない)で返された。

 決闘が始まってしまえば、オレ達に逃げ場はない。病院に向かうことができない。しかも、この量の〈媚薬香水(チャームフェロモン)〉じゃ時間切れ(タイムオーバー)は望めない。

 かくなる上は……‼︎

 

「おおア‼︎」

 

 まっすぐ走り、拳を振りかぶる。

 やるべき事は単純。宣誓が終わる前に眼を潰す。

 改造カメラのフラッシュはダメだ。あれは一度限りしか使えない改造品。限界以上の光量を引き出したことで、もう壊れて使えなくなっている。

 だから、直接拳をヤツの目ん玉に叩き込む‼︎

 

 

 だけど、それは一歩遅かった。

 

 

「──神よ、師ヨ。ここニ我、汝に対シ我が魔術を以テ性豪の証を立つル者ナり」

 

 

 決闘空間が構築される。

 テスティスが対戦相手に指名したのは、下半身が吹き飛んだヴィルゴだった。ヤツは用心深く、オレという弱者からの攻撃にも警戒し、完全に無効化できるように用意していた。

 

 神聖な決闘に邪魔な部外者は立ち入れない。

 オレの拳はテスティスに届かない。

 神の決めた摂理(ルール)は犯せない。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()横紙破り(ルールレイパー)()()()()()‼︎

 

 

「あッがァアアアアッ⁉︎⁉︎⁉︎」

 

 メキィッ‼︎ と。

 オレの指先がテスティスの眼窩に沈む。

 気色の悪い肉の感触、生温く指を汚す赤い体液。

 決闘空間の構築から一歩遅れて、オレの指はテスティスの眼球を破壊した。

 

「ごがアっ⁉︎ ……ナッ、ナゼ貴様が〈魔術決闘(ペニスフェンシング)〉に介入でキル⁉︎ 宣誓ノ際に俺様の眼ヲ欺いタとデモ言ウつもりカ⁉︎ 不能(むのう)の貴様ガッ⁉︎」

「うるせぇバーカ‼︎ 素人(どうてい)で何が(わり)い⁉︎」

 

 もう一度右手を振るう。今度は素手ではない。

 その手に握りしめられたのは魔法のステッキ(スタンガン)。魔女の手によって代替魔杖(ディルド)に仕立て上げられた、法規制をぶっちぎる逸品である。

 

 バチィ‼︎ と、棒が雷光を放つ。

 だが、その電撃がテスティスの肉体を貫くことはなかった。

 

 

「──金玉十二宮(Testicle Sign)獅子の皮(LEO)

 

 

 目から血を垂れ流すテスティス。

 しかし、その身体には傷一つない。

 スタンガンの電撃も、打ち付けられた鉄の痛みもない。そのどちらも、テスティスの皮膚に弾かれたのだ。

 

 それこそは、テスティスの持つ魔術の一つ。

 獅子座の由来、ネメアの獅子の再現。今のテスティスの皮膚はたとえ大英雄(ヘラクレス)の一撃でも傷付けることは叶わない。

 

「ちッ、金玉十二宮(Testicle Sign)不死の水瓶(AQUARIUS)‼︎ コンナ所で、奥の手ヲ使わされルとはナ……‼︎」

「……………………それは、反則だろ!」

 

 テスティスの背後、虚空から現れた水瓶はテスティスを全身を水で濡らす。それと同時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 水瓶座の由来、不死の酒(ネクタール)を給仕するガニュメデスの酒器の再現。そこから溢れた水は、飲んだ者を死から遠ざける効能を持つ。

 

(いや、待て。癒しの水? それなら……)

 

 その案を思いつくと、オレはいつの間にか走り出していた。

 AR携帯電話(コンタクトレンズ)に血濡れた右手を、水着の紐に空いた左手を伸ばす。

 

「何度も同ジ手を食らウと思うナヨ‼︎」

 

 テスティスはチンポジを調整する。

 ……いや、あれは多分魔術を発動する為の動作だ。魔杖(ペニス)を動かし、何らかの攻撃を行おうとしている。

 だが、その動きを無視してオレはテスティスの瞳を見ていた。その虹彩の全てを見て、撮影して、コンタクトレンズに映し出す。

 

 加えて、その作業と並行して魔力を練る。

 オレが魔術を使ったのは一度だけ。それも、儀式を整えたのはほとんどがヴィルゴで、最後にディルドをへし折っただけだが。

 それでも、分かることが一つある。多分、魔力を練り方には呼吸法が関係している。今まで見てきた魔術師、その全てにおいて肺の動き方や心拍数が異常だった。

 

 それらを数値化し、自らの肉体に反映する。

 魔術(オカルト)科学(テクノロジー)で再現する。

 

「イケる……‼︎」

 

 相手と同じ虹彩という『類感』。

 相手の目の肉片という『感染』。

 二つの原理は満たされた。

 今ここに、その魔術は発動の時を迎える。

 

 

「ナニを…………、……ッッッ⁉︎⁉︎⁉︎」

 

 

 ガクンッ‼︎ と。

 テスティスが膝を突く。

 テスティスはアレイスター・クロウリーの霊的蹴たぐりを思い浮かべたが、頭が即座に否定する。

 

「膝ヲ強制的に曲げられタんじゃナイ。筋肉ヘノ伝達が阻害されタ……神経ガおかしくなっタ。(イジ)られタのは脳の方カ⁉︎」

「御名答ッ‼︎」

 

 オレが行った魔術は視界のジャックだ。

 ヴィルゴが使い魔(ファミリア)と視界を共有している用に、オレとテスティスの視界を無理矢理に共有させた。

 その上で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あらかじめ網膜細胞と脳の接続をカットしていたオレとは異なり、点滅を直視したテスティスの脳は今頃めちゃくちゃになっている。

 

 ダンッ‼︎ と踏み込む。

 目的はテスティス、()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 防水加工された水着は一滴も溢すことなく、オレの胸が大きかったから溜められる水の容量もそれなりに大きい。

 そして、それを持ってヴィルゴの元へ急いで戻る。

 

「まッ、待テぇええええええええええッ‼︎‼︎‼︎」

「誰が待つかバーカ‼︎」

 

 ここでテスティスと戦うメリットなんかない。

 目的を見誤るな。テスティスに勝つことなんてどうでもいい。オレが最優先するべきなのはヴィルゴを助けることだ。

 

 ヴィルゴの下半身に溜めた水をかけ、修復を待たずに彼女を背負う。

 

 

「仕切り直しだ、テスティス。チンポジ整えて待っとけ‼︎」

 

 

 


 

 

 

Tips

 

◆アレイスター・クロウリーとは、19世紀ロンドンに存在した伝説の魔術師。魔術結社〈黄金の夜明け(The Golden Dawn)〉に在籍していた。

◆現代魔術──射精魔術はアレイスターが提唱した性魔術を基礎として構築されている。その為、射精魔術はセレマ宇宙論と相性が良い。

◆霊的蹴たぐりとは、アレイスターが使用する魔術の一つ。相手の呼吸や姿勢を真似て、『類感』によって自分の動きを相手に強制させる霊的ヒザカックンのこと。

 

 

 


 

 

 

「……ぅぅ…………、ここは……?」

「目ぇ覚めたか?」

 

 耳元から声が聞こえる。

 どうやら、ヴィルゴの意識が戻ったようだ。

 

「足はどうだ? 見た目は治ってるけど動かせるか?」

「……少し動きますが、歩けるほどではありませんわね」

「水の量が足りなかったか……‼︎」

「いいえ、動かないのは足だけじゃありませんわ。おそらく、怪我とは別の要因ですわね」

「……?」

 

 そう言うと、ヴィルゴはたどたどしい手つきでボロボロの黒衣を太腿(ふともも)までたくし上げた。

 白すぎる程に穢れのない肌が眩しい。

 ……というか、まさかとは思うがコイツ……ノーパンか……⁉︎

 

「ここですわ。見てください」

「ちょッ、お前っ、こんなナリでもオレは一応男だぞ⁉︎」

「? …………ぅえっ⁉︎ どっ、何処見てますの! セージの変態‼︎」

「お前が見ろっつったんだろうが‼︎」

「そこではありませんわよ‼︎ ここ! ここの傷跡ですわ‼︎」

 

 眩しい太腿(ふともも)の付け根。

 そこには確かに、目を覆いたくなるような傷跡があった。しかし、その中でも一際目立つ異質な七つの跡があった。

 それはまるで、銃創のような。

 

「なんだ、これ……?」

「テスティスの攻撃を覚えていますか?」

「ヴィルゴの下半身を吹き飛ばした手榴弾(グレネード)みたいなヤツだろ?」

手榴弾(グレネード)……間違っていませんわ。あれはペルセポネが食した冥府の柘榴(ザクロ)でしてよ」

 

 柘榴(ザクロ)……そういや、手榴弾(グレネード)の由来も柘榴(pomegranate)だったっけ?

 

「テスティスの魔術は、十二星座にまつわるエピソードを再現するものですわ。一説によると、乙女座はペルセポネを表している。間違いなく、冥界下りの神話(エピソード)を再現していますわね」

「……なぁ、乙女座って確か」

「ええ、乙女座(ヴィルゴ)とも呼びますわ。処女(ヴィルゴ)の名を冠する(わたくし)乙女(ペルセポネ)に無理矢理求婚した神話の再現に破れるとは、皮肉ですわね」

 

 ヴィルゴは引き攣るように笑みを浮かべる。

 彼女はもう限界なのだ。それこそ、()()()()()()()()()()()()

 

 白い肌は創だらけ、服もズタボロ、鋼色の髪も血と泥で元の色が見えなくなるほどに汚れている。誰が見ても目を覆いたくなるような有様。

 だけど、それでもヴィルゴは美しかった。泥中の蓮の如く、彼女の美しさは穢れごときで損なわれることはない。

 

「果実の爆発と共に、中に詰まった無数の種子が弾けました。(わたくし)が直撃を食らったのは7粒だけですが、ペルセポネは4粒食べただけで一年の内4ヶ月は冥界に滞在する必要があった……12分の4が死んだと考えられますわ」

「つまり、7粒食らったヴィルゴは12分の7が死んでいるから、身体が言うことを聞かないって訳か」

「魔術師は生命力を魔力に変換して魔術を使用しますわ。今の状態じゃ、本来の力の半分も発揮できません。決闘に特化した魔術師殺しの一撃ですわね」

 

 話を纏めると。

 戦えるのはオレだけ、ヴィルゴの支援は期待できないということか。

 

 ルールの穴を突くことはできない。

 ヴィルゴの力は借りられない。

 敵は魔術世界の1%を牛耳る魔術師。

 ヴィルゴさえ感嘆する決闘専門の魔術師殺し。

 

 ……上等じゃねぇか。

 

 

「だったら、正面からテスティスを打ち破るしかねぇよなぁ‼︎」

 

 

 気合いが入る。

 ヤツはヴィルゴを花嫁にすると言った。穢れなき乙女(ヴィルゴ)に無理矢理求婚(プロポーズ)すると。

 まさに冥界下り。ヴィルゴを地獄に堕とすなんて許せるか。

 

 そもそもの話、オレは魔術師が気に食わない。

 『射精魔術』が中心の世界──男が上位で女が下位だと決めつけられた世界。まったく、いつの時代の話だ。

 前世紀の男根主義(マチズモ)で女性を娶るなんて、女性尊重主義(フェミニズム)が黙っちゃいない。オレの中の現代の価値観が、古臭い魔術世界を更新(アップデート)させろと騒ぎ出す。

 

「……分かっていますの? 貴方は新参者(どうてい)で、敵は百戦錬磨の達人(ヤリチン)。魔術戦で勝ち目があるとお思いで?」

「なら、魔術戦に持ち込まなきゃいい」

「それはどういう……?」

 

 生命剥奪の手榴弾(グレネード)

 攻撃無効の防御。

 肉体再生の水。

 どれもこれも滅茶苦茶だ。オレなんかが敵う相手じゃない。

 だけど、それらの魔術は常時・即時に発動できるものじゃない。でなければ、オレの目潰しは通らなかったし、防御と修復は同時に行われるはずだった。

 

「テスティスは十二の強力な魔術を使うかもしれないが、それらを同時に使うことはできない。必ず切り替える必要がある。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………陰茎、ではありませんわ。触れていたのは睾丸、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「照応……?」

「『類感』を働かせていた、ということですわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 反射的に、上空に浮かぶ星々を見上げる。

 あれら一つ一つがテスティスの精子だっていうのか……⁉︎

 

「星を一から作り上げるなんてできるのか⁉︎」

「見かけ上のものに過ぎませんわよ。ですが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「プラネタリウムみたいなもんか……?」

「大体合ってますわ。テスティスは生贄に捧げた精子を星にして、夜空に星座を生み出している。神が死した人を星座として天に上げるギリシャ神話そのものですわね」

「人は死んだら星になるってヤツか……」

「あら、分かっているじゃありませんか。神話や伝承だけでなく、いわゆる迷信も魔術を効率的に使うための道具となりますわ」

 

 それなら、キスしただけで子供を産ませることもできるのかなぁ……、と関係ない方向へ思考が飛ぶ。

 疲れているな。星を作る相手との戦いが控えているというのに、頭を冷やさなければ。

 

「まったく、発想は良いのに詰めが甘い魔術ですわ。空の天球と男の象徴たる睾丸を照応させるなどと……。宇宙(ソラ)女神(おんな)の領域ですわよ?」

「……うん? ギリシャ神話って、大地(ガイア)女神(おんな)(ウラノス)男神(おとこ)じゃなかったっけ?」

「そこからですわね。そもそも『射精魔術』にギリシャ神話を混ぜている時点で無駄ですわ。『射精魔術』はクロウリーの性魔術を基礎としているのですから、セレマの神格と対応させるのが基本でしょうに」

「どういう──」

 

 説明の意味が分からず聞き返す。

 しかし、返答はなかった。

 

 何故なら。

 ──()()()()()音速(こえ)()()()()()()()()()光速(ひかり)()()()()()()()()()()

 

 

 瞬間。

 音も光も吹き飛んだ。

 

 

 

 そして。

 

 

 


 

 

 

Tips

 

◆セレマとは、アレイスター・クロウリーが提唱した宗教。ヌイト、ハディート、ラー・ホール・クイトなどの神格が登場する。

◆女神ヌイトは、セレマ宇宙論における第一神。夜空を象徴する神で、万物の究極の源だと考えられている。

◆男神ハディートは、セレマ宇宙論における第二神。地球を象徴する神で、無限小へと収縮を続ける球体と表現される。

◆ラー・ホール・クイトは、セレマ宇宙論における第三神。太陽を象徴する神で、ヌイトとハディートの結合により生まれる。

 

 

 


 

 

 

「……金玉十二宮(Testicle Sign)射手の毒矢(SAGITTARIUS)

 

 

 テスティスはチンポジを──金玉を触りながらそう言った。

 白濁色の光の矢、それは彼の魔杖(ペニス)から放たれたモノだった。

 

 射手座の由来、半人半馬の賢人ケイロンを射殺した毒矢の再現。その毒の苦痛は、不死身(ケイロン)が自ら生を手放してしまうほど苦しい。

 とは言っても、人間が直撃すれば痛みを感じる前に即死するのだが。この魔術の本命は痛みではなく、光速の矢が超遠距離から正確に膝を撃ち抜くという精密性。そして、瞬時に死滅させるその致死性である。

 

 テスティスは宗聖司(そうせいじ)に逃げられてから、即座に人物探知術式を発動させた。

 十二星座の魔術──金玉十二宮(Testicle Sign)ほど強力ではないが、とても便利で多用している魔術である。

 

 人物探知術式はヴィルゴの位置座標を示した。

 その横には、微動だにせず体育座りでヴィルゴと話す宗聖司(そうせいじ)の姿もあった。

 

 距離は戦闘地点とそう遠くない場所。

 彼らはそこで話をしていた。

 初めは罠かと警戒していたが、そんな様子もなく、気の抜けた会話が耳に入る。何かを準備する様子もなく、ただ彼らはぐだぐだと馴れ合っていた。

 

 舐められている、そうテスティスは思った。

 

 だから、本気を出した。

 感知すらできない超遠距離からの一方的な攻撃。

 反撃する暇も与えず、一撃で殺す最大出力(フルパワー)毒矢(ビーム)である。この光に触れた生物は、全細胞を死滅させて死亡する。

 宗聖司(そうせいじ)が聞けば、ガンマ線バーストとでも表現するであろう死の一閃である。

 

 その結果がこれだ。

 宗聖司(そうせいじ)は跡形もなく消え去った。

 まるで初めからいなかったかのように。

 

 

「俺様を侮ったナ。隙ヲ突かれタ、逃げられタ。それがナンだ。その程度デ俺様に勝てルとでも思イ上がったのカ? 俺様が本気ヲ出せバ貴様ナゾ一瞬で殺せル──」

「──()()()()()()()()()()?」

「────ア?」

 

 

 ()()()()()‼︎‼︎‼︎ ()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なッ……、……ガッッッ⁉︎⁉︎⁉︎」

 

 何故貴様がいる、とでも言おうとしたのか。

 しかし、その言葉は紡げない。

 獅子の皮(LEO)を纏っていない……射手の毒矢(SAGITTARIUS)から切り替えていないテスティスには雷光を防ぐ術がなかった。

 

 咄嗟に、テスティスの右手が金玉へ伸びる。

 その手を再び魔法のステッキ(スタンガン)が雷光を浴びせる。

 

「あがア⁉︎」

(俺様ノ不随意魔術……魔除けの術式ヲ貫いタ⁉︎ この短イ時間で成長しタとでもイウのか⁉︎ コレはアラン・ベネットの『人の五感を奪う魔法の杖(ブラスティングロッド)』ニモ匹敵するゾ……⁉︎)

「もうタマキンを触るのは止めようぜ。礼儀ってもんを知らねぇのか?」

 

 ()()()()……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「何故ここにいるとでも言いたげな目だな? いいぜ、答えてやる。魔杖(チンコ)を破壊するには魔除けの術式が硬すぎる。テメェの魔力を浪費するにはもうちょっと時間がかかりそうだしな」

 

 電撃を流しながらそう言った。

 ヴィルゴに聞いた話だが、口撃もまた魔術戦の一つ。精神的に優位に立つことで、相手の魔術を弱めることができるらしい。

 ならば、ここでオレが煽れるだけ煽ることが最適解‼︎

 

「そもそもオレは逃げていない。ヴィルゴを巻き込まれない場所に移動させただけで、その後はテメェの後ろでずっと隙を伺っていたぜ」

「……っ⁉︎」

「ヴィルゴの横にいたのは、プロジェクションマッピングで映し出しただけの立体映像。声が聞こえたのは指向性スピーカー。まるでその場にいるかのような会話も、カメラで見えてたから出来た。テメェの攻撃を受けて消滅したのだって、衝撃の余波でプロジェクターが壊れただけだ」

『目覚めてすぐにアドリブで会話を合わせた(わたくし)を褒めて欲しいぐらいですわね!』

 

 耳元……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これは実質ヴィルゴを囮に使った作戦だった。テスティスがヴィルゴの位置座標を探っていたことは〈黄金の天球(The Golden Sphere)〉の配下と戦いの時点で分かっており、ヤツがヴィルゴを殺す気がないことも既に知っていた。

 だけど、万が一ということがあった。それでも、ヴィルゴはオレから何の説明を受けずとも、見捨てられたとは思わずにオレを信じてアドリブで話を合わせてくれた。どれだけ感謝してもし足りない。

 

「そろそろ視界も暗くなってきた頃じゃねぇか? テメェが花嫁になって一から女性の扱い方を学びやがれ‼︎」

「…………ッッッ⁉︎⁉︎⁉︎」

 

 オレの蹴りがテスティスの金玉に炸裂する。

 オレが魔杖(ペニス)の破壊をチラつかせたことで、ヤツは浪費された魔力を節約するために魔除けの術式を魔杖(ペニス)の守りだけに集中させていただろう。

 だけど、魔杖(ペニス)の破壊だけが勝利条件ではない。時間がこちらの味方である以上、金玉を潰して相手の魔術を封じることだって勝ち筋だ。

 

 強烈な痛みでテスティスの精神が揺らぐ。

 それに伴って魔術の効果が急激に落ち始める。

 だけど、まだテスティスの心は萎え(おれ)ちゃいなかった。

 

 

「ナ・メ・ル・ナァアアアアアアアアアアッッッ‼︎」

 

 

 ドビュッッッ‼︎‼︎‼︎ と。

 魔杖(ペニス)から白濁色の光線(ビーム)が放たれる。

 

 金的を蹴られた時の男の反応は二つ。

 痛みでチンコが萎えるタイプと、むしろ怒りでイキり勃つタイプ。

 ……言うまでもない。テスティスは後者であった。

 

『避けなさい‼︎ 掠めただけでも死亡しますわ‼︎』

「うおおおおおおおおおおおおおおお‼︎」

 

 金玉が潰されたからと言って、テスティスの脅威度が下がった訳じゃない。天球に星々を投射することはできなくなっても、既に投射した星が消えることはない。

 

 金玉十二宮(Testicle Sign)射手の毒矢(SAGITTARIUS)

 最悪最低の超遠距離光速生命抹殺術式。

 テスティスにはまだそれが残されていた。

 

 テスティスは腰を振ってチンコを振り回す。

 見た目こそちんちんぶらぶらソーセージだが、その凶悪さは言うまでもない。無軌道に暴れ回るチンコは、射精上にある全ての生物を殺戮する。

 

(スタンガンが思ったより効いてる……‼︎ 足腰がフラフラしてて、こちらを狙うこともできちゃいない! これなら……‼︎)

 

 一瞬、希望を持った。

 それが失敗だった。

 

 

「………………は?」

 

 

 ソラを埋め尽くす白濁色の流星群。

 ソラに手を伸ばす不遜な少年を蹴落とす容赦なき天蓋。

 

 

 1()0()0()()()()()射手の毒矢(SAGITTARIUS)()()()()()

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ⁉︎⁉︎⁉︎」

 

 叫ぶしかできない。

 今なお生きているのが奇跡だった。

 

 考えてみれば当然だ。

 〈黄金の天球(The Golden Sphere)〉の構成員(メンバー)は全員テスティスと同一の顔をしている。それは、AIランドに上陸した7人だけとは限らない。

 そして、『類感』によって彼ら構成員(メンバー)魔杖(ペニス)はテスティスの魔杖(ペニス)と言っても過言ではない。ならば、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 AIランドにいなくとも問題はない。超遠距離攻撃であり、位置座標が分かっているのならば、障害は何一つとして存在しない。

 そうだ、初めから一対一なんかじゃなかった。敵はハーレム500、一対五〇〇の魔術戦。

 

 これこそが、テスティスの切り札。

 魔術世界の1%を占有する魔術師(ヤリチン)の奥の手。

 正真正銘、全力全開の魔術だった。

 

 

(…………これ、死んだ)

 

 

 逃げ場はない。

 散り散りに降り注いでいた光が、オレの元へ収束していく。

 やがて、視界は白濁色に染まり────

 

 

 

 ──ぱっ、と。

 白濁色の光は消え失せた。

 

 

「…………ナニ、が……」

()()()()()()()()()()()

 

 

 テスティスはすぐさま異常に気がついた。

 周囲が余りにも明るい。空が白濁色の光線(ビーム)で埋め尽くされた、それでも説明できないほどに──夜と認識できないほどに照らされている。

 

 反射的に、テスティスは空を見上げた。

 そして、ようやく彼は思い知った。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

起動せよ(Stand Up)、〈MAI:SoN(マイサン)〉」

 

 

 ババババババババッ‼︎ と。

 スポットライトが夜空を眩く照らす。

 それこそは()()()()()()()()()()()()()()()()()〉。

 雲を貫く塔がライトアップしたことで、空はまるで昼になったかのように明るくなった。

 

「テメェの魔術は星そのものじゃなく、地球から見える星の光こそが術式の要だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 端的に言えば、()()

 本来なら天体観測に影響が出るから忌避される側の現象なのだが、今回ばかりはそれを逆手に取った。

 

「……ありえ、ナイ。俺様は宇宙エレベータのスケジュールを把握してイル‼︎ 点灯式はマダのはずダロう⁉︎ 無理矢理ハッキングすルことモ不可能の筈ダ……‼︎」

「何言ってんだ、そもそもテメェが何故オレを狙っていたか忘れたのか?」

「…………ッ‼︎」

 

 オレこそが世界に名を轟かせた天才。

 〈ネオアームストロング〉の設計者。

 誰よりも深く宇宙エレベータを知る者。

 管理AIである〈MAI:SoN(マイサン)〉と直接対話することができる唯一の『窓口』。

 

 ライトアップさせる程度、朝飯前だ。

 もはや、負け犬の遠吠えなんぞ聞く気にならない。

 

 

「……そう、カ⁉︎ ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ‼︎」

 

 

 だけど、テスティスの発言に釘付けになる。

 だって、それは、あり得るはずのない言葉だった。

 

「おい、待て」

「アレこそ北欧の玉座(フリズスキャルヴ)、アるいはホルスの目‼︎ あらゆル科学的基盤を破壊できル『爆弾』がソコにあるとイウのにッ、届かなイのカッ……‼︎」

()()()()()()()()()()()()()()()()……⁉︎」

 

 それは直接仕掛けたオレと、開発メンバーの一部しか知らない情報。AIランドの上層部ですら知らないんだぞ……⁉︎

 

 テスティスは笑っていた。

 敗北を確信した顔で、それでも表情に諦めの感情は浮かんでいない。

 

「コノ決闘、貴様の勝ちダ。だがナ、貴様にはナンの情報も与えナイ。俺様の負ケは俺様が決めル‼︎」

 

 直後。

 テスティスは空高く吹き飛んだ。

 最期の足掻きとばかりに、魔力を噴射して。

 

 それと同時、決闘空間が解除される。

 もちろん、オレとヴィルゴの勝利だった。

 だけど、敗北者であるテスティスはこの場にはいない。

 魔力枯渇(テクノブレイク)に陥って今頃海にでも沈んでいるのだろうが、話を聞き出せそうにはない。

 

「何が、起きてんだよ……‼︎」

 

 応える者はいない。

 手がかりは海の底へ。

 ならば、初心に立ち帰るしかない。

 

 オレが何故狙われているのか。

 『黒』の目的は何なのか。

 刺客を倒しているだけじゃそれは見えてこない。

 だから……

 

「なぁ、ヴィルゴ」

『……何ですの?』

 

 オレは意を決して呟いた。

 

 

 

「オレの研究室へ向かおう。きっと、そこに全ての黒幕がいる」

 

 

 


 

 

 

Tips

 

◆ネオアームストロングとは、AIランド中央に建設された宇宙と地球を繋ぐ宇宙エレベータ。設計者の名前は宗聖司(そうせいじ)

◆名前の由来は、人類史上初めて月面に足を踏み入れた宇宙飛行士のニール・アームストロングから。宇宙を踏破・開拓するという思いが込められている。

◆宇宙・地球間での物資の運搬だけでなく、電波塔としての機能も持っている。また、その莫大な電力を賄うために、原子力発電・火力発電・水力発電・風力発電・地熱発電を併用している。

◆〈MAI:SoN(マイサン)〉と呼ばれる機構(システム)が搭載されている。詳細不明。

 

 

 






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