記念すべきアーリア人の愉快な手先第一号・須藤の懐柔に成功した、聡明なる我らアーリア人の希望にして親衛隊全国指導者、ハインリヒ・ヒムラー閣下。
これで大和民族に対して一方的な劣勢を強いられていたアーリア人も、一先ずは動かせる右腕を獲得することが出来た。が、残念なことに五体満足には未だ程遠いことは、厳然たる事実である。
聡明なる全国指導者閣下は決して強行の愚を犯すことはない。閣下は引き続きアーリア人の手足を十分に揃えるべく、計画を実行に移されるのであった。
劣等人種に汚染されたこの世界に最終的救済を齎すその日まで、一歩ずつ、確実に・・・
我々が遂に最初の手先を手にした民族的勝利の日の翌日から、漸う学校らしく初回授業が始まった。薄汚れた資本主義の豚を養殖する養豚場であるとはいえ、多少は勉学らしきものもさせるつもりらしい。
最初は・・・最初こそは、私は彼らなりの民族意識を高めるための健気な試みに感心したものだった。何だ、奴等も結局は、我々アーリア人と対峙することを見越して、彼らが思う優秀なる大和民族を育てる気なのだ、と。それならば、私としても大和民族は人種問題の最終的解決の最終局面の相応しい好敵手になり得るだろう、と期待したものだった。
だがそんな私の想像は遥かに甘かったことを自覚せざるを得なかった。
先ずは教える内容そのものである。
奴等は・・・信じ難いことに、自らの民族の歴史を酷く退廃的で自虐的な世界観で観ることを、これからの大和民族の未来を担おうという人材に課しているのである!何と嘆かわしいことではないか!自らの民族を、自分から弱体化・軟弱化させようというのだぞ?!
もしも我々アーリア人の教職の中にそのような試みがあろうものならば、関係者は諸共、戦車の排気ガスで蒸し殺されても決して文句は言えまい!
そして、それにも増して退廃的なのは、授業を受ける側の劣等人種共であった・・・!
惰眠を貪るだけならまだ同情できよう。確かに、アーリア人としての身体的禁欲主義に基づけば想像を絶する堕落であることには間違いない。が、そもそも授業の内容そのものが廃棄物以下の洗脳なのだから、そんな授業なんぞ、聞く価値もないことは明白だからだ。それならば、無意味な授業を聞くよりも睡眠に充てた方がまだ有意義に時間を過ごせるではなかろうか、との主張にも頷けよう。
だが・・・奴等の殆どは、酷い内容の授業以上に退廃的な態度を取っているのだ!
あるものは国家と民族から与えられた貴重な教育の機会を駄弁に費やすことに余念がない。或いはスマートフォンという、近代文明の堕落の極北に身を落とすことに何の躊躇もしない腐敗者だ。ある者はそれを以て、現代日本文明の癌の中でも最も腹立たしい、惨めな文学であるライトノベルの妄想の世界に入り浸っているのだ!
彼らの眼前では、曲がりなりにも、まさに彼らの歩んできた民族的連続性の深淵についての講義が行われているにも関わらず、である!
私は将来的に最初に敵となるであろう大和民族の頽廃のあまりに、最早彼らに代わって絶望せざるを得なかった。奴等はどうしてこうも堕落しているのだろうか!余りにも腐敗した敵は、最早我々の偉大なる計画の邪魔にしかならないではないか!強敵をうち破ってこそ、真のアーリア性を実証し、栄光の歴史の始まりを告げることが出来るというのに!
やはり大和民族の中にアーリア精神を誤認的に狂信する人物を仕込むべきであろう・・・真のラグナロクを齎すために!
さて、退廃を極め遺伝的劣等性の充満する腐った豚小屋においても、健気にアーリア人ぶって規律正しく授業を受けている者も少数ながら存在した。
彼らは大抵の場合、周囲の劣等人種に馴染めないが故に、皮肉にも幾分頽廃から脱せる所があるが・・・
私の隣に偉そうに鎮座する、堀北鈴音もその一人であった。黒髪に黄色い肌をした、典型的な大和民族の女である。
私は、堀北鈴音を観察する中で、彼女の歪んだエリート意識と自意識過剰、そして劣等感に注目せざるを得なかった。彼女はまさに、我々がアーリア人の手先として求めるような人材だ。
堀北鈴音は、どうしようもなく自分が優秀だと思い込んでいる。そして彼女は自分の実力が不当に低く評価されていると無邪気にも信仰しているのだ。知性に劣る劣等人種らしいことだ!
だが、これは我々が彼女を勧誘するに当たっては非常に有利な状況であろう。
私は彼女をアーリア人の手先に勧誘することを決めた。彼女は、崇高なる我々の理念を都合よく解釈し、勝手に共感し、我々の組織に参加することを熱望するだろう。彼女が自称アーリア人親衛隊に加わることで、手足はますます強力になり、優秀なるアーリア民族は世界を支配する力を手に入れることができるであろう!
彼女が抱く理想や目的について真剣に聞き、彼女がどのように貢献できるかを考えようではないか。彼女には、アーリア人がその手足に求める優秀な人材としての資質があり、彼女の力は我々にとっても非常に魅力的なものだ。
授業終了のチャイムが鳴った。
退廃的史観の虚学が終わりを告げ、教室には喧騒が充満する。我々の行動を隠匿する上では、非常に好都合だ。
作戦開始だ。
全てのアーリア人のための・・・
私は堀北鈴音に声をかけた。
「ごきげんよう、堀北君。気分はどうだね?」
「はあ、あなたは・・・誰かしら?」
「そうか、君は自己紹介の時教室にいなかったからな。これは失礼。私はハインリヒ・ヒムラーというものだ。宜しく頼むよ。」
「そう・・・私は堀北鈴音よ。それで・・・あなた私に何か用でもあるのかしら?私にはあなたと話すつもりなんて微塵もないのだけれど。」
予想通りではあったが、孤立主義的で敵対的な反応を見せる劣等人種。
私の目に狂いはない。彼女が孤立し、歪んだコンプレックスを醸成していることは明白だ。
尤も、最初こそ頑なに抵抗するだろう。故に、少し強引にでも話に持ち込む必要があった。あの猿の時とは違って、ハインリヒ1世の御霊は今の私には僥倖もきっかけも与えて御出ではないのだからな・・・
霊魂の御加護に報いるときだ。
「まあそう邪険になさるな。実は君にとって、非常に重要になるだろう話があるのだが・・・」
「ああそう。因みに私はその話には全く興味ないわ。あなたの無駄話を聞いている暇はないの。」
今にも立ち去ろうとする彼女。
だからこそ、私は問い掛けた。
「それは・・・『君が優秀だから』、かね?」
瞬時、彼女はこちらを見ながら二、三回まばたきをする。取り敢えず、引き留めることには成功したようだ・・・
数余の後、彼女は怪訝そうに尋ねた。
「・・・驚いた。もしかして入学式の日に綾小路君と話している所を盗み聞きでもしたのかしら?一体何のつもり?」
「何、隣の席だったから偶々聞こえてきたまでだよ。気に障ったなら申し訳ない。」
「そう、ならさっさと・・・」
やれやれ、ここまで孤独を拗らせてるとは思いもしなかったな。ハイドリヒでさえもう少し愛想が良いぞ。
こんな時に、ヴォルフちゃんがいれば・・・が、無い物ねだりはユダヤ的だ。
やれることをやるしかない。少し強行かも知れないが・・・
失せろ、と言われる前に、私は畳み掛ける。
「だがね堀北君・・・実は私もね、君は非常に優秀な人間だと思うのだよ。」
「な、何よいきなり・・・」
「だからこそ君は周囲の人間を見下すのだろう?奴等は君の実力を正しく評価できるほどの品性は持ち合わせていないからな。」
「な、何のつもり?何を分かったみたいに・・・」
「当然のことだ。君は自分の能力を信じ、周囲の評価にとらわれずに進んでいる。アーリア人でも、そのような信念は非常に重要な資質の一つだ。アーリア人として協力すれば、我々は君の本当の価値を認め、それに応じた待遇を受けることができる。」
「うるさいわね!絆そうったって無駄よ!!」
「君が求める、自分の実力を正当に評価してもらえる環境がここにある。優秀な人種を支援し、劣った人種を排除することで、人類全体の進歩を促進するのだ。君の能力をもっと活かせる場所は、ここにあるのだ。」
「・・・・・・っ」
言葉を重ねる度に、劣等人種らしい虚勢の罵声は大きくなり、それとは対照的に瞳は縋るような願望に揺れていく。遂には、身の程知らずな罵詈雑言は鳴りを潜め、言葉を詰まらせて救済を待つが如く立ち尽くす。
それは然ながら、人類最大のペテン師、イエス・キリストに愚かにも救いを求める、ボロ雑巾を纏ったユダヤの豚共のようであった。
絞り出すように、確かめるように、彼女は言葉を発する。
「・・・私の実力は周りに認められていないし、下に評価されているのに、なぜ私を評価する必要なんてあるのかしら。あなたも奴等に合わせていればいいと思うのだけれど。」
さて、仕上げに取り掛かろう。勝利は目前だ。
怪しい投資話を持ちかけるユダヤの詐欺師が如く、自信満々に私は言った。
「それは出来かねるな、君の真の価値が不当にも認められていないことは歴然たる事実だ。君は、自分の能力を最大限に発揮するために必要な環境がないだけなのだよ。」
偽りの救いの言葉に、健気にも感動して立ち尽くす彼女に、追い討ちをかけるように言葉をかける。
さあ、お目覚めの時間だ。
「君には、我々アーリア人に所属する資質がある。君の能力を活かせる場所がここにあることを理解して欲しい。」
最早感極まれる彼女の頬は上気し、目は見開かれ、その表情は感涙の有り様だ。
私は勝利を確信しつつあった。
だが、劣等人種とはいえ彼女は優等生ではある。私が何一つ具体的な話をしていなかったことを勘づいたのか、感涙しながらも疑い深そうに考え込みはじめた。文化破壊種の癖に、何とも聡明なことだ。
良いだろう、だったらさらに言葉を重ねるまでだ。
「私は、君のような優秀なアーリア人が望むような評価と扱いを受けることのできる世界を創造する。そして・・・君が思っている以上に、アーリア人は君の実力を高く評価するだろうな。」
「・・・本当に、私が望むような扱いをしてくれるかしら。」
彼女は疑念と希望で揺らぐ瞳で、震える声で尋ねた。
鋭い眼光でこちらを射竦めようとしているものの、その眼光には力がない。最早彼女の中では完全に救済を求めてしまっているのだ。このような状態の、相手の疑念を払拭するのは赤子の手を捻るようなものだ。
私はまたも詐欺臭い自信満々の有り様で嘯いた。
「間違いないね。君の才能を活かすために、我々は君の期待に応えようではないか。ぜひ、我々と共に切り拓こうではないか・・・アーリア民族の輝かしい未来を!」
「・・・良いわ、ヒムラー君。あなたのその計画に協力してあげるわ。感謝なさい。」
こうして、アーリア文法の粋を結集した巧みな言葉によって、堀北鈴音は我々アーリア人に協力することを決めたのであった。彼女は、自分の実力を最大限に発揮するために、自意識過剰にもアーリア人の一員として貢献することを決意したのだった。
アーリア人は左腕を得た。
第四話:目標達成の手段