『2月14日』──『バレンタイン』である。
なんかキリスト教の偉い人を讃える日らしいが、そんなことはどうでもいいことだ。年頃の少女たちにとってはそれよりもっと重要なことがある。
「ふっふっふ、イイ感じ! 後少しで完成ね……!」
栗東寮、キッチン──
回るオーブンを前に、不敵に笑うスイープトウショウが劇薬を製作していた。そんな彼女の元へ、寮長『フジキセキ』が様子を見にやってきた。
「おや? なにをしているかと思えば、スイープがお菓子作りなんて珍しいね」
「アタシだってお菓子ぐらい作るわよ! 『バレンタイン』らしくチョコをね!」
ムッとして言い返したスイープが、チラリと側の雑誌を見て不敵に微笑む。
「これをミナセに食べさせて、アタシの言いなりにするのよ!」
「雑誌の『バレンタイン特集』……『とりこにしちゃう魔法のチョコレシピ』か。ふふっ、これは効果がありそうだね!」
「あっ、そろそろ焼き上がるわ! これがスイーピー特製『ベイクドチョコ』よ!」
意気揚々とオーブンを開けると……
「──って、くさ〜い!? なによこの臭い!」
「うーん……。ちなみに、なにを入れたのかな?」
「別に普通の材料しか入れてないわよっ! 本にあったとおり、チョコと粉糖と……」
では何故こんな無残な物体が? フジキセキが首を傾げていると、スイープが続けた。
「効果を高めるために『ヨモギ』と『ドクダミ』、『ヤマグワ』と『ノイバラ』も煮詰めて入れたわ!」
原因が分かった。
「そうか、高濃度の『魔力』が宿っているんだね! ……けど、君の『使い魔』さんに耐えられるかな?」
「!! そうよね……アタシの『使い魔』とはいっても、『魔力』は並以下だもの!」
さすがは『フジキセキ』、スイープの扱いなどお手のもの。
「よかったら、作り直さない? 私でよければ手伝うよ!」
そんなわけで始まったチョコリベンジ。フジキセキが見守る中、スイープはテキパキと作業を進めていく。
「うん、材料も分量もOKだね! ここまではちゃんとレシピどおりに──」
「『次はオーブンでじっくり焼く』ですって! ふんっ、アタシを舐めてるでしょ!? 呪文をかければあっという間にできるもん! 万物を焦がしちゃえっ! サルビア☆スプレンデンス……で温度アップ!」
スイープがオーブンの温度を思いっきり上げた。魔法(物理)。
「おっと……すごい『魔力』の消費だ! エネルギー切れにならないよう、少しだけ調節させてもらうね!」
ナイス。そしてしばらくオーブンを見守って中身を取り出す。次は……
「あとは包むだけね! 魔力が逃げないよう、ガチガチに『魔法のロープ』で拘束して……!」
「おや?
「ホントだわ! 『とりこにする魔法』、なかなか奥が深いわね……!」
ストーブくん2号が暖かくしてくれている部室。水瀬が過去のレース映像を眺めていると、部屋に誰か来た。
ガラガラガラ……。
「みっ……ミナセ!」
スイープトウショウである。彼女は後ろ手に何かを隠し持ったまま水瀬の前まで歩いてくると、ぎこちない動作で隠していたものを差し出した。
「ハッピー・バレンタイン……特製ベイクドチョコを受け取りなさいっ!」
これは──バレンタインチョコだ! 信じられない……。
スイープは帽子の鍔で顔を隠して、慎ましやかにチョコを持っている。なんかしおらしくなっている?
「……なによ。さっさと受け取りなさいよ」
「ありがとう。嬉しい」
「ふ、ふん!」
かわいい……ではなく、さっそくいただくことにした。水瀬は気がついていないが、スイープはかなりチラチラ様子を伺っている。
箱を開けると、焼き上がったチョコの香りが漂ってきた。美味しそうだ。
「アンタのために作った、『特別』なチョコよ! それを食べたらきっと──」
『とりこにしちゃう魔法のチョコ』、その効果を期待して待つスイープ。
(きっと……気づいた時には、アタシの虜! そしてアンタは──アタシの言うことは、なんでも……そ、そう! なんでも、聞くようになっちゃうんだから!)
頬が少し赤い──当たり前のように水瀬は気がつかず、ベイクドチョコを頬張ろうとしている。
「ふふっ! きっと病みつきの味よ! それに、フジさんに手伝わせて、『魔力』もマイルドにしたし、甘さも控え目にしたからアンタに丁度いいわ!」
「2人からのチョコってことか」
「そうそう、2人からの──えっ?」
待て。
(ちっ、ちょっとまって……! ということは、2人分の魔力がチョコに入ったってこと? それってつまり……)
ホワホワホワ〜ン……
『さあ、『使い魔』さん。私のためにもたくさん働いてもらおうかな?』
フジキセキ(脳内イメージ)がどこか妖艶に微笑んでいる……。
『ふふっ、逆らうなんて言えないだろう? 君は私に夢中なのだから──』
「──ダメですぅーーーーっ!!!」
もぐっ。叫んだ時には既に遅し。
「あーーーーっ! なんで食べるのよーーー!!」
「うまい」
「バカバカバカッ!! 『魔法』の効果が出ちゃうじゃない!」
水瀬がギョッとした。『魔法』だと……? 毒か? 毒なのか? しかし驚いた拍子にしっかり飲み込んでしまった。
「いちおう聞くけど、フジさんにお使いとか頼まれても行かないわよねっ!?」
「状況によっては……」
「〜〜ッ!! アタシの『使い魔』のくせに、なに言ってんの!」
「それより、一体何の『魔法』がかかっているんだ?」
「それは……もうっ! 『解呪の儀式』よ! そこのソファに寝そべりなさい!」
「ちょっと待ってくれ。ヤバい『魔法』じゃないよな、毒とか……」
「違うわよ!」
水瀬はソファに放り投げられ、スイープが呪文を唱える。
「エプ・ミディアム、エプ・ミディアム! 魂を主の元へと返しなさいっ! 今すぐ!」
魂て。悪魔召喚でもするつもりだったのだろうか……。
「…………よしっ! これでどう? このアタシとフジさん、どっちがアンタの主か思い出した!?」
「何を言っている。俺のご主人はずっと君だ、スイープ」
「〜〜っ、もう! そ、そんなの当たり前でしょ!? はぁ……まったくもう、手がかかるんだから。知らない人とかにもらった食べ物とか、ウカツに食べちゃダメよ?」
そんな犬や猫でもあるまいし……。
「ほんと、気をつけるのよ。アンタは……アタシの、アタシだけの、『使い魔』なんだからね……?」
「心配するな。俺はずっと君の『使い魔』だ」
「!」
水瀬も水瀬で言葉を選ぶということが分からないらしい。スイープの頬がほんのりと朱みを帯びて、すっと俯く。帽子で表情を隠して……。
チョコの匂いのせいか、ほんのりと甘い雰囲気の室内──
ガララ!
「ハッピーバレンタイーン! 水瀬くん、君に先輩からのチョコをあげるよー、って、あ……あれ。私、もしかしてお邪魔虫……?」
久しぶりに登場、『事務室』の『先輩』が気まずそうな表情をしている。水瀬がもといた『事務室』の先輩とおばちゃん(課長)は何かにつけて水瀬とスイープを気にかけてくれて、交流はずっと続いているが……。
「……水瀬くん。スイープちゃんがとっても可愛いのはわかるけど、未成年は『犯罪』だからね。ちゃんとバレないように気をつけないとダメだからね。じゃ!」
ガララ! 先輩が退出していった──
「ッ、ちょ──何を誤解してるんですッ、待ってください先輩! ちょっとォッ!」
慌てて駆け出していった水瀬の背中に、スイープは僅かに手を伸ばそうとして──やっぱりやめた。食べてもないのに、口の中が甘い気がした。
♪( ´▽`)
流れるように日々が続く。太陽が登って、また落ちて──
「こんにちは、水瀬トレーナー。今日もやっていらっしゃいますね」
「乙名史記者。どうも」
体育館──用具入れの中で、水瀬は雑巾を片手に器具の掃除をしていた。さながら『事務員』のようだ。
「掃除をされているんですか?」
「見ての通りです。スイープが学内に『魔法陣』を描きまくったらしく……『罰』として、体育館の掃除でもしてろ、と」
乙名史の背後、体育館のホールではスイープが雑巾掛けをしながら駆け回っている。
「それでまあ、せっかくなら雑巾掛けを『トレーニング』にした訳です」
スイープの他にも数人、競争するみたいに走り回っている──。
「ユニークなトレーニングをされているんですね。やはり、こういうところにスイープさんの強さの『秘訣』があるんでしょうか?」
「さあ……それはちょっと分かりませんけど……」
『雑巾掛け』をしたことがある人には分かるだろうが、あれは結構キツい。トレセンではトレーニング代わりにこういうことをすることは割とあるらしい。
「『安田記念』はまだ先です。せっかく来て貰って悪いんですが、こっちからはそれほど面白い話なんか出来ませんよ」
「いえいえ、見ているだけで十分です。ああ、そういえばご存知ですか?」
「なんです」
「今年のクラシックにすごいウマ娘が来るかもしれない、という」
「へー。名前は何と」
「──『ディープインパクト』、と」
( ´∀`)
「イヤ! ダンスなんてしない! アンタが1人で踊ってれば!」
トレセン学園附属の『ダンススタジオ』。
『ダンス』は蔑ろにできない要素の一つだ。『ウイニングライブ』があるためである。まあレースのトレーニングほど重要というわけではないが、定期的なレッスンは必要なので……と、そんな理論がスイープに通れば苦労はしない。
スイープが腕組みをして睨む先で、水瀬はしばらくアホみたいに踊っていたが……。
「俺が踊っても意味がないんだが……」
「知らないわよそんなこと! アタシは魔法のエネルギーを溜めるのに忙しいの!」
こうなったスイープはテコでも動かない。どうしよう……水瀬のトレーナー生活はこの連続だ。空を仰いでいると新たな人物が登場。
「あら、でしたらダンスはピッタリですわ! 私もダンスでエネルギーを溜めるとこですの! そう──プリファイ3期エンディングテーマ、『プリンセス☆パーティー』で!」
颯爽と現れたのは『カワカミプリンセス』。猛獣系ウマ娘だ。
「『プリンセス☆パーティ』?」
「これはもう、見たほうが早いですわ! いきますわよ──」
突如として流れ出したポップなアニソンと共にカワカミプリンセスが踊り出す。
「でぇぇええぃッ! はいっ、ほいっ、せいっーーーー!!」
「えっ!? カワカミの体から、エネルギーがあふれてきた……!!」
ダンスっていうか演舞っていうか武道っていうか、とにかくカワカミプリンセスのものすごい踊りは、彼女の体から湯気を立ち上らせた。確かに魔法のエネルギーに見えなくもない……!
「ふぅ……いかがでしたか? どえらい『プリンセス☆エネルギー』が見えまして?」
「見えたわ! 早くアタシにも振り付け教えて! すっごいエネルギーを溜めてみせるんだから!」
(ダンスってそういうものじゃ……まあ、いいか!)
ふんすと意気込んでダンスの練習を始めたスイープ。
「イエス♪ ちぎって投げてのフルパワー♪ 戦う姫のお通りよ♪」
それにしてもなんて歌詞だ。今のヤングはこういうのが好きなのか……と、衝撃を受けていると。
「みんな集まれ『ティアラ』のもとに♪ 元気いっぱいプリンセス♪ フォー!」
「…………あっ」
水瀬から素っ頓狂な声が漏れたが、2人は魔力チャージ(物理)を続けていた。
「はぁはぁ……なんか、ポカポカしてきたわ! これってもしかして……!?」
「ええっ! エネルギーが溜まったんですわ! すっかり顔つきも変わってますわよ!」
「だって、ワクワクするものっ! 他におもしろいダンスはないの? 教えなさいよ!」
すっかりやる気になったスイープが、どんどんダンスを踊るスイープだった。
「『ティアラ』で思い出したんだが」
ダンスレッスン(物理)を終え、部室に戻る途中に水瀬が話し出した。
「『トリプルティアラ』を達成したウマ娘には『ティアラ』が贈られるってヤツ、あっただろ」
「……あっ! すっかり忘れてた……ってことは、ついに来たの!?」
「ちょっと前に来てた。君の寸法に合わせてイチから作ってたから遅くなったんだろう。帰ったら着けてみるか?」
「もっちろん!」
そして……URAから贈られた『ティアラ』が入った段ボールを開けると、豪華な小箱が入っていた。それを開くと、銀色に輝くティアラが光に照らされてキラリと光った。
「わぁーっ! 着けていい!?」
「もちろん」
そういえばファッション誌からモデルの依頼が来てた。このティアラ、使えないだろうか……とか考えていると、スイープがゆっくりとそれを頭に載せて、部室の姿見の前に立った。
「……! いいわね、これ! かわいいじゃない!」
確かによく似合っている。そのまま儚げな表情でも浮かべれば深窓の令嬢のようだ。
「ねえねえ、似合う?」
「ああ。よく似合ってる」
しかし──なんというか、本人には申し訳ないのだが……
「だけど、俺は魔女っ子スイープの方が好きだな。君には魔女帽子の方が似合うと思う」
わんぱくスイープとティアラの美麗さはどうにもミスマッチというか……。
「……ミナセは、
「まあ。だけど君が大人になったら、ティアラの方がよく似合うようになるさ」
「ふーん……分かった! じゃあ、アタシがもっと大きくなったら、もう一回ティアラをつけたアタシをアンタに見せてあげる! それまで
「いいのか?」
「一回着けたし満足したわよ」
スイープはティアラを外すと小箱にしまった。そしてミナセに振り返って、悪戯っぽく笑うのだ。
「いつか大人になって、『ティアラ』を着けたアタシの姿、ちゃんと見なさい。『約束』よ」
「……分かった。『約束』だ」
また一つ、『約束』が増えた。
一つ。また一つ。