私はあの人を「女」として振り向かせたい。【完結】   作:亜梨亜

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いつだって陽キャは、私のオアシスを奪っていく。

「碧さぁ、なんかいい事でもあった?」

「えっ」

 

 思っている以上に、友達という存在は私のことを普段から見ているらしい。

 

 推しと会話が成立したバイトから一夜明けて。退屈極まりない午前の授業を終え、私は学校で唯一信頼出来る親友、平井京香とお弁当をつついていた。高一の時から同じクラスで、自由な校風をウリにしている我が校でも一際自由な耳をしている。大小様々なピアスがこれでもかと言わんばかりに空いているのだ。髪の毛こそ染めずに真っ黒にしているが、派手すぎる耳が原因でかなり校内で浮いた存在となっている。だけど京香はそんなことどこ吹く風で平然としており、そのアイアンメンタルが羨ましい。

 しかも私よりよほどコミュ強であり、交友関係もかなり広いらしい。私の知り合いの中でハイスペックな人間を挙げなさい、と言われたらバイト先の店長か京香を挙げるくらいにはハイスペックだと思う。

 

「や、いいことはあったんだけど……私そんなにわかりやすい?」

「んー……碧は学校にいる時はさぁ、折角可愛い顔なのにいっつもちょっとムスッとしてるじゃん? 今日はムスッとしてない」

「私そんなに普段ムスッとしてるか……?」

「伏黒恵くらいはムスッとしてる」

 

 なんとわかりやすい……実際のところ、学校では一部に変な噂を立てられているし、あまり友達もいないので居心地は正直良くはない。京香とずっと一緒にいられるわけでも無いし、基本的に仏頂面なのはもしかしたらそうかもしれない。

 

「バイト先でいいことでもあった?」

「……もしかしてエスパー?」

「いや、碧の機嫌がいい理由なんて六割バイト先の話でしょ。ホント羨ましいよ、普通ないよ? そんな神がかった人間関係のバイト。マジで紹介して欲しい」

「絶対ヤダ」

 

 いくら信頼出来る友達だとしても、バイト中は性転換して男になってますなんて言えるわけがない。というかいくら京香でもそんなトンデモな話を信じてくれるとは到底思えない。あとなんか……男の時の私を見られるの、なんか恥ずかしい。

 

「せめて何のバイトしてるかくらい教えてくれても良くない?」

「そうねぇ、サービス業かな」

「アバウト過ぎる……アンタさあ、親友にバイト先教えるくらいしてくれてもいいんじゃない? 泣くよ私」

「泣いてる京香は見たい気もする」

「泣かすぞ」

 

 こんな雑な返しをしているのに親しい友人を続けてくれる京香は本当に良い人だと思う。間違いなく学校で唯一無二の私のオアシスだし、もし私が男だったらズブズブに依存していた自信がある……いや男になってる時もあるんだけども。

 とは言えどこのオアシスこと京香は私と違って、私以外とも沢山交友関係を広く結んでいるわけで。つまるところ他のクラスメイトもこのオアシスに水を飲みに来るわけで。

 

「ぴらい〜! 鈴原ちゃん! 何喋ってんの、ウチも混ぜて」

 

 ──そうなると、私の唯一無二の校内癒しポイントは失われてしまうわけで。

 オアシスに現れた盗賊という名のクラスメイトは、制服を完璧に着崩して、髪を金に染めた挙句派手なシュシュで可愛く結び、ハッキリした顔立ちをナチュラルメイクで更に可愛らしく武装した挙句ネイルはキラキラという絵に描いたようなギャル、御庄杏奈。彼女も京香同様に自由な校風という名目を盾に好き放題制服や見た目を改造しているのだが、信じられないくらいの陽キャパワーで数多のコミュニティに顔を出し交友関係を築き上げ、学校で浮いた存在にならなくなったスクールカーストの異端児である。私みたいなキャラにも積極的に話し掛けに来る、所謂「オタクに優しいギャル」と言われる絶滅危惧種の典型みたいな女の子だが、眩し過ぎるので私は少し苦手だ。

 

「杏奈じゃん、いつメンはどうしたの」

「いやそれがさ!? 四限の古文、小テスト返ってきたじゃん!? ウチの成績ボロッボロ過ぎて、さっきまで山ピーに怒られてたわけ! このままじゃ評定1付くぞって! めっちゃ萎えて教室帰ってきたら皆もう食堂行っちゃってるし余計萎えるじゃん!? もうメンドクサイし教室でおべんと食べよ〜って思ったらぴらいと鈴原ちゃん見つけたからさ、たまには二人とご飯食べたいなって思ったワケ。ね、いいでしょ?」

「だってさ。別にいいよね、碧」

「いいよ。そこの椅子借りたら?」

 

 ぶっちゃけ良くはないんだけども……ここで断るのは流石に悪すぎるので承諾する。陰キャ寄りの私からしたら、御庄さんのテンションは非常に疲れるんだよな……まあ仕方無い。いつだって陰キャの平穏を奪うのは陽キャ。陰キャから全てを奪うのは陽キャなのである。搾取される側なのだ。

 それにしても古文のハゲ教師、山川先生のことを山ピーと呼べるその感覚は本当に羨ましいというか尊敬するというか……。滑舌が絶妙に悪くて授業が聞き取りにくい上に、妙に威圧的で怒るとネチネチ長ったらしく説教するので、生徒ウケは非常に悪い。だがこの御庄杏奈という女はそんな先生に向かってすら面と向かって「山ピー」と呼び、当然のように親しく話し掛けるのだ。無敵か? 

 

「山川先生からの呼び出し、最悪じゃん」

「そーだよ! 山ピー普段はカミカミで可愛いけど怒るとダメだよねぇ」

「可愛い……? 山川先生が……?」

「え、可愛くない? ウチ結構すきだよ」

 

 どうやら無敵らしい。何をどう見たらあのハゲ教師を可愛いと思えるのか教えて欲しい。まだギリギリ兵庫県の福崎町にいるカッパの方が可愛いよ。

 

「ぴらいも鈴原ちゃんも成績良さそうだもんね、うらやましーよ。ウチなんてもう問題見て、書いてる意味からわかんないからね」

「杏奈は授業中幸せそうに寝てるからでしょうが。てかアンタ五限の日本史、課題提出あるの忘れてんでしょ。授業始めに集めるって言ってたよ」

 

 そういえばそんなのあったな……。だけど日本史の担当教師である松本先生は割と優しく、課題を出した日の授業はほんの少しだけ早く終わってくれて、板書が終わった人から先に課題に取り組んじゃっても良かったりする。私はその間に終わらせたから全然問題ないんだけど……杏奈ちゃんは恐らくその時間もすやすやと寝ていたので……まあ……終わってないんでしょうね……。みるみるうちに彼女の顔が「ヤバい」の感情を表現していく。

 

「………………あ゛あ゛ーっ!! ヤバいヤバいヤバい忘れてた忘れてた忘れてた! プリントどこやったっけ……ぴらい教えてくれてありがと、ついでに答えを写させてくれたりは──」

「しません。碧も見せちゃダメだよ、この子甘やかしたらずっと甘えるから」

「鬼! 悪魔! イジワル! でも教えてくれてありがと! てかヤバ、ご飯のんびり食べてる場合じゃないじゃん!? ごめん、ホントはぴらいとも鈴原ちゃんともいっぱい喋りたいのに! また今度!」

 

 ドバァン! と音を鳴らして椅子から立ち上がり、「ヤバいって〜!」と大きな声で喚きながら自分の席へ戻り、ぬいぐるみのストラップがつきまくった鞄をひっくり返している。あの調子だと……多分間に合わないんだろうな……。極光みたいな陽キャなのに、土砂降りの嵐みたいな女の子だ。

 

「碧、杏奈のことあんま得意じゃないでしょ」

「なんで?」

「一言も喋んなかったじゃん」

 

 本当に親友というものは私のことをよく見ているらしい。喋らなかったというか、喋る隙が無かっただけなんだけどね。

 

「杏奈は良い子だよ。バカだし」

「バカであることは良い子である根拠の補強にはならなくない?」

 

 いやまあ、確かに良い子であることもバカであることもわかるんだけどね。それはそうと少し苦手というか……陽キャが苦手というか……絶対合わない気がするんだよな。

 

「まあでも私や碧と変わんないよ、あの子も。あんな見た目だし色んな噂されてんじゃん?」

「そうなの?」

「援交してるとか、歳上の男複数と付き合ってるとかは聞いたことあるけどね。ちょっとでも仲良けりゃあの純心バカがそんなこと出来るわけないってわかるから、あんまり広々とは言われてないけど」

「……確かに、杏奈ちゃんがその手のことをやってるようには思えないね」

 

 私みたいにあんまり人付き合いが上手くない子がそういう噂を立てられるのはまだしも、あんなコミュ力の塊みたいな子も裏でそんな噂を立てられたりしているのか……人社会恐るべし。

 というか、私が少し居心地が悪そうになってしまったのを京香に見抜かれて、その上で京香が私に気を遣ってわざとらしく五限の課題の話を杏奈ちゃんに振ってくれたのだろうか。だとしたら京香にも杏奈ちゃんにもあまりにも申し訳無いな……。

 

「……京香」

「なに?」

「その、ありがと」

「別に。学校の中でも機嫌が良さそうな碧の顔なんて珍しいからね。もうちょい拝んでもいいかなって思っただけだよ」

 

 そう言いながら京香は私の方を一切見ずに、紙パックのレモンティーにストローを差し込んでいた。髪が揺れ、銀色に輝くピアス達がちらりと見えるのが絵になっている。……やっぱり、私が男だったらバリバリに依存してたと思う。

 なんとなく、自分の貞操の為にもバイト先は教えない方がいい気がしてきた。男の時の私なら喜んで抱かれに行く気がする。

 

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 

「お疲れ様で〜す、鈴原出勤しました」

「お疲れ様。今なら女性更衣室空いてるからさっさと着替えてきな」

 

 パソコンに向かったまま、店長が間延びした声で挨拶を返してくれる。五限の日本史の課題提出を終え、六限の数学もつつがなく終わり。そのまま学校の制服でバイト先のコンビニに向かい、昨日に引き続き私はバイトに出勤していた。タイムカードを打刻し、男性用のユニフォームと性転換薬を持って女性用の更衣室に向かう。更衣室の前にある「鈴原変身中」の札を表向きにしてから中に入り、服を全部脱いでから薬を口の中に放り込んだ。

 

 薬を飲むとじわじわと体格が変わり、大体三分くらいで男性の身体になる。どういう原理かは全くの不明だが身長は伸びるし胸とお尻はしぼんで筋肉になるし、髪の毛は短くなる。先に服を全部脱いだのは、一度服を着ながら薬を飲んだ時に、体格が変わったせいでTシャツがパッツパツになって脱げなくなってしまったからだ。女の状態の私は、平均より少し背が低いし、運動もあまりしていないから華奢な体格だ。それが男になると男性の平均身長くらいまで背が伸びる上に、筋肉量もガッツリ増えるので……まあ服が破れなかっただけヨシとしたい。肩幅がギリッギリになってミッチミチになっているレディースのTシャツを着た男が鏡に映ったあの時は割と死にたくなった。野球部のインナーじゃねえんだぞ。

 

 ちなみにどういうわけか、股間だけは薬を飲んでもそのままである……いや生えてきてもめちゃくちゃ嫌だし、困るんだけども。

 

 完全に男の身体になったのを確認して、男性用のユニフォームに着替える。とは言ってもコンビニの制服なんて男女での違いなんてサイズしか無いので、別に着付けに困ることなんて何も無いのだが。「すずはら」と書かれた名札を胸に装着し、更衣室を出て「鈴原変身中」の札を裏向きにした。

 バックヤードに戻り、連絡事項が書かれたノートをパラパラとめくる。特に変わったことは無さそう……かな、ノートを見る限りは──

 

「はぁ〜……どうしよっかな」

 

 ──変わったことがあるとするなら、普段滅多に悩むような素振りを見せない店長が、パソコンに向かって溜め息をついていることくらいだろうか。

 

「どうしたんですか、店長」

「んあ? あー、いや。さっきな、藤原から39度の熱が出たって連絡が来てな。あいつ明日朝からバイト入ってんだけどさ、流石に9度の熱はヤバいだろ、休めって言ったんだけども。代わりに入れそうな奴がいなくてさぁ〜……今どうしようか悩み中ってワケ」

「えっ、大丈夫なんですかそれ」

「本人は大丈夫って言ってたけどな〜……声が明らかに大丈夫じゃなかった」

 

 今私が大丈夫かどうか聞いたのは明日のシフトの話だったのだが……店長はナチュラルに藤原さんの体調のことだと思ったらしい。見た目と口調に反してこの人めちゃくちゃ優しいよな……。いや勿論藤原さんも心配ではあるのだが。

 

「私入りましょうか? 明日土曜日だし学校無いですよ」

「いや、鈴原はダメ。アンタ昨日も入ってるでしょ、三日連続になる」

「三連勤くらい全然いけますよ? そんな千葉ロッテマリーンズの中継ぎ陣くらい大事にしてくれなくても全然いいんですけど」

「アンタはたまに女子高生とは思えない例えをするよな……」

 

 今は肉体的には男子高校生ですからね。

 

「本音を言うなら入ってくれると有難いんだけどね。アンタは三連勤させられないの。薬のせいでね」

「薬……男になる為に飲んでるやつですか?」

「そ。あれはホルモンバランスを敢えて崩したり、色々上手いことやって骨格から肉体を変えてるんだけど……まあ早い話が三日続けて飲むと色々厄介なことが起きたりするの。まあ大体は大した問題じゃないんだけど……」

 

 そう言いながら店長は薬の入った箱をツンツンとつついた。そもそもこの薬を作ってるのはどこの製薬会社で店長はどうしてこんな薬を持っているのか、改めて問いただしたい気はするけど……どうせ煙に巻かれるので、その質問は諦めて今気になったことを聞いてみることにする。

 

「厄介なことって?」

 

 ホルモンバランスを敢えて崩している、なんて言ってたからもしかすると生理周期が崩れたりするんだろうか。確かにそうなると色々面倒だし厄介ではある──

 

 

 

「そうね、大した問題じゃないんだけど、まあまず──チ○コが生える」

「大問題です」

 

 

 やだよ! やだよチン○が生えるのは! どうしたらいいのかわかんないし! いやどうしようも無いんだけど! それ後で女に戻った時消えるんでしょうね!? 

 

「あとこれも大した問題じゃないんだけど、ホルモンバランスが大きく乱れるから──生えたチ○コは常に勃起した状態になる」

「大問題です!!!」

 

 真顔で何を言ってるんだろうか、この人は。何? つまりバイト中ずっと○ンコが生えてて、その上常に勃起してるってこと!? 絶対に明日は出勤しない。というかそんな店員いたらお客さんも嫌じゃない!? 

 

「まあでも股間なんてズボンで隠れてるし、レジカウンターで下半身なんか見えないからね。大した問題じゃない」

「品出しとかゴミ出しとかする時はレジカウンターから出るでしょうが!!」

 

 もしかしてこの人はバカなんじゃなかろうか。

 

「問題は次だ」

「今までの時点で数え役満ですが!? これ以上があるとでも!?」

 

 常にチ○コが勃起し続けている店員さんがいるコンビニ以上に問題になり得ることがあるなら是非教えて欲しい。どちらにしても明日は絶対に出勤しないけど。

 

「男になっていられる効果時間が短くなる。しかもどのタイミングで変体が始まるか解らない。つまりレジでお客さんの対応をしている間に突然身長が縮み始めたりする可能性もあるわけだ。お客さんからしたらそんなのビックリするし、怖くて仕方が無いだろ」

「いやっ……まあ……はい……確かに……」

 

 それはそうだけどずっと勃起してる店員さんがいることもビックリだし怖くて仕方が無いと思うが。この人の問題の基準がわからない。

 

「まあ、そういう訳で鈴原の気持ちは嬉しいけど、明日は出勤しなくていいよ。大人しく家でゆっくりするか遊びに行くかしな。ほらそろそろ業務開始時間だよ、行っといで」

「あ、はい。わかりました」

 

 まあ明日は私が心配しなくても、多分店長が色々なんとかするんだろう。他店からヘルプの店員さんを呼ぶとかも出来るだろうし。私がやることはこれから始まる業務をしっかりこなす事である。

 

「中山さん、お疲れ様です。私交代でレジ入るのでもう上がっていいですよ」

「あら、鈴原さん。ありがと、じゃあよろしくね」

 

 主婦バイトの中山さんと交代でレジに入る。今は殆どお客さんも入っていないが、もう少ししたら部活終わりの学生達が一気になだれ込んでくるだろう。ホットスナックのストックは私が来る前にもう済んでいるらしく、一先ずは新たに作る必要は無さそうだ。有難い。

 となるとしばらくは暇かもしれないな……。店内ラジオに耳を傾けても、今聞こえてくるのは某大学のCMのみである。

 

 入店サウンドが鳴り響く。事務的に、だけどなるべく好意的に取られるように反射で発するいらっしゃいませの声。何の気なしに入口の方を見て──私は思わず声を上げてしまった。

 

 

「えっ」

 

 

 見覚えのある……というか私も普段着ている制服。それを下品にはならず可愛く見えるラインで完璧に着崩して、ぬいぐるみだらけの鞄を肩から背負った金髪ギャル。間違いなく今日の昼間少し喋ったクラスメイト──御庄杏奈が入店していた。

 

 このコンビニは私が通っている学校からはそこそこ距離がある。具体的には電車で駅四つ分の距離だ。しかも駅から少し離れた場所にあるので、よほどのことが無ければここに来ることなんて無い……はず。私は家が近いからここをバイト先に選んでいるわけだが、杏奈ちゃんがこの辺りに住んでいるなんてことは聞いたことがない。そもそもそうなら中学が一緒だったハズなのに。

 

 そんなピンポイントで、私が働いてるコンビニに来るか? なんという偶然────

 

 

 

 

「カイト、遅いって〜!」

 

 

 

 

 ──それは偶然では無かったらしい。

 

 杏奈ちゃんに続いてもう一人入店してくるお客さん。すらりとした高身長に、少し長めのダークブラウンの髪。アイドルのような顔立ちは、今日はどことなく元気そうで……どこかいつもより安心しているようにすら見えた。

 

 いつもと違ってスーツでは無く、私服を着ているが……間違いようもない。私の──推しだ。

 

 

「ウチ、アイス食べたい!」

「わかったから引っ付くなって」

 

 

 天真爛漫な笑顔で、推しの手を引く杏奈ちゃん。それを当然のものとして受け入れている、私の推し。

 何が、どうなっている? ……いや、どうなっているかは、私はとっくに理解をしている。それを受け入れたくないだけ。

 

 

 ──心臓が止まった気がした。

 

 何も、考えられなくなった。

 

 頭の中で、京香の言葉がグルグルと回り続けていた。

 

 

『歳上の男複数と付き合ってるとか聞いたことあるけどね』

 

 

 火のないところに煙は立たないってこと? 

 その噂は……何処かは本当だったってこと? 

 

 ああそっか、あの推しは……カイトっていう名前なんだ。カイトさん。かっこいい名前。私は名前すら知らなかったんだな。

 

 絶対的な敗北感。それを感じる必要はきっとどこにも無い。私はそのカイトさんに告白したことも無ければ、想いを伝えたこともない。更に言うなら、カイトさんからしたら私の存在は「よく行くコンビニの店員さん」でしか無く、更に言うなら「男の人」であり、当然ながら女性としてすら見られたことが無いのだ。

 勝負の土俵にすら立っていない。それでも、勝負をしようと乗り込む前から勝者が決まっていたなんて、考えたくもなかった。

 

 

 

 ──ああ、本当に。いつだって陽キャは、私のオアシスを奪っていく。

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