魔法のない世界で生きるということ   作:にゃんこぱん

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第五話 『側にいる』ということ②

 

 

 

 『秋華賞』。

 

 『秋』は『実りの季節』だ。『春』に芽生え、『夏』に育ち、そして『秋』に実る──京都レース場、芝2000m(右回り)。

 

 『クラシック期』のウマ娘の特徴として、その『成長速度』がある。『身体と精神』の成熟。『夏』を越えたウマ娘たちは、『春』の頃とは比べ物にならないほど成長している場合が多い。

 

 そのため、このレースが『予想通り』に行くことは少ない。いつだって『勝者』は『予想』を裏切ってきた。

 

 『トリプルティアラ』の『最終戦』。これは『トリプルティアラ』に挑戦してきたウマ娘たちの最後の『答え合わせ』。

 

 準備はいい? じゃあ始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 ٩( 'ω' )و

 

 

 

 

 

 

 『光陰矢の如し』、とはよく喩えたものだ。夏合宿が終わってからの日々は一瞬で、この日がやってきた。

 

 『秋華賞』当日──

 

 今回のレースの『テーマ』は非常に単純だ。

 

 『スイープトウショウはトリプルティアラを達成できるのか?』

 

 ある人は『できない』と答えた。ある人は『できる』と言う。そんなことを話題にした人々がレース場に押しかけて、スタンドは人で溢れている。

 

 スタンドの遥か上には『関係者席』というものがある。出場するウマ娘の親族や、学園関係者、レース関係者などだけが入ることが出来る『特等席』。

 

 そこには『二階堂』の姿もあった──

 

 

 

 

 

 ──パドック。

 

「こんにちは、スイープさん。調子はどう?」

 

 水色リボンのウマ娘こと『ヤマニンシュクル』が姿を現した。

 

「あら! 悪そうに見えるってわけ? だったら顔でも洗ってきたほうがいいわね!」

 

「ふふっ、いつも通りみたいね。憎らしいほどカワイイ笑顔だわ」

 

 お互いに溢れ出る闘争心が鬩ぎ合って、ビリビリとした雰囲気が張り詰めていた。

 

「……でもレースが終わったらあなた、私に泣かされちゃってるかもよ?」

 

「あっははははは! アンタ、けっこうおもしろいこと言うわね!」

 

 『ヤマニンシュクル』に萎縮や緊張は欠片も見られない。『トリプルティアラ』に王手をかけたスイープトウショウを前にしても、『勝利』を譲る気など1ミリもない。

 

「けどね、ぜーったい泣いてなんてあげないんだから。このレースに勝って、アンタたちの『頂点』に立って──」

 

 今年の『春』の頃、スイープトウショウを笑う者たちが大勢いた。『全戦全勝』など出来るわけがないと、『魔法』などという妄言も大概にしろと、彼女を笑った。

 

「思いっっっっっきり、笑ってやるわよっ!!」

 

 ──今ではもう、彼女を笑う者は居なくなった。

 

 その『魔法』を──見届けようと集まった『観客たち』。そしてその『魔法』を打ち破ろうと集まった『17人のウマ娘たち』。

 

 スイープトウショウの『三冠』を賭けた『秋華賞』が──今、幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 レースは序盤から『スローペース』になった。

 

 前を引っ張るウマ娘たちとしても、後方に控えるウマ娘たちとしても──どうしても、スイープトウショウを意識していた。

 

 『追い込み』という走り方は『安定感』に欠ける。それはこの脚質がレースの『ペース』に左右される走り方だからだ。『追い込み』特有の爆発力は『ハイペースの展開』で最も輝く──そのため、スローペースというものは圧倒的な不利展開となる。

 

(スイープトウショウは行かせない──このままリードを広げて、直線勝負もさせないのが『理想』……!)

 

 『牽制』が飛び交う前線、しかしなかなか上がらないペースの中、プレッシャーの中で彼女たちは走っている。勝負が『動いた』のは中盤から。つまり向こう正面が終わる3コーナー。

 

 『秋華賞』の最終直線は短い──ゴール前の競り合いというのは実質的にコーナーの時点で始まっているのだ。そして後ろから2番手に控えていたスイープトウショウがペースを上げて、膨らんでいくバ群の大外を突っ切ってコーナーを回っていく。

 

 ──駆ける。

 

 『ラストスパート』が始まった。真っ先に飛び出した先頭のウマ娘がリードを広げていく。残り400。それを追う後方勢、足は十分に残っている。

 

(追える)

 

 十分なペース。十分なリード、十分な余力。ゴールまでが嫌に遠い。懸命に追う、懸命に──

 

『外からヤマニンシュクル突っ込んで来た!』

 

 その想いも踏み躙って。

 

「……────は、ぁぁぁぁぁぁあああああああああッ!!」

 

 この日のためにどれだけの時間を費やしたのだろう。

 

「ああああああああああああああああッ!!」

 

 ────ワアアアアアアアアアアアアア!!!

 

 この日のためにどれだけの犠牲を払ったのだろう。

 

(やられっぱなしじゃ終われないッ!! 私だって──『あの場所』を目指して、辿り着きたくてッ!!)

 

 この日のためにどれだけのものを捨ててきたのだろう。

 

(それでも──勝ちたいから、追いつきたかったからッ!!)

 

 この日のためにどれほどのものを背負ってきたのだろう。

 

 ──ワアアアアアアアアアアアアア!!!

 

 歓声が聞こえる。心臓の音が聞こえる。足音が──

 

 後ろから迫ってくる、ターフを踏み砕く蹄鉄の音が聞こえる。視線だけで横を見たら──ああ、やっぱりあの憎たらしい魔法少女が笑っていた。

 

 何が面白いのか──それでも、笑っていた。冗談じゃない、笑っていられない。

 

(ズルいな。私は『魔法』なんて使えないのに)

 

 ──『追い比べ』。それはたった数秒間の『修羅の時間』、ウマ娘の全てを問う『審判』。横一線に並んだ『ヤマニンシュクル』と『スイープトウショウ』による『最後の勝負』。

 

(負けたくない)

 

 もう限界だ。

 

(まだ走れる)

 

 もう無理だ。

 

(私、は──)

 

 ──ワアアアアアアアアアアアアアアア!!!

 

 もう少し。もう少しだけ、あと3秒だけ粘ってくれ。それだけでいいんだ、それだけで勝てるから。そうすれば……──

 

 諦めたい。もう無理だ、なんて──そんな言葉も捨てたんだ。

 

(──ああ、やっぱり『魔法』だなぁ)

 

 だって悔しいじゃないか。負けっぱなしなんて。

 

(『魔法使い』と戦った、なんて。一年前の私に伝えたら笑われちゃうよ)

 

 過ぎていくその背中。まだ加速して引き剥がしていく、魔法のローブがはためく。

 

 圧縮された世界の中で、小さな『魔法使い』の、悪戯げな笑い声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 ──ワアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!

 

『スイープトウショウゴールインッ!! やりましたスイープトウショウ!! 『トリプルティアラ』達成ですッ!!』

 

 ──ワアアアアアアアアアアアアア!!!

 

「すっげぇ……すっげぇぇぇぇぇ!! マジで、マジでやったんだ!! マジで、勝ったんだ……!!」

 

 ──ワアアアアアアアアアアアアア!!!

 

「『無敗の三冠ウマ娘』を……また、この目で見られるなんて……『夢』みたい……」

 

 ──ワアアアアアアアアアアアアア!!!

 

「……『魔法』をかけて、世界を変える──か。こりゃ、もうバカに出来ないよ。もう二度とあの子の言葉を笑えないや」

 

 ──ワアアアアアアアアアアアアア!!!

 

「どこまで行けるのかな。この先──本当に、勝ち続けちゃうのかな? あの子なら、スイープトウショウなら……本当に『魔法』をかけて、変えちゃうのかな。『常識』も、『歴史』も、『世界』も……」

 

 ──ワアアアアアアアアアアアアア!!!

 

「ま、讃えようや。今は──まったく、いいレースだった!! 今日という日に乾杯だ!!」

 

 ──ワアアアアアアアアアアアアア!!!

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」

 

 ──レースを終えて。

 

(……たのし、かった……。すっごく、たのしかった……! それに……)

 

 ──顔を上げて。

 

(あの『目』──観客たちの『目』が今までと違う! そうよ、だから、これってきっと……!)

 

 『魔法』をかけて、全てを変える──その『夢』が『現実』に変わり始めていた。

 

 ワクワクする。

 

「……あーーーーあっ、負けちゃったぁ〜っ!!」

 

 後ろでそう叫んだのは『ヤマニンシュクル』──最後の最後まで食らいついてきた、スイープの『ライバル』。

 

「! あはっ……そうね。アタシの勝ちよ! ……って、なぁに? アンタ泣いてるの?」

 

 口元はちょっと緩んでるのに、ヤマニンシュクルの両目からは静かに涙が線を描いている。

 

「っ、泣くよ、それはね! 悔しいもの!! はぁっ……」

 

 乱暴に涙を拭うと、彼女はスイープに向き直った。

 

「私、最初はあなたにかなりムカついてた。勝手に自分がトリプルティアラ代表みたいな顔しないでよって」

 

「別に、それくらいわかってたけど。……で? 今は?」

 

「んー……今も、ムカついてはいる、かな」

 

「は!? ちょっと──」

 

「でも、認めてる。私たちの中で、あなたが1番強かった」

 

「!」

 

 まっすぐに。

 

「いいよ、もう認めてあげる。『無敗のトリプルティアラウマ娘』はあなたが史上初なんだもん。だからって、『仕方ない』なんて言葉で片付けたくないよ、けど……まあ、あなたに負けたのなら、仕方ないかなって。そう思っちゃったから」

 

 悔しさの中に混ざった誇らしげな表情。

 

「だから、代表ヅラして、行ってきて。あなたの『魔法』で──さっさと『世界』を変えてきなよ」

 

 走っていてよかった。

 

「私たちの、小さな魔女さん」

 

 あなたに出会えてよかった。

 

 薄れない歓声と、スイープを見つめるウマ娘たちの表情。この『秋』に実った彼女の『魔法』のこと。

 

 語り継がれる『伝説』を、今ここに。

 

 

 

 

 

 

 

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