──水瀬トレーナーの名前は、トレーナー養成校にはありませんでした。特殊な経歴でトレーナーになったのですか?
「『秘密』ということにしておきましょう。確かに、『トレーナー試験』の受験資格に、養成校の卒業というのは含まれていませんからね」
──それでは、水瀬トレーナーの経歴、目的などは全て『秘密』なのですか?
「『目的』ははっきりしてますよ。スイープの『魔法』を見届けたい、それだけです」
──なるほど。つまり、『正体不明の凄腕新人トレーナー』ですか。
「ハハ、まあそういうことになるんでしょうね。凄腕などとは、少し言いすぎですがね」
──『新人トレーナー』が『GⅠ』を勝利したのは実に21年ぶりとなります。何か秘訣はあるのでしょうか?
「
──担当を『信じて』いらっしゃるのですね。
「ええ。まあ、振り回されっぱなしですが。もう少し落ち着いてくれたら、と思うこともなくはないんですが……」
(スイープトウショウが水瀬の頭をペシっと叩く)
月間トゥインクル1月号 『阪神JF特集』より一部抜粋
( ´∀`) ( ´ ∀`) ( ´∀` )
『──それでは次に、いよいよ今週末に迫りました『オークス』に関する話題です!』
『今年の『オークス』も面白くなりそうです。誰が『樫の女王』の座に輝くのか……楽しみですね〜!』
『やはり今回の台風の目はなんといってもスイープトウショウだと思うんです!』
『あ、やっぱりそうですよね! なんといってもここまで『無敗』! 勝ち方も大胆というか鮮やかというか。あの記者会見はすごかったですからね!』
『『レースの魔法で世界を変える』! ふふ、なんだかちょっと『夢』を見たくなってしまいますよね〜!』
「お! またスイープの名前出てるな〜!」
元気よく言うのは『ビコーペガサス』、スイープのクラスメイトであり、友達の1人だ。
「すごい人気だよね〜! SNSでもトレンドに上がってるし、やっぱり『桜花賞』後のインタビューのインパクトがすごかったみたい?」
『マヤノトップガン』がスマホを眺めて、少し嬉しそうに笑った。
「わあ……! こっちの記事では『オークス』の主役はスイちゃんに違いない、って……すごいです……!」
『ニシノフラワー』が目を輝かせて雑誌を眺めていた。
スイープトウショウは『桜花賞』を経てすっかり有名人になった。完全に話題を掻っ攫っていった魔法少女。そして──そのトレーナー。
「それにしても知らなかったなぁ〜。スイープちゃんのトレーナーちゃん、正体不明キャラで売っていくんだね」
「? どういうことだ?」
「知らないの〜? 『正体不明の新人トレーナー』、ミナセトレーナーだよ〜」
「し、正体不明……!」
「どこから現れたか、どうやってトレーナーになったのか、全部『秘密』! なんだかビックリなトレーナーだよね〜!」
有名なトレーナーというものは、その家系を辿っていくと大抵は別のトレーナーの存在や、レースで活躍していたウマ娘の存在が浮かび上がるものだ。
しかし水瀬というトレーナーを調べても何も分からない。噂ではどこかの名門の隠し子とか、これまで表には出られなかった事情があるのではないかと言われている。
「『型破りな天才魔法少女』と『正体不明の新人トレーナー』! なんていうか、すっごいコンビじゃない〜?」
「す、すごい……! アタシもこれから正体不明のウマ娘としてやっていこうかな……!」
「もう遅いかな〜? 『無敗宣言』といい……ホント、これからどうなるのかワクワクしちゃうよね〜!」
わいのわいの。
その横を通り過ぎるある水色リボンのウマ娘──楽しそうにはしゃぐウマ娘たちを冷ややかな目で眺めながら。ジャージに着替えて、これからトレーニングなのだろう。
「『主役はあの子しかいない』、ね──」
冷たく呟いて彼女はそのまま歩いて行った。
( ˙-˙ )
『オークス』。
『
東京レース場、芝2400m──『中距離戦』。
なんと言っても最大の特徴はその『距離』だろう。ティアラ路線で2400mを走るのは、この『オークス』以外に存在しない。
ティアラ路線では全体的な距離が短めだ。おおよそ1600〜2000が基本的な距離。つまり2400というのは非常に『長い』距離。のちに控えている『秋華賞』では2000mと、逆に短くなる。
つまり『オークス』は、この頂点を決める18人の『地力』が試されるレースと言えるだろう。
( 'ω')
『オークス』当日!
続々と会場に入っていく観客たちに紛れてスイープたちも控え室を目指す。この程よくどんよりとした天気が水瀬の心境を表しているようだった。
(来てしまった……)
「? なによ、苦そうな顔しちゃって。今日は本番よ?」
「負けたらどう言い訳しようか考えてる」
「ちょっと! アンタ、アタシの使い魔ならどっしり構えてなさいよ!」
「ああ……」
「気合い入れなさいよね! 今日こそ『レースの魔法』を完成させる手がかり、見つけて見せるんだから!」
そんなわけで控え室に向かうスイープたちだったが……
「──失礼します。突然すみません」
同じくトレセンの制服に身を包んだウマ娘が目の前に立っていた。まるで立ち塞がるように。
「? なに、だれ……って、あれ。アンタ、確か……今日同じ『オークス』に出る、えっと……」
「『ヤマニンシュクル』です。スイープトウショウさん。スイープトウショウさん、少し話をさせてもらっていい?」
「話ぃ? ……なによ?」
「……私ね。……私──」
水色リボンのウマ娘、『ヤマニンシュクル』は──はっきりと言い放った。
「あなたにだけは、負けないからっ!!」
「!」
「歴史を変えるとか、世界を変えるとか! そういうのは──『今日』、私を倒してからにして! トリプルティアラ路線で注目するべきなのは──あなただけじゃない!!」
ざわ……ざわ……。
何せ会場前だ。一般客も多く通る中でのその宣言はよく響き渡る。しかしそんなことは彼女にはどうでもいいことだ。
「私だってすべてをかけて『ここ』に立ってる。ティアラを願う両親の思いや、これまでの日々の全てをかけて、『ここ』にっ!」
そう。スイープに走る理由があるように、彼女にも戦う理由がある。
「だから、あなただけに『夢』を語らせはしない」
今や、その『理由』は『意志』になった。剥き出しの闘志──レース場前にヒリついた雰囲気が流れ出す。
「『樫の女王』の栄光は!! あなたじゃなくて、私がもらうっ!!」
こつ、こつ……と、時間が止まったようなこの場所にあって、いくつかの足音がやけにはっきり聞こえる。その主は同じくトレセンの制服に身を包んだ──『オークス』出走ウマ娘たち。
「……そ……そう、だよね。あたしも……あたしだって、同じこと、言ってやりたかった……!」
「私もっ! お母さんの代から『オークス』の頂点を目指して、ずっとずっとやってきたんだから!」
「三冠路線の子たちがどうのとかいう前に、まずわたくしたちを倒してご覧なさいな!」
息を合わせたように──1人キャラが濃いのがいる──彼女たちは叫んだ。
『女王の座は、渡さないっっっ!!!』
そして、それを正面から受け止めたスイープは──笑った。
「……へぇ?」
楽しみで仕方がないというように、笑った──
「なによ──ちょっぴり、ワクワクしてきたじゃない! いいわ、アタシの『魔法』──アンタたちに、見せてあげる!」
そして──
「なあ! さっきの、なんかすごかったよな。『オークス』出走の子たちが、スイープトウショウ囲んでバチバチって!」
「ね〜! なんか、いつになく熱い感じだったっていうか……! あの魔法少女ちゃんを中心に、『何か』が始まってる感じ……するかも!」
そして、レース場から開戦前のターフを見下ろす、メガネに三つ編みのウマ娘、『ゼンノロブロイ』は──
「……スイープさん、あなたは──」
レースが始まる!
( ´∀`)
──ワアアアアアアアアアアアア!!!
「いけっ、いけーっ!! 『ヤマニンシュクル』っ、行けるぞーっ!!」
「来たっ、来た──と、届くの!? スイープトウショウ、ここからまさか届くって言うの!?」
「遠すぎるって! だって──あと200だ──って、ウソだろ!? なんだ──なんだ、あの脚!? ウソだ、ウソだって!! 大丈夫だよな『ヤマニンシュクル』! ずっと頑張ってきたこと、俺たちファンは知ってるんだから!!」
──ワアアアアアアアアアアアア!!!
「あ、あああ──ち……ちょっと、これ……!! ウソでしょ……!?」
──ワアアアアアアアアアアアア!!!
空は──いつの間にか晴れていた。新緑のターフは土に汚れ、踏み砕かれ、彼女たちは『前』を目指して走っている。走り慣れた距離ではないこの『2400m』という距離に対して、そして周囲の敵に対して戦っている。『全力』で──
「勝つ……っ! 私が、私が──『私が』っ!!!」
「さ・せ・る・かぁぁぁぁぁあああああっ!! はぁぁぁぁぁぁぁぁあああああーっ!!」
この『最終直線』はここまで辿り着いた彼女たちに課せられた最後の『問い』。すなわち、『おまえは『勝利』にふさわしい存在なのか?』
ドドドドドドドド……
「譲らない──絶っっっ対に、譲らないっ!!」
「どけぇっ!! だぁあああああああっ!!」
自分が問われている。だから彼女たちは叫んだ。
『女王は──私だっ!!』
──そう、叫んだ、その真横を、スイープトウショウが抜き去って、
「……負けるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
瞬く間に距離を広げて、『先』へ走っていく魔法少女の背中に食らいついていくために、
「ぁぁぁああああああああっ!!!」
叫んで──その『夢』を叶えるために。
──現実はいつも残酷だ。叫んだって何も変わらない。だけど、
信じられない末脚で駆けていくスイープの背中を見て、あれは確かに『魔法』だと、確かにそう思った。
──ワアアアアアアアアアアアア!!!
「な……なあ、見てたか!? 今の、迫力……ヤバくなかったか!?」
「う、うん……! なんだろ、可憐さとか、優雅さとかに収まらない、荒々しさ……みたいなものが……!」
歓声は止まず──喝采は全て魔法少女のために。
「……っ、スイープ、さん──」
そして、今。誰よりも早く『樫の舞台』を駆け抜けた魔法少女といえば──
「っ、はぁっ!! はぁっ、はぁっ、はぁっ──」
荒い呼吸のまま、この勝負を噛み締めていた。
(…………なに、今の──なによ、なによ、なによ……!)
すぅーっと息を吸い込んで顔を上げたスイープの顔は、疲労に包まれながらも笑っていた。
「──すっごい、たのしかった……!」
誰もが『本気』で、『夢』を持って──今まで味わったことのない『感覚』。『桜花賞』の時とは比較にならないほど……しかし。
「いやマジ、盛り上がったなぁ〜『オークス』!! こりゃ──来週の『日本ダービー』がさ。ますます楽しみになるってもんじゃないか!? 世代全体がアツくなってるっていうかさー!!」
「うんうん! こんなに熱くなってきた『クラシック世代の主役』が決まる、『夢』が詰まったレース……! た、楽しみ〜!」
なんか、そんな会話が聞こえてしまって、スイープはガックリと肩を下ろした。その背中に水色リボンのウマ娘こと『ヤマニンシュクル』が話しかける。
「──正直ね、あなたのインタビューを見るまでは、考えたこともなかったんだけど」
「?」
「確かにムカつくよね!! 世代の主役を決めるレースがなんで『オークス』じゃだめなの? って。だって──あなたはこんなにも『強い』のに」
「……!」
「だよね。あたしたちのこと、『三冠路線』の『前座』扱いしてない? みたいなさ」
他のウマ娘たちも集まってきて言い出した。
「トリプルティアラだって至上の『名誉』よ。誰にもそれはけなさせない」
「わたくしたち──どこかの魔法少女を見習って、もう少しばかり『わがまま』になるべきかも、しれませんね」
レース前、彼女たちはスイープのことを完全に叩き潰すつもりでいた。だが今は──もう勝負はついた。だから『認める』ような目で、スイープを見ている。
「あはっ! ……でしょ?」
「うん、……いい『レース』だった。心からそう思う──だから、また戦おう。次は……負けないから!」
「ふふん。じゃあ──次は『秋華賞』で、待っててあげる。次はもっとすごい『魔法』を見せてあげるんだから!」
こうして──『オークス』は幕を閉じたのだった。
そしてライブを終え、帰路に着こうとした時……。
「スイープさん、今日は……『優勝』、おめでとうございます。素晴らしい『レース』でした」
『ゼンノロブロイ』がレース場前でスイープを待っていた。
「あら? ロブロイじゃない! アンタ来てたのね!」
「はい。スタンドで──しかと『見て』いました。あなたの走りを」
「へえ? ……で、どーだった?」
「……まさしく」
友人の勝利に嬉しくなっていたであろう表情が少し真剣味を帯びた。
「まさしく『魔法』のようであったと、そう思いました」
「!」
「見ているだけで心が躍って──ひと脚ごとに世界が塗り変わっていくような興奮が胸を満たしていって──ワクワクしました。ドキドキしました。それから……」
『決意』を固めた表情というものは、ひと目で『そう』だと分かる。ゼンノロブロイは──
「『私も』、と思いました」
「……アンタも?」
「はい。……そうです、スイープさん。思えば……あなたは最初から、ほうき星のような方でした。前触れなしにさっそうと現れて、ともすればおとぎ話のようでさえある『夢』を、堂々と語って……私には──いつも縮こまってばかりだった私には、そんなあなたが本当に眩しく見えて」
それは『過去』を語る言葉だ。誰かが『過去』を語るなら、それには必ず『理由』がある。
「……きっと、『憧れた』のだと、思います。そして今日もあなたは、……いえ、今日のあなたが最も、『光り輝いて』見えました」
ゼンノロブロイのその『理由』とはつまり、『過去』への清算であり、『決別』だ。
「眩しかった! そして思い出せました。私──あなたみたいになりたかったんだって!」
「ロブロイ、アンタ──」
「『クラシック級』では、思うような成績を残せませんでした。だけど……っ、もうそれを『理由』にして口を閉ざすのはやめます!! 私は『英雄』になるウマ娘なのだから!!」
踏み出せなかった『一歩』を踏み出した『ゼンノロブロイ』は、緊張しているようで、晴れ晴れとしているような、どこか堂々とした姿だった。
「……スイープさん。あなたの『魔法』が、私に『勇気』をくれました。ありがとうございます──」
(いた)
深々と一礼し、去って行った『ゼンノロブロイ』。
(ここにも、いた。アタシの『魔法』にかかってくれた子が……!)
その背が見えなくなるまで見送ったのち、スイープトウショウは──
「ミナセ! 『秋華賞』に向けた準備、始めるわよ!」
沈みゆく『夕日』の影にスイープトウショウが見つけたもの。
「──アタシたち、間違ってない。『レースの魔法』は、この先にあるわ!!」
「ああ。少なくとも、『輪郭』ははっきりしたみたいだ。やったな!」
道に伸びた二つの影がグータッチを決めた。
スイープトウショウ、『ティアラ二冠』達成。
( ✌︎'ω')✌︎
『オークス』を終えた週が明け、スイープが部室で魔導書を読んでいると……
ガララ!
「お邪魔します」
「? だれー?」
「スイープトウショウはいる?」
「だからだれって聞いてんでしょ!」
「ああ、いた。ひとつ頼みがあるんだけど」
「だからアンタだれって聞いてんのよ!!」
マイペースなウマ娘だ。どことなくぼんやりとした雰囲気があるが……。
「『魔法』をかけてくれない?」
「はぁ〜? いきなり部屋入ってきてそれぇ? ま、いいけど」
いいのかよ。
「どんなのがいいの? ていうかだれ?」
「なんでもいい。ゲン担ぎだから」
「ゲン担ぎぃ?」
「『日本ダービー』に出る」
「!」
「きみの『魔法』を信じて、ここはひとつ、ガシッと」
どうやらこのぼんやりした話を聞かないウマ娘はただものではないらしい。それを感じ取ったのか、スイープがため息をついて杖を取り出した。
「はぁ……メランコーリ・メストカル! 『強く』なぁれ! ……はい、終わったわよ」
「うん……実感が湧かないな」
「なんなのよアンタ! アタシの『魔法』は本物なんだから!」
そうだぞ。会話には加わらないが水瀬も心の中で援護射撃をした。
「まあ、ありがとう。それでは」
「はいはい。せいぜい頑張んなさいー」
「はい、は一回だ」
「っさいわね!! っていうかアンタ名前!!」
「あれ。ああ……『ハーツクライ』です。よしなに。では」
スイープが振り回されるって相当だな、と水瀬は他人事のように思っていた。
ガララ! 嵐のように過ぎ去っていった『ハーツクライ』。その行く先が、遠い未来では『死の日本ダービー』と呼ばれることになるなど、この時はまだ誰も知らなかった。
第四話 『誓い』を立てるということ 終わり