魔法のない世界で生きるということ   作:にゃんこぱん

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第七話 『前』に進むということ②

 再び『夏合宿』の時期がやってきた。冷静に考えて2ヶ月間丸々拘束ってヤバいな……ではなく、さっさと宿舎に荷物を運び込んでトレーニングの準備をしていると……。

 

「あの……水瀬トレーナー。私も手伝いますっ! 必要なものがあれば、お申し付けください!」

 

 『カワカミプリンセス』がやってきてそう言い出した。

 

「タイヤでもバーベルでも、巨大マグロでも! なんでも調達してきますわ!」

 

「気持ちだけ受け取っておく。自分のトレーニングに集中してくれ」

 

「いーえっ、手伝わせてくださいましっ!」

 

 ううむ。

 

「だってスイープさんは『先輩』に『魔法』をかけると『約束』してくださいました。だから私にもその『魔法』をかなえるサポートをさせてくださいませ。……どうかっ!」

 

 決意は固いようだ……。せっかくなので、スイープの『並走』相手を頼むことにした。

 

 のだが……。

 

 

 

 

 

「ひえ〜……! スイープさん、お速いですわね〜……!」

 

 早速トレーニングに入ったのだが。スイープとカワカミプリンセスの間にはあっという間に大差が広がった。『並走』は並んで走らなければ意味がない……。

 

「参ったな」

 

 せっかくの厚意だったのだが、これでは『並走』を断らざるを得ない。そう思っていると……

 

「もう一回走るわ。準備して」

 

「『並走』を?」

 

「そう。ほら、さっさとして!」

 

 姫(カワカミプリンセスではない)とカワカミが砂浜の上を駆けていく。しかしリプレイ映像のように、カワカミプリンセスはスイープのかなり後ろを走っていった。

 

「はぁっ……はぁっ……っ」

 

 走り終えたカワカミは肩で息をしている。

 

「まったく競り合いにならなかったが……」

 

「はあ? ミナセ、アンタ寝ぼけてるの?」

 

 おおう。

 

「コイツは競り合えなかったんじゃない。競り合うことから、逃げてんのよ」

 

「……!」

 

 図星かのようにカワカミが顔を上げた。驚いている。

 

「カワカミ、アンタ怖いんでしょ。競り合って走るのが。じゃないとアンタが、自分で自分を抑え込む、そんな『つまんない走り』をするわけがないもの」

 

「……」

 

 やはり、カワカミはぎゅっと口を閉じている。

 

「トラウマになっていたのか?」

 

「い、いえっ! 決してトラウマなどでは……!」

 

 カワカミは続けた……。

 

「これは私の『戒め』であり、『誓い』なのです。私はどうしても負けたくないと、『闘争心』を抑えきれず強引に競り、先輩とぶつかってしまいました。だから誓ったのです! 我を忘れ、他人様に迷惑をかけるような走りは2度としないと……」

 

「はああああああああ!?」

 

 姫が怒りの叫びを上げた。

 

「ひっ!?」

 

「バカにしてんじゃないわよ!! そんなんで『勝負』が出来ると思ってんの!? レースは『安全』で『たのしいだけ』の『世界』じゃないの! 体ひとつで戦うんだから、ぶつかる『危険』もいつだってあるの!」

 

 なんと──スイープがそのようなことを口にするとは、ちょっと想像できなかった。

 

「でもそんなのみーんな『覚悟』してる! 『アイツ』だって、謝らなくていいって言ってたんでしょ!?」

 

「で、でもあの時、競りかけようとした私のせいで……」

 

「だーかーらぁー! それのなにが悪いのよ!? ワザとぶつかったわけじゃないのに、いつまでズルズル引きずるの!? そんなの反省じゃなくて、ただのウジウジよ! アンタの言葉はただの『言い訳』だわ! 弱い自分から目をそらして、都合のいいことを言ってるだけ!」

 

「……! それは……」

 

「前に出るのをエンリョして、先頭を誰かにゆずってれば、アンタのかなえたい夢もかなうわけ!? 違うでしょう!? 自分の気持ちさえ大事にできないヤツが、だれかを助けられるわけないじゃない!!」

 

「……っ」

 

「カワカミ。アンタも『天皇賞(秋)』を必ず観にきなさい。これは命令よ! アンタの勝ちたいって気持ち、必ず思い出させてやるわっ!」

 

「……スイープさん」

 

「だいたい今のアンタの状態でアタシの役に立とうと考えるなんて100年早いのよ! も〜〜っ、どいつもこいつも、『魔法』が必要なヤツが多すぎ!!」

 

 まったく、その通り。そしてそんなふうに言えるスイープは、きっと誰よりも優しい。

 

「アンタたちが元気になったら、1000年こき使ってやるんだから!!」

 

 そんなわけで『天皇賞(秋)』に向けた『夏合宿』が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 ( *`ω´)

 

 

 

 

 

 

 

 ダダダダダ!! 砂を跳ね上げながら疾走する。

 

「……」

 

 その姿をぼんやりと眺めていた1人のウマ娘。

 

「はぁぁぁあああああああっ!」

 

 スイープトウショウ──文句なしの現役最強ウマ娘。彼女のトレーニングはなかなか迫力がある。

 

「やぁぁぁぁああああああっ!」

 

 そしてあっちでは堂々の『秋シニア三冠ホルダー』ゼンノロブロイ。他にもあたりを見回すと、メディアを騒がせる有名なウマ娘たちが汗を流してトレーニングに取り組んでいた。

 

「おお〜……スイープトウショウも、ゼンノロブロイも燃えてるな〜……!」

 

 見学に来たファンの1人が少し興奮しながら呟いた。

 

「2人とも、今度の『天皇賞(秋)』に出るんだろ!? な、どっちが勝つと思う?」

 

「そりゃ『宝塚記念』に続いてスイープトウショウっしょ! ここまで負けなしでやってきたし、もうあの子が負けるところなんて想像出来ないって!」

 

「えーっ! ロブロイさんは負けないよ! 1度や2度の負けでくじけるような子じゃないもん! 『英雄』として、『最強の魔女』を倒すのはあの子なんだから!」

 

「『無敗の魔女』、か〜……! なぁ、そういえばさ、『もう1人』いるよな、『無敗のウマ娘』! もしスイープトウショウと戦ったらどうなると思う!?」

 

「まだ『クラシック級』でしょ? あー、でも『秋シーズン』になったらあり得るかも、『無敗対無敗』のドリームマッチ、それこそ『有馬記念』とか!」

 

 ファンたちが好き勝手に言い合っている横で、ぼぅっと砂浜を眺めていたウマ娘、ヤマニンシュクルは消え去りそうな声で呟く。

 

「…………もう1度、だなんて……」

 

 

 

 

 

「はあ……はあ……っ、あと、1セット……っ!」

 

 息を整えて前を見据えるゼンノロブロイの元へある来客。

 

「……ロブロイさん、ちょっといい?」

 

「へっ!? はいっ? なにかご用でしょうか……?」

 

「どうしてあなたはまだ『挑戦』をするの?」

 

「? 『挑戦』とは……」

 

「ごめんね、あなたのことを調べたの。そしたらどうしても聴きたくなっちゃって」

 

 首を傾げるゼンノロブロイ。

 

「『クラシック級』までのあなたは、今とは全然違うように見えたから。失礼な言い方になっちゃうけど、あの頃のあなたは、どっちかというと引っ込み事案で、気弱そうなウマ娘で、インタビューに参加している時も、どこか怖がっていそうな顔をしてた」

 

 一年ほど前のゼンノロブロイは──確かに、いつもそんな顔をしていた。

 

「……『ダービー』後の会見なんかは特にそう。『自分は期待をされても、応えられない』みたいな顔で。いっそ声をかけないでほしいって、思っていそうな顔で……」

 

「…………あ、あはは……えっと……。む、昔の私、そんなに顔に出てたんですね……」

 

「──でもあなたは、突然怖がらなくなった。『シニア級』で華々しい活躍をして、年度代表ウマ娘にも輝いて。……そして、急に『目標』を語るようになった。今だって新しい『挑戦』をしようとしている。『挑む側』みたいな顔つきで」

 

 まるで人が変わったように。いつもそうだ、強くなるウマ娘は突然そうなる。瞬く間に変わっていく。遠くへと走っていく。

 

「……なんで? どうしてそんな『勇気』が出せるの? …………怖くならないの?」

 

「…………」

 

 そんな、ともすれば捻くれたような質問に、ゼンノロブロイは少し微笑んで答える。

 

「……怖いですよ」

 

「……!」

 

「今でも『目標』を語る時は声が震えます。でも、それでも……私はスイープさんに、『魔法』をかけられてしまったから」

 

「! スイープさん……?」

 

「あなたがおっしゃる通り、『クラシック級』での私は期待を裏切ってばかりでした。『英雄』という『夢』を語るすら、おこがましい。どこまでも情けない、恥ずかしい自分で。でもある時──自分勝手で、無謀で、誰よりもまばゆい『光』に目が眩んでしまった」

 

 その『光』は流星のように現れて、そして全てを変えていった。それを語るゼンノロブロイは嬉しそうで、楽しそうで。

 

「あの『星』を見て……『私も』、と思ってしまった」

 

 そして、その『光』を追うが如く、ゼンノロブロイは走り出したのだ。

 

「1度『火』がついてからは止められませんでした。『心』はもう燃え始めてしまった。あなたも直接見たらきっとわかります。彼女の『魔法』は恐ろしいほど素晴らしい。あの『光』に近づけば近づくほど、さらにあの『光』がほしくなる。ズルくて、悔しくて──」

 

 1度その『魔法』を知ってしまったらもう元には戻れない。それが不可逆の『魔法』、引き返すことは出来ない。『前』へと進むしかなくなってしまうこと。

 

「──彼女の『魔法』によって、私の中にあった『戒め』という感情は、焼け焦げてしまったのだと思います」

 

 

 

 

 

「…………。……私だって」

 

 人の消えた夕方の海。そこに立ち尽くすと、自分がどうしようもなく小さな存在であるように感じた。

 

「私だって、あの子の走りを見て、『悔しい』って思うことはあった。『桜花賞』の時も、『オークス』の時も。でも、どんなに悔しくたって、かなわないことだってあるじゃない……!」

 

 見たことの全て、聞いたことの全てが彼女を否定する。だが彼女にだって言い分がある。

 

「──だって見ちゃったんだもん。あの子の『宝塚記念』を、テレビ越しで。もう同じ場所にすら立てない、見えない『壁』があるみたいだって感じたのに──」

 

 仕方ないじゃないか。『ティアラ三冠戦』では十分に食らいついた。だって仕方ないじゃないか、相手は『無敗の魔女』、史上最強とも謳われるウマ娘だったんだ。十分よくやったって、自分を慰めても仕方ないじゃないか。

 

「……どうして私、まだ『悔しい』って思ってるの? どうして……」

 

 

『そんなの知らないっ!! フツーとか、ジョーシキとか、『魔法』でぶっ壊せばいいだけだもん!』

 

 

「『壊してほしい』って、思ってるの……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 (゚∀゚)

 

 

 

 

 

 

 

「……ここが、『K大学』」

 

 都内にキャンパスを構える、いわゆる『一流大学』。さまざまな著名人を輩出している私立大学だ。

 

「水瀬トレーナーが、ここにいた……?」

 

 水瀬の履歴書のコピーをニコニコで渡してきた『友人』の言葉を思い出した。

 

『いやぁ、大変だったよー。あのねー、そもそも『地方トレーナー登用制度』の担当は『URA』の方にあってさー。手が届かない上にガードも固かったよマジ〜……』

 

 ちら、と手元のコピーに視線を落とす。

 

『だいたいこのご時世にクラウド使ってないとかあり得なくない? これだから組織ってヤツは頭も体も硬くてイヤんなるよ〜。どのみち話も通りそうになかったし、秘蔵であるスイープちゃんの寝顔写真で交渉してもダメって言われちゃったし。だから直接忍び込んで盗んできてやったよガハハ!!』

 

 これぞ真のヒューミント(人的諜報活動)だぜ、なんて豪快に笑う『友人』には尊敬と恐怖を覚える。

 

「……『経済学部中退』、ですか」

 

 ともかく、手がかりを探るために乙名史は歩いていった。

 

 

 

 

 『記者』という社会的なステータスはいろんな場面で役に立つ。出版社がそれなりに名前が通っているのも幸いして、職員への話が通った。かつて所属していた『ゼミ』の教授の名前を教えてもらった時点で、ほとんど手がかりは掴んだも同然だ。

 

「水瀬、水瀬……ああ、はい。よく覚えていますよ、数年前の話ですからね」

 

 大学教授は『変人』が多いと聞いていたが、この人は例外のようだ。快く乙名史を迎え入れてくれた。

 

「『トレーナー』をやっていると知ったときは、それはかなり驚きましたよ。まさか、彼が……」

 

「意外だったんですか?」

 

「それはもう。まぁ、ある意味では意外ではない、というか。ともかく非常に『優秀』……というよりも、『有能』というか、『野望』を抱えた青年というか。1度見たら、なかなか忘れがたい学生でしたよ」

 

 その人物像に乙名史は顔をしかめた。『成果』を抜きにして考えれば割と平凡的な性格な水瀬のイメージと離れている。

 

「遊ばず、話さず、ただ貪欲に上を目指して這い上がろうとしていた。普通、ウチの学部の学生はもっと緩いんですけど」

 

「しかし……『中退』されたとか。なにかあったんですか?」

 

「詳しいことは知りませんが……『逮捕』されてからです」

 

「……!? 『逮捕』……!?」

 

 ──そんなバカな。

 

 ありえない──というか、あまりにも前触れがなさすぎるその話は、乙名史の頭の中を真っ白にした。

 

「『金融商品取引法違反』、まあいわゆる『インサイダー取引』というヤツです。ご存じですか?」

 

「え、ええ……多少は、知っていますが……彼が、どうして?」

 

「そこまでは知りませんよ。ただ、確かに彼は『金』を必要としていましたからね」

 

(……どういうこと?)

 

「水瀬君は『起業』していたんですよ。数人の仲間と一緒に……現在はどこかの企業に買収されていたはずですが、たしか『Native』という通販サイトだったと思います」

 

 それからしばらく話を聞いたが、どこを切り取っても現在の『水瀬光一』と結びつかない。

 

(──調べる必要がある)

 

 『起業』、『野望』、『インサイダー取引』。どこを見ても『レース』のレの字も見当たらないその『経歴』に、どうしても嫌な予感が拭えない。

 

(水瀬さん。あなたの『正体』を明らかにしてみせる……!)

 

 コツ、コツ、コツ──その足が向かう『未来』の色は、黒か白か。坂道を転がるボールのように、乙名史はどこまでも『踏み留まる』ということを知らなかった。

 

 

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