魔法のない世界で生きるということ   作:にゃんこぱん

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第六話 『魔法』をかけるということ④

 

 

 『安田記念』。

 

 明治から昭和に渡ってレースに携わり、法律関係の制定や日本ダービーの創設に尽力した初代URA理事長の安田なんちゃらという偉い人の功績を讃えて創設されたレースである。

 

 東京レース場、芝1600m──『マイル戦』。

 

 『マイルチャンピオンシップ』と並んで、『マイラー』にとっての最高峰のレースである。日本レース界・春季マイル王者決定戦。『荒れる』レースとして有名だ。

 

 『マイル路線』というものは上下左右からの参入が多い。『短距離路線』のウマ娘がさらに長い距離に挑戦してきたり、『中距離路線』のウマ娘が距離を短くしてやってきたり、『海外』から遠征にやってきたり。

 

 メインレースは終盤に行われる。この『安田記念』の前には10レースほど行われており、東京の芝はこの頃には良く荒れると界隈では評判だ。芝が荒れると結果も荒れるとは誰が言った言葉か。

 

 まあそれはともかく、『王者』だ。『マイルの王者』を決めよう。

 

 

 

 

 

 

 ( *`ω´)

 

 

 

 

 

 

 ──『安田記念』当日。

 

「よし……行くわよ、ミナセ!」

 

 控え室を出てスイープは息を吸い込んだ。

 

「ミナセ?」

 

 口数の少ない使い魔を振り返ると、水瀬が真っ直ぐにスイープを見つめていた。

 

「……スイープ。一つだけ『頼み』がある」

 

「なぁに? こんな時に」

 

「──必ず勝ってくれ」

 

「?」

 

「『安田記念』も、『宝塚記念』も勝って……君の『魔法』を見せてくれ」

 

「? うん、そのつもりだけど。何かあったの?」

 

 妙な顔つきだとスイープは思った。水瀬にしては『真剣』過ぎるその言葉が気になった。

 

「『約束』してくれ。『どんなことがあっても』、走るのを止めるな。君は君の『夢』を叶えろ。『必ず』だ」

 

「変なミナセ。いいわ、『約束』してあげる。アタシは必ず、この世界に『魔法』をかけるわっ! 『約束』!」

 

「ありがとう。……それじゃ、行ってこい!」

 

 コツン。グータッチで繋がったスイープと水瀬の関係。

 

 一つ。また一つ。

 

 

 

 

 

 パドック。

 

「わ──スイープトウショウ、本当に出走してきた……!」

 

「で……すぐ後の『宝塚記念』にも出る予定なんだろ!? マジかよ……!」

 

「いくら『三冠』を達成してようと、一応『トリプルティアラ路線』出身なんだし、おまけに結構小柄なほうなのに……タフだよね」

 

 『安田記念』もまた『トリプルティアラ路線』出身のウマ娘が勝利した記録は少ない。しかし──

 

「……やって、くれそう……だよな。だってさ、『スイープトウショウ』なんだぜ」

 

「そう──だよね。そうだよね、きっと……!」

 

「あの子は私たちに──『魔法』を見せてくれるウマ娘なんだから!」

 

 『熱』を感じていた。観客たちの表情に──『炎』と呼ぶには温すぎて、『冷たさ』と呼ぶには熱すぎる、この奇妙な『温度』を──

 

「……ふふっ、そうよ。アンタたちも少しは分かってきたじゃない」

 

 ぎゅっと手のひらを握った。その手の中に『約束』を握った。

 

「『英雄退治』の前祝いに──アタシの『魔法』、見せてあげる!」

 

 レースが始まる!

 

 

 

 

 

 

 

「始まったな。『スイープトウショウの無敗伝説』もここまでになる……くくッ!」

 

 『関係者席』からターフを見下ろす二階堂の隣には水瀬の姿もあるが、その表情は硬い。

 

「くだらん『夢』もここまでだな──」

 

 今ゲートが開いた。スイープは普通に出遅れた。いつものこと過ぎて逆に安心する。

 

「……」

 

「過ぎた『夢』だ。貴様も、あのガキんちょも……『魔法』をかけて『世界』を変える、などバカバカしい」

 

 展開争いが広がる中、スイープは当然後方から。内に控えている──。

 

「そもそも所詮『トリプルティアラ』など、弱者の集まりだ。どうやっても『クラシック三冠』の連中には勝てん」

 

「……本当にそう思っているのなら、俺を脅す必要なんかない」

 

「『お祖父様』の命令だ。あの人はどうも貴様を高く評価している……俺はそうは思わんがな」

 

「……」

 

 喋ってる間にレースは中盤へ。コーナーを回っている。この間もスイープはずっと内──中団に固まって足を溜めている。

 

「貴様のことだ。裏切る可能性は考えていたが、どうやらそれもないらしい。あの位置は最悪だ」

 

 『安田記念』のコースはちょうど『U』を描く。コーナーを回った先には東京名物のクソ長い直線、実に600mの直線が待ち受けている。坂もあるため、ここが苦しいポイントだ。

 

「スイープトウショウなど、どこまで行ってもティアラの『ぬるま湯』に浸っていただけのウマ娘に過ぎん。『クラシック三冠』を勝ち抜いたウマ娘というものは、最後の最後に粘り切る力がある。だがスイープトウショウの勝ちパターンは末脚で差し切った場合ばかりだ。『叩き合い』の経験がほとんど存在しない」

 

「……」

 

 『関係者席』からでも──観客たちの歓声が届き始めた。

 

「『クラシック三冠』出身のウマ娘たちの『強さ』は今までとは比較にならん。もしもスイープトウショウが本気で走っていたとしても、無様に落ちていって終わりだ」

 

 ──『最終直線』に入った。先頭で引っ張っていた逃げウマ娘が『残り600』を通過。

 

 ここからだ──

 

「『夢』というものは、叶わないから『夢』と呼ばれる。儚い『夢』を見られて満足だろう?」

 

「……アンタは何も分かっちゃいない」

 

「なに?」

 

「どうしてアンタが『トレーナー』として成長できないのか、今理解したよ」

 

 歓声が──大きく鳴り始めた。

 

 喧騒が響く。その──『夢』の行く末を見たいと叫んでいる。

 

「二階堂。アンタは『ウマ娘』の『可能性』というものを『信じた』ことがないだろ?」

 

「フン。何を言い出すかと思えば『可能性』など……見てみろ。すぐそこで潰えるところだ」

 

 ウマ娘がコーナーの遠心力でそのまま広がって──始まる。戦う相手は二つ、東京の『坂』と、周囲の『ライバル』……もしくは『自分自身』。

 

 後方勢の追い上げが始まる。しかし前との差はそう簡単には詰まっていかない。

 

「『可能性』っていうのは『想定』しないことだ。『こうなるだろう』、とかな。アンタの芯には『夢』がない。だから勝てない」

 

「……下らない考え方だ。『夢』を見ていれば強くなれるとでも言うのか? 『ウマ娘』を強くするのはそんなものではない。適切な『指導』──適切な『トレーニング』だけだ」

 

「それだけか?」

 

「『精神論』を語る連中は大勢いる。だが違う──『勝利に必要なもの』はそんなものではない」

 

「『精神論』じゃない。『芯』の話だよ」

 

 ──残り400。

 

「あの子にとって、『勝利』というのは『手段』でしかない。あの子の『夢』はもっと先にある」

 

「ほざいてろ……!」

 

「『魔法』がどうして『魔法』と呼ばれるか知らないだろ?」

 

 ──横に広がるバ群には無数の『裂け目』が存在する。スイープトウショウの前にその『裂け目』が生まれた瞬間、彼女は一歩踏み込んだ。

 

 歓声が──聞こえる。

 

「……!」

 

「『魔法』を見せてやるよ」

 

 ──そこから先は、もう『一瞬』だった。小柄な魔法少女が他のウマ娘たちを薙ぎ倒し、『前』へと駆けていく。先頭までの距離はおそよ3バ身。

 

 残り300──

 

「……貴様ッ! まさか──」

 

「『夢』が必要なんだよ。『前』へ進むための力をくれる」

 

「『お祖父様』への『恩』を──貴様を救ったのは、一体誰だと思っている……ッ!」

 

「感謝しているさ。アンタの『じいさん』には……本当に感謝している」

 

 『前』へ──もうとっくにスイープトウショウの脚は、先頭を捉えていた。

 

 残り200。

 

「……バカな、そんなはずはない。スイープトウショウが、勝つなど──……」

 

「アンタはいつも『ありえない』と考えている。担当の勝利を心から『信じた』ことなんてないんじゃないのか?」

 

 ──差した。

 

 歓声が聞こえる。

 

「そんな『ありえない』という固定観念は、あの子が大っ嫌いなものだ。だからそういう凝り固まった考えを全部壊そうとしている──『魔法』をかけて」

 

「『魔法』など──そんなものは存在しないッ!」

 

「ある。その目で確かめればいい」

 

 ──1バ身。

 

「ま……あれを見て、あれは『魔法』なんかじゃないと言えるなら、別にそれでもいいけど」

 

「ふざけるな……ふざけるなッ、貴様ァッ!」

 

 ──2バ身。

 

「まったく、いつ見てもスイープの走りはすごい。まさに『不可能』を『可能』にする『魔法使い』だ」

 

「こんな──あり得ない、あり得るはずがない、何の『手品』を使ったッ!?」

 

「『手品』なんかじゃない。『タネ』も『仕掛け』もない──ただの『魔法』だ」

 

 ──3バ身。

 

 文句もない。言葉はいらない。空の向こうにまで飛んでいきそうな『歓声』──

 

 その全てを全身に浴びて、スイープトウショウはゴール板を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 ──ワアアアアアアアアアアアアア!!!

 

「うおおぉぉぉぉッ、見たかよ最後の伸び──バケモンだ! 強すぎるじゃねえかッ!」

 

「どっからカッ飛んできたかもわかんない、『夢』みたいな走り……! これが、これが『スイープトウショウ』なんだよっ!!」

 

 ──ワアアアアアアアアアアアアア!!!

 

「スイープーーーーっ! 『宝塚記念』も頑張って! ううん……『勝って』! 私たち、応援してるからねーーっ!!」

 

 ──ワアアアアアアアアアアアアア!!!

 

 

 

 

 ──同刻。

 

「はっ、はっ、はっ……!」

 

 タッタッタッタ。一定のテンポを刻み続ける──

 

「うおおおおー! すっっっごいレースだったな、『安田記念』!!」

 

 河川敷を走り込みしていた『ゼンノロブロイ』は、スマホを覗き込んでいる数人のグループが熱く話し合っていたのを聞いて足を止めた。

 

「あ……そっか、もう、終わったころ……」

 

 『安田記念』の中継を見終えたグループは話し続けている。

 

「マジ、すげーアツかった!! 最後の展開見たか!? 『スイープトウショウ』がさ──!!」

 

 それを聞いて、『ゼンノロブロイ』は口元を緩めて空を見た。この青空の向こうで──走ったのだろう。『魔法』を見せたのだろう。

 

(結果は、詳しく聞かなくてもわかる)

 

 『信じて』いる。そしてその通りだと確信している。

 

 彼女は──勝ったのだ。人々の心を捉えて離さない、そんな『夢』のようなレースで。

 

(そしてあなたは『宝塚記念』にやってくる)

 

 『魔法』で『世界』を変えるだなんていう『夢物語』を、『現実』にできるだけの『力』を携えて。

 

「……そんなあなただから、私はずっと、あなたの『ライバル』になりたかった」

 

 ポケットに入れていたスマホに着信が入った。

 

「! はい、もしもし! あっ……大丈夫です、約束の時間までには戻れますので! はいっ……はい、ご心配ありがとうございますっ」

 

 春風が吹いた。

 

「それでは、この後──並走よろしくおねがいします、『クリスエス』さん」

 

 『魔女』か、『英雄』か。

 

「ふぅ──よしっ!」

 

 どちらが『物語』の『主役』となるかは──『宝塚記念』で決まる。

 

 

 

 

 

 

 ( ´∀`)

 

 

 

 

 

 

「はぁー……。ミナセのヤツ、いったいどこ行ったわけ〜……?」

 

 『レース』を終え、『ウイニングライブ』を終え……スイープは途方に暮れていた。

 

「はぁ。もう怒る気も無くなっちゃったじゃない。あいつ、見つけたら毒キノコのスープ飲ませてやるんだから……」

 

 そして探し回った──控え室、スタッフ待機所、関係者席まで。レース場の営業時間が過ぎても探し回った。

 

「……LINEも繋がらないし。もぉー……」

 

 そして無事、営業時間が過ぎたレース場から放り出され、暗くなってきた空の下でスイープは深いため息をついた。

 

「知らない人とかにホイホイついてっちゃったのかしら。アイツそういうとこあるし……」

 

 終いには小学生みたいな心配すらされる始末。そんな時、スイープが握っていたスマホが震えた。着信、表示されているのはミナセの名前。

 

「! ミナセ──ちょっと!? アンタ今どこにいるの!? 連絡もつけないで何やってたのよ! スタッフの人とかを困らせちゃダメじゃない!」

 

 ──帰って来た声は、

 

『スイープトウショウか』

 

「……アンタ、だれ」

 

 水瀬の声ではなかった。

 

「なんでミナセの電話から、ミナセじゃない声がするの? ──ミナセはどこ? 答えなさい」

 

『水瀬光一の身柄は預かった。無事に返して欲しければ──』

 

「ミナセはどこって聞いてんでしょッ!! アンタ、ミナセに何をしたの!?」

 

『今は『まだ』何もしていない』

 

 瞬間的に高まる緊張の中で──スイープは、声が震えないようにするので精一杯だった。当たり前だ、いくら走るのが早くてもスイープはまだ中学生なのだ。

 

「ミナセを返して。今すぐ……!」

 

『ヤツを返して欲しければ、『宝塚記念』には出るな』

 

「え……?」

 

 何を言っているのか、よく分からなくなった。どういう意味なのか理解できなかった。

 

『『出走登録』を取り下げろ。そうすれば、お前のトレーナーは無事に返してやる』

 

「な……なに、どういうこと?」

 

『もしも『宝塚記念』に出走したなら、お前が水瀬光一と会うことは二度と無くなる』

 

 ピロリン。間抜けな電子音と共に通話が切れた。

 

 掛け直した。繋がらない。掛け直した。繋がらない。掛け直した。繋がらない。

 

 『太陽』が沈んでいく。

 

 『光』のない『夜』が、空の向こうからやってくるのが見えた。

 

 

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