再び『夏合宿』の時期がやってきた。冷静に考えて2ヶ月間丸々拘束ってヤバいな……ではなく、さっさと宿舎に荷物を運び込んでトレーニングの準備をしていると……。
「あの……水瀬トレーナー。私も手伝いますっ! 必要なものがあれば、お申し付けください!」
『カワカミプリンセス』がやってきてそう言い出した。
「タイヤでもバーベルでも、巨大マグロでも! なんでも調達してきますわ!」
「気持ちだけ受け取っておく。自分のトレーニングに集中してくれ」
「いーえっ、手伝わせてくださいましっ!」
ううむ。
「だってスイープさんは『先輩』に『魔法』をかけると『約束』してくださいました。だから私にもその『魔法』をかなえるサポートをさせてくださいませ。……どうかっ!」
決意は固いようだ……。せっかくなので、スイープの『並走』相手を頼むことにした。
のだが……。
「ひえ〜……! スイープさん、お速いですわね〜……!」
早速トレーニングに入ったのだが。スイープとカワカミプリンセスの間にはあっという間に大差が広がった。『並走』は並んで走らなければ意味がない……。
「参ったな」
せっかくの厚意だったのだが、これでは『並走』を断らざるを得ない。そう思っていると……
「もう一回走るわ。準備して」
「『並走』を?」
「そう。ほら、さっさとして!」
姫(カワカミプリンセスではない)とカワカミが砂浜の上を駆けていく。しかしリプレイ映像のように、カワカミプリンセスはスイープのかなり後ろを走っていった。
「はぁっ……はぁっ……っ」
走り終えたカワカミは肩で息をしている。
「まったく競り合いにならなかったが……」
「はあ? ミナセ、アンタ寝ぼけてるの?」
おおう。
「コイツは競り合えなかったんじゃない。競り合うことから、逃げてんのよ」
「……!」
図星かのようにカワカミが顔を上げた。驚いている。
「カワカミ、アンタ怖いんでしょ。競り合って走るのが。じゃないとアンタが、自分で自分を抑え込む、そんな『つまんない走り』をするわけがないもの」
「……」
やはり、カワカミはぎゅっと口を閉じている。
「トラウマになっていたのか?」
「い、いえっ! 決してトラウマなどでは……!」
カワカミは続けた……。
「これは私の『戒め』であり、『誓い』なのです。私はどうしても負けたくないと、『闘争心』を抑えきれず強引に競り、先輩とぶつかってしまいました。だから誓ったのです! 我を忘れ、他人様に迷惑をかけるような走りは2度としないと……」
「はああああああああ!?」
姫が怒りの叫びを上げた。
「ひっ!?」
「バカにしてんじゃないわよ!! そんなんで『勝負』が出来ると思ってんの!? レースは『安全』で『たのしいだけ』の『世界』じゃないの! 体ひとつで戦うんだから、ぶつかる『危険』もいつだってあるの!」
なんと──スイープがそのようなことを口にするとは、ちょっと想像できなかった。
「でもそんなのみーんな『覚悟』してる! 『アイツ』だって、謝らなくていいって言ってたんでしょ!?」
「で、でもあの時、競りかけようとした私のせいで……」
「だーかーらぁー! それのなにが悪いのよ!? ワザとぶつかったわけじゃないのに、いつまでズルズル引きずるの!? そんなの反省じゃなくて、ただのウジウジよ! アンタの言葉はただの『言い訳』だわ! 弱い自分から目をそらして、都合のいいことを言ってるだけ!」
「……! それは……」
「前に出るのをエンリョして、先頭を誰かにゆずってれば、アンタのかなえたい夢もかなうわけ!? 違うでしょう!? 自分の気持ちさえ大事にできないヤツが、だれかを助けられるわけないじゃない!!」
「……っ」
「カワカミ。アンタも『天皇賞(秋)』を必ず観にきなさい。これは命令よ! アンタの勝ちたいって気持ち、必ず思い出させてやるわっ!」
「……スイープさん」
「だいたい今のアンタの状態でアタシの役に立とうと考えるなんて100年早いのよ! も〜〜っ、どいつもこいつも、『魔法』が必要なヤツが多すぎ!!」
まったく、その通り。そしてそんなふうに言えるスイープは、きっと誰よりも優しい。
「アンタたちが元気になったら、1000年こき使ってやるんだから!!」
そんなわけで『天皇賞(秋)』に向けた『夏合宿』が始まった。
( *`ω´)
ダダダダダ!! 砂を跳ね上げながら疾走する。
「……」
その姿をぼんやりと眺めていた1人のウマ娘。
「はぁぁぁあああああああっ!」
スイープトウショウ──文句なしの現役最強ウマ娘。彼女のトレーニングはなかなか迫力がある。
「やぁぁぁぁああああああっ!」
そしてあっちでは堂々の『秋シニア三冠ホルダー』ゼンノロブロイ。他にもあたりを見回すと、メディアを騒がせる有名なウマ娘たちが汗を流してトレーニングに取り組んでいた。
「おお〜……スイープトウショウも、ゼンノロブロイも燃えてるな〜……!」
見学に来たファンの1人が少し興奮しながら呟いた。
「2人とも、今度の『天皇賞(秋)』に出るんだろ!? な、どっちが勝つと思う?」
「そりゃ『宝塚記念』に続いてスイープトウショウっしょ! ここまで負けなしでやってきたし、もうあの子が負けるところなんて想像出来ないって!」
「えーっ! ロブロイさんは負けないよ! 1度や2度の負けでくじけるような子じゃないもん! 『英雄』として、『最強の魔女』を倒すのはあの子なんだから!」
「『無敗の魔女』、か〜……! なぁ、そういえばさ、『もう1人』いるよな、『無敗のウマ娘』! もしスイープトウショウと戦ったらどうなると思う!?」
「まだ『クラシック級』でしょ? あー、でも『秋シーズン』になったらあり得るかも、『無敗対無敗』のドリームマッチ、それこそ『有馬記念』とか!」
ファンたちが好き勝手に言い合っている横で、ぼぅっと砂浜を眺めていたウマ娘、ヤマニンシュクルは消え去りそうな声で呟く。
「…………もう1度、だなんて……」
「はあ……はあ……っ、あと、1セット……っ!」
息を整えて前を見据えるゼンノロブロイの元へある来客。
「……ロブロイさん、ちょっといい?」
「へっ!? はいっ? なにかご用でしょうか……?」
「どうしてあなたはまだ『挑戦』をするの?」
「? 『挑戦』とは……」
「ごめんね、あなたのことを調べたの。そしたらどうしても聴きたくなっちゃって」
首を傾げるゼンノロブロイ。
「『クラシック級』までのあなたは、今とは全然違うように見えたから。失礼な言い方になっちゃうけど、あの頃のあなたは、どっちかというと引っ込み事案で、気弱そうなウマ娘で、インタビューに参加している時も、どこか怖がっていそうな顔をしてた」
一年ほど前のゼンノロブロイは──確かに、いつもそんな顔をしていた。
「……『ダービー』後の会見なんかは特にそう。『自分は期待をされても、応えられない』みたいな顔で。いっそ声をかけないでほしいって、思っていそうな顔で……」
「…………あ、あはは……えっと……。む、昔の私、そんなに顔に出てたんですね……」
「──でもあなたは、突然怖がらなくなった。『シニア級』で華々しい活躍をして、年度代表ウマ娘にも輝いて。……そして、急に『目標』を語るようになった。今だって新しい『挑戦』をしようとしている。『挑む側』みたいな顔つきで」
まるで人が変わったように。いつもそうだ、強くなるウマ娘は突然そうなる。瞬く間に変わっていく。遠くへと走っていく。
「……なんで? どうしてそんな『勇気』が出せるの? …………怖くならないの?」
「…………」
そんな、ともすれば捻くれたような質問に、ゼンノロブロイは少し微笑んで答える。
「……怖いですよ」
「……!」
「今でも『目標』を語る時は声が震えます。でも、それでも……私はスイープさんに、『魔法』をかけられてしまったから」
「! スイープさん……?」
「あなたがおっしゃる通り、『クラシック級』での私は期待を裏切ってばかりでした。『英雄』という『夢』を語るすら、おこがましい。どこまでも情けない、恥ずかしい自分で。でもある時──自分勝手で、無謀で、誰よりもまばゆい『光』に目が眩んでしまった」
その『光』は流星のように現れて、そして全てを変えていった。それを語るゼンノロブロイは嬉しそうで、楽しそうで。
「あの『星』を見て……『私も』、と思ってしまった」
そして、その『光』を追うが如く、ゼンノロブロイは走り出したのだ。
「1度『火』がついてからは止められませんでした。『心』はもう燃え始めてしまった。あなたも直接見たらきっとわかります。彼女の『魔法』は恐ろしいほど素晴らしい。あの『光』に近づけば近づくほど、さらにあの『光』がほしくなる。ズルくて、悔しくて──」
1度その『魔法』を知ってしまったらもう元には戻れない。それが不可逆の『魔法』、引き返すことは出来ない。『前』へと進むしかなくなってしまうこと。
「──彼女の『魔法』によって、私の中にあった『戒め』という感情は、焼け焦げてしまったのだと思います」
「…………。……私だって」
人の消えた夕方の海。そこに立ち尽くすと、自分がどうしようもなく小さな存在であるように感じた。
「私だって、あの子の走りを見て、『悔しい』って思うことはあった。『桜花賞』の時も、『オークス』の時も。でも、どんなに悔しくたって、かなわないことだってあるじゃない……!」
見たことの全て、聞いたことの全てが彼女を否定する。だが彼女にだって言い分がある。
「──だって見ちゃったんだもん。あの子の『宝塚記念』を、テレビ越しで。もう同じ場所にすら立てない、見えない『壁』があるみたいだって感じたのに──」
仕方ないじゃないか。『ティアラ三冠戦』では十分に食らいついた。だって仕方ないじゃないか、相手は『無敗の魔女』、史上最強とも謳われるウマ娘だったんだ。十分よくやったって、自分を慰めても仕方ないじゃないか。
「……どうして私、まだ『悔しい』って思ってるの? どうして……」
『そんなの知らないっ!! フツーとか、ジョーシキとか、『魔法』でぶっ壊せばいいだけだもん!』
「『壊してほしい』って、思ってるの……?」
(゚∀゚)
「……ここが、『K大学』」
都内にキャンパスを構える、いわゆる『一流大学』。さまざまな著名人を輩出している私立大学だ。
「水瀬トレーナーが、ここにいた……?」
水瀬の履歴書のコピーをニコニコで渡してきた『友人』の言葉を思い出した。
『いやぁ、大変だったよー。あのねー、そもそも『地方トレーナー登用制度』の担当は『URA』の方にあってさー。手が届かない上にガードも固かったよマジ〜……』
ちら、と手元のコピーに視線を落とす。
『だいたいこのご時世にクラウド使ってないとかあり得なくない? これだから組織ってヤツは頭も体も硬くてイヤんなるよ〜。どのみち話も通りそうになかったし、秘蔵であるスイープちゃんの寝顔写真で交渉してもダメって言われちゃったし。だから直接忍び込んで盗んできてやったよガハハ!!』
これぞ真の
「……『経済学部中退』、ですか」
ともかく、手がかりを探るために乙名史は歩いていった。
『記者』という社会的なステータスはいろんな場面で役に立つ。出版社がそれなりに名前が通っているのも幸いして、職員への話が通った。かつて所属していた『ゼミ』の教授の名前を教えてもらった時点で、ほとんど手がかりは掴んだも同然だ。
「水瀬、水瀬……ああ、はい。よく覚えていますよ、数年前の話ですからね」
大学教授は『変人』が多いと聞いていたが、この人は例外のようだ。快く乙名史を迎え入れてくれた。
「『トレーナー』をやっていると知ったときは、それはかなり驚きましたよ。まさか、彼が……」
「意外だったんですか?」
「それはもう。まぁ、ある意味では意外ではない、というか。ともかく非常に『優秀』……というよりも、『有能』というか、『野望』を抱えた青年というか。1度見たら、なかなか忘れがたい学生でしたよ」
その人物像に乙名史は顔をしかめた。『成果』を抜きにして考えれば割と平凡的な性格な水瀬のイメージと離れている。
「遊ばず、話さず、ただ貪欲に上を目指して這い上がろうとしていた。普通、ウチの学部の学生はもっと緩いんですけど」
「しかし……『中退』されたとか。なにかあったんですか?」
「詳しいことは知りませんが……『逮捕』されてからです」
「……!? 『逮捕』……!?」
──そんなバカな。
ありえない──というか、あまりにも前触れがなさすぎるその話は、乙名史の頭の中を真っ白にした。
「『金融商品取引法違反』、まあいわゆる『インサイダー取引』というヤツです。ご存じですか?」
「え、ええ……多少は、知っていますが……彼が、どうして?」
「そこまでは知りませんよ。ただ、確かに彼は『金』を必要としていましたからね」
(……どういうこと?)
「水瀬君は『起業』していたんですよ。数人の仲間と一緒に……現在はどこかの企業に買収されていたはずですが、たしか『Native』という通販サイトだったと思います」
それからしばらく話を聞いたが、どこを切り取っても現在の『水瀬光一』と結びつかない。
(──調べる必要がある)
『起業』、『野望』、『インサイダー取引』。どこを見ても『レース』のレの字も見当たらないその『経歴』に、どうしても嫌な予感が拭えない。
(水瀬さん。あなたの『正体』を明らかにしてみせる……!)
コツ、コツ、コツ──その足が向かう『未来』の色は、黒か白か。坂道を転がるボールのように、乙名史はどこまでも『踏み留まる』ということを知らなかった。