三日月を発見してからはや数日、ポートモレスビーには落ち着いた雰囲気が戻ってきた。
電、文月と三日月は互いに面識があり、根が真面目な三日月と長波は気が合った。
「おはよう三日月。いい朝だな!」
カーテンをめいっぱい開け朝日を取り込む。窓から見える水面は落ち着いている。ここが孤立無援の最前線でなければ、芝生で昼寝と洒落こみたいところだった。
「はい、おはようございます。長波さん。」
ピンと制服のシワを伸ばし、タイを締めた三日月が挨拶を返してくる。鎮守府宿舎はだだっ広いが、親交を深める目的と、三日月の精神面含めた観察のため長波と三日月は相部屋となっていた。
「なんだぁ…そんなに畏まらなくてもいいのに…。もっとラフに行こうぜ?」
生真面目さが前面に出たその仕草を見ながら、ごちる。
「これが私の『ラフ』なんです。ごめんなさい。」
クスッと笑いながら、しかし丁寧に返す。
「それならまぁ仕方ないけどさぁ……。」
半ば冗談にもこう返されると調子が悪い。相性が悪いわけでは無いのだが。
「おはよう電、文月。」
部屋から出たタイミングでちょうどよく電と文月に遭遇する。
「2人とも、おはようございます。」
「おはようございますなのです。」
「長波ちゃん、三日月ちゃん、おはよう〜。」
それぞれ挨拶を済ませ朝食を取りに。数千人近い人数の腹をかなりの期間満たせる分の物資があるため、数ヶ月で餓死…なんてことは有り得ないだろう。しかし、いつまでこの状況が続くか分からない上に、最悪の場合、前線がさらに後退する可能性もある。敵主力を一旦やり過ごすためポートモレスビー在留を選択したが、そろそろ移動するために準備をするのもありなのかもしれない。そうした不安感が鎌首をもたげてきた。
「長波さん、大丈夫ですか?」
ひょいと視界に大きなアホ毛と満月のような明るい黄色の瞳が飛び込んでくる。
「あ、あぁ、大丈夫だ。」
「もう〜ちゃんとご飯食べなきゃダメだよ〜?」
どうやらいろいろと考え込んでいたせいもあって完全に上の空になっていたようだ。
「あぁ、そうだな。」
ニコッと笑って朝食をパッパと平らげた。
「提督、長波だ。」
トントントンと、重厚な扉にノックをする。朝はワタワタとしてしまって結論を出せなかったが、今1度提督と話しておきたかった。一応、今現在の小隊長は私でもあるし、三日月の件もある。
「どうぞ、入ってください。」
数拍の間を置いて入室許可が出される。
「失礼します。」
中に入ると、敵味方の勢力圏や推定される行動が書き加えられた海図とにらめっこしながら次の襲撃ポイントを計画していた。
「ご要件は…?」
深く椅子に腰掛け直し、ふぅと息を吐く提督。
「あぁ、三日月の件と、今後の方針についてなんだが…忙しかったか?」
極限状況に置かれているようなものなのだから、精神的にかなり疲労しているようだった。
「いえ…構いませんよ。それで、三日月さんの様子は?」
疲れたような表情から一変、我が子を心配するような表情になる。
「概ね経過は良好だ。艤装の調子も悪くないらしい。ただ、そうなん期間中の1部の記憶混濁や、私が助けたからか、若干私に縋ってるようにも見えた…ほんの僅かな差だけどな。」
さながら命の大恩人のように扱われた時はびっくりした。辞めるよう良く言い含めて置いたが、即改善するようなものでも無い。
「そうですか……。時間が解決してくれることを祈るばかりですね。」
表情が翳る。まぁ無理もない。前線勤務がそれなりにある私は、もっと酷いダメージを精神に負った例も見ているが、提督はここが初勤務なのだから。
「それと、今後の方針についてなんだが………。」
卓上に広げられた各種海図や勢力圏図を覗き込む。
「どうかしましたか?」
怪訝そうな顔でこちらを見てくる。
「今後の敵、味方の動静が掴みきれない以上、撤退、あるいは移動のための前進基地をニューギニア島西岸の方に作った方がいいと思うんだ。航空隊基地を設置すれば索敵範囲も広がるし、万一ここが破壊されてもそこに逃げ込むことが出来る。」
現状、基地航空隊の偵察機と、文月の情報傍受以外での情報入手手段がない以上、偵察範囲を広げて動静を確認するのは必須のはずだ。
「ですが、それをするとなるとあなた達の行動範囲、作戦範囲も今まで以上に広がります。大丈夫ですか…?」
同じことを考慮していたようで、既に用地選定は始まっているようだった。が、しかし私たちの負担を考慮して決めかねて居たようである。
「私たちは艦娘。それも2年以上この海を駆けてきた叩き上げの熟練艦娘だ。見くびってもらっちゃあ困るなぁ…?」
私はまだ2年と数ヶ月だが、電に至ってはもう4年近く艦娘として戦い続けている。1年以上艦娘として戦い続けられる者は多くないこの戦争を生き延び続けているのだ。
「……わかりました。ですが念入りに調査、準備は行いますよ。これ以上の無理はさせたくないので。」
この提案が私から出たことに安堵するような、前途を不安視するような、複雑な表情のまま椅子に沈み込む。
「それはこっちのセリフだ。私たちからしたら唯一の提督、司令官なんだ。疲れてるのはわかってるんだから1日くらい休んだらどうなんだ?基本業務は私と電で回すぞ??」
依然として秘書艦は電の担当のため、基本的な業務は彼女がいれば事は足りる。提督の決済が必要な大本営、軍令部宛の機密書類という物も、指揮系統から外れた部隊では存在しないからだ。
「……申し訳ありません…。お言葉に甘えて休まさせていただきます……。」
新任指揮官にはあまりに重いプレッシャーだった。
「おう、休めるうちに休むんだぞー。」
提督と電が交代し、執務室から提督を見送る。
私たち小隊の戦争は、まだ始まったばかりだった。