【完結】腐血のサルヴァトーレ:TS悪役外道転生   作:WhatSoon

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遅刻して、ごめんなさい。


7話:暗闇を彷徨う

私は、幸せだった。

 

 

「お姉ちゃん!」

 

 

可愛くて聡明な妹と──

 

 

「穂花」

 

 

優しい母と──

 

 

「穂花……」

 

 

優しい父──

 

 

「お姉ちゃん」

「穂花」

「穂花」

 

 

家族がいた、5年前までは。

 

 

 

目が覚めた時、全てを失った。

全てだ。

 

住む家も、家族も、思い出も、全部。

何もかもを失った。

 

今でも思い出す。

朦朧とする意識の中で聞こえるサイレンの音を。

 

炎の熱を。

 

妹の、悲鳴を。

 

 

 

放火だった。

一夜にして、寝ている間に……炎が全て奪った。

 

犯人は誰も教えてくれなかった。

未成年だったからと、そう聞かされた。

 

 

何だそれ。

 

何だそれ。

 

何なんだ。

 

 

私は顔を大きく火傷した。

右半分は溶けて、ケロイド状になった。

見た人間全てが避けるようになった。

 

私は、もう……誰からも愛されなくなった。

 

 

なのに、私の家族を殺した奴らは、今もどこかで生きている。

 

 

許せない。

 

許せる訳がない。

 

 

なのに、どれだけ頑張っても、私は犯人を見つけられなかった。

報復しないようにと、警察も情報を隠していた。

 

 

意味が分からない。

頭を掻きむしった。

火傷で弱った頭皮から髪が抜け落ちる。

母譲りの綺麗な髪が、父に褒められた髪が、妹が好きでいてくれた髪が。

 

一人、怨嗟の声を垂れ流しながら、私は生きていた。

忘れようと思っても、火傷の痕が忘れさせてはくれなかった。

 

痛みが、痒みが、熱が──

私に憎悪を思い出させてくれた。

 

 

気付けば、幻覚が見えるようになっていた。

 

視界に『剣』が映っていた。

 

私はそれを手にした。

 

 

妄想は現実を侵食していく。

私は現実を書き換えられるようになった。

 

なんとも自分に都合の良い妄想だと思った。

私は、妄想を抱えながら社会復帰を果たした。

 

顔の火傷が痛む度に、恨みや怒りを増幅させながら私は生きていた。

 

 

『許せないなら、殺せば良いよ』

 

 

そのメッセージが目に入った時、私は驚いた。

 

顔を人に見せたくない私の趣味は……動画配信だった。

内向的だった妹が好きだった、ゲームをプレイしながら声を充てるような趣味だ。

そんな仕事にはできない、趣味の動画……その視聴者からのプライベートメッセージだった。

 

配信で、ふと溢してしまった「許せない人がいる」という言葉に対する回答だ。

 

 

『冗談でも人を殺すなんて言ったらダメだよ』

 

 

私は薄笑いしながら、そう返して──

 

 

『冗談じゃないよ』

 

 

と返事が来た。

 

時々、こういった視聴者がいる。

私が女性だから、何でも同意するような……そんな視聴者だ。

 

 

「どうせ顔を見たら、気持ち悪がる癖に」

 

 

そう小さく呟いていると、通知音が鳴った。

 

 

『貴方の家族と妹を殺した犯人、教えてあげようか?』

 

 

目を、疑った。

すぐに指を走らせる。

 

 

『何の話かな?』

 

『私は全部知ってるよ、上坂 穂花』

 

 

息も忘れて、端末を食い入るように見る。

何を言ってる?

冗談の筈だ。

 

何で、知ってる?

 

 

『変な事を言わないで』

 

『あなたも剣が見えるんでしょ?』

 

 

手が、震える。

 

また、通知音が鳴った。

 

 

『私も見えるの』

 

 

また、通知音が──

 

 

『私達、良い友達になれると思わない?』

 

 

それはきっと、悪魔の囁きだった。

私の封じ込めていた悪意が、怒りが、恨みが溢れ出した。

 

きっと、きっかけは何でも良かったのだ。

私はずっと、この怒りを解放できる時を探していた。

この出来事がなかったとしても、私はいつか壊れていた。

 

それが少し、早まっただけなのだろう。

 

 

 

私は……笑っていた。

煮えたぎる心を、痛みに震える火傷した皮膚を押さえ込むように。

 

 

 

 

それから私達は、メッセージが一定時間経つと消える高セキュリティのチャットアプリを使って会話していた。

何でも、裏バイトとか非合法な話をするのに打ってつけなんだとか。

 

私の知らない世界だったけど、私の話し相手は詳しかった。

 

そして、自身を『Aすけ』と名乗っていた。

えーすけ……えいすけ?

きっと本名ではないのだろう。

 

だとしても、彼……いや、きっと彼女は……私の唯一の理解者だった。

 

『Aすけ』は私の力の使い方を教えてくれた。

『剣』と『異能』について……そして、私の『異能』を使った殺害方法を。

 

彼女は何でも知っていた。

バレにくい殺し方も、『異能』の使い方も、警察も『能力者』の存在を認識している事を。

 

そして、私の家族を焼き殺した犯人の居場所も。

殺した理由すらも。

 

……主犯の男は、私の妹の事が好きだったらしい。

だけど、振り向かれず、こっ酷く振られたらしい。

 

妹は真面目な女の子だった。

その男は不良……いや、屑だった。

釣り合わなかった、当然だ。

 

その屑は……3人集まって、私の妹に報復したと言うのだ。

逆恨みで、私の家族は死んだのだ。

 

 

何だそれ。

何だそれ、何だそれ。

 

意味が分からなかった。

 

 

だけど、私の怒りは殺意に成った。

私の中に残っていた小さな倫理観は消え去った。

 

 

まず、一人目。

私は朝の出勤ルーチンを狙って、焼き殺した。

死んだ妹と同じ苦痛を味わって欲しかったからだ。

奴の行動パターンは『Aすけ』から教わっていた。

車内から逃げる間もなく、焼け死んだらしい。

ざまぁみろ。

 

次に、二人目。

夜中に尾行して、公衆トイレに入った所を見て後ろから突き刺した。

逃げようとする男の足を『異能』で焼き、動けなくなった所で散々苦しめてから、『剣』で滅多刺しにした。

凄く、気持ちよかった。

 

 

そして、三人目。

そいつがリーダーだった。

『Aすけ』から送られてきた住所を元に、少し離れた場所で私は待機していた。

彼が家を出たタイミングで『Aすけ』が教えてくれるらしい。

 

『Aすけ』の『異能』は遠距離で『目』を作る能力と聞かされていた。

実際、目玉に羽根が生えただけの気持ち悪い虫が飛んでいる所を見た事があるし、真実なのだろう。

 

何日も張り込んだ。

バレると厄介だから、離れたホテルを取って待っていた。

 

彼は共犯者どもの死から、自身が狙われている事を自覚しているらしい。

中々、家から出てこない。

 

しかし、人間は世間と繋がらなければ生きていけない。

 

 

いずれ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜、奴が家を出たと『Aすけ』から連絡があった。

私は泊まっていたビジネスホテルから出て、急ぐ。

 

端末には奴の現在地が定期的に送られてくる。

 

この時のために土地勘を養ってきた。

辺り一体を歩き回り、準備してきた。

 

人通りの少ない場所も……よく、知っていた。

 

彼が行ったのはコンビニだった。

公共料金の支払いか……どうしても、出なければならなかったのだろう。

 

奴は黒っぽいフードを被っていた。

顔を見せないようにしているつもりだろうか。

 

私は待ち伏せする事にした。

 

 

 

そして──

 

 

 

『剣』を召喚し、奴の帰路で待っていた。

 

やがて、黒いフード姿の男が通り過ぎた。

私は背後から追いかける。

 

別に、警戒されてもいい。

その時は……逃げる背中を私の『異能』で焼けばいい。

そして、動けなくなった所を殺せばいい。

 

 

薄暗い夜空の下、街灯だけが照らし……足音のみが響く。

 

人の姿はない。

確実に()れる。

 

私は、『剣』を持ち上げて──

 

瞬間、フード姿の男が振り返った。

 

 

そいつは、私の妹を殺した──

 

 

「……違う」

 

 

若い。

 

若かった。

 

妹が死んだのは5年前だ。

当時、妹は16歳。

犯人は少なくとも20代を越えている。

 

しかし、そこに居たのは……少年。

10代中盤の少年だ。

 

 

その少年は緊張した様子で私を見ている。

そして何故か……片目を閉じている。

 

無関係?

違う、その服装は私が殺したい奴と同じ服装だ。

 

どこで入れ替わった?

……コンビニの中で?

 

そもそも、何故?

 

 

「……誰?」

 

 

疑問を口にしながら、『剣』で地面を叩く。

甲高い音がした。

 

一瞬、目の前の少年の視線が剣先に移った。

 

……見えてる。

 

間違いない、コイツも『能力者』だ。

『Aすけ』が言っていた……私や『Aすけ』以外にも、この街には『能力者』が複数いると。

 

それが……コイツ。

 

私の殺そうとした相手の服を着て、私の前に立っている。

守ろうとしてるのか……あの男を。

 

 

つまり──

 

 

「私の邪魔をするつもり?」

 

 

『剣』を横にズラす。

アスファルトの地面と接触し、擦れるような音が鳴り響く。

 

 

「邪魔するなら……」

 

 

人を殺したのは、まだ二度しかない。

だけど、その二度の経験が『殺し』に対するハードルを著しく下げていた。

 

初めは、私の妹を殺した相手さえ殺せれば良かった。

 

 

だけど、今なら──

 

邪魔をする相手なら、私の敵なら──

 

 

「殺すわ、貴方も」

 

 

『剣』を持ち上げて、『異能』を発動する。

『剣』が脈打ち、震えて……宙に半透明の結晶が浮かび上がった。

 

それは半円形の形をしていて、街灯の光を受けて光を乱反射させる。

 

 

「焼き殺して──

 

 

直後、少年の手元に携帯電話が握られている事に気付いた。

 

……何?

 

誰かと、連絡でも取ろうとして──

 

 

瞬間、周りの街灯から光が失われた。

 

 

「……え?」

 

 

私は思わず、声を漏らす。

辺りは暗闇に包まれた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「奴の能力は『光』だ」

 

 

結衣さんがそう言った。

 

 

「一度目の殺害現場は日中だった。犯行がバレやすくなるリスクを背負ってまで、日中だったのは何故か?二度目の殺害現場で態々、灯りのある公衆便所を選んだのは何故か?」

 

 

幾つかの映像を切り取った写真、そしてA4のレポート用紙にまとめられた情報が机に並べられた。

 

 

「『光』が必要だったからだ。それはつまり、自身で『光』を出力できない証拠だ」

 

 

結衣さんが一枚の紙を指差した。

 

 

「つまり、犯人の能力は『光』を『操る』能力。生み出す能力ではないし、火を司る能力でもない」

 

「それじゃあ、死体が焼けてたのは……」

 

「光を収束させ……増幅させて、焼いた。収斂火災という言葉を知っているか?」

 

 

結衣さんがペットボトルを窓際に置いた。

太陽光が収束し、紙に光が反射する。

 

 

「ガラス、水晶、レンズ、水……そういった物で光を収斂させ、このまま放置し続ければ……発火する事もある」

 

 

結衣さんがペットボトルを手に持って、蓋を開けた。

水を口にする。

 

 

「黒い物など光を吸収しやすいものにすれば、より簡単に発火し……火災に発展する。この国でも、年間二桁は発生している。それほど身近な現象だ」

 

「そう、なんですか……?」

 

「理科の実験で、レンズで光を収束させて紙を焼いた事ぐらいあるだろう」

 

 

なるほど、理解して頷くと結衣さんが笑った。

 

 

「犯人の目星は付いている。能力の種も割れた……捕えるぞ」

 

「え、でも……どうやってですか?」

 

 

走っている車を発火できるような『異能』だ。

そんな能力を持っている相手を生身で捕らえるなんて──

 

 

「私が何の策もなしに話すと思うか?いいか──

 

 

 

 

 

 

 

 

その数日後、僕は次の標的となっている男と、コンビニで服を交換した。

 

 

容疑者の名前は『上坂(うえさか) 穂花(ほのか)』。

23歳、女性……現在の職業はコールセンターでのオペレーター。

5年前の放火事件で顔に大きな傷を負っているのが……特徴だという。

 

その放火事件を起こしたのが、当時未成年だった……今は無精髭を生やした目の前の男だ。

 

 

「た、頼む、あのイカれた女を何とかしてくれよ……」

 

 

そう、縋るように僕に言ってきた。

 

未成年が起こした事件として、実名報道もされず……こうして、のうのうと生きている。

 

こんな奴……助ける価値はあるのか?

分からない。

 

だけど……人殺しはダメだ。

これ以上、殺させたくなかった。

 

出会った事もない相手だけど……ある日、いきなり家族が失われたとしたら……僕もきっと、犯人を殺そうとする、かも、知れない。

それはつまり、僕だって……そうなってしまう可能性があるって事だ。

 

だけど、止めない理由にはならない。

 

結衣さんの言葉を思い出す。

 

 

『最初は狙った相手を殺していくだろう……だが、一度でも『殺し』をしたら……いつでも、『殺す』という選択肢がソイツに付いて回る。何か不快なことがあった時に、『殺せば』良いと考えてしまう』

 

 

僕は息を深く吐いて、男の前から立ち去った。

 

容疑者はきっと……異常な人間ではない。

きっと、僕と同じような普通の人間だったんだ。

 

それが……突如、大切なものを壊されて……『そう』なってしまったんだ。

 

止めなければならない。

……彼女のため、と言うつもりはない。

 

これ以上、誰かを殺させたくない……そう思ってしまった僕を納得させるためだ。

 

誰かを殺そうとしている人がいて……僕にそれを止められる術があるのなら、僕は止めたい。

それだけだ。

 

 

結衣さんと一緒に探偵業をしていて、困っている人達を沢山見てきた。

そして、何人も助けてきた。

 

安堵した顔、感謝の言葉、そういったものが……僕の心を育ててきた。

 

単純だけど、見て見ぬフリが出来ないだけの……僕の、信念。

 

 

 

 

 

 

それに従って……今に至る。

 

 

目前には、上坂 穂花……穂花さんが居た。

手には『剣』。

 

僕に気付いて、穂花さんが『異能』を行使した。

『剣』が脈打って、頭上にレンズが出来た。

 

……キラキラと輝いている。

光を吸収しているように見えた。

 

ドーム状に成形されたレンズで光を収束し、増幅させて発射する能力。

それが彼女の『異能』の正体だ。

 

やっぱり、結衣さんの推測は正しかった。

 

僕は、携帯電話で結衣さんにメッセージを飛ばした。

合図だ。

 

 

瞬間、辺りの街灯が消えた。

 

 

「……え?」

 

 

穂花さんが声を上げた。

 

 

これは結衣さんが啓二さんと連携し……警視庁七課の権力を活用して、辺り一体の電源を遮断するように管理会社へ連絡を取った結果だ。

 

ただ、停電させていられるのも5分が限界らしい。

 

それに結衣さんは変電所に居て、啓二さんも離れた場所で待機している。

ここは僕一人で対処しなければならない。

 

啓二さんが居ない理由は……何でも、未成年を自身の監督下で殺し合いさせているのが拙いからだとか。

直接的な関わりはなく、通報があったから現場に急行した……という体を取らなければならない。

 

だから、近所の交番に居るらしい。

立場のある大人は大変だ。

 

 

……目の前の出来事に集中する。

 

僕は暗闇に目を慣らすために閉じていた片目を開ける。

 

ギリギリだけど、見える。

慣らした甲斐があった。

 

そして、今日は曇りだった。

星も月も見えない……そんな日を敢えて選んだんだ。

だから、本当に光は殆ど存在しない。

 

穂花さんの能力は、光が一定量なければ使えない。

 

 

僕は『剣』を出して、穂花さんに踏み込んだ。

 

 

切先を……横にズラす。

峰打ちで良い。

 

昏倒させられれば……殺さなくても良い。

 

僕は『剣』を横に持って、彼女に振り上げて──

 

 

「ひっ」

 

 

悲鳴を上げながらも、彼女は自身の『剣』を持ち上げて──

 

 

 

 

『剣』同士が衝突し、鈍い音がした。

 

 

 

 

 

瞬間、脳に火花が散った。

 

 

「うぐっ!?」

 

「あっ!?」

 

 

恐怖、怒り、困惑、焦り。

 

そういった感覚が手を通して、脳に伝わる。

ビリビリと、刺激が走る。

 

自然に……ではなく、強烈に、感情が引き出されている感覚。

 

それは痛みを伴って、脳へ送り込まれてくる。

原因は『剣』同士が接触した事だろう。

 

 

「あ、が……痛っ……!」

 

「な、によ、これ!?」

 

 

……結衣さんが言っていた。

 

『剣』は『能力者』の心の発露だと。

身体の外に心を具現化した武器だと。

 

それらが衝突したせいで……きっと、恐らく、穂花さんの心が『剣』を通して、逆流してるんだ。

 

彼女の感じている、恐怖が。

怒りが、焦りが。

 

僕には感じられた。

 

 

「うあっ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

 

弾かれて、僕と穂花さんが地面に転がる。

剣を持ってない方の手で頭を触る。

 

痛い。

他人の感情が逆流したせいで、僕の脳のキャパシティを、オーバーした、の、だろうか。

 

頭を振る。

 

彼女の持っている負の感情が、僕の脳を焼き焦がしたんだ。

 

地面に手を付いて、立ちあがろうとする。

『剣』を握る手が震える。

 

彼女の感じている『怒り』が理解できてしまった。

 

そして……僕に対する『恐怖』も。

突如、同じ能力を持った相手が目の前に現れたんだ……それは、怖い、だろうな。

 

 

「……上坂、穂花さん!」

 

 

暗闇で、僕は彼女に声を掛けた。

 

 

「僕は、殺そうとなんか、してない……!貴方を止めたいだけなんだ!」

 

「なん、なのよっ!」

 

 

穂花さんが声を荒げた。

 

 

「意味分かんない!意味分かんない!意味分かんない!何で邪魔をするの!?何で殺させてくれないの!?何で、何で……!」

 

 

僕より先に彼女が先に立ち上がった。

 

暗闇でよく見えなかった顔が、目に映る。

 

右半分は焼けて、溶けて、表情がなかった。

だけど、もう半分は──

 

 

「何で、敵意がないのよ……アンタ……!?」

 

 

泣いてる。

 

怖がってるようでもないし、怯えるようでもない……ましてや、悲しい訳でもないだろう。

 

……僕の感情が逆流したんだ。

それで……何故、泣いてるんだ?

 

だけど、今が好機だと分かった。

彼女を説得するには今しかない。

 

 

「まだ、まだ止まれる!もう、これ以上、人を殺したらダメだ!おかしくなってしまう!」

 

「私は殺さなきゃならないの!」

 

 

彼女が『剣』を振り上げて、地面を叩いた。

 

 

「アイツらが生きてるだけで、私は前に進めない!家族のためなんかじゃない!私が生きるために、アイツらは邪魔なのよ!」

 

 

彼女が懐に手を伸ばして……携帯電話を手に取った。

 

 

「だから──

 

 

拙い!

 

 

「邪魔するなら死ね!」

 

 

携帯電話のフラッシュが焚かれた。

 

空中に浮かんでいたレンズが光って──

 

 

瞬間、全てがスローに見えた。

死の間際で、凄く集中している証拠だ。

 

 

どうする?

あの攻撃は光の速さで着弾して、物を焼く。

それは車体の表面を焼いて、発火させるほどの熱量だ。

 

だけど、その能力を行使するのは彼女の意思だ。

彼女が発射しようとした瞬間に、狙った場所から避けられれば良い。

 

攻撃は直線上。

前方から、僕に向けてだ。

 

避けなきゃならない。

 

 

右か、左か。

 

 

『二択』だ。

 

 

僕は──

 

 

僕は──

 

 

 

僕の握っている『剣』が脈打った。

 

 

「くっ!」

 

 

咄嗟に右へ、半身避けた。

 

光は僕のすぐ左を通り過ぎて、背後にあった石壁を焼き焦がした。

着ていた黒いフードが焼け焦げて、穴が空いた。

 

 

「……何が?」

 

 

僕は今……何をしたんだ?

何の『異能』を行使したんだ?

 

分からないけど……避けられた。

 

焦げた上着を脱ぎ捨てて、僕は彼女に向かって接近する。

 

 

「あ、いやっ!近寄らないでよ!」

 

 

彼女は後退りしながら、携帯電話を触った。

また、フラッシュが焚かれた。

 

 

僕の持っている『剣』が脈打つ。

 

僕は滑るようにしゃがみ込んで……頭上を光が通り抜けた。

 

 

「なんでっ、当たらないのよ!」

 

 

肉薄する。

 

フラッシュを焚いて、能力を行使できる程の距離が残っていないのを悟ったようで、彼女が『剣』を薙いだ。

 

僕は『剣』を持ち上げて、接触させた。

 

 

「きゃあっ!?」

 

「ぐ、ぅっ!」

 

 

また、脳に感情が走る。

だけど、さっきのように隙は晒さない。

 

分かっていれば……苦痛が来るのだと分かっていれば、耐えられる!

 

僕は『剣』で押して、穂花さんの持つ『剣』を弾いた。

 

単純な腕力は僕の方が上だった。

 

そして、彼女は脳に逆流した感情に驚いたようで握力が緩んでいた。

 

『剣』は弾かれて、地面を滑った。

 

手から離れれば、『異能』を行使し続けられない。

 

頭上にある水晶のようなレンズに、ノイズが走る。

そして、まるで元から無かったかのように消滅した。

 

僕はそのまま、穂花さんに掴み掛かって……地面へと押し倒した。

 

顔が、近付く。

 

 

「や、やだっ!やめてよっ!」

 

 

子供のように泣きじゃくりながら暴れようとする。

 

 

「僕は貴方に、危害を加えるつもりは……!」

 

 

諭すように、勤めて優しい声を出そうとする。

彼女の膝が、僕の背中にぶつかった。

 

息が詰まる。

 

 

「……なん、なによ。何なのよ、アンタ!誰よ!?」

 

「僕はただ……これ以上、殺して欲しくないだけなんです……!」

 

 

そう、顔を合わせて言う。

半分溶けた表情が、困惑に歪む。

 

 

「……何で、何を、何が……」

 

 

人を殺すのはダメだ。

 

それは僕の根元にずっとある価値観。

ごく普通の価値観で……僕を形成する一つ。

 

僕は母親を二度も亡くした。

本当の母親と、二番目の母親。

 

どちらが死んだ時も、僕は悲しかった。

苦しかった。

 

人が死んだら……誰かが悲しむ。

そう、幼心に刻まれた。

 

寿命でもない不当な理由で誰かが死ぬのは……悲劇だ。

だから、悲劇を生み出す殺人はダメだ。

 

ダメなんだ。

 

人を殺して平気になってしまったら、悲劇を積み上げるようになってしまう。

幾つも悲劇を重ねて……それを省みず、生きるのは……ダメだ。

 

 

「お願い、だから……」

 

 

縋るように、言葉が漏れる。

 

直後、電灯に光が灯った。

5分、経ってしまったのだろう。

それでも、彼女はもう『剣』を握ってはいない。

『異能』は行使できない筈だ。

 

……光に照らされて、彼女の顔がよく見える。

困ったような表情をしていた。

 

 

「……何で、私に……!私を……私から、目を逸らさないの?」

 

「何でって……?」

 

「私、顔……怖くないの?気持ち悪くないの?」

 

 

彼女の言葉に、僕は悟った。

 

5年前から続く、彼女の苦しみや……疎外感。

それは『剣』が衝突した時に読み取れた。

 

彼女もきっと、僕の感情を読み取ったのだろう。

 

だから……こうして、僕の話を聞いていてくれるんだ。

 

 

「怖くない……気持ち悪くなんかない……」

 

「…………」

 

 

僕の言葉を嘘だと、そう否定はしなかった。

『剣』によって逆流した感情から、僕の言葉が本当なのだと、納得してくれるようだ。

 

 

「悲しいとは思えても……それを理由に嫌悪する事はないよ……」

 

 

驚いたような目で僕を見上げていた。

 

 

「何で、もっと早く……」

 

「……穂花さん」

 

「何でよ、何で……私、は……!」

 

 

カチャリ、と何か、音が聞こえた。

 

それは彼女の手元から聞こえた音だ。

 

 

 

その手には『剣』が握られていた。

 

 

何で……!?

さっき、『剣』は弾いて……違う!

 

新しく作り出したんだ。

吹き飛ばされた『剣』を心の中に戻して、また作り出したんだ。

 

拙い。

僕の経験の浅さが招いてしまったミスだ。

 

 

「私はそれでも、止まる事なんか出来ないのよ!」

 

「穂花さん……!」

 

「気安く名前で呼ばないでよ!私の事、何も知らない癖に!」

 

 

頭上に、レンズが浮かび上がっていた。

 

焼かれる!

もう街灯は点灯してしまっている。

 

先程のフラッシュから生み出される一瞬の攻撃とは違う……幾らでも、攻撃する事ができる。

 

回避、出来るわけがない!

 

これを止めるには……今すぐ、彼女を殺さなければ……ならない。

 

『剣』を握る手が震えた。

 

無理だ。

間に合わない。

 

躊躇してしまった。

 

レンズが光り輝く。

 

 

「私はアイツらを絶対に殺さなきゃならないの!アンタがどんな善人だろうと、私が殺し

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぷぎゅっ」

 

 

変な、声が聞こえた。

僕は、視線を下げた。

 

 

「……あ」

 

 

穂花さんは、膨らんで……顔、が。

膨らんでいる……?

 

まるで、風船のように、先程までの表情は読み取れない程に。

 

 

そして──

 

 

「穂花さっ──

 

 

爆ぜた。

 

顔が崩れて、脳漿をぶちまけた。

目が地面を転がった。

 

歯が、舌が、頭蓋骨すらも……柔らかく、溶けながら、砕けた。

 

 

「……あ」

 

 

突如、目の前で……人が、爆ぜた。

 

血と臓物をぶち撒けて、物言わぬ骸になった。

骸……いや、そう呼ぶ事すらも躊躇うほど、無惨な姿になった。

 

トマトのようだと、少し思った。

潰れたトマトのような色が……僕の足元に、広がって──

 

 

「う、ぅぷっ」

 

 

強烈な酸っぱさが喉を焼いた。

吐き気だ。

 

だけど、それを無理矢理飲み込んで……僕は数歩、後ろに下がった。

 

 

さっきまで話していた相手が……死んだ?

 

 

「……ぐ、何で……」

 

 

違う。

 

僕には分かっている。

 

この死に方には見覚えがあった。

親父を殺した『異能』だ。

 

『剣』を強く握って、周りを見渡す。

 

 

「……く、そっ」

 

 

目を凝らして、警戒する。

何処かに居るはずだと、そう思って……探す。

 

 

「何で……何で殺したんだ……!」

 

 

穂花さんは……確かに、許されないような事をしていた。

人を殺すのは、どんな理由があってもダメだ。

 

だけど、だからこそ……殺されて良い訳がない!

 

 

「くそっ……出て来い!卑怯、者……!」

 

 

声を出して、周りを威嚇する。

靴に血が付いている。

 

顔も出さずに、何人も、何人も殺している連続殺人鬼。

 

何故か、僕に干渉してくる殺人鬼。

 

許せない。

野放しにはできない。

 

いつか、僕の周りの大切な人を……希美や、稚影を傷付けるかも知れない。

 

だから……。

 

 

「くそっ……!何で……!」

 

 

僕は奴を捕まえなければならないのに。

 

 

「足が……」

 

 

震える。

力が入らない。

 

膝を突いて、尻餅をつく。

 

さっき、僕の『剣』は脈打っていた。

何かは分からないけど『異能』を使っていた証拠だ。

 

『異能』を使えば疲労が溜まる……らしい。

 

だから疲労で、足腰が立たなくなっているのか?

 

 

それとも──

 

 

「く、ぅ……何で……そんなに簡単に、人を殺せるんだよ……!」

 

 

怖いから、なのか?

 

歯を食いしばって、必死に涙を堪える僕の耳に……遠くから、パトカーのサイレン音が聞こえた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「もう、危ないなぁ……」

 

 

私は閉じていた目を開いて、足を組み替えた。

手元にある『剣』は脈打ち続けている。

 

上坂 穂花と和希の争いは、『目』と『羽』を生やした肉虫で監視していた。

 

 

だけど──

 

 

「ちょっと想定外かな」

 

 

和希は甘い。

 

原作ではもっと、人を殺す覚悟というか……無辜の人を守るためなら殺人を厭わない心持ちがあった筈だ。

 

なのに……『それ』がない。

 

 

和希に父親を殺させなかったのが原因か。

それとも、希美の存在が彼に人殺しを躊躇させるのか。

 

何故か……優しく……いや、甘く育ってしまった。

 

 

「困るなぁ……」

 

 

私の所為、だろうか?

彼に苦痛や難題を与えてるつもりになっているだけで、本当は……私も甘いのだろうか?

 

私は……兄の、影介の代わりにはなれないのだろうか。

 

 

「ううん、大丈夫」

 

 

首を振る。

 

可能性の話はここまでにしよう。

選ばなかった選択肢の話は必要ない。

 

必要なのは、これからだ。

 

 

「……和希が『童貞』なのが良くないのかな?」

 

 

勿論、言葉通りの意味ではない。

殺人の未経験者、という意味でだ。

 

 

「どうにか、経験させてあげたいけど」

 

 

殺人の経験者と、未経験者では咄嗟の判断で差が出る。

人を殺すという選択肢は、それだけ重い。

 

覚悟が必要だ。

自らで殺すという覚悟。

 

 

「……和希が、殺してしまいたいと思えるような相手が……要るのかな?」

 

 

そんな人間は……つまり、和希の大切なものを踏み躙った相手ぐらいでなければ……。

 

 

「…………」

 

 

胸元の……服のリボンを弄る。

 

何かを得るには、何かを犠牲にしなければならない。

和希が……このまま成長していけば、『能力』の出力は上がるかも知れない。

 

だけど……いつか……選択を誤ってしまうかもしれない。

 

その所為で和希が死ぬのは──

 

 

「……嫌だな」

 

 

私は『剣』を消して、髪をかき上げた。

 

今、考えても結論を出すのは難しい。

 

私は机に置いてある携帯を取る。

そのまま、ゴミ箱に投げ捨てた。

 

細心の注意を払ってるつもりだけど……万が一にでもバレたら、これまでの苦労が水の泡だ。

 

 

「処分しないとね」

 

 

明日の夜、また廃工場で焼けば良いだろう。

 

そう考えつつ、ゴミ箱に落ちた拍子に画面が点いた携帯電話が見えた。

 

上坂 穂花とのやり取りは……一定時間ごとに消える暗号化チャットツールで行っていた。

だから、履歴は残っていない。

 

データ上には……だけど、私の脳裏には残っている。

 

 

「まぁ……そこそこ、楽しかったかな」

 

 

彼女の信頼を得るために会話したり、それなりに親しくしたつもりだ。

だから、多少なりとも思い入れはある。

 

 

……最後の一人、残っちゃったのは……私が代わりに殺しておこうかな?

 

 

「ごめんね」

 

 

一つ、謝った。

 

最後、和希を殺すつもりがなければ……『異能』を使って殺すつもりはなかった。

今回の件は和希に実践経験を積ませたくて行った計画だった。

 

だけど、仕方ないか。

 

 

「選択を間違えた、自業自得かな」

 

 

そう、結論付けた。

 

私は彼女が『選択を間違えた』と断定したけれど……それは、きっと──

 

 

ううん。

 

私は大丈夫だ。

 

 

私の選択は……きっと。

 

 

和希と希美のために……なっている、筈だから。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「帰れ」

 

「う、え……?」

 

 

結衣さんと面を合わせた瞬間、そう言われた。

 

穂花さんが亡くなった現場は……今はもう、ブルーシートで覆われている。

啓二さんが来て、僕を遠ざけて……他の警官が来て、結衣さんが来た。

 

公的には、僕は第一発見者とされている。

状況を説明するにしても、突然爆発して死んだのだとしか言えないけれど。

 

啓二さんを除く警官から疑われてる……なんて、事はない。

未成年の子供がこんな、人を爆死させられる訳がないからだ。

 

じゃあ、どうしてこんな死に方をしたのか……なんて、普通の警官には分からないのだろうけど。

 

こういう時は啓二さんが、七課の権力で圧力をかけて有耶無耶にするのだろうか?

 

 

それはともかく……。

 

 

「帰れ……ですか?」

 

 

腕を組んで、現場を眺めている結衣さんに訊いた。

 

僕を一瞥する視線は……鋭い。

 

 

「今、お前がここに居ても出来ることはない」

 

「だけど──

 

「いいから、帰れ」

 

 

そう言い切って、また視線をブルーシートに戻した。

 

結衣さんは来て早々、穂花さんの持っていた携帯電話に対して『異能』を行使した。

だけど、あまり有益な情報は得られなかったらしい。

 

 

「結衣さん……」

 

 

僕が縋るように呼ぶと……結衣さんに睨まれた。

 

そして、僕に近づいて来て……小突いた。

 

 

「良いか、一度しか言わないからよく聞け」

 

「え、あ、はい……」

 

 

神妙な顔で……いや、嫌そうな顔で結衣さんが口を開いた。

 

 

「和希、お前はよくやってる。今回の件も、普段からも」

 

 

だから、その中身は意外だった。

 

 

「あまり、無理をするな。自分を卑下するな……今は帰って休め。もう限界だろう?」

 

「そんな事は──

 

「何だ?私の目が節穴だと言いたいのか?」

 

「あ、いえ、それは──

 

 

僕が慌てて弁明しようとすると……結衣さんの頬が緩んだ。

 

いつものような獰猛な笑みじゃない。

まるで安心させるような笑みだった。

 

 

「……結衣さん?」

 

 

思わず、僕が名前を呼んで……結衣さんは自分の口元を手で隠した。

笑顔を見られるのを嫌がっているように見えた。

 

 

「……私や啓二はまだ、やるべき事がある。自力で帰れるか?」

 

「え、あ……はい、大丈夫、です」

 

 

膝に手を当てる。

 

さっきまで本当に立てなかったし、歩けなかったけど……今はもう大丈夫だ。

時間が経って、疲労からも回復した。

 

 

 

 

 

結衣さんと別れて、啓二さんにも帰ることを伝えて……結局、誰にも引き止められる事なく、帰路を歩く。

 

 

街灯だけが照らす、僕の住む街。

 

ここには、僕を知っているけど、僕は知らない殺人鬼が居て……。

 

僕に執着している。

不安が胸で渦巻く。

 

 

目の前で死んでしまった……救えなかった、助けられなかった女性の顔を思い出す。

 

怯えていた。

怖がっていた。

 

なのに……。

 

 

「僕は……」

 

 

あの時、父親が死んだ時から、『剣』を手にして……強くなった筈なのに。

 

それでも、助けられない。

 

未だに……あの連続殺人鬼の影すら踏めていない。

この街の何処かで、今も──

 

 

「…………」

 

 

肉体も、精神も限界だ。

 

今すぐ横になって眠りたい欲に駆られている。

 

現実は恐ろしい出来事や、辛い事が多過ぎるから……せめて、眠りたい。

 

歩いて、歩いて……稚影の家の前を通った。

 

 

「……稚影」

 

 

希美と稚影。

妹と幼馴染。

 

二人は……僕の日常だ。

 

『異能』とか『剣』とか、そんな物騒な事とは無関係で……僕が唯一、安らげる場所。

逃げ込んでしまいたくなる。

 

歯を、食い縛る。

 

強く、挫けそうになる心を奮い立たせて、僕は歩く。

 

疲労や、恐怖、悲しみには負けたくない。

 

負けたら……きっと、僕は……彼女達を守れない。

 

 

「僕が……守るんだ……」

 

 

『異能』を使う殺人鬼に、警察は無力だ。

それはもう僕にだって分かっている。

 

だから、僕が守らなきゃならない。

いざという時に助けてくれる人は居ないから。

 

 

「僕が……頑張らないと……」

 

 

 

 

 

 

 

そして、足を進め続けて……ようやく、家に着いた。

 

ズボンのポケットから、鍵を取り出す。

小さなマスコットが揺れる。

 

稚影が昔……出先で買って来たお土産だ。

それを揺らしながら、僕はドアに鍵を差し込んで捻った。

 

ドアを開けて……家に入って、後ろ手で閉める。

 

疲労のあまり、深く息を吐いて……玄関先で倒れ込む。

 

……誰かの足音が聞こえる。

 

 

「え……あっ、お兄ちゃん?」

 

 

心配するような希美の声が聞こえた。

僕は立ちあがろうとして、よろめいた。

 

そして……希美に抱き止められた。

 

僕の身体は希美よりも大きいから……僕が倒れないようにするには、結構、つらい筈なのに。

 

 

「希美……」

 

「お兄ちゃん……」

 

 

それでも……希美は不安そうな顔をしながらも、笑っていた。

そして、口を開いた。

 

 

「……お兄ちゃん……私、知ってるから」

 

 

その言葉に、僕は口元を歪めた。

彼女の言葉の節々に、心配するような気持ちが乗っていたからだ。

 

 

「本当は危ない事なんかして欲しくないけど……」

 

「希美……」

 

「でも、お兄ちゃんは……やらなくちゃって思ってるんだよね?」

 

 

僕は……頷いた。

 

 

「なら……うん、仕方ないかな」

 

 

諦めるように、そう呟いた。

 

 

「でもね、ちゃんと、帰る場所はあるから……何があっても、無事に帰って来てね、お兄ちゃん」

 

「……分かってるよ」

 

「絶対、絶対だから」

 

 

希美が僕を抱きしめた。

 

お互いに歳を取って、こうやって抱きしめられるのは……随分と久し振りだと思った。

 

少し、鼻水を啜るような音が聞こえた。

 

希美は……僕が何をしているか詳しくは知らない筈なのに……それでも、心配で泣いてるんだ。

 

 

「……大丈夫だよ、希美」

 

「うん……」

 

 

強く、強く抱きしめられた。

 

僕が彼女に居なくなって欲しくないと思うと同様に、彼女達もきっと……僕に居なくなって欲しくないのだろう。

 

たった二人の兄妹だから……分かる。

 

きっと、希美だけじゃなくて、稚影も……。

 

 

「おかえり、お兄ちゃん……」

 

「うん、ただいま……」

 

 

辛い事も。

怖い事も。

 

沢山あるけれど……今はただ、二人、抱きしめ合っていた。

 

 

僕はきっと、幸せ者だ。

 

周りの人は、みんな、優しくて……。

 

だから、報いるんだ。

 

僕に『剣』が与えられたのはきっと……その力で、みんなを守るためにあるんだと……僕は、そう思った。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

私は今回の加害者……兼、連続猟奇殺人事件の被害者である上坂 穂花の携帯電話を手に取る。

血で汚れていて、思わず眉を顰めた。

 

 

「結衣」

 

 

啓二が私に声を掛けて来たのを見て、端末をビニール袋に戻した。

 

 

「勝手に証拠品に触るなと──

 

「妙だと思わないか?啓二」

 

「『異能』関連の事件は妙な事しかないな」

 

 

私は手を顎に当てる。

 

『異能』によって携帯電話の記憶を見た。

 

中身は見えなかったが、上坂 穂花は犯行直前まで熱心に携帯電話を弄っていた。

 

 

「……上坂 穂花が、昔の加害者達の居場所を知っていた理由は……協力者か?」

 

 

携帯電話は解析班に回されるだろうが、どうせ大した情報は集められないだろうと思っていた。

 

 

「……それに」

 

 

……どうして、こうもタイミング良く上坂 穂花と和希が争う現場に、『肉』の能力者が介入出来たのか?

 

協力者……そいつも『肉』の能力者か?

 

 

「……それなら」

 

 

頭の中にある断片的な情報を組み換えて、可能性が高いものを並べていく。

 

和希……父親……殺人鬼。

 

何故か、見逃された和希。

見せつけるように殺された父親。

発現した和希の『異能』。

 

 

「……和希を『異能』に目覚めさせる為だった」

 

 

なら、今回のは?

 

殺人鬼によって導かれた上坂 穂花。

そして、和希を殺そうとした直前に──

 

 

「……守っているのか?」

 

 

元々、殺人鬼側に穂花を殺す予定はなかったのではないか?

それなら何故……和希を殺そうとした瞬間に?

 

 

「……育てているつもりか」

 

 

自身でお膳立てした状況を作り出し、和希を戦わせ……彼の『異能』を育てている、という事か。

 

和希の『異能』は私には分からない。

何を起こしているのか、原理も結果も……。

 

だが……その力が実は、強力な能力ならば?

 

 

「……何が目的だ?」

 

 

顎を覆っていた手は、口元まで来ていた。

 

 

──おい、結衣!」

 

 

突如、言葉が聞こえて、そちらを見る。

啓二が呆れたような顔をしていた。

 

 

「何だ」

 

「何だ、じゃないだろ……呼んでいるのに返事もせずに」

 

「それだけ集中していたという事だ」

 

 

私は啓二に視線を戻して……その後、ドロドロに溶けた死体を一瞥した。

 

奴の『異能』の詳細は分からない。

だが、どうやら有効射程は広いらしいな。

 

触れてもいないのに……こんな殺し方が出来るなんて。

 

 

和希が『異能』に目覚めたのは、殺人鬼の所為だ。

そして、その『異能』を育てているのも──

 

 

いや、待て。

 

 

「……殺人鬼は何故、和希が『異能』に目覚める事を知っていた?」

 

 

記憶を遡る。

和希の証言の中に……私の『剣』を見る前に、何か言っていた筈だ。

 

……そうだ。

あの殺人鬼は和希に『『剣』を見せろ』と言っていた。

 

 

「……まさか、未来が──

 

 

 

 

未来が、視える?

 

 

 

 

「フッ、まさかな」

 

 

私は上着に両手を突っ込んで、啓二の後ろを歩く。

 

『未来視』がありえないと言っている訳ではない。

 

ただ『異能』は一人に一つだ。

殺人鬼は『肉』を操る異能を持っている。

 

だから、有り得ない。

 

 

それに……『未来視』は──

 

 

私は思考を振り払った。

無駄な事を考えている暇はないと、そう思った。

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