それからの話。
新年の悪夢と呼ばれる騒動がトレセンを襲ったのは、あまりに突然のことだった。それまでトレセンに勤めていた重役たちの汚職だが癒着だかがものすごい勢いで暴かれては引っ捕らえられ、恐ろしい混乱が生まれた。裏側で何者かが暗躍していたとも言われているが、真相は不明。
水瀬光一逮捕から始まった一連の騒動は飛び火どこか全焼──封建的なトレーナー制度を改革するべく、さまざまな取り組みが行われた。とは言ってもトレーナー試験の難易度が下がった訳ではないのだが……トレーナー養成校へのテコ入れや、一般広報で職業トレーナーのPRを積極的に行うなど、あまりにも地道な取り組みが始まった。
改革というか、それはほとんど破壊のようなものだったが──表面的には、レースは何も変わっていない。ウマ娘たちは変わらず走り続けている。
いや、一つ変わったことがあった──
「就任ッ!! 新トレセン理事長、秋川やよいであるッ!!」
ちびっ子理事長爆誕ッッッッッ。
「以前お会いする機会がありまして。変わりゆくトレセンの未来を託すことが出来るのは、彼女をおいて他にない、と」
ある変人記者からの推薦から始まったそれは、彼女自身の人望も相まって膨れ上がり、首が吹っ飛んでいった前任の理事長に変わって彼女をその場所まで押し上げた。
新しい時代にふさわしい人選と呼べるだろう……呼べるかな? 多分大丈夫でしょ……本当に大丈夫かな……多分大丈夫でしょ……。
「心配無用ッ!! ウマ娘たちの、新たな時代を創造していくッ!!」
ところで、例の魔法使いについての話だが。
「引退かー……まー、水瀬くんもういないもんね……」
「伝説の幕引きとしちゃ、出来過ぎな舞台だったねェ……。あぁ、子供ってのはすーぐ大きくなるもんだ……」
有馬記念を最後としてスイープトウショウは引退。通算成績11戦11勝、内『GⅠ』10勝。頭おかしい成績を持って殿堂入り。今は普通に中学生やっていて、トレーニングがなくて暇なのかよく事務室に遊びにくる。
レースシーンでは三冠ウマ娘ディープインパクトと、それを追うウマ娘たち──特にティアラ路線が熱い。
「にしても、意外と普通に世の中回ってますよね〜。私たち、結構色々やったと思ったけど……あんまり変わってないのかも」
「世は全て事も無し……か。いいじゃないか、レースが見られるなら満足だよ」
「……ま、そうかもですけど。そういえばかちょぉ〜、ちょっと私たち目立ち過ぎたかもですよぉ〜。夜道歩いてたら、うっかり背中刺されるかも……」
「刺されてから言いな。さてと……仕事だ、朝日。行くよ」
「え? いや、今日は……あっ、そっかぁ! はいはーい、了解でーす! にししっ、サプラーイズ……スイープちゃん驚くかなぁ〜」
魔法をかけられたとて、今日の夕食のメニューが変わるわけではない。明日の朝食もそうだ。神は天にいまし、世は全て事もなし。退屈で平穏な日々は続く。この世界は美しい。
エピローグ 世は全て事もなし
「スイープちゃんっ! お願いっ、併走してくれないっ!?」
「やだ。アンタね、アタシはもう走らないって言ってるの忘れたの?」
「あ〜。あのね、マヤ見ちゃったんだけど……一昨日の夜、スイープちゃんってば、こっそり走りに抜け出してたよね?」
「は、はぁっ!? な──フンっ! そんなの知らない。アタシじゃないもん」
「スイープちゃん……ホントはちょっと走りたいんじゃないの?」
「……別に。体が鈍るのは、ちょっと嫌なのよ。レースにはもう出ないし。ヒマだし……」
ゴンさんみたいな感じで全てを出し切ったスイープトウショウだが──普通にピンピンしている。結局あれ以来全力で走ることはないので、実際はかなりの負担がかかっている可能性はある。あるが……。
「……ミナセは、まだ帰ってこないし」
水瀬の裁判は流石に長引いた。当初こそ傍聴していたスイープだが、ちょっとあまりにもつまらなかったので耐えきれずギブアップした。朝日たちの話では、悪いようにはならなさそうだというので、別に聞く必要もないかって感じでこうしている。
「ふーん……。スイープちゃんのトレーナーちゃん──見せてあげたいの? 走ってるとこ」
「……アタシが走ってるとこ、好きだって言ってたから」
「きゃぁーーっ!! スイープちゃんったらダイタン〜っ! ふーん、ふーーーん!?」
「何ようっさいわね! ほっときなさいよ!!」
結局併走した。
『3月』──クラシック前哨戦もそろそろ終わる時期だ。春のクラシック戦線へ向けたトレーニングが各所で行われており、どこを歩いていてもトレーニングの掛け声が聞こえてくる。
「そういえばさ、いつ帰ってくるの?」
「何が?」
「スイープちゃんのトレーナーちゃん」
「……知らない。運が悪ければ、三年以上かかるだろうって言ってたけど」
「ええっ!?」
「けど、今の様子なら半年もしないうちに帰って来れるだろうって」
「なんだぁ、よかった……。それで、それで? 帰ってきたら、どんなことを伝えるの?」
「フン! あんなウソつきのことなんてしーらないっ!」
太陽が澄んだ空の向こうへ沈んで行こうとしている。外も少しずつ暗くなり始めて、トレーニングを切り上げ始める時間になる。汗が乾いて少し肌寒い。
「え〜、スイープちゃんのウソつき。例えば今日とかにひょっこり会っちゃったとしても、ホントにそんな風にするの〜?」
「あったり前じゃない! そうね、まずはミナセに土下座させるわ。それで、泣いて許してくれってお願いするんなら、アタシも考えてあげる。それから、アタシの言うことをなんでも聞くって約束するんなら、アタシとお話しする事くらいは許してあげようかしら。それで、」
寮への道には街灯が灯っていて、道を照らしていた。
校門を通り抜けて道の向こうへ──珍しくもない、人影が立っていた。遠くて見えないが、別に珍しくもない。
「アタシが退屈になったら面白いお話とかをさせるのよ。まあミナセはそういうのヘタだからちょっとつまんなくても許してあげる。それでね、お昼ご飯はアタシの嫌いなピーマンとか、そういう野菜は全部食べさせてやるの。文句言ったら、思いっきり耳を引っ張ってやろうかしら。ご主人様に逆らうなんて、ダメな使い魔ね、って。それでね」
「……スイープちゃん、あ……あれ、あの……人って──」
「午後のティータイムも欠かさず用意させてやるわ。おいしい紅茶の淹れ方からきっちり叩き込んで、アタシ好みの紅茶がきちんと淹れられるようにね。お茶会はいろんなヤツを呼んで、楽しくお話しするの。もちろんミナセは執事みたいにして、アタシの後ろで突っ立ってなきゃダメなんだから。それでね、」
一歩一歩、踏み締めて歩いていく。
「夜はちゃんとおやすみって言って別れるのよ。また明日って、ちゃんと言わなきゃダメ。じゃなきゃ、またアンタが居なくなったらって不安になるでしょ。さよならの時は、ちゃんとさよならって言わなきゃいけないし、それは今じゃないでしょ? だからね」
──面白くもない顔立ち。対して特徴のないスーツ姿。
水瀬光一はそこにいた。
「アタシのことが、アンタに迷惑かけてたのなら、ちゃんとそう言いなさい。アタシのワガママがイヤになったんならそう言いなさい。直せるか分からないけど、ちゃんと努力するから。だからアンタも……もう、二度と」
肩にかけていたスクールバックが地面に落ちた。
「二度とアタシの前から、黙って居なくならないで──っ!!」
涙が溢れて止まらなかった。そこにいると──見えていても、不安になった。怖かった。苦しくて痛くて、辛かった。水瀬の身体が暖かった。
「悪かった。ごめん」
「ごめんで済んだらっ!! ケーサツはいらないのよっ!!! アンタが黙って消えて、アタシがどれだけ……っ!!」
暖かな抱擁。ちなみに事案だ。普通に警察送りにされかねない。
生きていて良いことなんてないと思っていた。苦しいことだけだと……だけど違った。この魔法のない世界で魔法に出会った。
「バカ、バカ、バカ──この、ばかぁぁぁぁあああ──っ!!!」
「……ただいま、スイープ」
「……おかえりなさい……っ、この、バカミナセっ!!」
出会って、別れて、居なくなって──また隣にいるあなたとの物語。
魔法のない世界で生きるということ 終わり
(作者あとがき)
作者です。
拙作『魔法のない世界で生きるということ』を読んでくれてありがとうございました。
この小説は非公開にするか削除するべきなんじゃないかと思っています。アンケートを貼っておくので、よければ答えていただけると幸いです。
3/13追記
アンケートありがとうございました。このままにしておきます。
非公開・削除するべきか
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するべき
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しなくてもよい