【完結】腐血のサルヴァトーレ:TS悪役外道転生   作:WhatSoon

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6話:特別な貴方へ

「死ね」

 

 

『剣』を突き立てる。

生暖かい液体が、男から溢れる。

悲鳴を上げているようだが、耳には入れない。

 

 

「死ね、死ね、死ね」

 

 

何度も突き立てる。

ざくり、ざくりと穴が空く。

男は身を震わせて、失禁した。

 

もう、悲鳴は上げる事も出来ない。

 

踏み付けて……『剣』を振り上げる。

 

 

「死ね、死ねっ、死ねっ!」

 

 

血よりも赤い色をした『剣』を、振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

僕の父……望月 正人が死亡してから、二年が経った。

 

啓二さんが僕と希美の保護者となり、僕は『総合探偵社アガサ』……つまり、結衣さんの探偵事務所でアルバイトをしている。

……中学生の頃は労働基準法的にコソコソとしていたけど、僕ももう高校一年生だ。

公にバレても問題なくなった。

 

さて、探偵事務所でのアルバイトだけど……異能関連の事件は起こっていない。

あの日から、死体を溶解される連続殺人事件も起こらなくなった。

 

目的を果たしたからか……何故なのか。

不審に思いつつも、人が死なないのは良い事だと胸を撫で下ろした。

 

なので、僕は結衣さんの助手をしているけど……実際にやってる事は迷子の動物を探したり、不倫調査だったり……そんな、命の危機もない調査ばかりだ。

結衣さんの『異能』は尾行や、調査に有用だ。

 

……あんまり、僕が役に立っている気がしない。

 

 

『異能』関係といえば、日課のトレーニングに剣技の練習を取り入れた。

本を読んでの練習で、指導なんかもされてないけど……。

 

そうして、二年の月日が流れて。

 

 

 

 

今日、ついに──

 

初めて、『異能』関連の事件へ、足を踏み入れる。

 

 

「和希、朝飯は抜いたか?」

 

「……何でですか?」

 

 

結衣さんの言葉に、首を傾げた。

 

 

「死体を見るのは初めて……ではないだろうが、慣れてはいないだろう?」

 

 

結衣さんの気遣うような言葉に驚く。

何というか……結衣さんは、その……我が強く、個人主義みたいな所がある。

人を気遣うイメージがなかった。

 

 

「現場を吐瀉物で汚されたら、堪らないからな。吐いたら、お前を蹴る」

 

「結衣さん……」

 

 

上がった株は、一瞬で暴落した。

まぁでも、そんな事だろうと思った。

 

僕は物々しい黄色と黒のテープを潜り……事件現場へと入る。

場所は公衆便所……男子トイレだ。

 

……誰かいる。

人影は一つだけだ。

 

 

「……あ、啓二さん」

 

「ん?……和希くんと、結衣か」

 

 

啓二さんが、青いビニールシートの前にいた。

鼻に、むせ返るような焦げた肉の臭い。

 

床のタイルを見れば、赤黒く変色している箇所が複数あった。

血にしては、黒過ぎる。

 

 

「啓二、退け」

 

 

結衣さんが『剣』を発生させながら、ビニールシートの前に立つ。

ビニールシートは山のような形を作っている。

そして、恐らく、その下は……死体だ。

 

結衣さんの持つ『剣』が、脈打つ。

彼女は目を瞑っていて……能力を行使している。

 

物の過去を見る力。

それは生物には無意味だが……その生物が着用している衣服から見れば良いだけの話だ。

見える『物の記憶』は昔であれば昔であるほど、見え辛くなる。

今は早朝……犯行は恐らく、昨日の深夜だ。

 

 

どれだけ見えるのか、それは──

 

 

「……チッ」

 

 

結衣さんが『剣』を消滅させた。

それを見た啓二さんが口を開いた。

 

 

「……少しは見えたか?」

 

「多少はな……犯人の容姿までは分からなかったが」

 

 

結衣さんが、ビニールシートに手を触れる。

そのまま少し、捲れば──

 

 

「うっ」

 

 

大量の刺し傷、切り傷……しかし、それらが霞む程に異常な死体があった。

 

黒く、変色していた。

焼け焦げて体の中心は炭化している。

 

焼死体だ。

焼け焦げているのは胸の部分と、左足だ。

 

 

「啓二、お前の考えている通りだ。これは『能力者』による犯行だ」

 

「……引火性の化学物質の痕跡は出ていなかったからな。これほどまでの火力が出せるのなら、何かしら痕跡が残る筈だ」

 

 

つまり、焼死体に化学薬品の痕跡も残っていない……そこから、『異能』による殺人事件だと予想したのだろう。

 

啓二さんが死体に視線を向けた。

……僕は結衣さんに視線を向けた。

 

 

「『発火能力(パイロキネシス)』って奴ですか?」

 

「そうやって固定観念で決めつけない方がいい……『異能』の性質は人によって異なる。全くもって同じ能力は存在しない」

 

 

結衣さんが、ため息を吐いた。

 

 

「例えば、だ。『炎を作る能力』、『物質を発火させる能力』、『物を火に変える能力』、様々な物が存在する。決めつけて掛かれば、足元を掬われるぞ」

 

「す、すみません」

 

 

思わず謝って、一歩引く。

結衣さんがしゃがみ込んで、遺体に顔を近づける。

 

 

「……遺体の発火元は胸元と左足。範囲は極小……しかし、炭化させるほどの高熱。服の燃焼具合から、短時間で瞬間的に焼き焦がしている」

 

 

視線をずらし、公衆便所の床を見る。

 

 

「燃え移った箇所はなく、発火元に収束している……」

 

 

結衣さんは鼻を鳴らして、天井を見た。

電灯が光っている。

 

結衣さんはそれを訝しむように見て、啓二さんへ視線を戻した。

 

 

「啓二、被害者に何か特筆すべき点はあるか?」

 

「……そうだな、素行はあまり良くなかったらしいぞ」

 

「フン、そんなもの。見れば分かる」

 

 

僕も遺体を見る。

思わず、顔を顰めて……なるほど、確かに。

偏見かも知れないけど、あまり真面目そうには見えない。

 

 

「名前は柏木 隼人、22歳、フリーター。配偶者はなし。母親と父親は存命だが、一人暮らし。近所からの評判はあまり良くなかったそうだ」

 

「大した情報ではないな。他には?」

 

「彼の知人が一人、先週死亡している」

 

 

結衣さんが目を細めた。

 

 

「ほう……これと同様の死に方か?」

 

「いいや……だが、火災による死亡だ。車に乗車中、突然の発火。原因は不明……乗用車の製造元では設計不良疑惑のリコールが起きる大事となった」

 

 

その話は僕も知っていた。

連日、テレビで放送されていたからだ。

 

 

「つまり、事故として片付けられたと」

 

「そうなるな……だが、間違いなく、今回の件と同一犯だろう」

 

「だろうな」

 

 

結衣さんが立ち上がり、首を捻り、肩を鳴らした。

 

 

「その発火事故……いや、事件の映像は残っているか?」

 

「ドライブレコーダーに映像があった……しかし、火元は全く見えなかったぞ」

 

「『異能』による発火か?」

 

 

そうだ。

『異能』ならば一般人には見えず、カメラにも残らない。

この事件の『異能』が『火を創り出す能力』なら、辻褄が合う──

 

僕がそうかんがえていると、結衣さんが考え込むような表情をした。

 

 

「……いいや、それなら……啓二、ドライブレコーダーの映像を見せろ」

 

「手元に持ってる訳ないだろ、署に戻らないと」

 

「なら、後で見せろ。それと、コイツらの交友関係を洗い出せ」

 

「……はいはい」

 

 

結衣さんは人使いが荒い。

それは僕もよく分かっている。

 

探偵業で扱き使われているからだ。

だけど、彼女はそれ以上に自分でも動く……だから僕は文句を言わない。

 

啓二さんも、きっと同じだろう。

疲れたような表情をしながら、頷いていた。

 

啓二さん、多分事件発生から直ぐに呼び出されて……深夜からずっと調査してたんだろうなぁって。

 

そして、結衣さんが僕の方へ顔を向けた。

 

 

「和希は……いや、今はいい。特に出来る事はない」

 

「えっ」

 

 

結局、僕は何の役にも立っていなかった。

ただ死体を見に来ただけの──

 

 

「和希くん、勘違いしなくていいよ」

 

 

そう、声を掛けてくれたのは啓二さんだ。

 

 

「勘違い、ですか?」

 

「そうさ、これは結衣なりの思いやりで──

 

 

ばしんっ!

と乾いた音がした。

 

結衣さんが啓二さんの足を蹴った音だ。

 

 

「うっ、痛っ」

 

「そんな事は言ってない。勝手に深読みをするな、バカが」

 

 

結衣さんは啓二さんを罵倒しつつ、僕に近づいて来た。

 

 

「お前の出番はまだだ。大詰めの時こそ、お前には働いてもらう」

 

 

そう言って、僕の肩を叩いた。

 

 

「お前はよくやってる。安心しろ」

 

「あ、ありがとうございま──

 

「肉体労働は全部、お前に任せるつもりだ」

 

「結衣さん……」

 

 

上がった株がまた、暴落した。

 

 

少しして、鑑識の人達が戻って来た。

啓二さんの……というか、所属している警視庁七課の権限で退けていたのだろう。

 

僕は他の人に見られない内に現場を後にして、結衣さんは啓二さんへと着いて行った。

 

鼻に焦げついた肉の臭いと、血の臭いが残っていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

教室で、僕は欠伸を一つした。

今日は早朝から起きていたから、少し……いや、かなり眠い。

 

 

「おう。眠そうだなぁ、和希」

 

 

友人である沢渡 雄吾が声を掛けて来た。

……中学生の頃から、この腐れ縁は続いている。

 

高校に上がっても同クラスだし、何だかんだ言って……まぁ、稚影を除けば一番仲の良い友人だ。

 

 

「あぁ、まぁ……今日は、ちょっとな」

 

「だろうな?分かるぜ?」

 

 

分かる?

僕の事情を知らない筈の沢渡に、眉を顰める。

 

 

「何てったって、今日は『あの日』だろ?」

 

「どの日だよ」

 

 

さっぱり分からなくて首を傾げる。

何か行事でもあったか?

しかし、脳裏のカレンダーは白紙だ。

普通の平日の筈……。

 

 

「バレンタインデーだろうが」

 

 

……あぁ、そっか。

 

 

「……どうでもいい」

 

「あ?お前は余裕があって良いよなぁ……俺はなぁ、俺は……クソッ」

 

 

そう言えばバレンタインデーだったか。

いやしかし、本当に興味が1ミリも無かった。

 

 

「毎年、二個は確定してるもんなぁ……お前は」

 

「……まぁ、そうだけど」

 

 

僕は毎年、二人からチョコレートを貰っている。

その内訳は──

 

 

「妬ましい……あんな可愛い妹と、幼馴染がいるなんてよぉ……」

 

 

そう、希美と稚影の二人からだ。

毎年バレンタインデーには義理チョコをくれるし、ホワイトデーは代わりに家事を全部請け負っている。

 

 

「別に……義理だし、どうでも良いだろ?」

 

 

そういうイベント日だ。

別に、何も特別な日じゃない。

 

 

「お前、マジで……マジ……いつか、刺されて死ぬぞ」

 

 

沢渡の表情は、恐ろしい物を見るような目だった。

何だよ。

 

コイツまた変な勘違いをしてるのか?

僕と希美は血が繋がってなかろうが兄妹だし、稚影は……多分、そういう感情を僕に抱いてない。

 

 

くだらない話をしていると、離れた席が騒がしくなっている事に気付いた。

 

 

「……何だろう?」

 

「ちょっと行こうぜ」

 

 

沢渡に腕を引っ張られ、連れて行かれる。

いや、マジで今眠いから勘弁して欲しいのだが。

 

そこでは──

 

 

「あ、和希」

 

「……何してるんだ?稚影」

 

 

稚影が小さなチョコのバラエティパックを開けていた。

そして、薄く笑った。

 

 

「いやぁ、チョコ配ろうかなって」

 

「何でだよ」

 

 

そこにクラスの男子どもが群がっていた。

女子からチョコレートが欲しくて堪らないバカと、貰えるなら貰っておこうという余裕のある奴……その二種類だ。

 

 

「円滑なコミュニケーションのためにね……はい、沢渡くん」

 

 

そう言って稚影が、沢渡にチョコレートを渡した。

 

 

「う、お、ぉお、おっ」

 

「……そんなに嬉しいか?」

 

 

変な声を上げる沢渡に目を細めつつ、稚影に視線を移した。

そして、机の上にあるチョコレートを手に取ろうとして──

 

ぺしっ、と。

 

稚影に叩き落とされた。

 

 

「ダメ、和希にはあげないから」

 

「……え?何で?」

 

「何ででも。いつまでも貰えると思わない方がいいよ……今年はあげないから。もう高校生だし」

 

「え?」

 

 

思わず、変な声を出すと稚影が鼻を鳴らした。

 

 

 

「そうやって貰えて当たり前って態度、良くないよ」

 

「あ……それは……ごめん」

 

 

稚影は目を合わせてくれなかった。

怒ってる……のだろうか?

何故だろうか?

 

何かしたか……いや、何もしなかったからか?

 

 

「その、稚影──

 

 

分からなくて、訊こうとして──

 

 

チャイムが鳴った。

教師が教室のドアを開けて入って来て……僕は慌てて、自席に戻った。

 

何でだ?

何か、彼女の気に触るような事をしただろうか?

 

いや……彼女は「高校生だから」なんて言っていた。

勘違い、されたくないからだろうか……いやでも、義理チョコは配っていたのに。

 

 

「……和希、お前、楠木さんに何かしたのか?」

 

 

そう沢渡が訊いてくるけど、何かをした覚えはない。

あったら、もう謝っている。

 

僕は頭を抱えながら、授業を受ける羽目になった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

俺と結衣は、警察署の一室でスクリーンに映された動画を見ていた。

今朝、死体が発見された柏木 隼人の友人……その事故死した時のドライブレコーダーの映像だ。

 

 

「……ここか」

 

 

突然、ボンネットが発火し、車体が炎上する。

男の慌てた声から数秒後、レコーダーの映像が真っ黒になった。

 

 

「啓二、他車両からの別視点はあるか?」

 

「あぁ、前方車両のものと、後方車両のものだ」

 

 

映像が切り替わり、被害者の車両の前後が見える。

 

 

やはり、突然の発火。

 

前兆はない──

 

 

「……啓二、そこ、ゆっくりに出来るか?」

 

「あ、あぁ?」

 

 

ドライブレコーダーの映像を二分の一倍速にして流す。

しかしやはり、突然、発火したようにしか見えない。

 

 

「……やはり、か」

 

 

しかし、結衣は何かに気付いたように頷いていた。

 

 

「結衣、何か分かったのか?」

 

「貸せ」

 

 

手元にあったプロジェクターと繋いでいるノートPCを渡す。

結衣がシークバーを操作して、止めた。

 

 

「ここだ」

 

「……ん?」

 

 

映像が一瞬……本当に、一瞬だけ、白く染まっていた。

俺は首を傾げる。

 

 

「……何だこれ」

 

「白飛びだ」

 

 

結衣が再生ボタンを押すと、直後に車両のボンネットが発火した。

つまり、この……白飛び?が原因という事か?

 

 

「白飛び……って何だ?」

 

「光の感度を実際の光量がオーバーすると発生する現象だ」

 

 

結衣がスマートフォンを取り出して、上へ向けた。

そして、直後、その画面を俺に見せて来た。

 

録画モードで撮っていたようだ。

 

 

「見ろ。私は今、天井の蛍光灯を撮った」

 

「そう……だな?」

 

 

意図が読めない。

 

そんな俺を放っておいて、映像はループする。

何度もカメラが蛍光灯へ移動する。

 

 

「啓二、暗い場所から明るい場所に急に出れば……お前はどうなる?」

 

「それは……目が眩む、とかか?」

 

「デジタルカメラも同じだ。光の感度を自動で制御している物が多い……急激に明るい物を見れば、感度の調整が済むまでの間、白く染まる」

 

 

確かに……スマートフォンに映っている映像では、蛍光灯を中心に真っ白になっていた。

 

 

「これが白飛びだ。それが、この映像でも発生していた」

 

「……なるほど?それが、つまり……何が言いたい?」

 

 

俺はズレた眼鏡を指で直し、結衣に視線を向けた。

 

 

「急激な光の発生……そして、それはカメラに映っている。『異能』その物ではなく、『異能』によって操られた光だ」

 

「光?」

 

「そうだ。犯人の能力は『発火現象』なんかではない」

 

 

結衣が獰猛に笑った。

 

 

「啓二、少し無茶を頼めるか?」

 

 

それはもう、本当に楽しそうに笑っていた。

 

普段から彼女の無茶な願いを受けている自覚があるが……そんな彼女がいう『無茶』。

一体全体どんな事を頼まれるのかと……俺は頬をヒクつかせた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

放課後になった。

僕は部活動に参加していない……帰宅部だ。

 

だから、帰ろうと下駄箱を開けて──

 

そして……直後、背中を叩かれた。

 

 

「何で先に帰ろうとしてるの?」

 

「……稚影」

 

 

驚いて、身をすくめた。

今朝、人の死体を見たばかりで……少し、臆病になっていたのかも知れない。

 

僕は息を深く吐いて、口を開いた。

 

 

「いや、稚影が……その……」

 

「まぁ、いいけどね。一緒に帰ろっか」

 

 

……てっきり、怒っていると思ったから……先に帰ろうとしていたなんて、そんな情けない事を言いそうになった。

 

帰りは二人っきりだ。

希美はまだ、中学三年生……場所も時間も異なるからだ。

「あと一年早く産まれるか、稚影ちゃんが同い年なら良かったのに!」と愚痴っていた。

 

 

校門を出て、帰路を歩く。

いつも通り、仄かに笑顔を浮かべる稚影に首を傾げる。

 

怒っていないなら……何で、チョコレートをくれなかったのだろうか。

そう思うと胸の奥がモヤモヤする。

 

別に、チョコレートが欲しい訳じゃない。

だけど……それでも、稚影が僕にチョコレートをくれなかった理由は知りたかった。

 

 

「和希?」

 

 

ふと、声が聞こえた。

隣の稚影からだ。

 

……二人で並んでいるのに、無言な事を不審に思ったのだろう。

普段は適当に世間話とか、してるし。

 

 

「……なぁ、稚影」

 

「なに?」

 

 

耐えられなくなって、僕は情けない質問を……口にする。

 

 

「……何で、チョコレートくれなかったんだ?」

 

 

そう訊いて……稚影から視線を逸らした。

怖かった、恥ずかしかったからだ。

 

しかし……。

 

 

「ふふっ」

 

 

笑うような声が聞こえて、視線を戻した。

稚影は手を口元に抑えていた。

 

 

「……何で笑うんだよ?」

 

「いや?そんなにチョコが欲しいんだ、って」

 

 

そう言われると……何だか、揶揄われてる気がして苛つく。

しかし、渡すのも渡さないのも、彼女の自由だ。

僕が勝手に勘違いして貰えると思って……勝手に落胆してるだけに過ぎない。

 

そう考えると、今の僕はかなり情けない事を言ったんじゃないか?

 

 

また、稚影が笑った。

 

 

「チョコ、欲しいんだ?」

 

「まぁ……」

 

「どうでも良いんじゃないの?」

 

 

その言葉に、僕は口を噤んだ。

聞き覚え……いや、言い覚えがあった。

 

 

「……聞いてたのか?僕と、沢渡の会話」

 

「まぁね」

 

 

大きな声で話していなかった。

寧ろ、こそこそと話していた筈だ。

 

それなのに聞こえていたらしい。

そして、その内容は……。

 

 

「ごめん、稚影」

 

 

毎年、彼女達が楽しそうにチョコレートを料理しているのは見ていた筈だ。

それなのに、どうでも良いなんて……言い過ぎだ。

 

沢渡に見栄を張るために、言って良い言葉じゃなかった。

 

 

「……ふーん?」

 

 

稚影は鼻を鳴らして……そして、頬を緩めた。

 

 

「いいよ、許してあげる。まぁ、本心じゃないって知ってたし」

 

「……ありがとう、稚影」

 

 

稚影が数歩、僕より進んで振り返った。

その顔に浮かべている笑顔を見て……僕は、動悸がした。

 

そして、カバンを開けて何かを取り出そうとした。

 

 

「じゃ、ちゃんと反省できた和希には、チョコを贈呈します。ありがたく受け取ってね」

 

「あ、あぁ……ありがとう」

 

 

稚影がカバンから取り出したチョコレートを、僕に手渡した。

だけど、それは先程配っていたチョコレートとは違った。

 

 

「……これ」

 

「何?毎年手作りだよね?何か変かな?」

 

 

それはチョコレートが挟まったマカロンだった。

それが数個入ったビニール袋は、リボンでラッピングされていた。

 

 

「……いや、変じゃないよ。綺麗だ」

 

「だよね。可愛く出来たと思うもん」

 

 

稚影が笑顔を浮かべて、僕の隣に戻って来た。

でも、あれ?

 

教室で配っていたチョコレートは義理だと言っていた。

それなら、こうやって態々、手作りで作ってるのは……。

 

いや、違う。

勘違いするな……自惚れるな。

 

 

「それにしても、和希もチョコ欲しがるなんてね」

 

 

思考を中断し、稚影に視線を戻す。

 

 

「……稚影からのは欲しいんだよ」

 

「へ?」

 

 

思わず漏れた言葉に、稚影が首を傾げた。

僕は顔を熱くなっていく感覚があった。

 

慌てて、首を振る。

 

 

「ほら、稚影は、その……家族、みたいなものだし。貰えないとちょっと、寂しいなって」

 

「あー、まぁ確かに?私も希美ちゃんから貰えなかったらショック受けちゃうからね」

 

 

何とか誤魔化せたけど、誤魔化せてしまうのが悲しかった。

だって、それは稚影が……全く、僕の事を男だと意識してないって事じゃないか。

 

ため息を吐いた僕を見て、また稚影が笑った。

 

 

「さ、早く帰ろっか。希美ちゃんも待ってると思うよ?」

 

 

スカートを翻して、稚影が笑う。

彼女は……高校生になって、容姿が凄く、大人びた。

 

可愛らしさの中に、女性らしさ、というのか……そういうのが垣間見えた。

意識しないようにしないと、どうにかなってしまいそうだった。

 

体格も……僕のような男とは全然違う。

華奢な姿に、僕は──

 

 

首を振った。

僕のその考えは、今の関係を壊してしまうものだ。

考えては、ダメだ。

 

僕は前を歩く稚影に追いつく為に、少し、早足になった。

 

二人で笑いながら、帰路を歩く。

僕の……いや、僕達の家に、帰るために。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

『居場所を教えてくれて、ありがとう』

 

 

暗闇の中、スマートフォンの画面だけが光っていた。

私は指を走らせる。

 

 

『ううん、大丈夫だよ』

 

『次の人も、どうすれば良いか教えて欲しい』

 

『勿論だよ。だけど、少し待ってね』

 

『ありがとう』

 

 

一定時間で消えるタイプのメッセージアプリを使って、私はやり取りをする。

頬を緩めて、スマートフォンを机に置いた。

 

鏡に写る私の姿を見る。

紫色の髪は以前より少し伸びた。

希美に伸ばした方が可愛いからと言われたからだ。

 

化粧は……まだ、下手だけれど、少しずつ練習をしている。

高校の制服、そのボタンを外す。

 

するりと、床へブレザーが落ちる。

リボンを緩めて、椅子にかけて……カッターシャツを脱ぎ捨てる。

 

下着姿になって、ベッドに寝転がる。

 

天井を見る。

光の灯っていない電灯を見る。

 

静寂が支配する暗闇の中で、スマートフォンのバイブ音が鳴った。

 

手に取って、上に掲げる。

 

希美からのメッセージだ。

私は頬を緩めて、いつも通りの『稚影』を演じる。

 

演じる?

 

そうだ。

私の本性はドス黒く、邪悪なものだ。

だから、ああやって笑っている私は……いや、そんなの……違う。

 

どちらが本当の私なのか、そんな事は重要じゃない。

 

何をするか、何を為せるか、それだけだ。

 

深く、息を吐く。

肺に入っている空気を全て吐き出そうとした。

 

息苦しくなって、咳き込む。

タオルケットで身を包み、蹲る。

 

 

「……和希」

 

 

今日の彼を思い出した。

 

きっと、死体は見た筈だ。

それでも、彼は気丈に振る舞っていた。

私の事を気に掛けるほどの余裕はあった。

 

それは──

拙い。

 

恐怖に対する耐性が出来ている。

それは喜ぶべき事ではない。

 

彼の『異能』を強める事への障害になる。

『剣』は心を外面に剥き出しに固形化したもので、『異能』は心の発露だ。

それらの力を強めるためには……強靭な『心』が必要だ。

 

だから、傷付けなければ。

断ち切って、断ち切って、断ち切って……より、太くしなければならない。

 

断ち切り辛くなるという事は……それだけ、強いハサミが必要になるという事だ。

 

恐怖を、絶望を、苦痛を……より、強く。

強く……今よりも、強く。

 

 

「……和希、和希……」

 

 

私は身を捩り、布団に顔を埋める。

 

 

「ごめん、なんて……」

 

 

今日、少し意地悪をした。

そしたら彼は、申し訳なさそうに謝って来た。

 

ごめん、と。

 

 

「違う、私は……私の方こそ」

 

 

何が『許してあげる』だ。

どの面を下げて言ってるんだ。

 

私が、私は、私は私は、私は、そんな、事を言える立場か?

違う、違う、違う!

 

私は彼を騙して、傷付けている。

そんな私が……何を許すというのか。

 

 

「ごめん、ごめん、なさい……和希」

 

 

頭がおかしくなりそうだ。

いや、違う。

 

もう、とっくに頭はおかしくなっている。

私は支離滅裂の狂った殺人犯だ。

 

そんな人間が、何を。

 

 

「…………和希」

 

 

彼は……私の事が好きだ。

今でも、好きで居てくれている。

 

それを嬉しいと思ってしまっている自分がいる。

受け取れない和希の恋心を愛でてる屑がいる。

 

私は……犯罪者で、嘘吐きで、元男で、何もかもが彼とは釣り合わない。

 

なのに……何故、どうして?

 

私は、一体、何なんだ?

 

 

ベッドから転がり落ちて、手元に『剣』を呼び寄せる。

 

 

「はっ、はぁっ、はぁ……」

 

 

息を荒げながら、能力を行使する。

 

脈打つ。

 

体の中の臓物が、『剣』の紫色の脈が脈打つ。

 

目を閉じて、集中する。

 

自身の身体を弄って、神経伝達物質を分泌させる。

ストレスを緩和し、落ち着かせるための物質を。

 

だけど──

 

 

「足りない……足りない……足りない」

 

 

行使する。

 

脈打つ。

 

行使する。

 

脈打つ。

 

行使する。

脈打つ。

 

行使する。

行使する行使する行使する。

 

そして──

 

 

「げほっ、ごほっ!」

 

 

思考に靄がかかり、私は『剣』を地面に落とした。

砕けて、ボヤけて、『剣』が消滅した。

 

私の中に、戻ったのだろう。

無くなった訳ではない。

一時的に体の外で維持出来なくなっただけだ。

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

 

私は、依存している。

自分の『異能』に……そして、暖かな日常にも。

 

 

フラフラと立ち上がり、冷蔵庫を開ける。

コップに水を入れて、飲み干す。

 

熱っていた身体が冷えていく。

 

それと同時に、思考も冷えていく。

 

 

「……ふ、ふふ」

 

 

もう、問題ない。

 

大丈夫だ。

私は……もう、大丈夫だ。

 

未来のために、進んでいける。

どんな選択肢でも、必要ならば選んでいける。

 

 

スマートフォンを手に取り、チャットアプリを起動する。

指を走らせて、頬を緩める。

 

 

「……今度の出し物は、ちょっと危ないかもしれないから……」

 

 

スマートフォンを置いて、鏡を見る。

汗で濡れた肢体が写る。

 

顔は笑っていた。

 

 

「和希には頑張って貰わないとね」

 

 

笑えていた。

 

私は足を後ろに下げて、キッチンの前に立った。

そこには……希美と作ったマカロンがあった。

焼け焦げて、見た目が悪くなってしまった自分達で食べる用のマカロンだ。

 

 

あぁ、そういえば。

 

 

……バレンタインのマカロンには、少し、特殊な意味がある。

 

 

マカロンは少し、高級なお菓子だ。

だから、特別な日にしか食べないようなお菓子。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから、紐付いて──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『貴方は特別な存在』と──

 

そんな意味が込められていた。

 




次回は来週!
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