●アマテラス
| 五大巨大企業の一角。正式名称【アマテラス・テクノロジー株式会社】 機械、電子、農業、流通などの幅広い分野で活躍しており、売上は五大巨大企業中ナンバーワン。 反面、それぞれの分野においては技術的に一歩遅れており、業界別に見た【アマテラス】のシェアが10%を超えることはほとんどない。 |
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●社外特殊交渉課
| 【アマテラス】の非合法セクション。通称【ヤタガラス】 社長室の機密管理部に属しており、機密情報の秘匿、有用な素体の拉致監禁、非合法な営業補助などを主な業務内容とする。 |
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「まずいことになった」
社外特殊交渉課の仕事は、大抵この一言から始まる。
「わが社の重役、常務取締役
場所は社外特殊交渉課の課長室。オレたちの(正確にはオレの所有者である涼香の)上司である
「監視カメラの映像等によると、どうやら彼女は護衛を撒いてアーコロジー下層区の繁華街に逃亡したらしい────というのが2時間前の話だ。ここまではいいな?」
「はい、大丈夫です」
「…………」
涼香とオレはそれに頷く。涼香は声を出して、オレは沈黙のまま。
「よろしい。さて、ここまでならおてんば娘のやんちゃな冒険で済む話で、実際それで済んでいた」
だが、子供にとって冒険は宝だ。危険であるという、それだけでただ闇雲に禁止するのはかえって教育に悪い。おそらくはそう判断したのだろう。
結果として少女は治安の悪い下層区を訪れた。安全を確保された未知なる冒険のために。
「しかし今から5分前、彼女は誘拐された。犯人は地元の新興ギャングの構成員だと発覚している」
なるほど。安全なはずの冒険で誘拐事件。なるほど。
「いやそれ警備部のミスでは?」
「いやそれ警備部のミスだろ」
ハモった。
オレと涼香の言葉がほぼすべて一致した。
どーみたって警備部の護衛がポカやった案件にしか見えない。
自業自得、身から出た錆、尻拭いくらい自分でやれという話だ。オレらの仕事じゃない。
「こんなんでオレらがしゃしゃり出たらまた揉めるじゃないですか。警備部に任せときましょうよ」
「そーですよ課長! 総防課にミトが撃たれた件、忘れたわけじゃないでしょ!」
「…………そうだな。ところでまだ話の途中なわけだが」
『アッハイすいません』
絶対零度の視線に二人して背筋を伸ばす。この課長さんはこういうところが怖い人なのだ。
「確かに今回の件は警備部の失態だ。故に人質奪還は全て警備部の手で行われる。システム部や医療部はもちろん、廃棄陵管理部や我々機密管理部も手出しはするなと取締役会から指示が出ている」
「なら私たちの出番ないんじゃ」
「そうだ、出番はない。『人質奪還』にはな」
はて? と、オレと涼香は二人して首をかしげる。
「…………実はその新興のギャングというのが少々問題でな。10年ほど前にレムリアから移住してきたやつらで名前は【スーサイド】。ここ最近他の地元ギャングとトラブルを起こしていて、特に
あぁ、と理解する。なぜオレたちが呼ばれたのか、その理由を。
「そこに今回の件だ。【アマテラス】は、【スーサイド】の早期駆除を決定した。だが元を正せば警備部の失態で、人質もまだ無事な現状で組織壊滅は過剰報復だ。他の巨大企業から幼稚な組織だと思われる事態は避けたい」
「そこでオレたち、ってコトっすね」
オレの言葉に、課長は頷く。
「そうだ。正体を秘匿し【スーサイド】の拠点を一掃しろ。手段は問わない。拠点及び周囲のマップ情報は今送った」
ピピッと、彼女の言葉と同時にVR上に着信メッセージ。
開けてみれば、下層区のとある区画と、その中のアジトらしき建物の見取り図が立体で表示される。
「なお、件の人質は現在車で当該物件に輸送中だ。警備部が遅延作戦を全力で実行中なので、到着は早くとも20分と推測される。それまでに片を付けてくれ」
「あくまで組織壊滅と娘さんの誘拐は無関係、そう装いたいってコトっすね?」
「そのとおりだ。ああそれと、警備部の人質奪還はマスコミや配信者が生放送する予定だ。映るなよ?」
「カメラに映るようなポカはしませんよ」
「ならいい。話は以上だ。質問はあるか?」
「オレからはなんも」
「…………では葛城。お前からは何かあるか?」
「いえありません。ミトが全部言っちゃいました」
「だろうな」
やれやれと課長がため息をつく。
「いつまでも
「はーい、気を付けます」
「…………では仕事にとりかかってくれ」
そう言った秦野課長の眼には、明らかに不安の色が見て取れた。
〈そーいえばさ〉
大型バイクで道をかっ飛ばす中、暇だからと涼香と通話していたとき、ふと彼女はそんなことを言った。
〈この作戦って大丈夫なのかな? いくら本社が無関係って言ってもさ、人質とった誘拐犯が拠点に逃げたら拠点が壊滅してましたってなったらさ、さすがに無理がない?〉
ちなみに、今のオレの格好は真っ黒なライダージャケットだ。ヘルメットも黒でシールドの代わりに装甲版が張り付けられていて、中央には赤いものカメラが取り付けられている。
腰にはアサルトライフル、背中には背丈の半分ほどのバッグを背負っているが、これらは熱光学迷彩で隠され外部からは見えない。
『無理っていうなら最初から無理があるな。振興のオラついたギャングどもが、巨大企業の身内に手を出したとたんに壊滅。関係性を疑うなってほうがどうかしてる』
〈なら意味なくない? この作戦って〉
『意味ならあるさ。建前上は無関係を装える。政治なんて建前が九割だから、そこさえとりつくろえれば真実はどうだっていい。「【スーサイド】を潰したのが本当は何者なのか」なんてのは、記者や考察付きの配信者たちの仕事だ』
〈そしてそういう人たちには【アマテラス】からの【お小遣い】が送られてる、と〉
『そーいうこと』
話はそこで途切れた。
しばらく、道交法違反の改造車両が出す騒音と、流れゆく小汚い景色が、オレの知覚を満たす。
〈それにしてもさ〉
再び、涼香の声が通話越しに聞こえる。
〈ミトってそういうのすごく詳しいよね。政治学とか精神工学とか。私そういうのからっきしでさー。うらやましいよ〉
『別に、大したことじゃない』
本当に大したことではない。いやマジで。
要するに視点と経験だ。巨大企業の上層部視点で思考し、蓄えた経験で補う。そうすれば、企業の思惑だとかそういうのは自ずと理解できる。
そしてそれらの視点と経験は
『ま、
〈むー。気楽に言ってくれちゃってさ。勉強の辛さってものを教えてやろうか?〉
『謹んでお断りします、だ。なんで好き好んで嫌なことなんか』
〈私はさせられてるんだけど?〉
『そっかー。オレは嫌だ』
〈この子は本ッ当にこう…………〉
目的地に到着しました |
|---|
「っと」
VRの隅に表示されるメッセージ。
見落としそうになるそれは本来マップアプリとしては不適切なのだが、さりとて運転中にデカデカと表示されるとそれはそれで面倒なもの。この辺の塩梅は個人差もあるので対応しきれるアプリも少なく、毎度毎度手動でいじる他ない。
今回は目立たなくしすぎたらしい。
バイクを止め、目的の建物を見やる。
そこは廃工場だった。
データによれば、以前は【アマテラス】系列の下請け企業の物で、主な生産物は銃火器のパーツ。それとは別にライセンス切れの型落ち銃を生産していて、安価で下層区にバラまいていたらしい。
要するにどこにでもいる中小企業。末路もありふれたもので、仕事欲しさにコストカットを重ね品質低下を招き、それが原因で銃の暴発事件が発生。リコール騒ぎに発展し元請け会社に尻尾切りされ、膨大な借金を抱えて破産。
社長以下重役とその親族は首を吊る前にギャングにつかまり、借金返済のため全身バラバラになって物理的に闇市に消えたという。
『んで、残された工場と設備は丸々【スーサイド】のものになって、今はそいつらのアジトにされてると』
〈連中も運がいいよねー〉
本当だ。
移民と麻薬と武器密輸で争いの絶えないレムリア大陸から日本に逃亡した彼らは、当時十数人規模の小さな暴力団体だった。
命辛々乗り込んだ密輸船の片隅で、彼らは持ち主不明のアタッシュケースを拾う。
そこに入っていたのは合計10キロの精製済み高級麻薬。グラムあたり400
売り上げは上々。地元ギャングと揉めつつも彼らは勢力を拡大し、数年前、ついにその縄張りをアーコロジー内部にまで進出させる。
ショバ代払ったギャングにすら見捨てられた経営破綻中の工場に金を貸し、借金返済の名目で社長とその親族を誘拐、彼らの持つすべての資産を奪い取り、残された身体まで換金すると、手に入れた工場をアジトにさらなる勢力拡大を図りだした。
今現在、下層区では最も危険かつ強大なギャングであると、SNSでは噂されている。
〈順調にいければ日本の麻薬王になるのも夢じゃないんじゃない?〉
『レムリアも近いし、不可能じゃなかったかもな』
まあ彼らに明日はないのだが。
〈警備部から報告、想定より抵抗強いってさ。到着時刻五分繰り上げね〉
『りょーかい』
| 10:00:00 ▼ 5:00:00:00 |
タイマーの時間が一気に減る。
残り五分。突入し、索敵しながら銃撃してまわる時間としては、まだ余裕だ。
『そんじゃいくぜ。用意はいいか?』
〈いつでもどうぞ〉
『────突入!』
バイクのアクセルを一気に吹かせる。
緊急アクセル用のロケットも起動し、100メートルの距離を1秒で突破、そのまま鈍足新幹線並みの速度で重い鉄扉を突き破る。
ドゴンッ!
派手な音とともに吹っ飛んでいく扉。扉枠と扉の間のスペースから、内部の人間の姿が見える。
| ◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢ 神経加速装置 起動 ◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢ |
義体に搭載された神経加速装置が起動し、オレの主観的時間速度を1000倍に加速させる。
鈍化した世界の中で、まずは索敵。
中は倉庫で、銃で武装し防弾チョッキを着用した男が30人。こちらに反応しているのは5人だけで、残りは視線が別の方向に向いている。
反応している5人も視線が向いているというだけで、銃口は下げられたまま。
5人はおそらくサイバー手術で神経を強化したサイボーグ。5人それぞれの体を画像検査したオレのサイバーアイが、彼らの皮膚に薄い手術根を発見。皮膚の下に装甲でも仕込んだか。
どこにでもいる一般的なサイボーグ傭兵だ。手持ちの火力で掃討可能。
オレは素早く銃を構える。ブルパップ式のアサルトライフルで射出方式はレールガンとプラズマの複合型。弾丸はタングステン合金の芯を鉛で覆った高速徹甲弾。
性能としては完全に対義体用の代物で、防弾チョッキを着ているとはいっても生身の人間に向けて使うものでは断じてない。
────その引き金を、オレは躊躇なく引いた。
最初の目標は反応速度の早い5人。その脳天と心臓部に2発づつ、合計20発。
20の弾丸はオレの
5人の頭部と胸部が
| 59:56:12 |
未だ眼球も満足に動かせない一般人の頭が消えたことを確認し、次の部屋へ。
次の部屋は武器庫だった。
センサーで人がいないことを確認し、念のため手榴弾をいくつか放り込んで次の部屋へ。
| 59:55:34 |
次の部屋は休憩室だった。
部屋にいるのは10人。うち二人は入室時にバイクで轢いていた。
肩を跳ね上げ驚いてる最中だった。全員の脳天にぶち込んで次の部屋へ。
| 59:54:26 |
次の部屋は訓練室だった。
武装を解きラフな格好で運動にいそしむ男どもが60人。
幾人かは運動をやめて周囲を窺っていた。全員の脳天にぶち込んで次の部屋へ。
| 59:52:96 |
次の部屋は事務室だった。
10人ほどの屈強な男どもが机にかじりつく姿は、なんだかほほえましかった。
入室の際に全員と視線が合った。体も義体化してたなら腰の拳銃は抜かれていただろう。
全員の脳天にぶち込んで次の部屋へ。
| 59:51:45 |
次の部屋は────ッ!
| ◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢ 警告 衝撃警報 ◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢ |
ドガンッ! と。
衝撃が来た。
バイクが壁をぶち抜いた直後、中の状況を確認しようとしたその瞬間、死角から重く巨大なものでぶん殴られた。
敵だ。オレはそう直感する。
おそらく体長2メートル以上の巨大な戦闘義体。衝撃と反動からおそらく体重は200キロ超えの重量型。
動きは遅いが、その代わり装甲をゴテゴテに張り付けたタイプだろう。護衛にはうってつけだ。
そんな思考をしつつ、オレとバイクはそのまま壁にたたきつけられる。
バイクは感性もあってそのまま壁を越え、視界の外へと消えていったが、オレは足で衝撃を殺してその場に着地する。
銃口を正面に、視線はそれ以外に向ける。突入から10秒足らずで待ち伏せしているような敵だ。いつまでも同じ場所に突っ立っているようなことはないだろう。
案の定、そいつはすでに移動していた。部屋の奥の豪華なテーブルの上、2m半の大男が、こちらに背中を向け立っていた。
即座にそちらに銃口を向け直し、引き金を引く。
結果は全弾命中。全弾効果なし。
予想通り、対徹甲弾用の分厚い装甲でおおわれているらしい。
と。大男の首が180度回転してこっちを見た。
| ■■■:サイボーグか |
大男の瞳が高速で点滅。加速状態でのサイボーグ同士の一般的な通信手段だ。
『……………』
答えるのが礼儀作法だが、今は暗殺任務中なので沈黙で返した。
あと弾丸。とりあえず弾倉の残りを撃ち尽くす。
17発の弾丸を撃ち尽くし、160発入り弾倉が空になった。
効果は当然なし。眼球を狙ったんが簡単に躱されてしまった。
リロードは隙になるだけだろう。オレはアサルトライフルを捨てた。
捨てながら手榴弾をばらまいた。
爆発と同時に周囲に小型の爆弾をまき散らすこいつは、対義体性能はほぼ皆無と言ってもいい。
だが、爆発の規模と燃焼の範囲から、酸素供給を断たれると弱いもの、例えば
「────ッ!」
大男の表情が変わった。
その巨体で隠している護衛対象(おそらくは【スーサイド】のボスだろう。成金趣味の靴が見える)を酸欠とオレ自身から守るため、建物の外へ跳ぼうとする。
だがそれは叶わなかった。
| 涼香:逃がさないよ! |
大男の足が地面を離れようとした瞬間、彼の体はその意思に反して体を丸め込んだ。
バキバキと骨が折れる音、ブチブチと肉の千切れる音、そしてごぱぁっという液体の吐き出される音。
対サイボーグ用徹甲弾すら耐える巨漢は、その力を存分に振るって護衛対象を抹殺していた。
| ■■■:~~~~~っ! クソッ、ハッキングか!? |
〈へへーん。どんなもんよ!〉
男が驚愕する。同時にオレに届けられる通話音声。
涼香だ。優秀なハッカーである彼女は、オレがこの拠点を物理的に破壊しているさなかに電子的に破壊していたのだ。
まだ覗いていないサーバールームは、おそらく地獄絵図だろう。身代わり防壁ごと脳を焼かれたハッカーと煙を上げるコンピュータルームは、二度と正常な機能を取り戻せまい。
『ありがとよ涼香』
〈えへへ、どういたしまして〉
『この工場の残り人数は?』
〈あとはそいつだけ!〉
ふむ、とうなずいて、背中に背負ったリュックを下す。
中から取り出すのは、腕部装着型の大型パイルバンカーが二機。
敵の装甲が硬いなら、それを上回る力で破壊すればいい。対戦車用の大型パイルバンカーの前では、義体用の装甲服など紙切れに等しい。残念ながらオレの義体は軽量型なので、パワーを出すためにはこういう武器に頼る必要がある。
それぞれがオレの腕一本分の長さを持ち、太さに至っては胴体に匹敵する。体の重心が、腕に集まるのを感じる。
| ■■■:くっ、こいっ! |
オレのそんな姿を見て、大男は覚悟を決めたらしい。
その巨体からは想像もつかない速度で、オレに突進してくる。
同時におれも駈け出す。
本来なら、義体による格闘戦は軽量型が有利だ。
義体による高速戦闘は質量が小さいほどその速度を活かしやすい。軽ければ慣性も少なく、より自由に動き回れるからだ。
その点において、今のオレと大男に差異はない。
ヤツは元々が重いが、今のオレは装備の関係で同じように重い。重心の位置関係や足の性能を考えると、あるいはオレの方が不利かもしれない。
だから、ここから先モノを言うのは義体の性能ではない。
雌雄を決するのは、培った経験の強さだ。
────オレに白兵戦闘の経験はない。
そんなものは必要なかった。銃弾を浴びて生き残った敵はいなかった。
40年、オレは銃撃戦の上手さだけで【フラッターズ】の暗殺者を勤め続けてきたんだ────ッ!
だから、オレは【経験】を
ガチリと。
まるでカギを回すように、自分の【経験】が切り替わる。
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現代の最先端アプリでも、【経験】を教導することはできない。
なぜなら【経験】は人の過去、記憶そのものだからだ。
アプリで教え込めるのは【知識】だけ。
長い年月をかけた試行錯誤の積み重ねや、それによって培われる最適化された思考回路は、人間の人格そのものに大きく食い込んでいて、その分野にアプリで手を加えるのは非効率的だ。
もっと効率のいい手段が、現代には存在する。
────【経験】がないのなら、【経験】を持つ人格に乗り換えればいい。
自我でさえ数値化された現代においては
平凡な高校生が、有数の詐欺師になることも、スラムのガキが、銃器のエキスパートになることも。
簡単にできる。
高い資金と、変化することへの勇気。
その二つがあれば、人はいつでも他人になれる。
| ■■■:ウオオオオオッ! |
大男が、拳を振るう。
力強く、真っ直ぐかつ、大雑把。
つまり
姿勢を低くし、拳の下をすり抜ける。
ヤツは腕も拳もデカく太い。両腕の武器にさえ気を付ければオレの華奢な体を隠すのは簡単だ。
そのままヤツのわきの下に。ここからでは表情が見えないが、おそらくオレの姿を探しているのだろう。
狙いは電脳から腰部まで続く【神経束】。光ファイバがぎっしり詰まったそいつは高速戦闘の要だ。破壊されれば肉体の情報伝達速度は著しく低下し、高速思考下での戦闘は不可能となる。
要であるからこそ、その場所は基本的に秘匿されている。だが高度情報化社会で、型落ち義体に秘匿も何もありはしない。
オレの検索アプリはすでに【神経束】の位置を割り出しVR上に表示していた。
狙いは右肩甲骨の裏から右横腹にかけてのライン。今オレが正面に捉えている場所だ。
「────ッ!」
そのまま、穿つ。
パイルバンカーが長さ40センチ超の杭を射出、同時に後部から衝撃波を放つことで、その反動を相殺。
秒速1700キロで放たれたタングステン合金の杭が生み出す、その規格外の圧力は、ユゴリオ弾性限界を突破し、あらゆる個体金属を液体状に強制変化させる。
大男が身に着けた装甲もこの力の前では無力だ。
5センチに及ぶ鋼の板も、分厚く盛り上がった人工筋肉も、そしてその内側に隠された、太さ5センチの【神経束】も。
すべては水のように弾け、砕け散った。
「ぐ、ぐがあああああああ!」
まき散らされる破片のシャワーの中で、大男の悲鳴がゆっくりと聞こえた。
喉を裂く絶叫が、怠け者のあくびのようにゆっくりと。
叫び、鈍化する男に、オレは配慮しなかった。
そのまま跳び上がる。
もはや高速戦闘から離脱した男の頭蓋に向けて。
こちらに目を向け、何事かを訴えようとする顔面に向けて。
もう一つのパイルバンカーを、振りかぶった。
「ただいまー」
「ただいま」
夕方。
仕事を終えたオレたちは、涼香の自宅に帰っていた。
鼻歌を歌いながら洗面台に向かう涼香。オレはというと、全自動調理器を動かしてリビングに腰を下ろしていた。
落とすメイクがないってのは最高だ。
しかもあの仕事の後、シャワー室で汚れを落としたからもうお風呂も入らなくていいと来た。
今日は人生最高の一日かもしれないな。
そんなバカみたいなことを考えながら、SNSを眺める。
『アマテラス』『お嬢様』『無事救出』がトレンドワードに上がっていた。
【スーサイド】の話題はなかった。下層区のフォロワーも話題にしていない当たり、情報操作以前に誰も気にも留めていないのだろう。
嫌われモノが消えるときはいつだってそうだ。
涙ながらに語られることも、厭味ったらしく罵られることも。
どちらもない。
────そうだ。
オレが死んだときだって、誰一人気にも留めなかった────
「……ト、ミト?」
ハッとする。
気が付いたら、頬を涙が伝っていた。
「だ、大丈夫ミト? どっか悪い?」
「あーいや、気にすんな」
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換装し忘れた自我を取り替える。
状況に合わせて自分を変えられるのは便利だが、知らない思い出までぶり返すのが玉に瑕だ。
「今日の夕食はカレーだ。ちょっと時間かかるし、先に風呂でも入ったら?」
帰り途中に給湯システムに指示を出しておいたので、湯舟にはすでに適温のお湯が張られている。
オレはここでゆっくり休んでるから、そう言おうとするとして、ふと気づく。
「…………どうかしたか、涼香」
彼女がじっと、オレのことを見つめていた。
「…………あの、さ。ミトは今の生活、どう思ってるのかな、って」
「どうって、まあまあ楽しくやってるよ。それがどうかしたか?」
「ううん。ただちょっと、気になって」
お風呂行ってくるねと、彼女はそう言ってリビングを出た。
「…………」
今の答えに、嘘はない。
オレは今の生活が楽しいものだと思っている。心の底から確信している。
涼香が後ろめたく思うことなど何もない。むしろ彼女は胸を張るべきなのだ。
自分はいいことをしたと。
「…………っし。行くか」
理由は分からんが、気落ちしてるやつをほっておけない。
「涼香。今日はオレも入るよ。洗ってくれ」
涼香はオレに化粧したり、髪を洗ったりするのが楽しいらしい。化粧されるのも現れるのも嫌だがここは我慢するとしよう。
「えぇ!? ミトが自分からお風呂に!? どうしたの、ほんと大丈夫? コフィンで検査する? 電脳チェックはもうした? ちょっと遅いけど病院行く?」
「…………いや別にどこもわるかねーよ」
…………ちょっとだけ。
今の生活に不満はないが、ほんのちょっとだけ、生活を改めるべきかと心配になった。