そんなわけで、スイープトウショウの無敗伝説は続くことになった。見事『秋華賞』を制し、『歴史』に名を残す『偉業』を達成した魔女っ子はというと、冠水公園のベンチに座ってアイスを食べていた。
「もぐっ……で、『次』だけど!」
おおう。切り替え早くない?
「……」
「ちょっとミナセ! 聞いてるの!?」
「いや、もうちょいなんか、こう……感傷に浸っていたいというか」
「バカ。しゃきっとしなさいっ! ──『レースの魔法』の完成は、近いんだから」
「見つけたのか?」
「もうすこしだけ『前』にある。『『レースの魔法』を強くするために、もっと『特別なレース』をする』。そう決めてここまでやってきたけど──」
魔女っ子の言葉には確信がこもっていた。ついに──その『秘密』がわかってきたようだ。
「『桜花賞』とその後の取材では『種』がまけたんだわ。で『オークス』ではそれがしっかり『芽』を出した。『あいつら』の気持ちがバッチバチに燃えていてたのしかったし──ロブロイだけには『魔法』がかけられた!」
種とか芽とか、そんな高度なことを考えていたのか。すごいな……。
「そして『秋華賞』では……見たでしょ!? あの場にいたひとたち、きっと半分くらいはアタシの『魔法』にかかってた!」
まったく、素晴らしいレースだった。水瀬にも分かるくらいだったのだ。
「アタシね、『特別なレース』ってなんなのか、だんだんわかってきたわ」
「と、言いますと」
「もちろん『レース自体が特別』ってのも大事よ。みんなが絶対見たくなる舞台でなきゃ。でもね、その上で──あと『2つ』必要なものが、きっとあるのよ!」
「ズバリ、それは?」
「ひとつは『特別なライバル』! あの『ヤマニンシュクル』たちみたいに、思いっきり燃えてる相手がいなくちゃ」
「では、もう一つは?」
「もうひとつは、『アタシ自身が特別であること』。インタビューの『魔法宣言』で大注目な子、とか……今年の『トリプルティアラ路線』の代表、とかね」
水瀬にもだんだんと分かってきた。『レースの魔法』、その『秘密』が──。
「『特別な大舞台』で、『特別なライバルたち』と、『イッチバン特別なアタシ』が『勝負』をする! それはきっとサイコーにたのしいレースだし、そうやってアタシの中の『魔力』をサイコーチョーに高められれば──」
スイープは言った。
「アタシ、絶対、世界中に『魔法』をかけられる──ううん、かけてやるわ!!」
──ようやくここまで来た。決して短くない道のりだった。
「だからね、ミナセ。『エリザベス女王杯』に出走するわよ。『今年のトリプルティアラ代表』ってだけじゃ、まだ足りないの! アタシはもっともっと『特別』になるのよ──『シニア級』にいる、『トリプルティアラ路線出身』の子たちと戦って!」
そして姫はまだ上を目指すらしい。
「アタシはね、『クラシック級』も『シニア級』もカンケーない! 『トリプルティアラ路線』のウマ娘たちみーんなの代表になってやるのよっ!」
もうなってるんですがそれは。
「……? ミナセ、ちゃんと聞いてた?」
「──聞いていた」
「じゃあ何よ、空なんか見上げちゃって。アタシはここよ?」
「いや……『運命』かな、って思った」
「『運命』?」
水瀬はもう素人トレーナーでもなんでもない。既にレースの世界の深いところまで来ている。だからこそ、これから向かう道のりの意味をもう知っている訳で。
「君と出会って、そしてここまで来たことが、『偶然』だったと思えない。もしも『あの時』、君に出会っていなかったら……俺は今頃、どうしているんだろうって思った」
珍しく水瀬が感傷的になっている。そんな水瀬にスイープはちょっと笑った。
「……ねえミナセ。前から思ってたんだけど、アンタって時々自分のことを『俺』って言うわよね。なんで?」
「さあ……『僕』っていう一人称の方が、柔らかくてとっつきやすいだろうって思って、トレセンに来た時に変えた。だけど……あんまり意味はなかったな、結局」
「『俺』にしたほうがいいんじゃない? 正直あんまり似合ってないわ」
「……そうだな、そうする。少なくとも、君と一緒にいる時くらいは……」
インタビューの時とかは『僕』とかで通すだろうが、今更スイープに対してこんなことをしても仕方ない。
「っ、ね……ねぇ。それってどういう意味?」
「?」
「き、『君と一緒にいる時くらいは』……何? なんて言おうとしたの?」
「ああ、まあ……『嘘』とか、『誤魔化し』とか、そういうのはやめたい……とかか?」
スイープが変だ。なんかもじもじしていて歯切れが悪いし、帽子のつばでうまく表情を隠している。
「だっ……だから、なんで?」
「なんでって言われてもな。まあ、俺は君の『使い魔』だからな」
「っ……! もう、そういうことを聞いてんじゃないのよっ! アンタが『使い魔』なのは『当たり前』でしょっ!」
そのまま立ち上がってスイープは歩いていく。どうしたとは思うが、スイープはいつも唐突な行動ばかりなので水瀬はわざわざ驚いたりしない。
ただ空を見上げて思った。
(『嘘』なんか吐きたくないんだよな。少なくとも、『これ以上』は)
──『秋』が来た。少し肌寒い風を感じてそう思った。
「何ボーっとしてるの!? 帰るわよ、ミナセ!!」
(俺も『魔法』が使えたらなぁ……)
夕日に照らされて少し顔の赤いスイープを追って、水瀬も歩き出すのだった。
( ;∀;)
そんな訳で、見事『トリプルティアラ』を達成したスイープと共に『エリザベス女王杯』を目指す日々が続いたのだが……。
「ふぅ……つっかれたー。ミナセー、甘い物ー」
「まったく。ほら、せんべい」
スイープは無言でせんべいの袋をミナセにぶん投げた。
「……冗談だ」
水瀬はそっとチョコの盛り合わせを差し出した。お菓子の趣味が合わないのは以前のことだが、最近本当に遠慮がなくなっていると思う。スイープはガシガシとチョコを齧った。
「しかし、まだ頑張るのか?」
「ふん。ここで勉強した方がいろいろ便利だもの。ちょっと時間は遅いけど、どーせ門限になったらアンタが送ってくれるし問題ないもん!」
スイープがしているのは学校の勉強──アスリートとしての生活と、学生という立場の二重生活。普通に定期テストもあるって言うんだから笑えない。
「スイープは偉いな」
「むーっ、『子供扱い』しないで!」
「ハハ。撫でてやろうか」
「ぜぇーーーーーったいイヤ! イヤったらイヤ! みっ、ミナセの分際で調子に乗らないでよねっ!」
ここのところずっとこんな調子だ。トレーナー業もそこそこ板についてきたと思うのだが……先は長いらしい。
「ふんっ!」
そんな訳でスイープはまた教科書に齧り付いたのだが……。
ギ、ギギギ……。
「……ひっ!?」
何か硬いものが軋む音が響いた。
「みっ、ミナセ……!? 今の音、なに……?」
「さあ……」
ピコ……ピ……ギ、ギギ……ギギギッ! ブスン!
「きゃあっ!? なあに、なんなの……!?」
ええええ。なにこわ。この変な音どっから出てるの?
ピコ、ピコピコッ!
ピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコ──
「きゃああっ!?」
ついにかがみ込んでしまった姫の元へ駆け寄ると、その音が大きく聞こえるようになった。正体は──
「スイープ帽子! 帽子が!」
「へっ!? アタシの帽子!? なにこれっ!?」
トレードマークの魔女帽子の『耳』の部分が──ものすごい勢いでピコピコ動いていた。
そんな訳で駆け込んできたグランマの家。
「ぐ、グランマ……アタシの帽子が、こわ、こわれ……」
お久しぶりです、とか言えない空気。スイープのショックっぷりは相当なものだ。
「安心おし、スイーピー。三角帽子にかけた魔法の調子がおかしくなっただけさ! 工房で魔法をかければすぐ直るとも! 大丈夫、あたしに任せておきな!」
さっすがグランマ! 本当に頼りになる。
「うん……」
完全に気力を失っているスイープは珍しい。写真でも撮っておこうかな──とか考えていると、グランマに小声で話しかけられた。
「さてと……さっさと直すとしようか。……っと、トレーナーさん」
「?」
「ついでに『秘密』をご覧になりますか?」
「『秘密』ですか」
「ええ。貴方には共有しておいた方がよさそうですから」
そんなわけで、グランマについていくことにした。
グランマの『工房』──
「率直に言って、とても驚きました。スイーピーの『才能』があれほどとは……誇らしい限りです」
水瀬も同感だ。勝ち続けることの難しさというのは相当なものなのだろう、たぶん。
「ですが、それも貴方の存在あってこそでしょう。『トレーナー』の果たす役割はとても大きい」
「そういえば、あなたもかつては?」
──そう。グランマは実は『ウマ娘』だ。まあ『娘』って年齢でもないのだが。
「昔の話ですよ、遠い昔の。ふふふ……」
懐かしそうに目を細めるグランマ。昔を思い出しているのだろう。
「本当に懐かしい。『あの人』も随分出世しました。今ではURAの『会長』なんてやっていて……」
「『あの人』……あなたの『トレーナー』ですか」
「ええ、ええ……。『元トレーナー』、ですけどねぇ……。今でも、一緒にお茶なんか飲みながらお話しして、昔話などをするんです。お互い、すっかり歳をとったな、なんて……。まあ、最近はもっぱら、スイープの自慢話ばかりしているんですけどね。ふふふ……」
なんと、そうだったのか。しかしURAの『会長』──『トレーナー』からの出世ルートってそうなっているのか。はえー。
「それにしても、水瀬さんも大胆な方ですね。『正体不明』だなんて、ふふ。びっくりしてしまいました」
「……ハハ」
笑えな。深く追求されないことを祈ろう。
「話が逸れましたね。とにかく、『トレーナー』というものは『ウマ娘』にとって『かけがえのない存在』。あの子も、流石に1人ではここまでやってこれなかったでしょう。あなたの存在があって、あの子も無邪気に笑うことが出来る……」
「……」
「『レースの魔法』をあなたが『信じて』いらっしゃるから、あの子も安心して『前』へ進める。たった1人でも『味方』がいるというのは、本当に心強いことです」
深い微笑みを湛えるグランマの、慈しみに溢れた『目』──水瀬は、こういうタイプの人に会ったことがなかった。だから気が緩んだ。
「……俺は、ただ……見てみたかっただけです。……『世の中』なんてものを、あんな小さな女の子が本当に変えられるのかどうか──……『味方』だとか、そんな高尚なもんじゃない」
まるで懺悔するみたいに、少しだけ本音が溢れてしまった。言ってから後悔しても遅かったというのに。
「それでも」
「……」
「あなたが、あの子の側にいたことは『真実』でしょう?」
やっぱり──魔女には敵わない。
「あなたが自分のことをどう思っていようと、あなたは『トレーナー』としてあの子の側にいた。あなたの『献身』がどれほどのものなのか、『結果』を見れば一目瞭然です」
どうしても許せないのは、その一言で『救われた』ような気持ちになってしまったこと。
魔女は広い作業台からいくつかの工具を取り出した。
「しかし、これからお話しすることは、彼女には絶対に『秘密』ですよ?」
ついに帽子の『秘密』に迫るようだ。
「実はあの子の帽子ですが──」
帽子の耳の部分をいじって出てきたのは──機械部品だ。
「アレは内部の彼女の耳の動きに合わせて動くように、仕掛けを施しているんです。ほら、ここの歯車が……」
見てみると、なんか腕時計のような精密な機構が組み上がっている。
「これは、あなたが?」
「ふっふっふ……あたしもスイーピーと同じで、一つのことに夢中になる
趣味ってレベルじゃねえだろ。どうやらスイープの天才肌は祖母譲りと見た。
「水瀬さん。この耳が再び壊れないように、見守り続けてくださいね」
「それは、どういう」
「彼女の心が頑張れば頑張るほど、彼女の耳は何度も動き、帽子の耳もそれに合わせて動くでしょう。ですが、帽子の耳を動かしている歯車が壊れてしまうくらいに、何度も何度も耳が動くことになれば──」
ウマ娘の感情は『耳』と『尻尾』に現れるという。
「つまり、スイープが無理をしている証になると」
「ええ。あの子は『ワガママ』は言うけど、『弱音』はなかなか吐かない子ですから」
確かに……言われてみればそうかもしれない。
それが『普通』なのか『強がり』なのか水瀬にはわからない。だけど、スイープは今まで『できない』とか『ムリだ』なんて言わなかった。誰になにを言われようとも、曲がることなく……。
『追い込み』という不安定な脚質を引きずって、全てのレースで勝利してきた。もしかしたら『不安』や『心配』もあったのかもしれないけど、それでも『結果』で示した。
『不可能』などないのだ、と。『魔法』は『不可能』など覆してしまうのだ、と。
「水瀬さん。私も薄々察しています、あなたは何か『事情』を抱えていると」
「……」
「それでもどうか、あの子を支えてやってください。あの子を──託します」
「……はい」
「……っ! グランマ、ありがとう! また帽子に『魔法』をかけてくれたのねっ!」
「ああ! 今回は何重にも『魔法』を重ねがけしたからね。もう2度と壊れることはないはずさ!」
「わぁ……っ! やっぱりグランマは、世界一の魔法使いだわっ!」
──葉っぱが揺れる音がする。
金木犀の香りがして、鮮やかな花が秋風に揺れているのを見ていた。
「さあ、せっかくだ。みんなでお茶の時間にしようか!」
「うんっ! お茶はレモングラスのハーブティーにする! お茶っぱはいつもの棚のところよねっ?」
スイープはよほど楽しみなのだろう。急ぎ足で家の中へ入っていく。
──来ていたコートが揺れた。段々と日が落ちていく。
「水瀬さん? どうかしましたか?」
「……いいえ。なんとなく……もしも将来住むなら、こういう山の中の方がいいなって、思っていただけです」
珍しく水瀬が黄昏ている。そんな様子を見て魔女が笑った。
「あら。結婚のお話ですか?」
「はいッ!? い、いやいやいや、違いますよッ!」
「お相手はもう決まっているんですか? もし決まっていないのなら、ウチのスイーピーなんてどうです?」
「いやッ、ちょっとキツイかなーって思いますッ! 申し訳ないですがッ!」
「ふふふ……冗談ですよ。さあ、スイーピーがお茶を淹れてくれます。行きましょう」
穏やかに笑う魔女が、コツコツと歩いていくのだった。
第五話 『側にいる』ということ 終わり
ストック切れました 毎日投稿さんが死んじゃった……
なるべくさっさと書き上げて投稿します
・ちびっ子理事長とたづなさんについて
この点について感想を頂いていました。私はこの2人は存在しない想定で書いています
なぜなら理事長とたづなさんは『優しい世界』の象徴だと思うからです すんません