【完結】腐血のサルヴァトーレ:TS悪役外道転生   作:WhatSoon

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本編
1話:奇跡の始まり


「う、あ……な、んで……なんで……」

 

 

目の前で、私と同い年の男子高校生が蹲っている。

服が汚れる事も厭わずに、蹲って……私の足元を見ている。

 

上を見る。

動いていないクレーン、錆びた金属の壁。

穴の空いた天井からは月が見えている。

 

月は少しも欠けていない。

月明かりが私たちを照らしていた。

 

 

夜、そして廃工場。

私と彼は二人っきりだ。

 

 

視線を下す。

 

私は足元にある『肉片』を踏んだ。

それを見て、男は顔を顰めて私を見上げた。

 

 

「なんで……こんな事をしたんだ、稚影……」

 

 

その顔は、目の前の光景を信じられないという顔。

現実を受け入れられず困惑している顔だ。

 

 

「和希に苦しんで欲しいから……かな?」

 

 

私はそう、口にする。

意識的に頬を吊り上げて、無理矢理に笑う。

 

 

そして──

 

 

足元にある『肉片』を蹴った。

 

 

転がったそれは、和希の前で止まる。

 

血を流しているそれは……白く、細い指。

爪先にはマニキュアが塗られていていた。

しかし、血に汚れ、割れてしまったそれは……もう、原型を留めていない。

 

擦り傷まみれになってしまった、少女の手だ。

 

 

「あ、ぁ……」

 

 

和希はそれを見て、呆然としている。

 

それはそうだろう。

彼にとって、大切な人の手……たった一人の家族である、妹の手なのだから。

 

 

「……僕と、稚影は……僕は、想っていたのに……」

 

「へー、嬉しいなぁ」

 

 

本当に……嬉しい。

 

 

「希美だって、稚影のことを親友だって、家族だって……なのに!」

 

 

あぁ。

私も、今だってそう思っている。

 

貴方達の事は大切だと、そう思っている。

 

だけど、だからこそ──

 

 

「ねぇ、和希」

 

「……稚影」

 

「今、どんな気持ち?」

 

 

私はそう訊く。

 

……訊かなくても、気持ちは分かる。

 

信じていた親友に裏切られ、妹の一部を投げ捨てられた……そんな彼の気持ち。

 

憎くて、憎くて、憎くて、憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて、許せないだろう。

 

 

「大切なものを自らの力不足で失う気持ち……信じていた人に裏切られる気持ち。私に、教えてくれないかな」

 

 

分かりやすい挑発に、和希は歯を食いしばっていた。

 

怒り。

それが彼を支配しているのだろう。

 

上手くいった。

想定通りだ。

 

嗜虐的な笑みを浮かべる。

物語の悪役に相応しい、下衆な笑みを浮かべる。

 

だけど……私の心は軋み、悲鳴をあげている。

 

辛い。

苦しい。

悲しい。

 

その気持ちが『私』と『貴方』を強くする。

恨むなら、この世界を作った人間を恨んで欲しい。

 

 

「稚影……お前だけは、僕が……」

 

 

いつの間にか、和希の手には……半透明の『剣』が握られていた。

青白く濁ったガラスのようなものに、赤い血管のような筋が浮いている……そんな『剣』だ。

 

美しく……恐ろしい姿だ。

 

だが、それは観賞用の芸術品ではない。

人を殺すための武器だ。

 

常識という現実から剥離した状況で、彼が『剣』を構える。

私も手を宙に翳せば……宙に『剣』が現れる。

 

 

「そうこなくちゃ……」

 

 

それを私は握り締めた。

 

彼の『剣』とは色も形も異なる。

赤黒いガラスに、青紫色の管が走っている。

 

まるで対象的なそれは、月明かりに照らされて光を乱反射させた。

 

 

私は、貴方には幸せに生きて欲しい。

その為なら、どんな事だってする。

例え、貴方に嫌われようとも。

憎まれようとも。

 

 

「さぁ、どこからでも掛かってきなよ」

 

 

私が『剣』を構えれば──

 

 

「僕が……殺して、やる……」

 

 

和希も『剣』を構えた。

 

 

大切な親友……いや、それ以上の相手に、私は『剣』を向けている。

そして、『剣』を向けられている。

 

 

あぁ。

 

 

どうして、こんな事になってしまったのか?

 

 

一言で言うなら、自業自得。

だけど、どうしようもなかったのも……事実。

 

私の選んだ選択の末路だ。

 

 

この世界に生まれた時の記憶が蘇る。

まだ死にかけてもいないのに走馬灯なんて、我ながら気が早すぎると思うけれど。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

私の名前は『楠木(くすのき) 稚影(ちかげ)』。

この世界に産まれた時に、そう名付けられた。

 

この世界……と言っているのは、元々、私はこの世界の住人では無かったからだ。

 

 

前世では冴えない研究職だった。

特に取り柄もないが、さしたる欠点もない。

そんな男だった。

 

『だった』と言うのは、今生では女だからだ。

 

しかし、男から女……性別の転換よりも、よほど大きな問題があり、私はそちらに気を取られていた。

 

その『大きな問題』とは、この世界が前世に存在していたゲームの世界だと言う事だ。

 

前世の名前や容姿すら曖昧だが、何故かゲームの記憶はハッキリしていた。

 

『腐血のサルヴァトーレ』。

 

それがこの世界の、ゲームの名前だ。

ジャンルはアドベンチャー。

選択肢を選んで進んでいき、ヒロインを攻略する……まぁ、所謂ギャルゲーと言う奴だ。

 

ただ、『腐血のサルヴァトーレ』は学園でイチャイチャするような可愛らしいギャルゲーとは違った。

 

題材は『精神的苦痛』。

 

主人公達は魂の発露を武器に押し込めた『剣』を創り出せる、異能者だ。

その『剣』は様々な異能を行使する事が出来る……炎を生み出す、記憶を操る、未来を見る、瞬間移動……発現した人によって異なる力を持つ。

 

そういった能力を持った異能者達の戦いがメインテーマの……言うならば『異能バトルもの』の作品だった。

 

だが、その『異能』の強さは、心の強さに依存する。

心を強くするにはどうするか?

 

一度、心をズタズタに引き裂き、再度繋ぎ合わせるのが良いだろう。

まるで筋トレでズタズタになった筋肉繊維が、治癒と共に太く千切れぬように強くなるように。

 

故に、『精神的苦痛』なのだ。

 

このゲームでは最善の選択肢を引き続けてはならない。

精神的苦痛を受けずに戦い続ければ、いずれ敵に勝てなくなってしまう。

 

最も大切な物を守る為に、何かを切り捨てる必要がある。

それが『腐血のサルヴァトーレ』のテーマだ。

 

 

私はそれを思いだした時、吐き気を催した。

こんな理不尽な死がすぐ隣に住み着いている世界なんて……ゲームとしてプレイするのは良い。

だが、当事者になりたくはなかった。

 

そして、私、『楠木 稚影』は『腐血のサルヴァトーレ』の登場人物でもある。

名も知らぬモブならば、目を逸らして生きていくことが出来たのに。

 

だが、『楠木 稚影』は立ち絵もない、セリフもない……名前しか出て来ないようなキャラクターだ。

 

何故、姿形も立ち絵も出ないのか。

 

それは……ゲーム開始時に、既に死んでいるからだ。

 

 

このゲームに登場する悪役、『楠木(くすのき) 影介(えいすけ)』の妹なのだ。

 

彼が昔に受けた『精神的苦痛』として登場する。

彼の目の前で、非業の死を遂げる。

それが『楠木 稚影』に纏わるエピソード……そう、それだけでしかない。

 

そして、極度の精神的苦痛で異能者として目覚めた『楠木 影介』は自分の利益の為に力を振るい……何人も、何人も人を殺していく。

 

選択肢によっては主人公の恋人や親友を殺す。

プレイヤーから嫌われている悪役だ。

 

そんな悪役の妹として産まれ、将来的な死亡が運命付けられた私は……それはもう荒れた。

 

唐突に記憶を思い出した私は癇癪を起こし、自暴自棄になり、自室に篭った。

 

今、この瞬間も布団に包まり闇の中で涙を流していた。

死ぬのは怖い。

 

一度死んだから分かる。

死ぬと何もない暗闇に行くのだ。

 

嫌だ。

二度とあそこに戻りたくない。

 

 

 

 

 

コツコツと、ノックの音がした。

 

 

「入るぞ」

 

 

軋む音がして、ドアが開いた。

そこには今生の兄、影介がいた。

 

 

「…………」

 

 

私は黙り込み、無視をする。

 

 

「なぁ、急にどうしたんだ?そんな……引きこもって。嫌な事でもあったのか?」

 

「…………」

 

 

無視する。

兄は私の5つ上……だとしても、私は9歳。

兄だって、まだ14歳だ。

死がどうだとか、何とか、そんな事言っても分からないだろう。

 

いや、分からないだけなら良い。

頭がおかしくなったのだと思われるかも知れない。

 

……事実、頭がおかしくなったのだろう。

前世の記憶なんかを思い出して、死の恐怖に怯えている。

 

 

「……はぁ、何とか言ってくれよ」

 

「兄さんには関係ない」

 

 

私はそう、断言した。

……良い兄なのだろう。

蹲る妹を励ましているのもそうだが、昔から兄は私を溺愛していた。

 

だが、将来的に何人もの無実の人々を殺す犯罪者予備軍だ。

心を開く事はない。

 

 

「妹がそうやって、落ち込んでるのに関係ない兄貴がいるのかよ」

 

「良いから放っておいて」

 

 

兄はため息を吐いた。

開いていたドアが閉まる音がした。

 

ようやく出て行ったか、と思うと布団を無理矢理、剥がされてしまった。

 

 

「やめっ──

 

「あのなぁ、放って置ける訳ないだろ。兄貴だぞ、俺は」

 

 

頭上には眉を顰めている男の、兄の顔があった。

 

 

「兄貴、兄貴って……兄さんは、私をどうにかしなきゃならない義務でもあるの?」

 

「ある」

 

 

そう言うと、兄がニヤリと笑った。

 

 

「たった二人の家族だからな」

 

「うっ……」

 

 

私は言葉が詰まってしまった。

たった「二人」の家族。

 

父も、母も既に他界している。

私の物心がつく頃には既に居なかった。

今は親戚が家政婦を雇って、私達の世話をしている『つもり』になっている。

 

親戚は自身の住む家に私達を置かず、両親の財産を食い潰し、最低限の世話だけをしているのだ。

 

そんな私が、兄が家族と呼べるのはお互いに兄妹だけなのだ。

 

 

「苦しい事があったら……まぁ、教えてくれた方が良いけど。無理して言わなくてもいい」

 

「……言わなくても?」

 

 

普通、聞きたいモノじゃないのか?

そう思って、訝しむ。

 

 

「いい。家族だからって全部が全部を共有する必要はない。苦しい事の理由なんて言わなくても良い」

 

 

そう言うと、兄は私の頭を撫でた。

歳下の……精神的な歳下に撫でられるなんて……。

 

だけど、嫌ではなかった。

 

 

「でもな、その苦しみは分かち合って良い。二人で補い合えば良い。何も言わなくても良い。俺に八つ当たりしたって良い。ムカついたら暴言でも何でも吐いて良い」

 

 

少し、乱暴に撫でられる。

私の目は兄の顔に向けられた。

 

 

「あ……」

 

 

その顔には……私の事を、妹の事を思いやる兄の姿があった。

 

 

「だからさ、そうやって自暴自棄になるなよ…………飯、出来てるぞ。今日はカレーだよ。お前、好きだろ?」

 

 

私は、その笑顔に惹かれてしまった。

その無償の愛を注ぐような笑顔に……どこか、懐かしさを覚えてしまった。

 

 

「……うん」

 

 

絆されている。

実感がある。

でも、それで良いと思った。

 

未来の事なんて今は忘れよう。

いつ死ぬかなんて恐れなくてもいい。

 

 

「で、食うか?カレー」

 

「食べる」

 

 

私は布団をベッドにたたみ直し、立ち上がった。

 

そして、目の前の大きな姿鏡を見た。

これは母の形見らしい、大きな、だけど華美な装飾はない質素な姿鏡だ。

 

そこには薄紫色の髪の毛を持つ、少女の姿があった。

涙で濡れた瞳の下で、その唇は薄っすらと微笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

記憶が戻ってから3年の月日が経った。

つまり、12歳になった。

 

中学校の制服に着替えた私は、鏡の前でくるりと回った。

私服では滅多に履かないスカートが翻る。

 

はぁ、とため息を吐いた。

 

 

「いい加減に慣れないと」

 

 

『楠木 稚影』として生を受けて12年。

未だに、前世の男性としての記憶が足を引っ張って、スカートを履く事に苦手意識を持っていた。

 

私は将来、近いうちに死ぬ。

これはゲームで決まっている事だ。

 

だが、その運命に抗おうなんて、そんな事は考えてはいない。

 

決められた終わりがあるとしても、それまでは楽しく生きられれば良い。

そう考えている。

 

だって、どうやって、いつ死ぬのかも……何も分からないなら、対策のしようが無いだろう。

考えても気が滅入るだけだ。

 

机に置いてある腕時計を腕に巻いた。

イルカを可愛くデフォルメした何だかよく分からないキャラクターが文字盤に書かれてる、小さくてピンク色の腕時計だ。

 

中学生が着けるにはデザインが幼い。

そう思いながらも、私はそれを気に入っていた。

 

何故なら、兄が一年前の誕生日に買ってくれたプレゼントだからだ。

女の子の趣味なんてコレっぽっちも分かってない兄が悩みながら選んだ腕時計だ。

 

私はそれを可愛らしいと思いつつ『自分には似合わないな』なんて考えていた。

 

この時計のデザインが好きな訳ではないし、機能が優れている訳でもない。

だけど、着けていると『私は兄に愛されているのだ』と実感できる。

だから、外に出る時はいつも着けていた。

 

学生鞄を手に持ち、自分の部屋を出る。

 

私は今年入学の中等部の一年生。

そして、今日は入学式だ。

 

兄は……もう、先に家を出ていた。

私の5つ歳上で、高校生なのだ。

彼にも学校があり、入学式には来ない。

 

そう聞いていた。

 

 

朝食に食べたパンのビニールゴミが、ゴミ箱から顔を覗かせていた。

 

 

「何度言っても反省しないんだから」

 

 

私はそのビニールゴミをゴミ箱に押し込み、蓋を閉めた。

 

時間はまだまだ余裕があるが、家を出る事にする。

 

学校指定の真新しいローファーを履き、玄関を出る。

パステルカラーのキーポーチについた鍵で、玄関の鍵を閉める。

 

そうして私は、ゆっくりと目的の中学校へ向かう事にした。

 

アパートの階段を降りて、横断歩道を渡る。

赤く点滅する信号機を前に、ふと周りを見る。

満開の桜立ち並ぶ遊歩道に、幾人かの同じ制服を着た学生と大人が共に歩いている姿が見えた。

 

入学式に参加する私の同級生、新入生なのだろう。

そして、その両親か。

 

今生の私には、もう両親と呼べる人も居ない。

だから彼等と違って、一人で入学式に向かっていた。

 

そうやって家族連れで歩く集団の中に、一人、少年が歩いているのを見た。

その周りに大人の姿はない。

 

私は頬を綻ばせ、その少年に近付く。

 

 

「おはよー!」

 

 

ほんの少し、気持ち大きめな声を出しながら、少年の肩を叩いた。

 

 

「うわっ……あ、楠木か。おはよう」

 

 

驚いた様子を隠しつつ、少年が呆れた様子で振り返った。

 

 

彼の名前は『望月 和希』だ。

少し気弱だけど、根は優しい……私の友人だ。

 

そして、『腐血のサルヴァトーレ』の主人公だ。

そう、これから耐え切れない程の悲しみを背負い、苦しみ、怒り、嘆き、そして強くなり、世界を救ってくれる主人公だ。

 

そして、私の兄が悪役として散々に痛めつける相手だ。

 

言うならば兄の敵となるだろう。

 

まぁ、それでも私には関係ない。

どうせ生い先は短い。

物語が始まるまでには、私は死んでいるのだから。

 

死んだ後の話なんて関係ないのだ、私には。

 

前世の記憶が蘇り、落ち込んでいる時に和希は声を掛けてきてくれた。

その好意を跳ね除けることは私には出来ない。

 

なし崩しに、私達は友人となった。

 

 

「楠木の兄さんは?一緒じゃないのか?」

 

「うん?兄さんは高校の始業式で来れないって」

 

「残念だな」

 

「あ、でも、午前中だけらしいから帰りの迎えには来てくれるって言ってた」

 

「へー、そっか」

 

 

和希に兄との面識はない。

彼等は将来的に殺し合う仲なのだから、知り合わない方が良いかも知れない。

 

ふと、私は口を開いた。

 

 

「希美ちゃんは?」

 

 

『望月 希美』……和希の妹の名前だ。

私達の一つ歳下だ。

同性という事もあって、歳は違えど仲は良好だ。

私の事を姉のように慕ってくれている。

 

 

「希美は小学校。去年と始業式の日は一緒だぞ」

 

「あ、そっか」

 

 

『望月家』も『楠木家』と同じく、家に両親がいない。

 

複雑な家庭で、元々存在していた望月家には和希しかいなかった。

妻が病死し、新たに再婚した妻が連れてきた娘が希美なのだ。

 

整理すると……。

和希は父が再婚する前の息子。

希美は母が再婚する前の娘。

 

つまり、血の繋がっていない兄妹になる。

 

 

そして、現状……希美の実母は事故死し、和希の実父は他所に女を作って家に帰ってきていない。

生活費だけを振り込んでいる状況、それが望月家の現状だ。

 

 

彼等も「両親がいない」「頼れるのは兄妹だけ」と楠木家と似通っている為、私は親近感を抱いていた。

 

恐らく、彼等も私に親近感を抱いている。

 

 

「……僕も見習って、妹の迎えぐらいはした方が良いか?」

 

「うん、そうした方が良いよ」

 

 

和希は頬を緩めて、頷いた。

彼は家族として、兄として、妹を愛している。

 

それは私の兄のようで。

兄妹愛の強い私としては、それだけで好感度が高いというもの。

 

まるで、歳下の子供の善性を見て微笑むように……見ていて癒されるのだ。

 

 

「ところで和希、どうかな?」

 

「……どうって、何が?」

 

「ほら、制服。似合う?」

 

 

私はスカートを翻した。

それを見て、和希は目を逸らした。

 

 

「まぁ……似合ってるんじゃないか?」

 

「ありがと!和希も制服、似合ってるよ」

 

 

だからこうやって、揶揄いたくなってしまう。

 

 

「似合うも似合わないもあるのか?学校の制服に……」

 

 

気恥ずかしそうに和希は頬を掻いた。

 

まだ彼は若い。

男女の仲なんて分からないような年齢だ。

だけど、少しは意識し始めている、という事だろう。

 

 

「ふふ……」

 

 

その様子が面白くて、私は頬を緩めた。

 

和希は話題を逸らしたいのか、口を開いた。

 

 

「そんな事よりさ……入学式が終わったら希美を迎えにいくけど。その後、飯でも食わないか?」

 

「うーん。でも、兄さんがいるから──

 

「じゃあ、その『兄さん』も連れてさ……会った事もないし、紹介してくれよ」

 

 

思わず、私は眉を顰めた。

物語の『主人公』と『悪役』、二人を会わせて良いものかと。

 

少し悩んで──

 

 

「うん、分かった。兄さんには私が説明しとく」

 

 

そう、頷いた。

 

彼等が殺し合うのは、私の死後。

言ってしまえば……関係のない話だ。

 

だけど──

 

ここで兄と和希が仲良くなって、兄が善人として生きられるなら……それは、嬉しい事だ。

私は兄が好きだから。

 

 

昨日見たテレビの話。

面白かった漫画の話。

和希の友だちの話。

これから入学する学校の話。

 

 

なんて、中身の全くない会話をしながら学校に到着した。

 

 

クラス分けの掲示板を見て、自分の学籍番号を探す。

和希が掲示板を指差して口を開いた。

 

 

「あったぞ」

 

 

和希が指差した先には、私の学籍番号があった。

 

 

「私はBクラスね。和希は?」

 

「僕はAクラス、別だな」

 

「えー、残念」

 

「まぁ、どうせ毎年変わるんだから……どうでも良いだろ?」

 

「それもそうだね。来年は同じクラスだと良いね」

 

「……気が早いな」

 

 

たわいもない会話で一喜一憂しながら、教室に向かう。

壁に貼ってある案内の貼り紙を見ながら、廊下まで着いた。

 

和希の方へ振り返り、私は口を開く。

 

 

「ここでお別れかな?」

 

「あぁ、じゃあまた入学式が終わったら」

 

「うん、じゃあまた」

 

 

私は手を振り、和希と分かれた。

 

クラスで担任教師の挨拶があった後、入学式を体育館でやるらしい。

右手に巻いた時計を見ながら、スケジュールを確認していた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

入学式が終わると、門の前では学生とその両親達が記念撮影をしていた。

門前の桜が綺麗だから、桜の下で撮りたいんだろうな、と考える。

 

……何だか、居心地が悪い。

部外者な気分だ。

 

そのまま兄を探して──

 

 

「あ、兄さん」

 

 

声を掛けると兄が振り返り、嬉しそうに笑った。

 

 

「お前も、もう中学生か……」

 

 

しみじみと言うから、私は不機嫌な顔をする。

 

 

「そうだよ?」

 

「いやぁ、あんなに小さかったのに……」

 

「なんか発言がジジ臭いよ」

 

「失礼だな、俺はまだ17歳だよ」

 

 

乱暴に頭を撫でられた。

私の方が精神年齢は年上なのに……なんだか、少し嬉しい。

 

肉体に精神が引っ張られてるのかな?

なんて考えながら、私は兄の手を払った。

 

 

「なんだ?反抗期か?」

 

「セットした髪型が乱れちゃうでしょ?デリカシーがないんだから」

 

「あ?セットなんかしてるのか?」

 

「してるよ、そりゃあ私だって、女の子だよ?」

 

 

昔はしていなかったけど……友人の妹である希美に、その辺を叩き込まれてしまったのだ。

私は彼女に女子力で完敗している……元が男だから、仕方のない話だと思うけれど。

 

女の子として生きるなら、最低限やらなければならない事……らしい。

希美曰く、だけど。

 

 

「ははは、悪い悪い」

 

 

ヘラヘラと笑う兄を細目で睨みつける。

 

 

「あ、そうそう、紹介したい友達がいるんだけど……今日、お昼一緒に食べに行かない?」

 

「友達?あぁ、いっつも言ってる奴か?」

 

「そう、和希」

 

「良いけど、なんつーか、稚影が友達紹介したいって言うのも初めてな気がするな」

 

「む、私、学校では友達いっぱい居るからね」

 

 

嘘じゃない。

成人男性の記憶のおかげで勉強は出来てる方だし、明るく社交的な態度を心掛けてるからね。

 

まあ、心の底から気を許せてるのは兄と……うん、望月家の兄妹ぐらいかも知れないけど。

 

 

「まぁ良いか……それで?何処で待ち合わせしてるんだ?」

 

 

してない。

待ち合わせなんて、してない。

 

 

「ケータイで連絡しよ」

 

「はぁ……お前、そう言う所が杜撰だよな」

 

 

ショートメッセージのアプリを開き、和希にメッセージを飛ばす。

 

 

『兄さんと今一緒にいるけど、どこで顔合わせする?』

 

 

そのままスマホを閉じてポケットにしまおうとしたら、即座に電子音が鳴った。

返信が早い。

 

 

『今、希美と合流した。だけど、一旦家に帰る。着替えてからでいいか?』

 

 

確かに、入学式は午前中に終わった。

腕時計を見ると11時を指していた。

 

じゃあ、12時に公園前でお願い……っと。

 

 

「兄さん、12時に待ち合わせ場所に集合だから……一旦、家に帰ろ?」

 

「あー、うん。でも何というか今更だけど……お前らの間に入ると気まずくないか?」

 

「そんな事ないと思うよ。いい人達だし」

 

「いや、気まずくなるのは俺だけど」

 

「紹介するって話なのに、兄さんが居なかったら、どうしようもないけど?」

 

「……まぁ、そうだが」

 

 

妹の友人と一緒に飯を食べるって、やっぱりハードル高いかな?なんて、思いながらも無理矢理、納得させた。

いや、説得したが正しいか。

 

了承のメッセージを受け取って、今度こそスマホをポケットにしまった。

 

 

「じゃあ、帰るか」

 

 

兄が踵を返し、門へと向かった。

 

 

「あ、待ってよ」

 

 

少し小走りで兄を追いかける。

 

兄の身長の方が私より高い。

勿論、足の長さも兄の方が長い。

 

つまる所、兄の方が歩幅が広いのだ。

 

普通に歩いてたら、距離は離れ行くばかりだ。

 

私が追いついて、連れ添って歩き出すと兄は歩みを緩めた。

 

それを少し嬉しく思って、頬を緩めた。

 

 

「ん?なんだ?」

 

「なんでもないよ」

 

 

この瞬間。

幸せは此処にあるんだと、私は感じていた。

 

未来への不安や、恐怖、そんなモノを感じられなくなるほど、幸せだった。

 

遊歩道、信号機が赤く点灯していた。

私と兄は足を止めて信号が変わるのを待った。

 

ふと、風が頬を撫でて前髪を右手で触った。

 

これから、悪役になる予定の兄と、主人公になる予定の和希が会う。

何が起こるか分からない未知に、心の奥底が少し冷えたように感じる。

 

私のしている事は、物語の未来を打ち壊す浅はかな行動なのかも知れない。

 

だけど、それが希望ある未来に繋がるのであれば──

 

 

考えれば考えるほど、泥沼にハマっていくような錯覚をする。

 

そして、突如、私は突き飛ばされた。

 

 

「えっ?」

 

 

突き飛ばしたのは……兄だ。

 

私は歩道の奥で尻餅を付いた。

 

 

「にっ──

 

 

声を出す間も無く、巨大な何かが兄に衝突した。

 

 

「……あ」

 

 

頬に何か、粘着質な液体が。

ダメだ。考えるな。

理性が脳を、思考を鈍化させる。

 

 

「……兄さん?」

 

 

通り過ぎたのは車だ。

トラック、白い、通り過ぎた。

そして、壁にぶつかって……止まった。

 

兄は、兄は?

 

 

「兄さん……?」

 

 

そこには、関節があらぬ方向に曲がっている兄が……兄の、死体があった。

瞳は虚ろで、生気を感じさせない。

 

 

「……なんで?」

 

 

そこに居るのは私の筈だ。

死ぬのは私の筈だ。

兄が生き残る筈だ。

 

どうして私は生きている?

何故、兄が死んでいる?

 

 

「……え?」

 

 

擦れた声が口から漏れた。

倒れた時に足首を捻ったようで、鈍痛が走る。

 

周りの人間が悲鳴を上げていた。

 

 

「うっ……えっ……」

 

 

鈍化した思考で、少しずつ理解していく。

私は強烈な吐き気を催し、道端に吐いた。

 

 

その様子を、先程まで兄だったモノの、二つの瞳が見つめていた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

死体は、兄は大きく欠損していた。

顔合わせ出来るような姿をしていなかった。

 

 

警察が来た後の記憶がない。

私は病院のベッドの上で蹲っていた。

 

親戚の叔父が葬式の話を持ちかけて来て、兄が死んだ事を実感した。

ずっと面倒も見ていなかった癖に、こんな時にだけ顔を出してきて……本当に、腹が立つ。

 

兄を轢いた運転手は、気が動転していて真っ当な受け答えもできないらしい。

 

私は──

 

幾度か、洗面器に吐いた。

病院食が味気ないのか、それとも私の味覚がおかしくなったのか、何を食べても味はしない。

そして、口にしたモノを何度も吐き出した。

 

胃酸が逆流し、口の中の不快な酸味を噛み締めた。

 

鏡を見ると虚ろな目で、無表情な少女の姿があった。

 

 

「……楠木、稚影」

 

 

どうして、私が死んでいない。

物語では私が死ぬはずだった。

 

どうして、兄が死んだ。

彼は未来でやるべき事があるだろう。

 

どうして、どうして、どうして……。

 

 

私は鏡に写る少女を睨みつけた。

 

そうだ。

コイツが死ねば良かったんだ。

 

そもそも、兄は死ぬ運命じゃ無かった。

兄はコイツを庇って死んだんだ。

コイツが悪いんだ。

 

コイツが、楠木稚影が、私が悪いんだ。

 

 

私は頭を鏡に叩きつけて……看護師の人に止められた。

割れた鏡の破片が額に傷を付け、血を流していた。

 

気付いたら、私は両腕をベルトのようなモノでベッドに縛り付けられていた。

 

 

私のせいで死んだんだ。

私なんて生きている意味がないんだ。

死にたい。

死なせて。

 

そう願い続けていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「そう、ですか」

 

「えぇ、稚影ちゃん。さっき頭をぶつけて、自分が死ねば良かった……って」

 

「……すみません、失礼します」

 

 

そう言って、僕は眼鏡をかけた看護師の前から離れた。

 

 

僕は……『望月 和希』は、大きく息を吐いた。

胸の奥に残る不安を吐き出すように。

 

病院の廊下を歩くと、椅子に腰掛けている妹……希美の姿が見えた。

 

希美が僕に気付いて立ち上がり、声をかけた。

 

 

「どうだった……?」

 

「…………」

 

 

何も言えなかった。

先程、聞いた情報を希美に伝えたくなかった。

 

僕は楠木を友人だと思ってる。

最も仲の良い友人と言っても差し支えないだろう。

 

だが、希美と楠木の仲は、僕よりも深い。

同性だから、気兼ねなく話をしていた。

一緒に服を買いに行った事もあると、言っていた。

 

そんな妹に……言えるのか?

楠木が……死にたい、なんて言ってると。

 

 

「……あんまり、良くないんだね」

 

「……あぁ」

 

 

ただ、沈黙する事で暗に語ってしまったようだ。

言わなくても、言っても、関係のない話だった。

 

 

「私……稚影ちゃんと会いたい。話したい」

 

「それは──

 

 

会わせて良いのか?

僕は、僕だって……会いたいが、会うのは怖い。

もし、今まで話して来た楠木が……もし、本当に壊れてしまっていたら……。

 

 

「お兄ちゃん。稚影ちゃんが一番辛いんだよ。慰める……ううん、違う。立ち直れる切っ掛けになりたいの」

 

 

希美を見ると、その目には決意が宿っていた。

 

 

「……そうか」

 

 

なんだ。

会わせるべきか、なんて僕が考える事じゃなかった。

希美を守る為、なんて考えても、ホントは僕が怖かっただけだ。

 

希美は僕よりも強いんだ、大丈夫だ。

なら、僕も強くならなきゃな。

 

 

「希美」

 

「うん」

 

「面談、申し込んでくるよ」

 

 

僕は希美を連れて、受付へ向かった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

和希と希美から面談の申し込みが来たらしい。

断ろうとして……少し悩んで、許可を出した。

 

眼鏡の看護師さんはホッとした顔で、そそくさと部屋から出て行った。

 

故意に頭をぶつけてから、別室の個室に隔離されていた事を少し感謝した。

他の人がいたら、恥ずかしくて呼べなかったかも知れない。

 

看護師さんに腕のベルトを外してもらう。

 

 

少しして、恐る恐るといった様子で二人が入ってきた。

 

希美は私の姿を見て驚いたような顔をして、痛ましいモノを見るような顔をして、すぐ笑顔に戻った。

 

優しい子だ。

憐れみを見せまいと、笑顔を取り繕っている。

 

和希はあまり驚いた様子がなかった。

無関心、ではないだろう。

あらかじめ話を聞いていたのだろう。

 

決して短くない時間、だけど長くもない時間、二人は黙って私を見ていた。

何度か口を開こうとして、言葉が出ずに引っ込んでいるようだった。

 

そして、希美の震える唇が開いた。

 

 

「えっと……稚影ちゃん?」

 

 

……名前を呼ばれた。

悩んだ末に、結局何を言えば良いのか分からなかったようだ。

 

 

「うん」

 

 

私も擦れた声で返事をした。

吐きすぎて喉が痛いんだ。

 

 

「えっと……えっと……」

 

 

兎に角、何か話さないと。

そう考えている様子が見られた。

 

 

「楠木」

 

 

そうして待っていると、今度は和希が声をかけてきた。

 

 

「なに?」

 

「大丈夫……じゃない事は分かっている。苦しんでいる事も、分かっている」

 

「そっか」

 

 

思い詰めた表情で、和希は私の瞳を見つめて来た。

そして、私は……その目を……兄の物言わぬ眼を思い出して、目を逸らした。

 

 

「だけど、楠木の苦しさを僕は分かってやれない。分かってるなんて、そんな簡単な言葉では片付けられないよな」

 

「そう、だね」

 

 

彼は私が『苦しい』のだと理解している。

だけど、『どれだけ苦しいか』は理解できないと……ハッキリと言った。

 

それを無情だと考えるか?

いいや、私はそれが心地良かった。

 

分からない、とは否定の言葉ではなかった。

この感情は私だけしか理解できないのだと、肯定してくれたのだ。

 

 

「ありがとう、和希」

 

「……結局、僕は何もしてやれない」

 

 

和希が俯いた。

希美も申し訳なさそうに声を出した。

 

 

「わ、私も……何も言えてないし、何も出来なくて……ごめんね」

 

「ううん、良いよ。ありがとう、希美」

 

 

彼女が気を遣ってくれているのを、私は感じていた。

それだけで充分だ。

 

言葉だけが慰めじゃないのだ。

彼等の表情が、態度が、行動が……慰めてくれる。

 

 

「二人とも、ありがとう。私はもう大丈夫だよ」

 

「でも……」

 

「もう、死のうとなんてしないから」

 

 

私が死んだら、二人は悲しむだろう。

自惚れなんかじゃない。

彼等は私の事を『大切だ』と思ってくれている。

 

それはどんな陳腐な言葉よりも、その深い沈黙と思いやりでこそ私に伝わった。

 

だから、もう私は死のうと思わない。

彼らを悲しませたくない。

 

 

「本当にありがとう」

 

 

私は二人に微笑みかけた。

虚ろな心を隠して、頬を緩めた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

その後、二人とはたわいも無い話をして、帰って行った。

 

看護師は話を聞いていたようで、私の腕の拘束具を外したままにしてくれた。

感謝を述べると、困ったような笑顔で笑っていた。

 

 

そして、深夜。

私はベッドから立ち上がった。

 

足首に少し痛みがあったけど、耐えられない程ではない。

 

私は、鏡の前に立った。

 

 

望月 和希。

望月 希美。

 

二人は私を『大切だ』と思ってくれている。

 

私は?

勿論、彼等を『大切だ』と思っている。

 

そして、二人に降り掛かる災厄を思い出していた。

 

特に、希美の……。

 

希美も、私と同様にゲームでは立ち絵すら存在しない。

……将来、死ぬからだ。

ゲーム通りならば、回避できない未来。

 

 

だけど、私の兄は死んだ。

私のせいで死んだのだ。

 

 

それは既に原作から乖離している現象だ。

それが私によって引き起こされたのなら、私にも未来を変えられる。

 

それならば、私が彼等の絶望を取り除こう。

例え、何をしても。

 

 

だけど、今の私では力不足だ。

ただの少女に未来を変えられるほどの力はない。

 

ゲームの設定にある『異能』。

 

『能力者』は怒り、悲しみ、嘆きをトリガーに成長していく。

 

私が彼等を助ければ……その絶望を取り除けば、主人公である和希の成長は失われ、そして……死を迎えるだろう。

 

 

だから、和希には絶望を与えなければならない。

 

その役目を行なっていたのは?

兄だ、『楠木 影介』だ。

 

それなら──

 

 

「私が兄さんの代わりになる」

 

 

私は強く、強く、念じる。

 

『異能』は、素質を持った人間が心にダメージを負い、強く『何か』を願う事で目覚める。

 

そして、『異能』の有無は血の繋がりによって継承される。

 

つまり、『能力者』になる予定だった兄の妹である私には、素質のある可能性が高い。

 

精神的なダメージ……愛していた兄が死んだんだ。

私にとって、これ以上の苦しみはない。

そう断言できる。

 

目覚めない訳がない。

兄の死を、この悲しみを、苦しみを否定させない。

 

鏡を強く、強く睨みつけ、願う。

 

力が欲しいと、未来を変えられる『武器』が欲しいと。

 

 

直後、私の手元がボヤけた。

そして、そこに『剣』が現れた。

 

 

ガラスのように半透明で不明瞭。

青い血管のような生々しい管。

曲線を描いて、私の身長と同じぐらいの大きさ。

なのに、重さは少しも感じない。

本当に現実に存在しているのか分からない……いっそ、幻覚なのだと言われた方が信じられる。

 

そんな、禍々しい『剣』。

 

まるでゲームから直接抜き出したかのような……あぁ、ここは、ゲームの世界だった。

歪んだ価値観を押し付けられた、創作物の世界だ。

 

 

しかし、鏡には『剣』は映らない。

この『剣』は『異能力者』にしか見えない、不可視の凶器だ。

鏡に映らず、映像にも残らない。

 

私の苦しみ、怒り、負の感情が形として具現化した『剣』なのだ。

現実の物理法則を断ち切り、物理法則を歪める『異能』の『剣』だ。

 

 

私は……鏡に向かって笑いかける。

 

 

「私が兄さんの代わりに……」

 

 

二人の友人の姿を頭に浮かべる。

 

和希。

 

希美。

 

 

「ハッピーエンドの為に……」

 

 

左手で自分の頬に触れた。

 

 

涙はもう流れない。

渇き切った。

 

悲しみに嗚咽は漏らさない。

その資格は無くなった。

 

これから私が行うのは、人が知れば怒り、恥知らずと、恩知らずと、蔑むような事だ。

 

二人の幸せの為に、二人を傷付ける。

 

その覚悟がわたしにはある。

 

 

「私が、悪役になる」

 

 

月明りが溢れる病室で、私は仄暗い覚悟を抱いた。




次回は、1月15日(日曜日)予定!
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