ウワアアアアアアア!!!
カフェテリアもとい食堂。とある昼下がりのこと──
「ロブロイ! 隣空いてるわよね?」
ランチタイムの賑わいの中で、ポツンと孤独のグルメをしていた『ゼンノロブロイ』の隣にスイープがやってきた。
「あっ……す、スイープさんっ。はい、どうぞ……!」
ちなみに返事の前にはもう座ってる。
「聞いたわよ『天皇賞(秋)』のこと。勝ったんでしょ?」
「……はいっ」
2人とも嬉しそうな表情が浮かんでいる。
「次の『ジャパンカップ』でも……勝ちは、譲らないつもりです」
「……ふぅーん、そう」
「あ、あの、スイープさん! 私からも……いいですか?」
「なに?」
「以前、インタビューで仰っていましたよね。『クラシック級』では『トリプルティアラ路線』を駆け、『シニア級』では『三冠路線』の出身者たちとレースをし、勝利してみせると──それをもって、『レースの魔法』を『世界』にかけてみせる、と」
スイープにはかなりの注目が集まっている。今のレースを代表する1人と言っても過言ではない。
「その『魔法をかけるためのレース』は、もう決めていらっしゃるんですか……?」
メディアを通じて発信されてきたそのスイープの『宣言』だが、まだ具体的なレースまでは明らかになっていない。スイープはあっさりと答えた。
「んー、そうね。アタシが決めちゃおっかなーって思ってたんだけど──……」
そして現在。『エリザベス女王杯』のレース前、控え室にて──
「アンタが決めなさい、ミナセ」
「……責任重大だな。いいのか?」
事の次第を聞いた水瀬が苦い顔をした。普通は担当の出走レースとか、トレーナーが全部決めたりするものらしいが、今までは全部スイープが決めてきた。そして今日、出走スケジュールの決定はようやく水瀬の役目になったらしいが……。
「いいのっ! アンタが決めるの!!」
姫の不機嫌さはいつものことだが、今回はどうも感触が違う。どうもむず痒いような。
「だいたい、『ソーダン相手』にしてあげたのって、もう何ヶ月も前のことじゃない!」
そういえばあったなそんなの。
「それからアンタは『使い魔』としてなーんにもしてこなかったわけ? 頑張って来なかったっていうの? そうじゃないでしょ!?」
おおう。姫はどうやら、水瀬のことを十分に認めてくれているようだ。じーんと来た。
実際水瀬はよくやっている。『使い魔』としてどうなのかはよく分からないが、『トレーナー』としてならばまあぼちぼちといった感じはある。幸いにも、特大級の『才能』を活かす方法を考えるだけでいいのが救いだ。
まあ、まさかここまで『無敗』でやってくることは想像できなかったが。
「わかったら、とっとと考え始めなさい。……あ、でも今日の『エリザベス女王杯』はちゃんと見てなきゃダメよっ!! アタシが『トリプルティアラ路線』のウマ娘全員の代表になるとこをちゃーんと見て、それから決めなさい──世界を変えるための舞台を、どこにするのか!」
少しは『負けるかも』とか心配させてほしいものだ。と言っても、なんというか……今のスイープが負ける姿は、ちっとも想像できなかったのだが。
そしてその想像通りに、スイープは『エリザベス女王杯』をぶっちぎって勝利したのだった。
第六話 『魔法』をかけるということ
部室──というか、ほぼスイープ専用の溜まり場。
うずたかく積み上がったデスクの上の分厚い本はバラエティに富んでいる。栄養学の専門書から魔法使い入門書まで様々。それと片付けられていないカップ麺と割り箸。デスクの上に肘の置き場所はなさそうだ。
目を引くのは──天井から吊り下がった『くす玉』。引っ張る用の紐が一本垂れ落ちている。
「……」
「なにこれ?」
『くす玉』はギリパーティーグッズに分類される。しかし水瀬は真剣な表情を浮かべていた。
「えー……では、発表させていただきます。準備はよろしいですか」
「……あっ、次のレースの発表? 手の込んだサプライズって感じね。なかなかやるじゃない! じゃあ聞いてあげる!」
「……次の出走レースは──」
バゴン! くす玉の紐を引っ張ると、紙吹雪と共に一枚の紙が垂れ落ちてきた。
『魔法をかけるのにふさわしい』レース、その名前は──『宝塚記念』。
選ばれたウマ娘しか出走が許されない『
「『宝塚記念』ならば、君の魔法にも耐えうる『歴史』と『重み』があると思う。ふさわしい舞台だ」
たぶん。そう心の中で付け加えた。
そして肝心のスイープは……
「……あはっ、『宝塚記念』ね! いいじゃない、合格よ」
合格ヨシ!
「で・もー……ざぁんねん♪ それじゃ、花丸はあげられないわね!!」
合格ヨシじゃない! なんか嫌な予感がする……。
「ま、目指すところが『宝塚記念』ってのはいいと思うけど? それだけじゃダメよ。『世界』を変える『特大魔法』を使いたいんなら、それだけじゃダメ。もっともっと──『特別』なことをやらなきゃ」
一体何を言い出すかと思ったら、一体何を言っているのか全く分からない。
「分かるでしょ?」
「あー……ここらで一発、召喚魔法でも使っておくとか?」
「そんなわけないでしょ。レースの時に召喚魔法使ってどーするわけ? 『安田記念』にも出るのよ」
「なんて?」
「『安田記念』にも出るわよ!!」
なんてこった。マジで言ってる?
何が問題かって──レース間隔の短さだ。短いと何が問題かって、レース前の『調整』が難しいわけだ。『調整』というのはレースに向けて体を仕上げていくことで、まあ体重の調整とか、レース直前の追込トレーニングとかそういうのである。
つまりはナイフを研ぐようなものだ。砥石を使って丁寧に刃を鋭くしていくが、やりすぎると刃が薄くなって脆くなる。そうなると、レースでも本来の実力を発揮できなかったり、あるいはあと一歩及ばなかったりすることもある。もちろん刃こぼれしたままのナイフなど論外。
この『調整』は非常に重要なものであり、トレーナーの腕が試されるのだが……中2週の連続出走はちょっとやったことないです。
それとこっちが最も重要なのだが、連続出走は『怪我のリスク』が高くなる。
ウマ娘の『強さ』と『怪我のリスク』は一定の相関があると言っていい。どれだけ速く走れたって、身体の『頑丈さ』を鍛える方法はない訳で、GⅠクラスのレースとなると疲労の強さもOP戦などとは比べ物にならない。
「マジでやるんです?」
「アンタ、何年アタシの『使い魔』やってるの? いーい、ミナセ? アタシが『やる』っていったらね、アンタは『やる』しかないのよ」
二階堂と同じこと言ってるよ……。
「わかるでしょ。『普通』じゃダメなの! とびっきりの『特別』なレースで、『特大魔法』、成功させるわよ!!」
「まったく、『魔法』をかけるのも楽じゃないな」
「そうよ。アンタもちょっとはわかってきたみたいね?」
「何年『使い魔』やってると思ってる。
正確には1年と半分くらい『使い魔』をやっている。その過程で振り回されてきたワガママとかヤダヤダに比べたらなんてことはない。いつものことだ。
「やるわよ!」
「やろう」
コツン。ぶつけるグータッチの音と共に、『春』へ向けた挑戦が始まった。
『安田記念』出走ののち『宝塚記念』へ向かい、勝利し、『歴史』を覆す──スイープトウショウの掲げたそれは、すっかり世間を騒がせていた。
『ワガママ魔法少女、偉業に向け始動! 『有馬』でなく『宝塚』を選んだのは、長年の歴史を覆す狙いか!? 『トリプルティアラ路線』出身でも関係ない! 強いウマ娘こそが強い! その『宣言』は、新たな『熱狂』の引き金となるか』
さるレース雑誌をめくっていた『ゼンノロブロイ』が、その文章を読んで呟いた。
「『宝塚記念』……スイープさん……そうですか。あなたは『そこ』で……」
この『決意』は固まるばかりだ。
「……なら、私は……──!」
「──はぁ? 体が小さいから『心配』? うるさいわね、『やる』ったら『やる』の!!」
取材会場──
「『安田記念』からの『宝塚記念』! アタシは絶対『勝つ』っ! そう言ってるでしょ!!」
「おおおおおっ……!」
記者たちのどよめきが響く。今回はスイープの『単独取材』である。今後の方針を発表していくために水瀬が手配したもので、スイープは非常に堂々とぶちかました。
『レースの魔法』のためには姫自身が『特別』であること──言い換えれば、『注目』が集まっている必要がある。そんなわけで、こうして心ゆくまま心の中をぶちかまして頂いているわけだ。
「『ティアラ』だ『三冠』だなんて、もう言わせない! 見てなさい、アタシの『魔法』を──!」
しかし……。
「──……聞き捨て、なりません」
少女の声がどこからか聞こえる。舞台袖から、コツコツと足音を響かせて──乱入者が現れた。
「……って、えっ!? 『ゼンノロブロイ』!? 今日はスイープトウショウの『単独取材』じゃ──」
「おいおい、まさかの『飛び入り』か!? そんなことしそうなタイプにゃ見えなかったが……!」
『ゼンノロブロイ』は内気なウマ娘。誰もがそう思っていたし、実際膝が震えている。緊張しているのだろう──それでも、こんな大胆な行為に踏み切った。
「……あら、ロブロイ。よく聞こえなかったんだけどアンタ、さっき──なんて言ったわけ?」
「き……聞き捨てならない、と、言いました!」
そして彼女は言い放った。
「スイープさん。私が、お相手いたします」
ざわざわ……!
「『秋の楯』は手に入れました。私はこのまま『ジャパンカップ』を勝ち、『有馬記念』を勝って──かの『世紀末覇王』以来の『秋シニア三冠』を成し、今年の『年度代表ウマ娘』となってみせます!」
大胆極まりない『宣言』。これはどうにも見覚えがある──スイープの『桜花賞』の後のインタビュー。
「そして、っ……名実共に、『三冠路線』出身のウマ娘たちの『代表』となって──『英雄の剣』を携えて……『宝塚記念』で、『魔女退治』をいたします!!」
ざわざわざわ……!
「スイープさん、ずっと憧れだったあなたに、今こそ挑戦──いえ……あなたを迎え撃ち、そして勝ってみせます! これが──私の描く、『英雄譚』ですっ!」
それを聞いて、『無敗の魔女』スイープトウショウが楽しげに笑った。
「……あはっ、あはははははっ!」
よほど楽しいのだろう。スイープはいつも、『ライバル』が現れると、それは楽しそうに笑うのだ。
「あっははははははははは!!」
めっちゃ笑うやん。楽しそうでなによりだ。
「──よく言ったじゃない、ロブロイ。おかげで『準備』は全部整ったわ」
『準備』とは──つまり、足りなかった最後のピース。『特別な舞台』、『特別な自分』、そして……『特別なライバル』。
「『魔女退治』? はっ、『英雄退治』のまちがいよ! 『宝塚記念』っていう『特別なレース』で、『トリプルティアラ代表』の『特別なアタシ』は──サイッッッコーに『特別なアンタ』とレースをして、勝って!! 『特大魔法』を完成させるんだから!!」
『レースの魔法』の条件は全て満たされた。もちろん、『ゼンノロブロイ』が『秋シニア三冠』を達成することが『前提条件』ではあるが。
「勝負よ、ロブロイ。──またうじうじ泣いてたって、もう慰めてなんかあげないんだから!」
「望むところです……!」
『魔女』と『英雄』──向い合う2人が対決するのは『春』の舞台。お見逃しなく。
♪( ´▽`)
澄み切った空から除く『太陽』が、肌寒い道の上を照らした──『年』が明けた。スイープトウショウは『クラシック級』を卒業し、『シニア級』へと進んだ。
そして水瀬といえば、お姫様と一緒に『初詣』に来ていた。
「ミナセ! アタシのおみくじはテッペンに結んで!」
「仰せのままに。これでいいか?」
「いいわ! ふふんっ、これで今年はサイコーの一年になるわよね!」
元旦から元気そうでなにより。しかし時間が過ぎるのは早いものだ、しみじみとそう思っていると、スイープが言う。
「そういえば、ロブロイもちゃんと選ばれてたわね、『年度代表ウマ娘』」
『ゼンノロブロイ』は、この前の飛び入りインタビューの『宣言』通りに『ジャパンカップ』と『有馬記念』を見事制覇。文句なしの『年度代表ウマ娘』の座に輝いた。しかし噂によると、この座を決める時の投票は結構割れたらしい。
「ま、そうじゃなきゃつまんないけどね。『宝塚記念』での倒しがいは、あればあるほどいいんだもの!」
『ゼンノロブロイ』が『秋シニア三冠』を達成しなかったとしたら、その座はおそらくスイープが掻っ攫っていっただろう。『乙名史記者』がそう言っていたのを覚えている。
「そういえば、アンタのおみくじは? 引いてないの?」
「引いたことないな、おみくじ……」
「なんで? 楽しいじゃない、おみくじ。引きなさいよ」
占いの類はあまり好きではないのだが、まあスイープが言うのでやってみることにした。
結果は……。
「……ま、元気出しなさい? 幸運っていうのは、自分で掴み取るものなのよ」
大凶:生死は大方死なり。って書いてあった。どういう意味だよ。そしてなにより不吉なのだが、隠し事という項目がある。隠し事:バレる──
「あっはは、なにこれ! アンタ、隠し事バレるんだって! ほらほら、何か隠してるの〜? さっさと喋っちゃいなさい!」
バレる。じゃないが。
(余計なお世話じゃい。これだから神様ってヤツは……)
おみくじをぐしゃっと握りつぶしてポケットに突っ込んだ。
まったく、いい一年になりそうだ。
どうせ『安田記念』は6月だ。今から頑張っても無意味とは言わないが、流石にしばらくはゆっくりする日々が続いた。
そんなある日、スイープと商店街を通りがかった時のこと……。
「ん? なにかしら、あれ。なんか並んでる……?」
商店街の人が威勢よく叫んでいるのが聞こえた。
「さあさ、新春・大福引祭り開催中だよ〜! 特賞はなんと『温泉旅行券』! 1等は『特上にんじんハンバーグ』、2等は『にんじん山盛り』、3等は『にんじん1本』!」
スイープがみるみるうちに笑顔になっていく……。
「さあさ楽しい楽しい福引だよ! なにが当たるか、運試しにどうだい〜!?」
「ミナセ! あれやるわよ!」
「福引券が必要だが」
「ないならもらえばいいじゃない! 買い物したら貰えるんだから、なんでもいいから買ってくのよ!」
なんか買うものあったっけな。
「とにかく福引回すの! 回すまで帰らないんだから〜!!」
ヤダヤダ発動。こうなってしまってはお手上げだ。適当にお菓子でも買っていこう……。
そして福引券をゲットだ。それを手にして姫は悠々と福引の列に加わった。
「じゃ、引くわよー! クローブ・クローブ・クローバ〜〜っ! 『幸運の魔法』よ、アタシにチカラを貸しなさい!」
(『魔法の呪文』を唱えちゃったよ……いや、まさかな……)
ガラガラガラガラ! 嫌な想像をする水瀬を置いて、抽選器から玉が出てきた。
結果は──
「なんとっ! おめでとうございまぁぁぁぁぁああああす!! 特賞『温泉旅行券』、出ましたぁ〜〜〜〜〜!!」
カランカラーン! 商店街の人が勢いよく叫ぶと共に鳴らされたベル。
「や……」
や?
「やったーーーーーーー!!」
「特賞! 特賞だって! つまりイチバンすっごいのよ、ミナセっ!」
「さすがの『魔法』だ。恐れ入った」
「えへへっ、そうでしょそうでしょ!! アタシは『偉大』で『無敵』な『魔法少女』スイーピーなんだからっ!」
今度宝くじとか買うときにはさっきの『魔法』をかけてもらおう……。
「偉大な魔法少女は心も広いから、チケットはアンタにあげる。さ、帰るわよ!」
「しかし、これ2人分あるが」
「え? そうなの? ま、好きに使えば?」
貰ってしまった。『温泉旅行』か……聞くだけで心躍るイベントだ。
「いいのか?」
「だって『温泉』なんてヒマそうじゃない。広いお風呂は楽しそうだけど、学園のだって十分広いもん」
しかし水瀬には温泉に一緒にいくほど仲のいい人とか居ないのだが……まあ、貰えるもんは貰っとくか。
「あ、そうだ! それあげるかわりに遊園地とか連れてってよ! あと動物園と〜、いちご狩りと〜……」
姫はいろんなことをお望みのようだ。
「なんせ『特賞』なんだからそれぐらいの価値があるってことよね!」
この『温泉旅行券』、どうやって使おうか……。
「一緒に行くか? 温泉」
スイープぐらいしか思い当たらない。中学生と温泉旅行ってどうなんだと思わなくもないが……スイープはニコニコと笑顔で答えた。
「どーしても行きたいっていうんならしょーがないわねー。でもアタシだってヒマじゃないんだからね? 『レースの魔法』をカンペキに覚えて、みんなをアッと言わせるほうが先だもん!」
「分かってるさ。俺たちにはやるべきことがある」
「ええ! じゃあちゃんと忘れないように、『約束の魔法』ねっ!」
呪文を唱えて──
「プリッチ・プレッチ・アナガリス! この『約束』は、絶対に破れないんだから!」
どうやらこれで温泉の件を忘れることは無くなったようだ。
スイープが『レースの魔法』を完成させたら、その後にでも盛大に祝ってやりたい──この『温泉旅行券』はそんな『約束』の証だ。
──また一つ、『約束』が増えた。
また一つ、また一つ。