私はあの人を「女」として振り向かせたい。【完結】   作:亜梨亜

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狡い自分を嫌いになりそう。

 

「………………お兄ちゃんのこと、教えてくれない? ウチ、一回鈴原ちゃんのお兄ちゃんがバイトしてるとこ見ちゃったんだけど……すっごいイケメンで、いいな〜って思っちゃって」

 

 

 

 今この世で一番意味がわからない三角関係を作ってしまった女子高生は、絶対に私だという自信がある。

 

 杏奈ちゃんのカミングアウトは私の思考と表情を完全にフリーズさせるには十分過ぎた。杏奈ちゃんが一目惚れしたという、私の兄と名乗った男の正体は変身中の私なのである。というかそもそも私にお兄ちゃんなんていない。どう、どう切り抜けるのが正解だ……!? 

 

「あー……えーっと……」

 

 マズい。本当に何も言葉が出てこない。この前の男にナンパされた時みたいに、心臓がどんどんバクバクしてくるとか、手が震えるとかそういうのは一切無いんだけど、ただ単純にこの状況を私も理解出来ていない。ちょっとマジで神様がいたら助けて欲しいんですけど。誰かのせいにしたくても私の顔しか出てこないんだわ! 

 

 杏奈ちゃんの顔は、少し赤面しつつも、真剣であることは非常に伝わってきた。余計に申し訳なくなる。ごめんなさい、あのお兄ちゃん私なんです……言えるわけがねえ。というか信じてもらえる訳もなく、場合によってはキレられても文句が言えない。なんで私はこんなに追い込まれてるんだ? 

 

 そんなフリーズした私の様子に流石に違和感を感じたのか……突然杏奈ちゃんはハッとした顔をして、そしてどんどん気まずそうな顔になっていく。まるで何か気付いちゃいけないことに気が付いてしまったかのような…………まさか──

 

 

「もしかして……家庭の事情ありけり……? ウチめちゃくちゃ地雷踏んだりした……? だとしたら本っ当にごめん」

 

 

 ──どうやら私がフリーズしてる理由を勝手に勘違いしたらしい。家庭の事情ではなく個人の事情でフリーズしてしまっているのだが……それを説明も出来ないしもうこのまま勘違いしててもらおうかな? 

 

「や、そっか。そうだよね!? 普通ならきょうだいいるとか、もっと皆知っててもおかしくないもんね……!? ウチも全然知らなかったし、家族にシビアなことがあったりして言いたくないこととかあるよね……ごめん、ウチめっちゃ一人でグイグイ聞いちゃった」

 

 杏奈ちゃんは目に見えてどんどん一人で落ち込んでいき、少しだけ目に涙すら貯めているようにも見えた。勘違いしててもらうのも罪悪感があるんだが!? 

 京香が「バカだし良い子」と彼女を称している理由はこの短時間で痛いほどわかった。バカだから早とちりしちゃうし、だけど誰かを傷つけたかも!? と思ったらすぐにそれを省みて、それが本当は的外れだったとしても自分の悪かったと思う部分を反省し、相手に謝る。当たり前のことなのかもしれないけど、確かに良い子だ。なんでこの子ギャルやってるんだ? 

 こうなってくると何故か私が悪いことしてるように思えてきた。とはいえ本当のことを言う訳にはいかないので……拗れるとわかっていつつも嘘を混ぜて誤魔化すしかない。

 

「あ、いや、別に家庭環境がシビアってワケでは無いんだけど……その、なに、今一緒に住んでないし……ちょっと色々あって隠してるわけじゃないんだけど、仲悪いとかじゃないから大丈夫だよ。あんまり広めたりとかされちゃうと困るけど」

 

 必死にふんわりと、何かこう……説明してる風を装う。明らかに状況の解決には至ってないんだけど、今咄嗟に状況を解決できるとは思えないので先延ばしにするしかない気がする。

 

「ほ、ホントに? ウチに気遣ってシビアじゃないよってウソついてない?」

「ホントだよ。別に家庭環境がシビアとかじゃない」

 

 シビアな状況なのは私個人オンリーです。

 

「よ、良かったぁ〜……マジでいきなり鈴原ちゃんの地雷踏んじゃったかと思ってめちゃくちゃ焦ったぁ……でもごめんね、いきなりテンパらせちゃうような話しちゃって」

「や、大丈夫……ビックリはしたけど」

 

 ここで私はとあることに気が付いた。これ……今なら自然と杏奈ちゃんとカイトさんの関係を聞くことも出来るのでは……? そう思った途端、心臓が早鐘のように鳴り始めた。本当に? 今聞いちゃう? 今聞いてもし本当に付き合ってたら私は立ち直れな──

 

 ──待てよ? 杏奈ちゃんは今、変身中の私のことをいいなって思った、って言っていたよね? それはつまり……変身中の私に惚れた、ということでいいと思う。だとしたら今カイトさんと付き合ってるってことは無いんじゃないか? 

 

『援交してるとか、歳上の男複数と付き合ってるとかは聞いたことあるけどね。ちょっとでも仲良けりゃあの純心バカがそんなこと出来るわけないってわかるから、あんまり広々とは言われてないけど』

 

 思い出すのは京香が言っていた噂の話。もしこれが本当なら、カイトさんと付き合いつつ、変身中の私に惚れちゃう理由も説明は出来る……けど、今喋っていて杏奈ちゃんがそんなことする子だとは確かに思えない。つまり……聞いて私が立ち直れなくなる可能性、無くない!? 

 

「でもよくお兄ちゃんってわかったよね。どうやってわかったの?」

「ん? あ、えっとね〜、ウチにもお兄ちゃんいるんだ」

「お兄ちゃん!?」

 

 や、やっぱり……カイトさんは杏奈ちゃんのお兄ちゃんだったんだ。つまり……付き合ってなかった。私にもワンチャンあるんだ!? あるんだ!? 

 

「そ。歳ちょっと離れてっけどね。で、カイト──あ、お兄ちゃんがこの前タチ悪いナンパに絡まれてた女の子を助けたら、その子がお兄ちゃんのよく行くコンビニのバイトさんだったらしく……………………あれっ」

 

 得意げに話している杏奈ちゃんがフリーズする。うん、そうですね。その話はとてもよく知ってる……というか当事者ですね……。杏奈ちゃんは口をパクパクさせながら恐る恐る人差し指で私を指して……

 

 

「鈴原ちゃんのお兄ちゃんがその人ってことは……じゃあカイトが助けた女の子、鈴原ちゃんじゃん!!」

 

「うん……その節はどうもお世話になりました……」

 

 

 気付いてなかったんだ……。

 

「待って!? えっ……鈴原ちゃん昨日も普通に学校来てたよね!? 大丈夫!? 平気!? 怪我とかしてない!? 頭とかお腹とか痛くない!? 絶対怖かったよね、ウチだったら絶対泣いてる……うわぁ〜っゴメンゴメンゴメンゴメン! ウチ何にも気付かずウチのことばっかじゃん!?」

「ちょちょちょちょっと待って、うん、大丈夫! 大丈夫だったから! 怪我とかもしてない平気平気……わぷっ」

 

 杏奈ちゃんは半泣きで私の両肩をガッチリ掴み、ごめんね〜! と叫びながらそのまましっかりハグまで決めてきてしまった。何だ……なんなんだこの……この可愛い生物は……? 頭もお腹も痛くないけど今ちょっと抱きしめる力が強くて背中は痛いです、杏奈ちゃん。

 

 でもそっか、お兄ちゃんだったんだ。それにしてはめちゃくちゃ距離が近かったような気もするけど……だからといって絶対に相手がいなくなった訳ではないけど、それでも少しだけ安心はしてしまう。別に私とカイトさんの関係が進展した訳でもないし、目下の問題が解決したわけでもない。それでも何故か進歩した気がして、安心してしまうのは私がやっぱりチョロいせいなのだろうか。

 

「も〜ダメだウチ……すぐ自分の話しちゃうからさ……よく考えたらカイトの話に出てたタチ悪いナンパに絡まれたのが鈴原ちゃんってわかるじゃんウチのバカ……! まずは大丈夫だった? が先じゃんね……!」

「し、心配してくれたのは嬉しいけど……息しづらい……」

「あ、ゴメン!」

 

 ようやく熱烈ハグから解放され、息を整える。ちょっとだけ良い匂いがした気がした。

 改めてこの子が噂されているような男遊びをしているとは思えない……これは私がチョロいということを抜きにしても、そう思いたかった。この純粋さというか、この優しさを持った上で裏で男漁ってたら私は普通にショックで寝込む。だけどこの子が男漁りなんかをしていない、ということは……つまり変身中の私のことをいいなって思ったのも、多分本気ってワケで……。

 

 

 ──きっとこの子には、どこかのタイミングで本当のことを言わないといけない。

 

 

 そうじゃないと、あまりにもフェアじゃない。男の状態の私であったとしても、あくまで性自認は女だ。私は自分が女の子と恋愛している姿は……想像が出来ない。そこに偏見が有る無しの話じゃない。ただ私はその当事者になれないってだけの話。杏奈ちゃんがどれだけ良い子で、可愛かったとしても……いやまだこの子のことはよく知らないけど。私が思ってる以上に素敵な人だったとしても……私がその関係を選ぶことは無い。

 

 だからこそ、私は本当のことを言わないといけないんだと思う。お兄ちゃんなんかいないこと、杏奈ちゃんが一目惚れしていいなって思った男は、私が性転換した姿であること。今それを言えないのは、そんな突拍子もないことを言って、それを信じて貰えないだろうという気持ちと、それに伴いバカにされるんじゃないか、笑われちゃうんじゃないかという怖さ。信じてもらえたとして、それが広まってまた噂で意味のわからないことを言われるんじゃないかという恐怖と、性転換薬という未知の薬に対する反応が大きくなり、収拾がつかなくなるんじゃないかという恐怖も。怖くて仕方がない。

 

 杏奈ちゃんは「自分のことばっかでゴメン」と言っていたが、本当は多分、私が謝らないといけないのだ。私の方が、自分のことばっかで杏奈ちゃんの恋心を弄んでいるのだから。

 

 胸に小さな針が打ち込まれたような感覚。いつかちゃんと本当のことを話して謝るから、と言い訳をしつつ、その痛みから逃げるように話を続ける。話を続ければ続けるほど、その針は深く刺さるだろうに、今その痛みから目をそらす為に言葉が口から出ていこうとする主張を止められない。

 

「お兄さん、何か言ってた?」

「鈴原ちゃんのこと? 結構心配してたよ、そもそも俺が余計怖がらせてしまったかな〜って。LINEで大丈夫そうだったよって伝えとくね」

「LINE……あれっ、一緒に住んでないの?」

「今年からカイト、新社会人でさ。一人暮らし始めてるの。たまーに泊まりに行ったり遊びに行ったりするけどね〜。ウチ、結構ブラコンだから」

 

 確かに、カイトさんはコンビニに来てくれる時、いつも夜ご飯になりそうなものとビールを買っていく。実家暮らしだったとしたらそんなもの買わないだろうし、一人暮らしは言われてみればそりゃそうか。泊まりに行ってるの……羨ましいな。

 

 ──狡い私がどんどん顔を覗かせてくる。少しでも前に進みたいと、私の心が感情を置き去りに加速していく。

 

 だけど、それを「私」が杏奈ちゃんにお願いするのは、ある意味とてもとても残酷で。それを願うならば、私は杏奈ちゃんにまず本当のことを言うべきなのであって。

 

 

 

 

 

 ──ねえ、直接お兄さんに会ってお礼を言わせてほしい。

 

 

 

 

 

 喉まで出かかった声は、最後の最後に堰き止められた。

 

 言えるわけないじゃん、杏奈ちゃんの恋愛は絶対叶わないって解ってて、ホントのことすら言えてないのに。自分だけ先に進もうとするなんて──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんなら一回カイトと会う? 鈴原ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

「…………えっ」

 

 

 

 

 

 ──その言葉は、予想外を遥かに超えるものだった。

 

 杏奈ちゃんの表情は驚く程に自然体で、その発言の真意が全く読み取れない。あまりにも自然に言われてしまったから、私の聞き間違いなんじゃないかとすら思ってしまった。

 けど、聞き間違いじゃない。何故そう言ったかはわからないが、杏奈ちゃんは確かにそう言った。

 

 

「え、と、どうして……」

 

「んー、鈴原ちゃんが申し訳なさそうな顔してたからかな? もし助けてくれたカイトに申し訳ない! って思ってんならさ、元気な時に顔見てお礼言ったら、気分も晴れるかな〜って!」

 

 えへへ〜ウチいいこと言ったっしょ? みたいな笑顔でサムズアップを決める杏奈ちゃん。きっと私のその表情の真意はそうではなく、杏奈ちゃんに本当のことを言えないことにあったというのに。

 

 ──だけど、一度堰き止められた感情が、もう止められなくなってしまっている。自分以外からの赦しの言葉を貰った以上、狡い私はそれを免罪符に抜け駆けを狙おうとする。

 

 

 

「…………うん。一度、会ってお礼が言いたい」

 

 

 

 自分の想いを、偽れない。

 

 会えるなら、そりゃ会いたい。

 

 話せるなら、そりゃ話したい。

 

 どうしようもなくさ、好きなんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 今までこんなに週末を楽しみにしていたことがあっただろうか……意外とあるな。

 

 ほぼ毎日が驚く程に何か起きていた先週末から今週の頭。

 

 初めてカイトさんとお話することが出来て舞い上がってたら、

 次の日にカイトさんと杏奈ちゃんが一緒にいるのを見て沈み切ってしまって、

 その二日後に京香と遊んだ帰りにナンパされてるところをカイトさんに助けてもらって、

 その次の日には変身中の私は私のお兄ちゃんということになってしまって、

 そしてその次の日に杏奈ちゃんから衝撃のカミングアウトを食らい、カイトさんと会う予定が出来た。

 

 先週木曜日から今週火曜日までの出来事だけでこの密度である。

 わずか一週間にも満たないこの怒涛の連続から一度落ち着くかのように、水木金土の四日間は何事も無く過ぎていった。

 

 強いて言うなら、杏奈ちゃんと仲良くなった。未だ杏奈ちゃんが惚れているのは変身中の私だということは話せていないが、彼女はすごく良い子であることは本当に伝わってくる。あまり仲良くなれそうになれないタイプだと思っていたが、彼女の陽キャオーラはそんなものをいとも簡単に打ち砕いたのである。恐るべし。

 あともう一つ何かあったとするなら……バイト先で「変身中の私に惚れたっていう女の子がいた」という話をしてしまい、藤原さんが「なんで俺はモテねえのに変身中の鈴原ちゃんはモテるの!? 女の状態でもモテそうなのに!?」と悲痛な叫びを披露していたくらいだろうか。それに関しては心の底から私は何も悪くないと思うので謝っていないです。というか藤原さんも絶対モテるでしょうが!? 

 

 ちなみに店長はその話を聞いた時大笑いしてから、「まあ、取り返しがつかないくらい拗れる前になんとかしなよ。相談なら乗ってあげるからさ」と言ってくれた。なんとかはしないといけない。でも相談には乗ってくれる人がいるというだけで、ちょっとだけ心強かった。

 

 

 そして本日日曜日。先週は少しくらい薄着でも全然大丈夫だった気温は一週間でびっくりするくらい下がり、慌てて冬物のお気に入りコーデを引っ張り出し、私は駅前で杏奈ちゃんを待っていた。

 

 

 今日は杏奈ちゃんセッティングの下、カイトさんに会うことが出来る日なのだ。

 

 

 ハイネックの白いセーターに赤いロングスカート。黒タイツで生脚対策もしつつ、髪の毛は少しだけウェーブをかけてきた。落ち着いたイメージを出せる清楚系コーデ。別にこれが勝負服! という訳では無いのだが、私が一番似合うコーデはこの手の類だと思っている。どうせならやっぱり魅力的に思われたいし、服装から失敗はしたくない。普段はしないメイクも、主張しない程度に少しだけしてきた。

 

 杏奈ちゃんと先に合流してから、カイトさんと待ち合わせているカフェに向かうことになっている。さっきLINEで「もうすぐ駅着くよ〜!」と連絡が来ていたので、間もなく杏奈ちゃんとは合流出来るだろう。

 

「お待たせ〜っ! うわっ私服鈴原ちゃんめっちゃ良いじゃん!? お姉さんって感じ〜! いいな〜! ウチそういうの似合わんからさ」

「待ってない待ってない。杏奈ちゃんも可愛いよ」

 

 ブンブンと大きく手を振って杏奈ちゃんがやってきた。目立つ金髪をポニーテールにまとめ、上はチェックのシャツにフード付きのジャンパー、下はスキニージーンズというお手本のようなギャルコーデを着こなしていた。おお……ギャルだ……。服装を見るとかなりカッコよくまとまっているのに、手を振る様子は可愛らしいのがギャップというやつなのだろうか。

 

「んじゃ、行こっか! カイトももうカフェ向かってるってさっき連絡来てたし、丁度いいくらいなんじゃない?」

「おっけー。よろしくね、杏奈ちゃん」

 

 合流してそのまま杏奈ちゃんと共に目的地へ向かっていく。私の最寄り駅ではあるのだが、目的地のカフェは私は行ったことがなかった。正直あまりカフェ巡りなんかをするタイプではないので、そういう意味でも今日は新鮮だしちょっと楽しみでもある。

 隣を歩く杏奈ちゃんも何処か楽しそうにしている……いやこの子は授業中以外は基本的にいつも楽しそうだな。

 

「カイトとお茶するのも楽しみだけどさ、ウチ的には鈴原ちゃんと初デートなのがもう楽しみだよね!」

「デートって二人で遊ぶもんじゃないの?」

「それもそっか、じゃあ今度二人でも遊ぼうよ! デート予約〜」

「はいはい、じゃあ今度一緒にご飯でも行こうね」

 

 杏奈ちゃんと仲良くなってわかったこと。それは彼女がめちゃくちゃ寂しがり屋であることだ。

 底抜けに明るいし、コミュ力がバグみたいに高いから基本的に誰かといる姿しか見ないが、本人曰く「寂しいと死んじゃうから誰かといないとダメなんだよね、ウチ」らしい。私の親友である京香なんかは逆に一人でも全然平気な一匹狼タイプなので、真反対と言える。

 

 そしてもう一つわかったことは、物凄く対人関係に繊細な気遣いをしてるらしいことだ。見た目に似合わず……というのは偏見かな。

 あの日、私に「私のお兄ちゃんに一目惚れした」とカミングアウトした時以来、私と喋っている時にその話題を殆ど出してこなかったのだ。二回ほど「私のお兄ちゃん」に対する話を振ってきたことはあったが、二回ともその前に彼女は「あのー、ちょっと家族的なアレで聞くの怖いけど、聞いていい?」と前置きしてからだった。

 どうやら杏奈ちゃんは「お兄ちゃん周りの話は家庭内で色々あったから少し私にとってはシビアな話題」だと思っているらしく、自分の好きな人のことは知りたいけど、それを私に嫌な思いさせてまであんまり聞きたくない、と思っているらしい。善性の化身みたいな子だな、と思うと同時に、自分の狡さにチクっとする。

 

 

 やっぱり、この子には本当のことを話さないといけない。

 

 

 でも、それを話した時杏奈ちゃんはどんな表情をするんだろう? 私はどんな言葉をかけたらいい? 

 どんな言葉を浴びせられる? 

 

 結局自分可愛さに足踏みしてしまう。そんな自分が嫌になりそうになる。

 

 これから大好きな人と会うはずなのに、自分のことは嫌いになっていきそうになる。

 

 勇気ひとつすら持てず、隣の太陽が眩しすぎて、翼はいとも簡単に溶けていく。

 

 

 

「ん? どしたん、もしかして緊張してる?」

 

「緊張は……してるかもかな」

 

 

 

 実際、カイトさんに「会いに行く」というのは初めてなのだ、勿論緊張はしている。でも多分、私が浮かない顔をしていたとするなら、それはきっと緊張しているから……では無いと思う。

 

「あはは、カイト相手にそんな緊張しなくていいよ。カッコいいし良いお兄ちゃんだけどさ、普通の人だよ普通の!」

 

 いやいや、私にとっては普通の人じゃないんですよ。

 

 杏奈ちゃんにはカイトさんが私の恋している相手だということは言っていない。いやまあ恥ずかしくて言えないのもあるんだけど、なんとなく、それも本当のことを言ってからじゃないと言っちゃいけない気がして……。

 

 

「あっ、着いたよ。カイトもう中入ってるって」

 

 

 それでもやっぱり、会えるなら嬉しくて、目の前にあるカフェの扉を開けたら、その先にカイトさんがいるって思うと、心臓が少しだけ大きく震えているような気がして。

 

 杏奈ちゃんが扉を開け、その後ろについていく。カフェの中は少し暖かく、店員さんの制服が可愛いな、なんて思ったりして。

 

 奥の方のテーブル席に、カイトさんは座っていた。

 

「あ、いたいた。カイト〜お待たせっ」

「あ、えと、お久しぶりです」

 

 どうしよう。顔が熱い。変な顔してないかな。

 カイトさんも私達の到着に気が付き、荷物を端に寄せてくれる。

 

「そんな待ってねえよ。荷物あるならここに置きな……えっと、鈴原さんだったかな。久しぶり」

 

 名前を、呼んでもらえた。鈴原さん。

 

 そうです、鈴原です。鈴原は私なんです。

 

 どうしようか。もうこれだけで嬉しいな。今日来て良かったな。これから食べるであろうケーキの味も、紅茶の味も、正直もうどうだっていい。これだけでお腹いっぱいになれちゃうのだ。この後味を傷付けないくらいに美味しければ、もう後はなんだっていいんだ。

 

「鈴原ちゃん、フリーズしてない? 大丈夫? 座りな?」

 

「あっ、うん」

 

 名前を呼んでもらえたことを噛み締めすぎて、座ることすら忘れていた。ちょっと恥ずかしいな……改めて椅子に座り、正面からカイトさんの顔を見る。やっぱりカッコいい……日曜日だからだろうか、いつもコンビニに来る時みたいな疲れたような表情は無かった。

 

「取り敢えず飲み物とかも全部杏奈達が着いてから頼もうと思ってたから何も頼んでないんだけど」

「おけおけ、メニュー見せて〜。ウチピーチティーとか飲みたい。リプトンのやつ」

「コンビニで買え。鈴原さんも何か頼みな」

「あ、はい。わかりました」

 

 やっぱり兄妹なんだなぁ……と思わされる遠慮のないやりとり。正直ちょっと羨ましい気もするが、そんなやり取り私が出来たとしてもパンクしそうだしな……。やっぱり家族っていうのは特別な距離感があるんだなと思う。

 

 店員さんを呼び、飲み物を注文する。私はホットのストレートティー、杏奈ちゃんはオレンジジュース、カイトさんはアメリカンコーヒー。コーヒー飲めるのカッコいいな……いやこれは全肯定Botとかそういう意味では無く。

 

 

「あ、えっと、今日は……お礼を言いに来まして。この前は、偶然だけど助けてくれてありがとうございました。これ、お母さんが持っていけって。御礼のお菓子です」

 

「マジで? そんな気を遣わなくていいのに……あの時も言ったけど気にしなくていいよ、お母様にはありがとうございますって言っておいてくれ。あれから体調とか崩したりはしなかったか?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 

 お母さんから渡されていたお菓子の入っている紙袋を渡す。事前に「この前ナンパされた時助けてくれた人がクラスメイトのお兄ちゃんだったからお礼を言いに行く」という話をお母さんにはしていたのだが、そしたらちゃんと親からも御礼の意味を込めて渡さないといけないから、って持たされた。お母さんはそういうところ、ちゃんとしっかりしていると思う。中身は何なのか知らないけど、カイトさんって甘いもの大丈夫なのかな。

 

「鈴原ちゃん、次の日も普通に学校来てたもんね。ウチなら怖くて休んでたかも」

「私も正直休んでもいいかなって思ったけどね。バイト行きたかったからさ、バイトだけ行って学校は休むって、流石にナシでしょ」

「マジ!? 鈴原ちゃんめちゃくちゃ真面目……偉すぎん……? ウチならバイトだけ行く……」

「杏奈も見習え」

「うっ……りょ、前向きに検討しま〜す」

 

 とは言っても、杏奈ちゃんは学校をなんだかんだサボらないタイプのギャルだと思うけどな。

 

「あそこのコンビニ、どの店員さんも愛想良いもんな。雰囲気良さそうだしバイトが楽しいのもわかるよ」

「あ、えっと……えへへ、ありがとうございます」

 

 バイト先を褒められることすら嬉しい。いやそれはいつも嬉しいか。店長の堂林イズムが継承されているコンビニですからね、そりゃ雰囲気最高人間関係最高ですよ。

 

 

 

 

「確かお兄さんだったかな……? 同じ苗字の店員さんとはよくレジで顔を合わせるけど、鈴原さんとは合わせた記憶が無いんだよな……俺が行く時間とシフト被ってないんかな」

 

「でも、鈴原ちゃんもカイトがよく来てるのは知ってたんでしょ? カイトが気付いて無いだけじゃね?」

 

 

 

 

 胸が痛む音。

 

 そう、確かに「私」はカイトさんとお店で顔を合わせたことは無い。いつも会っているのは変身中の「私」であり、カイトさんと杏奈ちゃんの言う「お兄さん」だ。

 

 性転換薬なんて普通あると思わないから、その「お兄さん」が私だなんてわかるはずもなく。

 

 

 

 

 

「えっと……実はあんまりレジに立たないんです。結構前に、レジ打ってる時にしつこく言い寄られて、パニックになって倒れちゃって……それ以来知らない男の人が怖くなっちゃって」

 

 

 

 

 

 嘘をつく必要も無いので、性転換の話だけを抜いて本当のことを話した。だからあの時のナンパも怖かった訳だしね。

 

 その話を聞いた兄妹の二人はなるほどな……と呟きながら、神妙な顔で溜息をついた。

 

「だから……あの時のナンパも……そりゃ怖かったよな、よく頑張ったよ」

「鈴原ちゃん可愛いもんね……てか最初に口説こうとした男サイテー、どんな口説き方したんだよ! ウチそーゆーのマジで許せん…………ってあれっ」

 

 

 杏奈ちゃんが顔も知らないナンパ男に怒りを滲ませているうちに──何かに気が付いたかのように素っ頓狂な声を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知らない男ダメなのに、カイトは大丈夫だったんだ。やっぱバイト中に顔見た事あったから? …………ゴメン、これ聞いてもよかった話?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空気を読んでいたのか読んでいないのか、そのタイミングで飲み物が運ばれてきた。

 

 

 ──ギャルの核心付く率の高さは異常。マジで。

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