私はあの人を「女」として振り向かせたい。【完結】   作:亜梨亜

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「彼女」は「彼」に一目惚れをする。

 

「あー、大丈夫ですか? ……やっべぇ、でっかい声出したもんな、ビビらせたよな……えっと〜、……ナンパ野郎は追っ払った、もう大丈夫。えーっと、おっけ、そしたらゆっくり深呼吸出来るか?」

 

 ぼんやりとした頭、まだ震える両手、浅い呼吸。知らない男に対する一種のトラウマのようなものが、私の全身を支配し尽くしている。そんな状態でも、偶然にも助けてくれたカイトさんの声は耳が拾い続けていた。広義の意味ではカイトさんだって「知らない男」だと言うのに、先程よりも安心感が強くなっているのは気のせいではない。チョロい女だと言われても仕方がないが、この人のことを知らなくても好きになってしまっているんだ。

 

 なんとかしてお礼を言いたいが、思ったように言葉が発せられない。なんとか言葉を吐き出そうとしても、舌が空振って口の中の空気を吐き出すことしか出来ていない。

 

「あー……そうよな、怖かったよな……てか正直俺のことも怖いよな……? えっと、交番ってこの辺どこにあったっけ……家が近いなら送ってやっても……いや知らない男が家まで着いてくるの嫌だよな」

 

 未だに発作のように震えている私を見て、カイトさんは思案を巡らせ始めていた。思考が独り言としてポロポロと漏れているのは、そういう性格なのか、私を安心させる為に人の声があった方がいいと思ってくれているのか、それともカイトさん本人も非日常の状況に冷静ではないのか。都合良く二番目の理由だと思いたい……そんなことを考えられるくらいには、頭は復活してきた。

 

「一人で帰れるか? それとも人通り少ないと怖いなら駅まで送るくらいなら俺がいても怖くないか? 大丈夫、俺はナンパしてるわけじゃないから……もし男が怖いなら電話で誰か女の知り合い呼ぶか? 女同士の方が平気か?」

 

 

「…………っ、やだ」

 

 

 ──絞り出した声は、お礼の声でも、恐怖の声でも無く。私の推しから「女」を呼ばれるということに対する拒絶だった。こんな状況でも恋愛脳になっている私に自分で呆れてしまう。それでも、もしこれでカイトさんが杏奈ちゃんを呼んでしまったら、私はもう感情がどうなるか解らない。

 

「そっか、ごめんな。誰か呼ぶ時間があるなら、怖いから早く帰りたいよな。じゃあ俺がどっかまで送ろうか? 一人で平気か?」

 

 私の「やだ」を都合よく解釈してくれたカイトさん。なんというか、どこまでも優しい。手の震えも、呼吸の乱れも、気が付けば幾分かマシになっていた。そしてそこまで落ち着いて初めて、自分がぺたんと道端に座り込んでしまっていたことに気が付く。いつの間にか腰が抜けてしまっていたらしい。ゆっくり立ち上がろうとするが、足に上手く力が伝わらない。呼吸が浅くなって、足に血が回り切ってないんだ。

 

「立ちたいよな、一人でいけるか? 支えに入って大丈夫か?」

「っ、はぁっ……だ、だいじょぶです……ごめんやっぱムリお願いします」

「オッケー、手ぇ貸すからゆっくり掴んで。引き上げるぞ……それっ」

 

 差し出してくれた腕を両手で掴む。バイト中、「男」の私も触れたことがない前腕。普段の疲れた表情からは想像もつかないくらい堅くて逞しくて、そして引き上げてくれる力もとても強くて……そうか、これが正真正銘の「男」の肉体なんだな、と認識してしまった。

 

 少し怖くて、抗えなくて、遠いもののような気がして、暖かい。

 

 今私は、初めて推しに触れることが出来た。ふらつく足はその嬉しさからなのか、まだ血が回り切っていないのか、どっちなのか自分でもわからない。

 

「まだちょっと一人で歩くの怖そうだな……フラフラしてるもんな……心配だしどっかまでは送って行くから、何かここまでいけたらあとは一人で大丈夫! みたいな場所とかないか?」

 

 少し姿勢を低くして、私より目線が低い位置に顔を持ってきてくれたカイトさんが優しく、だけどはっきり言葉が聞こえるように丁寧に聞いてくる。どこかまで送ってもらえる。ぶっちゃけ一人で帰るのは実際まだ怖いというか不安だったし、どこかまで送ってもらえるのは単純に有難かった。本音を言うなら家まで送ってもらっても推しなら万事おっけーなのだが……向こうが気をつかってくれているし、それにそこまで送ってもらうのも申し訳ない。私の頭にふと浮かんだ場所は──

 

「え、えっと……ちか、近くの……コンビニ、コンビニでお願いします……ファミマ、そこでいつも、あの……バイト、してるから、店長とかに、最後送って貰うので」

「近くのファミマね。オッケ、そこまで送る。てかあそこでバイトしてるんだ、俺も仕事終わりにめちゃくちゃ使ってる」

「……し、知ってます」

「マジで? ちょっと恥ずかしいな……」

 

 しまった。つい知ってますって言ってしまった。知ってるどころか推してるし、なんなら一目惚れしました。そんなことは言えるはずもなく。というかまだ舌が上手く回らないし。

 

「あそこのファミマ、いつも店員さんが愛想良くて仕事終わりちょっと元気出るんだよな」

「あ……ありがと、ございます」

「こちらこそ。また使わせてもらいます」

「是非……」

 

 ホントに是非。出来れば私が出勤してる時間に来てください。

 

 ──ただ、カイトさんがどれだけ来てくれたとしても、「私」に会うことは無い。カイトさんが今助けてくれた「私」を、見つけてくれることは有り得ない。

 だからこそ私はこの男に対する恐怖心を取り除かなければならないのに。なのに、やっぱり今日も突然ナンパされて言い寄られただけでこんなにパニックになってしまって。

 

 ……でも、そのおかげで今日は助けて貰えただけで。

 

 

 

 ───────────────────────

 

 

 

 

 お馴染みの入店サウンド、聞こえてくるいらっしゃいませの声、夜には眩しすぎる程の蛍光灯のわざとらしい白い輝き。落ち着いた曲調の店内ラジオ、過ごしやすいよう調節された温度。普段私がここに来る時は、誰かと一緒なんてことは基本的に無くて。出勤する時も、普通に買い物に来る時も、一人なわけで。

 

 そんな私が、誰かと一緒に来たのを店員さんが見たら、びっくりするわけで。

 

「……あれっ、鈴原ちゃん? 珍しいね、誰かと一緒なんて──ちょ、大丈夫? なんかフラフラしてない!?」

 

 私の様子に気が付いた大学生バイトの藤原さんは慌てた様子でレジカウンターから出てきて私の方へ駆け寄り、倒れないようにとゆっくり両肩を支えるように持ってくれた。

 

「お疲れ様です、藤原さん……ちょっと色々あって」

「すみません、あのー、道でタチ悪いナンパに絡まれてて、ちょっと大分怖い思いしたみたいで。近くで安心できる場所を聞いたら、バイト先のここがいいって言ったんで、迷惑かもだけど連れてきました」

「マジすか!? いや迷惑とか全然無いですありがとうございます! ナンパかぁ……大丈夫じゃなさそ〜! 羽月ちゃんレジ番お願い! 俺裏行ってまつり姐さん呼んでくるわ! 鈴原ちゃん座れる? イートインの椅子使っていいから!」

 

 藤原さんが裏へ消えていく。というか藤原さんもこの前高熱出たって聞いたけどそれはもう大丈夫なんだろうか……? お言葉に甘えてイートインスペースの椅子を一つ借りて、ゆっくりとお尻を預けた。なんだかんだ明るい場所で、自分の見知った場所だと安心する……そして安心しきった瞬間、私はとんでもない無礼を思い出した。私、送ってもらったのにカイトさんにお礼言ってなくない!? 

 

「あっ、あの! 送ってくれて、ありがとうございました」

「いや、そんな礼言われることじゃないよ。俺の家もここから近いし、ほぼ帰り道だったから。ここまで来たら安心出来たか?」

「あっ、その、はい。落ち着きました」

「なら良かったよ」

 

 安心させるかのように笑ってくれるカイトさん。今日は日曜日なだけあって仕事終わりでは無いのだろう、いつも目に浮かんでいる疲れた感じがなくて、いつもより爽やかイケメンに見えた。ああ……推せる……。

 

「鈴原、大丈夫? 今藤原から話聞いてきたけど……あっ、お客様が鈴原をこちらまで送ってくださった方でしょうか? 本当にありがとうございます」

 

 店長が出てきて、カイトさんに完璧な営業ボイスを使いながら頭を下げる。この人最早私のお母さんみたいだな……。別に他人なんだから頭を下げる必要までは無いと思うけど、それでもやっぱりたかがバイトしにきてる子に対して頭を下げてくれるのは、なんというか……嬉しい。申し訳ない気もするけど。

 

「何か御礼をさせて頂きたいのですが……」

「いや、本当にお気になさらず。正直俺もびっくりして焦りながらここまで連れてきちゃったんで、その子も怖がらせちゃったかもしれないですし。マジで何もしてないんで、大丈夫です」

 

 店長の申し出を食い気味に断るカイトさん。店長としては何かちゃんとサービスという形でお礼はしたかったみたいだけど、このままだとどっちかが折れるまで無意味な問答が続くと判断したのか、早々に諦め、もう一度頭を下げてその場は収まった。

 

 

 

 

 

 ────────────────────────

 

 

 

 

「落ち着いたら言いな、車で家まで送ってあげるから」

 

 バックヤードのソファに寝転がされ、毛布までかけられてしまった。そんなに体調とかが悪い訳では無いんだけど、未だに本調子ではない感じもするし、心配してくれてのことだと思うので、大人しく寝転がされたままになっておく。店は(いつも通り)割と暇な時間帯らしく、店長はそのままパイプ椅子に腰掛けていた。多分、私が一人にならないようにという配慮もされている。本当に暖かいバイト先で、優しい店長だと思う。

 

 店内ラジオはバックヤードまでは聞こえてこない。時計の秒針が刻む規則的な60の四分音符と、店長が使っているであろうパソコンの、不規則な打鍵音だけが鳴り続けた。少しづつ私の心臓も全身に血を循環させることを思い出させ、身体がゆっくりと楽になっていく。

 

「……店長」

「なに、どうしたの?」

「その……すみません」

「何が? 別に謝られることなんてないよ、私は何も迷惑なんてかけられてないし」

 

 多分、店長は今日こうやって私が来てしまったことに対して謝ってる……と思ってるんだろう。でも、私が今一番申し訳ないと思っているのは別の場所にあった。

 

「いや、その……藤原さんからなんとなく聞いたかもしれないんですけど、道端で知らない男の人にナンパされて、腕掴まれて……それでパニックみたいになっちゃって」

「うん、聞いた。鈴原はなぁ……可愛いからな」

「その……バイト中だけとはいえ、薬まで貰って男の人に対する恐怖心? みたいなのを克服しようとしてるのに、結局何も進展してないなあ……って」

 

 男の姿なら知らない男の人相手でも喋れるようになったけど、結局ありのままの私だとこうなってしまう……いや、寧ろバイト中以外でも知らない男に声をかけられただけで少しテンパっていたくらいだ、悪化している気すらする。折角店長が私のことを考えて、普通じゃ買えない(よね?)ようなトンデモ薬まで出してくれているのに、私はその好意に甘えて進歩が出来ていない。なんというか……本当に申し訳ない。

 

 そんな私の心を知ってか知らずか、店長はクックック……と悪役みたいに笑い始めた。

 

「なんだ、そんなこと気にしてたの? それこそ謝られることなんて無いんだよ。私だって突然知らない男にナンパされて、腕掴まれたらパニックになるし、そりゃ怖くて仕方が無いよ」

「でも──」

 

「私は鈴原の親でも無ければ学校の先生でも無い。けどさ、これは鈴原に限らず……学生とかね、子どもに関わる大人は皆、その子の人生を左右する可能性を秘めてると思ってるんだ。大人はその責任を持って子どもと関わらないといけない。んで、私は前も言ったけどさ、ここで働くスタッフにはなるべく皆ハッピーになって欲しいわけよ。だったらアンタがそれを克服したい! って思ってるなら、出来るだけそれをサポートしてやって、今日みたいに躓いちゃった日に支えてやるのが私の責任だし義務ってもんでしょ? それは私からしたら「やるべきこと」で、鈴原がそれを受け取れるのは子どもの……というか、歳下の特権ってワケ。進展してなくったって、私に謝る必要なんて何処にもない。今はそれを有難く享受して、いつか鈴原が大人になった時、次の世代に還元してやればいいの」

 

 ま、勿論進展するに越したことはないけどね、と続ける店長。気が付けば、パソコンの打鍵音は止まっていた。私は、この人のそういう所が本当に好きだし、尊敬している。私に限らず、何かをちゃんと伝えたいと思ってくれている時は、絶対に何か仕事や作業をしていても手を止めてくれる。

 

「それに案外進展してないことも無いんじゃない? アンタをここまで連れてきてくれたのだって男じゃん。しかもアンタの推しでしょ。恋愛的にも進展あったんじゃない? バイト中の変身鈴原じゃなくて、ちゃんと女の子の鈴原も今日認知されたでしょ」

 

「…………、そうですね」

 

 男が全員ダメって訳ではない。クラスメイトや学校の先生、顔と名前、ある程度どんな人なのか解っていれば話すことも全然出来る。ただ知らない男が相手だともうダメ。そういう意味ではカイトさんはセーフラインにいるかと言われると……確かにある程度どんな人かを知っているわけではない。女の姿でもカイトさんとなんとか話すことが出来ていたのは……進展だったのかもしれない。それが例え、恋による盲目要素があったとしても。

 

 それに確かに──初めて、女の姿でカイトさんに会うことが出来た。形はどうあれ、どんなに細くあれど、その糸は一本、きちんと紡がれた。願わくばその色が赤ければ最高だけども。

 

「なんだって考え方次第だよ、鈴原。アンタが思ってる以上に、アンタは頑張ってるよ」

「……ありがとうございます」

 

 こんな大人になりたい。こんな女になりたい。

 心の底から、そう思った。

 

「あ、そうだ。アンタ明日シフト入ってたよね? 明日学校終わったら私に電話してきな。もしまだ体調キツそうなら私が代わりに入るから」

「いや大丈夫ですよ、明日はちゃんと出ます」

「明日のことは明日考えな。出れるなら出れるでいいし、どっちにしても電話しておいで。別に私も明日休みとは言えやることないし」

「あのっ……いやっ……わ、わかりました」

 

 後光が見える……。逆にどういう生き方をしたらこんな素敵な大人になれるんだ……!? 

 改めてこの堂林まつりという人のスペックの高さに驚かされつつ、全身がやっと自由に動く感覚を掴む。手は先までしっかり感覚があるし、足も血が巡り切った気がする。体をゆっくりと起こし、ソファから立ち上がった。

 

「店長、もう大丈夫です。帰れます」

「オッケイ、家まで送るわ。流石についさっき怖い思いしてすぐ一人で夜道歩かせるのは私が嫌だし。ちょっと待ってな、上着とキー取ってくる。あとついでに前にいる奴らに鈴原送ってくるって言ってくるわ」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 ノートパソコンを閉じ、腰をペキっと鳴らしながら立ち上がる店長。ぶっちゃけ言うと別に送って貰わなくても大丈夫っちゃ大丈夫だと思うんだけど……店長の車に乗せてもらうのは初めてだし、何故かそれがちょっとだけ楽しみでもあったので、素直に好意に甘え、ありがとうございますと言うことにした。多分あのいつも駐車場に停まってる黒い車だと思うんだけど……車のことは詳しくないから車種までは解らない。

 

 割とすぐに、薄手の黒いコートを羽織った店長がやってくる。季節的には全然寒くは無いけど、多分制服のまま外に出るのが嫌なんだろうな。かと言って着替えるほどでも無いので、上着だけ着て制服を隠す……という意図だろう。ぶっちゃけこの人は京香と同じタイプで見た目がカッコいいので、制服の上からコートを羽織るだけでも全然画になるのがズルい。

 

「お待たせ、んじゃ行こうか」

「よろしくお願いします」

 

 

 

 家までの短い距離ではあったが、店長は割と運転が荒いことが解った。

 

 

 

 

 

 ───────────────────────

 

 

 

 

 社会人生活に適応し始めた、と自分では思っているつもりでも、やはり日曜日の夜は明日以降の仕事のことを考え、憂鬱になるものらしい。特にその日は学生時代の友人に誘われ、昼間に仲の良いグループでボウリングをしていたからだろうか、余計に迫り来る明日の始業時間が憂鬱になっていた。

 そんなナーバスな感情で、既に真っ暗になった帰り道を歩く彼だったが、幾ら自分の明日が憂鬱だったとしても、偶然見かけてしまったタチの悪いナンパ男が、半ば強引に女の子の手を握ろうとしているシーンを見かけて無視が出来るはずもなく。その瞬間だけは明日のことなど忘れ、一時の正義感と義務感の儘に女の子を助ける選択肢を取っていた。幸い、学生時代は部活動でずっと真剣にバスケットボールに打ち込んでいたこともあり、身体の丈夫さには自信がある。喧嘩になったとしても、負けるつもりは無かった。

 

 女の子を助け、彼女が安心できるというコンビニまで連れて行き、店長らしき女性から御礼を言われ、そして今再度帰路に着く。彼の中にあった明日に対する憂鬱感は少しだけ消え失せ、代わりに何かを成し遂げたという達成感と疲労感を手に入れた。それを自慢したい訳では無いが、良いことをした、という自覚がなんとなく心地良い。そんなことを考えてしまう自分の浅ましさにげんなりもしたが、それでも彼は少しだけ気分が良かった。

 

 

 

 ──だが、その良かった気分は家に帰った途端砕け散ることとなる。

 

 

 

「……ただいま」

「おかえりー!!」

「……………………は?」

 

 

 

 

 幼い頃から母親に躾られた、「挨拶の大事さ」。彼はどんなことがあっても必ず挨拶だけはしっかりしなさい、という母親の教えを守り、一人暮らしを始めてからもつい癖で「行ってきます」「ただいま」の挨拶をしてしまうのだ。だが勿論、一人暮らしの為にその挨拶に返事をする者がいるはずがない。いるはずがないのに──今日は返事が聞こえた。

 

「おかえりカイト! ちょっと遅かったじゃん、寄り道してたの?」

「…………おい杏奈、お前帰ったんじゃないのかよ」

 

 返事をした主は彼の困惑など何処吹く風、当然と言わんばかりにひょっこりと顔を出して彼を出迎えた。オーバーサイズのトレーナーを着て、ゆるっとしたハーフパンツを履いた金髪の女──御庄杏奈である。

 

「帰ろっかなって思ったけど、金曜から泊まってるし制服も今ここにあるんだよね〜。ウチ明日はここから学校行く」

「なんでだよ」

「いいじゃん〜! 明日はそのままちゃんと家帰るから〜!」

「はぁ……母さんに許可は?」

「電話してちゃんととった!」

「ハァ……わかった」

「やった〜!」

 

 母親の許可を事前に取られているなら、彼にもう食い下がる手札は残されていない。そもそももう夜も遅くなり始める時間だ、高校生とはいえ女の子を一人で帰す気にもならなかった。特に今日は、ちょうど杏奈くらいの女の子が怖い目に遭っていたのを見たばかりなのだ。

 

「で、遅かったじゃん。もうちょっと早く帰ってくると思った」

「帰りにタチ悪いナンパを見かけてな、お前くらいの子が困ってたから助けてた」

「えっヤバ! この辺そんな怖いことあるの!? カイトもその子も大丈夫だった!?」

「今の時代怖いことが起きない場所なんてねえよ。俺は平気、その子も取り敢えずは平気そうに見えたけど……そういやあそこのファミマでバイトしてる子らしいな」

 

「えっ、あそこのファミマって金曜に行ったとこ!? あの超イケメン店員さんがいるとこじゃん!? え〜っいいな〜その子!! あんなイケメンと一緒に仕事できるなんて……!」

 

「……お前一昨日からずっと言ってるよな、あの店員さんカッコいいって」

 

 

 

 

 

「えへへ〜…………うん。ヤバい、ウチ一目惚れしたかもしんない……」

 

 

 

 

 

 杏菜が少し恥ずかしそうに、頬を赤らめながら──普段の元気印のような姿からは想像もつかないほど可愛らしい声で呟いた。そんな「妹」の姿を見て、彼──御庄海斗は、思わず吹き出してしまう。

 

「……ちょっと〜、何!? ウチが一目惚れしたとか似合わんって言うの!?」

「くくっ、いやぁ……とうとう杏奈も恋愛に目覚めるような歳になったかと思うとな」

 

 

 

 

 彼女は「彼」に恋をしてしまった。

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