「はぁっ...。はぁっ...。」
ぜぇぜぇと、肩で息をしながら、頬を汗が流れていく。
「長波さん~!そろそろ終わりです!!」
波止場の方から、呼びに来た三日月の声が聞こえる。
「おう!すぐ戻る!」
そう返事はしたものの、かなりくたびれていることに間違いはなかった。
第一段作戦終了から早数日、提督が計画修正に追われている間、私はひたすらに鍛錬にいそしんでいた。工廠妖精さん謹製の疑似的を追跡、射撃、爆雷で撃破する、ということを繰り返していた。
「大丈夫ですか?」
ドックに戻ると三日月が待っていてくれたようだ。
「あぁ、一応な。」
艤装を外し、工廠妖精さんに預ける。整備のほとんどを肩代わりもしてくれる妖精さんには頭が上がらない。
「それならいいんですけど。」
少し不安そうな、心配そうな顔を見せてくる。相変わらず、私に対する執着は消えていないようだ。
「出撃は明日だっけか。」
すでに山ほど物資を積み込んだ大発動艇が見える。方針転換を行い、大発の運用ができない私と電は、ドラム缶の携行をやめ、索敵と戦闘にのみ専念し、さらに文月と三日月も大発の数をひとつづつ減らし、爆雷を装備することとなった。燃料の安定生産(曰く、妖精さんによる自然油田からの原油の回収)の目途が立ったため、反復輸送による燃料消費を考慮しなくてよくなったからだ。
「はい。だから心配してるんですよ?」
執務室に向かいながら、三日月に小言を言われる。確かに、傍から見たら熱くなりすぎてたかもな。と少し反省はする。
「分かってるよ。それでも、訓練不足で仲間を喪って、後悔したくない。」
握るこぶしに力がこもる。これは戦争だし、実際私だって、様々な戦域を渡り歩いて、人が死んでいくところも見てきた。だが、身勝手かもしれないけれど「自分のせいで」仲間を殺されるのは、自分のことを許せなくなりそうだからだ。
「長波さんは、強いですね。」
夕暮れ時の廊下に、三日月の声だけが反響する。
―強くなんかないよ―
「何か言いましたか?」
口をついてそう飛び出した一言は、三日月には聞こえなかったようだ。
「旗艦長波、ただいま戻りました。」
執務室に入室すると、既に文月と電が待っていた。
「お疲れ様です、長波さん。既に聞いてるとは思いますが、第二段作戦始動は明日ですが、問題ないですね?」
提督の目がこちらを捉える。この一連の作戦で、提督は成長しているようだった。
「あぁ、もちろん。調整はバッチリだ。」
胸を張って答える。成長したのは提督だけでは無い。私だってそうだ。
「では作戦を通達します。ポートモレスビー攻略支援小隊は、明朝、〇七〇〇より、第二段作戦として、飛行場設営のための物資を輸送せよ。策定航路以下詳細は各員で確認せよ。」
私たちのビリビリとした空気に、呑まれたのか、言葉遣いが硬くなる。
「「「「了解!!!!」」」」
呼応するように、声に力が籠る。
「では、解散。」
訓示によって、一層やる気が漲る。私たちは、血気盛んな水雷屋。こういうことは、やはり心に来るものがあるのだった。
「長波ちゃ〜ん、ちょっといいかなぁ〜?」
執務室を出てすぐ、文月に声を掛けられる。
「どうした?」
こういう時に、文月から声を掛けられるのは稀だった。
「ん〜敵のことなんだけどねぇ〜?まだこれは司令官には言ってないんだけど…」
顔をグイッと近づけ、寄ってくる。
「戦艦…か?」
トーンを落とし小声で話す。
「ご明察〜。詳細は全然わかんないんだけど、前線で損傷した戦艦率いる遊撃部隊が後退してくる……ぽい?んだよねぇ〜。」
文月が実証試験として装備している対深海通信傍受装置からの情報にしては、酷く曖昧な表現になっている。
「ぽい…?」
「うん。多分なんだけどね〜、一部が暗号化されてるみたいで、内容がよく分からないんだ〜。」
しれっと超重要な情報を伝えてくる。
「おい!それって…!!」
思わず語気が荒くなる。
「し〜。こんな不確定な情報、司令官に言ってもなにかが改善する訳じゃないからねぇ〜。」
文月の目が鋭くなる。
「でもそれは…」
思わず後ずさりしてしまう。
「確かに重要な情報かもしれないけど、ここでしりごみさせたら、もっと打開出来なくなっちゃうかもよ…?動けなくなった私たちは、ジリ貧になって、縊り殺されちゃうだけだよ?」
恨みの籠った声色と、確かな正論に気圧されそうになる。
「わかった。明日出撃は、変わりなくするよ。だが、ちゃんと報告しろ。それはそれで、筋だ。」
文月の目を見て、確かにそう返す。
「…わかったよぉ〜。長波ちゃんにそう言われちゃったら、そうするしかないからね〜。」
いつもの声色に戻り、「じゃ、報告するから」とくるりと回って執務室に入っていく。
戦艦。其れは、作戦の成否に関わる戦略兵器であり、水上戦闘において、最強の戦術兵器でもある。
予定変更はなく、明日出撃の方針を司令官は撤回しなかった。が、「暗号」を扱うようにもなった深海棲艦は、どこまで成長するのだろうか。