魔法のない世界で生きるということ   作:にゃんこぱん

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第三話 『信じる』ということ①

 『メイクデビュー』。

 

 URAへの『選手登録』を行なったウマ娘のうち、過去に一度もレースに出走したことのないウマ娘のみが出走できるレースである。なお出走できるのは『ジュニア期』のウマ娘に限られる。

 

 一生に一度しか出走できない想い出のレースとなると同時に、この『レースの世界』から突きつけられた最初の『(ふるい)』でもある。

 

 出走するウマ娘の平均は大体7〜8人程度。そしてこのレースを勝ち上がり、『次のステップ』へ行けるウマ娘はただ1人。つまりどちらかというと、このメイクデビューを勝利するウマ娘というのは『圧倒的少数派』なのである。

 

 当然、参加するウマ娘もトレーナーも勝利する気で臨む。しかしそれとは別に、メイクデビューは負けて当然という感覚があることもまた事実だ。

 

 『統計的な事実』として、『新人トレーナー』が『メイクデビュー』を勝利する確率は『1%』を切る。もちろん『未勝利戦』まで含めればかなり上がるが、それでも20%程度だ。そもそものトレーナーの『勝率』というものは10%もあればかなりの上澄みに分類される。

 

 『新人トレーナー』の定義は『3年目』を終えるまで。

 

 そして『新人トレーナー』がその『3年間』で『重賞』を勝利できる確率は、実に『0.1%』と言われている。そして『GⅠ』を勝利できる確率は、『0.01%』と言われている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三話 『信じる』ということ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カーン! カーン! 

 

「よし……悪くないわね、緩みもなし……これなら大丈夫そうね!」

 

「あっ、スイープちゃん。聞いたよ〜? メイクデビュー近いんだってね。蹄鉄の手入れ中?」

 

「ええ! ちょうど今終わったところ。バッチリなんだから!」

 

「ええっ、心配だなぁ〜……そだ、私がやったげる!」

 

「えっ?」

 

「レース本番前は何かと悪いことが起きるもんだよ。私もそうだったもん、失敗して欲しくないんだから!」

 

「……」

 

 カーン! カーン!

 

 

 

 

 

 

「スイープさん、聞きましたよ。メイクデビューに出走されるそうですね、先生は応援していますから、頑張ってくださいね」

 

「あら、ありがと。ま、アタシにかかればチョチョイのチョイよ」

 

「まあ! スイープさん、油断してはダメですよ。思わぬところで怪我をしたり、予想外のトラブルがあったりしたら大変です。毎日早く寝て、きちんと毎日頑張らないとレースには勝てませんからね、トレーナーさんの指示をちゃんと守って、お野菜も好き嫌いせずちゃんと食べないと、きちんと成長できませんし、いっぱい食べてよく運動して……」

 

 くどくどくど。

 

「……どいつも」

 

 

 

 

 

 

「こんにちは、スイープトウショウちゃん! デビューが近いんだってね! 単調直入に言うんだけど、私たちのチームに来ない? 最近は例の『ワガママ』もなくて、真面目にトレーニングするようになったんでしょ? 私たちのトレーナーの元でやった方が絶対いいよ! あんな『新人トレーナー』、信用しない方がいいって!」

 

「……どいつも、こいつも」

 

 

 

 

 

 

 

「ヒシアマ姉さんだよ! スイープ、デビュー戦が決まったって!? 気をつけなよ、デビューが近くなるとストレスで食えなくなる子もいるからねぇ! ちゃんと食べなきゃダメだ! 当日はヒシアマ姉さん特製弁当を作ってやろうか? 力が付くよ〜!」

 

「……どいつも、こいつも、どいつもこいつも……!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 メイクデビューの日になった。

 

 トレセン学園の方は6月末に定期テストを挟んで夏季休暇もとい『夏休み』へと突入。最も、トレセン学園の夏休みとは、すなわち『夏合宿』である。

 

 スイープトウショウは定期テストで最高成績を叩き出し、そして今──控え室でイライラしている。猛烈に……。

 

「……ねえ。アンタ、何してるの?」

 

「飴玉を舐めている。君もいるか?」

 

「いらない!! 大体なんでアンタそんな呑気なのよ!!」

 

「……」

 

 イライラしている──アレだな。構われすぎて怒ってるネコみたいな、そういう感じだ。この状況で余計に何か言おうものなら大変なことになるだろう。

 

prrrrrrr──

 

「誰よこんな時に!」

 

『ああ、もしもし、スイープ。よかった、起きてたんだね……! 今日のレース、緊張すると思うけど、しっかりトレーナーさんの指示に従って──』

 

「うるっさい!!! どいつもこいつもうっさいのよ!!!」

 

 スイープパパからの電話だったのだが、10秒もしないうちにぶっちぎられてしまった。パパ……

 

 レースが始まる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてレースが終わった!

 

 

 

 

 

 ──ワアアアアアアアア!!!

 

(ああ──もう、なんで)

 

 歓声。それは彼女を讃える声のはずだ。

 

(イライラする……)

 

 ──勝者、スイープトウショウ。

 

(……アタシのことを、我が物顔で語る連中の言葉が、ずっと頭から離れない。なんで放っておいてくれないんだろう)

 

 そして地下道へと帰っていく彼女を、水瀬が出迎えたが、水瀬は何も言ってくれなかった。

 

「あっ、すみません! スイープトウショウさんですね、私日刊スポーツのXXと申しますが! 優勝おめでとうございます! よろしければ、今の心境を一言お願いします!」

 

 空気を読まない記者が駆け寄ってきた。

 

「……何?」

 

「勝利しての感想や、今後の展望などをお聞かせ願います!」

 

「……。イヤ」

 

「え?」

 

「イヤったらイヤ! 答えない!!」

 

 インタビュー拒否。だって──イライラする。心の中にまでズカズカ入ってくるような、そんな人間たちに。

 

「……あの、トレーナーさん?」

 

 助けを求めるように記者が水瀬の方を見たが、水瀬はにべもない。

 

「彼女がこう言っています。申し訳ありませんが……」

 

 全く愛想のない表面だけの謝罪を返した。記者はむっと顔を歪めて言い返す。

 

「……失礼を承知で申し上げますが、メディアとレースは切っては切り離せませんよ。そのような態度は、いずれ問題になるかと」

 

「そうでしょうね」

 

「……それだけですか?」

 

「申し訳ありません。取材ならば、改めて学園を通したアポイントメントを」

 

「お言葉ですが、メイクデビューを勝った程度のウマ娘にそのような取材をしようとはなりません。もう少し考えた対応を取った方が『今後のため』ですよ? そちらのスイープトウショウさんも」

 

(──それ)

 

 その言葉だ。その言葉が、どうしてか頭をグルグルと回っている。

 

 イライラする。

 

「結構です。我々は、メイクデビュー程度で終わるつもりはありませんので」

 

「!」

 

「大きく出ましたね? しかし、ではどこを目指すおつもりですか?」

 

 挑発的なトレーナーに挑発的な記者。決して爆発することはないが、しかしピリつく雰囲気の中でスイープトウショウが呟いた。

 

「……『阪神J F(ジュベナイルフィリーズ)』」

 

「スイープ、それは」

 

「ほう! 大きく出ましたね、『GⅠ』ですか!」

 

 いつの間にか記者がメモ帳を取り出していた。その目の底には、妄言を叩くウマ娘への『軽蔑』と、同時に僅かな『興奮』が見てとれる。

 

「スイープ、──」

 

「いい。大丈夫」

 

 大丈夫には見えなかった。言葉だけが冷静に聞こえていても、何かヒリヒリするような雰囲気を感じる。しかし──

 

「アタシは勝つ。だから、好きに書きなさい」

 

「もちろん。しかし、水瀬トレーナーでしたか? 失礼ですが、聞かない名前です。『新人トレーナー』とお見受けしますが」

 

「その通りですが」

 

「『GⅠ』という意味の重さ、よく考えることをお勧めしますよ。それでは、これで失礼します」

 

 記者は一瞥だけくれて引き返した。何を記事に書かれるか分かったものではないが、どっちにしろ止める気も、これ以上記者に話すこともなかった。

 

 そしてウイニングライブ。スイープトウショウはその勝者のための歌を『歌わなかった』。会場にスイープトウショウの姿はなかった────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 雲行きは午後からずっと怪しかった。雨が降るのも必然だったのかもしれない。

 

 中山レース場に降る『雨』は、ぽつりぽつりと雨音を増していき、段々とはっきりとした雨粒がアスファルトを叩き始めた。

 

(傘、持ってきてない。天気予報が外れたから)

 

 正確には降水確率20%。寒い風が吹き始めた。かろうじて真上からの雨は防げるが、長くここに留まっていてはいずれ風邪を引くだろうか。

 

(……イライラする。ぜんぶ、ぐちゃぐちゃにしたくなる)

 

 そればかりだ。自分のことが、自分で制御できない。

 

 どうしてしまったのだろうか。

 

「こんなところにいたのか、スイープ」

 

 顔を上げると──なんとなく来るだろうなって思っていた。水瀬が傘をさして立っている。いつも通りの面白味のない平坦な表情で。

 

「……」

 

 そして傘を閉じてスイープの隣に立つと、ぼんやりと雨空を見上げて雨宿りを始めた。

 

 何も聞かないだろうな、と思った。そしてその通りになった。しばらくそうしていた──本当は聞きたいことはたくさんあるはずだ。ウイニングライブの時、どうして居なくなったのか。今日のレースのこととか、記者に対する次の目標の話とか。

 

 もっと言いたいことはあるはずなのだ。

 

「なあ。メシでも食って帰ろうか?」

 

「……いい。お弁当、あるもん」

 

「そうか」

 

 午前中のレースだった。まだ弁当は食べてない──結局、ヒシアマゾンのお節介の弁当を押し付けられた。アンタのためになんて言われて渡されて、本当はいらなくても断れない。一種の暴力だ。

 

「じゃあ僕だけラーメンでも食って帰ろうかな」

 

 ──そんな環境の中で、この水瀬という男だけがひたすら呑気だ。

 

「……お弁当、アンタの分もある」

 

「えっ」

 

「ヒシアマのヤツ、いーっぱいお弁当作ったの。アタシ1人じゃ食べ切れない……」

 

「いいのか?」

 

「……」

 

 水瀬はひたすら誠実にトレーナーとしての責任を果たそうとしている。その『魔法』に殉じた行動を積み重ねてきた。ただスイープトウショウのためだけに──。

 

 その行動と、今日までの周りの人のお節介は一体何が違う? 好意から生まれたものであることは同じじゃないのか?

 

 どうしてこんな無関心さに救われているんだろう。

 

「なあ。晴れていたら外で食べたかったな、そのお弁当」

 

 生憎の雨だ──さっきのメイクデビューの時は降っていなかったのは幸運だ。

 

 まだレース場は満員御礼。表の方では、観客が傘を差しながらレース場へと入ったり出たりを繰り返している。

 

 上手くいかない日だ。

 

「……なら、『晴れ』にしてあげる。アタシの『魔法』で」

 

「え?」

 

 水瀬は聞き返して空を見上げた。完全な雨模様だ、完全に太陽が覆い隠されて、少し肌寒い。天気の子でもあるまいし、これをどうやって晴らすのやら。

 

「ファルナンテ・ステイサニー! 『晴れ』になぁれ────っ!」

 

 『杖』もない。『陣』もない、『捧げ物』もない。『呪文』だけ。『言葉』だけ。それは──何よりも強い、『代償』だ。

 

 空が──ゆっくりと、割れていく。

 

 割れた隙間から、『光』が差し込んでくる。『光』は広がって、広がって……そして、2人の上空も通過して、もっと向こうへ。

 

「……冗談だろ?」

 

 水瀬は目を丸くして空を見上げた。『偶然』にしては、なんというか、ちょっと……タイミングが良すぎる。そもそも10秒前まではかなり降っていたのが突然止んで晴れるなんてちょっと見ない天気だ。

 

「アタシの『魔法』にかかればこんなもんね。ほら、行くわよ」

 

「…………ようやく分かった。君の『魔法』は、『本物』なのか」

 

「最初っからそう言ってるでしょ、ばか」

 

 雨が上がっていく──ゆっくりと、水たまりがさっきまで降っていたことを静かに示している。

 

「そういえば言い忘れていた。メイクデビュー優勝おめでとう、スイープ。やったな!」

 

「……アンタ、そうやって笑うのね」

 

 その日、スイープトウショウは初めて水瀬という男の、心からの笑顔を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ( ✌︎'ω')✌︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏合宿が始まった──が、別に何もなかったので割愛する。強いていうなら一緒に花火を見た。で、終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目標:『阪神ジュベナイルフィリーズ』(12月前半)

 

 カーン‼︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 日々は続いた。春が終わって、夏が過ぎて、秋が来て……そして、冬になった。

 

「おはよう諸君! 今日もいい取材日和だ! 今日も1日、我々メディアの使命に努めるように!」

 

 ここはさる出版社。編集部──レース雑誌『月間トゥインクル』の編集部だ。

 

乙名史(おとなし)! 有馬特集の進捗はどうだ? いいネタは入ったか?」

 

「編集長。ええ……『シンボリクリスエス』の『引退レース』ですから。ネタという意味では、いくらでも。長年のライバル、『タップダンスシチー』との『決着』、そして『ゼンノロブロイ』の『逆襲』……とか、色々」

 

「それはいいな。しかし、残念だな。『スティルインラブ』が、『有馬』に出ないなんて」

 

「『三冠ウマ娘』──……」

 

 この年──『スティルインラブ』は、メジロラモーヌ以来『17年ぶり』となる『トリプルティアラ(三冠)』を達成した。

 

「『有馬記念』は、ティアラ路線へ進んだウマ娘たちにとっては『鬼門』です。『エリザベス女王杯』での結果も踏まえて、出走はしないでしょう」

 

「ま……確かに、ティアラのウマ娘にとって、『有馬記念』は長すぎる。それに……なんというか、お前には悪いんだけど、『ティアラ出身』のウマ娘たちが『クラシック出身』のウマ娘に勝てるっていうビジョンが想像できない」

 

 乙名史という記者は自他ともに認める『ウマ娘オタク』だ。編集長の言葉は、多少なりともそのウマ娘を貶める意味が込められている。

 

 だが乙名史はゆっくりと頷いた。

 

「……それは否定できません。歴史が物語っていますから……けど、だからこそ、私は期待します。その『固定観念』を壊すウマ娘が現れることを……」

 

「ティアラ路線のウマ娘による『有馬記念』の制覇、か?」

 

「あるいは『宝塚記念』でも構いません。確かに二つの『路線』が存在していることは事実ですが、それはあくまで『距離適性』による区別でしかないはずです。『強弱』というものは、この二つを隔てるものではなかったはず。しかしそれがいつの間にか、『クラシック三冠』こそが真の強者であると思われるようになってしまった……」

 

「確かにな。しかし……同時に『事実』でもある。違うか?」

 

「否定できません。しかし……私は期待しています。この『現状』を打ち壊す『誰か』が現れるのではないかと」

 

 長く続く『トゥインクルシリーズ』の熱狂の中で凝り固まっていく『固定観念』は、どこかで悪影響を及ぼしたり、『歪み』を生み出すかもしれない。

 

 そして何より、このような現状は『つまらない』と、そう感じるのだ──。

 

「なら……見てみるか? その未来の『誰か』が現れるかもしれない『場所』を」

 

「……」

 

「というか、最初からその話をするつもりだったんだ。乙名史、『阪神ジュベナイルフィリーズ』の特集を頼めないか?」

 

「私に? しかし、『有馬記念』の特集は……」

 

「そんなのどこもやってるし、他のやつに引き継がせればいい。やりたいヤツも多い。だが『阪神JF(ジュベナイルフィリーズ)』は、あんまり誰も興味がなくてな。みんな『有馬』と『朝日杯』をやりたがるモンだから……」

 

「つまり、私に人気のない仕事を押し付けようという訳ですか?」

 

「ハハ。まあそういう訳だ。だが、見たいものが見れる可能性はあるかもしれない。今までの『固定観念』を壊すような『ティアラ』のウマ娘を見てみたいんだろ? 現れるかもな、来年は」

 

「……なるほど。そうですね、その通りです。分かりました! その『阪神ジュベナイルフィリーズ』特集、承りました。この乙名史にお任せを!」

 

 少しずつ、『それ』が動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『有馬記念』の『馬』はぶっちゃけ変換するのが面倒なのでしてないです ごめんなさい
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