秘匿機関SECRET。
それは66年前に国連によって創設された大規模実験都市であり、今では七大学術都市の一つとして数えられている。
ただし、その詳細を知る者は少ない。
都市の位置も、都市の大きさも、都市の予算も、研究の目的も、研究の内容も、所属する研究者も、何もかも。
故に、正しく都市伝説が世界中で飛び交う。
曰く、秘匿機関SECRETにはエリア51に来訪した宇宙人達が存在する。
曰く、秘匿機関SECRETとは都市の名前ではなく一人の天才を表す名前である。
曰く、秘匿機関SECRETは過去の偉人達の体細胞クローンが集結している。
曰く、秘匿機関SECRETは国連の上層部が予算を横領する為の都合の良い名目である。
この中のどれかが真実かもしれないし、全部デタラメなのかもしれない。
世界有数の科学者と言える宗聖司でさえ、秘匿機関SECRETの全貌は分からない。
しかし、ただ二つ分かっている事がある。
一つは、確かにその学術都市は存在するということ。
もう一つは──
「バキューム・フェラチオンヌ……‼︎」
「まったく想定外だぜ☆ ソーセージちゃんっ♪」
──秘匿機関SECRETにはその女がいるということ。
バキューム・フェラチオンヌ。
秘匿機関SECRETの中で唯一、顔と名前が公表されている科学者。学会では名の知れた量子力学者であり、〈MAI:SoN〉の根幹を成す量子コンピュータを手掛けた天才。
何よりも、66年間変わらず都市の顔として秘匿機関SECRETの副所長を務める怪物である。
Tips
◆秘匿機関SECRETとは、66年前に国連によって創設された学術都市。南極の氷山の中に存在する。
◆創設された目的は魔術を科学によって解明することである。その性質上、魔術世界とも関わりがある。
◆所長の名前は馬場緋色、副所長の名前はバキューム・フェラチオンヌ。どちらもハーレム1000を超える魔術師である。
黒幕、バキューム・フェラチオンヌ。
白衣を纏った二十代後半くらいの女(実年齢は不明)の登場によってオレ達の意識に一瞬の空白が生まれる。
そして、彼女はその隙を見逃さなかった。
「ヤっちゃえ☆」
パリィン、と。
硝子が割れる音が聞こえた。
バキュームの声に反応して、クローンがその足元に〈媚薬香水〉の瓶を投げつけた音であった。
つまり、それこそは〈魔術決闘〉が開幕する合図である。
(まず……ッ⁉︎)
考えるよりも先に身体が駆動する。
姿勢は低く、脚で弾けた衝撃が肉体を弾丸のように突き飛ばす。それは拙い突進であったが、強化外骨格の補助によって自動車の衝突クラスにまで威力が底上げされる。
「〈魔術決闘〉が始まる前にテメェを潰すッ‼︎」
幸い、宣誓は結構な長文だ。
クローンとオレの間に短くない距離があったとしても、今のオレの攻撃が届く方が速い‼︎
しかし、クローンの行動はオレの予想とは違った。
宣誓をする様子はなく、かと言って何か魔術を発動させるでもなく、ただ一つの旧式ボイスレコーダーを取り出した。
前世紀のものだろうか、あそこまで古ければインターネットにも繋がっていない骨董品だろう。だが逆に言えば、そのボイスレコーダーはハッキングされる心配がない。
「味わえよ、宗聖司。『魔術』と『科学』が融合した成れの果てってヤツをさぁ‼︎」
ルール参照
◆規則の二。対戦相手の指定は、挑戦者が決闘空間内にいる相手を宣誓時に視認することで決定される。
そして、彼はボイスレコーダーを再生した。
『聞け、我が目を受けし汝、魔法名ヴィルゴなる者よ。我魔法名セージは汝に決闘を挑む。神よ、師よ。ここに我、汝に対し我が魔術を以て性豪の証を立つる者なり』
その音は声と言うよりも、ノイズや耳鳴りと表現した方が近い代物であった。
文字にするならば、キィイイイイイイインッ‼︎ とでも言った所だろうか。
決闘空間が完成されたのを肌で知覚する。
聞き取れはしなかったが、それは正真正銘〈決闘魔術〉の宣誓で間違いない。録音された詠唱でも、術式は問題なく発動するのだと初めて知った。
そして、何よりも。
半ば可聴域外まで達する程に加速された詠唱音声。
『科学』による『魔術』の強化。
なるほど、クローンの言い分に嘘はないようだ。
(……だから何だッ‼︎)
〈魔術決闘〉が始まろうが、誰が対戦相手に指定されていようが、何も関係はない。
『規則破り』はあらゆる道理を無視してオレの我儘を押し付ける。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ‼︎」
オリジナルとかクローンとか関係ねぇ。
オレがコイツを許せない。
そんな怒りを込めて胸に文字通り鉄拳を叩きつけた。
その、直後のことだった。
「────ぁっ?」
ゴッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
オレの胸で意識を揺さぶるインパクトが生じた。
それは前世紀にあったらしい車の衝突事故をオレに思い浮かばせるようなものだった。
(──な、に……が…………?)
その攻撃の正体に気づく事もなく、オレの意識は沈んだ。
Tips
◆魔術と科学の融合、それは秘匿機関SECRETの成果の一つ。
◆感染と類感の原理からなる原始魔術──呪術は、量子もつれとユングのシンクロニシティから再現ができる。
◆ただし、魔術──神の力を扱う技術は現代の科学では未だ再現が不可能とされている。
パリィン、と。
〈媚薬香水〉の瓶が割れた時、ヴィルゴもまた行動を開始していた。
宗聖司は後方……決闘空間を構築させたクローンへ向かったが、ヴィルゴは前方に足を進めた。
つまり、バキューム・フェラチオンヌ。魔女の勘が、一刻も早く目の前の科学者を倒せと囁いたのだ。さもなくば自らの神秘も暴かれる、と。
よって、ヴィルゴは最速最短で襲撃を行った。
端的に言えば、その踏み込みは音速を超えた。
シンデレラドレスの術式──人体改造魔術によって超人となった今のヴィルゴにとって、音速を超えた挙動で移動することなど造作もない。
加えて、その腕力・脚力は重機による一撃をも上回る。ヴィルゴとバキュームの間にあった数メートルの距離など、たった一歩で埋められるものであった。
素早い突進──というより、横方向への跳躍と表現した方が正しい──によってヴィルゴは瞬時にバキュームの目前にまで迫る。
一瞬遅れて、ヴィルゴが床を踏み砕いた爆音がバキュームの耳に届く。だが、それはもう遅い。
爆音を立てながら無音で近づくという矛盾を成し遂げたヴィルゴの奇襲。魔女の呪い指が容赦なくバキュームの喉に突き刺さった。
「……ぁぐッ⁉︎」
「あぶなぁ〜い♪ 危うく死ぬ所だったぜ☆」
そして、突き刺した指が折れる。
何てことはない。
当たり前の物理法則に従った当然の結果だ。
いくらシンデレラドレスによって強化されたとしても、その指は人間の肉体を元にしたものだ。
対して、バキュームは文字通り鋼の肉体を持つ。
鋭い刺突によって剥がれた塗装の先にある金属光沢を見て、思わずヴィルゴは驚愕の声を上げる。
「サイボーグ、ですわね⁉︎」
「脳以外の全てを置換した世にも珍しき全身義体改造人間……楽しんでいってねぇ☆」
物理攻撃は効かない。戦車に格闘技を挑むようなモノだ。
呪い指から放った呪詛は逸らされた。別の場所へ受け流された感覚がある。
ヴィルゴの魔女術は特にその傾向が高いが、魔術とは人間相手を基本とする。故に、人の形をしていようが中身が機械の相手はどうにもやり難い。
(これが魔術世界を熟知した科学分野の天才。厄介ですわね……‼︎)
奥の手を出し渋っている訳にはいかない。
ヴィルゴは宗聖司にも秘めていた複数の術式を起動させる。
しかし、それよりも早く。
決闘空間が完成されてしまった。
──それも、ヴィルゴとバキュームの間に結界の壁が挟まるように。
ルール参照
◆規則の五。戦闘区域は地形によって決定され、制限時間終了か勝敗が決まるまで出ることはできない。
「なっ、こんな都合良く決闘空間が構築されるなんて……‼︎」
「もちろんあり得ないよねぇ〜♪ ところで、戦闘区域は〈媚薬香水〉が充満した場所になるって知ってたぁ?」
「…………空調、ですわね⁉︎」
空気の流れを操り、臭いが滞留する箇所を生み出し、意図的に戦闘区域を決定した。
〈魔術決闘〉のルールそのものを悪用する、見覚えのあるやり口。
科学者という輩は何でもかんでも悪用しないと気が済まないのか、と理不尽な憤りが湧き上がる。
「でもってぇ〜、決闘空間は外に出ることはできないけどぉ〜、外から中に入ることはできるんだなぁ〜これが☆」
バキュームが白衣を脱ぎ捨てると、その繊維一本一本が形を変えてゆく。まるで歪められていたモノがあるべき形へ戻るように、その変形は自然な動きだった。
宗聖司が見ていたならば、白衣が特殊な形状記憶合金による金属繊維であることに気がついただろう。
やがて、金属繊維は砲身を形成する。
いいや、それを砲身と呼んでよいものだろうか。バキュームが白衣の下に着ていたウェットスーツなんて、その砲身の異形さに比べたら軽い違和感だった。
無骨で、色褪せていて、味気なくて、鉄臭くて、機構に遊びがなくて、殺害という単一の機能を突き詰めた先にある『科学』の暴力。ヘアアイロンのような形をした異端の兵器。
「機関電磁砲っ☆ はっしゃ〜♪」
直後、視界が真っ白に染まる。
ドガガガガガガガガッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
鉄の雷雨による掃射がヴィルゴに襲いかかった。
別に、この攻撃を避ける必要はない。
決闘中は対戦相手以外からの干渉を受けることはないのだから。
だが、魔女としての勘がヴィルゴに防御の魔術を発動させる。
そして、それこそが生死を分かる選択であったと直後に思い知らされた。
「…………ッッッ⁉︎⁉︎⁉︎」
声も出ない。
実際には一秒にも満たない掃射。秒速100発の勢いで放たれた弾丸の内、そのほとんどをヴィルゴの魔除けの術式は防ぎ切った。
ただ1発、左腕を掠った弾丸を除いて。
その弾丸は左肘から先を消し飛ばした。
「これだけ綺麗に奇襲したのに撃ち抜いたのが左腕一本だけかぁ〜……。さすが〈鋼鉄の処女〉と褒めるべきかなぁ〜?」
「……どういうトリックですの?」
千切れた左腕に魔女の薬品をかけて、再度つなぎ合わせる。ヴィルゴは慣れたように傷を治しながら、思考は別の所へ飛んでいた。
即ち、先程のルール違反のカラクリについて。
「簡単な話だよぉ〜? 決闘を挑んだのはクローンソーセージちゃんだけどぉ〜、その肉体の全部がクローンソーセージちゃんって判定になるんだよねぇ〜♪」
「肉体の全部……?」
「そして人間っていうのは誰しも体内に微生物を飼っているのさぁ〜♪ だからその微生物をちょいと摘出してぇ〜、培養して弾丸にコーティングすればこのとぉ〜り☆」
ルール参照
◆規則の三。決闘空間内では、決闘する両者は対戦相手以外からの外的要因での干渉を無効化する。
「なっ⁉︎ それは『感染』の応用どころか秘奥にも匹敵する情報ですわよ⁉︎ 貴方ッ、ほんとうに科学者ですかっ⁉︎」
「もちろん☆ つーか、魔術がいつまでもオカルトの領分だと思ってんじゃねーよ」
蔑むようにバキュームは口の端を吊り上げる。こちらが彼女の本性か。
しかし、バキュームだけに集中してもいられない。背後で宗聖司はクローンを撃破したようだが、彼自身も謎の現象によって意識を失っている。
「あ〜、そうだぁ♪ もういっこ警告☆」
「……?」
「ヴィルゴちゃんの魔除けは機関電磁砲を防げるようだけどぉ〜、でもでもそれってぇ〜上限があるよねぇ〜?」
「少なくとも貴方の豆鉄砲程度なら何発撃とうが意味はありませんわ」
「ふ〜ん……でもねぇ?」
バチバチッ、と紫電を纏わせながら彼女は言い放った。
「撃つ度に威力が倍になるって言ったらどうするぅ〜?」
「────は?」
ヴィルゴの思考が止まる。
いや、違う。逆に思考が高速回転することで、現実を置き去りにして考え込んでいるのだ。
撃つ度に威力が倍になる……これは次の掃射は今までの倍の威力になるという意味ならまだ良い。その程度ならまだ許容範囲だ。
だが、魔女の勘はこう言っている。この女はそんな半端な想定じゃ済まされないぞ、と。
「まさか弾丸一発ごとに威力が倍になるとでも……⁉︎」
「せぇ〜かぁ〜い♪ 全く同じ形状、元々は一塊だった金属塊から作られた弾丸は、『類感』と『感染』の原則によって今まで放たれた弾丸の威力を上乗せするのさ☆」
元の弾丸の威力を1としよう。
一発目は何の上乗せもないため威力は1。
二発目は1の威力に一発目の威力が上乗せされ、1+1で2の威力となる。
三発目は1の威力に一発目と二発目の威力が上乗せされ、1+1+2で4の威力となる。
四発目は8に、五発目は16に、六発目は32に。あえて計算式を述べるならば、n発目は2のn−1乗の威力となる。
そして、その弾丸が秒速100発放たれる。
では、例えば。
機関電磁砲が10秒間掃射されたとして、その後に放たれる1001発目の弾丸は元の何倍の威力となるのだろうか。
「じゃあっ、いっくよぉ〜♪」
正解は、10715086071862673209484250490600018105614048117055336074437503883703510511249361224931983788156958581275946729175531468251871452856923140435984577574698574803934567774824230985421074605062371141877954182153046474983581941267398767559165543946077062914571196477686542167660429831652624386837205668069376倍である。
ッッッッッッッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
もはや、それは音ですらなかった。
空気の振動が『圧』としてヴィルゴを揺さぶる。
厚さ0.08mmの紙でさえ、43回折れば70万km先の月にまで届くのだ。
元から馬鹿げた威力の機関電磁砲が倍々ゲームで強化された成れの果てなんぞ、想像することすらできない。
ヴィルゴは咄嗟に気絶している宗聖司とそのクローンを抱え、柱の影に飛び込んだ。
だが、それも長くは保たない。大理石の柱が発泡スチロールのように削り壊される。
「いつまで撃ち続けますの⁉︎ 流石にもう弾切れですわよね⁉︎」
「量子テレポーテーションって知ってるぅ〜? 時代に取り残された魔術師達は神の力を手にする事ばかり考えているけど、『魔術』ってヤツを本当に知っているのならばそんな空想も実現できるのさ☆」
バキュームは何か返答したようだが、あいにくと機関電磁砲の轟音に掻き消されて聞こえない。
もはや、室内──決闘空間内に存在するあらゆる物は木っ端微塵に砕かれた。
幸い、床や壁は戦闘区域に存在するが決闘空間と外界との境界に位置するため傷ひとつない。よって、建元自体が倒壊する最悪の事態は免れた。
ヴィルゴは機関電磁砲を防げないことを潔く認め、頭を迎撃から回避へと切り替える。
左腕が吹き飛んだ時の出血を円形に広げて自身を囲み、血文字で神の名を刻む。そして、出来上がった即席魔法円に魔女の膏薬を塗りたくり、仕上げに自身の陰毛を一本落とす。
もし魔法円作成RTAが存在したのなら、ギネス記録にでも登録されてそうな早業であった。
「これより膣は我が子宮。我が膜は未だ姦淫を知らぬ未通の処女なれば、我が胎に玉など当たらぬと知れ‼︎」
弾除けの術式。ベースとなる伝承は処女の陰毛を使ったお守り。『類感』によって、男性の玉が当たっていないことから、弾除けの効果を持たせる魔術である。
ヴィルゴは更に魔法円としての要素を加えている。防ぐのではなく、逸らすための魔術だ。
「…………考えたねぇ〜?」
「これで、貴方は私に手出しはできませんわ」
「それはどうかなぁ〜? 弾丸が当たらないだけで、外界からの干渉を防ぐわけじゃあないよねぇ? この決闘空間が解除されない限り、逃げ場なんてないんじゃなぁ〜い?」
ニタニタと、バキュームは怪しい笑みを浮かべる。
例えば、と。ルールの穴を突くように、思いつく手段を語り始める。
「決闘空間は密閉されてるから、酸欠を狙うとかぁ〜? 換気ができないなら、毒ガスや生物兵器もいいよねぇ? 後は、送風し続けて気圧を無理矢理上げるとかもどうかなぁ?」
「…………貴方、私に決闘空間を解除して欲しいのですわね?」
「いやいや、事実を述べているまでさ☆ 〈魔術決闘〉に囚われている限り勝ち目はないよぉ〜?」
「成程、合点がいきましたわ。この遠回りな仕掛けは宗聖司を私の手で殺害させることを目的としていたのですわね?」
「勘がいいねぇ……──めんどーな女だ」
初めに宗聖司が黒幕だと誤認させようとしたのも。
クローンが〈魔術決闘〉を始めたのも。
全てはその為だ。
ヴィルゴは宗聖司──ホンモノの方──の傷を見て、ため息をつく。
その傷跡は、宗聖司がクローンに与えた攻撃の傷跡と寸分違わず同じだった。
「ベースは丑の刻参りですわね? 同じ遺伝子・同じ見た目のクローン……『感染』と『類感』が極限まで満たされた藁人形の代用品ということですか」
先程、バキュームへの呪いが不自然に受け流されたのも似たような理由だろう。
つまり、彼女の死体を偽装していた今なお吊るされているバキュームのクローンへと呪いが流れた。そちらの魔術のベースは『大祓』だろうか。
「貴方はどうしても宗聖司を殺害する必要があった。しかし、私が側にいる限り暗殺する隙も呪殺する隙もなかった」
「……ほんとーに、怖いよねぇ〜。二十にも満たない小娘の癖に実力は魔術世界でもトップクラスときたぁ。千年もの間、たった一度たりとも負けたことのない魔女の一族は流石だと褒めた方がいいかなぁ〜?」
「科学者の癖に誰よりも魔術に詳しい貴方に言われると、皮肉にしか聞こえませんわ」
ヴィルゴの反論は無視し、バキュームは凶悪な笑みを浮かべる。
「でもでも、カラクリが分かった所で意味はないよぉ〜? もう〈魔術決闘〉はヴィルゴちゃんかソーセージちゃんのどちらかが犠牲にならないと終わらないぜ☆」
「………………………………、」
「まぁ、別にぃ〜? こっちとしては二人仲良く酸欠で死んでもらっても構わないんだけどねぇ〜♪」
だが、ヴィルゴはなんて事ない顔で。
とんでもないことを告げた。
「いえ、私が負ければ済む問題ですわよね?」
直後、ヴィルゴのクリトリスが爆発し。
決闘空間が解除された。
「────はぁ?」
さしものバキュームも理解できない。
だって、それは、余りにも理解不能だった。
(なんだぁ? ナニが起こったぁ? 決闘空間が解除されたぁ? なんでぇ? どうやってぇ? どちらかが敗北したぁ? どちらの魔杖が破壊されたぁ? 少なくともクローンソーセージちゃんじゃあない。──まさかヴィルゴちゃんの悪魔の乳首が代用魔杖だった……?)
どちらかが魔力枯渇に陥らないと脱出することのできない決闘空間の中。
バキュームとしては当然、〈鋼鉄の処女〉たるヴィルゴが宗聖司を切り捨てると考えていた。それは魔女が彼を見捨てるだろうという希望ではなく、そちらの方が合理的だという単純な予測によるものだ。
そして、それさえ達成できたなら他はどうだって良かった。
宗聖司が魔力枯渇に陥れば、生物として必要最低限の精神防壁も失われる。その状態の彼を呪殺することなど容易い。
その後にヴィルゴに倒されようが殺されようが、バキュームには関係のないことだ。
だけど、結果はどうだ?
ヴィルゴは魔力枯渇に陥って仰向けに倒れ、宗聖司は未だ意識は戻らないが助かった。
「はっ、はぁ〜〜〜〜⁉︎ ヴィルゴちゃんが魔力枯渇に陥って、ソーセージちゃんだけが残っても何の意味もない‼︎ 気絶している彼にナニができるッ⁉︎ 不合理すぎるッ‼︎」
あの〈鋼鉄の処女〉が情に絆されて選択を誤ったのか。
そう考えたバキュームだが、機体が収集したデータが彼女を現実に引き戻す。
(なんだぁ? 視覚情報が熱源感知からごく僅かにズレているぅ……? …………っ、まさか幻覚かぁ⁉︎)
決闘空間内から外界へ干渉することはできない。
それは必ずしも真ではない。正しくは外に出ることができない、だ。
外に出られずとも、内から外へ伝わるものもある。
例えば、光や音といった波の性質を持つもの。
そうでなければ、ヴィルゴとバキュームは会話することすら不可能であっただろう。
そして、内から外へ光が伝わるとしたら。
偽物の光を投射して幻覚を見せることも可能ではないか?
バキュームは咄嗟に外界知覚手段を、音波探知に切り替えた。
(ヴィルゴちゃんが倒れているこの光景は魔術によって魅せられた幻覚‼︎ ならッ、ヴィルゴちゃんはやっぱりソーセージちゃんを切り捨てたって────)
「──……ぁッ⁉︎」
「起こしてくれたのは感謝するけどさ、気付け薬の臭いがキツすぎやしねぇか?」
だが、遅い。
それよりも早く、幻影によって隠されていた宗聖司の手がバキュームに届いた。
「なぜソーreie7$%3\=kom,3×¥9#jッ⁉︎⁉︎⁉︎」
「|悪いが、ハッキングさせてもらった。とっとと逝っちまえッッッ‼︎‼︎‼︎」
一瞬の接触。
ただそれだけで、言語中枢までもが掌中に収められる。
全身義体改造人間は脆弱な人間の肉体を捨てた強者のように思えるが、それは逆だ。
生物の肉体ほど精密で強靭なものはなく、機械は大雑把で脆弱だ。それはパソコンや家電を買い替える時間を思えば、その弱さが分かるだろう。
故に付け入る隙も多く、宗聖司ほどの天才となれば触れるだけで簡単にハッキングもできる。
「……ぁ、なぜっ⁉︎ 幻覚で惑わせられたのならっ、魔力枯渇に陥ったのはソーセージちゃんのはずだよねぇ⁉︎ ヴィルゴちゃんの自己犠牲が現実なんてッ──」
「…………何の話だ? 魔力枯渇なんて誰も陥ってねぇよ」
「────ッ⁉︎」
幻惑の術式から解放された眼球が現実を捉える。
つまり、宗聖司とヴィルゴはどちらも欠けることなく立っていた。
「ありえ、ない」
「まぁ、何言っていますの?」
「二人とも生き残るなんてあり得ない‼︎ そんなご都合主義なんかッ、〈魔術決闘〉の規則が許すはずがないッ‼︎」
「あらあら、目の前の真実を信じずに貴方の頭の中にある思い込みを押し付けるなんて……科学者の名折れですわね」
バキュームは指一本、髪一本すら自由に動かすことができず、それでもなお必死に状況を理解しようと情報を掻き集め続ける。
そして、気づく。
幻惑から逃れたミクロ単位の動きさえ観測する眼球が、ヴィルゴの表面で蠢くそれを知覚する。
「魔女の使い魔っ……発光する細菌ッ⁉︎」
「──正解ですわ」
それは、ヴィルゴの皮膚を覆い尽くす無数の細菌。
宗聖司とバキュームは散々〈魔術決闘〉の規則を悪用してきた。
魔術に慣れ親しんだ〈鋼鉄の処女〉が同じことをしてこない保障など何処にある。
バキュームはその一文を思い出した。
ルール参照
◆規則の二。対戦相手の指定は、挑戦者が決闘空間内にいる相手を宣誓時に視認することで決定される。
なるほど、ヴィルゴを対戦相手に指定することなど出来るはずがない。
視認しているのはヴィルゴではなく、その使い魔の細菌に過ぎないのだから。
「いっ、いや、まだ矛盾があるよぉ⁉︎」
「まだ納得がいかないようですわね」
「いくらヴィルゴちゃんを視認できていなかったからといって、細菌が対戦相手では決闘は成立しない‼︎ 魔杖も代用魔杖も持たない細菌は対戦相手に指定されても即座に敗北扱いとなるはずだよねぇ⁉︎」
「あら、科学者ともあろうものが細菌の──バクテリアの語源を知りませんの?」
「──────あ」
細菌、バクテリア。
語源はギリシャ語のバクテリオンであり、それが意味するのは小さな杖。
初めて観測された細菌が桿状型細胞──棒状のカタチをしていたことが由来とされる。
「代用魔杖の条件は魔力が篭っていることと、棒状であることだけですわ」
「…………つまり、ヴィルゴちゃんの魔力を得た使い魔で桿状型細胞のその細菌は──」
「それそのものが代用魔杖となりますわ」
バキュームは思わず息を呑んだ。
だって、それは、ヴィルゴが代用魔杖を無数に携えているということでもあるからだ。
最初に襲撃して来た『灰』の魔術師アドゥルテルは、全てのディルドを破壊しない限り倒されなかった。
同じように、ヴィルゴは全ての細菌を死滅させない限り倒せない魔女だ。
(ああ、なんて恐ろしい──)
機械の体に恐怖が宿る。
宗聖司に取り押さえられているという事以外の理由で機体が動かなくなる。
「なぁ、バキューム」
そんな時に、彼の声が聞こえた。
「なんでこんな事をした?」
彼の声は優しかった。
彼の声は温かった。
彼の手でバグらされた神経がそう誤認する。
「オレ達はさ、仲良くやれてたじゃねぇか。確かに衝突することは何度もあったけど、それでも致命的な亀裂だけは避けられてた」
飴と鞭、良い警官と悪い警官。
使い古された手には使い古されるだけの理由がある。
それは全身義体改造人間にさえ通用する人間が築いた知恵だ。
「だから、オレに教えてくれよ。バキュームがこんな凶行に及んだワケをさ」
バキュームはその言葉に抗えない。
機械の躯体は既に宗聖司の支配下にあり、人間の精神は魔女の恐怖に気圧されている。
「──ぁ、たしは……か、みを…………」
黒幕はバキューム。
それはもう確定した。
だから、次に知るべきものは一つしかない。
黒幕の動機である。
そして、少年少女は真相に至る。
そして、バキュームの唇から真実が溢れる。
「神を、殺したかったのさ」
Tips
◆神とは、人知を超えた超自然的・絶対的存在のこと。上位存在、高次知性体、秘密の首領とも呼ばれる。
◆科学において、未だ観測されていない存在。魔術において、逆説的に証明されている存在。
◆第一の魔術において、神とは崇めるモノ。第二の魔術において、神とは目指すモノ。第三の魔術において、神とは貶めるモノ。