1日目。
トレセン中等部。教室────
「よ〜しっ! 今日の授業おしまい! ねえねえスイープちゃん、マヤと遊びに行かない?」
「行かない」
「え〜? 前に話してた、にんじんムースパフェデラックスオルタナティブ・エゴ、すっご〜く甘くて美味しいって評判なんだよ? 一緒に食べに行こうよ〜」
そんな名前のパフェが本当にあるのか?
「行かない!」
「どうして〜?」
「……行かないったら行かないの! アタシ、自主練するから」
「自主練……?」
友人であるマヤノトップガンがこてりと首を傾げた。スイープトウショウが自主練など想像もつかない。
「スイープちゃんにもトレーナーちゃんがいるでしょ? どうして自主練なの? マヤ分かんな〜い!」
「留守にするって書き置きがあったのよ! しかも1週間!」
「え〜? でも、それなら遊びに行ってもバレないし、余計に分かんないかな〜?」
「……うるさいわね! 遊ばないって言ったら遊ばないの!」
「……あっ! マヤ分かっちゃった! スイープちゃんはトレーナーちゃんのことを信じてるんだ! だから遊びに行けないんだね〜!」
「は……はあああ!? な、何変なこと言ってるわけ!?」
「スイープちゃんは〜、トレーナーちゃんがスイープちゃんのためにお仕事してるって信じてるんでしょ? それで、トレーナーちゃんの方が頑張ってくれてるのに、自分だけ遊んでいられないんだ!」
「そ、そんなわけないじゃない! 使い魔がアタシのために頑張るのは当然でしょ!? あ、アイツのことなんて……何とも思ってないんだから!」
「あ〜! 顔真っ赤だ! う〜ん、そういうことなら仕方ないかな〜。じゃあマヤと並走しよ〜!」
「違うから! アンタ勘違いしないでよね、アタシはアイツのことなんて……そりゃあ、ちょっとは認めてやってもいいけど、それ以上なんて有り得ないんだから!!」
「はいはい。も〜、素直じゃないんだから〜」
このあと並走した。
2日目。
「あ、スイープさん。あの──昨日、マヤさんと並走してましたよね……? その、私も混ぜてほしいなー、なんて……」
「ふん! しょーがないから混ぜてあげるわ! へばっても放っておくから!」
3日目。
「なあなあ! アタシも混ぜてくれよ、並走!!」
「ふん!!」
4日目。
「あたしもスイープさんと並走したいです!」
「ふん!!!」
5日目。
「なあなあ、スイープ!」
「ふん!!!!」
6日目と7日目は土日なので省略。
そして週が明けた。
ガラガラガラ!
勢いよく開かれた扉は、まるで開けた者の機嫌を表しているかのようだ。明快で朗らか。
「久しぶりね、ミナセ!」
1週間ぶりに訪れる部室は──なんというか、様変わりしていた。具体的には、何もなかったデスクの上に積まれたいくつもの分厚い書籍の山と、デスクの主──つまりトレーナーである水瀬。
「スイープ。元気そうで何よりだ」
「アンタも……って、何? ケガしてるの?」
顔の数箇所に絆創膏が貼ってある。腫れているようにも見えるが……。
「修行をしていた。心配の必要はない」
「修行?」
「一人前のトレーナーになるための修行だ」
水瀬は全く平気そうに言うが……。
「……危ない修行だったの?」
「見ての通りだ」
「アンタね、アタシの使い魔って自覚はあるんでしょうね?」
「?」
「使い魔がケガしてると、主人であるアタシの管理能力が疑われるの! だから……」
「心配してくれているのか?」
「そんなワケないでしょ! 思い上がるのも大概にしなさい! バカ!!」
今日もスイープは平常運転だ。1週間ぶりなので懐かしささえ感じる。
「とにかく、早くそのバンソーコー剥がせるようになりなさいよね!」
「もちろんだ。そしてケガをしただけの甲斐はあった」
ミナセはファイルからいくつかの記録用紙を取り出した。トレーニング用の記録用紙だ──徹夜してエクセルで作ったものの一つである。
「早速トレーニングに入りたい。やることが山積みだ」
「ふーん? ま、別にやってあげてもいいけど。どうせやるんなら目標があった方がいいじゃない。何かないの?」
「その話もする。『メイクデビュー』の提案だ」
「へぇ?」
「僕は君を鍛え上げ、そして君はメイクデビューに出走し、そこで『レースの魔法』の手がかりを得る」
「ついでに勝つ、って訳ね! 悪くないわ。デビューはいつ?」
「1ヶ月後を提案する」
つまり7月前半──たった1ヶ月しかない、その期間。それはどこまでも挑戦的な提案だ。
「どうして?」
「どうせ勝つのなら早い方がいい。最短でそこだと判断した」
それはどこまでも挑戦的で、そして野心的な発言だ。
「ふーん……」
スイープはしばらく水瀬を見定めていたが、唐突に笑みを浮かべて言った。
「乗ったわ! じゃあ早速トレーニングに行くわよ! アンタの修行の成果、見せてもらうんだから!」
挑戦的な挑戦が幕を開けようとしていた──
目標:メイクデビューで1着(7月前半)
カーン‼︎
「優先的に鍛えるべきなのは、最終直線で前に出るための『パワー』だ」
パワー!
「パワー?」
「前のレースでは前を塞がれた。あの時、ブロックを押し退けて前に出るために必要だったのは、状況に応じた作戦だ。図で説明しよう」
ホワイトボード上に書かれたレースの模擬図。スイープは最後方で、前には3人ほどのウマ娘の壁がある。
「結果論だが、あの時は外に回るべきだった。第2コーナーからなんとなく外側を見据えながら、こういうコース──」
「でも、アイツらアタシの方チラチラ見てきてたわよ。多分そういう風に走ってても、外に広げて来てたんじゃないかしら」
「なら、それよりも前に前へ詰めていく必要があった訳か。つまり、ブロックされるより前に内側か外側に入り込む。そして最終直線で、前へ出れるコースを見つけて差し切る」
「……まあ、理屈は通ってるけど」
「邪魔する者さえいなければ、君は誰よりも速くゴールまで辿り着ける。君には『末脚』があるからだ」
『パワー』と言いながら、実際には筋肉を鍛えたりするわけではない。他のウマ娘にぶつかりに行ったりするわけでもないのだし。しかし、塞がれた進路をこじ開ける能力をパワーと呼ぶことはある。たぶん。
「そこで、本番までに2回の模擬レースを経験してもらおうと思う」
「それは『経験』を積むため?」
「その通りだ。理屈を理解するのと、実際に出来るようになるのとでは違う。あとの期間は瞬発力トレーニングと並走に充てるのがいいと思う。どうだ?」
「いいんじゃない? 前までのへなちょこトレーニングと比べたら、マシになった方ね」
「よし。じゃあトレーニングを始めよう」
そしてはじまったトレーニングの日々だが、当然全てが順調だったわけではない。何せ、水瀬の担当は『あの』スイープトウショウなのだ。
「やだ。今日はトレーニングやりたくない」
「なるほど……」
これが数々のトレーナーをしてスイープトウショウを扱いきれないと言わしめたイヤイヤか。
「やりたくないのか?」
「やだ。気分じゃないもん」
水瀬にはいくつかの選択肢があったが、トレーニングをするように説得したり、無理やりやらせたりするのは逆効果であるように思えた。それは『信頼』を損ねる行為だ。そこで、理由を聞いてみることにした。
「どうして気分が乗らないんだ?」
「乗らないもんは乗らないのよ! なんか気分がどんよりしてて、今は走ったりしたくないの!」
"今は"、か──。
仕方がないので、スイープトウショウを気分転換に連れてきた!
学園の外へ出て、ブラブラと並木道を歩いていると、移動式のドリンクの売店があった。
「へー。『帰ってきたはちみードリンク』……帰ってきたの?」
「遠くへ行っていたみたいだな」
「すごい行列じゃない。けど……なんか気になるわ。ちょうど甘いものでも飲みたかったところだし。買ってきて!」
仕方がない。姫もこう言っているし、水瀬は行列に並ぶが──
(すごい人気だな)
はちみードリンクはさまざまな有名ウマ娘たちが愛飲してきたドリンクだ。そのため、その存在は全国に広まっているのだ。並ぶこと数分……
「あ、あの、すみません。こちらの『新鮮生はちみー』は数量限定品となっておりまして、その……お一人様、二つまでの注文となっておりまして、そのぉ……」
「あー!? 知るかてめー、連れの分合わせて6つ用意しろや!」
前に並んでいた二人組──若いウマ娘だ。高校生か? 体格からして何かスポーツをしてるだろう。そのウマ娘たちからトラブルの予感。
「す、すみません! 人数分以上の注文は、お断りしておりましておりまして、『新鮮生はちみー』以外ならご用意できるので、その」
「うるせぇなァ! こっちは『新鮮生はちみー』飲みに来てんだよ!」
ちらっ。水瀬がスイープの方を見ると、なにやら腕を組んでいるし、こめかみもぴくぴくしているし、耳もぴこぴこ動いている。
彼女が爆発する前に事を収めないと面倒なことになるかもしれない。そう判断して水瀬は口を挟んだ。
「なあ君達。すまないが、やめてくれないか? 迷惑だ」
「あ? なんだよニィちゃん、口挟んでんじゃねェよ」
「そうだぜ? 痛い目に遭いたくなかったら引っ込んでな!」
ヤンキーだ──ウマ娘と人間の身体能力差は顕著だ。それもこの子らの年代であればそれこそ超人的な力を誇るだろう。
「『新鮮生はちみー』は数量限定品だ。売り切れてしまっては困る」
「ガタガタうるせぇな! 人間は黙ってろよ!!」
ドンッ!!
ウマ娘の片方が水瀬を突き飛ばした。重機とも比較されるその力を真正面から受け、水瀬はサッカーボールのように飛んでいき、並木の一つに背中から衝突した。
「っはは! アタシらに逆らうからだぜ、バカだなァ!」
そうやって嘲笑う彼女たちにゆっくりと近づく影があった。スイープトウショウである。
「ねぇ、アンタたち」
「あァ? なんだこのガキ?」
「よくも……アタシの使い魔をいじめてくれたわねッ! ぜぇ〜ったいに許さないわよ!」
「……使い魔? 何言ってんだコイツ」
「さあ。見たとこトレセンのジャージだろ? そっちの男がトレーナーだったとか、そういうことじゃねーの?」
その通り。スイープは完全に頭に血が上っているが──
「どうでもいいわ。つか、許さないだってよ! こわ〜い!」
「許さなかったらどうするってんだよ? おチビちゃ〜ん?」
「決まってるじゃない。勝負よ。アンタたちのことをボコボコにして、アイツに謝らせて、土舐めさせてやるんだから!!!」
どんどんとヒートアップしていく両者。
「勝負? へぇ、いいじゃん。レースで勝負してやろうぜ!」
「は? レース? なんで?」
が、スイープは心からの疑問をそう口に出した。会話の流れが止まる。
「なんで、って……お前、トレセンの生徒だろ? それ以外に何があるってんだ?」
「レースだったらアタシが勝つに決まってるじゃない。それだとアンタたちが可哀想だから、別の勝負にしなきゃいけないでしょ?」
スイープトウショウ渾身の煽り。これがかなり効いた。2人組のウマ娘は一周回って冷静になるくらいに怒った。
「……レースでいいぜ。なぁ?」
「トレセンの生徒だからって、見下すのも大概にしろよ? アタシらが勝ったら、絶対靴舐めさせてやるからな……!!!」
「あら。レースにするなら別にいいけど、勝てる勝負にしなくていいの?」
「上等だテメェ! ぶっ殺してやるよ、レースで!!!」
そういうことになった。
非公式の草レースというものは、あるところにはあるものだ。トレセンの生徒でなくとも、ウマ娘は"走る"という本能を抱えている。暴走族みたいなものだ。
『アマチュアレース場』──
「トレセンの生徒と、あのイニシャルUコンビの勝負だってよ!」
「あいつらが走るのか!? こりゃあ見逃せないな!」
審判はなし。ビデオ判定などという上等な代物はない。勝敗は観客たちと、走っている当人たちが決める。ラップバトルみたいなものだ。
「早くしろー!」
「まだかー!」
それにしても平日の夕方から暇な連中だ。野次がうるさいくらいに飛び交って、熱狂の雰囲気を熟成させている。
「芝1200mだ。それでいいな……?」
確認までにそれを口にした水瀬だが、彼女たちは返事もせずにスタート地点へと向かっていった。
「スイープ」
ちょっと心配になった水瀬がスイープを呼び止める。
「何よ?」
スイープは意外と落ち着いていた。
草レースはなんでもありだ。タックルに近いような競り合いもあると聞くし、事故も公式レースなどとは比較にならないほど多い。
だから水瀬は『気をつけろ』と伝えるつもりだった。何をしてくるか分からないから。
「ボコしてやれ」
口から出たのは全く違った言葉。当然だ、突き飛ばされて並木に衝突した痛みはまだちょっと残ってるし、結局まだはちみーも買ってない。水瀬も飲んでみたかったのに。
「!」
「あんなチンピラども、君の敵じゃない」
「……あったり前よ! アンタの仇は、アタシが取ってきてあげるわ!」
少人数の場合は、スタートの合図にコイントスが用いられる。なぜなら草レースにゲートなどという上等な代物はないからだ。運動会とかで使うあのパァンってなるヤツを使う場合もあるが、ウマ娘は耳が良すぎるので嫌われる。
コインを弾くのは観客の1人。公平さのためである。コインを弾いて、芝に落ちたらスタート。
ピーン────
ダッ!!
プレイヤーたちが一斉に飛び出した。前の方へ飛び出した敵のウマ娘たちと違い、スイープはスーッと後ろに下げる。前方とのリードが広がる。1バ身、2バ身、3バ身……。
「なあ、差しにしちゃ下げすぎてないか?」
「まさか、あのちっこいの……『追い込み』か? 無謀だろ。追い込みなんざハマるコースじゃねぇって」
「だよな。でも、それにしちゃなんか……迷いがなさすぎるっつーの? 分かんねえけどさ」
「はぁ? バカ言え。相手はイニシャルUコンビだぞ? このコースは何十回も走ってんだ。『追い込み』なんざハマらせないくらいリードして終わるに決まってる。見ろ、最終直線の長さはミジンコみたいなもんだろ」
「あ、ああ。だけど……」
一般ギャラリーたちは当然レースファンだ。当然かなりの知識もあるし、観戦歴も長い。大体の『パターン』も分かっている。このまま行けば先行有利でそのまま何もなく終わる。
「ほら見ろ、もう最終コーナー終わりだ。このまま終わるに決まって…………、………………」
「……なんだ、あれ」
コーナーを終える頃、5バ身ほどあったリードは見る見るうちに縮まっていく。
それを実現させているのは、目の肥えたレースファンたちでさえ目を疑うほどの『末脚』。スイープトウショウだけ2倍速にしているみたいな、そんな冗談みたいな『追い込み』。
「なんだ、あの……なんだあの末脚!? こ、『公式選手』か!? 未デビューのウマ娘って話じゃなかったのか!?」
「俺だってそう聞いてるよ! けど、あれが未デビュー!? 冗談だろ!?」
瞬く間に。
瞬きのために、目を閉じて、そしてまた開ける。その僅かな瞬間で、スイープトウショウは前の2人を抜き去り、そして……。
まるで空を飛んでいるかのような身軽さで、ゴールへと飛び込んで行ったのだった。
「うおおおおお!!! すげえもん見ちまったよ、イニシャルUコンビ相手にあの末脚だよ!! うわ、動画撮っときゃよかった!!」
「撮ってたヤツ探そうぜ! これ、SNSに上げたらバズるんじゃ……っつーか、あのちっこい方の名前なんて言うんだ!? 後で聞いとかないと!」
興奮するギャラリーたちの横から声が掛けられた。
「その必要はない」
「? なんだよ、アンタ?」
「彼女の名前はスイープトウショウだ。そして、これからテレビで嫌と言うほどレース映像が流されることになる。わざわざSNSに投稿される必要もない」
「あ……アンタ、もしかして『トレーナー』か?」
「それでは、応援よろしく」
スーツの男、水瀬はレースを終えたスイープトウショウを迎えに行くのだった。
「お待たせしました、『はちみーリターンズ』、SサイズとMサイズです!」
「どうも」
カップを受け取って、近くのベンチにスイープと腰掛けた。
「何よ。勝負してる間に売り切れちゃったじゃない、あのはちみー」
「相当人気だったみたいだな、例のドリンク」
残念ながら『新鮮生はちみー』は買うことができなかった。スイープが少し不機嫌顔でストローに口を付けると──
「! ん〜、これ! おいしいわね!」
「そうか? 甘すぎるだろ」
「それがいいんじゃないの。アクセントのレモンがいい風味ね。色合いもおしゃれだし、また来るわよ、ミナセ!」
悪戯っぽくそう笑うスイープの顔を見て、今日の本来の目的を思い出した。
「そういえば、これで模擬レース一回分だな」
「あんなザコ相手じゃ練習にもなんないわよ。それよりアンタ、突き飛ばされたの、本当に大丈夫なんでしょうね。アイツらもうちょいシメとけばよかったかしら」
「放っておけばいい。それになんだかんだ、いい練習になったと思う。やる気の出ない日でもやりようはあるもんだ」
「……アンタ、わざとじゃないでしょうね?」
「わざとじゃない」
そう言って水瀬ははちみーを一口飲んだ。やっぱり甘すぎる。
「ふぁぁ……」
水瀬は小さくアクビを漏らした。学ぶことが大量にあるので、ここのところの睡眠時間はかなり終わってる。
「何よあくびなんて。アンタ、アタシの使い魔ならもっとちゃんとしなさいよ!」
「はいはい……」
「何よはいはいって! 大体ねぇ! アンタがさっきのチンピラに突き飛ばされたときアタシがどれだけアンタのことを心配したか……っ!」
「心配してくれたのか」
「してないわよ!!」
(どっちだ?)
「使い魔のくせに、アタシを心配させるさっきみたいな真似、もう一回でもやったらぜったい許さないんだから!!」
ぷりぷりと怒る姿はまさしく子供。しかし心配してくれている……その事実を受け止めて水瀬は適当に答えた。
「分かった分かった……」
「何よその返事! 真面目に答えなさい!」
「分かった分かった。じゃあ『約束』だ。もう危ないことはしない」
「……『約束』よ。破ったら、ただじゃおかないんだから」
水瀬はもう一度はちみーを飲んで空を仰いだ。やっぱり、どう考えても甘すぎると思った。
第二話 『勝利』を目指すということ 終わり