私はあの人を「女」として振り向かせたい。【完結】   作:亜梨亜

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奇跡と言うべき偶然。

 

 

「好きです、カイトさん」

 

 

 言葉にだしてしまえば、こんなにも短いんだって思った。

 あんなに沢山渦巻いていた感情が、こんな短い言葉に集約されている。たった三秒にも満たない時間で完結してしまう単語に、こんなに怯えて、求めて、憧れていたんだって。

 

 そしてそんなに簡単に言ってしまったんだって後悔と、簡単に言えたねという安堵と、もう自分でもわからないくらいに、沢山の感情が産まれていく。想いが走馬灯のように灯っては消えて、やってきては通り過ぎて。やっぱりその目眩くやってくる感情は、外への発露を期待していて、私はいつものように言葉をせき止めることが出来ない。

 

 

「──ずっと、いっぱい、いっぱい好きだったんです。最初は一目惚れで、ただただバイト先に来てくれるのが嬉しくて、自動ドアが開いて、カイトさんが入ってくるかどうかバイト中ドキドキしてて、入ってきてくれたらテンションが上がって……カイトさんのこと、いっぱい知りたかったんです」

 

 

 言葉は続く。

 

 

「あの日助けて貰って、ちゃんと話すことが出来て、今もこうやって男苦手を克服する為に付き合ってくれて、今はもう──一目惚れだけじゃないです、本当に。本当に、カイトさんのこと、大好きです」

 

 

 想いは続く。

 

 

「私はすっごい歳下だし、無理筋だって自分でもうっすらわかってるけど。…………彼氏が出来るとしたら、カイトさんがいいです。カイトさんの彼女になりたいです。だから──」

 

 

 

 

 

 想いは止まらない。

 

 

 

 

 ──付き合ってください。

 

 

 

 

 私は、きっと今。初めて、カイトさんに向かって本当の本当に「女」として向き合った気がした。

 

 そして、今が初めてだったって、自分でも気付いてしまった。

 

 

 

「…………鈴原ちゃんが俺といても平気だったのは、俺の事を好きになってくれてたからだったんだな」

 

 どこか納得したような顔でしんみりと頷くカイトさん。私は震えながら、それでも目を逸らさずに、小さく頷くことしか出来なかった。

 

 

 ああ、時間止まってくれ。私に落ち着くだけの時間をくれ。せき止められなかった言葉の奔流を戻したいなんて贅沢は言わない。せめて一時間だけ、穴に入る時間が欲しい。

 

 そう願っても時計の針は止まらないし、零れ始めた砂を止めることは出来ない。静かに、確かに進み続ける時間が、カイトさんの次の言葉を送り出すのを無防備に待つしかないのだ。

 

 

「ガチ、なんだよな?」

 

「………………はい。ガチ、です」

 

「だよな。だったら俺も、誠心誠意ちゃんと答えなきゃいけねえ」

 

 

 

 

 

 

 

 想いは、私には止められない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──気持ちはすっげえ嬉しい。けど……ごめん。俺は鈴原ちゃんの気持ちには応えられない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 想いは、私には止められない。

 

 止まるとするなら、それは私以外の誰かによってせき止められる。

 

 予想はしてた。

 寧ろそれが普通だと思ってた。

 でも、やっぱり悔しかった。

 心のどこかでワンチャンを夢見てた。

 考えないようにしてた。

 

 ──不思議と、涙が出てくる気配は無かった。

 

 

 

「鈴原ちゃんは可愛いと思う。良い子だと思うし、そこに嘘はない」

 

 言葉は続く。

 

「それでも、やっぱ俺からしたら鈴原ちゃんは「杏奈の友達」ってのが強い。それに鈴原ちゃん、まだ高校生だろ。多分俺のことが魅力的に見えてるのは、ちょっと大人だからってだけだと思う。それは鈴原ちゃんが気付いてないだけで、無意識的にな」

 

 

 想いを、続けてはいけない。

 

 

「同世代にも俺より良い男は絶対いると思うし、俺も俺でやっぱ高校生の妹と同い年の子を彼女として見れるかって言われたら……ちょっと自信がない。だから、気持ちは本当に有難いし、嬉しいけど──俺は、鈴原ちゃんとは付き合えない、かな」

 

 

 

 いつもすぐに感情が渦巻いて、言葉が止まらなくなるのに。

 さっきまでは悔しかったし、辛かったし、逃げ出したかったけど。

 意外にも今の感情は、あー、振られちゃったなー。くらいの、自分でもびっくりするくらい淡白な感情だった。

 

 

 

 

 

 

 あんなに沢山色んな感情があったとしても、あんなに沢山考える時間があったとしても、あんなに沢山想っていたとしても、失恋の瞬間は一瞬なんだな。

 

 なんというか──呆気なさすぎて、逆にビックリしちゃった。

 

 

 

 

 

 

 

 ───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

『貴方の欲しいものは見つかりましたか? 続いてのリクエストは京都府京都市左京区東店スタッフのP.N「週刊少年スキップ」さんからの──』

 

 

 

 驚く程にガラガラな店内。少し前に終わった品出し、在庫完璧なホットスナック、当然ながら並んですらいないレジ。そんな虚無の時間を過ごすコンビニ店員に許される所業は、店内ラジオを聞くか、店員同士でお客さんが来るまで雑談をするくらいしか無い。

 あまりにもいつも通りなコンビニバイト業務。今日のレジ相方は無敵の店長こと堂林まつりさん。

 

 唯一いつも通りではないことがあるとするなら──今日、私はバイト中なのに性転換薬を飲まず、「女」のままで業務を行っていた。

 

 何人か男の人を相手にレジ業務もやったけど、自分でもびっくりするくらい普通にこなすことが出来た。これには隣にいた店長もちょっと驚いていたようで、何か思案顔をしていたのを覚えている。あの人基本的に考えごとしたりする顔を私たちに見せないからな……。

 

「……最初、アンタが「今日薬飲まずにお仕事していいですか」って言ってきた時な、私止めようかと思ったんだよ。かなり急な話だったし……最近鈴原が克服する為と自分の恋を実らせる為に頑張ってたのは知ってるけどさ、そんな急に言ってくると思ってなかったしね」

 

 珍しく、店長の方から話題を振ってきた。まあ基本的にこの時間帯は人来ないし……部活ラッシュも終わったし、雑談をするのはいつもと言えばそうなんだけどね。

 

「でも普通に男相手でもレジ打ててたし、そこは安心したよ。結構色々心配だったからさ」

「もう大丈夫ってとこ、見せられてよかったです」

 

 小さくピースサインを作ってみせる。やっぱり今日はいきなり女の姿でやりますって言ったし、ちょっと店長にもいらない気を使わせてしまったかな──

 

 

 

 

「いや、心配だったのはそれもそうだけどさ。鈴原、多分だけどアンタフラれたでしょ」

 

 

 

 

「えっ──」

 

 どうしてわかったんだろうか。思わず振り返って店長の顔を見る。驚くくらいにいつも通りの美人で、何か特別な感情が浮き出ているようには全く見えなかった。本当に、ただいつも通りのテンション。きっと、店長にとってはその事も日常の一コマでしかなくて。

 

 それがとても無情で、同時に優しくて。

 

「なんで、わかったんですか」

 

「勘」

 

 マジかこの人。

 

「まあ勘ってのは冗談として。アンタが今日薬飲まずに行けますって言った時に、あー、多分実ったかフラれたかどっちかなんだろうなって思った。でも鈴原はさ、多分実ってたらもっと嬉しそうな顔してると思うんだよね。じゃあ、フラれたんだろうなーって。……だから今日は褒めてあげるよ、社会人になったらそれは当たり前のことなんだけどさ、そういう時に辛そうな顔とか、しんどくて仕事が手につかないとかそんなことも無く、「フラれたんです」みたいな話もせずにちゃんといつも通り笑顔で接客やり切ったのは偉い」

 

 だからまあ、なんとなく気付いてたけど今日はアンタに一切気を使ってなかった、と続ける店長。

 

 ……この人には一生勝てない気がする。なんというか、全部を見透かされて、先に私のやりやすいように動かれている、というか。

 

「で、まあ結果として女の姿でも接客やれたのは偉いし、前進な訳だ。それだけでアンタの失恋は無意味じゃなかった……って月並みな慰めはしてあげられるけど。一応聞いていい? なんで女の姿でもやれるって思ったか」

 

「…………すっごいシンプルな話ですよ」

 

 別に特別何か感情の変化があったわけじゃない。

 失恋を何か糧にしたって訳でもない。

 本当に、ただただシンプルな話なのだ。

 

 

「──なんだろ、別に好意が無いならその場で強く断ればいいんだなって思ったし、そもそも私に対してそういう好意向けてる人なんてそんなにいないんだなって改めて確認しましたし……当たり前っちゃ当たり前なんですけど、結局好きな人に好かれないとじゃんってだけです。自分でも何言ってるかわかんないな……ただ、フラれたことでちょっと吹っ切れちゃっただけです」

 

 

 強くなったとかそういうことじゃない。

 元々が弱かったとかそういうことでもない。

 多分、怯えすぎて自意識過剰になっていたんだ。

 そして、ちゃんと断ったらいいって学んだんだ。それは真摯な思いが相手でも、下心でも。「断る」という行為をしっかり行うこと。そのやり方を、学んだんだ。

 

「そっか」

 

 店長はなんてことはない、というような相槌を打ってくれる。本当になんてことはない。

 

「……それに、自分でもびっくりするくらい、後悔とかそういうのが無いんです。その──ほら。もうすぐ私高三になるじゃないですか。バイト入る日、めちゃくちゃ減っちゃうと思うし、そうなるとカイトさんに会える可能性もどんどん減るし。会えなくなっちゃう前に、気持ちだけでも伝えられて良かったって思うんです。しかも今なら、もし、バイト中に会えたとして、その時女の姿で会えたら、カイトさんが付き合ってくれてた男苦手克服チャレンジもしっかり成功したんだって、わかってもらえますし。そしたら、それはそれで、普通にカイトさんも嬉しいと思いますし。そう思うと、女の姿でレジ立つのも、いけるんじゃないかなーって。実際今日いけましたし、もうこれで克服です」

 

「…………そっか」

 

 なんてことはない相槌。さっきよりも、少しだけ柔らかな声色。

 

「鈴原、今日は多分この後も暇だし帰んな。バイト代は本来の時間分で付けといてあげるから」

「……えっ、いやそれはダメですよ。ちゃんと最後までいます! いくら暇だったとしても急にドッとお客さんきたら困るでしょ」

「バーカ、私舐めんな? 裏には高見も控えてくれてるし、私が本気になったらどんな面倒なレジも完璧にテンポ良くやれるよ」

「いや、だとしても──」

 

「気にしなくていいよ。そんな泣き顔でレジ立たれても困るし。今日はアンタが女の姿でもレジ立てたってだけでもう安心なんだよ。いつも頑張ってるスタッフのメンタルケアも私の仕事ってわけ」

 

 ──店長に言われて、その時初めて私は涙を流していることに気がついた。

 

 強がりのつもりなんてなかった。

 実際、それが私の本心だった。

 それでも、やっぱり悔しかったし、無理筋ってわかってても報われたかった。

 

 気付いてしまったら、もう止められなかった。

 

 

 

 

「…………ごめんなさい、帰ります」

「おう、帰りな。送っていけないから落ち着くまでバックヤードで泣いててもいいよ」

「……それはそれで高見さんに迷惑かかるし、すぐ帰ります」

 

 泣いてるとこ見られるの、恥ずかしいし。

 

 

 

 

 

 

 ───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 風がとっても強くて、震えながら帰り道を一人で歩いた。

 寒かったから、何度も何度も鼻を啜った。

 目元だけ、妙に温かかった。

 

 人目も憚らず、ボロボロ泣いた。

 

 それでも足は止めなかった。歩きながら、声が出そうになるのを我慢して、真っ暗で人の顔が見えにくいことをいい事に、沢山沢山涙を流した。

 

 

 やっぱり、報われたかった。

 フラれたのは、本当に悔しかった。

 

 

 真っ暗で人目も無いことをいいことに、独り言のように言葉を放ち続けた。

 

 

「悔しいなぁ〜……! やっぱりダメだもんなぁ……! せめて、せめて……」

 

 

 そう、せめて。

 

 

「せめて私がもっと早く産まれていたらなぁ〜……同い年で産まれて、学校とかが同じで、もっとアピールするチャンスがあって……そしたら、そしたら──」

 

 

 

 ありもしないもしもの話。そんなことをつい考えてしまう。そんなことをつい考えてしまう時点で、もう夢物語なのに。もっと簡単なifを求めた方が、きっと現実的なのに。例えば、それはバイト中最初から女の姿でいられて、もっと最初からアピールをかけられていたなら、或いは──

 

 

 

 

 

 

 

 

「──鈴原ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──或いは、こんな奇跡みたいに偶然、夜道で出会うことが出来たら。

 

 

 

 

 …………えっ。

 

 

 

 

 

 人目がつかない夜道。涙で滲んだ視界。ぐしゃぐしゃの感情と脳みそ。

 

 それら全てが近くに誰かがいることを気付かせなかった。

 

 それら全てが、今の声は幻聴じゃなくて、自分の都合のいい思い込みじゃなくて、それが現実であることを示していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐしゃぐしゃに泣き腫らした私の前には──カイトさんが立っていた。

 

 

 それは、奇跡と言うべき偶然。

 

 それは、或いは最悪かもしれない偶然。

 

 

 

 サヨナラした大きな恋が、呪いのように巻き付いてくるんだ。

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