義体少女はかく語りき   作:鈴ノ風

6 / 7
記録NO.0006  汚染性情報自殺因子 (2123.01.22)

 超高度情報化社会(げんだい)において、超常現象は絶滅種である。

 それが現代における、『常識』である。

 24時間365日、あらゆる場所をライブカメラが監視し、あらゆる情報をネットが網羅する時代。もはや不可思議も未知も現存せず、すべての現象は数式と記号に分解された。

 人の心さえも0と1の集合体に過ぎないと【証明】された時代、まして【奇跡】や【超常現象】などという言葉は、自我(ゴースト)を焼かれた狂人が垣間見る錯覚と妄想に過ぎない。

 それが、2123年の『常識』である。

 

 

 ────ところで、『常識』と『現実』とが、必ずしも同一のものではない。

『怪奇現象の絶滅』も例外ではなく、そもそも有史以来、『超常現象』なるものの存在は、その時代の科学技術の発達如何にかかわらず、常に否定と肯定を浴び続けてきた。

 

 

 

 富貴福沢、不老長寿を説いた『常世神』の信仰が、詐欺師の迷信として駆除されたように。

 江戸の乱暴者が怪談話を一笑して、「俺が確かめてやる!」と息巻いたように。

 インターネット発展期、未検証なはずの怪談、噂たちが嘲笑の対象となったように。

 

 存在の真偽に対する判断は、文明の成熟性にかかわらず、常に行われてきた。

 学者ではない人間のする『実在性の否定』という行為は、その多くが学術的思考に基づいたものではないからだ。

 科学的に正しい、学術的に正しいという言葉を用いることはあっても、必ずしも科学的あるいは学術的に物事を判断するわけではない。

 彼らが参照しているのは『常識』だ。それまでの人生で培った、『常識』という思考回路によって、人々は物事の真偽を判断する。

 常識的であれば、いかに非科学的であっても肯定され、逆にどれほど科学的であっても、常識的でなければ否定される。

 社会の情報化はこの思考回路の欠陥を浮き彫りにしたが、それでもなお、多くの人間がこの旧式の思考回路に依存している。

 

 つまるところ。

 『超常現象は絶滅した』という現代人の考えは、『常識的』で『非科学的』な認識に基づいた『誤解』である。

 

 

 

 

 現代には、『超常現象』が実在する。

 ネットとライブカメラによる24時間の世界的情報収集、【換装】とアプリによる分析能力の向上、それらをもってしてもなお、『でまかせだ』と否定しきることのできない、そういう不可思議な現象が実在する。

 張り巡らされた広大なネットと、複雑多様化し蓄積したプログラムの海の、暗く深い底の中を蠢く、正体不明の『怪異』。

 ソレは防壁を透過し、プログラムを改竄し、抗体を猛毒に変質させ、電脳を機能不全に追い込む不可視の災害。

 【変異性感染情報体】────またの名を、【電脳怪異】という。

 

 

 

 


 

 

 

 【()()】は、黒い結晶体の構造体のように見えた。

 鋭く尖った、三角形の組み合わさった多面体で構成されていた。

 鋭角で直線的なそれらは、組み合わさることで曲面のようなシルエットを生み出していた。

 【()()】を一言で表現するなら、黒い結晶でできた蛇だった。

 闇のように黒く、ダイヤのように複雑に煌めく結晶の蛇は、唯一赤く光る、瞳のような結晶をこちらに向けていた。

 赤い輝きが、視線のように、オレを突き刺す。

「…………ッ!」

 ただそれだけで、失禁しそうなほどの恐怖が沸き上がった。

 当然だ。腹をすかせた猛獣を前にして、恐れを抱かない人間はいない。

 【()()】は、オレを殺せる。

 ゴーストハックで無防備になった、今のオレだけじゃない。

 【換装】しネットと接続し防壁で武装した、電脳戦特化の状態のオレであっても、ぼろ布のようにぐちゃぐちゃに殺し尽くせる。【()()】は、そういう存在だった。

 【()()】の前には、あらゆる防壁は意味をなさない。

 防壁が、【()()】の有害性を確認しようと分析した瞬間、防壁そのものが【()()】の端末になり果てる。

 接触したプログラムを、解析しようとしたプログラムを、【電脳怪異(みずから)】を移動させる通路に変質させる、感染性の情報汚染。

 【()()】の前では、ハッキングの実力など何の意味もない。

 ハッカーも非ハッカーも、等しく哀れな犠牲者と化す。

 【()()】は、死をまき散らす恐るべき怪物だ。

 だが、だからこそ。

「…………だから、こそ、お前には、効くよなぁ? 優秀な、ハッカー、な()()の、お前、には」

「なに、が」

 声が、上手く出力できない。

 視線という『汚染』を受けて、オレのゴーストに異常な負荷がかけられている。

 

 これでもマシ、という事実が、何よりも恐ろしい。

 

 オレの電脳には涼香特性の対電脳怪異防壁が組み込まれている。これが無ければ、ただ視線を交わしただけで、ゴーストを脅かされ破壊されていく。

 そう、

「ぎ、が、ぁぁあっ!」

 今の蘇我正之(コイツ)のように。

 オレの視線を追い、背後にたたずむ【()()】を直視してしまった蘇我は、絶叫を上げて自分の頭を抱えた。

 オレの頭から手が離れる。それは接触という形に翻訳されたゴーストハックが切断された証拠だ。

 体の自由が戻る。

 身体が動き、電脳が目覚め、アプリが起動する。

 それだけではない。

 視線を周りに向ければ、深海の防壁迷路が、泥のように溶け落ちていた。

 影たちは変色することなく腐敗し、いつの間にやら黒い骨と液化した肉となって地面に転がっていた。

 そして、溶けた深海(せかい)のむこうから、広大なネットが覗き込む。

「【()()】が、オレたちの【守護天使】だ」

 黒い結晶の蛇から、視線を逸らす。

 『汚染』の影響下から脱したオレの自我が、ようやく正常に回り始める。

「ちょうど十年前、涼香にとり憑きその人生を狂わせた【電脳怪異】。未知の原理によってプログラムそのものを変質させる現代の怪奇現象。オレのご主人サマが、『葛城涼香』が持つ、最強のカードさ」

 

涼香:ミト! 無事!?

 

 と、オレの電脳に涼香からの通話が入る。

 思考加速の行えない涼香に、加速中のオレたちとリアルタイム通信をするは不可能だ。

 おそらくは、防壁迷路の加速機能が停止したのだろう。

 

ミト:おう、無事だ

 

涼香:よかったぁ! オペレーターから防壁迷路に隔離されたって聞いて、もうダメかと

 

ミト:だからって【()()()】はやりすぎだろ。オペレーターの撤退は間に合ったんだろうな?

 

涼香:え!?

 

ミト:…………おい

 

涼香:だ、大丈夫! 間に合ったって課長も言ってるから!

 

ミト:危うく身内の脳を焼くとこだったんだぞ…………

 

 【電脳怪異】は強力だが、その分デメリットがある。

 そもそも、こいつらはその詳細がなに一つ分かってない化け物なのだ。繊細なコントロールは不可能。

 敵も味方もない。ただ感染して汚染して崩壊させるだけの現象、移動する情報災害だ。敵味方入り乱れる場所に送り込めば、敵味方の区別なく電脳死させる。

 だから、【電脳怪異】の扱いには、慎重さを要求される。

 その場に敵だけしかいない場所だったり、味方がいても全員に専用の防壁が配布されていたり、そういう、【怪異】が味方に危害を加えられない状況を見極める慎重さが。

 同僚のハッカーやオペレーターが、外部から状況分析を行ってる真っ最中に【怪異】を送り込むなんてことは、間違ってもしてはならない。

 

ミト:これが終わったら減給だろうな

 

涼香:そんなぁ!

 

ミト:ハッハッハ…………とりあえず、【()()()】を下がらせてくれ。あとはオレが何とかする

 

涼香:…………大丈夫なの?

 

ミト:ネットも防壁迷路も崩壊、ヤツの自我も重傷だ。今の状態じゃ予備のネットがあっても、オレを掌握するのは難しい

 

涼香:でも、万が一ってコトも

 

ミト:ない、とはそりゃ言えねえがな。オレの方もネットに接続すりゃ対策としちゃ十分だし、第一このまま【()()()】がいたんじゃ、ロクに拘束もできねえよ

 

 【電脳怪異】の目の前で下手にゴーストハックなんてすれば、専用障壁のない蘇我の自我はあっさりと焼き切られてしまう。

 

涼香:うー。分かった。気を付けてね

 

 涼香のメッセージと共に、背後から【電脳怪異(アレ)】の気配が消える。

「ふぅ…………さてと」

 肩の力が抜けるのを感じつつ、蘇我の頭に触れる。

「チェックだ。公共サービス部【福祉事業課】課長、蘇我正之。お前を【アマテラス】に対する業務妨害の嫌疑で拘束する。なんか言い分はあるか?」

「…………完敗だ。【電脳怪異】、まさか、実在するなんてね」

「まあ、知らなくても無理はねえよな」

 【電脳怪異】は実在する。

 だがその知名度はほとんどないに等しい。

 【怪異】はまず痕跡を残さない。崩壊したプログラムと、ほんのわずかな、残滓のような変異情報だけを残して、跡形もなく消え去っていく。

 おそらく【怪異】は広大なネットの中を動き回っているのだろう。そう予想はされていても、実際のところネット中の移動が観測された事例はない。

 そもそも【怪異】との遭遇例も極めてまれであり、年間で一件二件あるかどうか。

 【電脳怪異】という分類自体、元々は時折見つかる無秩序に崩壊したプログラムの残骸から、仮想的に生み出されたものだった。

 データが蓄積し、ようやくその実在が証明され始め、研究部門が立ち上がり、【電脳怪異】などという通称ではなく【変異性感染情報体】という正式名称を与えられ、それでもなお、多くの人間がその実在性を否定している。

 それほどまでに、【()()()】は『常識』から乖離した存在だった。

「その存在も原理も習性も未知の有害情報体。最新最悪の『超常現象』。どんな困難もひっくり返す、現代の【奇跡】。オマエは確かに有能だったが、全能ではなかったってことた」

「…………【奇跡】、か」

 蘇我は小さくつぶやくと、それ以上何も言わなかった。

 オレはそのまま、ヤツのゴーストをハッキングする。

 ネットが崩壊し、防壁も意味消失した今の蘇我に、ハッキングを防ぐ手立てはなく。

 ヤツの自我はあっさりと、オレの手中に収まった。

「さて、後はコイツの肉体を拘束して…………あ?」

 掌握したゴーストから、蘇我の物理座標を抽出しようとしていたオレは、一つの事実に気が付く。

 

「テメェ、まさか────!」

「…………」

 自我をロックされた蘇我は、何も答えない。

 だが、動かないはずの口元が、わずかに歪んだ気がした。

 

 

 


 

 

 

 自我が浮上する。

 情報で構築された電脳世界から、物質で構築された基底世界へと帰還する。

 物理の眼を開く。

 自動調節されたピントが、薄灰色の天井を映す。

「…………あー」

 どうやら、不意のハッキングで倒れたらしい。

 起き上がり、体をひねる。同時に検査アプリで義体の状態を分析。

 

 

┌────────┐

分析完了

結果:異常なし

└────────┘

 

 

 表示された緑表示にほっと一息。

「んで…………オマエ、何してんの?」

「…………」

 視線を横に動かせば、屈みこんでこちらを覗き込む、幼児デザインの義体がいた。

「確か『シャウラ』っつったか。防壁迷路で手助けしてくれたのは、あんたってコトでいいんだよな?」

肯定(ポジティブ)。あなたの敗北は私の敗北を意味すると判断し、助力しました。迷惑でしたか?」

「いいや。正直助かった」

 防壁迷路で何度も見た、紫のノイズを思い浮かべる。

 アレが無ければ、涼香の助けが間に合うことはなかっただろう。命の恩人、と言ってもいいのかもしれない。

「ありがとう…………んでもって悪いが、あんたを拘束する」

 しかし恩人だろうが怨敵だろうが、重要参考人は重要参考人だ。

 何が目的でここにいて、何がしたくてオレを助けたのか。こいつには洗いざらい吐いてもらう必要がある。

 とても心苦しい話だが、これも仕事なのだ。

否定(ネガティブ)。私にはまだするべきことが残っています。戦闘離脱はできません」

「なんで?」

「無意味な質問と判断します。あなたにはまだ私の協力が必要なはずです」

「…………」

「…………」

「…………はぁ」

 

ミト:涼香、課長につないでくれ

 

涼香:あ、はーい

 

 

 

 

 秦野和代@課長 が参加しました

ダンスで出迎えましょう!

 

 

 

 

秦野和代@課長:なんだ?

 

ミト:【福祉事業課】の現場で不審な人物と接触しました。今回の件に自主的に協力したいと申し出ています。【ヤタガラス】に連行してもかまいませんか?

 

秦野和代@課長:お前はどう思う?

 

ミト:怪しくはありますけど…………まあ助けられたのは事実です。どうも蘇我自身こいつのことを知ってたっぽいですし、協力が得られれば()()()()()()()()()()()()()()()()

 

秦野和代@課長:まて、蘇我はすでに拘束したのではなかったのか? 涼香からの報告では拘束は簡単そうだと…………まさか取り逃がしたか?

 

ミト:いいえ。蘇我のゴーストは拘束しました。()()()()()()()()()()()()()()()()()ですが

 

秦野和代@課長:迂遠な言い方をするな。つまりどういうことだ?

 

ミト:自我複製ゴーストダビングです

 

 

 

ミト:拘束したのはコピーの方でした。オリジナルは未だ消息不明です

 

 

 

 


 

 

 

 

 ゴーストロック状態での連行、そして到着次第【ヤタガラス】の分析班によるゴースト検査。

 それが、秦野課長が『シャウラ』に出した条件だった。

 『シャウラ』はこれを承諾。

 事務所まで自閉状態で連行された後、今は別室で検査を受けている。

「しかし、まさか自我複製とはな…………」

 オレは秦野課長と涼香と一緒に、【ヤタガラス】の課長室にいた。

「そう不思議なことっすか? オレが複製されてた時代と比べりゃ、安全性は向上したって聞いてますけど?」

「安全性はな。しかしその分難易度が上がっている。自我複製を安全に行うためには専用の設備と施設が必要だ。蘇我正之課長がそのような施設を利用したという記録はない」

「【福祉事業課】が全員軍用義体化してたって話といい、なんだか変ですね」

「【監査部】は何をしてるんだ全く…………」

「そういや、オリジナルの追跡はどうなんですか?」

「【ヤタガラス】のハッカーを総動員して捜索中だが、未だ痕跡は見つかっていない。非番だった連中からの苦情がうるさいんで、早いとこ見つけたいんだがな」

「オレをハックしたネットから追跡は? いくら何でも全部が全部複製任せってことはないでしょ?」

「そっちもやっているが成果無しだ。どっかのバカが【変異性感染情報体(あんなもの)】暴れさせたから、ネットもログもバラバラだ」

「えっと…………そのぉ」

 涼香がもじもじとこちらを見つめる。

「はぁ…………その辺でいいでしょ課長。涼香はあの場でできることをしただけ。実際、()()が来なけりゃオレは帰ってこれなかったし、そしたらネットの追跡どころかヤツが複製を用意してたってコトも分からなかったわけですから」

 まあそれはそれとして、多数のオペレーターを危険にさらしたので減給一か月の処分が下ったわけだが。

 逆に言えば処罰はもう下っている。これ以上は過剰だろう。

「あぁ、分かってる。分かっているさ。分かってはいるんだよ…………」

 中間管理職も大変らしい。

「コピーの方からは?」

 蘇我の複製は肉体を持たないネット依存型の自我だったので、ロックをかけてそのまま分析班に回収させた。

「そっちも成果無しだ。自分が複製という自覚はあったがな、それ以上の情報はなかった。自分がいつどこで複製されたのかも謎だ」

「そりゃまた徹底的で…………」

「一応分析は継続させているが…………まあ、おそらくなにも出ないだろうな」

「えー、じゃああの子はどうですか? ミトを助けてくれた、『シャウラ』ちゃん、でしたよね?」

「正確には派遣用アンドロイド『シャウラ』の電脳にインストールされている正体不明の自我(ゴースト)だな。こちらは実入りがあった。分析班から面白い報告が上がっている」

 見てみろ、と送られてきたデータをVR表示する。

「これは…………」

「【複雑性情報構造知性体】…………いわゆる電子生命体ってやつだが、しかしこの自我構造は…………」

 

 

肯定(ポジティブ)。私は蘇我正之のネットから発生した生命体です」

 

 

 キイッと、背後で扉が開く。

 入ってきたのは検査を終えたらしい『シャウラ』だった。

「…………入る時には声くらいかけろ」

 課長の言葉に、『シャウラ』は眉一つ動かさない。

否定(ネガティブ)。私は秦野和代課長に対し入室許可の申請を行いました」

「許可はむろん大事だが、それだけでなく実際に入る時も一声かけろと言っているんだ」

肯定(ポジティブ)。次回以降反映させます」

「…………期待している」

 課長が椅子にもたれかかる。疲れの色こそ見えるが、同時にどこか満足げだ。

「どう思う? ミト」

「こりゃ、とんだ棚ぼたですね」

「どういうこと?」

「こいつの自我は元々蘇我のネットそのものだった。つまりこいつの自我を解析すれば、蘇我のネット構造を復元できる。それどころか、残留するログと合わせればオリジナルのアクセスログも復元できるかもしれない」

「それ、すごいじゃん! ありがとうシャウラちゃん!」

 涼香は無邪気に、『シャウラ』の手を握って上下に振る。

 『シャウラ』は首をかしげている。少々過剰な感情表現が理解できなかったのか。

 だが、オレは涼香ほど素直に喜べなかった。

 課長も同じ思いなのだろう。なされるがままの『シャウラ』を見つめる視線が、少し鋭い。

「…………ほんと、すげーよ。こいつがいれば蘇我の持つ他のネットワークも発見できるかもしれないし、ヤツが所有してる戦力も把握できるかもしれない。得られるデータは山のようにある」

「すごいすごい! 本当にすごいんだねシャウラちゃん!」

肯定(ポジティブ)。私は優秀です。追加賞賛を要求します」

「オー凄いぜ凄いぜ…………で? そんなすげーデータの塊が、なんで蘇我正之(あいつ)の手を離れてこんなところに転がり込んでんだ?」

「…………」

 『シャウラ』は沈黙する。

「お前は蘇我と敵対してたな? 今どき、ネットが自我を持った程度で攻撃するハッカーはいない。そのネットが高性能なほど、必要な労力も跳ね上がるからだ」

 オレの頭の中に、【福祉事業課】を訪れた時の事務所の様子が思い浮かぶ。

 あの時、サーバーはダウンし職員たちも機能停止していた。

 施設そのものが完全に無防備な状態。もしオレが悪意ある侵入者だったなら、今頃事務所は燦々たるありさまだっただろう。

 金になるものすべて、備品も職員も含めて全部盗み出されたとしても、おかしくない状況。

「思うに、あの時事務所があんなことになっていたのは、お前を攻撃していたからだ。お前をネットから駆逐し、初期化させるために、事務所のサーバーと職員の電脳を並列化させてフル稼働させていた。違うか?」

「…………肯定(ポジティブ)

「ちょ、ちょっとまってよミト!」

 『シャウラ』の前に、かばうように涼香が身を乗り出す。

「それおかしいよ! だってミトが到着したとき、シャウラちゃんが応対して門を開けてくれた。でも、サーバーダウンはその後も続いてた。時系列が合わないよ」

「んなもん簡単な話だ。ここにいる『シャウラ』が複製だってだけの話。そうだろ?」

「…………肯定(ポジティブ)

「…………それ、つまり」

「こいつのオリジナルは、とっくに死んでる」

 涼香は、絶句していた。

 涼香は、優しい。その優しさは、俺には理解できなかった。

 『シャウラ』のオリジナルが死んだ。だから何だというのだ。

 そんなもの、俺の知ったこっちゃない。

 

「…………それ、でも、そんな」

 

「?」

 涼香が何か小さくつぶやいていたが、小さすぎてよく聞こえなかった。

 まあ、いい。とりあえず話を続けよう。

「お前のオリジナルは、自分を複製し事務所内のアンドロイドに密かに潜伏させた。そんなことやれば隙を晒して消えるリスクを上げるってのは、分かってたはずだ。そうまでして『自分』の存続を図った理由は? お前一体、何を企んでる?」

「…………すでに私のゴーストは解析済みです。動機を調べるのは容易と推測できますが?」

「いいや? こと【情報構造知性体(おまえたち)】相手となるとそれは容易じゃない」

 情報構造知性体は、文字通り情報の構造物から生じた知性だ。

 当然、人間の知性とはその性質を異にしてる。

 そもそもの話、彼らには『動機』なる概念があるかどうかも怪しい。

「それでもオレたちの間で会話が成立しているのは、お前の思考回路が対人用のインターフェイスで、オレたち向けに自我を翻訳しているからだ。つまり、【情報構造知性体(おまえ)】の考えがわかるのは、対人思考回路(おまえ)だけってコトだ」

「だから私を尋問し、情報を翻訳させようとしている。そういうことでしょうか?」

「そーなるな」

「…………これはあなたの意思でもあると、そのように判断してもかまいませんか? 秦野和代課長」

「そうだ。そして更に言えば、私はミトほどやさしくないと言っておこう。ミトは『容易ではない』と言ったが、それはお前の権利を尊重した場合だ。すべての尊厳を無視し思考回路を翻訳装置として改造した場合、情報の抽出は『容易』になる」

 課長の眼に冗談の色はない。

 彼女は本気だ。ここにオレたちがいなかったら、課長は『シャウラ』を、蘇我の情報を蓄えた記録媒体としてのみ扱っていただろう。

「『尋問』は、この場においてお前の権利を最大限尊重した行為だ。それを踏まえて回答してもらいたい」

 要するにこれは飴と鞭、良い警官と悪い警官だ。

「その野蛮な態度も含めて、誠実な対応であると、そう言いたいわけですか」

「…………」

「『良い警官』としては態度が攻撃的です。対象の共感を得るためには相手の感情を慮る対応が必要とされます。アナタにはそれが欠けている。自覚はありますか?」

「…………まあ」

「あなたは情報を引き出すことを優先するあまり、私への共感性付与がおろそかになっています。尋問官としては失格です。まさかとは思いますが、あなた自身には『尋問』の経験がおありではない?」

「ぅぐ」

 言い訳をするなら。

 オレの言動が『共感』を得るという目的から考えて極めて不合理的なものになっているのは、【換装】抜きの素で話しているからだ。

 『ミト』という人間の生涯に尋問の経験など一度もない。そういう対人経験が必要な時は大抵【換装】に頼ってきた。

 【換装】は様々な【経験】を瞬時に取得できるが、【換装】中の経験が換装者自身にフィードバックされることはない。

 代わりに【換装】中の経験は【パッケージ】側に蓄積される。一々植え付けた【経験】とその後に取得した【経験】を識別していては、処理に時間がかかる。

 だからオレに『尋問』の【経験】はない。

 それでもあえて【換装】をしないのは、対情報構造知性体用の尋問【パッケージ】が存在しないのと、この場合【換装】それ自体が不誠実になる可能性があるからだ。

「誠実足ろうとして逆に不誠実な態度を取る。矛盾した行為です。そんなものを即実行に移すことそのものが恥ずべき行為と言えますが、もしや恥じらいを抱いていらっしゃらない?」

「うるせえちょっと悪いことしたなって思ってるよ!」

「そうですか。なるほどそうですか」

「…………んだよ。含みのある言い方をしやがって」

「社長室機密管理部【特殊社外交渉課】所属職員葛城涼香管理備品、個体名『ミト』。あなたは一見野蛮だがその実…………不器用で、しかし優しい人間なのですね」

 それは。

 それは慈しむような視線であった。

 幼い顔つきに似合わない、母のような表情であった。

 『母親』なる概念を知らぬオレでさえも、これが『母親』なのだと直感させる、そういう優しさに満ちた微笑であった。

「…………」

 完敗であった。

 オレという人間は、人間ですらない知性体に、優しさという人間性で完敗していた。

「くそぅ…………くそぅ…………」

 悔しさに膝をつく。

 人間性で人外に負けたという敗北感は、オレの心に予想外のダメージを与えていた。

「ミト…………」

 涼香の同情的な視線が、なお一層痛ましい。

「くそぅ…………け、結局なんなんだよ! お前の目的はさぁ!」

 負け惜しみのオレの言葉に、ヤツは微笑を返す。

「私の目的は簡単です」

 

 

 

 

「蘇我正之課長の陰謀を阻止し、派遣用アンドロイドを用いて行った、下層区スラムの住人10人、および巡回警備員5名殺害の罪を清算することが、私の目的です」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。