私はあの人を「女」として振り向かせたい。【完結】 作:亜梨亜
本日が最終回となります。
小学校を卒業する時、私は泣かなかったな。なんて、そんなことをふと思い出した。
卒業すると言っても私立校を受験する子以外は殆どそのまま地元の中学校に進学するのだから、先生以外に会えなくなる子なんていないから。六年間の思い出こそ沢山あったけど、寂しさや悲しさなんてものをあまり感じなかったんだと思う。今思うと少し薄情な気もするし、冷めたガキだななんて思わないでもないけど、それでもあの時の私は泣かなかった。
中学校の卒業式はどうだっただろうか。驚くことに、あまり記憶に残っていない。
小学校の卒業式は一ヶ月くらい前から「卒業式の練習」という授業がほぼ毎日のようにあって、行進の練習や卒業証書の受け取り方、合唱曲の練習なんかを寒い体育館で何度も何度もやって、いざ本番! って感じだったから、中学でもそうなのかと身構えていたら案外そんなことは無く。音楽の授業で卒業式で歌う合唱曲は練習したけど、それくらい。だからあんまり記憶に残っていないのかもしれないな。
ああ、それでも中学校の卒業式は少し泣いた気がするな。小学校と違って、本当に離れ離れになるから。人によっては、それ以来もう本当に会わなくなるかもしれないから。そう思うと、無情な気がして、寂しくて、涙が出たんだった気がする。
──じゃあ、今日私は泣くんだろうか。
三月の頭に行われる高校の卒業式じゃ、当然ながらまだ桜が咲いている筈もなく。水色の歌姫が言っていたような「教室の窓から桜の雨」なんてロマンチックな行為が出来るはずもなく。
いつもより少しだけ気合いを入れてセットした髪型、どことなく浮ついた雰囲気。それ以外はいつも通りな気すらする教室も、更に言うなら学校も、もう明日から本当に来なくなるんだと思うと、感慨深いよりも前に……不思議な気持ちが勝ってしまう。
──三月。
私は、今日この高校を卒業する。
不思議だ。
知らないうちに隠れビッチキャラにされていた高校一年生から二年生までの学校にいる時間はあまり楽しいと思えていなかった。ずっと京香にくっついていて、陰キャらしく細々と生きていたらいいやなんて思っていて。
それが、バイト先で恋をして。陽キャの塊みたいな、杏奈ちゃんと仲良くなって。カイトさんに振られて──自分のことがすごく嫌いになって。
自分のことが大嫌いだったはずの高校三年生の時間が、一番青春して、一番楽しんで、なんだか陽キャみたいな生活を送って。その時間はかけがえがないハズなのに、あっという間に通り過ぎて。
……多分、泣くんだろうな。ぼんやりとそんなことを考えながら、卒業式が行われる体育館へ向かうべく、列が形成され始める中に進もうとする。
「あ、碧」
最後まで私にとっての親友であり、学校内での私のオアシスだった京香が、卒業生一同になる直前の私を呼び止めた。流石に今日は怒られてしまうのか、ピアスの量が明らかに減っている。それでもやっぱりカッコイイ雰囲気が崩れない私の親友は、いつもと変わらないトーンで私にこう告げるんだ。
「卒業式終わったらさ、大事な話あるから。二人で話せそうなら二人で話さない?」
あまりにもいつもと変わらないトーン。あまりにもいつもと変わらない雰囲気。卒業式という非日常すら、人生の中の小さな一回の出来事だよねと言わんばかりのテンションで、少しだけ……いや、京香がそんなこと言うなんて初めてか。かなり非日常な言葉の投げかけ。その言葉の真意を図る間も無く、そのいつも通りな雰囲気に流されて私もついいつも通りのテンションで返してしまった。
「いいよ。皆で写真とか撮ったあと、どっかで話そう」
大事な話って、なんなんだろうな。京香からされる大事な話なんて、ちょっと怖いな……そんなことを考えているうちに私達は体育館に向かって歩き始めているし、気が付いたら既に半泣きになっている杏奈ちゃんに気がついてつい笑ってしまったんだ。あの子は本当にすぐ泣くな!?
……いつもより色んなことを考えているな、私。
いつも通りのテンションだったけど、「大事な話」という非日常なことを投げかけてきた京香。
ある意味いつも通りかもしれないけど、この先訪れる高校生最後の瞬間に対する寂しさに既に涙を貯めている杏奈ちゃん。
なんだ、全然いつも通りじゃないじゃん。
私も、結局どこか浮ついているんだ。
うん、そうだな。
もうちょっとだけ高校生でいたいな。卒業したくないな。
高校三年生から陽キャになるの、遅すぎたな。もっと前からガラじゃないなんて言わず、沢山の行事を楽しんでおけばよかった。
もっと仲のいい友達も作っておけばよかった。
あの時、後輩の菱尾君の告白、オッケーしとけばよかった。
あの時──カイトさんに、告白しなければよかった。
あの時、結ばれていればよかったのに。
後悔先に立たずって最初に言った奴は誰なんだろう。多分天才なんだと思う。
体育館の扉が見えてきた。
拍手の音が聞こえる。
───────────────────────
「ぅぇぇえええ〜ん……ホント、マジで! マジでぇ……マジで絶対大学行っても遊びに行こうね、ウチと会ってね……! ぴらい、碧ちゃん〜っ、ホント、ホント好きぃ」
「杏奈、あんた泣きすぎ」
「当たり前でしょ、寧ろ大学でできた友達ばっかりと遊んでたら私泣いちゃうからね」
卒業式を終え、最後のホームルームというやつも終え。ここからは思い出作りタイムだと言わんばかりに、廊下、教室、中庭に卒業生や在校生がごっちゃになって、記念の写真を撮りあったり、卒業アルバムの真ん中のページにメッセージを残し合っている。勿論私達三人は一番最初に三人で写真を撮り、卒業アルバムにもメッセージを残し合い、応援団で仲良くなった後輩やクラスメイトなんかとも写真を撮ったり、最後の思い出作りを楽しんでいた。特に杏奈ちゃんはやはり交友関係が広く、もう既に卒業アルバムの真ん中のページが殆ど埋まり始めている。すごいなド陽キャギャル……。一年生の時に世界史の担当だっただけしか接点がない先生からもメッセージを貰っているのはシンプルにもう意味がわからない。いつ仲良くなったんだ?
でも、この子と仲良くなっていなかったら私の卒業アルバムの真ん中のページは、多分もっと空白の部分が多かったわけで。その明るさとコミュニケーション能力は、やっぱり尊敬する。
──ついに、最後までカイトさんとどうなったかどうか、私には聞いてこなかったな。
多分、何となく知ってたんだろうな。それでいて、敢えて私には何も聞かなかったし言わなかったんだろうな。
ありがとうね、杏奈ちゃん。
私はおおよそ一緒に写真を撮りたい相手とは撮りきったので、あとは京香が言ってた大事な話を聞くくらいで、卒業式のイベントは全て終わるだろうか。……意外と涙、出なかったな。まあ京香と杏奈ちゃんとは、ほぼ間違いなくまた沢山遊ぶだろうから寂しさ自体は薄いのかもしれない──
──突然、隣のクラスからどよめきと黄色い歓声が聞こえた。
「なになになになに!?」
「隣のクラス……あー、わかった。さっき優希ちゃんが花束持ってたから、辰巳に渡しに行ったんじゃない?」
「うぇっ!? せ、青春……! てか優希ちゃんずっと片想い継続してたんだ!?」
最早野生動物と遜色ない運動神経と派手で可愛い見た目のおかげで(おかげで?)学校では知らない人がいないまである大人気ガール、石坂優希ちゃん。二年生ながら三年の辰巳君のことが好きだったのは去年から公開告白を繰り返していたことから学校中の知れ渡っていることにはなっているが、どうやら卒業式もベタな花束贈呈と共に公開告白を決めたらしい。
すごいな……卒業式に彼氏や彼女、想い人に花束をサプライズプレゼントするの、インスタやSNSでしか見たことがないし、身近にする人がいるとは一切思ってもいなかった。隣のクラスで今、SNSでよく見かける「映え」が行われていると思うと、少し見に行きたい気もするな……。
「京香、ちょっと見に行かない?」
「ん〜? いいよ」
完全に野次馬根性。少しウキウキしながら教室の扉を開け──
「鈴原ちゃん、卒業おめでとう」
「──えっ、なん、で」
──扉を開けた先には、青色と紫色の綺麗な花束を持った、カイトさんが立っていた。
本当に、本当に顔を合わせたのは一年以上ぶりだろうか。変わらない茶髪で、変わらない優しい笑顔で、それが逆に「私が見てるのは幻覚なんじゃないか」なんて思ったりもして。
あ、そっか。杏奈ちゃんを見に来たんだ。お兄ちゃんが、とても仲の良い妹の卒業式を見に来ること自体はおかしいことじゃない。自分の動揺を必死に隠しながら、慌てて言葉を紡ぐ。
「あ、えと……お久しぶりです。杏奈ちゃんですよね? 今どこ行ったかな……色んなとこで色んな子と写真撮ってるみたいだから──」
「杏奈にはさっき会ってきた。今は鈴原ちゃんを探してたんだ」
──人って、本当に驚くと何も声が出せなくなるんだって初めて知った。
だって、有り得ないじゃん。
あんな最悪なこと言いまくって、そのまま逃げたようなものなのに。
それが本心だったかなんて自分でも分からないのに、「会いたくなかった」「嫌い」とまで言ってしまったのに。
一年以上、会ってもいなかったのに。
連絡すらもとっていなかったのに。
なのに、わたしを探していた理由が、会おうとしてくれていた理由なんて何処にもないじゃんか。
あの時は、沢山会えてた時は。あんなに思ったことが、気持ちが、言葉が、簡単に口をついて出てきていたのに。今は本当に何も出てこない。餌を求める鯉みたいに、パクパクを口を開けているのに、何も言葉が出てきてくれない。
「はい、これ鈴原ちゃんに」
あの優しそうな笑顔で、カイトさんは持っている花束を私に差し出してくれた。何も頭が回らないまま、ただその花束を受け取る。思った以上の重さに驚いて、目の前が青色と紫色の綺麗な花でいっぱいになって。
なんだろう、周りからキャーッという黄色い声が聞こえているけど、自分の中ではそんなこともすごくどうでも良くて。今自分がどうするべきなのか、どうやってあんなに簡単に本音を言えていたのか、あんなに口に戸を立てるのが難しかった去年の私はどこに行ったんだろうとか、色んなことがぐるぐる巡って。
気がついたら、卒業式でも流れなかった涙が花束を濡らしていた。
「なんで、あんな、あんな別れ方したのに私に会いに来てくれたんですか」
「……そうだな、色々理由はあるんだけど──俺もそうだったけど、多分鈴原ちゃんがあの時すげえ後悔してると思ったから、かな」
男苦手を克服する為という名目で、二人で会っていた時。その時と同じ声色だ。すごくいつも通りの声、タイムスリップしたんじゃないかってくらい、あの時あの瞬間を思い出す声。
「それに、俺も鈴原ちゃんから最後にされた質問……質問? に答えてないしな」
最後にした質問。
覚えている。質問なんてもんじゃない。なんなら一つの呪い、或いは願望でしかなかった、有り得ないもしもの話。
──もっと、もっと。もっと早くに産まれていたら、カイトさんと同い年で、学校も一緒に行けてたら。最初っから、私が「女の子」としてアピール出来てたら。カイトさんは私のことを一人の女の子として見てくれましたか。
答えを聞く前に私は走って逃げ出した。
その答えがどうであれ、結果は変わらなかったから。
そんなことを聞く自分の女々しさに笑ってしまいそうだったから。
「それの答えになるかどうかは解らないけど、俺は同い年の鈴原ちゃんを想像出来ない。やっぱり鈴原ちゃんは俺からしたら歳下の、妹と同い年のまだ可愛い元気な女の子……っていうことしかイメージ出来なかった」
──そして、その「もしも」すら許されない。
それでも、今突き付けられたものは、何故か心の底からスっと受け入れられるものだった。
ただただ、あの時逃げた答えが返ってきただけで安心したのかもしれない。
それでも、やっぱり結果は変わらないわけで。
「──だけど、「俺の事を魅力的に思ってくれてたのは、俺が身近にいる歳上の男で、周りにそれが無いから惹かれた」ってわけじゃなくて、本当にマジで俺の事が好きでいてくれたんだなって思った。バイト先での一目惚れだったのが最初とは聞いたけど、そこから本当にちゃんと俺の事を好きでいてくれたんだなって思うと、それはすごく嬉しい」
そうだよ。私はずっと、カイトさんだから好きだったんだよ。
多分、嫌いって言った後も。
多分、楽しかった三年生の時間の間も。
多分、今も。
ずっとずっと、カイトさんに振り向いて欲しかったんだよ。
「今、鈴原ちゃんがどう思っているかは解らないけど。そこまで想ってくれていたんだなって思うと、あのまま会わずに終わるのはダメな気がしたんだ。迷惑だったらごめんだけど──」
「──迷惑なんかじゃ、ないです!!」
気がついたら、そう声に出していた。
あ、これもう止まらないな。
でもいいんだ。
多分もうそれが私なんだと思う。
それでいいよ。どうせどうやったって振り返った時間は帰って来ない。
「会えてっ……会えて嬉しい。ひどいこと言って終わってしまって後悔してた! 嫌いなんて嘘です、全部……全部全部大好き。もう絶対許されないと思ってたし私も私のこと大嫌いになったしっ……でもっ、でも、やっぱり諦めらんないです。こんな好きに、人を好きになったり、いっぱい考えたりしたこと無かったから──」
「──じゃあ付き合う?」
「うんっ────えっ」
私の時が止まった。
聞き間違いとしか思えない。
或いは、私にとって都合のいい幻聴。
「えっ……待ってください。なんて言いました?」
「じゃあ付き合う? って聞いたけど」
聞き間違いじゃ、ない。
聞き間違いじゃ……ない?
「……まあ、ぶっちゃけて言うなら、鈴原ちゃんのことが好きかどうかで言われたら……ライクではあるけどラブではない、多分。それでもなんだ、その……それだけずっと想われてたってのは俺も普通に嬉しいしな、その気持ちに応えるのもいいなって思っただけだよ。ただそこそこ歳も離れてるし、大学生と社会人だから生活リズムが合うかもわかんねえし、価値観が合うかもわかんねえ。それでもいいっていうなら──」
「──それでもいい、それでもいいです。いいです、それでもいいです! ほ、ホントに……?」
「…………ちゃんと、俺に自信持って「ラブの方で好き」って言わせてくれよ。やっぱ合わねえな、ダメだって思ったら振るかもしれないぞ」
「…………っ、うん、うん……! じゃあ、じゃあ、改めて────私と、私と付き合ってくださいっ!!」
涙で前が見えない。こんなに幸せなハズなのに。1番見たい顔が全然見えないんだ。
それでもいつものあの、優しい笑顔で笑いかけてくれていることがわかるんだ。
──だって、大きくて暖かい手が、私の頭を優しく撫でてくれている。包み込むような温度が、私の頭を癒してくれているのが、すごく感じ取れるから。
「…………こちらこそ。よろしくお願いします」
黄色い歓声が聞こえる。
そうだ、周りに人いるんじゃん。
公開告白じゃん。
いつか言われた「あれくらいとは言わないけどアピールしてみな」という言葉。
あれくらいをやっちゃったなー。
後ろからポンポン、と背中を優しく叩かれる。見えなくてもわかる。ずっと後ろで見ていた京香だろう。
「まーったくアンタは……私の大事な話の前にもっと大事な話をしちゃって……。私の話も今しちゃおっかな」
優しい京香の声が耳元で聞こえる。頭に何かちょこんと乗せられた気がする。何となく気付いた。これ、小さなティアラだ。
「……アンタと私、親友解消ね──これからは大親友ってことで。新しくできた彼氏ばっかり構って、私の事、ほったらかしたら許さないからね」
そんな声が聞こえた瞬間、私が何か言う前に背中をドン、と押されてしまった。急な衝撃に私はバランスを取ることも出来ず、思いっ切り前につんのめる──そして、力強い何かに支えられた。
……それが、カイトさんの腕の中だったことに気が付いたのは、その一瞬後である。
力強くて、優しくて、暖かくて。
あー、ダメだ。
涙が止まる気がしない。
振り返らずに、後悔だらけで走った先で。
大好きな人に支えてもらえる日が、とうとう来ました。
───────────────────────
『──さて、あなたの欲しいものは見つかりましたか。続いてのリクエストは某県H市内海支店スタッフの、P.N「機械仕掛けのココロ」さんからになります』
「店長、某県H市ってどこですか」
「知らん。私にだって知らないことくらいあるよ」
驚く程にガラガラな店内。少し前に終わった品出し、在庫完璧なホットスナック、当然ながら並んですらいないレジ。そんな虚無の時間を過ごすコンビニ店員に許される所業は、店内ラジオを聞くか、店員同士でお客さんが来るまで雑談をするくらいしか無い。
大学生になったからといって、バイトの業務が変わるわけもなく。もう男になる必要も無いから、女のままであり。そして大学生になったからといって、店長と話す内容が劇的に変わるわけもない。
大学生になってめちゃくちゃ忙しくなった……というわけもなく、高校二年時代くらいのペースでバイトには入れている。折角新生活になるとはいえ、実家暮らしのままだし引っ越すわけでもなかったので、バイトを変える理由も見つからず普通にコンビニバイトを続けていた。何より人間関係が神がかっていて居心地がいい。
「……ま、鈴原が辞めなくて良かったよ。アンタはウチの重要な戦力だからね」
「そんなことないですよ。藤原さんとかの方がバイトでも有力でしょ」
「んなことないよ、アンタがいたら──」
店内に鳴り響く入店サウンド。雑談モードから営業モードへ切り替え、いらっしゃいませと声を掛ける。入店してきたのはスーツ姿で少し疲れた表情をした、少し長めの茶髪が特徴の──私の彼氏、カイトさんだった。
「──アンタがいたら、常連が増える」
「……えへへ」
「今日はもうすぐ上がる時間でしょ? 時間はちゃんと定刻で付けといてやるから、帰る支度してもいいよ。彼氏と一緒に帰んな」
「え? いやいやいやちゃんと仕事は最後までしますよ!? あと十分くらいだし」
そんなことを言い合っているうちに、私のレジの前にジュースとビール、サラダチキンが置かれる。目の前に立っているのは勿論──カイトさんだ。
「え、えと……いらっしゃいませ」
「なんでまだ緊張してんだよ」
うるせえやい。なんか緊張するでしょうが。
震える手でレジ打ちを終え、お金を預かってお釣りを渡す。ありがとうございました、と声を掛けようとして……やめた。
「カイトさん」
私の声に気がついて、カイトさんが振り返る。
「……あと十分で終わるから、待ってて。一緒に帰りたい」
──いつもの笑顔が、少し嬉しそうに見えた。
「おっけ。待ってる。家まで送るわ」
振り向いて見せてくれる声も顔も、本当に。
あー、本当に大好きだ。
終
───────────────────────
「いらっしゃいませ……ってあれ? 鈴原の友達だっけ」
「あ! えっと……そのセツはどうも、碧ちゃんがお世話になってます!」
「んふっ……はい、お世話してます。話にはよく聞いてたけど面白いね。杏奈ちゃんだっけ? 鈴原ならさっき帰ったよ」
「知ってます! や、買い物に来たんですけど、碧ちゃんがいない時に来たくて……」
「鈴原がいない時に? どうして?」
「えと……店長さんって、今日います?」
「いるよ。てか私が店長の堂林。私に用?」
「あ、はい。その……えっと……」
「どうしたの?」
「………………せ、性転換薬って……売ってくれたりします……? 碧ちゃんの男フォルム、ウチのストライクゾーンど真ん中過ぎてたまに会いたいっつーか……その……」