魔法のない世界で生きるということ   作:にゃんこぱん

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第三話 『信じる』ということ③

 『阪神JF』当日──

 

 待ち合わせの場所である正門へ行くと、スイープトウショウの横に1人のウマ娘がいた。

 

「じゃあね、『エアグルーヴ』。行ってくるから」

 

「待て、スイープ」

 

 迷いながらもそう口にしたエアグルーヴ。

 

「先日……お前の寝言で、レースが嫌だと言っていたのを聞いた。だから……お前を取り巻く『環境』が、お前に対しての悪影響を及ぼすのなら、そこから離れるべきだ」

 

 その顔には──『心配です』と書かれている。

 

「レースを休みたいなら休め。取材も嫌なら断ってしまえ。助けが必要なら、いつでも協力する。それとも、お前の不安要素はトレーナーか? もし担当を変えたいと思うなら──」

 

(ズバズバ言うなこの子)

 

 『新人トレーナー』の信用は薄い。それに加えて、それだけスイープを『心配』しているのだろう。

 

「やめてっ!!!」

 

 スイープが叫んだ。

 

「ほんっとにやめて! もういい、もうほっといて!! アタシに構わないで!!」

 

「スイープ、待て!」

 

「ミナセ! 何ぼさっとしてるの! さっさと歩きなさい!」

 

 そして阪神レース場へ向かうのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む〜……!」

 

 姫は今日もご機嫌斜め。普通もうちょい緊張とかしないのかな。

 

 さて、どうやってご機嫌を取ろうか──と、考えたところで気がついた。

 

(こういうのが『信頼』してないって思考なんだろうな)

 

 なら『トレーナー』のやることは単純だ。

 

「スイープ」

 

「何よ」

 

「信じている」

 

「!」

 

「勝ってこい!」

 

 水瀬はぐっと拳を突き出してニヤリと笑った。

 

 それを見て──スイープはその拳に自分の右手を合わせて、コツンとぶつけた。

 

 レースが始まる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ワアアアアアアアア!!!

 

「ジュニア級とはいえ、流石は『GⅠ』だ! 来年のクラシック級は期待できそうだな!」

 

「そうね! 特にあの『スイープトウショウ』って娘……なんてすごい『追い込みスタイル』なの!? あれじゃまるでかつての『ミスターシービー』みたい……!」

 

「おいおい、流石に言い過ぎだって。そもそもこれは『阪神JF』だぜ? 『クラシック路線』ならまだしも『ティアラ路線』だ。そんな伝説と比較できるほどじゃないだろ」

 

「いいえ! 私には分かる……あの子は『来る』!」

 

「ハハハ……」

 

 観客たちが見守る中、レースを終えたウマ娘たちは地下道へと帰っていくが──。

 

「……? なんだ、あの子。特別にスタッフに声かけられているのか?」

 

「どっかのお偉いさんのウマ娘だったりするのかしら?」

 

「──いいや! 実はな、あの『スイープトウショウ』ちゃんは、前走の『メイクデビュー』の『ウイニングライブ』を無断で休んだんだ! それどころかデビュー前から色々トラブルメーカーだったんだが、やはり今日! 私は確信した! あの子の『才能』は本物だと!!」

 

「へ〜……。ワガママ天才少女、かぁ! なんだか今後が楽しみね。お〜い!! あんまり大人たちを困らせないようにね〜!」

 

「ああ! 次のレースが楽しみだ! ところで、いろいろ説明してくれたが……アンタ誰?」

 

「私は一般通過解説おじさんだ!」

 

「一般通過解説おじさん!?」

 

 レース場にはいろんな人がいる。変なのに絡まれないよう気をつけよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ( ´∀`)

 

 

 

 

 

 

 

「段取りは以上になります。スイープさん、トレーナーさん! くれぐれも、ライブの時間は厳守でお願いします!」

 

 ちょっと警戒感の見えるスタッフさんにそう説明される。何せ『前科』がある──当然だ。水瀬だってスタッフの立場だったら念には念を押したいだろう。

 

 説明を受け終えて、控え室に戻ろうとすると……

 

「あっ、すみません。トレーナーさんは残っていただけますか?」

 

 スイープが歩いて行ったのを確認して、スタッフがちょっと小声で言う。

 

「その、言いにくいことなのですが、『先日の件』……」

 

 それが何を指すのか当然分かっている。水瀬も結構怒られた。

 

「あのようなことが続くのは、私どもとしても、その……困るというか……」

 

「ご迷惑をおかけしています」

 

「え、ええ。年頃の子供ですから……そういったことはある種仕方のないことなのかもしれません。それで、20分前には控え室に伺いましょうか? もし必要であれば、人手も」

 

「……」

 

「スイープさんのデビュー戦に関わったスタッフたちも『心配』しておりまして」

 

 理解できる。

 

 運営に関わることだし、それに子供の心配をする気持ちも。それでも──

 

「大丈夫です」

 

「……そうですか? もしもの時に備えて、我々も準備しておいた方が安心ではありませんか?」

 

 『信頼』することはそういうことではない。リスクを考慮していないわけではない。ただ──

 

「大丈夫ですよ、スイープは」

 

「……分かりました。トレーナーさんが、そこまでおっしゃるのなら……『信じて』みます。我々も」

 

 ちょっと腹を括ったような表情になってスタッフはそう言ってくれた。あーよかった。

 

 そして──

 

「……っ」

 

 廊下の曲がり角でその会話を盗み聞きしていた、とんがり帽子の影──

 

 

 

 

 

 

 『阪神JF』のライブステージが始まった。スイープトウショウは遅刻することなくステージに上がり、『センター』としての務めをしっかりと果たしたのだった。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! スイープ!!! 輝いてるぞー!!!!!!」

 

 ファンの中にはそんな水瀬の姿が紛れていたという……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 同日。阪神レース場──

 

「トレーナー……」

 

「心配するな。俺の作戦通りにやれば、お前は勝てる。ここを勝てばお前は『2勝クラス』に上がって、『重賞』を狙えるステージに立てる。……っと、そろそろ時間だな。行くぞ」

 

「は、はい!」

 

 二階堂は直前までレースの作戦をウマ娘と確認していた。そしてコースへ向かう途中、スタッフたちとすれ違う。担当のウマ娘も二階堂も黙っていたため、その会話が嫌でも耳に入ってくる。

 

「すごかったですね、『スイープトウショウ』さんのステージ! レースもそうでしたけど、ライブもあんなパフォーマンスなんて……プロ顔負けのライブでしたね」

 

「本当に。それにしてもすごいよね、『新人トレーナー』が、まさか『GⅠ』を勝っちゃうなんて……何年ぶりの快挙だろ。聞いたことなかったけど、『水瀬トレーナー』……って、すっごい『天才』とかなのかも?」

 

「──……」

 

 直前に『阪神JF』があったことは当然知っている。しかし二階堂はそれを見ないようにしていた。レースの直前で、ウマ娘に何か影響を与えたくなかったし、そして何より自分が未だ辿り着いていない大舞台を直視することが嫌だった。

 

 もちろん結果は後で確認するつもりだったが……。

 

「と、トレーナー? どうしたんですか……?」

 

「……いや。大丈夫だ、行くぞ」

 

 言葉とは裏腹に、二階堂の頭の中はぐちゃぐちゃに混乱していた。

 

 そして迎えた、『クラシック級以上1勝クラス』にて、担当のウマ娘は4着という結果に終わったのだった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

( ´Д` )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある冬の日。『阪神JF』を輝かしい結果で終えて、今日は慣らし程度のトレーニング。大舞台の後は休養が必要だが、まあ今日はちょっと体を動かす程度に留めておくかって感じの予定。

 

「……もう来てたんだ」

 

 少し──いや、だいぶ冷え込んできた12月の空の下。コースにスイープがやってきた。

 

「…………」

 

 スイープは珍しく考え込んでいる。

 

「どうした?」

 

 スイープは言い放った。

 

「アタシ、走らない!」

 

(あれー?)

 

「走らないっ! 走らない走らない! ぜーったい走らないっ!」

 

(なんでだ?)

 

「ふんだっ! ……、………………」

 

 水瀬はとりあえず空を仰いだ。灰色に曇る上空はどんよりと重たい気配がする。

 

 ──雪が降るかもしれない。

 

 現実逃避気味にそうやって空を見上げる水瀬を、ちらっとスイープは覗き見た。目が合った。

 

「今こっち見た?」

 

「つーーーーーーんっ!!」

 

 

 

 

 

 

 そんな彼らを見る影があった──

 

「ねえ、トレーナー。あの人たち何やってるのかな」

 

「ほっほっほ。あれは……おお、天才少女と水瀬トレーナーではないですかな?」

 

「ああ、あの……『阪神JF』を獲ったっていう、例の『天才コンビ』」

 

「まさか、あれほどの素養があろうとは……。ほっほっほ、驚くばかりですな。随分振り回されていると聞いておりますが……」

 

「ねえ、ウチの子が模擬レースであいつらに勝ったって話、本当?」

 

「ほっほっほ。本当ですぞ、しかしそれはもはや『過去』の話。瞬きの間に『強く』なったようです。次は、私も『本気』で相手をして差し上げようと思っておるのですがね」

 

「ふーん。でも、トレーニングしてないみたいだけど」

 

「ほっほっほ。また振り回されておるようですな! ほっほっほっほ……」

 

 

 

 

 

 

 

 降るかなーって思ってたらマジで雪が降り始めた。

 

 降る雪も寒さを感じているのだろう。人がそうするように暖かさを求めて、肌に触れたら水になった。スイープはジャージのまま、寒さを和らげるように手のひらを息で温めている。

 

「はぁーっ……」

 

 『冬』になった。

 

 水瀬もスイープも、何をするわけでもなく、地面に座り込んで空を眺めている。10分が経ち、20分が経ち、30分が経ち──

 

 水瀬はふとスイープの様子を見た。

 

「……何よ」

 

 その『不機嫌さ』は、今までと少し違うように感じた。本心ではないような……ただの気のせいかもしれない。

 

「言いたいことがあるなら、さっさと言いなさいよ! 他の大人みたいに……『次のレースのためにも走っておいた方がいい』とか、『走る気がないなら帰っておいた方がいい』とか……」

 

 『心配』というのはある種の『呪縛』だ。善意で差し出したはずの縄で、心を縛り上げる──。

 

 そういう意味でいえば、『信頼』というものはある種『無関心』に似ている。

 

「君には君の『理由』がある。そうだろ?」

 

 スイープはトレーニングをサボったり、手を抜いたりしない。ワガママもたまにあるけど。しかし現にこうしてジャージに着替えてコースに来ている。元からトレーニングをする気なのは一目瞭然だ。

 

「だから……『信じて』、待っている」

 

「……あっそ」

 

 空模様が変わってきた。さっきまで優しく降ってきていた雪は勢いを増し、時々吹く突風が容赦なく体温を奪っていく。頭の上にちょっとだけ雪が積もった。スイープの魔女帽の上にも同じように。

 

「ミナセ!!」

 

 唐突にスイープが立ち上がった。

 

「走る。タイム計って!」

 

「おっと……」

 

 返事も待たずに走り出すスイープに置いていかれないよう、慌ててストップウォッチを取り出す。そして……

 

 タタタタタ────

 

 『走ること』はウマ娘にとっては一つの『表現』だ。人間には決して表せない『芸術』であるとも言われることがある。

 

 その『走り』はどこまでも軽やかで『自由』な──スイープの本質を表しているように見えた。どこまでも速く、そして自由な『走り』。それに目を奪われたものたちがいた。

 

 

 

「! トレーナー、あれ見て」

 

「ほっほっほ! おお、なんと軽やかな……まさに、『才能』とは『自由』であること、ですな!」

 

「そうなの?」

 

「そうですとも。私のような『凡人』は、型にはめ、体系化されたものでなければ新しく『学ぶ』ことができない。頭が固くなってしまっておるのですよ、しかし──」

 

 軽やかなで自由で──『楽しんでいる』ような、その走り。

 

「『自由』であるということは『可能性』が無限大であること。素晴らしい『走り』ですな。ほっほっほ!」

 

「……スイープトウショウ、か。ふーん、いいや。『覚え』よ──トレーナー。いつか『戦う日』が来るかな?」

 

「ほっほっほ! もちろん、あなたと、そして彼女がそれを望むならば、いずれ相見えるもあるでしょう──『ハーツクライ』。あなたも彼女も、未だ芽生えを待つ、小さな『種』なのですから」

 

 その『ウマ娘』はスイープの走りを見届けると、興味を失ったようにまたトレーニングに戻った。軽やかなステップで──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ……はぁっ、はぁ……はぁっ、────」

 

 水瀬の元に戻ってきたスイープが、乱れる息もそこそこに言う──それは独白。

 

「アタシは『レースの魔法』を見つけるために『ここ』へ来たの! もっと大きいレースなら、きっと『それ』が見つかるって思ってる!」

 

 誰にも伝えたことはない。

 

「ああしろ、こうしろって、言われなくたって分かってる! アタシだって、何にも考えてないわけじゃないっ!」

 

 誰にも──。

 

「けどみんなうるさいのっ! アタシの『トレーナー』にでもなった気で、エラソーに指図してきて……アタシの『トレーナー』はアンタなのにっ!」

 

 そういえば、意外と水瀬の言うことは従ってくれていた。

 

「ムカムカする、全部全部! アタシの本当に『してほしいこと』とは違うのに、アタシのためだって言って──っ!」

 

 スイープはきっと、本来とても物分かりの良い子なのだ。賢いし、物の道理もよく分かっている。

 

「それを聞いてると、自分でもどうしようもないくらい、頭の中カーってなって、それで……アタシ、『ライブ』から逃げた……」

 

 そのせいで水瀬は酷い目に遭った──もう随分前の話だ。

 

「あれ……アンタにだけは、ちゃんと『相談』するべきだったって……今でも思ってるの。ごめんね、ミナセ。アンタに……そして、みんなに迷惑をかけた。今度からは、ちゃんとアンタに『相談』する……────だから、アンタも」

 

 ねえミナセ、聞いてくれる?

 

「アンタは──……アンタだけは、さっきみたいに、アタシに『確認』して。何か理由があるの? って。ちゃんとアタシを『信じて』。『意見』を聞いて。アタシを……『こっちが正しい』って、抑え込もうとしないで……!」

 

 ただ1人だけ自分を『信頼』してくれる、だから自分も『信頼』出来る。どこにも逃げ場がなかった『ここ』で、ただ一つの『安らぎ』の場所であってほしい。

 

「君には君の『正しさ』があるもんな」

 

「……っ、そう──当たり前よ。『レースの魔法』を見つけたいから、ちゃんと、毎日がんばりたいんだもん……っ」

 

 ようやく──

 

 スイープトウショウとの、『信頼関係』を築くことができたと思った。本当の意味で『信じる』ことが出来るようになったと感じた。

 

 そして、今日のトレーニングをきちんと終えた帰り道。スイープを寮まで送っていると、スイープが少し改まって振り返った。

 

「ねえ、ミナセ。さっきはね、実はアンタのことを試したの。アンタの言葉が『嘘』じゃないかって」

 

「なるほど」

 

 そうだったのか……全く分からなかった。

 

「アンタは……ま、合格よ。だからご褒美に、特別な『魔法』をかけてあげる」

 

 水瀬はギョッとしてスイープを見た。内容次第ではヤバいかもしれない。

 

「……何よその顔。不満なの?」

 

「いや……ちなみに、どんな魔法なのか伺っても?」

 

「ふふん、聞いて驚きなさい? アンタをもっと『コーイの使い魔』にする『魔法』よ!」

 

 『コーイ』……『高位の使い魔』か。あーよかった、スズメにする魔法とかだったらどうしようと思った。

 

「なるほど。なあ、その魔法、少し変えてくれないか?」

 

「?」

 

「だいぶ前、『強く』する『魔法』をかけてくれただろ? ご褒美って言うんなら、『あれ』を掛けてくれないか?」

 

「変な使い魔。そっちがいいの?」

 

「そうだな。できれば『勇気の出る魔法』とかだと尚グッドだ」

 

「ふーん。ま、いいわ。ご褒美だもん、やったげる──」

 

 スイープはどこからともなく杖を取り出すと、軽くそれを振って『呪文』を唱えた

 

「トゥインクル・トゥインクル! 『勇気が出る』ようになりなさいっ! あと、もっと『コーイの使い魔』になりなさいっ!」

 

「……2つも良いのか?」

 

「今回だけよ。アンタはもっと、アタシの『使い魔』だってことを自覚するべきだから」

 

 ありがたい『魔法』だ。

 

「あと……ミナセ。アタシね、『桜花賞』に出たい」

 

(おっと)

 

「グランマがお話ししてくれたの。『グレイトグランマ』も、そのレースで『魔法』を使ったんだ、って。それに本でも見つけたのよ。大妖精と仲良しの大魔女は『ティアラ』を被っているらしいって!」

 

 薄々分かっていたことだが、つまりスイープトウショウは──

 

「『ティアラ路線』に行きたいのか」

 

「そう。それを3つとも勝つと、『ティアラ』が貰えるんでしょ?」

 

「ああ。キレイなやつだ」

 

「アタシ、それ欲しい! だから、『ティアラ三冠』を目指すわ!」

 

「分かった」

 

 ……。

 

 …………。

 

「で?」

 

「?」

 

「何不思議そうな顔してんのよ! 今のはアンタが、『桜花賞ならこういうトレーニングがおすすめだよ』って提案するところでしょ!?」

 

「確かに……」

 

「確かに。じゃないわよ! アンタは『コーイの使い魔』になったの! ご主人様の『相談』を受けられる立場になったのよ! もっとちゃんとしなさい!」

 

「分かった」

 

「なら、さっさと教えなさい! 『桜花賞』を勝つために、アタシはどんなトレーニングをすればいいの?」

 

「そうだな……」

 

 ミナセはスイープの隣に並んで話し出した。それから寮に着くまで、スイープと色々なことを話した──

 

「あとレース前に色々言ってくる大人たちの相手もアンタがぜーんぶして! 控え室には美味しいジュースがないとヤだから! あとね、あとね……」

 

(めっちゃ言ってくるな)

 

 『使い魔』も楽ではない。ワガママ放題な『ご主人様』と向かうは『桜花賞』。どこまでやれるかは正直言って分からないが、やれるだけやってみよう。

 

「それじゃあね、ミナセ! おやすみなさい!」

 

「ああ。おやすみ、また明日」

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして、水瀬にはいくつかやらなければならないことがある。

 

 スイープを送り届けた帰り道、白い息を吐きながら暗くなった道を歩く。

 

(スイープの『魔法』は効くな。腹が決まる)

 

 ポケットの携帯を取り出し、電話を掛けた──

 

「もしもし、水瀬です。『乙名史記者』はいらっしゃいますか? 先日の『取材』の件でお話があるのですが」

 

 踏み込んでいく。

 

「ええ、ええ、はい。はい……分かりました、ではまた後日に。失礼します」

 

 その『勇気』と共に、『深く』まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  (´∀`=)

 

 

 

 

 

 

 

 

 水瀬が部室に戻ると──男が居て、水瀬を待っていた。

 

 二階堂健人。名門『二階堂家』の長男の背中。水瀬とは違う、高級スーツに身を包んだ『名門トレーナー』。

 

「おや……二階堂さん。こんな辺鄙な部室まで来て、どうしたんですか?」

 

 なんて、本当はそろそろ来るだろうと思っていた。

 

「……貴様……」

 

 振り返った二階堂の両目はなんというか、『尋常』ではない。色々な感情が混ざり過ぎている。その中でも1番大きいのは『憎しみ』だと感じる。

 

 棚には二つの『トロフィー』。『メイクデビュー』のヤツと、それに比べてかなり豪華な『阪神JF』のヤツだ。二階堂はそれを見ていたのだろう。

 

「…………水瀬、光一……!」

 

「なんですか?」

 

「貴様は今すぐに『トレーナー』を辞めろ。これは『命令』だ。従わない場合は、二階堂家の『全権力』で持って貴様を『抹殺』してやる……」

 

 これは、全く『唐突』ではない。

 

 むしろ遅いぐらいだ。

 

「ハハハ。ようやく怖気付きましたか」

 

「貴様は現段階で目立ち過ぎているッ! 『取材』は全て断れ、絶対に貴様のことを『調べられるな』ッ! そして速やかにトレセンを去れッ!!」

 

「残念ですが、すでに取材を予約済みです。キャンセルは効かない。そしてそのつもりもない」

 

「ふ……ふざけるな。『立場』を弁えろッ! 貴様、誰のおかげで『そこ』に立てていると思っているッ! 『二階堂家』がなければ、貴様も──」

 

 『勇気』を出して腹を括った。それは二階堂に対してではない。これから襲ってくる全ての『障害』に対しての『覚悟』だ。

 

「黙ってくれ。そして聞いてくれよ」

 

「……何?」

 

「『立場』が分かってないのは『アンタの方』だ、『二階堂健人』」

 

「貴様、何を……」

 

「トレーナーのことを教えてくれてありがとう、二階堂。おかげで『俺』は『足がかり』を掴んだ。『基礎』さえあれば、これから先、どれだけでも学んでいける」

 

 ずっしりと重たい鉄を飲み込んだような『重さ』。それが『覚悟』というもの。些細なことでは揺らがないということ。

 

「ここに俺の『トレーナー免許証』がある。当然コイツは『偽造』されたものだ。アンタがくれた」

 

 中央所属のトレーナーには運転免許証のような『カード』が渡される。『社員証』のようなものだ。水瀬がもつ免許証は『中央移籍制度』の曖昧さを利用して『偽造』された『偽物』。『二階堂家』はURAと太いパイプがある──『偽造』することは可能だった。そしてそれは現にここにある。

 

「『中央移籍制度』を使って『地方トレーナー』が『中央』に来るためには『地方トレセン理事長の推薦』、あるいは『中央トレーナーによる推薦』が必要だ。そしてその『推薦者』の名前は『二階堂健人』。これは『内部情報』だが、動かぬ『証拠』でもある」

 

「……!」

 

「つまりアンタが『共犯者』だという『証拠』は──揃い過ぎるほどに揃っている。その気になって調べられたらこれは『判明』してしまう。だからお前はそんなに焦っている」

 

「……どういうつもりだ。き……貴様、一体何を考えている……!?」

 

「二階堂。お前は『見誤った』。彼女の『才能』を甘く見たんだよ」

 

 『トロフィー』、それが示す『事実』。どれだけ望んでも手に入らなかったはずのその『勝利』を、水瀬は勝ち得たのだ。

 

「……なぜだ? なぜ、貴様らごときが……『阪神JF』など……『GⅠ』などを……!」

 

「分からないもんだな、『人生』……」

 

「……黙れッ! 貴様などが……貴様などが、踏み込んでいい『領域』ではない! それは……『神聖な場所』だッ! その『汚れた靴(偽の免許証)』で踏み込むんじゃないッ!!」

 

 『あり得ない』。『新人トレーナー』が、一年前まで全くの『素人』だった『トレーナーもどき』が『重賞』を勝ち得るなど、『GⅠ』に届くなど。

 

 天地がひっくり返ってもありえるはずのなかった『結果』。

 

「なあ、『魔法』は信じるか?」

 

「は……? 魔法……?」

 

「俺も信じてなかった。だけど……確かに『ある』。『魔法』を掛けられた。俺は……いや、『俺たち』は」

 

「…………? 貴様は、一体……何を言っている?」

 

 『覚悟』とは『狂気』に等しい。

 

「そうだ。一応確認しておくが、もし俺がこのままトレーナーを辞めれば、スイープはどうなる?」

 

「……俺が預かる。本来そうなるべきだったようにな」

 

「アンタが? ハ、ハハ──ハハハハハ、ハハハハハハハッ! 冗談はよせ、アンタには無理だ! 彼女を持て余したから俺に押し付けたんだろうに! 今更手のひらを返したって『遅い』だろ!?」

 

「まさか、続けるつもりなのか!? 『トレーナー』を──『破滅』するぞ、貴様ッ!」

 

「俺たちは『魔法』に掛けられている! 俺たちに待つのは小さな魔法少女の『魔法』──引き返すことのできない『魔法』の未来だ!」

 

「ふ──ふざけるなッ、正気か貴様ァ! 俺を巻き込むつもりかッ!?」

 

 狂気的に笑う水瀬が、どこか『壊れた』ように叫んだ。

 

 これは『覚悟』だ。

 

「巻き込んだのはアンタが先だろ? それにもう『戻れない』んだよ。『逃げ道』はない──『前』に進む以外に『道』はない……!」

 

「貴様ッ!! 俺は、俺はまだ、こんなところで『終わる』わけにはいかない……!! 『破滅』するなら1人でしていろッ! 俺は、俺は『二階堂』だ!」

 

「まだ『終わる』わけには行かないのは俺も同じだ。俺はまだこの『魔法』を行く末を見届けていない。だから……残された選択肢は『1つ』だ」

 

 バレてはいけない。水瀬は『GⅠトレーナー』になった。これが判明すれば、もう『ただの不祥事』では済まない。『前代未聞の不祥事』だ。

 

 そしてこれから水瀬とスイープトウショウは『ティアラ三冠』へ向かおうとしている。その結果次第では、更なる状況へと変わっていくだろう。

 

「アンタに残された選択肢は、彼女が『レースの魔法』を見つけ、そして引退するまで……つまり、俺がトレーナーを『辞めるまで』(この魔法が解けるまで)、この『罪』を隠し通す。それ以外にない」

 

 水瀬には失うものは何もない。強いていうなら今の『立場』──スイープトウショウを支えられる『トレーナー』という肩書きの他に必要なものは何もない。

 

「……!!!」

 

 『覚悟』の決まった水瀬の瞳が二階堂と捉えて離さない。

 

「アンタには付き合ってもらう。この『魔法』が解けるまで──たとえその果てに待つのが、地獄の底でもな……!」

 

 早まっていく『鼓動』と『冷や汗』。水瀬光一は選択肢のない『選択』を選んだ。例えその果てに待つものが何であろうとも、これが『信じる』ということ。

 

 引き返すことのできない『魔法』の未来。その『結末』に向かって歩き続けるということ。

 

 

第三話 『信じる』ということ 終わり




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