魔法のない世界で生きるということ   作:にゃんこぱん

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第一話 『トレーナー』になるということ①

 

「やだ」

 

 その一言で、スイープトウショウは数々のトレーナーの心をへし折ってきた。

 

「やらない」

 

 その一言で──

 

 

 

 

 

 

++

 

 

 

 

 

 

 

 魔法──古くは魔女信仰から始まった呪術である。

 

 最も古い起源としては、農耕時代の『雨乞い』とされている。日照りによる干ばつがそのまま生命に関わった時代では、雨が降るか降らないかということは何よりも大切だった。

 

 人が天気を操るためには当然代償が必要であるとされ、そのためには様々なものが捧げられた。もちろん現代科学の観点からするならば、雨が振るという事象と、捧げ物というものには一切の因果関係は証明されない。

 

 しかし、それは捧げ物──当時の人々にとって貴重だった数々の器物や生命──による雨乞いが起きなかったという証明にもなっていない。『起きた』ことは証明できても、『起きていない』ことの証明は不可能なのだ。

 

 やがて時代が過ぎ、魔法の弾圧が始まった時代があった。人々はその呪法を恐れるあまり、それを滅ぼそうとしたのである。結果的に魔女という存在は信仰と科学により淘汰され、そして現代に至る。

 

 ここで一つ疑問が現れた。『魔法』と『呪術』の違いとは? 

 

 答えは簡単で、人間に対する『それ』が『呪術』と呼ばれ、人間以外に対する『それ』は『魔法』と呼ばれる。

 

 つまり、心ある人に対する『それ』は、それがそれだけ善良な願いが込められていようとも『呪い』というものに分類されるのである。

 

 魔法使いは、呪術使いにならないように、常に気をつける必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

( ´∀`)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カエルの舌! 西に生えていた野菊の根っこ! 青いトマト! スーパーに売ってた骨! さあ、陣も描いた。いくわよ──ボコボコドンドン・イーペーコ──さあ! はぁーっ!」

 

 ピカーン! 気のせいかもしれないが、七色に眩く光が少女の手から放たれて、校舎裏を登っていった……気がする。

 

 そして少女の眼前に居た猫は、首を傾げてにゃあと鳴いた。

 

「ほらっ、おいで! プチマルっ!」

 

 にゃあ……。

 

 プチマルはアクビを一つ漏らすと草むらに消えていった。

 

「……む、むむむむむむっ!! なんで……」

 

 顔を真っ赤にして少女は拳を握りしめた。近くに人が歩いていれば殴りかかりそうな形相だ。しかしこの怒りを発散する相手は、幸か不幸か見当たらない。そこで、スーパーに売ってた犬用の骨を掴んで、怒りを込めてブン投げた。

 

 すると……。

 

 パコーン! 高い衝突音が響いて、遅れて人が倒れる音。

 

「……は、はああっ!?」

 

 居るはずがない、と思って投げた。しかしそれは所詮思い込みだ。不幸があればこういうこともある。

 

 慌てて駆け寄って、倒れている人物を見下ろした。成人男性だ。

 

「あ、ああ……ちょ、ちょっとアンタ、何寝てんのよっ! 起きなさいよーっ!?」

 

 目を回して倒れたのだろう。気絶したと言った方が正しいか。人は頭に強い衝撃を受けると気を失ってしまうことがある。医学はそれを脳震盪と呼ぶ。

 

 出会いは最悪。

 

 そして始まった──始まってしまったのだ。引き返すことのできない『魔法』の未来。さあ、呪文を唱えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一話 『トレーナー』になるということ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 20XX年、府中────

 

 日本トレーニングセンター学園、通称『トレセン学園』。この学園には、『トゥインクル・シリーズ』で輝くことを夢見る『ウマ娘』たちが集う。

 

 『トゥインクル・シリーズ』とは。

 

 『URA』──『Umamusume Racing Assosiation』が運営、管理する『競争』の世界。夢と希望、そして『輝き』を追い求める『ウマ娘』たちが、体系化された『レース』を走る。

 

 『トゥインクル・シリーズ』は、『走る』ことを極めたアスリートたちの『戦場』であると同時に、民衆たちの娯楽としての『興行』である。

 

 そして『トゥインクル・シリーズ』に選手として出場するためには、『トレセン学園』に入学することが、実質的な必須条件となっている。

 

 『ウマ娘』について。

 

 『彼女たち』は、異世界のある生き物の魂を持って生まれた、不思議な『生物』だ──人間とは比較にならない身体能力、科学的に解明できていない生態メカニズム。人間の尺度を無理矢理当てはめるとするならば、いわゆる『超人』だ。

 

 ただし、その『全盛期』は儚いほどに短い。10代前半からの『数年間』、ほとんどの場合、『全盛期』はその数年間で消費され、緩やかにその身体能力は人間に近づいていく。そして『トゥインクル・シリーズ』では、その『全盛期』の鍛え上げた身体能力で競うのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

( ´ ▽ ` )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呻き声と共に男が目を覚ました時、スイープトウショウはかなりホッとした。もしも打ちどころが悪かったりして、目を覚さなかったら──そんな想像をしただけで気が気ではなかった。

 

「目……目が覚めたかしら!?」

 

「う……ここは……」

 

 男は冷たい芝生の上で目を覚ました。視界に飛び込んできたのはいっぱいの青空と校舎、そして頬を膨らませている少女、スイープトウショウ。

 

「あ──アンタ、何なの!? いきなり来るなり倒れたんだから!!」

 

「い、いきなり……? 何だか、何かがぶつかったような……」

 

「! き、気のせいよ!! 絶対に気のせい! 分かった!?」

 

 その勢いで言われると、本当に気のせいなような気がしてきた。実際に記憶は曖昧だ。

 

「あ、ああ。それで、君は……」

 

「ふん! 人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るべきじゃないかしら!?」

 

「それも……そうだな。僕は学園の『事務』で働いている者だ」

 

「事務? なに、アンタ『トレーナー』じゃないの?」

 

「よく勘違いされるけど……違う。そこ──蛇口があるだろ?」

 

 男が指差した先には確かに蛇口がある。近くに花壇があるので、水やり用だろうか? 

 

「どうやらそこの蛇口が故障したらしくて、様子を見にきたら……見ての通りだ。まさか、そんなに疲れが溜まっていたなんて……」

 

 スイープトウショウは気まずそうに目を逸らした。

 

「ともかく、介抱してくれてありがとう。でもこんなところで何をしていたんだ?」

 

「魔法よ、魔法! 見て分かるでしょ!」

 

 ──地面に魔法陣らしきものは描かれている。それになんか色々……妙なものが転がっている。犬用の骨とか。

 

「魔法……?」

 

「そ。プチマルがいたのよ。でもプチマルは素直じゃないから、アタシに懐いてくれない。だから魔法を使って、懐かせようとしたワケ」

 

「……」

 

 どうしよう? あまりいい予感はしないが、詳しく聞いてみるべきか……。

 

「君は魔法が使えるのか?」

 

「そう。言い忘れていたわね、アタシはスイープ。スイープトウショウよ! でもそれは仮の名前……本当の名前は、天才魔法少女スイーピー。驚いた?」

 

「……ああ。とても驚いた。それで、犬を懐かせる魔法を使っていたのか」

 

「犬じゃないわよ! プチマルは猫なんだから!! バッカじゃないの!?」

 

 じゃあそこの犬の骨は一体……。理不尽な引っ掛けクイズに敗北し、男はがっくりと肩を落とした。そして天才魔法少女をちらりと横目で見る。

 

「ともかく、ありがとう。僕は仕事に戻ることにする」

 

「あっそ。今度は気をつけることね」

 

「……?」

 

 ともかく蛇口に歩いていった男と対称に、スイープトウショウはつまらなさそうな表情で校舎裏を眺めている。すると、女性の呼び声が聞こえてきた。

 

「スイープさーん、スイープさーん、どこですか? スイープさん……まあ! こんなところで……スイープさん!」

 

「……む〜! 何よ!」

 

「補習の時間ですよ。戻ってください」

 

 年配のらしき教員の、そんな言葉にスイープトウショウは──

 

「はぁーっ!? ぜーったいイヤ! 行かない!!」

 

 完全になんというか、攻撃オーラをメラメラと立ち上らせていた。流石に男も手を止めてこっそり後ろを振り返って、成り行きを見守っている。

 

「スイープさん、ワガママ言わないでください。あのね? ワガママばかり言っていると、立派な大人になれませんよ?」

 

「うるさい! イヤって言ったらイヤなの! ぜぇーったい行かない!!」

 

「スイープさん……まぁ、参ったわねぇ……」

 

 その様子を見兼ねてか──男が立ち上がって、教員のところへ歩いていった。

 

「あの──すみません。彼女には、僕の仕事を手伝ってもらっていたんです。あまり叱らないで頂けませんか」

 

「……え?」

 

 素っ頓狂な声を上げたスイープトウショウを放って、女性教員の顔色が変わった。

 

「あら、そうなんですか?」

 

「はい。それで、申し訳ないのですが、もう少し彼女の力を借りたいのですが」

 

 何を言っているのだろう、こいつは。そんなスイープの思いとは裏腹に、男はペラペラと口を回している。

 

「あら……でも、補習が……」

 

「もしよろしければ、補習に関しては僕の方で面倒を見ましょうか?」

 

「そういうことでしたら……。スイープさん、あんまりトレーナーさんに迷惑をかけないように」

 

 どうやら女性教員は勘違いをしているらしい。男は事務職であってもトレーナーではない。しかしスーツ姿や、若い男性という容姿も相待って、勘違いさせる要素は十分だ。

 

 ペコリと頭を下げて、女性教員は去っていった──。

 

「……何? 手伝うことがあるの?」

 

 警戒心を滲ませながらスイープが男を睨んだ。

 

「ない。さっきのは全部嘘だ」

 

「はぁ? なんでそんなことしたの?」

 

 スイープの言葉は刺々しい。それは──大人への『信頼のなさ』から来るものだ。今更無償の善意など信じられず、裏にある事情を疑っている。

 

「行きたくないんだろう、補習」

 

「……はぁ?」

 

「勉強の一つや二つ、サボったところで将来に影響なんてしない。やりたいことをやればいいと思う」

 

 あまりにも軽く放たれた言葉。まるで嘘をついている気配のない言葉。

 

「……でも、アンタは? さっきの先生にバレたら怒られるわよ」

 

「そのときは謝ればいい。もちろん、さっきの先生が今回の件をうっかり忘れてくれれば1番いいんだが」

 

「……」

 

 緩めた口元。それは──まだ、出会ったことのないタイプの大人だ。スイープトウショウは目を丸くして男を見つめた後、ニヤリと笑った。

 

「ねぇ! アンタ、名前は!」

 

「名前?」

 

「事務の人、だけじゃわっかんないでしょ?」

 

「ああ……水瀬(みなせ)です、よろしく」

 

「ふーん……ミナセ! アンタ普段どこにいるの? 遊びに行ってあげるわ!」

 

 面倒なことになったな、と水瀬は思った。

 

「仕事中はあまり相手は出来ないが……職員室の横の、事務室で仕事をしている。お茶とお菓子くらいなら出せると思うから……歓迎する」

 

「やった! それじゃ、明日から隠れ場所に使うから、ちゃんとするのよ! 分かったわね!?」

 

 何がだろうか? 聞く間も無く、スイープトウショウは行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 水瀬は──新人だ。今年の4月から事務職として採用され、職場では1ヶ月目なのでペーペーだ。周囲の先輩たちに仕事を教わりながら仕事をこなしている中で、職場に客など招ける立場ではないのだが……。

 

「ミナセ! 遊びに来てあげたわよ!」

 

「あ〜ら〜! スイープちゃんいらっしゃい! みんな、スイープちゃんが来たわよ〜!」

 

 ベテランのおばちゃんがいたくスイープを気に入ってしまい、幸いにも水瀬は冷たい目で見られることはなかった。

 

「ほら座って座って。今お茶を淹れるからね、お菓子もあるから食べて。寒くない? 暖房入れようか?」

 

「もう5月よ! 暑いくらいだわ! 飲み物はとびきり甘いヤツがいいわね、あるかしら?」

 

「そう言うと思って、ちゃんと買ってきたんだから〜」

 

 スイープを可愛がっているのはおばちゃんだけではない。

 

「あっ、スイープちゃん! 今日はどうしたの? 補習サボってきたの〜?」

 

「サボってないわよ。鬱陶しかったから、30秒で片付けてきてやったわ!」

 

「すご〜い! あっ、でも勉強はちゃんとしておいた方がいいよ? 本気で後悔する日が来るかもしれない。これマジ」

 

「ふん! アタシが本気を出せば全部ちょちょいのちょいだもん、後悔なんてしない」

 

「さっすが! あっ、水瀬くん! スイープちゃん来てるから、休憩する?」

 

「そうします──」

 

 あまりに馴染み過ぎている。

 

 事務職といっても、トレセンは大きいので部門が多岐に渡る。水瀬のところは小さな部署で、3人ほどの小さなグループで仕事をしている。そして働いているのは女性が多く──そして2人ともスイープが琴線に触れてしまったらしい。猫可愛がりだ。

 

「ミナセ! アンタ、アタシが来たんだから真っ先に迎えに来なさいよ! なってないわね!」

 

「……ごめん?」

 

「心が篭ってないわ。もう一回」

 

「ごめんなさい……」

 

「よろしい。全く、どいつもこいつもしょうがないわね!」

 

 ぷりぷりと怒っているのは割といつものことであり、心なしか聞いて欲しそうな気配を感じる。水瀬は聞いた。

 

「何かあったのか?」

 

「レースよ、レース。教官の連中と来たら……同じことしか言えないのかしら。もっと考えて走れとか戦略とか戦術とか、ほんっとくだらないし、つまんないことしか言わないの!」

 

 今日も姫はご機嫌斜めだ。コップにはちみつジュースを注いで持ってきたベテランのおばちゃんが笑いながら言う。

 

「そりゃあね。あの人たちは見るべきウマ娘の数が多すぎるからねぇ。教官たちも先生たちも、それなりに大変なんだよ」

 

「そんなのアタシの知ったことじゃないわ。あなたのためとか、もう何回言われたか分かんないもん。はぁ……ミナセ! アンタが教官やりなさいよ!」

 

「僕が?」

 

「アンタなら口うるさく言わないでしょ。さっさと代わってきて!」

 

「また無茶を……」

 

 教官といえど、トレーナーと遜色のない知識と経験が求められる。大多数のウマ娘を導くと言う点ではトレーナーよりも大変かもしれない。素人ができることではないはずだ。実際水瀬は素人である。

 

「はぁ。ほんっと嫌になる。この後も、選抜レースに出なきゃいけないし……」

 

「いつもみたいにサボるわけには行かないのか?」

 

「水瀬くん! あのね、選抜レースは大切なイベントなの! 補習とは訳が違うんだよ!」

 

「……そうなんですか?」

 

 先輩が勢いよく捲し立てた。トレセンの事務員のほぼ全員はレースファンだ。こういった学園内の行事にも詳しい。

 

「選抜レースの結果を見てトレーナーがウマ娘をスカウトするんだから、出なきゃ始まらないの。それをサボっちゃったら……デビューは間違いなく大幅に遅れるだろうし、やる気なしって思われたら余計にスカウトもつかなくなっちゃうの」

 

「なるほど……? それで、スイープ。君は出たくないのか」

 

「そうよ! また色々小言言われるかと思うと、今から嫌になる」

 

「?」

 

「教官たちも、スイープちゃんのことを思って色々言ってるのは確かなんだよ。けど……」

 

「フン!」

 

 複雑な『事情』があるのだろうか。しかしトレーナーがつかないことには始まらないはず。選抜レースをサボるわけにはいかないと分かっているから、こうやって愚痴っているのだろう。

 

「ところで……スイープは強いのか?」

 

「は?」

 

「! 水瀬くん、スイープちゃんのレースを見たことないの?」

 

「はい。僕はレース自体あまり……」

 

「ええっ!? もったいない……よし! 水瀬くん、ちょっと見てきなさい、選抜レース!」

 

「は? いや、仕事は……」

 

「いいから! 先輩命令です! 課長! いいですよね!」

 

「ヨシ! 行っておいで! ちゃんと目に焼き付けてくるんだよ!」

 

 ヨシじゃないが……どうやら完全にそういう感じになってしまった。それでいいのか社会? 

 

「いいよ! どうせあたしら第三管理部は暇だからね!」

 

 いいのか。

 

「なによ。アンタ、アタシがレースで負けるとか思ってるわけ?」

 

「いや、そうは言ってないけど……」

 

「いいわ! どうせそろそろ時間だし、行くわよ。ミナセ!」

 

 そういうことになった。

 

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