【完結】腐血のサルヴァトーレ:TS悪役外道転生 作:WhatSoon
深夜の路地裏。
「あ、あわ、わ……」
私、
でも、仕方ないだろう。
多分、所長だって許してくれる。
「…………」
私の視線の先に居るのは、楠木 稚影。
殺人現場の重要参考人として、事情を説明して協力してもらった人だ。
憂いを帯びた目をしており、どこか陰鬱な空気を感じる美麗な女性だったけど……まさか、能力者だとは思わなかった。
しかも……今まで、私が出会った能力者の中でとびっきり。
そう、とびっきり異常な能力に見える。
あの肉と臓物で出来たカラスは何なのか?
そもそも、あのグロテスクな巨大な剣は何なのか?
分からない。
だけど、所長は言っていた。
異能とは、その人間が持つ本質を表す力だと。
そして失ったもの、願望を具現化する傾向にあると。
だからこそ、怖い。
分からないから、怖い。
「……あ」
あの能力を直に受けた容疑者、というか犯人の女性は気を失っている……のだろうか?
死んでいないだろうか?
心配になると同時に、あの姿が自分の末路を想像させる。
かつ、とコンクリートを靴の踵が叩いた。
稚影さんがこちらを振り向いたのだ。
「ひっ」
思わず、私は剣の異能を発動させた。
その力は相手の遠近感をズラす能力だ。
遠くにあるものを近くにあると思わせて、近くにあるものを遠くにあると思わせる。
これにより、私の位置を誤認させることができるのだ。
普段ならば危険を遠ざける、信頼できる異能。
だけど今は、心許ない。
そんな私に対して、稚影さんは薄く笑った。
その様子が怖くて──
「大丈夫?怪我は痛まな──
「い、命だけは勘弁してくださ〜いっ!」
命乞いと同時に、稚影さんの心配するような声が聞こえた。
「え?」
「はへ?」
互いに困惑の声を出して、私は稚影さんの顔を見た。
どうしたらいいか分からない……って顔をしていたけれど、自分の手に持つグロテスクな剣に気付いたようだ。
「……そういえば、見えるんだったね。そりゃ怖いか」
稚影さんの手元の剣、肉で覆われた大きな剣が溶けていく。
そして、ガラスのような綺麗な剣が現れて……砕けた。
威圧的な雰囲気と、腐ったような臭いが霧散した。
どうやら、敵ではないらしい。
私はようやく理解した。
というかそもそも、ピンチの私を助けてくれたのだから敵な訳がない。
場の雰囲気に怯え過ぎてしまった。
深呼吸、深呼吸……よし。
恐る恐る、私は稚影さんへと視線を戻した。
「あ、あのぉ……助けて頂いて、ありがとうございます……?」
「え、うん。どういたしまして……その怪我、大丈夫?立てる?」
優しげな声色に安堵して、私は首を何度も縦に振った。
「け、軽傷です!立てま──
そうして立って……うん。
足がガクガクで産まれたての子鹿みたいな仕草になっちゃってるけど、立ち上がった。
その瞬間、足に刺さっていたペンの感触に──
「いた゛っ、い痛っ、い゛たいっ……!」
顔を顰めて蹲った。
全然ダメだ、めちゃくちゃ痛い。
さっきまでは興奮してアドレナリンが分泌してたから、痛みも抑えられていたのだろう。
今は無理だ。
激痛だ。
涙も出てきた。
そんな私を見て、稚影さんが苦笑している。
「あー……大丈夫じゃなさそうだね?七課の人がもう少しで来る筈だから、ここで安静にしよう?手当して貰って、病院で診てもらった方がいいよ」
「そ、そうします……迷惑かけて、すみません」
「それは大丈夫。迷惑だなんて思ってないからね」
少し明るげに、安堵させるように私に寄り添ってくれる。
気付けば、私は異能を解除していた。
心の壁を取り除かれたかのように、自然と、すんなりと、彼女を受け入れていたのだ。
そうして怪我を負って動けない私は、警察の方々が来るまで彼女と会話することにした。
「……あの、稚影さんって、『能力者』だったんですね?」
「うん、まぁね。能力者だし……何年か前から、七課の人と協力して、異能犯罪者を捕まえる仕事をしてるよ」
「え、そうなんですか!?……舞上さんも言ってくれれば良かったのに」
私は脳内で軽薄に笑っている警察官を思い出して、悪態を吐いた。
「そういう雛ちゃんも、普段から異能犯罪の解決に協力してるの?」
「それはまぁはい、そうなんですが……別に異能犯罪じゃなくても、協力してますよ。その時は舞上さん経由ですけど」
「なるほど……信頼されてるんだね」
「し、信頼されてるって、まぁ、えと、はい、そうかもしれませんけど」
小っ恥ずかしいことを言われて、私は口を吃らせてしまった。
舞上さん、私のことすーぐ子供扱いしてくるし、信頼されてるって言われても、なんだかな。
稚影さんは会話しつつ、私の横に座った。
「その傷、痛む?」
「それは、はい……痛いです」
「私の異能なら、鎮痛できるよ。しよっか?」
「……えーっと、ではその、お、お願いします?」
直後、稚影さんの手元に剣が現れた。
「じゃ、少し手で触れるね?」
「は、はい」
傷の近くを稚影さんの手が触れる。
痛みを感じたのは一瞬で、すぐに感覚が麻痺していく。
「……っ」
なんだか、歯医者で麻酔を受けた時の気分だ。
軽く痺れるような感触の中、稚影さんが手を離した。
「はい、これで終わり。でも怪我が治った訳じゃないから、ちゃんとお医者さんに診てもらうこと。あと無理もしちゃダメだからね?いい?」
「は、はい……ありがとうございます」
稚影さんの異能の正体は分からない。
あの肉の剣、グロテスクな鳥。
気を失っている犯人。
聞けば教えてくれるのだろうか?
って……いうか。
「あの、由美香さんは大丈夫なんですか?」
「由美香……?あー、あそこの毒殺事件の犯人?」
稚影さんがコンクリートに突っ伏している、由美香さんを指差した。
「気を失ってるみたいですけど……その、心配で」
「自分を殺そうとした人を心配するの?」
「え、あ、はい」
咄嗟に頷くと、稚影さんは目を何度か瞬いた。
「……ふーん、そっか。ま、あそこの人は大丈夫。ちょっと身体を弄って昏睡させただけだから、丸一日ぐらい寝たら目を覚ますよ」
「はぁ……なら、良かったです」
安堵の息を吐くと、稚影さんは目を細めた。
そして、何処が嬉しそうな……私を通して誰かを思い出すような、そんな顔をした。
その表情に、私はどこか……稚影さんの性格を僅かながらにも理解できた気がした。
そして、そんな彼女が何故、これほどまでに強力な異能を持つのか、不思議に思った。
異能は、人の心の傷だ。
悲しみや苦しみ、怒りや嘆きから生まれる。
そう、所長が教えてくれた。
だとしたら、こんな強力な異能を持つ稚影さんは……きっと、私が想像できないほど、悲しくて苦しくて、辛い記憶を持っているのだろう。
私に寄り添う彼女に、少しでも寄り添いたい。
私はそう、薄らと考えていた。
暫くして、七課の人がやってきた。
少し慌てた様子だ。
「雛ちゃん、大丈夫っすか……って」
舞上さんが、私と、すぐ側で座っている稚影さんを見て顔を顰めた。
本当に嫌そうな、嫌悪感たっぷりの顔だ。
その様子に私が困惑していると、稚影さんが立ち上がって、私から少し離れた。
「彼女、怪我をしてたから。私が手当はしたけど、早めに病院に──
「使ったのか?お前の異能を」
稚影さんと私の間に、舞上さんが割り込むように入ってきた。
私に背を向けている所為で顔は見えないけれど、怒っていることが背中から分かった。
「あ、あの……舞上さ……ん?」
背後から声を掛けようとしたけれど、こんなに怒ってる舞上さんは初めてで、どうすべきか分からない。
そんな私を他所に、稚影さんと舞上さんが向き合った。
「私に依頼をしたのは貴方じゃない?助けるために異能を使っても良いって許可、出したでしょ?」
「犯人に対する異能の行使は許可したが、犯人以外に使用して良いと許可した覚えはない」
「そう。だとしたら、次からは気をつけるけど……予め、教えてくれると嬉しいかな」
稚影さんも何処か目が据わってる。
舞上さんが言っていた『苦手』という言葉が脳裏に過ぎった。
「そういう話じゃない……!そもそも、お前はその異能を他人に使うリスクを──
「舞上さん、ストップ!ストップです!」
私は怪我を押して、中腰になりつつ、舞上さんの腰を後ろから掴んだ。
「ちょ、な、なん、何すか、雛ちゃん!今ちょっと真面目な話してるんすけど!」
「その真面目な話とかいうのを止めて欲しいからやってるんです!」
「や、やめるっす!パンツずれるから!」
腰に巻いているベルトの後ろ側を掴んで揺さぶれば、舞上さんが怒りから呆れへと表情を変えた。
そんな舞上さんと私を見て、稚影さんは目を丸くしていた。
「舞上さん!稚影さんは私を助けてくれただけです!別に悪いことしてないですし、酷いことされてないです!」
「そ、そう見えるかも知れないっすけど……!」
「理屈に合わない曲がった事が嫌いなんじゃないっすか?今やってる説教、そういう類のパワハラですよ!」
「パ、パワハラ……っすか!?いや、そ、そうじゃなくてっすね、この人は──
「ぷっ」
私と舞上さんが揉みくちゃになっているのを見て、稚影さんが笑った。
先程の剣呑な様子は霧散して、先程までの稚影さんに戻っていた。
それは、舞上さんもだ。
「……何すか」
「いや、貴方もそんな顔するんだなって。雛ちゃんが心配で、私に助けるよう、嫌々でもお願いするだけの事はあるなぁってね」
稚影さんの言葉に私は目を瞬く。
「え!?舞上さん、私のこと心配してたんですか!?」
「ちょ……そ、そりゃ心配するっすよ!だって一人で追うって言ってたし、勝手に飛び出すし、万が一があれば面目立たないし」
要らない心配だ、なんて言わない。
実際、稚影さんが居なければ、犯人に殺される……とはいかなくとも、確実に逃げられていたし。
「……そーですか」
それでも不満だと、口を膨らませていると、また稚影さんが笑みを浮かべて頷いた。
「ふふ……まぁ、警察も来たし、私は帰らせて貰おうかな。調書なんかも取らなくていいでしょ?」
「……まぁ、いいっすけど」
「そう……ところで、店に置いて来た私の荷物、持って来てる?」
「パトカーの中に」
「気が利くね」
どこか無愛想な舞上さんの言葉に従って、稚影さんが帰ろうと私の横から立ち上がった。
「ち、稚影さん!」
思わず、呼び止めた。
「うん?どうかした?雛ちゃん」
不思議そうに顔を傾けた稚影さんに対して、私は頭を下げた。
「ありがとうございました!」
危ないところを助けて貰った。
怪我の手当もしてくれた。
その礼はしなければならないと、と思い口にしたお礼だ。
そんな私の言葉に、稚影さんは笑った。
「……どういたしまして。またね、雛ちゃん」
「は、はい!また!」
稚影さんに手を振られて、私も振り返す。
それだけで何だか、分かり合えたような気がした。
そのままパトカーから手荷物を回収して帰路へ向かう稚影さんを見送り……私は舞上さんに向き合った。
「舞上さん!何で稚影さんに、あんなに当たりが強いんですか?あの態度は酷いですよ!」
「それは、あー……」
「もしかして、元カノですか!?」
「そんな恐ろしい事、冗談でも言わないで欲しいっす」
ぐえーと顔を顰める舞上さんがパトカーのドアを開けた。
そして促されて、私はパトカーの後部座席に乗せられた。
七課お抱えの病院に連れて行ってくれるそうだ。
……治療費とか大丈夫だろうか、ちょっぴり心配だ。
そう考えつつも、運転席に座った舞上さんに声を掛ける。
「……舞上さんが、何でそんなに稚影さんを怖がるのか、私には分かりません」
「……分かんなくていいっすよ」
「よくないです。教えてくれないと、舞上さんが理不尽な人に見えますよ?でも舞上さんは理不尽な人じゃないですよね?モヤモヤします」
「……じゃあ僕、理不尽な人でいいっす」
「だから、よくないですって!」
後部座席で腕を組みながら唸っていると、舞上さんがエンジンをかけた。
そして、車を発進させた。
私はミラー越しに辟易している舞上さんを睨む。
一瞬視線が合って、舞上さんがため息を吐いた。
「雛ちゃんは好奇心旺盛っすね」
「それほどでもありません」
「褒めてないっすよ、まったく」
もう一つため息を吐いた。
「…………」
しかしどうにか、根比べは私が勝ったようで、舞上さんが口を開いた。
「雛ちゃん。あの人はね、違うんすよ」
「……え?何がですか?」
「雛ちゃんとは、警察と協力している経緯が」
「……自主的ではないと?」
「そういう事っす」
そこで話を切られて、私は顎に手を当てた。
どういう事だろうか。
自主的ではないということは、強制的に警察に協力させられていた、という事になる。
七課が能力者に協力を頼む際、形式だけとはいえ「お願い」という形になっている。
だというのに、彼女は強制的に協力させられている。
それは何故か。
協力しなければならない理由が、稚影さんにはあったということ。
そして、そんな能力者の存在を私は知っていた。
「……司法取引、ですか?」
稚影さんが、元・犯罪者だったということだ。
私や先輩が逮捕に協力した能力者は七課に捕縛され、刑期の短縮を対価に異能を使わされることがある。
稚影さんも、同様の事をしていた……という事なのだろう。
「…………」
バックミラー越しに見える舞上さんの表情から、私の予測が正解である事を悟る。
あの稚影さんが……犯罪者?
しかし、それも少し理解できた。
人が死ぬような状況で、あの落ち着き様は尋常じゃなかった。
「それで、稚影さんはどのような犯罪をしたのですか?」
「……そこ聞いちゃうんすか?敢えて言わないようにしてたの、分かってるっすよね?」
「分かります。けど、訊きますよ」
舞上さんは少し困った様子をしてから、何かに気付いたような顔をした。
そして、信号待ちの中、バックミラー越しに私を見た。
「まぁ、この先の話を聞いて、雛ちゃんがあの女に馴れ合わないよう牽制するのもいいっすね」
「……随分な事を言うんですね?続きを聞けば、確定で私が嫌うだなんて」
そう言葉にするのはある意味、誠実なのだと思う。
稚影さんのフルネームを私は知っている。
異能を持つ能力者の犯人の名前なんてインターネットで検索しても出てこない。
だけど、探偵である私なら別。
本気になれば、調べる事だって可能だ。
そして、自分から事件の詳細を調べられるぐらいなら、舞上さんの主観を踏まえた上で話した方がマシ……と判断したのだろう。
舞上さんは、ポツリと口を開いた。
「『都内連続猟奇殺人事件』」
「え?」
「『ゼリーマン』、『天誅ヘドロ』、聞いた事ないっすか?都市伝説とか」
「……ありますけど」
舞上さんの言葉に、私は小さく頷く。
10年ほど前。
定期的に発生していた、と言われている猟奇連続殺人事件だ。
当時、小学生だった私は、学校でその話題を聞いた事がある。
曰く、事件は隠されている。
本当は解決していないのに、警察が解決したフリをしている。
今でも、報道規制が掛かったままで、人は殺され続けている。
なんて、話。
被害者の遺体がゼリーのように溶けている。
そんな嘘のような、ミステリーではなく、ホラーな都市伝説。
「あれが全部、あの女の仕業っす」
「……え?」
「今日捕まえた犯人なんか可愛いぐらいの、凶悪で残酷で、冷酷な連続殺人鬼。それが楠木 稚影の正体っす」
鈍器で頭を殴られたかのような衝撃が、私の心を揺さぶった。
「な、なんで……え?そんな事をした人が……」
「僕の上司、さらにその上。彼女は有用だって、言い張って……まぁ、ああしてシャバで生きてる訳っす。僕にも分かんないっすよ」
「…………」
私は口元に手を置いた。
異能を使った連続猟奇殺人鬼。
私を助けてくれた優しい人。
二つの印象が結び付かない。
「……何か事情があったのかな」
「事情があれば、人を殺していい理由にはならないっすよ」
「そりゃ分かってますけど……!分かってはいるんですけど……」
「まぁ、でも分かったっすよね?あまり心を開くべき相手じゃないって事っす」
「……そう、ですね」
そんな話をしている間に、パトカーは病院の前に到着した。
「はい、到着したっす。暗い話はおしまいにして、さっさと治療を受けるっすよ」
「……入院とかしなきゃいけない、ですか?」
「ここ、能力者の医者がいて治癒してくれるんで大丈夫っすよ。今日ここで治して、元気に歩いて帰れるっす」
「うっ、でも私、ここから家が遠くて……歩いて帰るのはしんどいです……」
「歩けるってのは言葉の綾っすよ。ちゃんと、車で送ってあげるっすから。ほら、降りた降りた」
そうして、舞上さんに急かされて私はパトカーを降りて……肩を貸されて、病院の中へと入っていった。
◇◆◇
翌日。
土曜日の朝。
「……おはよう、ございまーす」
私は『総合探偵社アガサ』に来ていた。
土曜のアルバイト日なのだ。
「ん?元気がないな、折村」
「昨日色々とあってぇ……」
「ああ、そのことか。昨日はお手柄だったらしいな」
結衣所長にそう言われて、少し自己肯定感が刺激される。
……でも、あれ?
私、昨日の事件について報告した覚えはないんだけど。
「……七課の人から聞いたんですか?」
「いや?アイツら、私達の事を部外者だと思っている節があるからな。個人的な知り合いから聞いた」
「……知り合いですか?」
よく分からない返答に、疑問を抱く。
「ああ、そうだ。丁度、事務所に来ているから会っていけ」
「はぁ……?」
誰の事だろうか。
結衣所長の言葉から察するに、私とも面識がある人だろう。
ああ、舞上さんだろうか?
警察としてではなく、個人として結衣所長に連絡を取ったとか。
そう思いつつ、応接室に入ると──
「え?」
「…………あ」
ソファに座って、
なんで?どうして?
疑問が湧きつつも、結衣所長と面識があった事に驚く。
そして、昨日、舞上さんと話した内容を思い出す。
「稚影、さん?」
「あー……昨日ぶりだね、雛ちゃん」
この人が連続殺人鬼。
スプラッターホラーで定番になるぐらい有名な都市伝説の、正体。
正直に言えば、怖い。
だけど、怖いだけじゃない。
「き、昨日ぶりです……」
私は怯えてはいる。
だって、彼女のことが分からない。
善人?悪人?
そもそも、何故?
どうして?
何も分からない。
そして私は、分からない事が嫌いだ。
分からない事を分からないままにする自分が嫌いだ。
「……何かあった?」
「え?」
「少し、ぎこちないから」
見透かされた、そんな気がした。
「……舞上さんから、聞きました」
「何を?私の悪口?」
「……まぁ、そうです」
明確に何を、とは言わない。
それでも、稚影さんは理解しているようだ。
私が彼女の過去を、舞上さんから聞いたという事を。
「……うん、分かった。ごめんね?」
「え?」
「あまり長居はしないし、何もしないから心配しないで」
その上で、稚影さんは私を気遣った。
怖がっている私を。
恐怖を感じている私を。
だというのに、私は怯えていて良いのか?
稚影さんの事が『分からない』で済ませて良いのか?
「いえ、お気遣いなく……!長居して頂いて大丈夫です!」
良い訳がない。
「え?」
私は稚影さんの前、向かい側に座った。
そして、最中を手に取った。
「これ、稚影さんが買ってきてくれたんですか?」
「……そうだけど」
「いただきます!」
「……どうぞ?」
袋を開けて、口に運ぶ。
僅かな塩味と、甘い豆の味。
「……………」
無言で食べる私に対して、稚影さんは呆気に取られつつ……口を開いた。
「……怖くないの?」
「怖いですよ!」
「……そう、だよね?」
「でも、分からない事を分からないままにするのは、探偵失格です!」
「え?」
「教えられた情報と、私が知る稚影さんの情報は乖離しています。であれば、話して、分からなければなりません」
「うん……?」
稚影さんの顔を見る。
驚いたような、呆気に取られたような顔だ。
「ですから、話しましょう。まずは……昨日はありがとうございました!」
「え、あ、うん……どういたしまして?」
過去に起こした事件について訊かれると思っ
ていたのだろう。
稚影さんは肩透かしを食らったような顔をしていた。
「稚影さんの能力って、どういう能力なんですか?」
「え?あ、えっと……肉を操る能力で。こう、肉の塊の動物を作ったり、剣を肉で囲んで巨大化させたり、自分や他人の肉体を操作できたりする、けど」
「凄い能力ですね!私は相手の遠近感を狂わせる能力です。稚影さんのような利便性はないので、正直言えば少し羨ましいです」
「う、羨ましい?」
「はい!」
私が頷くと、稚影さんは困惑したまま……私へと視線を戻した。
「もっと、聞きたい事はないの?」
「え?えっと……好きな食べ物は?」
「プリン……じゃなくて、私の前科について、とか」
「いえ、聞きません」
「……どうして?」
稚影さんの言葉に、私は首を振った。
「犯人から事件の詳細を教えて貰うなんて、探偵失格だからです!」
「え……?え?」
「私は自力で、稚影さんが事件を起こした理由を察します!稚影さん自身から教えて貰わなくても、大丈夫です!」
「……そ、そうかな?」
稚影さんは困惑しているが、私は大真面目だ。
「それに、私は稚影さんのことを私自身の力で理解したいです。舞上さんや、所長、稚影さん自身からの評価なんて知りません!」
「……私からも?」
「はい!私は稚影さんに、昨日、助けて貰いました!その時、優しくしてくれたのも覚えてます。ですから、それが私の評価です!」
「……そう」
私の言葉に稚影さんは苦笑した。
呆れたのかもしれない。
でも、それでもいい。
私はそれでいい。
「それに稚影さんは自己評価低そうですからね。私が聞けば、主観が入っちゃいそうです」
「そ、そんな事は、ないよ?」
「そうですか?普段から親しい人に言われてませんか?」
「……言われてるかも」
私の言葉に、稚影さんは目を逸らした。
「稚影さん、美人でスタイルも良くて、性格も良いんですから!もっと自信を持った方がいいですよ!」
「……そ、そんな事ないんじゃないかな?」
「ありますよ!旦那さんとか彼氏とか、居ますよね?居ないんですか?」
「か、彼氏はいるけど」
その言葉で、私の中の野次馬根性に火が着いた。
「じゃあ、その彼氏さんが悪いですね!もっと稚影さんを褒めた方がいいです!」
「い、いや、私のこと、普段から褒めてくれてるから……」
彼氏とは、どんな人だろうか。
稚影さんの性格から、隠し事は出来なさそうだ。
過去についても知っているだろう。
それでも付き合っているのだから、相当、稚影さんに入れ込んでいるに違いない。
「どんな人ですか!彼氏さんは──
「何やってんの、折村さん。客人捕まえて」
応接室の扉が開いて、顔を出してきたのは……和希先輩だ。
「あ、先輩!どうかしたんですか?」
私の想い人……だったのだけれど、最近、彼女さんが居る事が発覚してしまった。
その彼女さんと別れるまで、私にはチャンスがない。
はやく別れて欲しい!
「いや、稚影が来てるって聞いたから、顔出しに来たんだけど……何してるんだ?」
「何って、最中食べてる」
「結衣さんへの手土産で買ったヤツだろ、それ。何で自分で食べてるんだ……」
呼び捨て、しかも、気安い会話。
そこから、和希先輩と稚影さんが知り合いなのだと分かった。
「あの、和希先輩!」
「ん?」
「ずばり、稚影さんと、どういう関係なんですか?」
友人か、親友か、そう訊こうと思ったのだけれど──
「ああ……恋人だよ」
「え゛」
稚影さんは、敵だったのだ。
私と仲良くなるフリをしながら、私の想い人と恋人だったのだ。
酷い話だ!
なんて、脳内で悶えつつ、稚影さんを見た。
「……なに?雛ちゃん」
「稚影さん、先輩と恋人だったんですね……?」
「まぁ、うん」
ちらちらと稚影さんと、和希先輩を見る。
過去に罪を犯した稚影さんと、どんな悪事も許さない和希先輩……恐らく、和希先輩は稚影さんの秘密を知っているのだろう。
その上で、恋仲なのだ。
これはもう、生半可な恋ではない。
私に万が一の勝ち目はないだろう。
「……うう」
「え?雛ちゃん?どうしたの?」
「いえ……砕け散りました」
「え、何が……?」
私における今世紀最大級の失恋だ。
今、私の恋心と乙女心と自尊心は砕け散ってしまった。
「放っておけ、稚影。折村さん、いつもこうだから」
和希先輩が酷い事を言っているのを無視して、私は最中を口にした。
少し、しょっぱかった。