魔法のない世界で生きるということ   作:にゃんこぱん

8 / 32
第三話 『信じる』ということ②

 『次走』が近い──トレーニングにも熱が入る。年末の大一番『有馬記念』を控えたトレセンは、別にそれに出走するわけでもあるまいに、みんな楽しそうに走っている。バカみたいだ。

 

「……」

 

 秋の過ぎた『庭園』──春には色とりどりの花々が咲き乱れる、トレセンの隠れた名所だ。冬を前にしたこの場所は、少しだけ彩りが残っている。もう1週間もすれば全て枯れ始めるのだろう。

 

 スイープトウショウはトレーニングをサボってこの場所に来ていた──。

 

『素晴らしいわ、スイープさん! このタイム、かつての優駿たちと比べても、全く負けてないわよ!! 選抜レースへ推薦しておくわ! トレーナーさんたちの言うことをちゃんと聞いて、頑張るのよ!』

 

 ……少し、昔のことを思い出していた。

 

『スイープさん、ゲートを嫌がるのは仕方ないが、なるべくなら出遅れないほうがいい! 我慢するんだ』

 

『スイープトウショウ、ワガママはダメだ。君には才能があるんだから、それを台無しにすることはない』

 

 違う。

 

 本当は……本当にあの時求めていたのは、そんな言葉じゃなかった。

 

『あなたのためなのよ』

 

『君のためなんだ。だから、もっと……』

 

『あなたはもっと上へ行ける。だから……』

 

 そんなことを言って欲しかったわけじゃない。

 

(いちいち指示しないで……。アタシだって……何にも考えてない訳じゃ……)

 

『ダメだよ、スイープさん。ちゃんと僕たちの言うことに従って……』

 

(ああ……もう、まただ……)

 

 うつらうつら。暖かい日差しが差し込んで、眠気が襲ってきた。半分ほどの夢の中では、スイープトウショウがちょうど彼らに『諦めた』姿がある。期待することをやめた。伝えることをやめた。無駄だと分かった。どうせ聞いてもらえない。どうせ聞く意思も持ってないだろうから。

 

『ウイニングライブを欠席した!? スイープさん、あなたは何を考えているの!? 応援してくれるファンの方や裏方のスタッフの努力を、一体何だと思っているんですか!?』

 

(それはアンタたちの都合よね……? だって、アタシ……そんなこと、一度だって頼んでない。そもそもアタシをあんなにイライラさせたのは、アンタたちの癖に……)

 

 邪魔するものばかりだ。

 

(レースの魔法、見つけたいだけなのになぁ。なんで邪魔するんだろう)

 

 トレーナーも見つけたんだ。

 

 全部うまく行くはずだったんだ。

 

(また、色々言われるんだろうなぁ……)

 

 現実は──邪魔をしてくる人たちがいっぱいだ。頼んでもないのに放っておいてくれない。

 

「やだなぁ……」

 

 そのまま地面に座り込んで、スイープトウショウはゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ……もっと、もっと頑張らないと……」

 

 『ゼンノロブロイ』──クラシック路線を走るウマ娘の1人だ。

 

「有馬記念こそは……!」

 

 そう意気込んで、また走り出すが……コースの近くでの人だかりを目撃した。囲まれているウマ娘には見覚えがある。あれは……今年の『二冠ウマ娘』だ。

 

「え〜! 先輩、『有馬記念』出ないんですか!?」

 

「すまないね! 休養に入らせてもらうが……来年は、さらに飛躍するだろう!!」

 

「先輩……! 応援してます〜! 頑張ってください〜!!」

 

「もちろんだ!!」

 

 今年のクラシックの『主役』は間違いなくあの『ネオユニヴァース』だった。

 

「……私は、所詮脇役だった……」

 

 その事実に顔を俯かせるゼンノロブロイ──そんな彼女に気がついた人だかりの中の1人が声をかけた。

 

「あっ、ロブロイちゃん! えっと〜……あ、有馬記念出るんだってね! が、頑張って!」

 

「あ、あはは……ありがとうございます……」

 

 まず愛想笑い。どうして誰も得をしないのにそんな言葉を言うんだろう? 見えないフリでもしてくれた方が楽だ。

 

 ゼンノロブロイはそのままさりげない風に、練習コースから去っていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『エアグルーヴ』がそこへやってきたのは、冬を前に僅かでも残っている花の様子を見にきたためだった。そこで、花壇のところで座り込んで眠っているスイープトウショウの姿を見つけて……。

 

「ふ……」

 

 何かにつけて、『構われる』少女──スイープトウショウ。その理由はきっと簡単で、みんな彼女が可愛くてしょうがないのだ。

 

 可愛くて、才能があって……期待してしまう。助けになりたいと思う。

 

 寝顔だけなら素直で可愛らしい少女。その純粋な心を邪魔しているのは、もしかしたら……。

 

「あ……スイープさん?」

 

「しー……」

 

 ゼンノロブロイがここへ辿り着いたのは『偶然』──逃げてきた先で、小さな『友人』の姿を見つけたのだ。そして声をかけようとしたところで、唇に人差し指を当てるエアグルーヴに出会った。

 

「眠っている。起こさないでくれ」

 

「あ……」

 

「……彼女の『祖母』は、この場所のような、自然豊かな場所で暮らしているらしい。だから、以前ここへ連れてきたんだ。休みたい時は、ここに来るといい……と。しかし、次走も近いと言うのにトレーニングをサボるのを見過ごすわけにもいかん。それで、こうして起きるまで待っているんだ」

 

「……エアグルーヴさんは、スイープさんのことを……気にかけていらっしゃるんですね」

 

「スイープを見ていると……なぜだか期待してしまう。彼女ならば、何か『大きなこと』を成し遂げるのではないか、と。しかし同時に、その『純粋さ』が危ういと思う時もある」

 

「……!」

 

「思うに、彼女は『導く』側の力を持っている。それがどうか、潰れないように過ごしてほしいと思っている。そう感じているのは私だけではない、多くの人々が同じ思いを抱えているだろう。だが……あるいは、それが彼女の邪魔をしているのではないか、と……そう思う時がある」

 

「そんなことは……」

 

「さてな。実際のところは、私たちが口出しするべき問題ではないのかもしれない。それはスイープが決めることだ」

 

 小さな寝顔。その肩に乗っけられている多くの『期待』……。

 

 スイープがもぞもぞと寝言を呟いている。

 

「……ん、ぅ……グラぅマ……アタシ……」

 

 こうして見ると、本当に可愛らしい──

 

「ヤぁの…………」

 

 ただの小さな少女だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

(╹◡╹)

 

 

 

 

 

 

 

 『阪神ジュベナイルフィリーズ』。

 

 『ジュニア級』では現在『2つ』しかない『GⅠ』の一つだ。『ジュニア級』ではまだ『本格化』が完全でない場合が大半であり、『クラシック級』に比べると、距離がかなり短めに設定されている。

 

 12月を明ければ『クラシック級』へと突入する。『ジュニア級』の総決算として用意された『2つのGⅠ』──『阪神ジュベナイルフィリーズ』と『朝日杯フューチュリティステークス』の2つ。

 

 これらに挑戦する資格がある『勝ち上がってきたウマ娘』は、この2つのうち1つを選ぶ。すなわち、『トリプルティアラ』を目指すか、『クラシック三冠』を目指すか。

 

 つまり、のちの『クラシック級』で鎬を削るウマ娘たちの『顔合わせ』の場所でもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ( ´ ▽ ` )

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガララ! 部室の扉が開いて、鼻の頭を赤くしたスイープが入ってきた。

 

「ミナセ! グランマのところに連れて行って!」

 

「……なるほど」(現実逃避)

 

 トレーニングをサボるのはまあいい。阪神JFが間近に迫っていようとも、まあギリ許す。しかし……『グランマ』のところに連れて行け、とは……。

 

「分かった。行こう」

 

 どのみち行くほかにないのだ。水瀬は頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京都からレンタル車を走らせること2時間。スイープトウショウの『グランマ』は山奥の秘境に家を構えていた。いや、秘境だ──山々に囲まれたこの里は自然豊かなんてレベルじゃない。もう自然そのものだ。

 

 東京と違って空気が澄んでいる。呼吸しているだけで体の内側から浄化されていく感じがする。考えすぎか?

 

「ようこそっ! かわいいかわいいスイーピー! 大魔女の館に来るのは何ヶ月ぶりかねぇ!」

 

 魔女が現れた──黒いロープに身を包んだしわくちゃのおばあちゃん。大魔女という『設定』を知らなかったら、本当に魔女だと信じてしまいそうだ。こんな秘境みたいな場所で生活しているのだし。

 

 しかし、なんというか……

 

(上品な人だな)

 

 大魔女として戯けようとも、内側の上品さは隠しきれていないように感じた。きっと本当はとても丁寧な人なんじゃないか? 早くも水瀬はこの魔女を尊敬し始めていた。

 

「グランマっ!! あのね、この前本に『ウンディーネの虹の魔法』がのってたの! だから川で試してきていい!? グランマに見せてあげたいの、アタシの『魔法』!」

 

(川……)

 

 ふふーんいくわよ、つるっ、バッシャーン! なんかそんな感じで川に滑り落ちるスイープの姿が浮かんだ。『阪神JF』まで時間がない。この時期の冷たい川に落ちたら……。

 

 それにスイープの『靴』は、少なくともアウトドア用ではなさそうだ。

 

「待ってくれ。川は」

 

「……何よ」

 

「滑ると危ない」

 

「む〜っ! 何よ、アンタまで『アタシのために』って言うつもり!?」

 

 おっと。これはまずいことを口にしたか? そう思っていると、彼女の『グランマ』が口を開いた。

 

「安心をし、スイーピー。きっとお前さんのトレーナーさんは、そう言いたかった訳じゃない」

 

(おっと)

 

「だが、そのお靴は川との相性が最悪だ。精霊に語りかけるなら、その土地と相性がいい衣装にならないといけないねぇ!」

 

「あっ……」

 

「思い出したかい? かわいいスイーピー。川で魔法の練習をするなら──」

 

「精霊とのお話し中に失礼がないように、滑らないクツで行くこと!」

 

「その通りさ。それと、寒くなった時のために暖かいマフラーも用意しておこうか!」

 

 そんな風に、すっかりスイープを丸く説得してしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、川の岸で『魔法』の練習をしているスイープを、水瀬は『グランマ』と一緒に見守っていた。

 

「ごめんなさいねぇ、トレーナーさん。余計だったかしら?」

 

「いえ。助かりました」

 

 いやマジで助かった。なんというか──確かにスイープが常々から憧れを口にするだけのことはある。水瀬は完全にこの魔女を尊敬し始めていた。

 

「そういえば、申し遅れていました。水瀬と申します」

 

「あら、これはご丁寧に。あの子の祖母です」

 

 名刺を渡すと、魔女は丁寧にそれを受け取ってチラリと視線を落とし……首を傾げた。

 

「……失礼ですけど、『二階堂』さんではいらっしゃらないのですね?」

 

 呼吸が止まった。

 

「ああ、いえ。誤解しないで頂けますか? 『風の噂』で、あの子のトレーナーは『二階堂』という方だと伺っていたもので……」

 

(どういうことだ?)

 

 知らない──知っているはずがない。元々二階堂がスイープを預かることになっていたことは確かな『事実』ではあるが……いや、今はそれよりも優先するべきことがある。

 

 『真実』を伝えることなどできる訳がない。しかし、この賢者のような魔女を欺くのは躊躇われた。それに、スイープの『家族』だ。

 

「……『事情』がありまして」

 

「それは、どのような?」

 

「元々は……二階堂トレーナーが彼女を預かる予定だったのですが……実は、あの子に『魔法』を掛けられてしまったんです。『アタシのトレーナーになぁれ』って」

 

 『真実』を伝えることは出来ない。誤魔化しているように聞こえるかもしれない。

 

「……まあ! すごいのね、あの子」

 

 そう言って、魔女はチラリと水瀬の目を見た──冗談の向こう側にある『真実』を見通すかのような、その瞳で。

 

「……あの子は、あなたに『迷惑』を掛けていませんか?」

 

「ははは……まあ、いつも振り回されてばかりですが」

 

 割と渾身の愛想笑い。暗に肯定してしまっている、しかし……。

 

「それを『嫌』だと思ったことは、一度も」

 

「……失礼ですが、『そういう趣味』のお方ですか?」

 

「いッ、いやいや! 違います!」

 

 いや、そういう意味に捉えられても仕方ない返答ではあったが。

 

「ふふふ、冗談です。ごめんなさいね」

 

 心臓に悪い。

 

「あの子があなたに懐いている『理由』が少しだけ分かりました。ふふふ……」

 

 どうやら許されたらしい。あーよかった。

 

「お気づきでしょう、トレーナーさんも……あの子は『特別』なんです」

 

「分かっています。マジで『魔法』が使えるってことですよね」

 

「え?」

 

「え?」

 

 あれ?

 

「……まあ! 本当に『魔法』に目覚めたんですか? うふふ……」

 

 以前、スイープの『雨を晴らす魔法』を見せてもらった。それに水瀬も『魔法』をかけられてトレーナーになった口だ。それ以来すっかりスイープの魔法を信じている。

 

「いえ……忘れてください」

 

「本当に使えるんですか? あの子」

 

「……本当に『魔法』が使えるって言ったら、信じてくれますか?」

 

「もちろん! 『ウマ娘』という存在がいるんですもの、『魔法』の一つや二つくらい、あっても不思議ではないでしょう?」

 

(そうか?)

 

「あの子は本当に才気に溢れている。どうやら本物の『魔法』も使えるようになったようですし……分かるでしょう? みんな、あの子に期待してしまう。それ故に、『心配』してくださる方も多かったんです」

 

 視線の先には、孫であるスイープトウショウが杖とかなんか色々振ったりして『魔法』を掛けているらしい。しばらく見ていると──

 

 川の飛沫のせいだろうか? 岸から空にかけて、プリズムが──虹が出てきた。マジかよ。

 

「あら。本当に『魔法』ね」

 

 そんな呑気な話か? 

 

「見て見て、グランマーっ! 虹っ! 『魔法』、成功したわよーっ!」

 

「ああ! 見ていたよ、スイーピー! 前よりもずっと成長したようだ、流石だね!」

 

「えへへっ! 見ててグランマ! 今度はもっ〜っとすっごい『魔法』を使うから!」

 

(大丈夫なのか?)

 

 MP的なアレでそのうち倒れたりしないだろうか。本当に心配だ──と、考えを巡らせる水瀬と対照的に、魔女は慈しみに溢れた笑みを浮かべた。

 

「心配してくれるのは、ありがたいこと。それだけ大切に思われているということの裏返し。ですが、往々にして、そういったものは『窮屈』に感じられてしまう。特に、あの子のような『子供』には」

 

「……スイープからは、ずっと大人への『信頼』の無さを感じていました」

 

「ええ、私も心配しているんです。それは……きっと、大人たちがあの子への『信頼』をうまく示せていないのではないか、と」

 

「……」

 

「大人はいつも正しい道を知っている。子供たちがまだ知らない経験や知識を備えているから。でも、子供たちだって何も知らないわけじゃない」

 

 やはり──この魔女は『賢者』なのだろう。

 

「あの子なりの考えがあって、あの子なりの判断基準はきちんとそこにある。誰に導かれずとも、『正しい道』を歩いていける……水瀬さん、一つ聞いてよろしいですか?」

 

「なんですか?」

 

「あの子のことを、『信じて』くれていますか?」

 

「……もちろん」

 

「そうですか。それはよかった」

 

 どうしてスイープがあんなに『純粋』に育つことが出来たのか分かった。この魔女がいたからだ。

 

「グランマ、寒くなってきたわーっ! 風邪をひく前に、家に帰りましょーっ!」

 

「ああ! そうだねスイーピー! お家に帰ろうか!」

 

 どうやら満足したらしいスイープがご機嫌で走り寄ってくる。

 

「トレーナーさんも、もう少しお話をしていきませんか? 特製のハーブティーをご馳走しますよ」

 

「ありがたい。頂きます」

 

 そして、グランマの館でハーブティーを頂いたのだった……。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。