魔法のない世界で生きるということ   作:にゃんこぱん

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第八話 『未来』へ歩くということ①

 

 

 

「お疲れ様です、朝日さん」

 

「……」

 

 この日もまた、乙名史は『友人』と会っていた。というか正確には呼び出していた。彼女の力がまた必要になったからだ。やるべきことはもはや明確だ。その最後の『証拠』を見つけ出すための情報を集めるために、こうしてまた会っている。

 

「──えっちゃんさ、もうやめない?」

 

「どういう意味ですか?」

 

「私もさー。まあ『履歴書』見た時点で薄々察してるんだよね。これ『藪蛇』だな、って」

 

 友人は朗らかな表情を浮かべてはいるが──その心の中にある感情までは隠していない。

 

「やっぱりさ。渡すべきじゃなかったね、『履歴書』。あーもー……どーしてやっちゃったかなー、私。いっつもこうだ、『余計なこと』に首を突っ込んで痛い目を見る。『好奇心』なんてさ、役に立たないよ。そうじゃない?」

 

「申し訳ありませんが、私は『好奇心』で動いているわけではないので」

 

「最初はそうだったでしょ」

 

「今はもう違います」

 

「……じゃあ、なおさらダメじゃん」

 

 友人は空を仰いだ。その気持ちは理解できる──理解できるだけだ。行動を止めない理由にはならない。

 

「だいたいさ、『ありえない』って。スイープちゃんのレース見たでしょ? あれを『素人』が育てたって言いたいわけ?」

 

「……さあ。私は別に、水瀬さんが『正当なトレーナーではない』と疑っているわけではありません」

 

「はいダウト! ウソつきは舌を引っこ抜かれるんだぞー。だいたいそう思ってるんなら教えてくれてもいいじゃん、『大学』を調べた結果、『何』が分かったのか。どうして教えてくれないの?」

 

「『個人情報の重要性』を考えた結果、むやみに広げるべきではないと判断しただけです」

 

「それもウソ。ようは私に邪魔されたくないんでしょ」

 

 沈黙。それが答え──2人の間には『溝』が広がっている。乙名史は全ての『真実』を明らかにしようと動いていたが、全ての人間が『真実』を望んでいるわけではない。

 

「仮にもし水瀬くんが悪いことしてても、もっと悪い人はいっぱいいるでしょ。トレセンは『組織』で、『組織』っていうのは大なり小なり後ろ暗いところはあるじゃん。でもそんなのいちいち突っついてたら世の中は回んない。そうでしょ?」

 

「仮にそうだとしても、『真実』を突き止めない理由にはなりません」

 

「なーんでそうなっちゃうかなー、誰も『幸せ』になんないじゃん。今のままでよくない? ってかさ、もしその頭カッチンのまま突き進むってんならさ、『仮説』を示してよ」

 

「『仮説』?」

 

「仮に。仮にね、もし水瀬くんが『正当な方法』でトレーナーになっていなかったとしたら、どうしてこんなすっごい『成果』を出せてるわけ? おかしいでしょ」

 

「……ええ。その点が1番の『問題』です」

 

 乙名史の『疑惑』を真っ向から否定する1番の『証拠』が、スイープトウショウが打ち立ててきた『無敗伝説』。どんな名トレーナーでも、『一度も負けない』なんてことはできなかった。

 

「みんな知りたがってるよ、負けない方法……というか、その『強さの秘訣』。記者さんなら調べるでしょ。どうだったの」

 

「ちょっと調べた程度でわかるものなら、ここまで『正体不明』とは言われません。結論から言えば、分かりませんでした」

 

「ほら見ろ! だいたいトレーナーっていうのは何年もかけて勉強して、それでようやくなれるかなれないかって職業じゃん! シロートがホイホイ『潜り込める』ようなもんじゃないし、『勝ち続ける』なんてぜーったいムリ! だから『仮説B』は棄却! 終わり! 閉廷!」

 

「少なくとも、水瀬さんはビジネスの世界ではかなりの『才覚』を発揮していたようです」

 

「……はい? なにそれ新情報。おねーさん知らない」

 

 目を丸くする友人──朝日が呆気に取られている。

 

「『底知れない何か』があったと当時の仲間が語っています。少なくとも水瀬さんはただの『凡人』ではなかった」

 

 乙名史とて考えていた。ずっと追い続けていた。どうしてここまでスイープトウショウが強いのか?

 

「ウマ娘とトレーナーには当然『相性』があります。それまで勝てなかったウマ娘が、担当を変えた途端に強くなることは少ない事例ではありません」

 

「……何が言いたいの?」

 

「担当契約は『歯車』に例えられることもありました。その例で言えば、より正確に『噛み合う』ほど強い相乗効果が生まれる。『あの2人』を見て、私は本当にいいコンビだな、と思っていました。だけどそんな程度ではなかった……」

 

「ちょい待ち。つまりこう言いたいの? それこそ、この世に一対しかない『運命の人』的なあれが、グーゼン出会ってしまった的な」

 

「『ウマ娘の存在』は未だ解明されていない部分も多い。その『力の源』についても、また──スイープトウショウさんの『才能』はデビュー前から有名でした。その力を最大限発揮させようと数々のトレーナーが挑戦し、そして失敗してきた……。そして最終的に、彼女は『1人のトレーナー』に押し付けられた──他のトレーナーたちは口を揃えてこう『証言』しています」

 

 『二階堂健人が、スイープトウショウを担当するはずだった』、と。

 

「しかし現実にはスイープさんの担当は水瀬さんです。水瀬さんと二階堂家の関係から推察するに……もしかしたら、二階堂トレーナーはスイープさんを持て余して、水瀬さんに押し付けたのではないでしょうか?」

 

 それは途方もない『妄想』──

 

「あるいはこう言い換えることも出来るでしょう。スイープさんが『事務員』だった水瀬さんに『魔法』をかけて、『トレーナー』にした……」

 

「……!」

 

「『最後の疑問』は、水瀬さんと二階堂家との『関係』です。水瀬さんの『過去』には『二階堂家』との『関係』は見つからなかった──どこでその『関係』が生まれたのか『立証』できれば、全てが明らかになるはずです」

 

 そしてその手がかりの検討はすでについている。水瀬が『逮捕』されてから──どうやってトレセンに来たのか。そこには必ず二階堂家が関わっているはずだ。

 

「……『レース記者』なんかやめて、『探偵』か『小説家』にでもなりなよ。きっと向いてると思う」

 

「ありがとうございます。ではついでに、気になっている写真を見ていただけませんか?」

 

 乙名史は一枚の写真を取り出して、机の上に出した。

 

「ッ! これ、どこで──」

 

「これは、当時の水瀬さんの起業仲間から頂いたものです。融資が決まった『記念』に撮ったもので、ここに写っている『老紳士』はさる『投資家』だとか」

 

「『投資家』……」

 

「朝日さん。その反応を見るに、もしかしたらあなたは知っているのではないですか? この『老人』を」

 

 もう軽口を叩く余裕もないようだ。ただ黙って──そして、乙名史になんの情報も与えないように口をつぐむことにしたらしい。

 

「『二階堂家』は資産家としても有名だとか。その『当主』はたしか、御年80歳にもなる……名前は、そう──『二階堂正毅』。この『老人』はまさにその人なのでは?」

 

「……えっちゃん。もやめよ。マジで」

 

 今確信に至った。朝日なら知っているのではないかと思っていた──そしてその読みは当たった。この『融資』の時に関係が始まったのだ。

 

「ダメだよ。これ以上はダメ。ホントにダメだって。これ以上調べて、一体何をするつもりなの?」

 

「私はただ、『レースの世界』を愛しています。それだけです」

 

「ダメだって。お願いだからさ、スイープちゃんが悲しむようなマネはやめてよ。いや、ホントに……あの子が悲しむところ、見たくないんだ。私」

 

 わずかに鋭い気配が持ち上がった。

 

「えっちゃんに手荒なマネはしたくないの」

 

それは目の前の友人から発せられた、危ない気配──

 

「あなたの『仕事』は知っています。仮に私に何かあったとしたら、水瀬さんに関する『全ての情報』が各メディアに送られるようになっています。かなりの騒ぎになるでしょう」

 

「……やめようよ。ダメだよ、それはダメだ。こんなことして楽しいの?」

 

「──……私は……『真実』を明らかにする必要がある。この『レースの世界』を愛した『1人の記者』として」

 

「ダメったらダメ……。『夢』は壊れやすいんだよ。えっちゃんならよく分かってるでしょ。だから、壊れないように『守って』いかなきゃ……」

 

「……『本物』だったら、壊れることはないでしょう。お時間を割いていただいてありがとうございました。私は調べることがまだ残っているので、これで失礼します」

 

「ダメ……。ダメだよ、えっちゃん……」

 

 ──平行線だ。もうこれ以上話すことは何もないだろう。

 

 乙名史は席を立ち上がるとそのまま去っていく。

 

(仮に私に何かあったら、なんてただの『ハッタリ』──本当は、あなたは『友人』を傷つけるような人ではないと知っているだけ)

 

 項垂れている友人の姿を最後に一瞥だけして、そして『前』へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 第八話 『未来』へ歩くということ

 

 

 

 

 

 

 『エリザベス女王杯』。

 

 元々は『トリプルティアラ』の最後を飾るレースだったが、『秋華賞』の設立によりクラシック、シニア混合のGⅠ競争へと移行。名実ともに『トリプルティアラ路線』のウマ娘たちの『女王』を決めるレースとなった。

 

 京都レース場、芝2200m──『中距離戦』。

 

 『女王陛下』の名の元に。

 

 

 

 

 

 

 ( ´∀`)

 

 

 

 

 

 

 『エリザベス女王杯』も迫ってきたある日。コースでスイープトウショウは……動かずにいた。

 

「……」

 

 動かざること山のごとし。うんともすんとも言わず、ただ偉そうに腕組みして立っている……。

 

「そろそろ走るか?」

 

「ヤダ」

 

 悲しいほど日常的な光景だ。これはワガママと表現するべきか、一種の自然現象とでも言おうか。しかし彼女の視線の先を辿ると……。

 

 

 

「はあ……はあ……っ、併走、お疲れ様でしたわ〜……っ」

 

「ふふっ、カワカミさんもお疲れさま。最後の『伸び』、急に来たから驚いたよ」

 

 カワカミプリンセスの頬を汗が伝った。もう『秋』も終わろうかというこの時期は、だんだんと冷え込み始めているが、しかしその『寒さ』など気にも留めていない。

 

「ふふっ、だって『あの』スイープさんが相手になるんですものっ! ビュワーッと行かねば、ガーッと負けますわ! そして『本番』では……。………………」

 

「? どうしたの、カワカミさん」

 

 ヤマニンシュクルが首を傾げた。カワカミプリンセスはぎゅっと手を握って真っ直ぐにヤマニンシュクルを見つめる。

 

「……先輩っ! 本当に、本当に本当に! 『あの日』は、ぶつかってしまい申し訳ございませんでした!」

 

「! ……もうっ、それ何回も言ってるけど、謝らなくていいって」

 

 そう伝えてもカワカミの表情は晴れない。『罪悪感』というものは大きな枷となり、それを解くことは難しい──が。

 

「だから『本番』では遠慮せずに競ってきて。私も『1着』、譲らないから──スイープさんにも、あなたにもね」

 

「……!」

 

「あーっ、でも。今後は自分でも『無謀』だと思うような行動はしないこと! あなたは優しすぎて、なにかあったら引きずっちゃうから」

 

 穏やかな言葉がカワカミプリンセスの枷を解いていく。それはお互いが『前』へと進むための言葉。

 

「私たちもせっかく『ライバル』になったんだから。これから『先』もずっと『本気』で勝負をし続けたいんだ」

 

「……っ! はいっ!! 姫たるもの、その『お約束』を必ずお守りします! 『エリザベス女王杯』当日も! 『この先』も! 『永遠』にっ!」

 

 

 

「……ふんっ」

 

 まあ離れているので何を話しているかまでは聞こえないのだが、随分吹っ切れたような顔をしていることはわかった。

 

「あの2人、いい表情だな」

 

「あったりまえじゃない! このアタシがわざわざ2人のためだけに『レースの魔法』をかけたんだもん! そうじゃなきゃ困るわ!」

 

 スイープは誇らしげだ。

 

「アタシは天才魔法少女スイーピーよ! できない『魔法』なんてなんにもないの!」

 

 全く感服するばかりだ。しかしスイーピーは言葉を区切った。

 

「ただ……」

 

「ただ?」

 

「……ミナセ、今度は『レースの魔法』で世界中を『魔法使い』だらけにするわ!! みーんなが『魔法』を使えるようにするの。世界中みーんなが、アタシの弟子になるのよ!」

 

「壮大な計画だな」

 

「ふふん♪ そしてずーっと、みんなをこき使ってやるんだからっ!」

 

 みんなが『魔法使い』に、か──。

 

「だってアタシがいなくなったっだけで『世界』がつまんなくなるなんて許せないもん。『魔法がある世界』は、いつだって楽しくなくっちゃ!」

 

 そう言ってスイープは悪戯げに笑った。

 

「……なあ、スイープ。『魔法』っていうのは、一体何だったっけ?」

 

「なぁに? ふん、そんなことも忘れちゃうなんてだらしないわね。いーい? 『魔法』っていうのは、『不可能』を『可能』にする力のことよ。つまんないこと全部ふきとばして、たのしい『世界』にするための、ね!」

 

 心からそれを『信じて』いる──というよりも、スイープは『それ』が存在することを知っている。『それ』を使うことができる。

 

(……『魔法のある世界』、か)

 

 『秋』が過ぎて空は青色。高い雲を見上げてみると、どこまでも無関心にいわし雲が流れている。

 

 

 

 

 

 

 

 ( ´ ▽ ` )

 

 

 

 

 

 

 

『さあ、今年もやって参りました『エリザベス女王杯』、『無敗の魔女』の『凱旋』です! 彼女を倒せるウマ娘がいるのかどうか、注目したいところです!』

 

「…………これが『エリザベス女王杯』? 昔テレビで見てた時はもっと──」

 

「おいおい、怖気付いてんのかぁ? 『スカーレット』?」

 

 曇天の元に集まった大観衆から放たれる『熱狂』、ここは『京都レース場』──目的はただ一つ、『魔法使いスイープトウショウ』を見にくること。観衆はそれだけのために集まったと言ってもいい。

 

「お前が誘ってきたんだろ。『もうすぐデビューなんだから、最高峰のレースを見るべきだ』って」

 

「はあっ!? 誰が怖がってるですって!? アンタのバカさ加減には呆れちゃうわっ!」

 

「ああっ!?」

 

 そんな中、言い争いの気配を感じさせる2人組のウマ娘──『ダイワスカーレット』と『ウオッカ』。

 

「これまでテレビで見てきた『エリザベス女王杯』はもっと美しくて、優雅で、可憐だったの。アタシが憧れるほどにね。でもこの雰囲気は──」

 

 ──ワアアアアアアアアアアアアアア!!!

 

 どこを見ても、観客の誰を見ても同じだ。『熱狂』──そう、ワクワクしているように見える。そして何かを待っている。優雅さという点で評価するならば、全くそんなものは存在していない。『魔法』をかけられて変わってしまったのだ。

 

「泥臭くて、カッコいいよな。『何か』が起きそうな、そんな予感すらする……つーか、ブスクサ言ってるけどよ。お前も正直になれよ、スカーレット。こういう熱くなりそうなレース、お前も好きだろ」

 

「……ふんっ」

 

 

 

「それじゃ、アンタたちわかってるわよね?」

 

 出走前、ターフへの地下道にて。パドックへ向かう3人のウマ娘が話していた。

 

「うん。私はあなたを倒しにいくよ。力、全部振り絞って」

 

「『勝ち』はアタシのものよ?」

 

「どうぞご自由に。私も貴方をブチ抜きますわっ」

 

「ふんっ。それじゃあ──」

 

 ぱっとスイープが振り返った。その視線の先にはいつも通り水瀬が突っ立っている。

 

「行ってこい」

 

「ええ。楽しみに待ってなさい。そしていーっぱい、楽しくなっちゃいなさいっ!!」

 

 レースが始まる!

 

 

 

 

 

 

 『正面スタンド』には大勢の人が詰めかけていた。パドックのお披露目も終わってそろそろ出走時刻となる。水瀬は『関係者席』からのんびりとそれを眺めていた。

 

「お隣、よろしいですか?」

 

「乙名史さん。どうも」

 

「そろそろですね。『仕上がり』の程はいかがでしょうか?」

 

「さあ、どうでしょう」

 

 華やかな『ファンファーレ』の演奏が始まった。観客たちは手拍子を始め、祭りを前に高揚しているが、乙名史も水瀬も黙って演奏を聞いていた。

 

 ゲート入りが始まる。スイープは最初に入れられていた。

 

「これで『9つ目』ですか。今でも『夢』を見ているような気がします」

 

「勝ったら、の話です」

 

「『魔法使い』スイープトウショウの名前は日本だけに留まるようなものではありません。まるで『エクリプス』の生まれ変わりとも言われるほどの戦歴です」

 

 それがどれほどの『偉業』なのか、水瀬は本当の意味で正しく理解していない。

 

 ガタン! ゲートが開いた。スイープが珍しく出遅れていない……だと……?

 

 ──ワアアアアアアアアアア!!!!

 

「スイープさんの真似をして、最近では『追い込み』が流行っていますね。ですが、あれほど鮮やかに決められるウマ娘はそうそういません」

 

「……さあ。『1人だけ』いると思いますが」

 

 ただのレース観戦にしては、乙名史が静か過ぎる。その上、妙にスイープのことを褒め出した……なんてことをやっていると、ちょうど1コーナーを回るところだ。

 

「はい。そして、皆薄々感じていると思います。その『対決』を見てみたい、と」

 

 2コーナーを過ぎる。先頭のウマ娘が徐々にリードを広げ始める。『駆け引き』を始めて、そしてスイープから『勝利』をもぎ取る算段だろうが、流石にGⅠ。ウマ娘たちもその程度で乱されるメンタルの持ち主ではない。

 

「ですが、それは本当に実現していいのでしょうか?」

 

「どういう意味ですか?」

 

 さっきからどこか脈絡のない話、ただスイープの走りを眺めている乙名史の妙に静かな雰囲気。少し嫌な予感がした。

 

「萩原さんに夏合宿の場所を教えたのは私です」

 

「……ッ!」

 

「水瀬さん。あなたは本当に『トレーナー』なのでしょうか?」

 

 ──ワアアアアアアアアアアア!!!

 

 幾分か静かになった観客たちの声がまだうるさい。しかしその喧騒の中で、乙名史の言葉だけが嫌にはっきりと聞こえる。静かな言葉だったし、関係者席ということもあってスタンドほど周りに人がいるわけではない。そしていちいち聞き耳を立てている人間もいない。

 

 ──頭ではわかっている。だが水瀬は思わず周囲を見回してしまった。そしてその『反応』が、何よりも雄弁に乙名史の『疑問』に答えてしまった。

 

 向こう正面を回る。彼女たちは勝利を目指して走っている。

 

「……どうして──そう、思うんですか?」

 

「水瀬さん。貴方は元々レースに『興味』などなかったのではありませんか? そう、ちょうど『3年ほど前』までは──」

 

「さあ。何を言っているのか、よく分かりませんが」

 

「あなたは元々『岩見沢トレセン』に居たと、スイープさんから伺いました」

 

「……おしゃべりだな、あの子はまったく」

 

「しかし、あなたは『岩見沢』には居なかった。当時の名簿まで調べましたが、あなたの名前はどこにもなかった」

 

「……さあ、『岩見沢』でしたっけ。もしかしたら、『門別』とか、別のところに居たのかも」

 

「それはあり得ません。『北海道』に限らず……あなたはどの『地方トレセン』にも居なかった」

 

「どうしてそう言い切れるんですか?」

 

 向こう正面を回り切る。3コーナーに差し掛かって、スイープが押し上げ始めた。それに釣られるように、それぞれのウマ娘がコーナーで走れる最高速度で駆け始める。

 

「──全て調べたからです。現在運営されている『19箇所』と、『過去7年以内』に閉鎖された『8箇所』の、全ての『地方トレセン』を」

 

 それは、乙名史の『執念』とも『願望』とも取れる調査の結果判明した『事実』。水瀬の年齢的な面も考えて、僅かでも可能性があるなら調査した。

 

「……じゃあ『海外』から来たのかも」

 

「それもあり得ません。なぜならば、あなたは『7年前』に『K大学』に入学し、『3年前』までそこに在籍していたからです」

 

 全ての『可能性』を調べた。どんなにか細い『可能性』でも──まるで、希望を一つ一つ潰していくみたいに、乙名史は調べ上げてきた。

 

 ──ワアアアアアアアアア!!!

 

 歓声が響く──

 

「……参ったな。ハハ……もう『7年前』のことなのか。時間が過ぎるのは早いな……」

 

「『中央トレーナー試験』の合格者は毎年発表されます。そこに水瀬さんの名前がなかった以上……私は『疑う』しかありません。いわゆる『モグリのトレーナー』を……」

 

 ここまで調べて──否定してくれるなら、そっちの方がよかった。新しい『証拠』を示されて、この『仮説』を否定してくれるのなら、それでよかった。しかし水瀬にそのような様子はない。

 

「『モグリのトレーナー』……か。それを知って、乙名史さんはどうする気ですか」

 

「……あなたを『告発』します」

 

「それは何のために?」

 

 『最終直線』に躍り出たウマ娘たちを眺めていた。観客の熱気と声量は凄まじい。だが乙名史たちが見ているのはその『レース』ではあるが、その向こうに別の何かを見ていた。

 

 そこにあるのは、これまで積み重なってきた『レースの歴史』であり、『重み』だ。その上に彼女たちが走っている。

 

「……『正しいレース』の在り方のため、『正しい未来』のために」

 

「『正しさ』って? それは誰が決めることですか?」

 

「……分かりませんよ。そんなの……」

 

 『マジックの種』は明かさないものだ。オーディエンスが白けてしまう。だがもしも、その『マジックの種』が許容できないほど『間違い』を含んでいるのなら、どうするべきだろうか。

 

 ──ワアアアアアアアアア!!!

 

 スイープトウショウが抜け出して歓声が爆発した。

 

「……私にはもう分からないんですよ。何が正しくて、何が間違っているか……そんなもの、分かりませんよ。きっと誰にもそれを決める『権利』などないんです。だから……」

 

 ゴールを目指して駆けていくスイープの姿は荒々しくて、そして自由で──本当に、楽しそうだと思った。見ていてワクワクする。胸が躍る。

 

「──私自身の『エゴ』のために、破滅してください。水瀬トレーナー」

 

 『夢』を見せてきた存在が、『嘘』から生まれ、そして今日まで『レース』を騙し続けてきた。乙名史にはそれがどうしても許せないのだ。

 

 例えそれが、乙名史が口を閉ざしているだけで解決する問題だとしても、どうしても許すことが出来ない。それを見過ごしたままこの『レースの世界を愛する』ということを、乙名史の中にある何かが許さないのだ。

 

「……は、ハハ、ハハハ、ハハハ……。俺の人生、こんなのばっかりだ」

 

 乾いた笑いが水瀬から溢れ出た。いつだって『前』に『敵』はいなかった。いつだって『後ろ』から刺されてきた。ここまでくると、もうそういう『運命』なのだろう。『過去』はいつだって、『後ろ』から襲ってきた。

 

「『1つ』だけ、まだ残っている『疑問』があります。あなたと『二階堂家』との関係は? なぜ二階堂トレーナーの言いなりになって、スイープさんを引き受けたのですか?」

 

「さあ。言っている意味がよく分かりませんね。そもそも、『決定的な証拠』がないんじゃないですか?」

 

「……と言うと?」 

 

「例えば、『免許証』の『偽造』とか……『URA』に俺の『トレーナー番号』でも問い合わせてみればいい。そうすればはっきりしますよ、その『誤解』について」

 

 強気な言葉だが、乙名史の表情は崩れない。

 

「内部に『協力者』がいるなら、その程度の問題はクリアできるでしょう」

 

「だったら──」

 

「その『協力者』は『二階堂家』の手の者でしょう。いずれにせよ、『警察』の捜査が始まれば、いずれ分かることです」

 

「さぁ……そんな曖昧な『証拠』で『警察』は動くとは思えませんよ?」

 

「では、私がこれまでに調べた全てのことを『世間』に『公表』しましょう。『世論』が騒げば、『警察』も多少は動かざるを得ないでしょうし、『URA』の体質を考えれば、あなたを守るものもありません。……もう諦めてください。お願いです」

 

 『過去』を消し去るために妙な『肩書き』を着けてきた。しかしどこまでも追いかけてきた、この『記者』の執念とも呼ぶべきそれから逃げ切る『手段』がどうしても思いつかなかった──それを悟って、水瀬はついに空を仰いだ。

 

「……、……。ここが終点、か──」

 

 ──思えば短いようで長い道のりだった。『覚悟』してここまで来ていたと思い込んでいたが、人間の覚悟など大したものではなかったらしい。

 

 ただ、『過去』は捨てられるものではない──と、かつての友人の言葉を借りるなら、結局はそういうものなのだろう。『行動』には『結果』が伴って、その『結果』が訪れただけだ。

 

「乙名史さん。さっき質問に答えてもいいんですが、1つ『条件』があります」

 

「伺います」

 

「『あと少し』だけ、『告発』を待ってください」

 

「……逃げる気ですか?」

 

「『逃げ場』なんて、元々どこにもありませんよ。ただ、1つくらいは『約束』を守っておかないと、あの子に申し訳ない」

 

 ──ワアアアアアアアアアア!!!

 

 スイープが片手を振り上げて喜んでいた、その表情と観客を見ればもう、誰が勝ったのかなんて語るまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

『これが現役最強のウマ娘! これが『無敗の魔女』の力だっ!! 圧倒的な力を見せつけてくれました!!』

 

 ──ワアアアアアアアアア!!!

 

 これでまた一つ『レースの歴史』が塗り替えられていく。それが『熱狂』を生み出し、人々の心に『熱』を与える──。

 

「……あーあ、負けちゃった」

 

「でもぐやじい"て"す"わ〜〜〜っ!! 完全に勝ちに行きましたのに〜っ! くっ、ぐっ、ぐうぅぅぅ〜〜っ!」

 

「! ふっ、あははっ!」

 

 カワカミのあまりに悔しがる姿にヤマニンシュクルは吹き出してしまった。それから続けて言う。

 

「じゃあまた挑もうよ。……何度も、何度だって! だって『挑み続ける』限り、『前』に進み続ける限り!! 私たちの『道』は途絶えないんだから!!」

 

 そう──ようやく得た、その『答え』を胸に。

 

 

 

「ふんっ……それでいいわ。それで『世界』をもっとワクワクであふれさせるの! そしたらこの先も、そのずっと先も、『未来』はどんどんたのしいものになっていくわ!」

 

 その先も、ずっと先も──『未来』のスイープはいろんな誰かに囲まれていて、そしてその中には必ず、たった1人の『使い魔』がいる。

 

 どんなものを抱えていようとも、この『魔法』で全てを変えていけると、スイープはそう『信じて』いた。

 

 

 

 

 

「…………」

 

「……なんかいーな。あーゆーの」

 

 レースを見届けた次世代のウマ娘が、ぼうっとしたように呟いた。

 

「……うん、そうね。………………よしっ、決めたっ。帰るわよ、ウオッカ!」

 

「は? もう帰んのか? まだ『インタビュー』残ってんぞ?」

 

「いいのっ。先輩が『未来』を拓くなら、負けてらんないっ! もっと『先』をアタシだって開拓する!! 『1着』はアタシのものなんだから!!」

 

 新たに、『道』の先を目指すが如く走っていった親友を目で追った。

 

「ったく、仕方ねえな。スカーレットは」

 

 そしてすぐにその足で追いかけていった。

 

「待てよ! 俺が新しい『道』を作る方が先だあ! 俺以外のヤツらばっかりにいい顔されてたまるかよ!」

 

 新世代の風を纏って走っていた先はまさしく『未来』だと、きっと誰かがしたり顔で言うのだろう。そして──

 

 

 

 

 

「スイープさんっ、次はどのレースに『出走』を!? 私も名乗りを上げますから、早く教えてくださいまし!」

 

「うーるーさーいー! ちょっとは休憩させなさいよ!」

 

「えーっ!? やだやだですわ〜〜っ! 私は、今! リベンジしたいと燃えてるんですの〜!」

 

「あははっ、カワカミさん、スイープさんみたいな駄々っ子だー」

 

 インタビューを終え、彼女たちの後ろを歩いていた水瀬が笑った。

 

「ハハ。師匠に似たのか?」

 

「はああ!? ミナセまでなに言ってるのよ! って……なに? その変な顔」

 

「……いや。もし娘でもいたら、こんな気分なのかと思ってさ」

 

 ──『ライバル』に囲まれて、『次』の話をしているスイープの姿に、何か言い表しがたい『頼もしさ』のようなものを感じて、安心した。

 

「娘って……あーのーねーえーっ! アタシ、アンタがパパとかぜっっっっっっっったい、ぜぇーーーーーーったい!! ぜえええええええええっっっっったい、イヤだからっ!!!!」

 

 『次』に繋げられる誰かがいることはきっと『幸福』なことだと思い、そして訪れる未来が少しでも良いことになることを願う──なんて、どの口で。

 

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