『天皇賞(秋)』。
古来より『天皇』にはさまざまなものが捧げられてきた。『御前試合』という言葉がある通り、『勝負』とは『捧げ物』の側面を持っていた。それが強者によるものであれば尚更、『神に捧げる供物』としての価値を持つ。
東京レース場、芝2000──『中距離戦』。
この舞台に文句なし。『中距離王者決定戦』である。言い訳無用、小細工不要、正々堂々一本勝負。
いざ尋常に。
٩( 'ω' )و
紅葉は炎に例えられる──『燃ゆるような秋』という表現があるのなら、『燃ゆるようなウマ娘』という表現もありえるだろう。レースの前からターフに向けて無遠慮に飛び交っていた声援のほとんどは、2人のウマ娘に向けられていた。
『天皇賞(秋)』当日!
「ロブロイーっ! お前が最強なんだ! 勝つ姿を俺たちにまた見せてくれー!」
「スイープの『魔法』は『奇跡』じゃない……! まだ『伝説』は終わらないはず……!」
「あははっ、『英雄』ゼンノロブロイ、『魔法使い』スイープトウショウだなんて、何だか『おとぎ話』の戦いみたいね」
「いいじゃない。『おとぎ話』で。だからこそ、胸がワクワクするんだもの──」
「…………結局、観に来ちゃった」
スイープが走るのは──ただ1人、『ヤマニンシュクル』に『魔法』をかけるため。そして彼女は結局この会場までやってきてしまった。
「…………気にしなくてもいいんだよ。私は私のせいで諦めるんだから」
消えてしまいそうな小さな言葉。
「このレースを見て、最後にするつもりだから」
伝えても、きっと耳を貸してくれないだろうけど。
パドックにやってきた。
──ワアアアアアアアア!!!
「うおおおおおお! ロブロイー!!」
「頑張れーっ! スイープーっ!!」
始まる前からこの『熱狂』。雰囲気に当てられて、つい大声で何かを叫びたくなる。
「スイープさんへの応援、すごい熱気」
他人事のように呟く。
「『魔法』、かあ。スイープさんは『あの時』からずっと変わらない。ううん、どんどんすごくなっていって」
遠い『星』を眺めているみたいだ。手を伸ばしても届かない、遥か彼方の『光』を。
「私だって、『常識』を『つまんない』とか。そんな風に思えたら……」
自ら打ち立てた『誓い』──『勝ち続ける』という言葉を守り続け、そして今もなお人々の注目を集めてやまないスイープのことを考えた。
生きていれば、誰だって『自分の言葉を裏切る時』が一度は来る。誰だってそうだ、自分の『夢』を『裏切って』、そしてのうのうと生きるのだ──たった1人、スイープトウショウを除いては。
「……ねえ、カワカミさんも一緒に見ようよ」
突然後ろを振り返れば、物陰に隠れ損ねてあたふたしている後輩の姿……。
「へっ!? えっ、あ、あのえっと……お気づき、だったのですか?」
大人しく出てきたカワカミプリンセスは本当に意外そうだった。
「だって気配消すの下手すぎなんだもん。寮を出た時からずっと観察され続けてるし」
大人しく横に並んだ。
「ねえ、カワカミさんはこのレース、どうなってほしい?」
そんな、突拍子のないことを聞いた。
「誰が勝ってほしいとか、何が起こってほしいとかある?」
「……えっと、私は……」
レースはただの『興行』であり、ただの『娯楽』──そう表現する人はいる。しかし、レースにはそれに止まらない『何か』がある。
「私は、『魔法』をかけてほしいと願ってます」
「……そっかぁ。じゃあ、私と同じだね」
ワーワーワー。観客はレースが始めるのが待ちきれないと言った様子。
「スイープちゃん! ぶちかましてやるんだよーッ!!」
タッタッタ……。誰かが走ってくる。
「かちょぉ〜! 大変ですよぉ! 二階堂のヤツ、なんか来てるんですよ! ほら、あそこ!」
「はン。何かあったら『対処』できるんだろうねェ?」
「次ぁブタ箱にぶち込んでやりますよ! ……でも、『やられる前にやれ』って言ってたじゃないですか、まえ」
「放っときな。どうせあのおぼっちゃんは、家の力がなきゃ何も出来やしないさ」
ちら、と視線を送った先には確かに二階堂が立っていた。
「……」
「……大勢の方がこの『天皇賞(秋)』を見守ってくださっていますね」
「ええ、そうね。──」
パドックから見回す観客たち。その中に……
(……! カワカミ、いた! ヤマニンシュクルも! ……ちゃんと来たのね)
もしかしたら来ないかもしれない、とは考えたことがあるが、杞憂になった。
「…………よかった」
「? スイープさん?」
「……ロブロイ、今日もくだらないレースはできないの。つまんない考えを『魔法』で吹き飛ばさなきゃだし、だから……」
真っ直ぐに。
「全力で来て。アタシが全力で走るためにも」
「ふふっ……あなたと戦うのに、『それ以外の選択肢』はありませんよ」
そしてこうしてもう一度戦えることが、なんと有難いことか──
「──この全身を奮い立たせ、あなたを討って見せましょう」
レースが始まる!
ドドドドド──
「──来た、最終直線だ……スイープ、まだ控えてるのか!? もう出ないと届かないぞ!?」
「がんばれゼンノロブロイ! 行ける、逃げ切れる! いけるぞ、今日こそ伝説を終わらせてややれーっ!!」
スイープトウショウが強いのはもう誰も知っている。ただ、これまでのレースの歴史の中で、ただ強かっただけで『魔法』だと言われたことはない。『奇跡』はあったかもしれないが、『魔法使い』はスイープトウショウただ1人。
その『魔法』の正体とはつまり、スイープトウショウの見せる『物語』。
『出来ない』と言われ続けたことを覆し、古い歴史を壊し──今もなお、伝説を語り続けている。
『魔法』をかけて、世界を変えていく──だからこそ、スイープは『魔法使い』と呼ばれている。
「来た、来た! 来た……!」
「粘ってくれロブロイーっ! あと少しでお前は『英雄』になれるんだーっ!」
──ワアアアアアアアアアア!!!
『流れ星』にも似た姿が──心に響く。あまりにも多くの人の心を奮い立たせる。
「行け、行け……!」
鮮烈に輝く。先頭2人が並びあったまま、ゴールの真横を突き抜けていった……。
──ワアアアアアアアアアア!!!
「……っ! どっちだ、どっち!? なあ、今のどっちが先に入ってた!?」
「分からないって! 完全に並んでた! 判定だ、『写真判定』……!」
着順を示す『掲示板』はまだその答えを表示していない。
「……あー! まだかよ!? めちゃくちゃドキドキするんだけど!」
『掲示板』に注目が集まり、ザワザワとした喧騒が広がった。そして少しの後、大きな歓声が上がった。
──ワアアアアアアアアアアア!!!
「はっ、はっ……はぁっ……」
「ふぅー……っ、ふぅー……っ!」
──ワアアアアアアアアアア!!!
「ふぅー…………──」
魔法使いは疲労を滲ませながらも、やはり悪戯げに笑った。
「アタシの勝ちね……っ!」
──ワアアアアアアアアアア!!!
「…………なんて…………荒々しいレースで……っ」
息を呑んで吐き出せなかった。そのレースを表現するための言葉が浮かんでは消えて息ができない。どんな強い表現でも、この胸の中にある強い衝撃を表現できない。
「……まぶしいね」
ヤマニンシュクルがそう言った。
「踏みつぶされちゃうんじゃないかってくらい迫力があって、まさに『頂点』って感じで。今ここで、感動するくらいすごかったって言えれば『楽』なのに──」
讃えればいい。言葉を尽くして、彼女を褒め称えて、目を細めて手を叩け。
「……せん、ぱい?」
遠い景色を見上げるように立ち尽くせ──それができればよかった。
「なんて私、素直に誉めたくないんだろ……。なんで『悔しい』って思ってるんだろう……っ」
「……っ!!」
「なんで……っ、私、『勝ちたい』って思ってるんだろ……っ!」
視界が滲む──感動なんかじゃない。『観客』の立場で歓声をあげるなんて嫌だ。『当事者』でもないくせに、本当はあの場所に立ちたくて仕方なかったんだ。
「こおおおおらああああああっ!!」
──スイープの叫び声が聞こえた。
「アンタたち、なんでまだ『そこ』にいるのよ!!」
もやもやでは済まないイライラが胸を満たしている。
「早く『こっち』に来なさいよ! 『競り合う勇気』だって、『あきらめない勇気』だって元からあるクセに! アンタたちにはもう、アタシの『魔法』がかかったんでしょう!?」
『一歩を踏み出す』だけでいいのに、立ち尽くしているヤマニンシュクルたちへ向けて。
「なら今度はアタシを楽しませなさいよ!」
彼女たちに聞こえるように。
「──っ」
「っ、先輩、私もっ……っ、私も同じですっ!! 『本能』がっ、ドキドキが鳴りやまないっ! なのでっ、だから……っ!!」
「……うん」
『彼女』までの距離──このスタンドからおよそ、40メートルほどか。
「ね、カワカミさん。……私には『柵』は越えられないかもしれない。下手したらケガするかもしれない。でも、それでも──」
『走れば』すぐだ。それこそ、3秒もかからない。だが『障害物』がある、だから。
「──飛んでみない?」
「──っ、はい"っ!!」
そこから先は早かった。ざわめく人々を押し退けて『道』を作り、そして『前』へと走り出し──飛んだ。
ザザーーッ……!
ターフに滑りながら着地した2人のウマ娘をスイープは見ていた。
「……」
そして、ヤマニンシュクルもまた……。
「……」
「は、ははっ、あははははっ! やっと来たわね。遅いのよ、2人とも!」
なんだなんだと騒ぐ観客たちもそっちのけ。スイープにとってはそれが重要な問題で──そして、今それを飛び越えたところを見ていた。
「どう、今度こそカンペキにかかったでしょ? アタシの『レースの魔法』!」
「……かかった。かかっちゃったよ」
スイープはやると言ったことは必ず成し遂げてきた。かかってたまるかと意固地になっていたかもしれない。だけど──
「あなたがどれだけ強いかもわかってるし、頭の中であなたに勝てたことは1度もない。『常識的』に考えて、置いて行かれた存在。もうあなたたちにも届かない存在だってわかってるのに──」
ヤマニンシュクルは『魔法』をかけられてしまったから。
「──それでも私は悔しいし、勝ちたいっ! もう1度走りたいっ!!」
『知ってしまったら、もう元には戻れない』。それが『前』に進むということ。
「わだぐじもぉ!!」
うるさっ。
「わだぐじもぉっ、勝負じだいのでずぅ……!」
「きったな!? カワカミ、アンタ泣きすぎじゃない!?」
「だっ、だっでぇっ! わだぐじもぉ! 私も……自分の『夢』をゆずりたくないっ! 『1着』をゆずりだぐないっ!! あぎらめたくなんでぇ……!」
「あ〜〜〜〜っ、も〜〜っ!」
年上のくせにやたらめったら泣いているカワカミにスイープは言った。
「泣くよりもまずすることがあるでしょ? ほーら……『魔女さま、サイコーの『魔法』をありがとうございます』、は?」
『観客席』を飛び越えて、芝の上まで来てしまった『ライバル』たちの姿を見て、スイープトウショウは微笑んだ。
その裏側で、水瀬はスタッフたちの説得で忙しかったのだが、最終的にはなんかいい話になったのでヨシ! 会場からは温かい『拍手』が添えられた。
「びぇぇぇぇ! いいはなじでじだねがちょぉ"〜……」
「ああ、そうだね。ったく、それにしても……あのおぼっちゃん、結局何しに来たんだい」
「うわぁぁぁん……ぎっど、まぼうをがげられにぎだんでずよぉ〜……」
「はっ……まさか、ねぇ」
そして──
「ということで、アンタたちは今日からアタシの『弟子』だから」
「ええええええっ!? 私は姫なのですけれどもっ!?」
レースを終えた後の控え室は騒がしかった……。
「それがなに? 姫に魔女は付き物でしょ?」
新たに『弟子』が誕生しようとしている。これ以上『魔法使い』を増やす気だろうか。
「それに偉くなった『魔女』は『弟子』を取らなきゃいけないの! 『グランマ』みたいにね!」
(俺も『弟子』にして『魔法』を教えてくれ。マジで)
水瀬が呑気なことを考えている横で、ヤマニンシュクルが少し苦笑いしている。
「……えっと、私たち、スイープさんに巻き込まれてるってこと?」
その通り。
「はあ〜〜〜〜? なんか文句でもあるの〜〜〜!?」
そりゃあるだろ。
「『弟子』になるのは決定ジコーよ! その上でアンタたちには『魔女』になるための『試練』を与えるわ!」
「『試練』?」
「ええ、アンタたち2人が同時にアタシに挑むの」
「……!」
「ちゃんとアタシの『魔法』がかかったってこと、レースでアタシに見せるのよ! アンタたちならできるでしょ! やるの! いい?」
問答無用かよ。
「……! じゃあ私、『エリザベス女王杯』がいい!」
「ふんっ、自分からレースを指定してくるなんて生意気ね。まったく……ミナセ!」
なんですか。
「次のレースは『エリザベス女王杯』よ! 『シショー』として『弟子』をけっちょんけっちょんにしてやるわ!」
「分かった」
──そんなわけで、次に進む『道』が決まった。次なる舞台は『エリザベス女王杯』だ。
@
(……彼女の『魔法』は本物。次々と誰かを変えていく、素晴らしい『魔法』)
『天皇賞(秋)』を見届けた乙名史は帰路を進んでいた。
(それは間違いない。感動もした。『魔女の冠』に『新しい一つ』が加わったことを祝うべきだし、今後『彼女』の存在は語り継がれていく。そしてそうなるようにするのが私の『記者』としての『役目』)
頭の中で渦巻いている。ずっと──レースを見ている時も、ずっと、ずっと、ずっと。
(今日、ようやく『決心』がついた。彼女の『魔法』を見てしまったから)
疑惑は深まる。考えれば考えるほど──『前』に進むべきか、それともここで『引き返す』べきか。
(──確かめなければ。あの『魔法』が、本当に『本物』なのかどうか。そしてもしも『真実』が『残酷』なものであれば、その時は)
乙名史は『前』へと歩き出した。
「……どんな『痛み』が伴おうとも、『それ』を終わらせる」
その『暗闇』の中へ、今。
第七話 『前』へ進むということ 終わり
えっ!? この状態からでも入れる保険があるんですか!?