私はあの人を「女」として振り向かせたい。【完結】   作:亜梨亜

5 / 12
「お兄ちゃん」です

 

 月曜日というものは恐らく誰であってもげんなりするものだと思う。

 

 京香と遊びに行ったハズなのに、帰宅は少し遅めの時間になった上に何故か店長に車で送られて、という昨日の夜。流石にお母さんもビックリしており、店長からある程度の事情を説明された後は……まあそりゃ大層心配された。確かに、自分の身に起きたことを羅列していくなら、人気の少ない夜道で、女子高生が知らない男に声を掛けられて、腕を掴まれかけて、恐怖とパニックで一時的に体調を崩していた、ということになる。そりゃ親からしたら心配なんてもんじゃないだろう。

 特に私はバイト中に似たようなことが起きている。その時も店長が家に来てくれて、事情の説明と、性転換薬の話もしてくれたんだっけ。その時にお母さんから承諾も得たからバイト中の性転換薬の服用が許されてるんだけども……よくよく考えたらお母さんを納得させる理由を持っていたってことだよね? 店長はいったいどんな話術を使ったんだ。

 

 まあそれはともかく、そんなこともあり、今日は朝目覚めると共にお母さんからは「まだしんどかったり、怖かったりするなら今日は無理して学校行かなくてもいいからね」と言われた。月曜日というものが誰にとってもげんなりするものであろう理由は、「休みが終わって学校、もしくは仕事が始まるから」であることを考えると、今日の私はげんなりする必要は恐らくどこにも無かったのだが……私は普通に制服を着て学校に登校していた。学校を休めるなら休んじゃってもよかったのだが、バイトには出勤したかったのだ。流石に学校を休んでおいて、バイトには行きますという主張はお母さんに認めてもらえるとは思えない。昨日は送ってくれてありがとうございましたって、直接店長にお礼も言いたいし……って、店長は今日シフト入っていないんだったっけか。どちらにしろ出勤出来るかどうかを学校が終わった時点で電話してこいって言われていたし、その時にお礼は言えばいいだろう。

 

 そろそろ月曜日の憂鬱さも薄れ、現実という名の授業に集中せざるを得なくなる二限目を終えた頃。自由極まりない教室の混沌の中、私はいつも通りというかなんというか、京香と話していた。

 

「そういや一年の女子に派手で可愛い子いるじゃん」

「派手で可愛い……どの子……?」

 

 この学校には自由な校風と緩い校則にかこつけて派手な格好をする子が割と沢山いるのでそれだけじゃ絞ることが出来ないんですよ。二年で私の狭い交友関係に絞っても京香と杏奈ちゃんが当てはまるし。

 ちなみに我が校はこの緩々校則のせいでおバカ校だと思われがちだが、実は以外にも偏差値はそれほど低くなかったりする。見た目なんかは自由に色々やってもいいけど、学生の本分である勉強を疎かにしちゃダメですよってことらしい。杏奈ちゃんはあんなにおバカなのにこの学校に入学出来た理由がちょっと解らないくらいには、そこそこちゃんとした偏差値の学校なのだ。

 

「ほら、体育祭のリレーで陸上部相手にぶっちぎって逆転優勝してた子。青メッシュの」

「っああ〜……わかった。えっあの子陸上部じゃなかったの!?」

 

 今年の体育祭、一年生のクラス対抗女子リレーは凄かった。三位でバトンを受け取ったアンカーの子が一位を走っていた陸上部の子を凄まじいスピードで抜き去って逆転優勝。信じられない足の速さと、揺れるポニーテールに青い毛が交じっていたのが印象に残っている。確か名前は──

 

「あの子、優希ちゃんっていうらしいんだけどさ。今日の朝、四組の辰巳に告白してた」

「マジで!?」

「しかも普通に二年の教室来て、呼び出して、廊下で」

「ゆ、勇者……!」

 

 四組の辰巳君は残念ながら私はあまり存じ上げない人だが、確か顔はかなり良かった気がする。あの子──優希ちゃんもかなり可愛かったし、まあお似合いだろう。

 

「振られてたけどね」

「うっそぉ!? えっ待って、京香それ見てたの!?」

「見てた。私以外にも通りがかりのギャラリーいたよ」

「そんなとこで振られたら私もう首吊るわ……」

 

 大丈夫かな。そんなの、私なら早退して次の日学校来ないけど……。メンタルと自信が天元突破しているとしか思えない。

 

「流石に私もビックリしたし、うわあこれで振られちゃうのはキッツいな……って思ってたんだけどね。優希ちゃんそのあとなんて言ったと思う?」

「えっ……わかんない……私なら泣く」

「私も多分泣く……じゃなくて。優希ちゃんそのあとね、「じゃあせめて今日一緒に帰ろ! もっかいリベンジするから」って」

「つっよ……無敵じゃん……」

「流石の辰巳もそれはオッケー出して、そのまま優希ちゃんは笑顔で一年の教室に戻って行ったね」

 

 世の中には信じられないパワープレイを敢行する子がいるものだなぁ……。それで笑顔で帰っていけるのが強すぎる。青メッシュといい、見た目も派手だし多分自分に自信も持っているんだろうけど……私は正直そうはなれないと思うし、話が合うとはあんまり思えないな……ちょっと羨ましくはあるけど。

 

「ま、昨日カラオケでも喋ったけどさ。忘れて新しい恋見つけるにしろ、想いを引きずっちゃうにしろさ。やっぱアピールって大事なんだなって思ったわけよ。碧も頑張りな。アンタ可愛いんだから、並の男なら普通にアピールしたらノックアウトよ」

「私には無理だよぉ……」

「何言ってんのよ。まあ私も優希ちゃんくらいやれと言われたら……無理だけどさ」

 

 京香のコミュ力でも無理なら私が出来るわけないでしょうが。

 というかどうやら京香は私の恋路を死ぬほど楽しんでいるらしいな……いや別にそれは全然いいんだけど、いいんだけどもちょっと釈然としないというか……そういう京香は恋愛とかしていないんだろうか。聞いてやるか。

 

「というかそれこそ京香はアピールする相手とかいないわけ?」

 

「私? いるけど向こうから好き好き言ってくれるから私からアピールすることはあんまり無いかな」

 

「待って、いるの!? いつから!?」

 

 言ってよ! 親友じゃないの!? 彼氏がいるなら! 言って欲しかった! 今私はちょっとだけ傷ついた! いやっ……まあ確かに京香はカワイイしかっこいいし、めちゃくちゃ優しいしイケメンの彼氏がいてもおかしくはない。頼りがいがあるし、好き好き言ってくれるってことは犬系の彼氏なんだろうか。羨ましいかと言われるとわかんないけど、ちょっといいなと思ってしまった。

 京香はポケットからスマホを取り出し、何かポチポチと画面をタップして……私に画面を見せてきた。えっもしかして彼氏の写真見せてくれるの!? 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、私の推し。碓氷真澄」

 

 

 

 

 

 

 

「次元がひとつ違うじゃん!!!」

 

 

 見せられた画面にいたのはイケメン役者育成ゲームのキャラクターだった。そうだった……平井京香という女は擬態しているだけで、重度のオタクで夢女子であることを完全に忘れていた。

 

 …………どうでもいいけど、親友とはいえゲームやアニメのキャラクターを堂々と学校の中で彼氏呼び出来るのも、普通に鋼のメンタルがないと出来ないと思う。さっき話題になった優希ちゃんとベクトルが違うだけで、やっぱり京香も無敵の女だ。

 

 

 

 

 

 ───────────────────────

 

 

 

 

 

「にしても鈴原ちゃんも強いよなぁ。俺多分前の日にそんなことあったら学校休むし、バイトも休むけどね」

「ぶっちゃけ学校は休みたかったですよ。でもほら、バイトちゃんと来て店長お礼言いたかったし……休みなの忘れてましたけど」

「いやいやお礼とかマジで大丈夫だって、どうせまつり姐さんも同じこと言うと思うよ」

「電話で言われました」

「だろうねぇ」

 

 学校が終わり、店長に出勤することと、昨日のお礼を電話で伝え、今日も今日とてコンビニバイトである。今日はアニメとのコラボ商品が届くから、夜の暇な時間に納品数の再確認と特典のクリアファイルをキャラクター毎に分けておいてほしい、と電話で伝えられたが、私が出勤した頃には全て終わっていた。スタッフが優秀過ぎる。私も見習わなければ。

 今のレジ番は藤原さんと私の二人である(そもそもレジが二つしかない)。一応バックヤードに社員の高見さんもいるけど、部活帰りの学生ラッシュも終わった今の時間なら、表は二人で余裕で回るだろう。

 

「というか、藤原さんも昨日はビックリさせたし、お仕事の手止めてまで色々してくれてありがとうございました」

「いやマジで全然いいよ……てか今日これでお礼言われるの二回目よ俺? そんなお礼言われるようなこともしてないし、普通にしんどい時とか大変な時は誰かを頼らないといけないんだしね。俺もこの前熱出した時、鈴原ちゃん入ろうとしてくれたんでしょ? 薬の副作用でダメだったらしいけどさ、それみたいなもんよ。誰かが困ったら誰かが助けるように出来てるってワケ」

 

 藤原さんはなんてことないようにさらっと言ってのけた。ここで働いている人は漏れなく店長の堂林イズム(社員の高見さん命名)を継承している為、こういう時の人柄が本当に異様に良い。こういう先輩達を見ているとこういう大人になりたいと思うなぁ。藤原さんは大学生だから三つくらいしか歳は変わらないはずだけども……。モテるんだろうな。でも彼女はいないんだっけか。

 

「てかさ、俺流石に昨日はしんどそうな時に言えなかったけどさ、昨日鈴原ちゃん連れてきてくれたの、鈴原ちゃんが一目惚れした人よね? やったじゃん、一歩前進してるよこれ。いやマジでちゃんと進展したら俺にも報告してよ?」

 

 ここのバイト先に唯一問題点があるとするなら、基本的に人間関係が円滑過ぎるが故に学生、若手組の恋愛系話題は隠すことが不可能なことだろう。私がカイトさんに一目惚れして、推していることはこのコンビニで働いているスタッフ全員が知っているし、藤原さんが一年くらい彼女がいないこともスタッフ全員が知っている。唯一例外として、店長の恋愛事情だけは本っ当に誰も知らない。逆にあの人はなんなんだ? 

 

「あ〜……えへへ、実はそうだったんです。女の姿で会うのは初めてでしたね」

「あ、そうじゃん! 確かにそうか、あの人がよく来るようになったの、鈴原ちゃんが変身するようになってからだもんな……えっじゃあ大進歩じゃない?」

「まあそうですね、だけどその……この前ここに女の子と来てたので……しかも私と同じ学校の……」

「まじ?」

「マジです」

 

 あれは丁度藤原さんが熱を出したと連絡してきた日だ。めちゃくちゃ最近の話なので、この話がスタッフに共有されるのがまだなのも頷ける……というか冷静に考えてこんな話がスタッフ同士で共有されるのどういうことよ。もっと迷惑な客とかを共有しないと……いやそれもちゃんとしてるけど。なんならそっちはノートで共有もされてるけど。

 

「鈴原ちゃんと同じ学校の子なら……寧ろチャンスあるくね?」

「えっ」

 

 藤原さんはいきなり意味のわからないことを言い出した。どういうこと? 

 

「いや、まずあの人絶対社会人じゃん? 俺よりは多分歳上ってわけで……そうなると鈴原ちゃんと六つくらいは少なくとも歳違うわけで、高校生はガキっぽくて女として見れない人も当然いるだろうけど、もしその一緒にいた女の子が彼女なら、歳下オッケーってことでしょ? ワンチャン全然あるじゃん……てか普通に妹とかそっちの可能性の方が高くない?」

 

 高校生が彼女だったとするなら、今高校生の自分も守備範囲の中には入っている。その発想は……無かった! 杏奈ちゃんが妹である可能性も考えないでも無かったけど……。

 

「妹だったら嬉しいですけどね……めちゃくちゃ距離近かったからどうしても兄妹には思えなくて……」

「なるほどなぁ、そこは俺も見てないからわかんないしなぁ……でもほらね、考え方考えたらワンチャンあるってことよ」

「……た、確かに」

 

 言われてみれば本当にそうだった。何もそんなこと意識していなかったけど……高校生と社会人には想像以上に歳の差という壁が存在する。確かに杏奈ちゃんが守備範囲として存在しているなら、私も年齢的にはストライクに入っているということだ。問題は既にその高校生の相手がいることだけども。

 でも昨日、やっぱり好きだなって思ってしまった以上、玉砕するまでは頑張りたい。京香から聞いた一年生──優希ちゃんだっけ。それくらい押せるかは……無理だけど。私なりに頑張ってみたいのだ。大穴に賭けて一攫千金を夢見ることぐらい、許してほしい。ダメなら諦めるからさ。

 

 入店サウンドが店内に響く。お客さんが来た合図だ。気持ちをお仕事モードに一気に切り替えていらっしゃいませの声を張る。

 

「お、噂をすればじゃん」

「えっ」

 

 藤原さんのその言葉に反応して入口の方を見ると──噂をすればとはやはりそういうことである。入店してきたのは私の推しであり、昨日私をここまで送ってくれたカイトさんだった。今日はいつも通りの仕事帰りなのだろう、スーツを着て少し疲れた顔をしていた。やっぱり疲れた顔も……かっこいい。

 

「んじゃ、俺一瞬裏の検品してくるから。レジ終わった頃に帰ってくるね」

「ちょっ……えっ……あ、ありがとうございます……」

 

 前もこんなのあったな!? 店長といい藤原さんといい、恋愛事情を把握して気を利かせてくれるのはその、嬉しいんですけど……ちょっと恥ずかしい気もするというか……。ありがとうございます。

 そうなってくるとなんというか緊張してくる。今日は何を買っていくんだろう、サラダとビールは多分確定で、たまにはお弁当とか、そういうのも食べてほしいな。栄養バランスとか……多分ちゃんと考えているだろうし、私がそんなこと考える必要は一切無いんだけども。

 髪をいじろうとして、指が空を切る。だから今の私は男なんだって! これもなんか前もやった気がするな!? 

 

 落ち着かない私を余所に、カイトさんはレジの前に現れた。ビールが一本。キャベツの千切りが一袋──焼き魚弁当が一つ。私が「お弁当とかもたまには食べて欲しい」って思ったのがもしかして通じちゃったのかな!? そんなわけないとわかっていながら、上がるテンションを抑えるのに苦労する。平常心を保ちながらレジに通し、代金を読み上げる。

 

 

 

 

「──あの、昨日はありがとうございました」

 

 

 

 気が付けば私は、そんなことを口にしていた。今日は沢山お礼を言っている日だな、なんて思ったり。でもお礼を言うのは当然のことだし、昨日は本当に助けて貰えて有難かったし、嬉しかったし。

 

 問題があるとすれば、今の私は男の姿なので、カイトさんは今の私からお礼を言われる筋合いが一切見つからないことだ。

 

「昨日……? あ、あの子のことですか。いえ全然。僕も多分怯えさせちゃったんで、謝っておいてください」

「いえ全然! 怯えるとかそういうのは無かったです」

 

 落ち着け私! 今の私は男だって! 混乱するよ、カイトさんが! 昨日助けた女の子の心情を今の私が語るのはおかしなことになっちゃうでしょ!? 気が付いたらスラスラと言葉を吐き続ける私をなんとかしてくれ! 

 

 

「えーと……? …………っあ、もしかしてあの子のお兄さんですか? 名札の「すずはら」って、昨日の店員さんがあの子のことそう呼んでた気がする」

「っ……はい、そうです! あのー、妹が昨日はお世話になりました」

 

 

 ナイス勘違いだカイトさん! もうこれに乗っかるしかない! 

 

 

 ──でも、こうなるともうバイトで会う時ずっと「あの子のお兄さん」というようにしか見られなくなるわけで。

 バイト以外で会えることなんて、ありっこしないのに。少なくとも私が男を克服するまでは、何がどうあっても「私」として見られることは無いわけで。

 

 

 今日の私は、とんでもないミスを犯してしまった気がした。

 

 

「お家に帰られてからも大丈夫そうでした?」

「あ、えっと……はい。今日も普通に学校に行けてたので」

「良かったです。怖がらせてごめんって伝えておいてください」

「っ、あ、はい。わかりました」

 

 お金を預かり、お釣りを渡して、カイトさんは買った商品をエコバッグに入れて外の暗闇へと消えていく。少しだけ溜息をついてしまった所に、藤原さんが帰ってきた。

 

「どうだった?」

「やらかしました」

 

 どうも。私のお兄ちゃんです。

 

 

 

 

 

 ───────────────────────

 

 

 

 

 

「京香〜やらかしちゃったかもしれん〜」

「何……何があったの?」

 

 次の日の学校。私はオアシスである平井京香に朝から泣きついてしまっていた。

 いや……別に大きなやらかしというわけでもなんでも無いとは思う。冷静に考えたらね。でもあの時無意識にお礼を言ってしまって、その上「私」の心情をさも「私」であるかのように話してしまって、カイトさんに勘違いさせてしまったのは完全に私が浮かれていたミスだ。一刻も早く男苦手を克服して女の状態で接客できるようにならないと、本当に一縷の望みすらかからない。

 

「バイト先で……推しへのアプローチミスったかもしれん……」

「えっもしかして昨日話した優希ちゃんスタイルで攻めたの?」

「できるわけねえだろ」

 

 一周回ってそんな鋼鉄メンタルがあるなら今頃私は普通に女の状態でも接客が出来ている上にとっくにアプローチをかけていたと思う。

 

「というか忘れるつもりでカラオケ行ったけど、やっぱ諦められなかったんだね」

「そうです……ごめん……」

「いや何も謝ることはないけどさ」

 

 ここでどういうアプローチをかけようとして失敗したの? と聞かれたら少し困るのだが……恥ずかしいから言いたくないでごり押すのが一番良さそうかな。自分のことを私のお兄さんということにしてしまいました、なんて言ったらマジで精神を疑われても文句は言えない。自分から泣きついておいて逃げ道を探すのも何かちょっとおかしな気もするが、まあ性転換の話は出来ないのでここは一つ勘弁しておいて欲しい──

 

 

 

「あ、鈴原ちゃん! おは〜、ちょっといい?」

 

 

 

 ──突如声を掛けられた。その声は我が校の陽の化身であり、現状(一方的に)恋の強敵候補でもある杏奈ちゃんだ。京香じゃなくて私に用があるの、めちゃくちゃ珍しいな? 

 

「おはよう。私はまあ、いいけど」

「マジ? ありがと! ぴらい〜、一瞬! 一瞬鈴原ちゃん借りていい?」

「別にいいよ。珍しいね」

「おっけい、一瞬で返すから! えっと、廊下で喋っていい?」

「え? あ、うん」

 

 杏奈ちゃんに腕を引かれるがままに教室を出て、廊下へ。そのまま階段を少し昇り、踊り場まで連れてこられてしまった。朝の登校時間だが、この上にある教室は化学準備室や視聴覚室のような部屋ばかりなので、人通りは全くと言っていいほどない。私何かしたっけ……? なんて考えていると、杏奈ちゃんは辺りを見回し、誰も来る気配が無いことを確認してから、モジモジと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「──や、あのさ。えっと、ウチの勘違いだったり、的はずれなこと言ってたらゴメンなんだけど…………鈴原ちゃんってさ、コンビニでバイトとかしてる?」

 

 

 

 

 

 なん、で。

 それを。

 まさか杏奈ちゃんにバレるとは……いや冷静に考えたらバレるとしたら杏奈ちゃんしかいないのか? 杏奈ちゃんは一度私がバイトしてる時に働いているコンビニに来ている。でもあの時の私は男だし──

 

 そうだった。杏奈ちゃんはあの時カイトさんと一緒にいた。そしてカイトさんは昨日「鈴原という名前の、妹がいる店員さん」のことを知っている。杏奈ちゃんとカイトさんは多分深い関係にあるから、昨日そのことを話して、杏奈ちゃんが「もしかして妹は私なのでは」と予想したのだろう。

 

 落ち着け。別にこの学校はバイトを禁止されていない。私がコンビニでバイトしていることがバレたとして……別にそれが原因で何か面倒なことが起きることなんて無いハズだ。バイト中は男になってることがバレたら話は別だけども。つまり別にここは嘘をつく必要はない。

 

「バイト? してるよ。家の近くのコンビニでね。それがどうかした?」

「やっぱり鈴原ちゃんだった!? うわっヤバ……めっちゃ偶然……えっどうしよ……」

 

 やっぱり……? えっもしかしてバイト中は男になってることバレたとかある!? 

 やばい、思った以上に面倒なことになるかもしれない──

 

 

 

 

 

「鈴原ちゃん、お兄ちゃんいるよね!?」

 

「えっ」

 

 

 

 

 

 ──思った以上に面倒なことになりそう。昨日の私は完全にプレミじゃないか! 

 ほぼ間違いない、杏奈ちゃんが私がバイトしてることを知ったのはカイトさんからの繋がりだ。鈴原っていう名前を聞いて、もしかして私かも? と思ったんだろう。実際鈴原っていう名前は結構珍しいし、そう結論付けるのも無理はないと思う。

 

 ただ問題は私にお兄ちゃんは……いないのだ。昨日……というか、いつもカイトさんが会っている自称お兄さんは私本人なのである。さて、困ったな……どうやって切り抜けようか──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………お兄ちゃんのこと、教えてくれない? ウチ、一回鈴原ちゃんのお兄ちゃんがバイトしてるとこ見ちゃったんだけど……すっごいイケメンで、いいな〜って思っちゃって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──想像の遥か上を行く面倒なことになりそう。

 

 優希ちゃん式のストロングスタイルでアピールしてくる女子、こんなところにいたのかよ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。