魔法のない世界で生きるということ   作:にゃんこぱん

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最終話 魔法のない世界で生きるということ⑤

 『有馬記念』、事前インタビュー。

 

 今年の一年を締めくくるグランプリの会見は、例年であればどこかお祭り気分的な要素も相まって、もっと騒がしいものとなる。しかし今年は違った。

 

 出走するウマ娘たちが並んでいる。その中にスイープトウショウの姿がない。

 

「……では最後に、ディープインパクトさん。意気込みを聞かせて頂けますか?」

 

「はい」

 

 彼女は──黒く、長い髪を揺らして立ち上がった。それだけの動作なのに、何か纏っている雰囲気が重く、そして厳かだ。纏っているオーラがこの錚々たるメンツの中でも飛び抜けている。

 

「長いのは苦手なので、一言だけ──」

 

 何を期待されているのか、彼女には分かっている。この揺れるレース業界の中で自らが果たすべき『役目』を勝手に背負わされている。彼女の言葉はシンプルだ。

 

「──あるべきレースの姿を示す。それだけです」

 

 『無敗の三冠ウマ娘』。背負うものは巨大で、そこに『レースの意味』すら背負わされて、それでもディープインパクトは強く。

 

 記者たちが感嘆の声を漏らした。その強靭な姿を見て、わずかな安堵すら浮かべた。

 

「ありがとうございました。それでは、これで会見を終了し──」

 

 ドゴッ!!

 

 何か大きい音が背後からして、記者たちは一斉に振り向いた。両開きの大きな扉が開いている──誰かが立っている。

 

 コツ、コツ、コツ……。

 

「ま、待ってください、会見中の立ち入りは……!」

 

 止めようとするスタッフも、振り返って一瞥されただけで言葉を無くした。

 

 コツ、コツ、コツ。

 

「どきなさい」

 

 人の波が破れるように道が生まれる──静寂。この静寂がテレビ中継されているかと思うと、なんというか恐ろしいような気分になる。

 

 道の終点、つまりはウマ娘たちが並んで座っている会見台の前まで行くと、彼女はディープインパクトの方を向くと、じっと見据える。

 

「アンタがディープインパクト? ふーん、まあまあ強そうじゃない」

 

「スイープトウショウ。やっぱり……来たか」

 

 彼女たちに動揺はない。なんとなく、こうなるだろうと感じていた。

 

「何をしに来た?」

 

「アンタの顔を見に来たのよ」

 

「何故?」

 

「戦うから」

 

 ざわ……!

 

「君は出場できない。『有馬記念』には……」

 

 URAがその決定を撤回することはありえない。故にスイープトウショウの言葉は一周回って滑稽だ。どれだけ強くとも、組織には勝てない。

 

「アタシを誰だと思ってるの?」

 

 スイープトウショウが時間を気にするような素振りを見せる。

 

 ある記者の携帯が震えた。しかし会見中にそれを確かめるような真似はしない──が。

 

「ねえ、そこのアンタ。今なんか連絡来なかった?」

 

 ちょうど指を指されて曖昧に頷く。

 

「読み上げなさい」

 

 どういうつもりか分からず、雰囲気に流されるまま携帯を開く。その内容を見て頭から全てが吹っ飛んだ。

 

「……URAが、決定を……撤回した……!?」

 

 驚愕と共に呟かれた言葉に会場がざわついた。

 

「嘘……」

 

「っ、ほ──本当なのか!?」

 

 一瞬にして阿鼻叫喚といった様相に陥る記者たち。会見中ということも忘れ、URAホームページを確かめると──確かにそのお知らせがある。決定の撤回──理由は不明だ。

 

 あまりにもタイミングがいいというか、これでは本当に……

 

「アンタ、アタシがなんて呼ばれてるか知ってる?」

 

 ディープインパクトが薄笑いを浮かべて睨んだ先に──黒く、妖しい雰囲気を纏う少女。いや──

 

「『魔女』、か……!」

 

「『魔法使い』──よ」

 

 次々と現実を変えていく。『魔法使いに不可能はない』──信憑性が高まっていく。恐怖すら覚える。もうレースとか関係なくシンプルに『魔法』を使い始めたらしい。

 

「一体、何をした?」

 

「くだらない連中に『魔法』をかけてやった。それだけよ」

 

 もちろんタネも仕掛けもあるのだが、それはここにいる者たちには預かり知らぬこと。裏側では朝日がまた疲れた顔を浮かべているのだが……。

 

 ざわ……ざわ……!

 

「っ、スイープトウショウさん! 質問よろしいですか!」

 

「なぁに?」

 

「あ──『有馬記念』に出走する目的は、何でしょうか!」

 

「アンタたちに分かりやすく言うなら、もう一度、この世界に『魔法』をかけてやるためよ」

 

 ざわめきは止まるところを知らない。

 

「──アンタたちに、アタシの『最後の魔法』を見せてあげる」

 

 反発も批判も、賛美も肯定も必要ない。

 

「今日はそれだけ言いに来たわ。それじゃ、用も済んだし……今度は『有馬記念』で会いましょ。またね」

 

 その背中を彼女は見送った。運命は転がっていき、『果て』へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

-

 

 

 

 

 

 

 

 『有馬記念』。

 

 中山レース場、芝2500m──『長距離戦』。

 

 もはや言葉は不要だ。あなたが偽物でないことを証明せよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

-

 

 

 

 

 

 

 

 『レースを見るのが好きだ』

 

 喧騒取り巻く中山レース場。入場前から作られていた長蛇の列が動き始めた。有馬記念はその人気故に席に座れないと有名だ。熱心なファンは早朝、あるいは深夜から並ぶ。12月にそんなことをしたら死ぬのでやめよう。

 

 『トゥインクルシリーズが好きだ』

 

 レースの祭典、『祭り』だと? 冗談も程々にしろ。もしもそう思うのなら観客たちの表情を見るといい。誰が楽しそうな顔をしている? 不安でいっぱいの彼らの顔を見ろ。この後に及んでまだレースを見捨てられない彼らを見るがいい。

 

 『誰かの夢が叶う瞬間がそこにあるから、レースを見るのが好きだ』

 

 ファンだって分かっている。先月から続いている一連の騒動には不明瞭な箇所がある。それは水瀬と取引したと言われる職員の存在であったり、疑惑のかけられている二階堂の存在であったり、不条理とも言えるURAの態度であったり、そしてスイープトウショウの迷いなき姿勢である。

 

 『君の夢が叶う瞬間を見せてくれ』──心にもないことを。

 

 綺麗事をショーケースに入れて、道ゆく人に自慢顔で見せつけてきた。

 

「……なんで、見に来たんだろ」

 

「俺は……今からでも帰っていい。怖くて見れない。確かめるのが怖い……こんなの、初めてだ」

 

「わ……私たちが逃げるわけにはいかないでしょ。だって、スイープトウショウは逃げなかったんだ。1番辛いのはスイープトウショウのはずなのに……」

 

「……そこまでする価値はあるのか? なんつーか……全部に失望したよ。トレセンは水瀬トレーナーを切り捨てて終わりにしようとしてる。責任を取る気がない……」

 

 泥の中で光るのはウマ娘だけだ。

 

 栄光を汚さないでくれ。これ以上、楽しかった思い出に泥を被せないでくれ。

 

「URAはどうして急に決定を撤回したんだろうね。やっぱり『魔法』?」

 

「『魔法』なんてものがあったから、そもそもこんなことになったんだ。それにURAも酷い手のひら返しだろ。水瀬トレーナーもクソだけど、URAも大概クソだ。ネットの噂だと、記者の誰かがURAに働きかけたとか書いてあったけど……」

 

「やめよ。私たちはレースを観に来た。違う?」

 

「……違わない。だけど、観たくない」

 

 灯台を見失った船は迷うしかない。光は消えた。もうどこにもない。

 

 ある一人の老婦人が誰もいないターフを見下ろしていた。

 

「……私は、間違ってたのかもねぇ」

 

 歳を取った。

 

「スイーピー……立派になって、大きくなった。だが……」

 

 眩しい光に目を細めて、明るい未来を想像していた。この世界に『魔法』がないことなど、老婦人はよく知っている。

 

「どうか……神様、あの子に……幸運を……」

 

 スイープの姿を見て──もはや、自らの役目は終わったのだと悟った。今更伝えるべきことも残っていない。大人のアドバイスなど、何の役にも立たないだろう。

 

 それでもせめて、未来のために祈った。

 

 

 

 

 

 -

 

 

 

 

 

『お前が勝とうが負けようが、俺はレースが終わったら出頭するつもりだ』

 

 二階堂はそう言って、控え室からスイープトウショウを見送った。

 

 『有馬記念』へと続く地下道では、見慣れた顔がスイープを待っていた。

 

『あなたの物語の、終わりの頁が、めでたしめでたしで終わるように……願っています』

 

 英雄の言葉。

 

『スイープさん〜っ! わ、私──応援しておりますッ! どうか──どうか、あなたが報われるように! またあの笑顔が見られるように……!』

 

『あなたの魔法、もう一度見せて。全部を変えてしまう──私たちの師匠の力を、見せて』

 

 友達の言葉。

 

 一人ではない、それがどれだけ心強いことか。あなたが教えてくれたことを、あなたはきっと知らないだろうけど。

 

 

 

 

 

 

『寒天の元、18人のウマ娘たちがゲートへと向かっていきます』

 

『誰が勝っても、負けても。この有馬記念は、レース業界にとって非常に大きな意味を持つでしょう』

 

『誰しもにとって、レースの意味を問われる一戦です。さあ、今──』

 

 ガタン!

 

 

 

 

 

-残り2500

 

 

 

 

 真っ先に飛び出したタップダンスシチーを追ってウマ娘たちが駆けていく。中団固まって先行争いが始まった。有馬記念に集い、勝利を目指して。

 

 『ディープインパクトが勝つだろう』──スイープトウショウが出場できないのであれば、の話だ。『無敗の四冠』、クラシック路線では未だ達成されていないその偉業を願う声。スイープトウショウを望まない声。

 

 あるいは、スイープトウショウの強さを認めていた。そんな声。

 

 前年の覇者ゼンノロブロイ、前年ダービー2着のハーツクライ。彼女たちの足跡は偉大なものだ──ただ、スイープトウショウと比べられるようなものではなかった。

 

 1コーナーへと差し掛かる。

 

 

 

 

 

-残り2200

 

 

 

 

 ディープインパクトもスイープトウショウも追い込みウマ娘だ。先行争いなど我関せずと後ろに控えている。彼女ら二人が終盤で追い上げに来るという予測が先行勢にプレッシャーを与えていた。ペース配分を間違えれば軽々と()()()()── 

 

 『追い込み』は本当に安定しない戦い方だ。ハマれば強いが、ペースや展開に簡単に左右され、勝負もできずに終わることも少なくない。逃げ、先行の方が圧倒的に結果を残し易い。

 

 それでも彼女たちは決して敗れなかった。その強さに理屈などなかった。

 

「頼む……誰でもいい、あの『魔法使い』に、勝ってくれ……!」

 

 それは『呪い』だ。消えない『楔』となって──今後、レースを走るウマ娘たちはスイープトウショウの影に縛り続けられるだろう。そんな未来を避けるためには、今──この『有馬記念』で、『魔女の呪い』を打ち破らなければならない。

 

 後方2番手にディープインパクト、隣にスイープトウショウ。外を回る。

 

 

 

 

-残り1800

 

 

 

 

 先頭は変わらずタップダンスシチー、これがラストダンス。2番手にはオースミハルカ、抑え切れず出てきたか。3番手にハーツクライ──これまでの得意戦法を捨てて先行策へ出た。それはこのペースメイクに参加するということで、怪物たちを倒すための『作戦』──

 

 2コーナーを終え、タップダンスシチーが引っ張る形でホームストレッチに飛び出してくる。生身で時速60kmを超えるウマ娘が集団で横切っていく迫力はいつ見ても飽きることはない。映像では味わえない迫力──つい目で追ってしまうのは後ろの二人だ。これまでとは違うスイープトウショウの突き刺すような眼差しと、どこか悠々と走るディープインパクトの表情。 

 

 ──歓声までには至らない野次のような叫び声(逆か?)が飛び交う。

 

「負けるな! ディープインパクト、勝ってくれー!!」

 

「『本物』の価値を示せ! 『魔法』なんてインチキだ! トゥインクルシリーズに犯罪者の影なんていらないんだよ!!」

 

「小さな魔女さん……もう一度、私たちに『魔法』を見せて……」

 

 魔法使いは、その力が故に恐れられてきた。

 

 ただの人にはどうすることもできない『魔法』。しかしそれは、人々にとっては恐るべきものだ。なぜならこの世界に『魔法』など存在していなかったから、『魔女狩り』というものが起きた。

 

 あるいは水瀬は、スイープトウショウに対する現代の『魔女狩り』を肩代わりしたと言えるのかもしれない。

 

 

 

 

-残り1200

 

 

 

 

 澱みなく進むレース。隊列が安定してペースも落ち着いてきた。太陽が眩しい──瞬く間に走り去っていくウマ娘たち。3コーナー、勝負は折り返し。

 

 赤い光に照らされてコーナーを回っていく彼女たちは美しい。先頭変わらずタップダンスシチー、2番手オースミハルカ、3番手コスモバルク。次いでハーツクライ。そうこうしている間にディープインパクトが僅かに位置を押し上げてきた。

 

 全体的に後方に重心がある感じだ。先行勢が薄いためかペースはそれほど上がらない。こういう時は早めに位置を上げておかなければ最後で抜け出せなくなる。

 

 スイープトウショウは未だ、後方から2番手──

 

「スイープちゃぁーんっ、バカどもに現実叩きつけてやれーっ!!」

 

「ねェ朝日。強いってのは、一体どういうことなんだろうねェ」

 

「今それ聞きますぅ!?」

 

 張り上げた声の一角。やるべきことは色々あるが、朝日たちにとってはこの有馬が最も大切だ。

 

「強さじゃ解決できないことがあるだろ? なァ……スイープちゃんは、どうして走ってるんだろうねェ」

 

「水瀬くんの名誉を取り戻すためです! 水瀬くんがやってきたことは間違ってなかったって……あの子は世間に向けて叫んでるんですよ!」

 

「世間に、かい……」

 

「そうですよ! もっと言うなら留置所にブチ込まれたままの水瀬くんにまで届くように叫んでるんですよ!! 『アタシはここにいる』って!! 『帰ってくるのを待ってるよ』って!! うわぁぁん、スイープちゃん、君って子はぁ〜っ!!」

 

「……そうさねェ。運命、か」

 

 まあ留置所では弁護士以外との面会は出来ないので、おそらくその声は届かないだろうが……そういう問題ではないのかもしれない。

 

「いけー、上げてけーっ! 『魔法使い』に『不可能』なんてないんだよーっ!!」

 

 歓声、あるいは悲鳴、あるいは願い。

 

 

 

 -残り800

 

 

 

 

 向こう正面回ってコーナーに差し掛かった。ペースが上がっていく──310mの直線へ向けての滑走路。後方勢が捲り上げるには外を回す他にルートがない。ディープインパクトが上がっていく──差す気だ。

 

 今年のクラシックで見せた怪物的な捲り。後方待機から中盤に位置を上げていき、直線で突き放つ、いつもの王道のルートをなぞって、いつも通りに──

 

 ──ワアアアアアアアアアアアアアア!!!

 

 爆発した声、声……直線へ出た。今、『魔法』をかけて──

 

 

 

 

 

-残り400

 

 

 

 

 ハーツクライには作戦があった──別にハーツクライしか作戦を練らなかったわけではないが、ここまではっきりした作戦は彼女だけだ。

 

 GⅠ制覇はハーツクライにとっての悲願とも言える。スイープトウショウに肩入れしていたハーツクライだが、それは別に勝利を譲るという意味ではない。結末がどうなるにせよ、勝負は全力で戦わなければ意味がない。

 

 食い千切る気でいる。怪物たちの喉元を──そのための先行策。末脚勝負で敵わないから先に距離を稼ぐ。後は気合いでなんとかする。

 

(──このままなら、ぼくが貰うぞ。怪物ども)

 

 『死の日本ダービー』にて上がり最速を叩き出した末脚が爆発する。

 

 向かっていく。その場所へ。

 

 

 

 

 

-残り300

 

 

 

 

 

(マズい)

 

 目測。想像上の自分ならばすでに半バ身先を走っているはずが──読み間違えた。いや作戦負けか。

 

 ディープインパクト、世代最速……いや、歴代最速にも届こうかという怪物的な『末脚』。しかしそれを以てしても、先頭まで届くか──

 

(だが、負けるわけにいかない)

 

 今や──この勝負は自分だけのものではない。勝手に──望んだわけでもなく、ただ勝手に背負わされた、その荷物を受け入れた。なぜならディープインパクトは強かったから。全てを背負えるくらいに強く、そして……

 

 蹄鉄の音がする。荒れたターフを踏み砕く、力強い音がする。渾身の力を振り絞って──向かう先は、ハーツクライの向こう側。あの背中を追い越して、証明する。

 

 レースの歴史とか面目とか正直もうどうでもいい。あなたと走れることが、こんなにも楽しい。力を込めて──私はディープインパクト、無敗のウマ娘──

 

 

 

 

-残り200

 

 

 

 

「ディープだ! ディープが勝つ、勝つ! 届く!!」

 

 誰かが叫んだ。

 

「ハーツクライだ! やっと届くんだ!!」

 

 誰かが叫んだ。

 

「スイープ……スイープトウショウ、スイープだよ!! い──いつの間に、な……何……あの、脚……!?」

 

 誰かが叫んだ。

 

 極限の中で魔法使いのロープが揺れていた。

 

 

 

 

 

-残り100

 

 

 

 

 

(このままじゃ届かない。だからアタシに力を)

 

 そう願うと身体は応えてくれた。

 

 スイープトウショウはまったく怪我とは無縁のキャリアを送ってきた。その不思議なほどの頑丈さには水瀬もよく首を捻っていたものだ。

 

『本当に怪我しないな、スイープは』

 

 ──本当のところは、怪我するくらいに全力で走ったことがないってだけだ。別に手を抜いてたわけじゃないけど、勝つために必要な分しか引き出してなかっただけ。

 

 脚の出力に体が耐えきれないから怪我が起こる。なら、体が耐えられる分だけの力で勝てばいい。追い込み特有の瞬発力はその発想と親和性が高く、意識的か無意識的にか、そうなるように走っていた。怪我したら元も子もないからだ。

 

(もう二度と走れなくなってもいい。これはアタシの最後の魔法)

 

 スイープトウショウのリミッターが外れていく──

 

 白い世界──走るのに必要ないものが消えていく。追い越して、追い越して、ちょっと前に二人分の背中、それだけ。

 

 この世界を速くするための『代償』を払った。魔法をかけて──暗闇の中に消えていった水瀬を、『光』の元へ引き摺り出すために。

 

 

 

 

-残り50

 

 

 

 

 ──並んだ。並んだ、並んだ──

 

(無敗など二人もいらない。私はただ君たちに勝ちたい)

 

 壮絶な道。最強という言葉は相対的で、無敗という言葉は絶対的だ。絶対は一つだけしかないからそう呼ばれる。二つあれば、片方は偽物だ。

 

(きみたちはなぜ走っている? 教えてくれ)

 

 走れば分かる、と誰かが言う。同じウマ娘だ。一緒に走れば、何を考えているかくらい分かるものだ、と。その言葉は嘘ではなかった。

 

 前へと──もう限界を越えているとしか思えない速度で走る、魔法使いの姿。破滅的で破壊的、後先考えない、ともすれば自棄になっているとも取れる、それは──誰かのために。

 

(『この世界に魔法なんてない』って、ミナセ──アンタも、心の底では思ってたんでしょ?)

 

 分かってる。ずっと一緒にいれば、ミナセが──本当はレースなんて、好きでもなんでもないことくらい。トレーナーのことも、ウマ娘のことも、大して好きでもないことくらい。レースの世界に愛着なんてなかったことくらい……分かってる。

 

 ただ、『魔法』を求めたから。『魔法』が見たかったから、トレーナーとして側に居てくれた。

 

 脚が赤くなった、そう感じた。錯覚だ、熱が飽和して──あぁ、なんて綺麗な世界。この永遠の場所、魂が叫んで──なんて、残酷なほどに、苦しくて、切なかった。

 

 美しい。この、世界は──

 

(バカね。『魔法』なら、ここにあるわよ)

 

 

 

 

 

 

-残り0

 

 

 

 

 

 ──。

 

 ────────(白く光る世界の中で)────────(魔法使いの微笑みが過ぎて)──────(そして消えていった)

 

 

 

 

 

 

 

 

-

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見ていた。

 

「どう──受け止めればいいのか、わからない……けど」

 

 魔法使いが、メチャクチャな快進撃を進める夢だ。

 

 彼女は突然現れて、駄々を捏ねて言う。

 

『この世界はつまらないから、魔法をかけて面白おかしくしてやるわ!』

 

 味わったことのない彩りと衝撃を。まだ誰も知らない『魔法の物語』。それは始まりからして奇妙だった。魔法使いはその辺をほっつき歩いていた一人の男に魔法をかけて、トレーナーにしてしまった。

 

「……『魔法』だったよな?」

 

 魔法使いは魔法を使う。雨よ降れと唱えれば雨が降り、箒に跨がれば空を飛ぶ──なんてことは、流石に出来ないが……出来ないよな? 多分出来ないはずだ。

 

 ともかく、彼女は全部をめちゃくちゃにした。ティアラ路線は弱いという概念を壊すところから始まり、走ることを諦めた一人のウマ娘を救い……ある男に手を伸ばす。

 

『アンタも魔法が見てみたいの? じゃあ、アタシのとっておきの魔法をかけてあげる!』

 

「ああ……『魔法』だったな」

 

 この『勝負の世界』で、彼女は勝ち続けた。そんなの『魔法』でも使わない限り不可能だ。完璧な存在などいるはずがないのだから。

 

「確かにあれは、『魔法』だった」

 

 パチ。

 

 パチ、パチ……。

 

 小さな拍手。歓声もなく、栄光はない。

 

 ただ『それ』を称える拍手だけが存在した。

 

 『それ』を認める拍手は、最初に誰かが初めて、そして広がって──雨音のような、静寂にも似た音を作り出した。

 

 一つの歴史が終わろうとしている。そしてそれは新しい歴史の始まりでもある。魔法使いがもたらした新時代の幕開け、それを告げる小さな福音。

 

 

 

 

 

 

 これは『魔法』をかける物語────

 

 

 

 

 

 

 目に見えるものほど壊れやすく、目に見えぬものほど移ろいやすい。我々はいつだって、『確かな何か』を求めて、無力さゆえに『魔法』を求める。

 

 『トゥインクル・シリーズ』はいつだって新しい『熱狂』を求め、『伝説』を望み……『魔法』を受け入れ、そして彼女は走った。

 

 『魔法使い』が残した『足跡』はあまりにも多くのものを破壊し、全てを変えていった。その『破壊』は──『魔法』だったのか、あるいは『呪い』だったのか、今となってはもう分からないことだ。

 

 ただ一つだけ確かなことは、『それ』が『そこ』に生まれ、そして『植物』のように、あるいは『台風』のように成長し、そして人々を惹きつけたということだけ。

 

 『それ』の正体とは一体何だったのか? それはいつだって『解釈』に委ねられる。『真実』とは、いつだってこの目で見えたものだけだ。

 

 あなたには何が見える?

 

 踏み荒らされたターフの上に──

 

 勝負を終えた彼女たちの姿に──

 

 『偽物のトレーナー』が、ぐちゃぐちゃに否定した『トゥインクル・シリーズ』の、その無残に壊れた『歴史』と『威厳』の残骸の中に──

 

 一人の男の『臆病さ』を許せず、『破壊と混乱』の引き金を躊躇なく引いた『乙名史記者』の『エゴ』の中に──

 

 『過去』を捨てて『トレーナー』になり、ついにはその『過去』に追いつかれて、『破滅』を迎え、裁判を待つ『水瀬光一』の姿の中に──

 

 『魔法使い』として人々を惑わし、『熱狂』させ、そして最後にはその『魔法』をたった1人のためだけに使った『スイープトウショウ』の瞳の中に──

 

 一体何が見える?

 

 それは『絶望』ではなく『希望』であるように見える。

 

 彼女は『正しさ』を追い求め、彼は『過去』を受け入れ、そして魔法使いは『未来』のために行動した。

 

 魔法使いが走ったのは『未来』のため──

 

 三年間という年月が膨らませて大きくした『嘘』を知り、『真実』を受け入れて立ち上がった。それは『未来』のため。『ゼロ』から『プラス』へと変わろうとしたからだ。そのために払った『代償』がどれだけ痛くても、『前』へ進んだ。長い長い『回り道』をして──

 

 魔法使いの『最後の魔法』が生み出した人々の『拍手』の中に、僅かな『希望』が見える。

 

 再び立ちあがろうとしている『レースの世界』の中に──アスファルトから芽を出そうとしている『花』のような、小さな『希望』が見える。

 

 

 

 

 

 

「この敗北は、『贈り物』だと思うことにする──」

 

 走り終えてみれば、ただのちびっ子だ。しかしその背中までは果てしなく遠い。

 

「同時に、『魔法使い』が最後に残したレースそのものへの『呪い』でもある。我々はこれから、『魔法使い』たちが残した偉業と戦っていかなければならない」

 

 悲観的な言葉だが、ディープインパクトはどこか晴々としていた。

 

「私たちの『価値』を示していかなくては……──明日はない」

 

「具体的にどうするの?」

 

 ハーツクライが太陽の眩しさに目を細めた。

 

「決まっている。明日からまた、トレーニングだよ」

 

 

 

 そういえば、ハッピークリスマスだ、と。誰かが呟いた。

 

 とんだクリスマスプレゼントだ、と誰かが言った。

 

 この魔法のない世界で生きるということ。過去を捨てることも出来ず、未来を変えることもできず、ただ隣にいて、いなくなった──あなたへ。

 

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