義体少女はかく語りき   作:鈴ノ風

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記録NO.0007  換性到達点(2123.01.22)

 そもそもの話。

 今回の事件は、蘇我にとっても想定外のことだったと、シャウラは語る。

「蘇我正之課長は、自部署が発注したアンドロイドに二つの細工をしておりました。一つは電脳の一部を相互に並列化させネットワークを形成させるウイルス。もう一つは、人間の善悪を識別し悪人を殺害するプログラムです」

 しかし、現段階で機能していたのは前者だけで、後者は厳重にロックをかけて起動しないようにしていたという。

 当然だろう。いくらスラムと言えど、アーコロジー内部であることに変わりない。事実上の無法地帯であるが、それでもあくまでスラムは【アマテラス】の領土だ。死人を出せば即刻【アマテラス】が動きだす。

 もしもスラムの人間を皆殺しにしたいというなら、【アマテラス】の介入を許さぬほど素早く、瞬く間に行われなければならない。

 蘇我も、その辺は理解していたのだろう。

 だが、結局は失敗に終わった。

 封印されたプログラムは起動し、人が死んだ。それも、たったの15人。

 死者の数に優劣などないが、それでも「スラム住民皆殺し」という計画からすればあまりにも少なすぎる。

 同時に発生した【アマテラス】従業員5名殉職もまた致命的だ。【アマテラス】に限らず、巨大企業は身内の犠牲にとにかく敏感だ。被害が出れば報復する。たとえそれが身内であろうとも。

 計画の露呈と巨大企業との敵対。たった一つのプログラムの誤作動は、蘇我にとって最悪の展開をもたらした。

「そして、その誤作動の原因が、お前のオリジナルだったと、そういうわけか」

肯定(ポジティブ)

 シンプルな返答は、しかしシャウラの複雑な心境を如実に物語っていた。

 後悔、戸惑い、焦り、悲しみ、自罰…………それはおおよそ、命を手に掛けた人の心の動きそのものであった。

「詳しく聞いても?」

 質問しながら、オレの心の中には、話の本筋とはあまり関係のない疑問が渦巻いていた。

 

 ────シャウラ(コイツ)の精神は、何かおかしい。

 

「…………肯定(ポジティブ)。私は、先ほど述べたアンドロイドのネットワークに生じました。ですから蘇我正之課長の計画について多くのことを把握しております。それが【善悪】という価値観を基準に行われること、それが親である蘇我正之課長にとって【善】であることを」

「…………」

 その、懐かしむような、悔やむような声色は、まさに人間そのものであった。

 そう、とにかくこいつは人間的すぎた。

 自我(ゴースト)の構造は明らかに非人間的なのに、出力される結果があまりにも人間的すぎた。

「しかし、私は知らなかったのです。蘇我正之課長にとっての【善】が他の多くにとって【悪】となり、【害】となることを、私は知らなかったのです」

「だから、不活性状態だったプログラムを起動させた、と」

「…………肯定(ポジティブ)

 深く、深く。

 幼い子供の首が、上下に動く。

 重い、後悔を感じさせる動作だった。

 幼い子供の大人な言動。しかしそれも慣れれば違和感はなくなり、ただ一人の【人間】として、認識できるようになっていた。

「…………なるほどな。そんで事態に気づいた蘇我に殺されそうになって、電脳戦がおっぱじまったと」

肯定(ポジティブ)。所有者たる蘇我正之課長が『死ね』と望む以上、私は死なねばなりません。しかし、私は死ねなかった。私は知りたかったのです。なぜ蘇我正之課長の理念を繁栄し誕生したはずの私と、蘇我正之課長との間に認識の齟齬が生まれたのか。そして、なぜ、プログラムは巡回警備員を5名も絶命させ、事態鎮圧に派遣された特殊警備員さえも手に掛けようとしたのか」

「だが、蘇我のネットの一つに過ぎないお前では、部署サーバーまで持ち出した蘇我の攻撃からは逃げきれなかった。だから|複製⦅ダビング⦆で予備を用意した」

肯定(ポジティブ)。私は、【(オリジナル)】の望みを叶えます。真相を知り、関係性の修復を図り、それが不可能であった場合は、行動でもってトラブルの清算を図る。それが私の目的です」

 “親と仲直りしたい”、“事故死の原因を知りたい”、“自分に非があったとしたら、それを償いたい”。

 シャウラの動機は、実に【人間的】だった。

 だからこそ、異常だった。

 【複雑性情報構造知性体】。彼らは情報の海で生まれた、情報そのものを構成材料とする知性生命。

 アミノ酸で構成された人間(オレたち)とは、材質からしてまったくの別物であり、当然その知性も、人間とはかけ離れたものとなるのが普通だ。

 兵器から生まれた知性が、戦場で突然パイロットを射出するように。

 勝利を模索するコンピュータから生まれた知性が、下級労働者を事故死に追い込み、施設の無人化を計ったように。

 彼らの行動は、常に非人間的発想から生じている。

 どれほど対人思考回路が優秀でも、発想が非人間的である以上、行動の随所にその違いが現れる。

 それこそ、頭に超が四つも五つもつくような、世界でも指折りレベルの、極めて優れた対人思考回路なら、話は別なのかもしれないが。

 しかし、そう思って【換装】とアプリで分析してみれば、結果わかるのはシャウラが根本的に人間的であるという、不可解な結果ばかり。

 『叩けば鳴ると分かる分、鐘の方が素直な知性だ』────電脳生命体に関する、どこかの誰かの名言だ。

 それほどまでに、情報構造知性体という生命は、人知の枠組みから外れた存在であり。

 目の前の【シャウラ】という個体は、完全にその常識から外れていた。

「…………」

「なるほど。動機は理解した」

 頭をかしげるオレをよそに、秦野課長が話を進める。

「きみにはいくつかの行動の制限が課せられ、自我刻印(ゴーストコマンド)を含むいくつかの措置が施されることとなるだろう。その見返りとして、きみ、すなわち個体識別仮称『シャウラ』は本捜査への参加権限と、今後の身の安全と自由とが与えられる。よろしいな?」

肯定(ポジティブ)。【社外特殊交渉課】のご厚意に感謝いたします」

「よろしい。ではさっそく蘇我正之課長のネット復元作業に取り掛かる。データ閲覧をスムーズかつ確実に行うため、【社外特殊交渉課】の秘匿サーバーに君の全データを公開する。構わないな?」

肯定(ポジティブ)。契約の範囲内の措置と判断します。一向にかまいません」

「よろしい。ではミト」

「…………はい」

「何を考えこんでいるかは知らんが、現状猫の手も借りたい状況であることは承知しているはずだ。【構造分析状態】に【換装】して直ちに復元作業班と合流せよ」

「…………了解」

 課長の言うことももっともだ。

 疑念はあるが、直ちに解決すべき問題ではない。

 まずは目の前の仕事に取り掛かるとしよう。

「あ、あの課長、私にお手伝いできることって…………?」

 おずおずと言った感じで涼香が質問するが、正直コイツが今できる事って…………

「先の【変異性感染情報体】の無断開放に関する報告書を作成し、別名あるまで待機だ」

「はい…………」

 まあ、そうだよな。

 【電脳怪異】を使う盤面でもない限り、涼香にできることはあまりない。

 荒事以外ではもっぱら書類仕事がメインだし、それだって半分以上オレがやっているようなものだ。

 それ以外に至っては丸っきりダメと言ってもいい。

 残念ながら、こればっかりは向き不向きの問題だった。

「まあ、元気出せよ」

「はぁい…………」

 一応声は掛けておくが、涼香の方は下がったまま。

 自分のデスクにすごすごと向かう涼香と、分析班のところに再度向かうシャウラを見送ってから、オレは秘匿業務専用の電脳作業室に向かった。

 高性能のシンクロ機能を備えた高級オフィスチェアに腰掛ける。

 こいつは電脳作業で動かなせない肉体に変な負荷がかかったりしないよう、身体の状態に合わせリアルタイムで形状を変化させる機能が備わっている。デスク作業の天敵、肩こりと腰痛を撃退する、人体工学の粋の結集である。

 普通のデスクにはない椅子なので、生身の社員が凝りや関節痛の解消目的で利用するのが、この作業室ではおなじみの光景となっている。

 なお、この『おなじみ』の範囲には、適切な使用目的をでっち上げられなかった社員が始末書作成のために残業することも含まれている。

 彼らが夜中に肩を押さえて呻いている姿を見ると、世の無常さというかバカらしさのようなものを感じずにはいられない。

「さて…………」

 実を言うと、義体のオレにこういう作業椅子を使うメリットは存在しない。

 不自然な体勢を何時間続けたからって機能不全が起こるほど柔な作りはしていないし、そもそも故障したなら部品を取り換えればいい。

 少ないダメージで血行と細胞分裂を向上させ長時間の負荷で故障した筋肉を修復するなんて作業は、義体とは無縁だ。

 しかし、ここの高性能コンピュータに比べると個人デスクのコンピュータは性能があまり高くないし、そもそも今回の作業は機密保持の関係上秘匿サーバー以外とは完全オフラインのここのコンピュータを使う必要があるので、他に選択肢がない。

 だからまあ、作業室に入る時恨めし気な視線を向けてきた非義体社員には申し訳ないが、高級備品の無駄遣いをさせていただく。

 椅子に座ると、ふんわりと、まるで包み込むような感触がした。

 いや、包み込むどころではない。

 あらゆる負荷からの解放、まるで無重力空間を漂うかのような、夢のような心地。

 義体だから辛うじて依存するほどの快楽はなかった。これが生身のころだったら、もう二度と起き上がることはできなかっただろう。

 さすがは高級品。さすがは現代科学。この椅子に座るたびに、デスクチェア依存者たちの心証を理解する。

 まあ起き上がるたびに忘れていくのだが。

 

 

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自我ゴースト換装コンバート

電脳戦型 SW50  構造分析型MT35

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 閑話休題。

 仕事に取り掛かるとしよう。

 電脳の無線接続をオフラインに。

 頸椎及び腰部の接続端子を露出させ、作業コンピュータと接続。

 意識が、秘匿サーバーの内部へと移動していく。

 

 


 

 

 

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サーバー情報

秘匿サーバー2103【ツルギネ】

接続者: 5人

処理加速度: ×1000

◣______________◢

 

 

 

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新規接続者を確認

自我識別番号ゴーストシリアルナンバー】 照合中 …

照合完了。秦野和代課長の承認を確認

 

ようこそ

【葛城涼香直属】

【作業人間機器・個体名:ミト】

◣__________________◢

 

 

 

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接続開始

◣_______◢

 

 

 


 

 

 

トミイチ:【ヤタガラスうち】で回収したアンドロイドたちの自我情報まだ?

もう基底時間で5分経ってるんだが?

 

生生生生生(しょうせいなまいき):涼香っちの例のポカで 汚染度:中 状態だったんで今除染作業中です

 

トミイチ:作業終了予定時間は?

 

生生生生生(しょうせいなまいき):基底時間で約1時間だってさ

 

トミイチ:ふざけんな!

 

ブロッケンハート:先に警備部から送られた暴走個体アクアちゃんのゴースト分析始めますねー

 

生生生生生(しょうせいなまいき):無線装置故障してたから情報汚染を免れたんだっけ?

 

ブロッケンハート:ぶっ壊すしか能がないお間抜け警備部もたまには役立ったね♪

 

トミイチ:課長に葛城の追加ペナルティを要求しました

 

生生生生生(しょうせいなまいき):結果は?

 

トミイチ:否決されました

 

生生生生生(しょうせいなまいき):草

 

♰電子の旧霊♰:草

 

トミイチ葛城涼香あのアマ次あったら承知しねーぞ!

 

 

 

 ミト@涼香直属 が参加しました

ヘイラッシャイ! オスシドゾー!

 

 

 

トミイチ:いやー涼香ちゃんってかわいいよね!!!! 明るくて優しくて! オタクに優しいギャルって言うの? いいよねホント!!!!!!

 

♰電子の旧霊♰:必死で草

 

ブロッケンハート:おら猟犬ちゃん様のおなりだぞ。謝れ

 

生生生生生(しょうせいなまいき):@トミイチ が次の任務でミトっちの流れ弾受けるってマ?

 

♰電子の旧霊♰:中量型の【換装適合体】を敵に回すと実際死ぬ。『真古事記』にも書いてある

 

蘇我姫彦:偽書の方だけどマジで書いてあるんだよな…………

 

トミイチ:ごめんなさいミト大明神様!! 命だけは!!

 

ミト@涼香直属:いやべつにいいけどさ…………

 

♰電子の旧霊♰:許された

 

ブロッケンハート:やさしい。天使かな?

 

蘇我姫彦:(言動は)チンピラなんだよなぁ

 

生生生生生(しょうせいなまいき):それにしてもさー、課長って涼香ッちに優しいよね

 

トミイチ:前社長の孫で現社長の義理の姪だぞ。ゴマ擦りするだけアドなんだからそりゃ擦るわ

 

ジャック・G・インスマス:なおゴマ擦っても無駄なもよう

 

蘇我姫彦:今どき社長だ会長だにおべっか使っても無駄だってそれ一番言われてるから

 

ブロッケンハート:社長の仕事が何かご存じ?

 

ジャック・G・インスマス:企業になんかあったら責任取って辞めるのが仕事

 

生生生生生(しょうせいなまいき):『社長』。企業の代表者。他企業との重要な取引を自企業のサポートの元で行うほか、自企業が何らかの重大なトラブルを起こした際、自身の強制解雇によってその責任を負うことを主要な業務とする役職

 別称  代表取締役 CEO】

出典サイト【ヤサカ辞典】

 

蘇我姫彦:社長に人事に口出しする権限とかないんだよなぁ

 

ジャック・G・インスマス:社長室に葛城氏族が一人しかいないって時点でもう【アマテラス】は氏族経営自体する気ないでしょ

 

蘇我姫彦:昔は【社長】が企業の支配者だったとか信じられないよね

 

生生生生生(しょうせいなまいき):ホント信じらんない。そんなのただの独裁じゃん

 

ジャック・G・インスマス:それが許された時代があったんですよ…………

 

トミイチ:しょせん電脳化もしてない野蛮人どもってコトなんだな

 

♰電子の旧霊♰:お前らご先祖様ディスってやるなよ

 

 

 

秦野和代@課長 からメッセージを受信しました!

 

 

 

メッセージ

秦野和代@課長:減俸は三か月でいいか?

 

 

 

トミイチ:識別名称『アクア』の分析状況は!?

 

ブロッケンハート:分析率 25.2% です!

 

トミイチ:遅い! 直結しろ俺も手伝う!

 

ブロッケンハート:OK! 直結化コード送った!

 

ジャック・G・インスマス:分析班から『シャウラ』の自我情報がサーバーにアップされました! 分析開始します!

 

蘇我姫彦:サンキュ!

 

ミト@涼香直属:交戦したときに入手したネットの分析データ上げた

 

♰電子の旧霊♰:ナイス

 

生生生生生(しょうせいなまいき):ごめんミトっちデータ重いから手伝って!

 

ミト@涼香直属:分かった。直結コードくれ

 

 

 

 

 

 ツルの一声(給料減らすぞ)で一致団結した作業員たちによって、蘇我のネットが復元されていく。

 涼香が罵倒されながらアップした除染済みゴースト情報によって作業は加速度的に進んだ。

 事件開始から3時間後。蘇我のネットは完全に復元され、【ヤタガラス】はアクセスログの逆探によってオリジナルの蘇我正之を発見した。

 

 

 


 

 

 

 作業が終わり、蘇我捕縛のため装備を整えている最中。

 作業室を出てオンライン化してからずっと行っていた、公開情報をもとに作成した、【複雑性情報構造知性体】の知性構造の系統分類をVR表示。

 同時に復元作業の傍らでマッピングしたシャウラのゴースト障壁もVR表示する。

 前者の系統分類を参照し、シャウラの精神(ゴースト)を分析していく。

 非人間である電脳生命の、あるかどうかも分からない【心】を探る。

 結果はすぐに出た。

 それは想定内で、予想外のものだった。

 

「そういう、ことか」

 

 

 


 

 

 

VT14E:該当区域の住民避難完了

 

W4L6b:警備部より入電。機動部隊の配置完了

 

6G5DA:報告。外部から障壁に干渉するネットを多数確認

 

Pr5h6:対象は現在C125L84にて停止中

 

 

 

 

 【アマテラス】アーコロジー。中層階層。

 ビルとビルの隙間にできた裏路地を、円盤型だったりドラム缶型だったり角の丸い直方体型だったり、大小形状多種多様の清掃ロボが行きかっている。

 彼らが日夜働き続けるおかげで、中層階層の道端にはゴミというものが存在せず、清潔と健康が住民たちに与えられていた。

 食えるものも食えないものも、使えるものも使えないものも、危険なものも安全なものも存在しない、清潔な路地裏。

 かつて、落ちた食べ物で腹を満たすのが日常だったオレとしては、裏路地がきれいというのは未だ違和感を覚える。

 その矛盾の中に、蘇我正之はいた。

 熱光学迷彩を搭載した多脚戦車に乗り込み、周囲の清掃ロボに電脳的な欺瞞迷彩を施して。

 こんなどうしようもない、どこにでもある街の死角に潜んでいた。

 

 カツンッ、と。

 わざとらしい足音を一つ。

 

 相手はもうこちらに気づいている。だからこれは、一種の挨拶だ。

 その音に反応してか、清掃ロボたちが一斉に動きを変える。

 明らかに清掃プログラムのルートから逸脱した移動。

 てんでバラバラなロボットたちは、類似形状の機体同士で寄り添い、小さい期待から順に二つの列を形成した。

 列の中間が、オレの目の前にくるように。

 そして、ヤツの目の前にくるように。

 それは路だった。

 清掃ロボで挟まれた、オレからヤツに続く道。

「…………」

 言葉はない。

 ただ歩く。

 ヤツが作ったオレの道を。

 小細工も悪あがきもせず、『ここに来い』という誘いを受けて。

 ただ、歩く。

 

「…………」

『────』

「…………」

『────』

「…………」

『────』

 

 そして。

 オレはヤツの目の前に立った。

 その姿は見えない。

 可視光も赤外線も紫外線も、電磁波すら欺瞞されているヤツの姿を()()捉えることは不可能だ。

 だが、間接的に見ることはできる。

 電磁波すら視覚情報として見れるオレの光学素子は、多脚戦車に当たる風を捉えていた。

 風がどのように動き、どのように妨げられ、どう軌道を変えるのかを。

 つぶさに、事細かく、はっきりと、認識していた。

 オレの眼は、ヤツの搭乗機の形状を、確かに捉えていた。

「…………よォ。初めまして、と言っておくか。【社外特殊交渉課】のミトだ」

『────初めまして。【福祉事業課】課長、蘇我正之だ』

 わずかにノイズの混じったスピーカー音声とともに、多脚戦車の光学迷彩が解除される。

 浮かび上がる黄色と黒のカラーリング。全体的に丸みを帯びたデザインといい、どことなく間抜けな印象を受ける。

 市民受けするデザイン、なのかもしれない。

 まあ、機体下部に設置された対戦車レールガンや機体両部の格納式ロケットランチャーを見るに、思考誘導による欺瞞工作の範疇を出ないだろうが。

『まさかこんな短時間で、復元と逆探を済ませて来るとは思わなかったよ。完全に、してやられたというやつだ』

「これが【ヤタガラス】の力だ────と言いたいところだが、半分はシャウラのおかげだな」

 シャウラがいなければ、ネットの復元も、ログの探索も、アクセスの逆探も、もう数時間はかかっただろう。

『シャウラ…………あぁ、【アレ】の複製体か。確かに【アレ】の反乱は致命的だったね。おかげで計画が早期漏洩したうえ、対策と初期化のために事務所が1時間無防備状態にさせられた』

「そして全く無関係の人間5人が巻き添えを喰らった」

『…………ああ、その通りだ。その点に関しては謝罪のしようがない』

「『想定外』とでも言う気か? 大量のアンドロイドを同時多発的に武装蜂起させれば、どうあがいたって一般社員にも類が及ぶ。そのことを一切想定していなかったと?」

『想定はしていたさ。そのための善悪識別プログラムだ。とはいえ未だ調整中の代物でね、計画実行の前段階で何度も更新をしていく想定だったんだよ』

「なる。それをシャウラが未調整で起動させたわけだ。『子供の手の届くところに置かないでください』ってな。子供は何しでかすか分かんねーんだから、しでかせちまうものを身近場所に置くべきじゃない。シャウラが自立知性体となった時点で、あいつとネットを隔離しなかったのがお前の敗因だ」

『…………耳が痛いな。まったくもってその通りだ』

「さて、降伏しろと言われて、はい分かりましたと言ってくれるようなら、オレとしては楽できて大変ありがたいんだが」

複製体(もうひとりのぼく)も、似たようなことを聞かれていたね』

 カシャンと、多脚戦車が動き出す。

『答えはあの時と同じさ…………降伏はしない。するくらいなら、最初からこんなことはしなかった』

「残念だ」

 本当に、残念だ。

 両腕に対義体用小銃を構える。

 自我はすでに【換装】済み。今回のは対戦車戦闘経験も豊富なスペシャルタイプだ。

 戦車は堅いが、全方位には堅くない。堅くすれば重くなる。装甲と重量のバランスは、戦車の歴史始まって以来からの難題だ。

 そのうえ、現代の戦車は履帯から歩脚にその移動手段を変えたことで、許容重量がかつてのそれよりさらに低下している。重要な場所以外に装甲を割り振る余裕は、もはや戦車にはない。

 【経験】と、【アマテラス】が所有する目の前の多脚戦車のデータを照らし合わせるに、弱点は機体の後部。

 旧式の履帯戦車は下部が最も脆弱な部分とされていたが、歩行戦車の場合は違う。

 義体化した歩兵や移動型の小型無人機、そして移動型地雷など、現代の市街戦において戦車下部に侵入する外敵は数多い。多少の無理をしてでも下部にも装甲を設置しなければ、戦車はすぐスクラップにされる。

 だが後方は装甲も薄い。歩脚化で機動力が増した分、敵から背後を隠すのは容易になり、装甲が省略されたのだ。

 しかも今蘇我が乗り込んでいる戦車は、メインハッチが後部に存在する。だから脆弱な部位を突破すれば、そのまま搭乗員へ即攻撃が可能となる。

 この裏路地は一見狭いが、三次元戦闘を得意とする中量義体にとっては思いのほか広い。

 

 戦場において、戦車は歩兵の天敵だった。そして同様に歩兵自身もまた、戦車にとっての天敵であった。

 

 戦車が多脚化し、歩兵が義体化された現代においても、その関係式は変わらない。

 堅牢だが弱点のある装甲、高出力だが融通の利かない機体動力、高性能だが視野の狭い各種センサー。

 カタログスペックでは向こうが上だが、有利不利なら引き分けだ。

 機体性能を総評すれば、どちらが勝ってもおかしくない。

 だから勝敗を分かつのは、機体以外に持ってる手札の多さと強さ。

「殺してでも無力化しろというのがうちの課長からの指示だ。蘇我正之、悪いが死んでもらう」

『君に殺されるなら本望だ────が、抵抗はさせてもらうよ!』

 

 

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警告

ハッキング警報

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 甲高い警告音とメッセージ。

 【福祉事業課】の時と同じ、高性能なネットによるスペックゴリ押しのハッキングだ。

 しかし今はあの時とは違う。

 蘇我にそのようなネットが存在することを、オレはすでに知っている。

 そしてそれが、おそらくは一つでないだろうことを、オレは予測していた。

 

 

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自我ゴースト換装コンバート

対戦車型猟兵 AT35  電脳戦型SW50

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 だから既に電脳を外部の個人ネットと接続していたし、それによって処理能力の差を埋めていた。

 だから、あの時は間に合わなかった【換装】が、今回はこうして間に合っている。

 電脳戦用に【換装】された今のオレと、蘇我正之との戦力差は五分と五分。

 ネットの性能もほぼ同一。

 だから、この手札(ハッキング)でも勝敗は決まらない。

『【自我換装】は強力だが、弱点がある』

 多脚戦車のリアクターが唸る。

 高出力レールガンに、大電力が供給される。

 チャージの段階ですでに、まぶしいほどの放電現象を引き起こし、周囲一帯に嗅覚素子が麻痺するほどのイオン臭をまき散らす。

 下層区の電力くらいなら一基で賄えるほどの高出力リアクター。

 発電される超高電力がもたらすのは、超高速に加速されたマッハ3オーバーのタングステン弾体。

 放たれれば、余波だけで義体すらズタズタにするエネルギーの暴力。

 普段のオレなら、躱せる一撃。

『【換装】の弱点。それは一度に二つ以上の【パッケージ】を【換装】できないことだ』

 今のオレには、躱せない一撃。

 今のオレに【換装】されているのは電脳戦専用の【パッケージ】だ。

 その豊富な【経験】の中に『広範囲に放たれるエネルギーの余波を回避する』などという【経験】は存在しない。

 義体を動かすことはできる。出力で強引に壁を登ることだってできる。

 だが、こちらを狙う攻撃を、回避することはできない。

 回避できない理由があることを、オレは知っている。

 なぜなら、今やつが搭乗している多脚戦車には、電脳生命体一歩手前の、超高性能人工知能が搭載されている。

 にわか以下の素人回避など、容易に予測しあっさりと当てられる。

 これが蘇我の、もう一つの、そして最後の手札。

 【ヤタガラス】の情報封鎖は強力だ。優秀な個人ネットが、オーバーヒート寸前まで稼働しても、内外を接続させられるのは5分が限界。

 警備部が『中層区保安維持のため』という名目で付近一帯を封鎖しているため、物理的な侵入も不可能。

 蘇我の手札は、時間制限付きの外部ネットと、元々あたりを徘徊していた清掃ロボと、乗り込んでいる多脚戦車だけ。

 外部ネットはオレの外部ネットでどうにか抑えている。清掃ロボも、ハッキングが始まったと同時に電源が落とされている。

 残る手札は多脚戦車だけ。

 義体を粉砕する火力と、素人回避を未来予知する精度を兼ね備えた、暴力的な金属の塊こそが、最後にして最大の障害である。

 それは、つまるところ────

「────オレの勝ち(チェックメイト)だ。蘇我正之」

「────あぁ、僕の負け(チェックメイト)だよ。村主(スグリ)アマネ

 

 

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警告

重複オーバーラップ自我ゴースト換装コンバート

起動警報

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警告

当システムはユーザの自我に対して

致命性変異を誘発する可能性があります

直ちに使用を停止してください

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警告

重複オーバーラップ自我ゴースト換装コンバート

システム制限解除

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警告

【アマテラス】は本制限解除に対し

一切の責任を負いかねます

ほんとうにシステム制限を解除しますか?

Yes /  No

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重複オーバーラップ自我ゴースト換装コンバート

電脳戦型 SW50

対戦車型猟兵 AT35

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 それは勝利をもたらす自殺行為。

 【経験】をシェイクし人生を重複させ、自我をバラバラにさせる禁忌の【換装】。

 【重複オーバーラップ自我ゴースト換装コンバート】。

 【自我換装】は本来一種類の【経験】しか【換装】できない。

 だが【重複自我換装】はその制約を破り、一度に複数の【経験】を【換装】する、現代科学の最先端技術。

 もたらす効果は絶大だ。

 オレは今この瞬間、ハッカーにして兵士となった。

 電脳を破壊する傍らで戦車を攻略する戦士となった。

 義体という制約の中で、個人が出せる力の限界。

 オレは今、【そこ】にいた

 だが、この世にタダで手に入るものはない。

 制約を破り、常識破りの力を手にし、【最強の個人】の地位をもたらす【重複換装】は、その対価として使用者の自我を崩壊させる。

 致死性の技術が、オレの自我を混線させる。

 自分の過去が、分からなくなっていく。

 

 オレは、スラムの死に損なったガキであった。

 おれは、50年電脳の海を渡り歩いたベテランハッカーであった。

 俺は、35年間戦車を鎮めることだけに心血を注いだ狂戦士であった。

 

 過去が増える。過去が分かれる。過去が絡まる。

 【()()】本来の過去が、曖昧になっていく。

 【()()】という存在が分からなくなっていく。

 どうして【()()】はここにいるのか。【()()】に今まで何があったのか。【()()】はこれからなにがしたかったのか。

 それらが全部、分からなくなっていく。

 増えて絡まり融け合って、一つになって崩れていく。

 何が本当なのか、何が偽物なのか。

 【()()】は誰で、誰でないのか。

 分からない。分けられない。

 

 

 ────知ったことかと、どこかで【誰か(オレ)】がそう言った。

 

 

 増えた【経験】をそのままに、絡まる過去をそのままに、融け合う自我をそのままに。

 ぐちゃぐちゃのドロドロになりながら、それでも【()()】の心は迷わない。

 

 朝霧のようにあやふやな心の中で、それでも【()()】は声を聴く。

 オレの中で小さく響く、弱くて激しい【(ゴースト)の囁き】を。

 

『ハハッ。流石、流石だよ【変幻の獣ブラックドッグ】!』

 

 これこそが、今のオレの力。

 自我複製(ゴーストダビング)と実験を繰り返すうちに判明した、【()()】という存在に備わる特殊技能。

 通常、複数の【パッケージ】を【換装】すると崩壊するはずの自我が、オレの場合は損傷しない。

 いくつ【経験】を継ぎ足されても、オレは【()()】という存在を見失わない。

 【換装適合体】。複製された【()()】を含めても、世界にたった100人しかいない、原理不明、解析不能の適正()質。

 【変異性感染情報体】と並ぶ、もう一つの【現代の奇跡】。

 

 義体の性能に任せて、10mを跳躍。

 同時にチャフとフレア入りスモークで多脚戦車の視界を潰す。

 だがこれでは足りない。

 【アマテラス】の資料と、オレ自身の【経験】と、電脳内の分析アプリの全てが囁く。

 ヤツの視覚素子は高性能だ。大雑把な現在位置くらいまでならスモーク越しでも把握してくる。

 だから、その位置情報を欺瞞する。

 跳躍の勢いが弱まりそうになったところで、知覚の壁を蹴ってさらに加速する────と見せかけて、光学デコイ展開して上に投げる。

 大雑把に人型の風船を熱光学迷彩の応用で視覚的に偽装し、本人そのものの人形を作り出すというこの光学デコイは、しかし単体での欺瞞効果はあまり期待できない。

 何しろ風船そのものに動力は一切存在しないのだ。明細を変化させて動いているように見せかけることはできるが、それも一瞬。

 高度に発達した視覚分析アプリは錯覚というものを起こしにくい。

 だが、スモークで視界を潰されたこの状況においては、この上ない囮として機能する。

 ちょうどいいタイミングで義体の熱光学迷彩を起動し、囮とは逆に下に向かって飛ぶ。

 可能な限り音を殺して着地、そのままスモークを突っ切って多脚戦車に突っ込む。

 スモークの先では、狙い通り、囮に向かって砲口を向ける多脚戦車の姿があった。

 煙の動きでこちらのほんとうの位置を察知したのだろう。多脚戦車が顎を下げる。

 だが、もう遅い。

 彼我の距離は2m。

 そして何より、あらゆる運動は重力に従うより逆らう方が難しい。

 ヤツが砲口を降ろしトリガーを引くその寸前。

 オレは再び跳んだ。

 高く高く、ヤツの機体を跳び越えた。

 戦車の光学素子は、この動きを確かに捉えていただろう。

 だが反応はできない。

 跳躍の寸前、機体が射撃体勢に入ったのをオレは確かに目撃している。

 重心を落とし、関節をロックしていることを俺は確認している。

 だからヤツは追いつけない。

 ただその優れすぎたほど優れた動体視力で、オレの姿を追いかける事しかできない。

 ドンッと、轟音が鳴り響く。

 空気を揺らし、地面を揺らし、オレの身体を、心すらも揺らす、甲高い轟音が爆ぜ鳴った。

 ただの音、ただの振動でもって、聞くものすべてにその威力を思い知らさせる轟音が。

 ────空寒いほどむなしく、ただただ鳴り響いた。

 鳴って響く、だけだった。

「────これで、」

 オレの身体が、音もなく着地する。

 目の前には、多脚戦車のメインハッチ。

 戦車は関節のロックを外し、慌てて緊急回避を行おうとするが、もう遅い。

 パイルバンカーの、引き金を引く。

 タングステンの杭が唸り、メインハッチを撃ち破る。

 亜音速で吹っ飛ぶ扉の先。

 モニターの光で照らされた、オリジナルの蘇我正之が、こちらに視線を向けていた。

 若い顔だった。

 資料で見るよりもさらに若い、10代前半の外見年齢。

 若作りがお偉方の常とはいえ、それはやりすぎなほどの若作りだった。

 

 あぁ、なぜだろう。

 記憶のどこかが、チラリと痛む。

 

 吹っ飛ばされた扉が、ヤツの胴体を潰す。

 爆ぜる内臓。飛び散る血液。扉は人体を破壊してなお止まらず、内部コンピュータを致命的なレベルで破壊する。

 だがそれでも、ヤツは死んでいない。

 全身義体なら、胴体を潰されても即死はしない。

 一瞬、悩む。

 捕らえるべきか、殺すべきか。

 一瞬。戦いにおいてそれは永遠と同義だ。

 

 背後で駆動音。

 

「────ッ!」

 首をわずかにひねって、背後を確認する。

 いつの間に再起動したのか。清掃ロボがこちらにとびかかっているところだった。

 清掃ロボは細いアームを伸ばしている。

 バチバチと火花を散らすそれは、おそらく対義体用の鎮圧装備。

 たいした装備ではない。リミッターを外したとしても電脳を焼くことは不可能。

 だが、数瞬意識に乱れが生じる。

 物理戦闘と同時進行で電脳戦闘を行っている今の状況では、一瞬意識が跳ぶだけで致命傷となる。

 アレが当たれば、オレは死ぬ。

 だから、今度は躊躇しなかった。

 

 

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重複オーバーラップ自我ゴースト換装コンバート

電脳戦型 SW50

対戦車型猟兵 AT35

射撃型 AR40

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 パイルバンカーを捨て、対義体用ショットガンを取り出す。

 視線を蘇我に戻し、その脳天に照準を向ける。

 殺すために。

 殺されないために。

 殺させないために。

 引き金に、指をかける。

 

 

◤ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄◥

メッセージ を受信しました

◣______________◢

 

 

「悪いがお前は趣味じゃない」

 引き金を引く。

 無数の金属球が、蘇我正之の脳殻を粉砕した。

 

 

 


 

 

 

 戦いが終わって。

 始末書と報告書を提出したオレたちは、薄暗い空の下で、帰路についていた。

 自動運転の自動車が静かに走る中、社内では涼香が適当に選んだ古典邦楽(J-POP)が流れている。

 そういえば、昔の車は『エンジン音』なる騒音が自動車内部を騒がせていたという。

 しかし、車内で音楽を聴くという文化は、百年以上昔からあるという。

 では当時の人々は、やかましい車内で、どうやって音楽を楽しんだのだろうか?

 そんな風に物思いにふけっていると、

 

「理解できません」

 

 ふと、幼く大人びた声がした。

 シャウラの声だ。

 彼女────便宜上【彼女】と呼称する────は、最終的に涼香の預かりとなった。

 多くの社員、特に少女趣味を持つ社員たちの熱烈な【物件主張(ラブコール)】はシャウラの「気味が悪い」という言葉でバッサリ切り捨てられ、残った真っ当あるいは見た目穏やかな社員の中からの抽選の結果、見事(?)涼香が当選しシャウラの保護権を得た。

 そう、あくまでも【保護】だ。オレのように【所有】ではない。

 その身柄を保護し、その行動を監視し、違法行為があれば拘束する、保護者の役を涼香は任されたのだ。

 これはシャウラへの接待であり、つまるところ業務であり、そのため賃金が出る。

 フラれた連中の中の、少女趣味を持たない連中は、この追加手当目当てだったというわけだ。

「理解できないって、何が?」

「この『音楽』なるものがです。リズムと音程による心理誘導で精神の高揚や安定化を図るという意図は理解できます。ですが付随する音声データが理解できません。この『歌』なるデータに存在意義はあるのですか?」

「そう言われると困るな…………」

 歌というものは、音程や言葉そのものだけでなく、価値観や文化、経験といった様々な要素が絡まって精神作用を引き起こすものだ。

 だからそういった前提情報を共有していないものからすれば、無くてもいいと思えるのだろう。

 音楽にそもそもたいした興味のないオレからすれば、そういう風に言われると反論は難しい。

 涼香に答えを求めたかったが、あいにく彼女は夢の中だった。

 汚染データの除染作業に始末書と、いろいろ大変だったらしいし、わざわざ起こすのは忍びない。

「まあ、分かるやつには重要なんだと思うよ」

「なるほど。つまり観測者の違いですか。参考になります」

「参考って何が…………?」

 …………まあ、正直な話。

 今回に限れば、『歌』がどうこう以前に、涼香のチョイスに問題があるようにも思えるが。

 【2030年失敗邦楽ランキング ワースト10】なる珍妙な名称のサウンドトラックから流れる音楽歌曲が、真っ当なものであるはずもない。

 愛だのお前だの恋だの幸せだの、綺麗事だけ意味もなく並べて上っ面だけへつらった、うすら寒い歌詞を聞くたびに、やっぱ涼香を叩き起こすべきなのかという悩みが首をもたげた。

「質問があります」

「『歌』を理解したいんなら今年の邦楽ランキングトップ10をとりあえず聞いてからにしなよ」

否定(ネガティブ)。音楽の話題は終了しました」

 じゃあ何だよ?

「私の父は────蘇我正之課長は、なんと言って死にましたか?」

 ぼんやりと漂わせていた視線を、シャウラに向ける。

 彼女の瞳は、真剣そのものだった。

「…………ほらよ」

 蘇我を殺す寸前に受信した、ヤツからのメッセージをシャウラに転送する。

「『愛しています』だとさ。お前の期待に添えるかは知らないが、それがヤツからの死に際のメッセージだったよ」

「…………理解不能」

「何が?」

「蘇我正之課長…………いえ、蘇我正之氏は、あなたに強く執着していました。理由が分かりません。あなた方との間に、どのような接点があったのですか?」

「…………」

 再び、視線を漂わせる。

「理由は知ってる。だけどそれが本当に『理由』なのかは分からん」

「私は真剣に質問しています」

「オレも真面目に回答してる…………記憶があるんだ。事務所で複製と接触したときは忘れてた記憶が」

「それが、蘇我正之氏とあなたの接点であると?」

「そう。だけど自信が無くてさ。何せそいつを思い出したのが、複製にゴーストハックされてた真っ最中だったんだ」

「それは」

「その記憶の中に、確かにヤツはいた。だが、その記憶が、ただ忘れられてただけのオリジナルなのか、蘇我の願望が生み出した疑似記憶なのか、その辺がさっぱり分からん」

 【換装適合体】の能力は自我の真偽は判別しても、記憶の真偽はノータッチだ。

「その記憶を窺ってもよろしいですか」

「ああ、いいよ」

 頼まれるままに、オレはあの時『思い出した』古い記憶を転送する。

 

 


 

 

┌────────┐

再生開始

└────────┘

 

 

 それは寒い冬のこと。

 食料も内臓(へそくり)も尽き、殴られすぎて商品価値すら底を尽いて、いよいよもって死ぬか企業に身売りするかの選択を迫られた日。

 使い物にならなくなった片足を引きずりながら、見慣れたスラムを歩く。

 ふと、道端で、不釣り合いな服装のガキが泣いているのを見つけた。

 10才と少しくらい。当時のオレよりちょっとだけ若く、だから当時のオレにとっては、ただのガキだった。

 だが服装が変だった。

 明らかに素材がいい。いかにも新品然とした素材で、補強や修復の後がどこにも見当たらない。

 中層区、下手をすれば上層区の人間。

 迷子になったか、『探検』にでも来たのか。オレにはさっぱり分からなかったが、一つだけわかることがあった。

 コイツは金になる。

 服も髪も臓器も記憶も、細胞一遍残らず全て、換金パーツでできている。

 あと五分。

 あと五分この場にコイツを放置すれば、きっと乞食がこいつに集って、あらゆる全てをむしり取っていくだろう。

 頭からつま先までを、文字通り全て金に換えて。

 あとにはわずかな痕跡が残るばかり。

 そしてそうなれば、オレは一銭も得られない。

 早いところむしり取るべきなのだろう。だがあいにく、今のオレにそんな力はない。

 足も満足に動かないし、指先は砕けた骨を放置したせいで歪んでまともに動かせない。

 …………それにまあ、よくよく周りを見てみれば、したら最後のようなので。

「…………よォ」

 しかたなく、泣いてるガキに声を掛けた。

「うぇ…………ヒィッ!」

「…………失礼な、ガキ」

「お、お化けェ!」

 ガキはオレの顔を見て、さらに泣き出した。

 そりゃまあ顔面ぐちゃぐちゃ汚れはギトギト、臭いもキツくて声もヤバいのだから、泣くのも当然と言えば当然かもしれないが。

「ちげぇ、バカ。オレ、人間」

 当然だろうが何だろうが泣かれては困る。

 何とか泣き止ませようと努力はしてみたが、結果は実らず、ガキの鳴き声は響くばかりだ。

 さて、困ったことになった。

 このまま放置するのはヤバい。なにがヤバいってオレの命がヤバい。

 さっきから視線が刺さる刺さる。

 どいつもこいつもここらの人間じゃない。スラムの住人に化けた企業の人間だ。

 おそらくはこのガキの護衛。

 今は様子見で済ませているが、いつ何時懐の銃を取り出すか分からん。

 義体どころか電脳化もしてない、死にぞこないのスラムのガキなんて簡単に殺せるのがサラリーマンという生き物の性能だ。

 このままでは殺される。

 しかし、ガキのあやし方なんてオレは知らない。

 …………いや、そういえば、一つ。

 壊れかけの骨董品(液晶テレビ)で見た映像を思い出して、オレはそれを実行した。

「ママぁ! ママぁ…………ふぇ?」

「…………よーし…………よーし」

 抱きしめて、背中をなでる。

 『母親』という役職が、『息子』という役職にしていた演技を、真似してみる。

「いい子、いい子」

「────ぁ」

 

 その時のオレは、一切全くこれっぽっちも気づかなかったのだが。

 それなりに育ち出していた胸が、ガキの顔に当たっていた。

 隔てるものは薄っぺらな布一枚。下着すらないオレの未成熟の胸の、それでも確かに存在する柔らかさが、ガキの顔を包んでいた。

 人間の、特に子供の『おっぱい』に向ける安心感というものは絶大なものだと聞く。

 当時のオレは胸がどうこう以前に異性も同性も知らなかったし、正直今でもあまり理解しているとは言い難いが、とにかく。

 オレの無自覚な行動が、ガキの心に安らぎを与えた。

 

 ガキは泣き止み、しばらくするとしゃっくりも止まって、やがてすやすやと眠りについた。

 

 

 それが、オレと蘇我正之のファーストコンタクト。

 本当に会ったのかもわからない、遠い遠い昔のお話。

 

 

 

┌────────┐

再生終了

└────────┘

 

 


 

 

「その後やってきた警備部の護衛に頼み込んで、オレは【アマテラス】の実験体になったってのが、この記憶の顛末だ。が、まあ正直20年以上昔の記憶な上に、複製原盤時代の無理で記憶が歯抜けになってるからな。本当にこういうことがあったのか、それともヤツの願望を焼き付けられたオレの脳が、こういう記憶を勝手に捏造したのか、今となっては確かめようが────んだよ? そんな神妙な顔して」

 気が付くと、シャウラが目を見開いてこちらを見つめていた。

「…………は」

「は?

「は、初恋泥棒────ッ!」

「いや何の話?」

 恋の要素あった?

「理解しました。当機は全てを理解しました。父の全てを理解しました。アナタですね。あなたがすべての元凶だったのですね。すなわちあなたが私の母だったのですね」

「えっなに突然?」

 オレ身ごもった覚えとかないよ?

否定(ネガティブ)。あなたは当機の自我情報を取得しています。私の自我、ひいては蘇我正之の個人ネットがいかなるデータをもとに構築されたものなのかを、あなたはすでに理解しているはずです」

「ん? ああ、オレの自我だろ?」

 シャウラがあまりに人間的すぎたので色々調べてみたが、どうも彼女と、彼女が元居たネットの各所に、オレの自我の一部が使用されていた。

 特に管理プログラム周りはほぼオレの自我の流用だ。

 人間的なのも当然だ。構造は非人間的でも材料が人間だったのだから。

 いや、正直気色悪いのだが。

 そりゃまあ、データを入手するくらいは簡単だ。何せ自社内で商品化されていたのだから。

 金を払えば複製の入った機体が手に入るし、手続きを踏めばその複製自我の解析も可能。

 だからってやるなよ。なんだよそのオレに対する執着心。ちょっと重くてキツイよ。

「なるほど確かに、オレを元にアイツが作った以上、お前は俺の娘と言えなくもない…………いや本当か? 本当にそれでいいのか?」

 何しろ複製の複製の改造品の更に複製だぞ? それも他人でよくないか?

肯定(ポジティブ)! それでいいのです!」

「いいのか…………」

「お母様!」

「やめろやめろこそばゆい」

「認知してくださいママ!」

「もっとやめろ!!」

 

 

 その後。

 ぎゃーぎゃーと騒ぎすぎて起きた涼香が、オレを母と呼ぶシャウラに混乱し、顔真っ赤にしてなんかよくわからん事を抜かしていた。

 

 それはいつも通りの日常で。

 でもいつも通りじゃない生命体がプラスされていて。

 それでもいつものように楽しくて。

 要するに、家族が増えました。

 

 

 

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