「……ち……い…………………す…………」
無線のノイズに混じり「ヒト」の声を確かに聞いた彼女は折れかけていた心を持ち直した長波は、調整し直した無線に声を吹き込む。
「こちら第三一駆逐隊長波!羅針儀の損壊により現在位置不明!救援求む!!こちら第三一駆逐隊長波!羅針儀の……」
出力を最大にし返事を返す。仮にも新鋭駆逐艦、大出力を送信できるシステムを積んでいた。発信主に届くと信じて、何度も何度も声を発する。もちろん発信源と思われる方向に進みながら。
「……ちら………ト………ス……………貴艦の……を…信…………。」
「やったっ!!届いたっ…!!」
まだまだノイズ混じりである中に「貴艦」というフレーズを聞いた私は大きなガッツポーズを取る。こんなに喜んだのは久しぶりかもしれない。
「これでなんとか燃料くらいは補給を受けれるはず……。」
本隊と合流出来ると仮定し諸々の計算を開始する。無線の出力、天候状況等を鑑み、半日と少しで合流できるはず、と結果が出た。
「助かった……。」
心の底から安堵の一言を漏らすと同時に、彼女の張り詰めていた気は一気に緩んでしまった。大出力無線での交信は深海棲艦に探知されるリスクについて、本来の彼女であれば十分承知しているはずが、不眠不休による集中力の欠落により失念しているのである。
そして不幸にも掃討戦に移行していた深海棲艦に探知されてしまっていた。
交信成功から数時間が過ぎ日没が迫る夕刻。深海棲艦の駆逐艦が長波を補足し追跡を開始していたが、長波は電探の故障も相まってその追跡に気づかない。本来の彼女であれば気づいてもおかしくないはずであったが、緊張の糸が切れ、うつらうつらとし始めた彼女が気づくことは無かったのである。
〜21:35、ニューギニア島東方約250㎞〜
「ふぁぁ……さすがの私でも眠ぃぞ………そりゃまぁ何日も寝てないし当たり前なんだけどな…。」
大きな欠伸をして独りごちる。数時間前に更なる交信に成功し、不明瞭ながらも救援の小隊を出しているという情報を手に入れた。私の現在位置は未だに不明だけれど、ラバウル基地方面に近づいていることだけは確かなようで、真っ赤に染まっていた海の色が、時間経過と共に薄くなる。
「しっかし……なんだぁ…?この嫌な感じは…。まるで誰かにつけられてるみたいな感じがする…ってそんなわけないか!あはは!」
いつものように笑い飛ばしたがその瞬間、べっとりと脂汗が流れるのを感じる。本能が警鐘を鳴らしている。何がおかしい、思考にスイッチが入る。交信にも成功した、もうすぐ奴らの縄張りも抜けられる…
「しまった!!!まだここはヤツらの縄張りじゃねーか!!!!」
そう叫んだ瞬間、左舷側にチカッと砲炎を見た。
ドォォォンという轟音が聞こえると共に砲弾が鼻先を掠める。
「迂闊だった!ちっくしょう!!そりゃ追撃受けて当たり前だよなぁ!!」
自分を叱り飛ばし、気合いを入れるために大声を出す。あいにくの新月も相まって、闇に溶け込んだ敵の数は分からない。少なくとも4〜5隻以上居ることだけはわかった。
「くっそ!燃料も弾薬も少ないのによぉ!!こんのっ!」
機敏に動き回り敵の砲撃を回避する。敵の砲撃の精度がだんだん上がってくるのが分かる。既に夾叉弾も出始めていた。落ち着いて、冷静に………
「まずは1つ!!!」
敵の砲炎に合わせて砲撃を叩き込む。
「夜戦でこの長波サマに勝てると思わないこと…だな!!」
斜め後ろから接近してきていたヒト型に回し蹴りを叩き込み胴に2発砲弾をプレゼントする。
「ほらっ!次ぃ!!」
速力を上げ肉薄し敵駆逐を一瞬で沈めていく。
海上を舞うように数的不利をものともせず見えた敵から片っ端から片付ける。それが長波の戦闘スタイルだ。
「くっそ…このままじゃ弾切れの方が先だぞ…!」
しかし彼女は既に満身創痍。弾薬も燃料も使い果たしかけていた。
「こんなことで…終わってたまるかよ!」
現状を打破するために疲れた体に鞭を打ち駆け回りながら脳を回転させる。
「だーもう!!弾と
叫んだところで何も解決しないが、そればかりが脳裏をチラつく。こちらがそうそう簡単にやられそうにないことを学んだのか、敵の攻撃が一瞬小休止に入る。
「……1点突破だな。」
1つの答えを導き出す。今の私に出来るのはそれしかない。
おそらく後方から着いてきているであろうこの部隊の旗艦を潰し、敵が混乱している間に即反転して海域から離脱する。残りの燃料弾薬を鑑みて、それが一番効果的だと判断した。
「っし……。やるか!」
行動を開始するとタイミングを計ったかのように敵艦隊からの攻撃も開始される。狙うは
「そんな攻撃は当たらねぇよ!!」
先程の何倍も秩序だった砲撃が繰り出されるが、彼女にとっては取るに足らない。
「そこだぁぁぁ!!!」
「っしゃぁ!」
成功を確信し反転した瞬間、砲口をこちらに向けた
「沈むのか…案外呆気なかったなぁ…まぁそれも私らしいか。」
死を感じた刹那、あっさりとその死を受け止める私が居た。
「あぁ、楽しかったなぁ…夕雲姉たちは無事帰れてるといいな……」
姉妹達に思いを馳せ、"最期"を覚悟したその瞬間、目の前のヒト型が爆炎に包まれ吹き飛ぶ。
「何とか間に合ったのですっ!撤退するのです!!」
自分より小柄な駆逐艦娘に手を引かれ『こっち側』に還ってくる。
「早く〜あたし1人じゃ、こんなに相手にできないよ〜。」
と少し遠くで片翼の部隊を旧式艤装で相手にしながら声をかけてくる艦娘が1人。
「助かった…ありがとう……。」
「感謝はいいから、早く逃げるのです!!」
強く手を引く艦娘が煙幕を炊き早々と戦場海域を離脱していく。見事な手際による一瞬の出来事だった。
長波は、地獄の底から助け出されたのである。