妄想垂れ流しの極みです
黒いスーツに身を包み、ヘトヘトの顔で夜の道を歩いているサラリーマンが一人いた。このなんの変哲もない何処にでもいそうな、普通のサラリーマンが俺。厚狭(あつさ)あきらだ。
はぁ…今日も残業。もう疲れた。毎日、仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事
ずうっと仕事!もういいよ!
毎日毎日ほぼ同じことの連続に飽きたんだよ!いつも疲れるし!いやまあ、それでも辞めないし、辞められないんだが。働かないと、生活できないから。
はぁ学生の頃に戻りたい…
友達と馬鹿なこと言い合ってたキラキラした青春に戻りたい。いや、俺そんなにキラキラした青春送ってなかったわ。誰かさんのせいで。
でも社会人になってみて、初めて社会人の大変さと言うか、凄さっていうのを実感するんだなあ。皆当たり前のようにやってるのすごいよ、ホントにすごい。
そう考えると、お父さんもお母さんも凄いよね。働き出して、やっと親の偉大さに気が付くんだな。
でも、俺二人みたいな立派な社会人にはなれそうにもないよ。一週間でヘトヘトだもん。疲労がとてつもないんだもん。もう仕事やめたいもん。
でも…明日は…なんと土曜日!休日なんだ!やったあ!
一週間お疲れ様でした、俺!!せっかくの休日なんだから、仕事のことなんか忘れて大いにグータラしましょう!積んでる映画でも見まくろうかな。録り貯めしているTVドラマでも見ようかな。うーん、金曜の夜に休日何するかを考えてるこの瞬間が一番楽しい。さあ、明日はゆっくりでき…
「あっはっはっ!!いえ-い!おまわりさんも一杯どうですか-?もうそんな怖い顔しないでさー!あれ?でもおまわりさんなんか増えてません?なんか、5人になったり4人になったりしてますよ!影分身だ!影分身!あっはっはっ!!!ウケる!」
「もうきくりさん飲みすぎですよ…。路上で潰れてたら危ないっていつもいつも言ってるでしょう?しかも、こんな深夜に。さあ立って…ほら」
……………
うーん、休日は何をしようか。一週間仕事で疲れたからな!メンタルや身体を癒すために、ゆっくり休まないと。さあ、明日こそゆっくりでき
「あっ!!!!!!!!あーくんじゃん!!!!!」
……………できる、できるんだ!
さあ、真っ直ぐ家に帰りましょう。
「おまわりさん見てくださいよ!あの真面目そうな好青年、あの人ね私と小さい頃からずっと仲が良くて…そういうのなんて言うんでしたっけー、わかんねーや!まあ、そういう深い関係なんですよー…ってあれ?お-い、あ-くん?聞こえてる-?なんでどっか行こうとするのー、きくりお姉さんですよ-!?」
私じゃない、別のあーくんじゃないでしょうか?変な酔っぱらいは置いておいて、さっさと帰りましょう帰りましょう。もうこんなに暗いんだから。
「…………………おまわりさん。あの人私の彼氏なんですよ」
「違う!!!!」
「あっはっはっ!やっとこっち向いた!」
「え、きくりさん彼氏いたの…?」
無視を…無視を決め込もうとしてたのに!
お巡りさんにお世話になっている、この見るからにダメそうなアル中女は廣井きくり。俺の幼馴染だ。悲しいことに知り合いなんだ。あぁ…俺のメンタルにまた余計な負荷を…
胃が…胃がキリキリする!
「だから他人のふりしてやり過ごそうとしたのに…」
「いや-、甘いねあーくん!あーくんと私は木工ボンドよりつよーい絆で引っ付いてるんだから!そんな小細工無駄だよ!」
「柔い絆だなぁ。」
緑色のキャミソールワンピースの上にスカジャンを羽織り、古風な下駄を履いている、いつもと変わらない格好のきくりを、俺は見る。そして気づく。こいつ…いつも同じ服じゃないか?もしかして、もしかしてだけど他の服ないんじゃあないか?なんか匂うし。あれ?でもなんか違和感がある。気のせいか。
よく見ると、面は良いんだけどなぁ。結ったサイドテールに黒い大きなリボン、吸い込まれそうな程に魅力的なグルグル目、整った顔立ち。容姿はかなり良いと思うんだけど、残念だ。こう…色々と言いたいことはあるけど、残念だ。
「うーん残念だ。」
「えー何の話ぃー?」
残念だ…
「あの…彼氏さんでしたら、早くきくりさん連れて帰って頂けませんか?もうこんな時間なんで。危ないですし。」
きくりと話をしていると、側にいたおまわりさんが自分の時計を指差しながら話しかけてきた。彼氏じゃないよ。
「はい、すいません!連れて帰ります。」
「すいませんでしたー!!」
「散らばったお酒の瓶も片付けといてくださいね。後、彼氏さん。付き合ってるなら、ちゃんときくりさんのこと面倒見ておいてくださいね。ここら辺も、夜更けに女性一人だと危険なんですから。彼氏さんなら、しっかりと彼女さんを守ってあげないと!ね?」
まあ…それもそうだな。この地域が比較的治安の良いところだと言っても、やっぱり夜は危険だもんね。じょ、女性一人だもんな、一応。彼氏じゃないよ。
でも、この酔っぱらいどうしてくれようか…
「はいきくり。背中。」
「え、おぶってくれるのー!?久しぶりのあーくんのおんぶじゃん!わーい!」
俺はかがみ、背をきくりの方に向けて、おんぶする姿勢になった。酔っぱらいを運ぶにはおんぶに限る。不本意だけど。早く乗ってくれよ。この体勢結構きつい。
「よいしょ。それじゃおまわりさん。ご迷惑おかけしました。」
「じゃあね、おまわりさんー!」
「はい、お気を付けて。夜道なんで足元気を付けてくださいね、彼氏さん。」
彼氏じゃねえって言ってんだろ。
きくりの彼氏だと勘違いしたまま、おまわりさんはこの場を去った。ただの幼馴染なのに。
でも優しいおまわりさんだった。こんな優しい人に迷惑をかけるなんて、この女…
きくりを背中に担ぎ、歩きだす俺。はぁ…金曜の夜に何してるんだろうか。まあ嘆いてもしょうがないんだけど。
「えへへ、久しぶりのあーくんの背中ぁーっ。人肌あったけー!酔いも覚めてきた。すっごい懐かしい感じがするー。」
「いや、一ヶ月前もお前酔いつぶれて、同じように俺おぶって帰ってやったから。」
「えー!?そうだっけ。覚えてねーや。あっはっはっ!」
「こいつ投げ飛ばしてやろうかな。」
結構な頻度で介抱してるのに、忘れてるなんて。恩を仇で返すなんて…まあもう何でもいいや慣れたし。慣れって恐ろしい。
でも、やっぱりおかしい。不確かな違和感が存在する。なんだろう。こいつの特徴と言うか…トレードマークが見当たらない。なんか大事な、大事なものを…
あ
「きくり、ベースはどうしたんだ?いつも手放さず持ち歩いてたじゃないか。自分の命同然だからって。」
「あ」
あ?
「さっきの居酒屋に忘れてきちゃった。」
………
命が…命が軽すぎる。ホントに適当だなこいつ。
昔はこんな妖怪アル中女じゃなかったのになぁ。結構内気な女の子で、外に行くとよく俺の後ろにいて「ここが私の特等席…」とか言ってくっついてたのに…いつからこうなったのだろうか。たぶん、ベースを初めてから…いやバンドを初めてからだな。誰だよ、こいつに酒とベースを教えた奴は!!穢れちまいやがって!
「まあ、今日は流石に取りに行けないし。明日俺が取りに行くよ。いつも飲み会に使ってる居酒屋だっけ?」
「そうだよー!ありがとねー!あーくん大好き!」
「現金なやつ…」
「それでそれであーくんさ。今、これは私の家に向かってんのー?」
「え。まあ…そうだけど?いや逆にそうしかなくない?他にどこに行くっていうのよ…」
「あーくんの家とか」
…えぇ。
「いやです。」
「えー!!私にあんな幽霊の出る事故物件ボロアパートに一人で寂しく帰ってろって言うのー!?」
「はい」
「ひどーい!いいじゃんいいじゃん!あーくんケチだよー!ケチケチケチ!そんなんじゃモテないよっ!チャンスを自分から取り逃してるよっ!」
「ちょっ、何言って…お、おい!背中で暴れるなって…危っ、あなたね!そんなことしてると落ちちゃうでしょうが!」
きくりが背中で暴れる。訳のわからない言葉をほざきながら、暴れる。ホントに、ホントに危ないからさっ!この背中にいるじゃじゃ馬を落ち着かせていると、きくりが耳を疑う一言を発する。
「あーくんの家で飲み直したいー!!!」
「まだ飲むのかよ!!!」
そんな風に、ワチャワチャしていると、俺の住んでいるマンションの目の前を通る。げっ…ヤバい。でも、こいつ俺のマンションを覚えているか?いや、覚えてない。それに賭ける、早足で通りすぎようとする。
「ここあーくんのマンションじゃん!!!」
だが、無駄であった。うぇ…なんでバレた。なんで俺の住居は覚えているんだ、他のことはすぐ忘れちまうクセによぉ…
「もう叫ぶな叫ぶな、近所迷惑だから。ようしわかった。今日だけ泊める。一泊だけ、一泊だけだかんな!」
「おっけー!ありがとーっ!あーくんやさしい。」
不本意の極み。
俺はきくりをおぶったまま階段を上がり、自分の部屋へと向かう。
「俺の鞄の中に鍵があるから、取って開けてくれないか」
「おっけー!!」
きくりは鍵を出すため、俺の鞄をゴソゴソとまさぐる。きくりに鞄を触らせるの…なんか不安だな。ああっ!書類が落ちてる落ちてる!
「あ、ごめん」
「いや俺もごめんなさい。失念しておりました。」
「何それ。鍵開けるよー?」
ドアの鍵を開けて、自分の部屋に入る。きくりを下ろし後、電気を付ける。やっと帰ってこれた。
「着いたぞ。」
「あーやっと着いた~。あーくんの部屋らしい、なんにもねー!」
「うるせえな。俺金あっても欲しいものがないからしょうがないじゃん。」
「あ!これ物販で売ってた sick hack のグッズじゃん!棚に敷き詰められてんだけど、ウケる。」
「ちょっと勝手に、俺ん棚を弄るなって! じゃあ、適当にくつろいでいてくれ。俺は寝る。」
「ちょいちょいちょい!もう寝るの!?まだまだ夜はこれからだよ!?」
「仕事ときくりの相手でもう俺疲れてるんだよ。もうこんな夜遅いんだから普通寝る時間なの。ニートとは時間の感覚違うの。」
「ニートじゃありませーん!せっかくこうして、二人一緒なんだしタマには飲もうよ!この家酒とかないのー?」
「いや、ないけど。」
「じゃあ、私のおにころあげるから!ほらほら!」
きくりは袖からおにころ4本を出した。
どっから出したんだ、そのお酒たちは…ドラえもんかよ。
あと…
「俺が酒弱いって知ってるだろ…」
「それは知ってるけど…いいじゃんいいじゃん!今日ぐらい無礼講だよ!ねー、飲もうよー!」
「うーん」
「私はあーくんと一緒に飲みたいの…ダメ?」
「うっ」
酒で紅潮した顔と上目遣いで俺を見つめながら、きくりはそうつぶやいた。うぅ…俺時々でるこいつのこの女の顔に弱いんだよ。かわいいとかじゃあないんだけど、決して。しかも俺のウィークポイントを的確に理解していて、俺に繰り出してきやがるからなこいつ。だから余計に質が悪いんだよ…
「しょうがねえな。一杯だけ!一杯だけだかんな!飲んだらすぐ寝るからな!それだけは釘指しとくから!」
「いえーい!!!やったー!!飲も飲もーっ!!久しぶりにあーくんと宅飲みだーっ!!」
「ははっそんなに喜ぶことか…?」
「だって、あーくんクソちょれーんだもん!私が美人だからってさーっ!!あーくん悪い女にコロッと騙されそう!気を付けないとダメだよー!きくりお姉さんのアドバイス!」
…もう寝に行くぞ、コラ。
「あと、私本当にあーくんとお酒飲むの好きなんだよねー。あーくんすっごい酔うから。」
「え、俺そんなに酔うっけ…?最近、飲み会行ってないし忘れた。」
「もうすごいよー!すっごい面白いっ!後で、動画撮って送ってあげるー!見たら悶絶するかもよーっ?」
いや、それは知らんけど…
「あとそもそも一本ぐらいで酔う訳ないだろ…俺が」
「だってねだってね!!おれの…おれのね!おれの上司がすっごいすっごいイジメてくるんだよーっ!」
「うんうん」
「おれだっておれだって頑張ってるんだよ!そりゃ文字の大きさとかレイアウトとかにはもうちょっと気を使った方がいいかなー?とは思うよ!…でもあんなに怒る必要ないじゃんね!おれだって限られた時間で頑張ってるんだよー!頑張ってるんだよー!いつもおれにばっか仕事振るしさー!」
「あっはっはっ!…いやーおもしれー!めちゃめちゃ酒よえーんだから。」
「なんで笑ってるの!?きくりちゃん聞いてるの!?」
「聞いてるよあーくん。あーくんはすごく頑張ってるよーきくりお姉さんが保証してあげるっ!」
「え、ホント?おれちゃんとがんばれてるかな‥?」
「うん!うん!すっごおくがんばってるよー!」
「え、きくりお姉ちゃん優しっ…すきぃ」
「ほら、きくりお姉ちゃんの胸に飛び込んできなさーい!」
「きくりちゃああん!」
「あっはっはっはっ!あーくんに抱かれたー!あーくんマジであったけーっ!」
「きくりお姉ちゃんやさしい、しゅごいやさしい。かわいい。女神。まじしゅきい。」
「あっはっはっ!いつものあーくんなら絶対言わねー言葉っ!」
「そうだよねぇ…いつもはごめんねぇ。きくりちゃんにきつく当たってぇ…ホントはもっと俺素直になりたいんだよぉ。でもきびしくしとかないときくりちゃんはもっとダメになっちゃうからさー」
「なんか今もダメみたいな言い方だけど… でも、そんなに素直になれないんだねー?あ、そうだ!じゃああーくんは私のことどう思ってるのー?」
「きくりちゃんー?きくりちゃんはすごいよ、尊敬してる。俺なんかとは比べ物にならないぐらい。俺なんかはさ、普通でつまんない人生歩んでるけど、きくりちゃんはすごい充実した生活送ってるもん。キラキラ輝いて見える。ずっとベースもバンド活動も頑張っててさー。自分自信で選びとった夢の道を着実に歩んでて凄いよー。あんなにファンもいるし。もうおれの手に届かない場所にいてさ、きくりちゃんは自慢の幼馴染だよっ!」
「…………そんなに立派なものじゃないよー。私もこうして酒に頭やられてないと、毎日不安で死にたくなるんだから。こんな不安定な生活より、安定した生活送ってるあーくんの方がずっと立派だよ。」
「おれは飛び出す勇気がなかっただけだよ。おれもきくりちゃんと同じで、いつも不安で不安でたまらないもん。これでいいのか、このままでいいのかって。だからこうしてメンタルボロボロになっちゃった時は、きくりちゃんといるとすごい安心する、気持ちが楽になる。一緒にいないと、おれダメになっちゃうのかな…情けないね。」
「えーなんか嬉しいなー!私なんかで元気になってくれるなら良かったよー!じゃあ私で言うお酒が、あーくんで言う私ってことだね。じゃああーくんは私に酔ってるんだ、幸せスパイラルならぬ幼馴染スパイラルなんだー!」
「幼馴染スパ…あっはっはっ!そうだね!きくりちゃんに酔ってんだねおれ!ねね…きくりちゃんは今日ずっといるの?」
「もちろん!あーくんのためにずっといるよー!」
「やったあ!!!!きくりちゃんがずうっといるんだーっ!!いっぱい飲むぞーっ!あっはっはっ!!!」
「いいぞあーくん!その調子だーっ!あっはっはっはっ!!!」
「ふぁ…あれ?もう朝か…?」
俺は酒ビンとつまみが散らばっている部屋を見渡す。ああ、昨日は帰りにきくりと出会って、一緒に一杯やったんだったな。こんなに散らかして…また片付けないと。きくりは…もう帰ったのかな?
「あ、なんだこれ」
机に紙が置いてあるのを見つけた。手に取ると、字体できくりが書いたものだとわかった。
『あーくんありがとー!昨日は久しぶりに二人で飲めてすごく楽しかったよ!でも、外ではあーくん飲むのは控えた方がいいかもね!今日は夜にライブがあるので先に帰るね。ベースも自分で取りに行きます。シャワーも借りました。色々とありがとねー!もし、時間があればライブ見に来てください。また一緒に飲もうね!あ!あとスマホに動画送っておきます。後で見てねすっごい面白いから。
きくり♥️ 』
と、走り書きでメモ用紙に記してあった。
そうか…帰ったのか。何も覚えてねえけど。まあ良い気持ちだったのは覚えてるかな。なんか昨日の疲労感というか、モヤモヤも消えてるし。まあ、タマにはあいつと飲むのも悪くは…ないかな?うんうん、悪くはないな。
「久しぶりにあいつのライブでも見に行くか」
珍しくそう思った俺は、出かける準備をするために起きる。そこで
「あ」
手紙に書いてあったスマホの動画のことを思いだして、スマホを探す。机に置かれていたスマホを見つけて、手に取り、ロインを開く。
「きくりから送られてる動画はこれかな…」
『きくりちゃああん!』
『きくりお姉ちゃんやさしい、しゅごいやさしい。かわいい。女神。まじしゅきい。』
『やったあ!!!!きくりちゃんがいるんだーっ!!いっぱい飲むぞーっ!あっはっはっ!!!』
…………………………………………………………………………………………………
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
俺は悶絶した。
以上です
ありがとうございました。